魔王の消えた魔王城で   作:メグリくくる

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○第一章

「ついに、ここまでやってきたね。皆」

 そう言って当代の勇者、シルナが僕らの方へと振り返った。

 彼女の短く揃えた髪が、壁に設えられた松明に照らされる。

 凛々しさを感じさせるシルナの顔立ちは、まるで絵画から抜け出してきた戦乙女そのもののようだ。

 そんな勇者が、僕らに向かって口を開く。

「この扉の向こうは、いよいよ魔王城の王座の間だよ。つまり、百年ぶりに人間が、私達が魔王へと挑むことになるんだ」

「思えば、長いようで短くて、でもやっぱり長い道のりだったさね」

 そう言って弓を背負い直したのは、このパーティーの頼れる姉御のシェルサだった。

 彼女はここまでの道のりを懐かしむように、言葉を紡ぐ。

「本当に、色々あったわ。魔王城へ向かっているシルナ達と出会った時、私はまだ一匹狼の傭兵だったし」

「そのシェルサ姉さんの弓の腕に惚れ込んだシルナ様が、強引にオレ達のパーティーに引きずり込んだんですよね」

 腰まで伸ばした艷やかな髪を撫でるシェルサにそう言った人影の背は、僕ら五人の中で一番小さかった。

 その小さな影に、シェルサは呆れたような顔を向ける。

「なーに言ってるんさね、ズリモス。無理やり私をシルナとの会話の席につけるために、こっちの弓に鍵をつけて使えなくしたのはお前だろう? 弓は私の商売道具だ。解錠して弓を使える様にして欲しければ勇者と話をしろって、あれは立派な脅迫さね」

「あれ? そうでしたっけ?」

 ズリモスが調子が良さそうにそう言った後、しししっ、と鼠の様な笑い声を上げる。

 彼は体は大きくはないが、その分手先が器用な冒険家だ。

 それを活かして道中の罠の解除や宝箱の解錠を行ったり、時に狭い通りにその体を滑り込ませて罠を張ったりすることでパーティーに貢献してくれている。

 そんな、子供でも小さい方に分類されるぐらいの身長であるズリモスを、今度はパーティー一の大男が笑った。

「ズリモス、あの時、シェルサに本気で怒られてた。オデ、あれ、面白かった」

 ヴォッセは、くぐもった声でそう言った。

 彼の声がそう聞こえたのは、顔をすっぽりと覆い隠す厳つい兜を被っているからだ。

 そして厳ついのは、兜だけではない。着込んだ荘厳な鎧も、左手に持った屈強な盾も、手にしている全てが重厚な設えだった。

 僕らのパーティーの盾役、ガードの重戦士は、鎧をガシャガシャと揺らす。

「シェルサの弓、使える様にしたら、ズリモス、めちゃくちゃ矢を射られてた。シルナが間に入らなかったら、危なかった」

「けっ。パーティーのガードのクセにピンチになっていたオレを助けなかった木偶の坊が、なーにを偉そうにしてやがんだ。お前が役目を果たさねぇから、あの時シェルサ姉さんの一発を食らっちまったじゃねぇか!」

「まぁまぁ。それは全部私が頼んだことがきっかけなんだから。悪いのは、全部私だよ。皆、ごめんね」

 そう言って、シルナはヴォッセに噛みつこうとしていたズリモスを止める。

「それに、ズリモスの傷は綺麗さっぱり、跡が残ることもなく、完璧にリトが治してくれたでしょ?」

 そう言ってシルナが、パーティーの中で二番目に小柄な僕の方へ視線を送ってくる。

 全身を覆い隠すローブ、そのフードで顔を隠すように再度目深に被りながら、僕は口を開いた。

「それが、魔法使いとしてこのパーティーに同行している僕の役目だからね」

「本当に、リトが仲間に加わってくれて良かったよ」

 僕と出会った時の事を思い出しているのか、シルナは感慨深げに頷いた。

「アルブール王国から旅立ったけど、魔王城に向かっている途中の激しい戦いを通して、結局旅を続けられるのは最初から旅を続けている、どれだけ傷を負ってもびくともしないヴォッセと、逃げ足の早いズリモスだけだったからね。三人で旅を続けるのは厳しいと思っていた最中、一人で回復も攻撃魔法も使えるリトと出会わなかったらと思うと、ゾッとするね。とてもじゃないけど、この城までたどり着くことは出来なかったよ」

「あら? それなら私は別に必要なかった、っていうことかしら? あんなに私の弓を褒め称えてくれたのに」

「もぉ、どーしてそーゆー意地悪なことをいうの? シェルサも必要に決まってるじゃない!」

 そう言ってシルナは、無邪気にシェルサへと抱きつく。

 こうしてみると、二人は仲の良い姉妹の様にも見える。もちろん、シルナが妹の方だ。

「やっぱりシェルサ姉さんについてきてもらって、正解でしたね」

 そのズリモスの言葉に、僕も頷く。

「そうだね。勇者という重責を背負ったシルナが、ああやって普通の十代の少女の表情に戻れるのは、きっと彼女がいてくれるおかげだよ」

「オデ達じゃ、無理。絶対、無理」

「そうだな。オレは陰気なチビで、お前はデカさと頑丈さだけが取り柄だからな。おまけにオレがいなきゃ鎧も満足に着れねぇ、体も拭けねぇ木偶の坊だし、いっつも兜被って顔もオレ以外にゃ見せれねぇしよ」

「顔を見せれないというのなら、それは僕も同じだよ。今まで一度だって、皆に見せたことないでしょ」

「いやいや、リト先生の場合は、理由が全然ちげぇじゃねぇですか。ローブで体と顔を隠しているのは、火傷の跡を隠すためなんでしょ?」

「リト、わざと、傷、治してない。傷を負った時の失敗、忘れないようにするため。でも、それだと皆、リトの傷見て、怖がる。だからリト、傷、隠してる」

「そうそう。過去の魔法の研究でしでかした失敗を傷跡として残すことで、同じ様な失敗を繰り返さないための戒めとする。立派な心がけじゃないですか」

「でも、それはあくまで僕の都合だからね。ローブで全身を隠しているだなんて不審者にしか見えないし、おまけに体は薬草や薬品臭いし」

「それだって、リト先生が魔法を使うために必要な事だからですよね? それがなきゃ、シェルサ姉さんに射られたオレの傷だってキレイに治らなかったわけですし、先生は気にし過ぎでさぁ」

