魔王の消えた魔王城で   作:メグリくくる

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○第三章

「いやぁぁぁあああっ! シェルサ!」

 シルナが悲鳴を上げて、姉妹のように仲が良かった存在だったものに駆け寄った。

 シェルサの死体のそばには、血に塗れた棺の蓋が転がっている。

 直前まで蓋を調べていたのは、シルナとズリモスだ。

 シェルサの遺体にすがりつき、涙を流すシルナには、今話しを聞くのは無理だろう。

 だから僕は、もう一人の冒険家の方へと、視線を向けた。

「何が、あったんですか?」

「わ、わからねぇですよ、リト先生。きゅ、急に真っ暗になって、オレ、驚いてシルナ様と持っていた蓋を落としちまったんでさぁ。そ、そしたら急に、押し倒されて……」

 そう言いながら、ズリモスは呆然とした表情で顔を上げる。

 床に尻もちをついた様な格好の彼が見上げた先にいたのは、ズリモスに覆いかぶさっていたヴォッセだった。

 彼は起き上がりながら、右手で盾を構え直す。

「明かりが消えて、物音と悲鳴、あった。オデ、シルナとズリモス、危ないと思って、守ろうとした」

「ゔ、ヴォッセは、勇者パーティーのガードだ。シルナ様とオレを守ろうとするのは、何も不思議じゃねぇ」

 そう言った後、ズリモスがその眼を憎悪の炎で燃やす。

「ついに、ついに馬脚を露わしやがったな、魔族ども!」

「……何を言っておるんじゃ?」

「とぼけるんじゃねぇ! 貴様ら、シェルサ姉さんを殺しやがったな!」

「馬鹿言わないで頂戴。あの女が殺される時に使われたのは、どう考えてもあれでしょ?」

 そう言ってナウルフルは、シェルサの血で濡れた棺の蓋を一瞥する。

「わたくし達が調べていたのは、蓋ではなく棺そのもの。それなのに、蓋を使ってあの女を殺せるはずがないじゃありませんの」

「しらばっくれんな! その棺を尻尾で軽々と持ち上げてたじゃねぇですか! それなら、オレ達が落とした棺の蓋を持ち上げて、シェルサ姉さんに投げて殺すことだって簡単に出来るはずだろ?」

