黄泉川奇譚   作:物部。

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一語 醜女03

 時計の針が三〇分の経過を知らせ、僕達は履物を揃えてから本殿に入る。簡素でありながら日本古来の美しさを保つ廊下の端を歩いていると、七草さんが声を掛けて来た。

 

「何だか、気持ち悪い」

「随分と深い所まで根を生やしているみたいだから、呪いの意識が君に直結してるのかもしれないね。まあ、僕はそう言うの良く分からないんだけど」

 

 呪いなんてモノとは多少の縁しかない僕には、専門知識なんて言う高尚なアイテムは生憎と毛程も持ち合わせていない。覚束ない足取りの七草さんを支えながら向かった先は、大畳の部屋。

 中では装束を改め、狩衣に身を包んだ三好宮司が真剣な顔でこちらを観察している。こちら、と言うよりも七草さんに根付いた呪いかな。

 

「嬢ちゃんは中心に座りな。糞餓鬼は……好きにしてろ」

「僕の扱いが雑過ぎやしませんか?」

「………………」

 

 ガン無視である。

 まるで残飯に集るコバエでも見る様な顔で、不機嫌そうに歯を鳴らしている。

 ああ、ついでに言えば彼女の不機嫌顔はデフォルトだったりする。僕が見る度いつもそんな顔をしているから、生まれついての物なんだろう。

 離れる僕を見て、僅かに心細そうな顔をする七草さんだが、少しの間を置いて大畳に座り込む。

 

「よし、そんじゃあまずはこれを飲め」

 

 お神酒を注いだ瓶子を彼女の前に置いて、三好宮司はそう言った。

 ここからは何時もの流れなので、僕は大畳の間を見渡して暇を潰す。

 四方に置かれた盛り塩と置き石、左右に掛けられた鑑……三好宮司はこれを式場と呼ぶ。なんでも呪いやそれに類する物を閉じ込める為の物だとか。

 

「良いか嬢ちゃん。嬢ちゃんに憑いているその化物をアタシ達は“醜女(しこめ)”って呼ぶんだ。恐れ多くも何処ぞの馬鹿が根の国の神話から引っ張ってきた名前でな」

 

 黄泉の国の訪問。日本人ならば誰もが耳にするだろう古事記。

 その中の一つ、簡潔に言えばど偉い根性無しが嫁さんとの約束を破り、その姿を見て逃走を噛ました酷い話。

 

「嫉妬やら嫌悪やら、そう言う負の感情を食ってはデカくなる化物。案外其処彼処に居やがるが、嬢ちゃんのは大分育っちまってる。だからよ、今からソイツを引き剥がす」

「引き……剥がす?」

「三好宮司の力は面白いよ。僕としてはちょっと好戦的で野蛮だなぁって感じるけど」

「テメェは口を閉じてろ、糞餓鬼」

 

 怒られてしまった。緩く敬礼でもやっておこうか。

 

「強く心を持って考えろ。絡まる糸を引き千切るイメージだ。嬢ちゃんが心を強く持てばその化物に耐性を付けられる」

 

 目を閉じて、三好宮司が言葉を紡ぐ。

 何を言っているのかさっぱり分からない漢字の羅列。七草さんも何かを感じ取ったんだろう。言葉を交わさず、だけど気張ったような顔を作る。

 

 後ろの神像を照らす無数の蝋燭の火が風も無い室内で徐々に、徐々にと動きを増す。そう言えばこの部屋、扇風機もないや。暑さで蒸されそうだ。

 

「──────来るぞ」

「えっ?」

 

 ポツリ、そう零した三好宮司の直ぐ後、七草さんの影が独りでに動き出した。

 僕には何が起こっているのか見えているけど、彼女にはサッパリ分からないだろう。

 だって、その存在は彼女の背後で形作っているのだから。

 

 さあ、来るぞ。

 

「後ろを向いてみなよ七草さん。其処に君を害する敵が居るよ」

「……………ひっ!?」

 

 害する敵、或いは外敵。

 彼女は恐る恐る振り返り、その姿を認識した。大きく膨れ上がった青白い顔に無数の空洞、其処に埋めく眼球女の姿。

 三好宮司が動く。

 右の手を大きく振るって、眼球の一つを掴みながら床に押し倒した。

 

「死んだ人間の分際で、生きてる人間に手を出してんじゃねえよっ!!」

 

三好宮司が醜女に罵声を飛ばす。

 