「そうだよ。リトは気にしすぎだよ」

 もう一通りじゃれ合いは終えたのか、シルナとシェルサがこちらにやってくる。

 そんな勇者は、しかし少し困ったように小首をかしげながら口を開いた。

「でも、魔族を積極的に殺そうとしないのは感心しないな」

「魔族の毛や角は、魔法の触媒としては非常に優秀なんだよ。その効力は、君だって知ってるでしょ?」

「でも、魔族だよ? リト」

 そう言ってシルナは、純粋無垢な瞳をこちらに向けてくる。

「魔族は、悪だ。だから、殺さなきゃ駄目なんだよ」

「シルナ様の言う通りでさぁ、リト先生」

 勇者の言葉に、ズリモスが手もみをしながら同調する。

「魔族は、人間全ての敵です。その魔族を取りまとめている魔王は、絶対に殺さなくちゃぁなりません。たとえ、どれだけの犠牲を払ったとしても。そうしねぇと、いつまで経っても人間達に明るい未来はきやしません。ヴォッセだって、そう思うだろ?」

「魔族、悪。魔王、極悪。だから、殺す」

「そうだよ、皆。私達は魔王を倒すために、ここまで旅をして、ようやく魔王城の最深部、王座の間までたどり着いたんだ。だから、絶対に魔王を殺さないといけないんだよ!」

 シルナが、握りこぶしを作ってそう言い切る。

 まるでそれが、山に降り積もった雪が溶けて川となる様に自然な事であり、当然であり、必然的だとでも言うかのような言葉だった。

「だから、リト。最後の魔王との戦いも、私に協力してもらいたいな」

「もちろんだよ、シルナ。この旅の、この物語の主人公は、間違いなく勇者である君さ」

「もう、そんな事言って。リトだって、すっごい強いでしょ?」

「いいんだよ、僕は。僕はただ、この物語の結末がどんな形を迎えるのか、それが知りたいだけなんだから。だから主人公の君のために、脇役の僕は戦うよ。今までと同じ、変わりなく、ね」

「本当? リト」

「本当さ。僕が不確かな約束はしないのは知っているだろ?」

「そうだね。リトは私に嘘とついたことはなかった。そう感じることもなかったね」

「だろう? その証拠に、魔王城で四天王と戦った時だって、僕は率先して彼らを倒したじゃないか」

「ああ、あのドラキュラにドラゴン、グリフォンにダークエルフの四人のことさね」

 そう言ってシェルサは、溜息を吐く。

「魔王が出張ってこなくなって代わりに魔族達を率いていた、って話だったけど、ほとんどリトだけで倒しちまった様なもんだからねぇ」

「本当だよ。私、勇者なのに魔王城に着いてから全然魔族を殺してないよ。ぜーんぶリトが魔法でやっつけちゃうんだもん。全然私の出番がなかったよ」

「シルナの方こそ、何言ってるのさ。これから魔王、ラスボスとの大一番なんだよ? それなのに、勇者に怪我でもされちゃたまらないよ。むしろ、無駄な戦いは省いた方がいいでしょ? だから僕は派手に魔法を撃って、他の魔族がこの城から逃げ出すように仕向けたんだし」

「それじゃあ、もう魔王城に残っている魔族は、魔王だけ、っていう事なんですか? リト先生」

「ほぼほぼそう考えてもらってもいいよ、ズリモス」

 王座の間へ踏み込む前にパーティーの面々との会話に興じることを僕が許しているのは、もうこの城に脅威が残っていないとわかっているからだ。

 ……むしろ安全だとわかっていないのに、敵地でじゃれ合うだなんて正気の沙汰じゃないよ。

 しかし、当代の勇者シルナは正気でそんな事をやってしまいそうなので、気が抜けない。

 そう思いながらも、僕は皆の気が抜けすぎないようにするために、あえて危険性を口にする。

「まぁ、ひょっとしたら、重傷を負って逆に城から抜け出せないような魔族もまだ魔王城に残っているかもしれない。だから、絶対に魔王だけがこの城に残っているとは言い切れないよ」

「でも、そんな弱っている魔族相手なら、シルナじゃなくても私だけで対応出来そうさね」

 シェルサにそう言われて、僕は肩を竦める事しか出来なかった。

 気を引き締めるために言った言葉だったが、どうやらあまり効果はなかったらしい。

「まぁ、いずれにせよ、リトが頑張って私を魔王の元へと連れてきてくれた事実は変わらないよね」

 そう言ってシルナは、改めて視線を前に、王座の間へ続く扉へと向ける。

 彼女の表情には、先程まで仲間と語り合っていた時の様な、柔らかい成分は僅かばかりも見当たらない。

 代わりに現れたのは、戦地へと赴く戦乙女の表情。

 来るもの全てを拒絶するかのような巨大な扉を、勇者は挑むように睨みつけた。

「体力が残っている分、私は魔王相手に全力で存分に戦える。皆も、準備はいいよね?」

 腰の剣を引き抜いた当代の勇者からの問いかけに、彼女のパーティー四人は思い思いの行動で回答する。

 シェルサはすぐに射れるよう、弓の弦に手をかけて矢を構える。魔王に毒は効かないと判断したのか、鏃は一度刺さると肉を削ぐように返しがギザギザになっていた。少しでも物理的にダメージを与えることを優先したのだろう。

 ズリモスはどんな状況にも対応できるよう、鞄の口へ後ろ手を伸ばす。あの中にはロープであったり、取り回しが良さそうなナイフが入っていた。状況に合わせて、必要なものを取り出せるようにしているのだ。

 ヴォッセは握る巨大な盾を、一度地面に打ち付ける。ああすることで、盾の内側に仕込み刀が出るようになっているのだ。仕込み刀と言えども刃渡りは大物の魔族を相手取るには十分な大きさで、切れ味もいい。

