これは魔術の探求を生きがいとする魔女が魔術を否定する存在のお話。
私の空き時間で作られた作品ですので少しばかりおかしいところがあるかもしれませんがご了承ください。
フラスコの中に溜まった気泡が瞬く間に消えていく。
私は魔術師。薄情者とも言われる探求者。
冷徹の魔女、漆黒の魔女と言われた私は今や人っ子一人いない森の中に住んでいた。
魔女。それは女の魔術師にとって最悪の象徴。
忌み名として名付けられるソレは嫌われ者ということを示していた。
鳥のさえずりが朝の霧と混ざり合う。
それでも、聞こえるのは音だけだ。
この家には私以外なにもいない。
猫も鼠も虫さえも。 人でさえこの家にはいない。
あるのは魔術で使うような道具と食事のために変装して街に出たときに買った食べ物だけ。
魔術書を開き、紅茶を飲む。
いつものルーティン。なにもかわりがない光景で、少し退屈だった。
コンコンと、控えめな音がドアを叩いた。
私は反射的に息を止める。
だって、ここに普通の人間は来れないから。
この森は私のテリトリー。一般人が入れば魔術による思考誘導で道に迷い、いつの間にか森の外に出る。
だから、私の家に到達するのは私と同じ薄情者──魔術師だけだった。
「誰かいないんですか!」
小さな少年の声。
新手の幻覚を見せる魔獣か、それとも他の魔術師の使いの者か。
どちらかはわからない。
私は念の為あらかじめ魔術をかけてドアを開いた。
────え
そこにいたのはあくまで一般人だ。
すぐにわかる。
だって、魔力の気配がない。
魔術師などには到底見えない。
仮に偽装しているのなら私よりもかなり高位の魔術師となる。
それならば抵抗しても意味がない。
そう思って、私は少年を家に招くのだった。
◇
「お姉さんはこんなところでなにをしてるの?」
最初に口を開いたのは少年だった。
でも、それはこっちのセリフである。
なにせ、ここは森の中。
猟師などの類であればここに入るのもまだわかる。
しかし、少年は何故かこの森にいた。
だから、私はそれを聞いた。
「それはこっちのセリフよ、あなた親から教わらなかったの?この森はよく迷い人が出て亡くなってしまう噂があるのよ?」
「それほんとなの?お姉さんはここに住んでいるんだしガセってやつじゃない?」
ケロッと少年はそういった。
正直に言って拍子抜けである。
家に招いて以降も多少魔術を使って観察していたが、少年は至って普通の子だ。
稀に一般家庭でも代々伝わる魔道具などがあり、それで森の魔術を無効化した可能性も考えていたのだが、そんなものを持っている様子もない。
「ねぇ、あなたもしかして不思議な人を見たことはない?」
「不思議な人?」
「そう、不思議な人。堂々と歩いているのに気づかれない人だったり、急に手元になかったものを出したりする、そんな人。」
少年は少し考え込む。
私の予感が正しければこの少年には生まれ持った力がある。
異能とも言われるソレは魔術と同じ超常的な力。
しかし、魔術が魔力と触媒を必要とする一方、異能は無意識下でも問題なく作用する力といえる。
「あるよ!黒いフード被ってた。」
黒のフード…おそらくそれは私の同僚だろう。
何より街に行ったとき見たことがある。
彼は気配遮断の魔術を常に使っていたはずだ。
「はぁ、魔術殺し──か。」
思わず口に出た。
「え!魔術?お姉さん魔法が使えるの!僕見てみたい!」
少年は無垢にそういう。
だが、少年の言う通りには無理だろう。
少年にはあらゆる魔術が通用しない。 魔術に付随する物理現象でもない限り。
例えば、火の玉を出す魔術があったとしてそれ自体は少年には見えないし効果がない。
でも、火の玉が木々に着火すればその炎は見ることができる。
悲しきかな。どれだけ望んでも少年に本当の魔術を見ることはできないのだ。
「無理、だな。私の魔術は危険なんだ。それこそ、君が巻き込まれちゃう。」
「むー、じゃこうして!僕に魔法を教えてください!」
この子は、本物の魔術を見ることは一生できない。
それでも見たいと言うのか……。
──まるで、昔の私を見ているみたいだった。
この世の魔術の全てを知りたくて、家にある魔術書を読み漁り魔術学校でも新しい魔術のシ取得を特に念入りに行った、そんな昔の私。
気になりすぎて、どうしようもない目だ。
その一点では少年は魔術の才能があるのかもしれない。
魔術師は探求者とはよく言ったものだと思う。
しかし、少年には魔術殺しがある。
魔力云々の問題よりも致命的だ。