「そんな面倒くさい事をせんでも、吾輩達があの女を殺したければ、直前まで調べていた棺の方を投げるわい」

「それだと、犯人、魔族だって、自白してるも、同然」

「ヴォッセの言う通りだぜ! オレ達に罪をなすりつけるため、お前らは棺の蓋を凶器として使ったんだ!」

「と、罪をわたくし達に被せたい、あなた方の誰かの犯行ではありませんの?」

「何言ってやがるんです? オレ達は勇者パーティーですぜ? どーして仲間を殺さなきゃならねぇんですかい?」

「動機なんて、わたくしの知ったことではありませんわ。ただ、出来る出来ないの話をしているだけですもの」

 ナウルフルの言葉を聞き、ズリモスは鼠のようにしししっ、と笑う。

「出来る出来ないの話、だとう? それだったら、なおのこと出来ねぇんですよ。自慢じゃねぇが、オレは力が弱ぇ。棺の蓋で投げ殺せる様な力は、持ってねぇんですよ!」

「あら? 別にわたくし、あなただけが殺害可能だった、とは、一言も言っておりませんわよ?」

「むしろ、お主と蓋を持っていた人間であれば、それだけの力はあるに決まっておる。何せ、当代の勇者なんじゃからのぅ」

 その言葉に、ズリモスは頬を引きつらせる。

「ま、まさか、シルナ様がシェルサ姉さんを殺したって言ってんのかい? 馬鹿も休み休み言いやがれ! あれだけ悲しんでいるのに、シルナ様が犯人なわけねぇだろうが!」

 冒険家の指差す方には、自分が血に汚れるのをいとわず、シェルサの亡骸を抱きしめる勇者の姿があった。

 泣き声を上げるその姿は、まるで迷子になって母親を探す、赤子のようにすら見える。

 だがその光景を、魔族達は別のものに見えるようだ。

「人間とやらは、生理現象以外にも涙を流せるのであろう?」

「感情表現も豊か。だからこそ、演劇といった文化も発達したんですわよね?」

「……じゃあ、シルナ様のあれが、全部演技だっていいてぇんですか?」

「それでは、逆に吾輩から聞かせて欲しい。勇者の悲しみが演技ではないと、何を根拠にそう言えるんじゃ? まさか、心などというよくわからない、形のない何かを拠り所にするとは言うまいな?」

「それなら、てめぇら魔族はどーなんだ? お前らだって、他の魔族を信じたりするんじゃねぇんですか?」

「その通りじゃ」

「だからわたくし達は、『尽忠の紋章』を得たのです。魔族同士は信用出来ないところも多々ありますが、魔王ザへキース様への忠誠は絶対です。そしてこの紋章がある限り、我ら魔族はたとえ思想は違えども、最終的には魔王様へ奉仕するための選択をすると、そう信じているのです」

「ズリモス。話、無駄。やっぱり魔族、敵。殺すしか、ない」

 そう言うと、ヴォッセは左手を後ろに回して、半身になって盾を構える。

 それを見て、ヴルボは口角を吊り上げた。

「やはり、全てはお主らの仕組んだことじゃったか」

「……何? 何の、ことだ?」

「とぼけんでも良いぞ、鎧の男。ほれ、この部屋まで降りてくる時に、色々と話しをしておったじゃろ? 一対一のタイマンでなければ、寝首をかかれるかもしれん、とな。じゃから貴様らはわざと仲間を殺し、吾輩達に罪を被せて全滅させる口実を得ようとしたわけじゃ」

「……話になんねぇな。大体、お前らを殺したいのであれば、いつでも好きに殺せるだろーが。なんでわざわざシェルサ姉さんを犠牲にしてまで、そんな回りくどい事をしなくちゃいけねぇんですか?」

「決まっておるじゃろ? 勇者に、決意をさせるためじゃよ」

 そう言ってヴルボは、その瞳を怪しく輝かせる。

「ここまでの話を聞く限り、死んだ女はずいぶん勇者の自主性を重んじておったようじゃ。じゃが、一番小さい男と鎧の男は、早く勇者に魔王様を殺してもらいたくて仕方がなかった様に見受けられたんじゃがのう」

「この部屋に来るまで、勇者とあの女は、ほとんど一緒でしたわよね? でも、棺の蓋を調べている時は別行動をしていた。あの時、勇者に何か吹き込んだのではなくって? 例えば、あの女は魔族のスパイとしてパーティーに加わっていた、とか」

「……オレが、シルナ様をそそのかして、シェルサ姉さんを殺させた、とでもいいてぇんですか? だが、シルナ様はシェルサ姉さんを心の底から信頼していた。そんな甘言が通じるわけがねぇですよ!」

「だから、例え話ですわ。別に死んだ女が裏切っていた、としなくても、勇者にあの女を殺させればいいんですから」

「左様。あの暗闇の中、こう言えばいいのではないか? 魔族があの女を狙っている。助けるためには、この棺の蓋を全力で投げるしかない、と」

「は、はぁ? それなら、シルナ様はシェルサ姉さんを守るために、蓋を投げたっていいてぇんですか?」

「それなら、あの涙も説明出来るじゃろ? 守ろうとしていた相手を、間違って殺してしまった。ザへキース様への向き合い方を悩んでいた心優しい勇者には、とてもとても受け入れることなんて出来ん事実じゃろうなぁ」

「そうなれば勇者は自分の心の平穏を守るため、実際に起こった事実を捻じ曲げて、自分にとって都合の良い真実を信じてしまう事も十分にありえますわよね? つまり、わたくし達魔族が全て悪い、あの女が死んでしまったのも、全部全部魔族のせいだ、と勇者は信じたいし、信じてしまう」