 そして僕は、いつもの様に顔を隠すため、フードを目深に被り直した。

 四者四様の返礼に、シルナは満足そうに頷く。

「それじゃあ、行くわよ? 王座の間へ、いざ魔王との決戦へっ!」

 そう言って勇者は、床を駆け出した。

 石畳に敷かれた赤い絨毯の上を、戦乙女が駆けて行く。

 上質な毛で織られた絨毯は、シルナが踏みしめた勢いでズタズタに千切れていた。

 ……全く、またシルナは一人で飛び出して。

 本来であれば盾役のヴォッセが先頭に立つべきだが、当代の勇者の性格上、彼女は前に出たがるのだ。

 ……とはいえ、シルナの俊敏性ならそう簡単に魔族の攻撃は当たらないけど。

 それはたとえ、魔王であっても同じだと、僕なら、僕だからこそ断言できる。

 そんなシルナの後ろに続くのは、弓兵とガードの重戦士だ。そしてそこから遅れて、冒険家と魔法使い、つまり僕が走っていく。

 駆ける僕の眼前で、勢いを殺すことなく、勇者が扉を蹴破った。

 文字通りの意味で、である。

 巨大な扉が少女の足に蹴り飛ばされ、蝶番が金切り声の断末魔を上げながらねじ切れ、弾け飛んだ。

 扉がまるで仰向けに倒れ込むように、王座の間の方へと埃を撒き散らしながら倒れてゆく。

 それが地面にぶつかると、更に砂塵と粉塵が舞い上がり、無数の塵が王座の間へと散っていった。

 その舞い上がった塵は、天井に設えてあるいくつものシャンデリアへ、無理やり化粧をするかの様にまとまりつく。

 その塵と塵を突き抜ける様に、シルナが王座の間へと踏み込んだ。

 目指すのは、王座の間に設えてある玉座のみ。

 正確には、そこに座っているはずの、この城の主の首を目指しての踏み込みだった。

 塵で出来た目眩ましを、むしろ邪魔だと振り切るように、更にシルナが大きく前へと踏み込み。

 そして、足を止めた。

「どうしたんさね? シルナ」

「何か、異変、ある?」

「どうしたんでさぁ、シルナ様。魔王は、もう目の前ですぜ?」

 僕以外の仲間達から、口々に疑問の声が吐き出される。

 だが勇者の足は、その場に縫い付けられたかのように、ピクリとも動かなかった。

 その理由は――

「いない」

「……え?」

 それは果たして、誰のつぶやきだったのだろうか?

 だがパーティーの面々で、この状況を理解出来ていないのであれば、誰であったとしてもその言葉を口にしても不思議ではないだろう。

 何故ならシルナの言葉の意味が、わからないからだ。

 だから勇者は、皆がわかるように、更に言葉を紡ぐ。

「いないんだ。誰も」

「誰も?」

「でも、シルナ。ここ、王座の間」

「そうですよ、シルナ様。ここの玉座には、魔族を取りまとめている魔王が座、って……」

 ズリモスの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 何故ならこの場に舞い上がった塵が、落ち着き始めたからだ。

 僕らの視界を閉ざしていた白い煙が、雪が水へと戻っていくように消えていく。

 その結果、僕ら五人は全く同じものを見ていた。

 

 伽藍洞となった王座の間と。

 そして誰も座っていない、ぽつんと置かれた玉座を。

 

「ど、どういう事でさぁ? どーして魔王城の王座の間、その玉座が空席なんです?」

 困惑というよりも、狼狽に近いズリモスの問に、僕らパーティーは誰も答えを返さなかった。

 玉座は魔王が座るのに相応しいと思えるような、綺羅びやかな装飾で彩られ、黄金色に輝いているようにも見える。

 だがその黄金色の光は、使うものがいてこそ美しく輝くというもの。

 そこに座るものがいなければ、その絢爛さが、逆に廃墟の様な寂しさを醸し出す結果となっていた。

「ど、どうするんです? オレ達の役目は、魔王を殺すことです。それなのに、肝心の討伐対象が見当たらないんじゃ――」

「任務、失敗。オデ達、国王に怒られる」

 その言葉に、ズリモスはまるで雪山に放り込まれたかのように、体を震わせた。

「し、シルナ様。ど、どういたしやしょう?」

「ど、どうしよう、って言われても……」

 冒険家の言葉に、流石の勇者も弱り果てたような表情を浮かべる。

 これから百年ぶりに魔王と人類が対面し、激しい戦いが繰り広げられると考えていたのだろう。

 シルナは完全に肩透かしを食らったようで、頭が回っていないらしい。

 そんな、船頭が船から海に落下してしまったかのような状態となっているパーティーを救ってくれるのは、いつだって姉御肌のシェルサだった。

「落ち着きなよ。なんだいなんだい、男どもが雁首揃えて女の子によってたかってみっともない」

「で、でもシェルサ姉さん!」

「だから、落ち着きなって言ってるんさね。いないものはいないんだ。リト、魔法で私達が幻術を見せられてる、っていう可能性はないのかい?」

「そうだね。魔法を使うまでもなく、ここは長らく誰も使っていないみたいだ」

 そう言いながら、僕は玉座の肘掛けを布で擦る。

 すると布は、埃で汚れてしまった。ずいぶんと長い間、掃除すらされていなかったのだろう。

「シェルサ、どうしよう?」

 弱り顔の勇者に頼られ、弓兵は腕を組む。

「そうさね。とりあえず、状況を整理しよう。リトの見解から、この王座の間は長い間誰も使っていなかった事がわかる。つまり、魔王どころか魔族もここに入っていなかった」

「だとしたら、魔王、どこに行った?」

「それがわかっているのなら、皆こんなに困っていないだろう? ヴォッセ。全く、ここが人間の暮らす城なら、城に仕える使用人か誰かに話しでも聞く所なんだけどねぇ」

 シェルサがそう言った所で、王座の間の入口から足音が聞こえてくる。

 シルナは何事か、という表情で剣を構えるが、王座の間に入ってきた人物達が誰なのかに気付き、思わず驚嘆の声を口から零した。

「ドラキュラ、ドラゴン、グリフォンにダークエルフって、ここに来るまでに倒した四天王じゃないか! どうしてこいつらがここにいるんだ?」

 彼女の言葉通りの存在が、僕が魔法でぶっ飛ばした四天王が、王座の間へと現れた。

 ドラキュラとダークエルフは高身長の人間よりも少し背の高い程度だが、魔法を使った攻撃をしてくる。特にダークエルフは気配を消した暗殺系に使える魔法を多用するのだが、魔法使いの僕相手では分が悪かった。

 一方残りの四天王の二人、ドラゴンとグリフォンは言わずもがな大物の魔族だ。僕からすると、その二体の魔族は岩を見上げるようにして見なければ、その全容をうかがい知ることは出来ない。彼らの爪は下手な剣よりも鋭く、人の身体なんて容易く貫通してしまうだろう。

 特にグリフォンの方はプライドが色んな意味で高く、決して人間を背に乗せるような事はしない。

 だが、そんな彼らがこの場に現れたことに、シルナを始め皆戸惑っているようだった。

 そんな中、四天王の一人が口を開く。

「……うるせぇなぁ。人間風情が、俺様に一度勝ったぐらいでキンキンさわぐんじゃねぇ」

 そう言ったのは四天王の一人、ドラキュラのクルトレス。彼は戦いの前に、やたらと自らの巨大な翼を自慢していた。

 しかし、今はその自慢の翼はボロボロとなっている。あれでは、満足に空も飛べないだろう。

 そのクルトレスの隣で、ドラゴンが大きな体をゆすりながら口を開く。

「嫌な予感がして来てみれば、やはり勇者達にこの場所に踏み込まれてしまったのう。もう少し吾輩が動けるようになるのが早ければ、こやつらにこんな暴挙を許さなかったものを」

