取り敢えず話を聞いて欲しいと言われて、アレよアレと七草さんを最寄りの喫茶店に誘い、彼女の話に相槌を打っていたは良いけど、これからどうしろと言うのか。
知り合いの神主でも紹介すれば良いのかな。
「あの私、本当に死んじゃうの、かな……?」
神妙な面持ちで、まるで死神の宣告でも受ける様に身を震わせながら訪ねる七草さん。
話を聞く傍らで、年下相手に使い辛そうな敬語口調で続けるものだから、自然に話して欲しいと僕から言った。
「まだ時間はありそうだけど、まあ殆ど確実に」
「そんな……」
「運が悪かったとしか言いようがないね」
そう、運が悪かった。
きっと彼女自身、元々そう言う憑かれやすい体質だったのかもしれない。でなければ、たった一度そんな場所に行っただけで呪いに魅入られ、ここまで大きくする事は出来ない。
「発端としては確かに貴女に非はないけど、普通の人間は許可を取ろうが取ってなかろうが心霊スポットなんて得体の知れない場所に近付かないよ。潜在的に忌避する物だから。まあ、救いようのない馬鹿なら行く奴も居るかもしれないけどさ」
会社、というか事務所からの指示。
それは一学生の僕が思うよりも強制力があるのだろう。自分から率先して企画に参加したのならまだしも、七草さんはある意味で被害者だ。
ついでに言うと心霊スポットに自ら赴く馬鹿とはウェイでパリピなヤングが多い。
そう言う人間は学校でも町の中でも多く見た。彼らの顛末だって結果的に救われた人間もいたし、取り殺された人間も見た事がある。
「運って、私……そんな理由で」
「人じゃないモノの理屈なんて僕達にはさっぱりだからね。今も不調が続いてるんじゃないかな? 例えば最近、急に視力が落ちたとか、若しくは妙に体が重いとか」
「そう、だね。そのせいで、お仕事も休む事が多くなって……病院に行っても原因が分からないって」
分からないのも無理はない。
現代医学で解明出来ない物を人間は簡単に否定するが、現にソレは其処に存在する。
「さっきも言った様に、僕としては名のある神社か寺に行く事をおススメするよ。神頼みって言うのも案外馬鹿に出来ないからね。御祈祷、厄払い、お祓い、お金は掛かるけど手っ取り早い対処法」
「……もう、見て貰ったんだよ。配信中に同席した霊媒師の方の紹介で何件も、何件も……でも全部ダメだった。姿も見えないし、声も聞こえないし、最後には私の勘違いだって言う人もいたり、でも今も耳元で聞こえる。一緒に行こう、一緒に行こうって」
「うんうん、それは僕にも聞こえる」
声を荒げる彼女は泣いていた。
嗚咽を漏らしながら、顔を覆って「どうして」と何度も零しながら。
カラン、と溶けた氷がグラスの中で踊る。彼女の上部では伽藍堂の赤らんだ複眼が僕に余計な事はするなと警告するように一点を見る。
僕自身、あまり関わりたくない。
こんな触れば障りが起きそうな面倒な呪い、力がある人間でも拒む。もしかしたら、彼女を視た何人かは此れの危険性を理解して強引に追い出したのかも知れない。
しかし、年上とは言え、泣いてる女の子を放置と言うのも忍びない。
別に見目麗しい有名人の連絡先をあわよくばゲット、なんて邪な考えは持っていないとも、勿論さ。
「なら、僕がもう一件良い所を紹介しようか」
「え……?」
呆気に取られる七草さんに僕は氷をストローでかき混ぜながら言う。
「赤の他人の僕を信用できないならそれで結構だし、全然拒否してくれても良い。なんなら拒絶してくれた方がこれから図書館に行けるから有難いけど。もしも他に頼る所が無いのなら、乗っても良い」
これを断ってくれるなら、僕もその呪いとは縁が切れる。
僅かに期待を込めて、彼女の次の言葉を待つ。
「どうにか、出来るの?」
「さてね、どうにか出来るかを今から聞きに行くんだ。その人は、顔は厳つい筋モン風だけど一応神職の人間だから、困ってる人を安易に見捨てる事はしないんじゃないかな」
尤も、きっと七草さんを連れて行けば、あの人は一言目には僕に罵声を浴びせてくるだろうけど。好感度が最低値を振り切っている僕よりかは友好的に接してくれる筈だ。
「………………」
「もう一度言うけど、別に断ってくれても構わない」
