黄泉川奇譚   作:物部。

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昔別サイトで投稿してたヤツを書き直し、上げ直し。


一語 醜女01

 怪異、怪談、怪奇現象、怪奇、心霊、都市伝説。

 その他諸々をひっくるめても、この世界にはまだ人間には解明できない不思議現象は数多い。

 

 誰かが池に小石を投げ込むように広めれば、それを誰かが語り、それまた誰かが語ればそれは噂として作り上げられ、作り上げられたモノにはやがて意思が芽生える。

 なんて話もあるけれど、これらはきっと誰かが得体の知れない存在に色付けしたかっただけかもしれない。結局は創作、或いは嘘であるかもしれないし、本当に起こったのならそれは聞いた本人の気の持ちようかもしれない。

 

 だから、これから始まる物語もそんな嘘の一つと思って貰えればいい。

 何処にでもありそうな不思議話なんだから。

 

 

 

 七草七架と言う少女の話をしよう。

 彼女は最近流行りのネット系顔出し配信者として数年前にブレイクを果たし、今では登録者数三十万人と言う一田舎都市の人口を上回るファンを有しているそうだ。

 笑いだせばフワリッと白い羽が舞いそうな可憐な笑顔。

 鈴の音を転がした様に美しく透き通った声色。

 

 確かに何処にお出ししても好感度が爆増しそうな少女が、最近嵌り出したのはどういう訳か心霊スポット巡りだった。

 

 事務所に所属している彼女は、最初にマネージャーから心霊スポットの企画を提案された時、文字通り苦虫を噛み潰して煎じて飲んだ顔をしたと言う。

 

 しかし嫌々ながらも行ってみればどうだろう。

 

 恐怖を感じる事もある。

 だけれどどうしてかそれ以上に自分の興味を駆り立てる、引き寄せられるような魅力。

 

 あそこに人影が在ったとか、あそこから誰かが見下ろしてたとか、本当か嘘か定かではない大盛り上がりのコメント欄。

 

 同時接続者数も上々で、尚且つ自分も楽しい。

 七草が迷走を始めたのはここからだったと言う。

 

 今まで多かった歌唱枠やゲーム実況の数を減らして、日夜心霊スポットを巡る配信。

 アイドル路線で歩んでいたはずの彼女は、いつの間にかそんな色物のような枠に収まり、ドップリと未知という沼へと歩み始めた。

 

 

 異変が起こり出したのは、夏が始まって直ぐ。軽く自宅で雑談枠を開き、視聴者達と騒いでいた時の事。

 

:ナナちゃん、廊下に立ってる人マネさん?

 

 コメントの一つ。不思議な事を言ったその視聴者の言葉を始めに、徐々に徐々にと似たようなコメントが寄せられる。

 

 しかし、この時はまだ彼女は事件を事件とは認識してなかったらしい。

 心霊スポット巡りに熱中してからと言う物、こう言う恐怖を煽る視聴者も多くなっていたからだ。

 

「え!? どこどこ!? そういうのやめてよね、怖いよー」

 

 そんな事を言いながら、七草が後ろを振り返ると……やはりと言うべきか、其処には誰もいない。開けられた扉の向こうには薄暗い廊下しか見えない。

 

「もう、そうやって怖がらせる事言うの止めて─────あれ?」

 

 笑いながら視聴者諸君に返事をすると彼女は気付く。ちょっと待て、おかしい……と。

 自分は配信前に、確かに部屋の扉を閉めた筈。配信者故に近隣への配慮を欠かさず、もとい大家さんに追い出されないように最大限に気を付けて。

 なのに、どうして───扉が開いている?

 

 血が体を伝い、しかし顔色が悪くなる。

 急に口を閉じた七草に視聴者は疑問を浮かべるが、大多数を占めるコメントにはこんな事が書かれていた。

 

:ナナちゃん、逃げて!!

:その人マネージャーじゃないの!?

:すぐ後ろにいるって!!

 

 切羽詰まった様に増え続けるコメント。

 得体の知れない感覚に体を震わせていると、彼女の耳元で微かに声が聞こえたと言う。

 

 ───いっしょにいこう。

 

 認識した瞬間に、体から力が抜けて……痙攣を起こした七草は配信中であるにも関わらず気を失い、目覚めた時には病院のベッドの上だった。

 

 

 

 

 そんな話を喫茶店の一区画でアイスティーを啜りながら聞かされた僕はどうすれば良いのだろうか。反応に困るので、添え物のクッキーをポリポリと咀嚼し、舌鼓を打つ。

 

 目の前には僅かばかりの変装をして隈の出来た眼に涙を湛える配信者、七草七日の姿。そもそもの話、僕は彼女と会ったのはこれが初めてだし、何だったら初邂逅は大体一時間程前だ。

