遊戯王ARC-V 最初から揺れていた振り子 作:名もなきWater
◆
夜の会場は、昼間の熱が嘘のように静まり返っていた。
撤収作業の足音が遠くで反響し、照明の落ちた通路は影ばかりが長い。
関係者用の一室で、赤馬零児は一人、端末を眺めていた。
「やはり……ペンデュラムに限っては、まだ彼の方が上か」
映っているのは自分自身、そして榊遊矢。
――私は君に勝っていない。君は私に負けていない。
最後に伝えた言葉を思い出す。
あれは紛れもない本心……いや、事実だ。
榊遊矢がエンターテイメントについて模索していた頃、赤馬零児は座学を積み、あらゆる召喚法を修めた。
方向性が違うだけで、蓄えた経験値に差はない。
赤馬零児が優勢だったのは、“戦うこと”に慣れていただけ。
次にデュエルした時、どうなるか。それは本人でさえ想像つかない。
「……やれやれ」
溜息混じりに端末を閉じる。
……気配。
姿はない。闇に紛れる術に長けているらしい。
だが、確かにある。赤馬零児を監視する目が。
「仕方あるまい。連中好みの場所へ案内するとしよう」
零児は荷物をまとめ、部屋を後にした。
人気のない場所へ歩を進める。
やがて、少し開けた場所に到着した。
具体的には、そう。
思う存分――決闘ができる場所だ。
「出てきたまえ。私に話があるのだろう?」
無防備な背中を向けたまま、零児は潜む影に話しかける。
「貴様が赤馬零児だな?」
「如何にも」
気配が動くのを感じ、零児は振り返った。
数は二つ。
黒い外套、ゴーグル、マスク。己の素性を徹底的に隠した二人組。
その下には、隠しきれないほどの敵意。
「やはり……!
赤馬零児……赤馬零王の息子。ならば、俺達とデュエルだ!」
背の高い方の影が外套を翻し、その下からデュエルディスクを構えた。
「俺達が勝ったら、身柄を拘束させてもらう……悪く思うな」
それに続き、もう一人も構える。
……二体一、とはな。
どうやら、想定以上に切羽詰まっているらしい。
「私の身柄を拘束……か。参考までに聞いておこう。その目的は何だ?」
「知る必要はない」
「では、当ててみせよう」
零児は眼鏡の奥で、わずかに目を細めた。
「拘束という言葉を選んだ時点で、君たちは“排除”ではなく“保護”を考えている。
つまり、私は敵であると同時に――危険な“鍵”でもある」
「……余計な詮索をするな」
「否定はしない、か」
零児は一歩踏み出した。
距離は縮まったが、空気はむしろ張り詰める。
「君たちが私を縛ろうとする理由は三つ考えられる。
一つ。私が赤馬零王の血縁だから。
とはいえ、この可能性は限りなく低いだろうが」
「何!?」
「あの男は私のことなどなんとも思っていない。人質としての価値はないに等しい」
背の高い男が舌打ちした。
それを意に介さず、零児は静かに言葉を継ぐ。
「二つ。この大会が表でしかないと知っているから。
君たちは既に、裏に潜む影について勘付いている。が、決定的な証拠がない。それを掴むために、より多くの情報を持つ私に接触した」
「…………」
「しかし……これについては何も問題はない。全てこちらで対処可能だ。君達の出る幕はない」
「……俺にはそうは思えん。この次元の決闘者には覚悟がない。その程度の意思では、『本物』の戦士には通用しない」
「どうかな? 平和を維持していること自体が強さの証明だ。この世界と、君達の世界は違う」
「……どういう意味だ」
「言葉通りだとも」
空気が、さらに張り詰める。
「最後に三つ目。君たちは既に、別の戦場に身を置いているから。純粋な戦力の補強、といったところか。
さて、諸君。どうだろうか、私の読みは。
全て外れかな?
それとも――全て正解か」
読みではない。
それは、殆ど確認だった。
返事はなかった。
否定も、肯定もない。
だが――沈黙そのものが、何より雄弁だった。
赤馬零児は、確信する。
今夜、このフェスの裏側で。
既に“戦争”は始まっている。
◆
昨日のデュエルが、何度も脳裏に浮かぶ。
結果的には勝った。そういうことになっている。
だが、実質的には負けだ。
緊急の用事とやらで中断されなければ、最後の攻撃を、防ぐことはできなかった。
それだけなら、いい。
デュエルで負けることは、初めてじゃない。
赤馬零児が強かった。それで終わりだ。
――ペンデュラム召喚!
出現せよ、私のモンスター達よ!