かと言って記憶を消してもとの生活に戻すのも無理だろう。
いっそのこと殺してしまうほうがこの少年のためかもしれない。
だって、魔術師は薄情者だもの。 みんな自分やせいぜい身内以外に興味はない。
魔術殺しは魔術師にとって天敵。
魔術殺しが見つかった家系は、昔は村ごと焼かれていた。
現在でも他の魔術師に見られれば殺されてしまうかもしれない。
なら、私が──。
少年は無垢な目で私を見ている。
「──わかった。でも、あなたに才能はないんだから、厳しくいくわよ。」
「うん!」
私は魔女だもの。
他の魔術師と同じじゃない。
同列に扱われたくない。
できないを可能にするのも悪くないしね。
◇
「そういえば、あなた親は?」
そう問えば少年は私の家を観察しながら答えた。
「いないよ、教会って場所でみんなと育ったんだ。あ!箒だお姉さんこれで空を飛ぶの?」
「そう──ああ、あれ。あれは掃除用。あと、私を舐めないで空くらい箒がなくとも飛べるわ。」
そう言うと、少年は輝かしい目で聞いてきた。
「ほんと!じゃあ、僕も飛びたい!」
「無理ね。結構高度な魔法だから。」
無理に魔術という必要もないだろう。
もとより認識の違い程度しかない。
少年が魔法と思っているのならそれは魔法でいいだろう。
私は倉庫のドアを魔術で開きその中から一つの物を取り出す。
空飛ぶカーペットいや、マントと言ってもいいだろう。
それにこれは魔道具の一種だ。 魔「道具」なのだから、物理的な物体として少年にも見える。
そして「空を飛ぶ」という現象は、私の魔術ではなく魔道具自体が起こす物理的作用だ。
だから、魔術殺しであっても問題なく受け止められる。
「それ、つけてなさい。」
「なにこれ!カッコいい。」
「お守り、よ。あなたを守ってくれるね。」
そう言って私は少年を連れて外に出た。
◆
退屈だった。
ただ、それだけ。
もちろん、みんなと追いかけっこや本の読み合いが楽しくないわけじゃない。
楽しいものは楽しい。 けど、それが毎日続くのは少し嫌だった。
だから、ある日ふと思ったんだ。 抜け出してみようって。
悪い人が住んでるみたいな噂もあったしね。
気になるんだから仕方ない。
でも、いたのは不思議なお姉さんで悪い人だとはちっとも思えない。
街の大人なら僕を食べるために油断させているとか言うんだろう。
「わぁ…………!!」
思わず笑みがこぼれてしまう。
だって、街があんなに小さく見えるんだから。
暗くなった夜の世界でも街の光は暖かくて、それでいて近くにいるお姉さんも温かい。
「すごいよ、お姉さん!空の方舟に乗ってるみたい!」
「空の方舟…ああ、飛行機のことね。」
飛行機…? 空の方舟じゃないの?
やっぱりお姉さんは僕でも知らないことをたくさん知っているんだ!
仮に悪い人だったとしてもこの退屈を覆せるというのなら命をかけたっていいだろう。
「お前、名前は?」
「ヒカル、ヒカルだよ!」
「そうか、いい名ね。」
お姉さんの表情はあまり変わらない。
でも、心なしか笑っているような気がした。
「お姉さんは?」
「そうだな、…アリス、アリスだ。」
暗い暗い夜の街。
ああ、この記憶は僕の大切なものになるだろう。
◆
はるか上空で私は魔道具の魔力を見張る。
次の瞬間、マントがわずかに軋んだ。
風ではない。魔力の流れが一瞬、乱れた。
――まずい。
魔術殺しはやろうと思えば魔道具すら消滅させることができる。
そういったのは魔術学校の一人の教授だったか。
飛行中の私は気が気でなかった。
魔術殺しの大半は今までそういう異能があると理解する前に殺されてきた。
しかし、いくら魔術師でも全てわかるわけではないのだから魔術殺しを見逃すこともあったという。
魔術殺しは所謂超常現象を否定する異能だ。
だから、超常現象がおきればソレ否定する人がいるようにこの異能は魔術そのものを否定する。
ヒカルが今、魔道具で空を飛べているのは魔術が自分ではなく物に作用しているからに過ぎない。
もし、ヒカルがこの物にこめられた魔術が自分に作用していると思えば魔道具であっても魔術殺しは発動する。
できるのならヒカルはこのまま陸に戻したほうがいいだろう。
だが、目を輝かせたヒカルがどうしようもなく楽しそうで私にはできなかった。
夜気の冷たさを裂いて進む。
十分は経過しただろう。
そろそろか、と私はヒカルを地面に戻そうと高度を下げる。
「どうだ、楽しかっただろう?」
「うん!お姉さんすごいね。これが魔法かぁ。」
感心するヒカル。
…正確には魔術だけれど、子どもには魔法の方が響くのだろう。