 

 

 

 七月二十日。

 世が世なら夏休みを迎えて学生達が自由を謳歌する中で、例に漏れず僕も細やかな大型連休を満喫していた。

 炎天下の中、手に持った飲料水のボトルには水滴が垂れて犬の様に暑さに唸る午前の時間。海が近いのだからやませの一つでも吹けば良いのに、肌に張り付くのはべた付いた生温い潮風ばかり。

 

 時代遅れな有線ヘッドホンから流れる、これまた二〇年前に遡ったような演歌を聞きながら、涼める場所を探している時だ。

 

 一〇メートル前から、顔を下に向けてふらふらと歩く女性に気が付いて……僕は咄嗟に顔を顰めた。遠くからでも香る生臭い匂いは死臭、そして彼女の肩から上に乗る無数の目を持つ女の化物。

 

 関わってはいけない類のモノに憑かれた人間。

 僕は別に霊媒師や霊能力者なんて言う霊感商法を生業とする者ではないけど、昔から母方の実家の影響で、そう言う類を多く目にする機会があった。

 だから、分かる。

 

 あれは、人を憑り殺す呪いだ。

 悪霊、怨霊と言っても良い。だけど表現としては呪いが適切かも知れない。随分と大きく膨れ上がったソレは、後数日ともしない内に憑りついた彼女を殺すだろう。

 

 顔を隠してはいるがまだ若い女性、僕よりも少し年上位じゃないかな。可哀想に。

 だから……これは本当に些細な間違いだったんだ。

 

「お姉さん。君、随分と厄介なモノに絡まれてるみたいだけど、そのままじゃ長くは持たないよ。高名で御利益がありそうな神社にでも行って払って貰った方が良い」

 

 可哀想に、なんて少しだけ見下した様な憐憫を覚えて、すれ違う合間に小さく呟いた。

 道を歩く知らない誰かからの助言なんて世迷言の類だ、炎天下に脳をやられた不審者と思われたかもしれない。

 

 しかし。

 どうだろう。

 

 僕の囁きを聞いた彼女は、虚ろな目を僕に向けて、いきなり肩をがしりと掴んで来た。

 余程切羽詰まっているのだろう。素肌に爪を突き立てて神様にでも遭遇した迷える子羊の顔。僕自身は神様ではないけれど。

 

「ッ……分かるん、ですか?」

「さて、その顔から上に引っ付いた女の事を言っているなら、肯定と取って貰って良いよ」

 

 複眼、というよりも複数の顔が僕を睨み付け、忌々しそうに喉を鳴らしている。本当に気持ちの悪い強烈な見た目だ。これを写真に納めて何処かの出版社にでも持ち込めば多額の賞金を得られるかも知れない。

 

 夏休みの軍資金にはなるかな? なんて思いながら、スマホでパシャリと激写すると……特に何も映っていない。

 昨今のカメラは霊的なモノを撮影するのに不向きなのだ。持つならやっぱり一眼レフカメラだね。

 

「あの」

「ああ、気にしないで。ちょっと小遣い稼ぎでも出来ないかなって。話を戻すけど、出来る限り……そうだな、三日以内には霊験あらたかな神社の信心深い神主にお祓いでもして貰った方が良い。綺麗に祓うのは難しいだろうけど、気休め位にはなるんじゃないかな」

 

 陰の気を吸って大分呪いが進行している。

 医学的に言えばステージⅢって所だろう。

 余程人に恨みを買う仕事でもしてるのか、将又嫉妬を買う仕事でもしているのか。この手の呪いは歓楽街のキャバ嬢のような関わったらアレな人に多いんだ。

 

 何にしても、僕には余り関係の無い話。

 これから冷房の効いた市民図書館で暇潰しにダラダラと本を読み漁ると言う何に変えても遂行しなければならない命題もある。

 早々に話を打ち切って、彼女とはおさらばした方が得策だろう。

 

「それじゃあ、僕は用事があるからこれで」

「待ってください!!」

「グエッ」

 

 ヘッドホンを掛け直し、手を振りながら去ろうと足を踏み出すと……彼女はあろう事か僕のパーカーの首元を強く掴み、引き戻された。ちょっと服が伸びたかもしれない。

 

「お願いします。話を、聞いて下さい」

「いや、だから僕には用事が」

「お願いします、お願いします!」

 

 大粒の涙を目の端に溜めて、声を荒げて彼女は言った。

 

「もう他に、誰も頼れる人がいないんですっ」

「えぇ……」

 

 うだるような暑さに身を焦がす夏の日、僕の夏休みはそんな最悪のスタートから始まった。

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