その光景が、どうしても頭から離れない。
赤馬零児は、ペンデュラム“も”使いこなす。
その上で――実力で、負けたのだ。
「遊矢ー!」
聞き慣れた声に、一瞬足が止まる。
この場から逃げ出したい衝動を押し込み、精一杯の笑顔を貼り付けた。
「……おはよう、柚子」
「うん、おはよ!」
作り物じゃない自然な笑顔。
まるで太陽だ。
今の俺には眩しかった。目を焦がすほどに。
「さて……と。フェス二日目、今日も頑張っていこ!」
「……ああ」
「…………」
それを最後に、会話が途切れた。
お互いが、お互いの顔色を探り合う。
遊矢は静かに溜息をついた。
……無理しなくてもいいのに。
「……あ、そうだ! えっと、さっき塾の成績表を確認してきたんだけどね。私達、このフェスで成績上位みたいよ?」
「……そっか」
柚子は一瞬だけ言葉を探すように視線を泳がせ、それから、柔らかく笑った。
「あの……さ。あのデュエル、遊矢は悪くなかったと思う。最後まで、ちゃんとエンタメしてたし……観客も楽しんでた。
途中で終わっちゃったけど、あれが最後まで続いてたら、どうなってたかなんて――」
「違う……!」
反射的に、叫んでいた。
驚いた柚子の顔。罪悪感が胸を刺す。
けれど――それ以上に。
「そういう意味じゃないんだ。
俺は負けた。赤馬零児に……負けたんだ!
それだけじゃない。
柚子だって見てただろ! あいつのペンデュラムを!」
ペンデュラム召喚。
榊遊矢の象徴。
エンタメの象徴。
唯一無二“だった”もの。
それを――あいつは使ってみせた。
観客の前で、何の惜しげもなく。
「ごめん……少し一人にしてくれ」
「あっ……待って、遊矢!」
開場を告げるアナウンスが、遠くで鳴った。
◆
フェス二日目の朝。
会場には再び人の気配が戻りつつあった。
設営スタッフの声、観客のざわめき、どこか浮き立った空気。
昨日の出来事など、最初からなかったかのように――世界は、何事もなく回り続けている。
「いやー、朝から重たい空気だねぇ」
その流れに逆らうような、場違いなほど明るい声。
柚子は思わず顔を上げた。
派手なジャケットに、人懐っこい笑顔。
立っているだけで人目を引く、舞台慣れした雰囲気。
どこか軽薄で、それでいて――妙に隙のない青年だった。
「えっと……あなたは?」
「ああ、ごめんごめん。僕はデニス。デニス・マックフィールド」
軽く手を振りながら、男は名乗る。
その動作ひとつひとつが、まるで観客を意識しているかのように大きい。
「LDSブロードウェイ校からの留学生なんだ。
君、遊勝塾の柊柚子ちゃんだよね?」
「えっと……はい、そうですけど……」
「で、さっきの彼が榊遊矢くん。
……ちょっと、調子悪そうだったけど」
デニスの視線が、遠ざかっていく遊矢の背中を一瞬だけ捉える。
……まるで、別人だ。
観客席に向かって目一杯両手を広げていた姿は、今や見る影もない。
背中を丸め、足取りも重く、どこか世界から切り離されたようだった。
「ウチの社長に負けたのが、よっぽどショックだったのかな」
「私のせいなんです」
柚子は、思わず目を伏せて小さく言った。
……戻ってしまった。
ゴーグルで視界を覆い、誰にも見えないように背中を丸めていた、あの頃に。
守れなかった悔しさと、役に立てなかった自分への失望が、胸の奥で疼く。
「元気づけようとしたのに、余計なこと言っちゃって……」
「いやあ、それは仕方ないんじゃないかな?」
デニスは肩をすくめる。
「そもそも、あれはウチの社長が悪いよ。あんな中途半端なところで止めるくらいなら、いっそ倒してあげるべきだった」
軽い口調とは裏腹に、その言葉は妙に率直だった。
冗談めかした笑顔の奥で、評価だけは冷静に下している。
「決闘者としても、エンタメとしても……ノーサンキュー、だね」
柚子は、少し驚いたように目を瞬かせた。
「でもさ。こういう時こそ――エンタメの出番なんじゃない?」
「……エンタメ?」
「そうそう。楽しいデュエルをすれば、大抵の悩みは吹き飛ぶサ!」
「でも、今の遊矢に……」
「え? いやいや。違う違う」
デニスは笑いながら、首を振る。
「君のことだよ」
「……私?」
「遊勝塾の決闘者なんでしょ? 何もしないって選択肢は、ないんじゃないかな」
その言葉に、柚子は一瞬だけ言葉を失った。
逃げたい気持ちを、見透かされた気がした。
「君が頑張る姿を見せればさ。遊矢くんだって、その気になるかもしれない」
「……そっか」
柚子は、ゆっくりと息を吸った。
胸の奥に溜まっていたものを、吐き出すように。
「……そうよね」
――その瞬間だった。
『本日の最初の対戦カードが決まりました!
一人目は――遊勝塾所属、柊柚子!』
「ええっ!?」
思わず声を上げた柚子の横で、デニスが、ほんの一瞬だけ目を細める。
「おっと。噂をすれば、なんとやら」
『二人目は――LDS所属、デニス・マックフィールド!』
柚子は、はっとして隣を見る。
「……」
デニスは、笑顔だった。
まるで、最初からこの展開を知っていたかのように。
「それじゃあ、改めまして。
対戦よろしくお願いします、柊柚子さん」
「……こちらこそ」
◆
基本的にアニメARC-Vの話を圧縮しつつ、オリジナル要素を足しながら書いてます。