「結果として、お主達にとって、都合の良い勇者の出来上がりじゃ。魔族を憎み、それを束ねる魔王様を憎む勇者。いやはや、人間とは恐ろしい生き物じゃて」

「ふ、ふざけるな! 誰がそんな事をするもんかっ!」

「口ではなんとでも言えますわ。そもそも、最初に被害を受けているのは、わたくし達四天王の方なんですのよ? おまけに嘘を付けば勇者にバレるという状況で、わたくし達が勇者の仲間を殺せるわけがありませんわ」

「そうじゃのう。下手を打って、吾輩達の内、あと一人でも欠けたら、大変なことになるわい」

「大変な、事?」

 ズリモスの疑問に、ヴルボが答える。

「魔王城を覆っている、防御壁じゃよ。あれは吾輩達四天の力で作っておる。じゃ、今はクルトレスの分力が欠けておるからのう」

「簡単に言えば、あと一人欠ければ、防御壁がなくなって、この城は濁流に流されて沈むのですわ。もっとも、魔王ザへキース様のお力添えがあれば、話は別なんですけれど」

 その言葉に、ズリモスは驚愕の表情を浮かべる。

「な、なんだと! どうしてそんな大切なことを今まで黙っていやがった! 最初にオレ達がお前らを殺していたら、一大事になってただろうが!」

「一大事になって、良かったんじゃよ。そもそも当代の勇者がこの城に踏み込み、四天王を二人殺しておれば、吾輩達は勇者もろともこの城の中で死ぬつもりじゃったからのう」

「それがどういう因果か、生かされてしまったわけです。ならば、人間達に魔王様を探す手伝いをさせようと、そういう算段になりましたのよ」

「……つまり、王座の間で魔王捜索の協力を打診してきた時から、お前らはずっと芝居を打っていた、っていうわけですか」

「伊達に何百年も生きておりませんわよ。もっとも、人間に協力を求めるの反対というのは本心でしたから、嘘は言っておりませんでしたけれど」

「協力を断られ、殺されたとしても、当初の計画通り勇者どもと一緒に城で死ねるからの。どちらに転んでも、吾輩達にとって都合が良かったのよ」

「ですが、クルトレスがああいう形で殺されてからは、話の流れが代わりましたわ。まさか、魔王様へ繋がる手がかりを消そうとする輩がいるだなんて、想定外です」

「そうじゃの。其奴の目的がザへキース様の手がかりを消すことなのであれば、むしろこの魔王城を消し去る方が其奴にとって都合が良いということになる」

「ですから、防御壁が消えてしまう条件を『今』お伝えした理由は、もうおわかりいただけておりますわよね?」

 その言葉に、僕は嘆息しながら答える。

「魔王城をこのまま残しておきたいのであれば、自分達を守って欲しい、という事ですか」

「あなた方が、魔王様を倒すのを諦められる、というのであれば、話はまた別になりますけれど。あのお方なら、防御壁が消える前に魔王城を脱出するなんてわけないでしょうし」

 ナウルフルの言葉を聞いて、ズリモスは頭をかきむしる。

「一体全体、どーなってんだ? この状況は。四天王はあと一人死ねばこの城は沈んで魔王への手がかりはなくなるし、でもそうなったら魔族どもも魔王と会えなくなる。オレ達も魔王を討伐したいから、この城にはまだ残っててもらわなくちゃならねぇ。だとすると残りの四天王は殺せねぇし、そもそもシェルサ姉さんが殺されてる理由がわからねぇ。魔王との決戦の前に、勇者パーティーの戦力を削りたかった? いや、それで得するのは魔族どもだけで、その犯行がバレて殺されたら城はなくなって魔族の望みが叶わなくなる。はぁ? なんだ? なんなんだよ、この状況はよっ!」