 重々しくそう話したのは、四天王の一人であるヴルボ。雄々しく、強靭な鱗を持つドラゴンだが、今では全身が傷だらけで、尾を動かすのすら辛そうだった。

 満身創痍という言葉がピッタリのドラキュラとドラゴンを、グリフォンが鼻で笑う。

「全く、栄えある魔王様の四天王が、揃いも揃って情けない。お前らがそんな様子では、同じ四天王のわたくしの品位というものも疑われてしまいますわ」

「おい、ナウルフル。偉そうに言ってやがるが、てめぇも羽と毛が焦げ付いて地肌がむき出しになってるじゃねぇかよ」

「クルトレスの言う通りじゃわい。吾輩達と同じく勇者パーティー、というよりそこの魔法使い相手に完膚なきまでに負けたくせに、よくそんなに偉そうな事が言えたもんじゃのう」

「う、うるさいわね! そもそも、わたくしは四天王の紅一点。そんなわたくしが戦わなければならない事態を招いた、お前達の不出来が全て問題なのです! ああ、見てご覧なさいな。わたくしの美しい羽が、こんな酷い有り様にっ!」

「……おい、モックス。てめぇも黙ってねぇで、この面の厚い女になんか言ってやれよ」

「……」

「無駄じゃ、クルトレス。モックスは、元々寡黙な奴よ。それ故気配を消すのが上手く、暗殺が非常に得意なわけじゃが。しかしあまりに喋らなさすぎて、あの魔王様とてこやつの声を聞くのは、滅多にないと言うておったでな」

 ヴルボの言葉が正しいとでも言わんばかりに、ダークエルフは口元を黒い布で隠した。

 だがそのモックスの着ている服も肌も傷だらけで、立っているのがやっとというような有り様だ。

 疲労困憊にして百孔千瘡。おまけに精疲力尽というのが、今の四天王の状態と言えるだろう。

 彼らが軽口を叩き合っているのは、そうしなければ今にも途切れてしまいそうな意識を保っていられないからなのかもしれない。

 そんな彼らの罵り合いをよそに、シルナが鋭い目を僕に向けてくる。

「どういう事なの? リト。四天王は、君が倒したはずだよね?」

「だから、ちゃんと倒して戦えない状態にしているでしょ? 今ならパーティーの誰もが、彼らと一対一でも勝てるぐらいにボコボコにしてね」

「どうして殺さなかったのさ!」

「落ち着きなよ、シルナ」

 怒りを隠そうともしない勇者を、弓兵がどうにかなだめようとする。

「リトの研究癖は、旅をしている時にも散々見てきただろ? 彼は魔族を殺すよりも、自分の魔法の研究を優先する奴だ、って」

「でも相手は魔族で、更にこいつらは四天王なんだよ! 生かしておいたら、皆のためにならないよっ!」

「そうさ。でも、今はそのリトの研究癖が役に立つ時が来たわけさね」

「……どういう事? シェルサ」

「さっき言っただろ? 『ここが人間の暮らす城なら、城に仕える使用人か誰かに話しでも聞く所』だ、って」

「そういう事ですが、シェルサ姉さん。ここが魔王城だから、城に仕える魔族に話を聞けばいい、って事ですね?」

 その言葉に、弓兵は頷く。

「そういう事さね。今日魔王城に攻め込んだ私達よりも、魔族のこいつらの方が魔王の行き先に心当たりがあるだろうし」

 シェルサの魔王、という単語に反応して、四天王達が会話をやめる。

 そんな彼らに向かって、ズリモスが凄んだ。

「やいやい、てめぇら! ここにいるはずの魔王は、一体どこに消えちまったんだ? まさかとは思うが、オレ達勇者シルナ様パーティー御一行に恐れをなして逃げ出したんじゃねぇだろうな?」

「そんなわけねぇだろ、バカ野郎!」

「吾輩達の主、魔王ザへキース様は、その様な事は決してしない」

「ええ、そうですとも。わたくしが愛を捧げたあの方は、その様な卑怯者ではございませんわ」

「……」

「だったら魔王は、ザへキースは一体どこへ行ったっていうんだ?」

 四天王の視線を、勇者は真正面から受け止める。

「そうせざるを得ないわけがあったけど、私達は正々堂々、魔王城に攻め込んだ。そしてお前ら四天王達を倒し、この王座の間までたどり着いたのよ。百年前の勇者と同じく、ね。だから当代の勇者である私も、同じく魔王への挑戦権を持っているはず。違う?」

 シルナの正論に、四天王達は何も言葉を返すことが出来ない。

 少しの間、痛いほどの静寂が王座の間を包む。

 ……これじゃあ、埒が明かないかな。

 口を開こうとしたところで、クルトレスが口を開いた。

「ねぇんだよ」

「何が、ないの?」

「だから、見てねぇんだよ、俺様達もよぉ」

 ドラキュラからの返答が理解できないのか、勇者が小首をかしげる。

 そんなシルナに向かって、ヴルボがクルトレスの言葉を補足した。

「吾輩達も、長らくお目見えしておらんのじゃ。ザへキース様のお姿を、のう」

「ど、どういう事でさぁ?」

「四天王ですら、魔王の姿を見ていない、っていう事? どういう事さね?」

「なん、で?」

 ズリモスが困惑し、シェルサは首をひねり、ヴォッセは直立不動で動けなくなる。

 シルナは事態を受け入れることが出来ないのか、剣を手にして固まっていた。

 だから僕は、話を進めるために口を開く。

「魔王を君達が見かけなくなったのは、一体いつからだい?」

「そんなの、決まってるじゃない」

 そう言ってナウルフルは、僕の事を鼻で笑う。

「魔王ザへキース様がそのお体に傷を受けられたのは、後にも先にも一度きり。そう、卑しくも盗人のようにこの城に、勇者が踏み込んできた時だけよ」

「そ、それって!」

 焦ったように、シルナが身を前に乗り出す。

「それって、百年前の『勇者』が魔王城に乗り込んだ時の話をしてるの?」

「そうよ。わたくしの話が、それ以外に一体どうやって聞こえるというのかしら?」

「そ、それじゃあ――」

 

 魔王は、百年前から魔王城から姿を消している、という事になる。

 