そうしてここまでくれば安心だろうというところまでおりてきた。
ヒカルはまだ興奮しているのか目を輝かせたままだ。
「さあ、今日はもう帰りなさい。みんなが心配しているだろうから。寂しくなったら森の中においで。いつでも歓迎してあげるから。」
「ありがとうね!じゃあ、またね!」
──またね、か。
その言葉にヒカル同様私も嬉しく思えた。
◇
それはとても静かな夜だった。
冷たい空気が頬を指し、息が白く染まっている。
「それで、どうしたの?」
「いや…その、魔術はまだ使えないのかなって思って。」
ヒカルがそういうのも無理はなかった。
思えば一週間。
私は魔術を何度もヒカルに教えていた。
才能はないから。
その言葉を、彼は自分の芯のように抱きしめてしまっている。
でも、できないとは言いたくない。
魔術殺しという異能を持つ存在がもし魔術を扱えたなら──
それがどれほどの奇跡で、どれほど魅力的なモノなのか。
名声が欲しいわけじゃない。
探求のためにヒカルを利用している。
魔術師としては、正しい。
……それがどうしようもなく、嫌だった。
「先生?」
先生。
そう、何日か前からかヒカルは私をそう呼んでいる。
先生と呼ばれること自体はうれしく感じた。
だって、小さい時は先生という存在に憧れていたから。
「ああ、そうね。じゃあ、三日。それだけ、時間をくれないかい?」
私は誤魔化すようにそう答えながら杖をふって魔術の練習をするヒカルを見る。
「…それで、魔術が使えるようになるの?」
「さあ。でも、やってみる価値はある。」
「じゃあ、お願いします!」
こういう素直なところがこの子のいいところか。
まったく、私も彼も――魔術師には向いていないな。
◇
ヒカルが森を去ったあと、家は再び静寂を取り戻した。
あまりにも簡単に、あの時間が終わってしまったようで、少しだけ現実感が薄い。
私は最低限の片付けを済ませ、使い慣れたローブを羽織る。
実験器具はそのまま。
どうせ、すぐに戻ってくる。
三日もあれば、十分だろう。
転移陣を床に描きながら、思考は自然と一人の魔女へ向かった。
異能の探求者。
魔術ではなく、魔術では説明できないものを追い続けてきた女。
ニヘルティア。
私が魔女である前に、魔術師である前に、「人」として話せる数少ない相手。
魔力を流し、術式を起動する。
魔力の奔流は大気を乱し、周囲に在ったものを揺らしていく。
次の瞬間には、私は見慣れた門の前に立っていた。
蔦に覆われた石造りの家。
森の奥深くではあるが、私の住処ほど閉ざされてはいない。
相変わらず、結界は緩い。
侵入を拒むというより、選り分けるためのものだ。
一歩踏み出す前に、玄関の扉が内側から開いた。
「もう、来るんなら教えてくれたっていいのに。」
ため息混じりの声。
柔らかく、それでいてよく通る。
そこに立っていたのは、相変わらず落ち着いた佇まいの魔女だった。
長い髪を無造作に束ね、家着のままだ。
年相応の余裕と、魔女特有の隙のなさが同居している。
……相変わらず、無駄に体格がいい。
羨ましいってわけでもないが、彼女を見るたびに少しだけ負けた気持ちになる。
「転移の痕跡で分かるでしょう」
「分かるけど、分かるからって急に来られると心臓に悪いのよ」
ニヘルティアはそう言って、少しだけ困ったように笑った。
私が唯一、魔女として気を許している相手だ。
「で?」
彼女は視線を細める。
「あなたがここに来るなんて、よほどのことなんでしょう?」
……流石だなと心の中で呟いた。
彼女は私の性格を良く知っている。
私は小さく息を吐き、正直に言った。
「……異能の話がしたい。」
「へえ。」
その一言で彼女に纏う空気が変わる。
研究者としての顔だ。相変わらずね。
「珍しいわね。あなたが魔術以外に頼るなんて」
「頼るつもりはない。ただ、判断材料が欲しい」
ニヘルティアは少し考え、それから扉を大きく開いた。
「立ち話もなんだし、入りなさい。紅茶は?それとも、頭が痛くなるような話になりそう?」
「後者ね。」
「でしょうね。」
そう言って彼女は微笑む。
――ああ、やっぱりここは落ち着く。
◇
紅茶の湯気が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
ニヘルティアの家の居間は、生活感と研究室の中間のような空間だった。
異能に関する書物と、用途の分からない器具が無造作に同居している。
「それで?」
向かいの椅子に腰掛けたニヘルティアが、カップを手にしながら促す。