 こうやって勇者パーティーが行き詰まった時、いつも落ち着くように促してくれたのは、シェルサだった。

 でも、彼女はもういない。

 彼女の代わりも、ここにはいない。

 だから僕は、僕に出来ることをするために、口を開いた。

「今ある情報で全てのことを説明しようとするのは、ちょっと無理があるんじゃないかな?」

「……リト先生?」

「まだ、調べてないことも多いでしょ? 例えば、シェルサが殺されたこの部屋だってそうだよ」

 そう言って僕は、この部屋を見渡した。

 正確には、この部屋の外壁、そこに埋め込まれた『蛍光石』を。

「シェルサが殺された時、この部屋は真っ暗になった。犯人が彼女を殺そうとして明かりを落としたのであれば、一体どうやって明かりを消したんだろう?」

「……確かに、シェルサ姉さんを殺した凶器に、棺の蓋に目がいって、そこはまだ調べてねぇですね」

「壁、見てみる」

 ヴォッセの言葉に頷いて、僕らは外壁の方へと歩みを進めた。

 その途中、僕は勇者の方へ視線を向ける。

 ……泣き止んだみたいだけど、流石にまだ立ち上がるのは無理か。

 ならば、僕らは僕らで出来ることをしようと思い、更に足を動かしてく。

 そして、この部屋中の『蛍光石』が、一つ残らず砕かれている事を確認した。

「調査に夢中だったとはいえ、吾輩達の目を盗んでこれだけの数の『蛍光石』を一瞬で割れるかの?」

「出来るできないでいえば、可能だったからこそ、実際に一人殺されているんですわ。そういえば、わたくし達が手も足も出なかった魔法使いが、ここに一人おりましたわよね?」

 そう言われて、僕は壁から引きずり出した『蛍光石』を他の人達にも見せる。

「それはつまり、僕の魔法が、この骨と何かしら関係がある、っていう事ですかね?」

 その大きさは、指の第一関節を五等分したよりも、更に小さい。

 しかし、砕けた『蛍光石』、その全てに、どういうわけか何かの骨が突き刺さっていたのだ。

「少しでも欠けると『蛍光石』は簡単に光らなくなる。確かズリモスは、そう言っていましたね?」

「ええ、間違いねぇですぜ、リト先生」

「でも、その骨が一体何だって言いますの? まさかこの部屋中の『蛍光石』を割るためだけに、犯人が自分の身体から骨を抜き出したとでもお考えなのかしら?」

「魔物、回復、早い奴いる」

「そんなの、一部のトカゲの尻尾ぐらいなものですわよ」

「……何故吾輩の方を見ながら言う? 吾輩はトカゲではなく、ドラゴンじゃぞ!」

「でも、人間もすぐに骨を生やす方法はありますよ。これを言うと自分が不利になりますけど、僕は回復魔法が使えますから」

 だから、自分の体から骨を抜き出したとしても、魔法で新しく生やすことが出来る。

 僕の言葉を聞いて、ナウルフルが鬼の首を取ったように笑った。

「ほーら、ご覧なさいな。やっぱりその魔法使いの仕業ではありませんの。そういえばクルトレスが殺された書庫で、ここで死んだ女も言っておりましたわよね? クルトレスを殺す仕掛けは魔法を使えばすぐ出来る、みたいな事を」

「魔法を使って殺すのであれば、わざわざこんな証拠は残しませんよ。魔法で塵を固めて『蛍光石』を壊せばいいんですから」

「わかりませんわよ? そうやって自分の犯行だと思われないようにするため、わざと不合理な事をしている可能性も十分ございますし。棺の蓋を使ってあの女を殺害したのも、その工作の一貫なのではなくって?」