 シルナのつぶやきに、ズリモスは露骨に狼狽えた。

「は、はぁ? 何だよそりゃ! お前ら、魔王の部下なんだろ? しっかり探したのかよ!」

「当たりめぇだろうがよ! 俺様達は魔王様に絶対的な忠誠を誓ってるんだぜ? この城の隅々まで探したに決まってんだろーが」

「それこそ吾輩達は重箱の隅をつつくように、蟻の子一匹見逃さないように、目を皿にして探し回ったわい」

「ですが魔王様お姿は、百年前の勇者との死闘の後、まるで水が蒸発して消えるかのように忽然と姿をくらましてしまったのです。ああ、わたくしの愛しのザへキース様! あなたは今、一体何処におられるのですか?」

「……」

 四天王達の言葉を聞いて、ヴォッセが呻く。

「魔王、いないの、困る。オデ、任務、果たせない」

「そうだぜ! オレだって遊びでこんな所まで来たわけじゃねぇ。任務を果たさなきゃ、国に帰れねぇじゃねぇかよ!」

 ズリモスは頭を抱えて、顔を真っ青にした。

 ……よっぽどアルブール王国の国王から、発破をかけられているみたいだね。

 そう思いながら、僕は口を開いた。

「魔王が不在なのに、どうして四天王は人間側へ戦いを挑んだんだい? 君達魔族を束ねる存在がいないのなら、わざわざ魔王城に留まる必要だってないはずだ。生き残るだけなら魔族領で散り散りになり、それぞれ別々に暮らした方が簡単だったろうに」

「バカ野郎! そんな簡単な事もわからねぇのか?」

「吾輩達が魔王様の代わりに魔族達を率いて貴様ら人間どもへ挑んだのは、ザへキース様を探す時間を作るためよ」

「あのお方がいらっしゃったから、今のわたくし達があると言っても過言じゃありませんわ。ですから人間どもが魔族領へ攻め入ってくる前に、この城だけでなく、魔族領中を探すことにしたのです」

「だが、今日の今日まで、俺様達はザへキース様のお姿をもう一度拝むことが出来なかった、っつーわけだ」

「……」

 クルトレスの言葉に、モックスが沈痛な面持ちで頷く。

 ……なるほど。急に四天王達が前線に出てきたのは、そういう背景があったからか。

 そう思っている僕の隣で、シェルサが手を挙げる。

「そこまでして探して見つからないのであれば、魔王ザへキースは既に死んでいる、と考えるのが妥当なんじゃないかい?」

「いんや、それはありえねー」

「吾輩達には、わかるのだ。あのお方の魂が、まだ現世におられるという事が」

「ええ、そうですとも。わたくし達には、『尽忠の紋章』がございますから」

「……」

 無言でモックスが、左手を上げる。

 その手の甲には、虹色に輝く幾何学模様が浮かんでいた。

 同じ様にクルトレスも手を挙げながら、口を開く。

「こいつは、俺様達がザへキース様へ魂の忠誠を誓った証だ」

「魔王様を慕った吾輩達が、一方的に結ばせていただいた忠義の証であるがな」

「でも、これがあるおかげで、わたくし達は愛しのザへキース様のご存命を信じることが出来るのです」

「……」

「だとすると、私達は互いに同じ問題を抱えている、っていうわけかい」

 苦々しげな表情で、シェルサがつぶやく。

「人間の私達も、魔族のお前らも、消えた魔王を探している」

「そういうこったな。だが、俺様達は魔王様を探す手がかりは、やはりこの魔王城にあると考えている」

「それは、どうしてだい?」

「最後にザへキース様のお姿を見たのが、この城だったからよ」

 ズリモスの疑問に、ヴルボがしみじみと頷きながら答える。

 そしてドラゴンは僕らに向かって、こんな提案をし始めた。

「当代の勇者と、そのパーティーよ。頼む。魔王ザへキース様を、一緒に探してはもらえんだろうか?」

「……え?」

「ゔ、ヴルボ! あなた、自分が一体何を言っているのか理解しておりますの?」

 シルナの言葉を遮るように、ナウルフルが口を開く。

「とても正気の沙汰とは思えませんわ。勇者達に負けて、頭がおかしくなってしまったのではなくって?」

「吾輩の頭は、まだ正常に機能しておるよ、ナウルフル。吾輩も、人間どもに協力を依頼するのは口惜しい。じゃが、百年じゃ。吾輩達魔族だけで探して、百年。その間、ザへキース様への手がかりを、ついぞ見つけることなんぞできんかった」

「……そうだな。ヴルボの爺さんの言う通りかもしれねぇ」

「クルトレス、あなたまで何を!」

「魔王様がいなくなったのは、勇者が攻めてきた時の事だ。そして今日ここに、百年ぶりに勇者が魔王城にやってきた。俺様達魔族にはわからねぇ事を、気づかねぇ事を、人間の勇者なら感じ取れるかもしれねぇ」

「だからって、人間風情にわたくし達が頼らねばならぬというのですか!」

「……だったら、だったらどうするっていうんだよ!」

 怒れるナウルフルの勢いを飲み込む程の激情で、クルトレスが吠えた。

「俺様はな、もう一度、たとえ死ぬんだとしても、もうひと目だけでもいいから、あのお方にお会いしてぇんだよっ!」

「……それは、わたくしも同じ気持ちですわよ」

 そう言って、グリフォンは沈痛で悲痛で苦痛を耐えるかのような面持ちを浮かべる。

 そしてそれは。他の四天王も同様だった。

 そんな中、更にドラキュラが口を開く。

「魔王ザへキース様は、人間達との争いに疲弊していた俺様達魔族を取りまとめてくださったお方だ。あの方がいらっしゃらなければ、俺様達はただただ無益な戦いを人間達と続け、そして弱いものから蹂躙されていっただろう。それをあの方が俺様達を統率してくださったおかげで、いたずらに被害を増やさずに済んだんだ」

「左様。荒くれ者ばかりの魔族達を率い、魔族領を出ずに生活するように徹底させた。吾輩達が人間どもと戦いを起こさないようにするためにのう」

「ちょ、ちょっと待って」

 焦ったように、シルナが口を開く。

「魔王が、魔族を人間と戦わせないようにしていた? そんなわけない! だって魔族は人間を滅ぼそうとしていたんでしょ? だから魔族は悪なのに、それじゃまるで魔王が人間側を気遣っていたみたいじゃない!」

「図に乗るなよ、当代の勇者よ。魔王様が心を砕いて折られたのは、あくまで吾輩達魔族のためよ」

「そうね。人間と魔族が戦い始めたきっかけなんて、わたくし達ですら知りませんわ。でもザへキース様は、人間達との争いを最小限にするようにお考えになられたのは、事実でしてよ。争い、滅ぶよりも、わたくし達が生き残り、そして反映するために、ね」