「テメェの望みはなんだ!! これ以上嬢ちゃんに何を求めてやがる!!」

『ああ……ああ……いっしょに、いこう、いっしょ、イッショ、イッショニ』

「きゃあああああああああっ」

 

 地面に倒れ込んだ状態で、しかし醜女は七草さんにその手を伸ばす。一拍遅れて悲鳴を上げて、目を閉じそうになる彼女の横に僕は醜女を避けて立ちながら、顔を覆うと動かした手を握る。

 

「目を閉じちゃダメだよ七草さん。怖いのは仕方ないし、見たくないのも分かるけど、それでも君は見届けないと、だってそれは貴女が縁を繋いだんだから」

 

 気付けがてら、もう一度七草さんの手を強く握る。

 士気色の顔で僕を映す瞳が、僅かに逡巡してから醜女に移る。

 

「物も言えねえ程に腐りきったか!!」

『いっしょにいこう一緒にいこう一緒に行こう一緒に逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう』

 

 若い女の声、老いた男の声、少年の声、中年の声、壊れたラジオの様に複雑に混ざる。

 駄目だな、これじゃあ三好宮司の物理的会話、もとい肉体言語が機能しない。

 

 人でも霊でも呪いでも、対処方法は交渉だ。

 言葉が通じるなら心も通じるし、三好宮司の場合なら成仏させる事も出来るだろう。

 だけど、人でも霊でも呪いでも言葉が通じない狂い者はどうしようもない。

 

 交渉なんて出来る訳ないし、他の対処方法なんて一つしかない。

 

「クソがッ……おい糞餓鬼!!」

 

 三好宮司を押しのけて、醜女が七草さんと僕の方に迫り来る。

 

「大丈夫、怖がらないで七草さん、これから君がする事は一つだけだ。それはとても簡単な事だし多分子供でも出来る事だ」

「は……い」

「君に憑りついたこの醜女の末路を、どうか見届けて欲しい」

 

 約束を守ってか、彼女は片時も目を離さず汗ばんだ手で僕の手を握る。

 近付く、腐臭を撒き散らせながら、共に逝く者を求めて。

 

『逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こう逝こうッ』

「彼女達の終着点はきっと地獄だろうけど、出来る事なら苦痛なく一瞬で」

 

僕は左手で首元から御守り袋を取り出して、名を呼んだ。

 

「“破軍”」

 

 醜女が僕達に触れる直前、僕の目の前に六尺程の着物姿の首なしの侍が姿を現す。彼は腰に差した脇差を抜き、醜女の首と胴を一刀で───両断した。

 本体は呪い故か、斬られた箇所からは一滴の血も流れずただ無数の目が僕を睨んでいる。

 

 脇差を横に払い、再び醜女に向ける首なし侍に僕は待ったを掛けた。

 睨み付けた所で、もう醜女には誰かを呪える力なんて残っていないだろう。だからこそ、少しだけ話が通じるかもしれないけれど。

 

「災難だったね」

『一緒に……一緒に……』

「それは駄目だよ。君も被害者かもしれないけど、だからって加害者までコンプリートする事はない。多分もう手遅れかもしれないけどね」

 

 触れて見れば、見えて来る。暗い廃ホテルで数人の男に囲まれる女性の姿。視界は反転し、何処かの山の中で埋められる姿。

 きっとこれは、醜女の中枢である誰かの記憶だ。

 

「三好宮司」

「わーってるよ、退いてろ」

 

入れ違う様に僕と位置を交換し、宮司は一枚の札を醜女に張り付ける。

 

『嗚呼、嗚呼。あああああああああああああ』

「今回は七草さんも運が悪かったし、僕も運が悪かったし、君自身も運が悪かった……って言うのは、少し言葉が軽すぎる。だけどこれは御相子ってヤツだ、こんな話はとっととお終いにしよう」

 

 三好宮司が言葉を紡ぐ後ろで、僕が御守り袋を服の中に戻すと首なしの侍は消える。

 既に大半が消え失せ、目玉だけの醜女に僕は言う。

 

「君の無念無情は僅かだけど確かに僕が見た。乗り掛かった舟って奴だ、僕が必ず君を家に帰すよ。だから、何の罪もない七草さんを連れて行かないで欲しい」

『ああ…………』

「約束は違わないよ」

『ありが、とぅ』

「その言葉を、僕が貰う資格はないかな」

 

 もしかしたら、もっと早くに何らかの形で縁を結んでいたら違う道も在ったかも知れないけれど、やがて醜女……いや、彼女は消えた。

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