「そういえば、魔法使いのお主は部屋が暗くなった時、一体どこにおったんじゃ?」

「部屋の入口に、一人で立っていました」

「それは、一体何のために?」

「……怪しい動きをしている人がいないか、見張るためです」

 この部屋に来る前にクルトレスを殺した人物は、この中にいる。

 魔王城に今残っているのは、僕ら以外に存在していない。

 そんな中、魔王へ繋がるヒントとしか思えない棺が登場したのだ。

 犯人は、絶対ここで何かを仕出かすはず。

 そう思って、用心深く当たりを見回していたのだが――

「残念ながら僕は、犯人の正体を知ることも、有力な証拠を見つけることも出来ませんでした」

「何よ。あんた、使えないわねぇ」

「お主も対して何もしておらんじゃろ、ナウルフル」

「ですが、リト先生が何も見ていない、見れなかった、っていうのが、犯人特定の重要なヒントなんじゃねぇですか?」

 ズリモスの言葉に、ヴルボが胡乱げな表情を向ける。

「なんじゃと? どういう事じゃ?」

「いや、ね? いるじゃねぇですか。こんなハチャメチャな事件を起こせるような力を持っていて、それでいて、この場にいないと認識されている存在が」

「まさか……」

「貴様、また魔王様の事を言っておるのか!」

 ナウルフルとヴルボに睨まれるも、ズリモスにとってはそよ風を感じるのに等しいものだったようだ。

 彼は当たり前のように頷いて、口を開く。

「だって、そーじゃありませんか? 魔王なんだからこの城の事は熟知しているでしょうし、おまけに絶対的な力も持っている。魔王城のどこかに潜んだ魔王が、この城に残っているオレ達を消そうとしているんですよ」

「……バカバカしい。ありえないわ」

 そう言って、ナウルフルは憤慨したように口を開く。

「魔王様は、百年も前からお姿をわたくし達の前に現してくださらないのよ? そもそも、もし魔王様が犯人なのであれば、四天王の一人クルトレスを殺していることになる。そんな事をして、ザへキース様に一体どんな特があるっていうのよ」

「そりゃたくさんありますが、中でも重要なのは、魔王の責務から開放される、ってゆー事じゃねぇですかね」

「……どういう事かしら?」

「つまり、魔王は魔族を率いるのを辞めたがっていた、ってゆーのがオレの考えです」

 ズリモスの言葉に、四天王三人は狼狽する。

「馬鹿な事を申すな!」

「そうよそうよ! ザへキース様に限って、そんな事あるわけないわ!」

「ほらほら、そーゆーのが、魔王の重荷になってたんじゃねーんですか? だから百年前、勇者エルニとの戦いで重傷を負った時、魔王ザへキースはこう思ったわけです。この傷を理由に、雲隠れしよう。自分しか知らない魔王城の一室に隠れて、スローライフを満喫しよう、と」

「魔王様は、そういう性格のお方ではない!」

「なら、どうして百年も魔族達の前に、四天王の前にすらその姿を現さなかったんです?」

 ズリモスにそう言われて、ヴルボは苦虫を百匹ほど噛み締めたような表情を浮かべる。

 そして喉を雑巾が千切れるぐらい絞るようにして、無理やり言葉を吐き出した。

「それは、きっと、吾輩達の前にでれないぐらい、傷が深かったのだ。吾輩達を心配させないために、ザへキース様はお隠れになられておるのだ!」

「……なーるほど、そっちの線でもいいですねぇ」

 ズリモスはしししっ、と鼠のように笑う。

「百年前の戦いで、魔王ザへキースは勇者エルニから重傷を負わされた。しかし、ほとんど瀕死の状態だったんでしょう。ですが自分が死ねば、今まで束ねてきた魔族達がバラバラになってしまい、人間達に蹂躙される羽目になる。そー考えた魔王は、今際の際、自分自身に死霊術を施したんでさぁ」

「は、はぁ? 一体何のために魔王様はそんな事を!」

「さっきオレが言ったじゃねーですか。魔族達のためだ、って。次に勇者が生まれ、その時自分に成り代わる魔王がいなければ、きっと魔族達は結束出来なかったんじゃありませんか?」

「そ、それは……」

「……言い包められるでないわ、ナウルフル。吾輩達には、『尽忠の紋章』がある。あのお方はまだこの世にいらっしゃるわ」

 そう言った後、ヴルボはズリモスへ鋭い視線をぶつけてくる。

「そもそもザへキース様が死霊術をお使いになられていたのだとしても、吾輩達の魔王様への忠誠は変わらん。故にあの方がお姿を隠す理由はなく、また『尽忠の紋章』が有効である以上、あの方が死んでいるわけがない」