「……」

 ナウルフルの言葉に、モックスが無言で頷く。

 四天王の話を聞いていたシェルサが、なんとも言えない表情で口を開いた。

「つまり、私達人間にとっては諸悪の根源である魔王ザへキースは、魔族達にとっては良き為政者だった、てわけかい。しかも其の実、人間との争いを減らそうとしていた、ある意味こちらにとっても都合の良い考えを持っていた奴だったとは、なんとも皮肉な話じゃないさね」

「何言ってるんですか、シェルサ姉さん! 騙されちゃいけませんや。言葉でなら、どれだけでも取り繕えます。最小限、だなんて上手く言ったもんでさぁねぇ。毎年毎年人間達が、こいつらの犠牲になってるんですぜ?」

「魔族、人間、殺す。殺らないと、殺られる」

「そうだよシェルサ! やっぱり魔族は敵だよ。魔王は、殺さないといけない相手だよ!」

「……リトは、どう思う?」

 シェルサに話を振られたので、僕は自分の考えを口にした。

「結果だけ見れば、人間と魔族が争うのは、僕は必然だったと思うけどね」

「ほら、やっぱりリトもそう思うでしょ? やっぱり魔族は人間を襲う――」

「ああ、シルナ、ごめんごめん。僕の言いたいことは、そういう事じゃないんだ。ただ単純な足し算、あるいは、掛け算の問題なんだよ」

「何を、言っているの? リト」

「つまり、こういう事だよ、シルナ。魔王は魔族に魔族領を出ないように厳命した。その結果人間との争いで命を落とす魔族の数は減り、逆に出生率は上がっただろうね。でも、魔族領という土地の広さは増えることはない。つまり――」

「魔王が良き為政者だったが故に、魔族の人口が増加。結果大きさの変わらない魔族領からあぶれた魔族達が、人間の住んでいる地域に染み出してしまったと、そういうことかい?」

 シェルサの疑問に頷いたのは、ヴルボだった。

「それが、ちょうど百年前の事じゃわい」

「……前の勇者が、魔王城に攻め込んだのと、同じタイミングだ」

「そうだよ、シルナ。そして争いが少なくなってその数が増えたのは、何も魔族だけじゃない」

 僕の言葉に、シルナは弾かれたように顔を上げる。

「そうか。人間も魔族に殺されなくなったんだから、人間の数も増える。そして、私達人間が住む土地だって、有限だ。だから、住める場所の問題を抱えていたのは、魔族だけじゃなくって、私達人間も同じ。住む所がなくなった人間は、魔族領に染み出していくしかない。だからリトはさっき、人間と魔族が争うのは必然だって、そう言ったんだね?」

 勇者の言葉に、僕は頷く。

 ……どちらか片方の事情しか知らないとわからないけど、両方の事情を知っていれば見えてくる話だよね。

「だから結局の所、百年前の勇者が魔王城に乗り込み、戦ったのは、人口増による領土を解決するためだったのさ。結果としてあの戦いで両者に多大な犠牲が出て、両陣営の人口が大幅に減ったから、その問題は未来に先送りになった。そしてその未来に、今僕達は生きている、っていう感じかな」

「そ、んな」

 シルナはそう言って、呆然としたような表情を浮かべている。

 絵本の中に出てくる憧れのヒーローが、実は空想上の人物でしかないと、そんな奴なんてこの世に存在しないと大人から現実を突きつけられた、子供のような表情だった。

 あるいは、山に降り積もった美しい雪が、実は雪崩となって人の命を奪う恐ろしいものにもなりかねないと、初めて教えられた時のような、そんな顔をしている。

「わ、私は生まれ育ったアルブール王国で、ずっとずっと、魔族は悪い奴だって、そう教わってきた。人間を滅ぼそうとしている悪魔だって、だからこちらが滅ぼされる前に滅ぼさなきゃって、それが正しい、正義の行いなんだ、って。でも、百年前の勇者が戦ったのは、人間の都合のためだったの? 魔王は本当はいい奴で、悪いのは私達人間だったの? 私は、そんな魔王を殺そうとここまで必至に旅をしてきたの?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、シルナ様! それじゃなんですか? オレ達人間の数が増えたのが悪かったって、そういうんですかい? 魔族が栄えるために、人間側が栄えちゃいけないっていうんですかい? 他の奴が得するのに、自分は損しなきゃいけねぇんですか? それはちょっと、話が違うでしょう」

「そ、それは……」

 ズリモスの捲し立てるような言葉に、シルナは上手く反応することが出来ない。

 勇者は今、自分を勇者足らしめている価値観(魔族は悪なので殺すのが当然という考え)を遠慮なく殴りつけられて、自分の中の正しさが揺れに揺れていた。

 善と悪、黒と白の二種類だけで世界を彩るには、その色の数はあまりにも少なすぎる。

 そこに追い打ちをかけるように、ヴォッセが口を開いた。

「それに、相手は、魔族。人間じゃ、ない」

「そうでさぁ、シルナ様! まだ人間同士ならいざしらず、相手は魔族なんですぜ? 同じ人間でもねぇ奴らの心配して、どうしようっていうんです?」

「そ、そうかもしれないけど、でも私達人間だっていろんな人がいるし、何が違うの? 四天王だって、本気で魔王の事を心配しているじゃない。人間と同じ様に。それなのに、どうして魔族だけ――」

「ほらほら、そうやって自分の考えと違うからって追い込もうとするんじゃないさね」

 そう言って、頭を抱える勇者を、弓兵が優しく抱きしめる。

「シルナも変に考え込まなくていい。ゆっくり自分で考えて、結論を出すといいさ。幸い、まだ時間はあるみたいだし」

「でもシェルサ姉さん、もうオレ達は魔王城まで来ちまってるんですぜ? いざって時にシルナ様が魔王を殺せないのなら、ここまで来た意味がねぇじゃねぇですかよ」

「その問題となっている魔王ザへキースが見当たらない、っていうのが今の状況さ。なら、彼らと一緒にザへキースを見つけるまでの間は悩む時間はあるって事じゃないかい? むしろ人から無理やり植え付けられた思想で戦う方が危ないさね」

「……ちょっと待ってくだせぇよ、シェルサ姉さん。その言い方じゃ、まるで奴らと魔王を探すのが既定路線みたいな言い方じゃねぇですか」

「みたいじゃなくて、そう言ったのさ」

「オレは、反対でさぁ!」

 そう言ってズリモスは、嫌悪感をあらわにする。

「だって、相手は魔族ですぜ? せっかくここまで来たのに、後ろから撃たれるだなんてたまったもんじゃねぇ」

「オデも、嫌だ。魔王探すなら、そいつら殺してから、やればいい」

 ヴォッセの言葉に、ナウルフルが敵意を剥き出しにする。

「やっぱり、人間になんて頼むべきではなかったのです! 魔王様の捜索を手伝わせるだなんて、そんな事、もが」

「……」

「いいぞ、モックス。そのままナウルフルの口を抑えておけ。てめぇが口を挟むと、まとまるもんもまとまらねぇ」

 クルトレスがそう言った後、改めてこちらに視線を向けてくる。

「俺様達としては、一応誠意は見せているつもりだぜ? お前達に負けて、こちらは満足に戦えねぇ。お前らに一方的に殺されるかもしれねぇ状況だが姿を正面から晒して、百年前の魔族の内情についても話したんだ」