「異能の話、だったわね。」
私は一拍、言葉を選ぶ。
ヒカルの存在は伏せる。
だが、核心は誤魔化さない。
というより、これがないと話にすらならないだろう。
「魔術殺しについて。」
「……随分、物騒な単語を持ってきたわね。」
驚きはなかった。
魔術殺しは、異能の中でも知名度が高い。
その手の話題は異能の研究者にとって良く上がることだろう。
「単刀直入に聞くわ。」
私はカップに触れず、視線を上げた。
「魔術殺しが、魔術を使うにはどうすればいい?」
ニヘルティアの指が、わずかに止まった。
「それは――」
問い返そうとしたのだろう。
何故そんなことを望むのか。
誰のためなのか。
だが、彼女は私の顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「理由は聞かないでおくわ」
そう前置きしてから、ニヘルティアは静かに語り始めた。
「まず、魔術殺しの異能について。あれはね、魔術を壊しているわけじゃない。」
私は眉を僅かに動かす。
「あくまで持論に近いモノだけれど、本質は、事象そのものの否定よ。」
「事象の否定?」
「そう。本人がそれは起こりえないと認識した瞬間に、成立する異能。」
私はすぐに首を振った。
「それはおかしい。」
「どうして?」
「私は少なくとも飛行の魔術を見せた。」
視線を逸らさずに続ける。
「実際に空を飛んでいるのを見ている。存在しないなんて、認識できるはずがない」
ニヘルティアは少しだけ目を細めた。
「……違うわ。」
「?」
「否定しているのは、魔術そのものじゃない。」
彼女は一度言葉を切り、静かに言った。
「自分には使えないじゃないか、っていう認識よ。」
その一言が、思考の隙間に滑り込んできた。
「見える。理解できる。存在も分かる。でも――自分がそれを行使する未来だけは、否定している。」
「……」
「だから発動しない。否定は事象に向いているようで、実は自己に向いているの。」
私は無意識に、指先を握りしめていた。
「結局、私の持論だけどね。」
ニヘルティアは肩をすくめる。
「魔術殺しは否定の異能なのよ。その性質上、魔術師の天敵だった。」
それは、歴史が証明している。
「だから今までは、使いこなす前に殺されてきた。理解する時間も、許容する余地もなかった。」
彼女は私を真っ直ぐに見た。
「否定っていうのは、あくまで本人の認識でしかない。なら――本人が許容すれば、魔術を扱える可能性はあるんじゃないかと思うの。」
「……方法は?」
「まずは、魔力の知覚。魔術以前の問題よ。流れを知り、自分の中にあるものをあると認める必要がある。」
私は小さく息を吐く。
魔力の知覚、か。
難しいことを言う。
私も周りの魔術師も魔術の基礎をすれば勝手に知覚していたようなモノだ。
教えられるような感覚じゃない。
そんなことを考えていたのだが、ニヘルティアはそこで言葉を終わらせなかった。
「ただし、少しだけ懸念点があるの。」
「何?」
彼女は、少し迷うように視線を伏せ、それから告げた。
「さっき言ったでしょう。魔術殺しの本質は、事象の否定だって。」
「ええ。」
「なら、魔術だけじゃない可能性がある。」
その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
「魔術であろうと、
室内の空気が、わずかに重くなる。
「もしそうなら――」
ニヘルティアは、珍しく言葉を選んだ。
「あなたは今、とても危険なことをしているじゃって。」
……彼女なりに心配してくれているのだろう。
ありがたいという気持ちと迷惑と言う気持ちが交錯する。
「大丈夫。私がどれだけ図太いか、諦めが悪いか知ってるでしょ?それに、私は魔女よ?」
スッと一息をつき、言う。
「安心しなさいな、ニヘルティア。こんなことで死んでやるもんですか。」
「そうね。魔術殺しないし、それを狙う相手にあなたが殺されるところなんて想像がつかないわ。あなたはあの事件の生き残りだしね。」
私はふっと笑って玄関のドアに体を向ける。
十中八九彼女の言う、あの事件とは私が魔女と呼ばれ始めた事件だろう。
「ええ、あれに巻き込まれて生き残ったのは私だけなんだから。」
そう言って私は外に出た。
背後で、扉が静かに閉まる音がした。
※この作品は大なり小なり型月作品に影響を受けていますが、魔法というのはあくまで言葉だけしか存在しません。なので、魔術と魔法に大きな違いはないです。正式名称が魔術なだけです。