後日談を語るとすれば、そうだな。
僕はあの後、七草さんと別れてから家に帰ってあるホテルの情報を調べた。彼女が最初に訪れ、異変が始まった一番初めの心霊スポット配信の現場。
『廃墟のSホテル』
一部のマニア達からそんな噂が語られるその場所に翌日の昼下がり、僕は知り合いの元刑事さんと仲良く山堀りに行って骨を掘り起こした。
ご丁寧にも足が付かないように、若しくはただ金品を強奪する為にか貴重品の類は一切見当たらなかったけれど、元刑事さん曰く最近のDHAだがDNA調査だかは進歩しているそうで、数日もすれば特定出来るとか。
「何にしても一件落着だよ、お疲れ様」
以前に利用した喫茶店で珈琲フロートにスプーンを突き立てながら、僕は対面に座る七草さんに言った。
事後報告がてら会えないかと、SNSを通じて彼女から連絡が入ったのだ。
「……正直、夢でも見ているような気分だよ。あれだけ酷かった声も、苦痛も消えて久しぶりにぐっすり眠れた」
「それは何よりだね、仕事の方はどうするの?」
「社長には伝えた。私の様子を凄く心配してくれたし、あの日の事を説明したら最初は胡散臭い話を聞いてる感じだったのに、最後は土下座しそうな勢いだったんだよ」
数日ぶりに会った彼女は、陰鬱とした気が消え失せ朗らかに笑っていた。
あまり似てもいないだろう、社長さんの物真似をしながら話す。
「配信はこれからも続けようと思ってるけど、もう心霊なんて物は懲り懲りかな。取り敢えず、帰ったらマネージャーに言ってみる」
文字通り、憑き物が落ちたという所だ。
「君に出会えていなかったら、私は今この場所に居なかったんだろうね」
「運が良かった、って事にしておきなよ」
或いは何かの導きに寄る物か。彼女の背後で小さく頭を下げる老婆が見えた気がする。
「うん……あ、そうだ。これ少ないけど、謝礼です」
七草さんが鞄の中から取り出すのは、少し厚みのある茶封筒。まさかこんな物を用意してくれているとは思わなかった。
心霊写真の代わりに、思わぬ所で夏休みの軍資金が確保出来たらしい。
「本当にありがとう。三好さんにも渡そうと思ったんだけど、そんな物要らねえって突っぱねられちゃって」
「あの人はそう言う所お堅いからね」
貰える物は呪い以外なら何でも貰う主義の僕としては有り難く頂戴するけど。肩掛けのショートバッグに茶封筒を詰め込みながらそんな事を考える。
「そういえば、あの時に私達を護ってくれた着物姿の人って結局何だったの?」
「ああ、此れの事かな」
知的好奇心と言う奴か、少し遠慮がちに訊ねる七草さんに、僕は首に下げた御守り袋を取り出す。随分と年季が入った物だけど、どうにもこれが落ち着くのでずっと使っている。
「そう、それ!! もしかして、陰陽師が使う式神みたいなアレ!?」
「あはは、もしかして七草さんって漫画とかアニメとか好きなタイプ?」
「そうなの、めっちゃ大好き!」
笑いながら、しかし僕は少しだけ押し黙る。
これはそんな良い物ではない。いや、僕からして見れば占いのラッキーアイテムに相当する類の一つではあるけれど、世間一般で言えば……。
「呪いだよ」
「……え?」
「呪い、呪物、呪われたアイテム。動く人形とか座ったら死ぬ椅子とか人斬りの刀とか、そんなカテゴリーに分類される、持ってれば不幸になる道具」
御守りと言うよりも、その中に入っている物がそれに当たる。
「昔から、僕は少しばかり呪いってヤツと縁があってね。これもその時に手に入った曰くしかない呪いグッズなんだよ」
別に僕の勘違いと言う訳ではない。
現に三好宮司なんて、彼を最初に見た時に「お前今すぐソレ捨てやがれ」なんて言ってきた位には危ない物だ。
「それは、危険じゃないの?」
「危険だとは思うけど、現に僕は今も頗る元気だからね。時々、夢枕に立たれる位しか支障はないかな」
「……その割には顔色悪いよ」
「これは深夜までゲームをしてるせい。最近swordcoreⅦが発売されたお陰で寝る時間が定まらなくてね」
「あ、そのゲームは私もやってる」
ブラック企業在住のサラリーマンAさんの様に連日連夜エナジードリンク片手に画面と向かい合っていれば、隈だって出来上がる。
酷い時には“破軍”が僕の首元に刀を滑り込ませてベッドを指差すんだから。
彼はもしかしたら呪いと言うよりもオカンなんじゃないだろうか。
おっと、今一瞬首元がひゅんとしたぞ。
「そんな訳で……何の話をしてたかな。swordcoreⅦの話だっけ?」
「濁さないでよ、あの着物服さんの事だから。そっちの話は後で付き合うけど」
「現役の人気配信者とゲームの話が出来るなんて光栄な事だね」
付き合ってはくれるんだ、優しいなこの人。
「だから別に、僕自身としては彼に悪感情は無いし何なら家族の様に思ってる訳だよ。彼は僕の第二のおかあ……なんでもない」
キョトンとする七草さんには分かるまい。
今も姿を現して僕の首元に刀身を滑り込ませる偉丈夫の姿なんて見えていまい。
「アレと同じような呪いが家族……変な話だね」
「別に変な事もないだろう。人間だって凶暴な奴も居れば善良な奴も居るんだ」
望んでないからと安易に子供を殺める人間や、簡単に暴力を振るう様な家族なんて呪いよりも余程醜悪で質が悪いじゃないか。コインロッカーベイビーやらトイレで泣き続ける赤子は人間社会が生み出した生きる呪いだよ。
「彼の話はこんな所かな。安心して欲しい、彼が誰かを呪うなんて事今まで一度も無かったからね。あるとしても、僕だけだ」
僕の言葉を聞いて、七草さんは成程と神妙に頷く。
完全に解けた珈琲フロートが混ざり合って、所心に黒と白の螺旋を作る。
「さてと、それじゃあ僕はそろそろ行くよ。今日は冷房の効いた図書館で読書にでも洒落込もうと思っていたからね」
一息に飲み干して、僕達は会計を済ませてから外に出た。
夏の暑さ、急な気温の変化に眩暈がしそうになる。
「あの、もしまた何かあったら相談して良い、かな?」
反対方向の駅を目指して歩き出した七草さんが思い出したかのように振り返る。
その言葉に僕はどう返そうかと一瞬だけ迷い、こう言った。
「もし事故的に、偶発的に何かに巻き込まれたなら連絡してくれて良い。七草さんとは縁が出来たからね」
どうしてか、近い内にまた逢う事になりそうだけど……そんな事を考えながら僕は図書館へ続く熱いアスファルトの道を歩く。
「あっ、そうだ」
ふと、一つだけ伝えていない事がある事を思い出した。
まだこちらを向いていた七草さんの方を振り返る。
「狐、僕の事は少ない友人達はいつもそう呼ぶんだ。勿論、本名じゃないんだけどね、僕ってヤツは嘘だらけだから」