「それで結論は、百年探したけど未だ手がかりも見つけれませんでした、じゃねぇかよ! そんな連中と手を組んで、一体何がわかるっていうんだ!」

「少なくとも、ズリモスより奴らの方が魔王城には精通しているだろうさ」

「シェルサ姉さん! オレだって、時間をかけりゃこんな城把握することだって――」

「知ってる奴がいるのに、無駄に時間をかける必要なんてないさね。それにあんたは元々、魔王を早く見つけたかったはずだろ? だったら、使えるものは使うべきじゃないかい? それなのに、どうしてそんなに魔族と協力するのが嫌なのさ?」

「……嫌に、決まってるじゃねぇですか。魔族ですぜ? あいつらが嘘をついてねぇとは――」

「シルナがさっき、言っていたよね。『四天王だって、本気で魔王の事を心配している』って」

 そう言った僕の方を、この場にいる全員が見つめてくる。

 その視線から顔を隠すように、ローブを目深に被り直した。

「勇者であるシルナは、魔族からの詐称行為に耐性を持っている。簡単に言えば、魔族の嘘は勇者には通用しない。そうだろう?」

「……うん、リトの言う通りだよ」

 そう言ってシルナは、自分を抱きしめていたシェルサから離れて、自分の足で立つ。

「私は、四天王が嘘を言っていないってわかるんだ。だからもし私達を裏切ろうと嘘をついても、すぐにわかるよ」

「なんですなんです? シルナ様まで。まさか、本当に魔族と一時的に手を結ぶつもりですかい?」

「正気じゃ、ない」

「うん、そうかもね。私は今、正気じゃないのかもしれない。でも、だからこそ、確かめてみたいんだ。魔族って、何なのか。魔王って、何なのかを。だから私は、魔王を探すよ。彼らと、魔王の事を心の底から案じている、四天王達と一緒に」

「イカれてる……」

 ズリモスはそう言うが、どれだけ不服があろうとも、僕らは勇者のパーティーだ。

「この物語の主人公は、勇者であるシルナだよ。君が決めたのであれば、脇役の僕は従うまでさ」

「本当? リト」

「知ってるでしょ? 僕がそういう不確かな約束はしない、って。だから、一緒にこの物語の結末を見させてよ。僕は、それが知りたいだけなんだから」

「ありがとう、リト」

「それから、これが完全にズリモスとヴォッセへの慰めになるかはわからないけど、魔王を倒すためには四天王と手を結ぶのが一番手っ取り早いと僕も考えているよ」

「……そいつは、どうしてですかい? リト先生」

「この城を丸ごと吹き飛ばせるような魔法は、いかに僕といえども使えないからさ。皆知っての通り、魔王城を外から吹き飛ばせる程強力な魔法や兵器を使えるのであれば、わざわざ僕らは魔王城の中にまで進行してくる必要もなかったんだ。だから、もし消えた魔王が魔王城の中にいるのであれば、奴を倒すにはこの城の何処かにいる魔王を引きずり出すしかない」

「ちょっと、さっきから聞いていれば、魔王様を倒す倒すと不敬にも程が、もが」

「……」

 モックスに再び口をふさがれるナウルフルを横目に、僕は肩を竦める。

「魔王は必ず、この魔王城にいるよ」

「どうして断言出来るんです? リト先生」

「だって、百年だよ? 魔王が城の外に出て、魔王領の中を彷徨いているのなら、絶対に痕跡が残っているはずさ。でも、魔族は誰もそれを見つけれていない」

「だから、魔王は今、この城の中にいる、って事ですかい?」

 ズリモスの言葉に、僕は首肯する。

「人間側は、魔王を見つけて倒したい。魔族側は、魔王を見つけて百年ぶりの再会を果たしたい。互いに魔王を見つける所までは、利害は一致しているんだ。それに戦力的に僕らの方が四天王よりも圧倒的に有利で、おまけに魔族の嘘は全部わかると来ている。なら、ひとまず魔王を探すことに注力した方が、効率的だとは思わないかい?」

 その言葉で、ようやくズリモスの顔から険が取れる。

「……全く、リト先生には敵いませんやね。普段はそんなに饒舌に喋らねぇのに、いざ話し始めると途端に言い包められちまう。本職は魔法使いじゃなくて、詐欺師なんじゃありませんかい?」

「好きな方で呼んでもらって構わないよ。怪しげな術を使う、という点で言えば、どちらも僕の事を正しく言い表している言葉だからね」

 そう言うと、ズリモスは苦笑いを浮かべた。

 ヴォッセからも特に反論がないので、納得してくれたと、ひとまずは思うことにする。

 

 かくしてこの、魔王の消えた魔王城で。

 その魔王を探すため、奇しくも争いを続けてきた人間と魔族が手を取り合うこととなったのだった。

 

「ちょっと! わたくしはまだ納得、もが」

「……」

「おい、モックス。そいつの口、ずっと塞いでおいてくれ」

 クルトレスの言葉を聞きながら、僕は魔法でこの城の全体像を宙に投影する。

 光と光が重なり合って、魔王城の全体像が王座の間の天井へと映し出された。

 それを見て、ヴルボが感嘆の声を上げる。

「ほほぅ。こいつは中々精巧な映像じゃのう」

「まずは、この魔王城について皆の認識を合わせておこうと思ってね」

 僕の言葉に、全員が天井を見上げる。

 流石にナウルフルも観念したようで、今は黙って天井を見上げていた。

「まず、この魔王城を取り囲んでいる状況だけど、中々特殊な環境だと思う」

「そりゃそうだろ。何せこの城は、荒れ狂う濁流に曝され続けているんだからな」

 クルトレスの言葉に、僕は頷いた。

 ドラキュラが言った通り、魔王城は濁流にその殆どを浸している状態だ。

 その色は雪解け水の色とは程遠く、濁りきっており、激流のため優しさも微塵も感じさせる事はない。

 投影した映像にも、その内容を反映させる。

 それを見て口を開いたのは、ズリモスだった。

「さっきリト先生が城を外から吹きとばせねぇって言っていたのは、この川が原因でさぁ」

「外から攻撃しようにも、兵器を城に持ち込もうにも、この川が全てを防いでくれる。まさに自然の要塞よ」

 気を良くしたように話すナウルフルは、更に言葉を紡いでいく。

「その濁流の中魔王城が無事なのは、この城全体を覆っている防御壁のおかげ。それを作っているのは、わたくし達四天王の力。つまり、魔王ザへキース様をお守りするための力、というわけよ」