懇願と僅かな疑惑の混じった双眸が僕に向く。
当たり前の事だろう。何度もそういう専門家達に頼っては期待を裏切られ続けたのだから、その感情は理解できる。
だから、
「ううん、私は君を信じるよ」
「マジで?」
正直な話、普通に拒否されるものだと思っていた。こんな自分よりも年下の変な男の言葉なんて信用に値しないだろうと。
「初めてだったから、こんな話を真剣に聞いてくれて、理解してくれた人」
力無く笑う七草さんに、僕は思わず自分の失敗を呪う。
成程、正解は適当にはぐらかして話を切り止める、だったか。
最初の時点、声を掛けた段階で間違いだった。
「……分かった。そうと決まればとっとと行こうか。時間は早い方が色々と都合がいい」
しかし、自分で言い出した手前、ここで「ごめん、やっぱり無理かも」なんて言うのは男として格好が悪くてしょうがない。
手早く会計を済ませて、僕達は遊歩道を歩き出す。
冷房で冷えた身体はつい数十分前よりも熱を強く感じて、思わず店内に戻りそうになる。
「あの、そういえば私だけ名乗って、君の名前聞いてなかったよね」
「え?」
思い出したかのように隣を歩く七草さんがそんな事を言う。
そうか、ずっと聞き手に回っていたから、僕はそもそも彼女に名乗ってすらいなかった。
「うーん、そうだね。それは事が片付いてからにしよう。あまりそう言うモノの前で名前を明かすのも良くないし」
取って付けた理由だけど、七草さんは納得した様に頷く。僕が名乗らなかった理由はただ面倒臭かっただけなんだけど。
後、あまり自分の名前は好きじゃないんだ。
☆
「テメェこの糞餓鬼!! 神社に一体何を引き連れてやって来やがった!?」
「あはは……」
暫し海を目指すように歩き、目的地に到着した僕達の耳に最初に聞こえたのは、見た目がとても堅気の人間とは思えない厳つい顔をした女性から放たれる怒声だった。
後ろで服の裾を引きながら、ビクリッと体を震わせる七草さんに思わず苦笑いが零れる。
今、僕達がいる場所は勇魚神社。
海を見下ろせる位置にひっそりと佇み、トレードマークの御神木が揺れる隠れ家的神社。
遠くでは海鳥の鳴き声が響き、風に乗って潮の匂いが香る。
「声を荒げないで下さいよ、三好宮司。少し面倒な呪いに憑りつかれた人が居たので、宮司の御力を借りたいな、なんて思って来ちゃっただけです」
「これが、少し面倒で済むと思ってんのか!? ああっ!?」
「でもほら、最初に見た時よりも小さくなってるし」
「それは見えねえアタシへの当てつけかァァァァァァァ!?」
何を言っても怒りのボルテージを上げるじゃないか、この人。勘弁して欲しい、僕はただ珍しく人助けの為にこの神社に訪れただけだと言うのに。
それに見えない事は素晴らしい事だと僕は思うんだ。
「それで、その嬢ちゃんは一体何をやらかしやがった? 余程の事がねえとこんな化物憑かねえんだがよ」
「えっと、それが……」
ここから先は七草さんに説明を任せる。先程聞いた内容とは特に大差がないので省略。
かくかくしかじかと説明された三好宮司は、頭を掻きながら溜息を突いた。
「そりゃあなんつーか、運が悪かったな」
「全く以て同意見ですね、やっぱり僕達気が合いますね」
同情の視線を向ける三好宮司は、忌々し気に僕を指差しながら続ける。
「だが、この糞餓鬼が後三日って言うんなら手早く仕留めないといけねえか」
口は悪いが、それは承諾の言葉だった。
俯いていた顔を上げて期待の面持ちを浮かべる七草さん。
「出来るんですか!?」
「どうにか出来るかじゃねえ……やるんだよ。出来なけりゃ人が、お前さんが死ぬんだ」
筋モン顔の癖に随分と格好の良い事を言うじゃないか。
「アタシは先に場を整える。三〇分位したらその嬢ちゃんを連れて本殿に来い。アタシの管轄外ならテメェに任せるぞ糞餓鬼」
「分かってますって。と言うか、それって神職が普通の子供に使って良い言葉ですか?」
「テメェがただの餓鬼なら多少は可愛げがあっただろうよ。ああ、嬢ちゃんは其処の手水舎で手と口を濯いどけよ」
会話を切り止め、社務所に姿を消した三好宮司。全く酷い言われようである。