 その言葉が正しいとでも言うように、魔王城と濁流の間には、ほんの僅かな隙間が存在していた。

 あの隙間分だけ防御壁が川の水を城から遠ざけ、この城を守っているのだ。

 それを見ながら、シェルサが溜息を吐く。

「本当に、ここまで来るのは大変だったわ。あの防御壁、魔族は出入り自由だけど、私達人間は容赦なく外に弾け飛ばそうとするし」

「そうそう。リトが祭壇を組んで、川の流れを一時的に弱める魔法を使ってなければ、絶対にここまでこれなかったよね」

「……あの魔法作るのに、魔族から集めた素材を大量に使ったんだからね? 僕が魔族を殺さないようにしているのは、ちゃんとした理由があるんだからね?」

 シルナにそう言いながら、僕は自分が投影した魔王城へ視線を向ける。

「この城を出ていく魔族は、あの濁流に巻き込まれないようになっているんだよね?」

「ああ、そうだぜ。防御壁を通過した魔族に対しては、一定時間防御壁の加護が付与されるような仕組みになってるんだ」

 そう教えてくれたクルトレスに、僕は更に質問をする。

「この魔王城には、もう僕ら以外は残っていない、という事であっているかな?」

「あってるぜ。この城の何処かにいらっしゃる魔王様を除けば、な」

 その言葉に、僕は思わず苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 そんな僕をよそに、ヴルボが重たげな頭を頭上に上げる。

「この魔王城は、一階から四階、そして五階の、この王座の間がある最上階を加えた、全部で五階層となっておる」

「一階にはモックスが、二階にはナウルフルが、三階には俺様、そして四階はヴルボの爺さんが守護を務めていたんだったな」

「全く、モックスがちゃんと一階で勇者パーティーを全滅させていれば、わたくしの羽も焦がされることはありませんでしたのに」

「……」

「別に申し訳無さそうな顔をする必要はねぇぞ、モックス」

「それで、どうやって調べるの? 普通に探したんじゃ、魔王は見つからなかったんだよね」

 シルナの言葉に、クルトレスは頷いた。

「俺様達魔族には、な。だが、今はお前達人間がいる。何より、勇者のお前がな」

「じゃから、お主らにはまず一階から、順次魔王城の探索をお願いしたいと思っておる」

「でも、それ、時間、かかり過ぎる」

「それもそうだな、ヴォッセ。なら、いっそ手分けするっていうのはどうでしょう? 例えば一階から三階と、四階と五階を上下の二組に分けて探索する、とか。ああ、もちろん二組に分けやすが、二組とも上の階と下の階を捜索するようにしやすぜ? 最初に振り分けられた組の捜索が終わった所で、皆で集まって結果を共有するようにするんでさぁ。そしてそれが終わった後、下の組は上の組へ、上の組は下の組の捜索を行う、っていうわけでさぁ」

 ズリモスの案は、結局一階ずつ確認するのと最終的にかかる捜索の間はさほど変わらない。

 しかし、この方法であれば先に調べた組の情報を加味して効率的に捜索が行えるし、そして何よりシルナへ最終的に全ての情報を集約することで四天王が嘘をつく可能性も排除できる。

「お主達がその方法で問題ないというのであれば、吾輩達もそれに従うことにするかのう」

 そういうわけで、僕達は二組に分かれて魔王城を捜索することになった。

 一階から三階までの下の組には、僕、シルナ、シェルサ、ナウルフルにモックスの五人が。

 そして四階と五階の上の組には、ズリモス、ヴォッセ、クルトレスにヴルボの四人が割り振られた。

「それじゃあ、私達は一階から見て回りましょう」

 シルナにそう言われて、僕らは王座の間を後にする。

 一階に向かっている途中、ナウルフルが話しかけてきた。

「どんな些細な違和感でもいいから、何か見つけたらすぐにわたくしに言いなさい。本当に、くだらないと思うものでもいいから、すぐに教えて頂きたいわ」

「……」

 グリフォンの言葉に、ダークエルフも頷く。

 彼らの必死さが伝わってきたのか、思わずといった様子でシルナが口を開いた。

「本当に、魔王に会いたいんですね」

「だから、そう言っているじゃないの。あなた達が魔王城にやってきて、そして戦いに負けた時も、頭の中にあるのは魔王様の事だけだったわ。ザへキース様に任せていただいたこの城の守護という役目を全うできなかった不甲斐なさと、そしてもう一度お会いしたかったという無念。もう本当に、それしか考えることは出来なかったもの」

 そう言ってナウルフルは、僕の方を一瞥する。

「ですから、どういう因果かわかりませんが、あなたが勇者パーティーに同行してくださっていたのは、わたくし達にとって不幸中の幸い以外の何物でもありませんわ。普通であれば人間に負ければ、わたくし魔族は容赦なく殺されておりました。ですがあなたのおかげで、まだ魔王様と再会出来る希望を捨てずにすみますもの」

「ですが、抵抗できないぐらい僕がボッコボコに倒しましたけどね」

「死ななければ、儲けものというものですわ」

「……」

 頷く様子を見るに、モックスも同様の意見のようだ。

 ……一方的に倒した相手に感謝されるのって、なんだか変な気持ちだな。

「何はともあれ、まずは一階の捜索からですね」

 そう言って僕らは、捜索を開始した。

 一階は城の入口と繋がっているエントランスに、魔族達が使うであろう食堂に食料庫、そしてモックスと戦った吹き抜けの階段何かを隈なく捜索していく。

 だが、何か気になるようなものはなかった。

 二階は宝物庫が無数に並んでおり、宝箱を一つ一つ調べる作業が地味にきつい。ナウルフルと戦った部屋は二階で一番大きな宝物庫で、やたらと多い宝箱を調べるのが本当に苦労した。

 だが、何か気になるようなものはなかった。

 そして次に、三階の捜索となる。

 だがそれは、行うことが出来なかった。

 何故なら三階の捜索を行う前に、四階五階を捜索していたズリモスが、僕らを大慌てで呼びに来たからだ。

 冒険家の彼が僕らを呼びに来た内容は――

 

 この城の五階、最上階の一室で。

 四天王の一人、クルトレスの死体が見つかったのだというものだった。

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