「でも『尽忠の紋章』が有効なのは、確か『魂』がまだ現世に留まっている、という事でしたよね?」

 ズリモスの言葉に、ヴルボが完全に固まる。

 ドラゴンが何も言わないのをいい事に、冒険家はベラベラと持論を展開し始めた。

「死霊術は肉体は死んでますが、魂は生きています。別の言い方をすれば、『魂を現世に縛り付ける術』とも言えますなぁ。つまり魔王が死霊術を使っていれば、その魂はまだ現世に留まっているというわけです。つまり、『尽忠の紋章』はあいも変わらず有効という事です」

「……何故人間の貴様が、それほどまでに死霊術に詳しいのじゃ? 吾輩達魔族であっても忌み嫌われている魔法。人間が使っていると知られれば、国ごと滅ぼされかねん最悪の外法じゃぞ」

「なぁに。オレも冒険家の端くれですからねぇ。色んな所に行って、色んな話を見聞きしてるんでさぁ」

 嫌らしく口角を吊り上げて、ズリモスは言葉を紡いでいく。

「話を魔王に戻しやしょう。勇者エルニとの戦いの果、ザへキースは自らに死霊術を施すこととなりやした。理由は、魔族の結束を維持するため。ですが、流石にもう十分だと思ったんでしょう。生ける屍となってまで、魔族達の結束を維持したんです。魔王としての役割は、十分果たした。これからは自由に生きたい。いえ、そんな腐った肉体で、魔族達の前に出るのは、魔王としてのプライドに反したのかもしれやせん」

「……それでザへキース様は、百年間吾輩達の知らぬ魔王城の部屋で過ごしてきたと、そう言うのか?」

「そーですねぇ。いずれにせよ、魔王はもう、魔王をやり尽くした、自分が消えた後のアフターケアまでバッチリした。思い残したことは、もうねーはずです。そしてゆっくり生活することが出来た。何せ自分は死霊術で死んでますから、食事も何もいりません。ですが、その平穏は百年後に破られる事となりやした。理由は、もうおわかりでしょう?」

「お前達、勇者シルナのパーティーがやってきたからじゃ」

「ご明察。まぁ、魔王ザへキース本人としては、最初は慌てていなかったのかもしれません。勇者パーティーに四天王が負け、防御壁がなくなれば魔王城も消え去ります。もしそうなったとしても、自分は死霊術で百年間も延命した。穏やかな時間を過ごした。もう終わりでいい。そう考えていた」

「でも、わたくし達四天王は、四人とも生き残った」

「更に吾輩達は、お前達に頼んだのだ。魔王ザへキース様を、一緒に探して欲しい、と」

 四天王三人は、沈痛な面持ちを浮かべている。

 しかし相変わらず、ズリモスは彼らを気にする素振りも見せない。

「魔王は百年間、四天王が知らなかった部屋に住んでいた。この部屋以外にも、そういう場所が魔王城にあったとしても何もおかしい事はありません。ですからきっと、自分を探すよう頼んだ会話も聞いていたんでしょうなぁ。そして驚き、激怒した。自分はもう、役目を果たし終えていると思っていたのに。それどころか、次の勇者が訪れてもいいように、死霊術を使って生ける屍になってまでも魔族の結束を守ったというのに。その時の魔王の怒りと悲しみは、オレ如きじゃ想像することも出来ねぇもんだと思いますがねぇ」

「……では、何か? クルトレスが殺されたのも、お前達の仲間が殺されたのも」

「魔王ザへキース様が、心穏やかに自分の生涯を終えるのを邪魔したせいだと、そうおっしゃいますの?」

「復讐、というと、いささか語弊があるかもしれやしませんが、そう考えると辻褄があいやしませんかね? 最上階でドラキュラが殴り殺されたのは、魔王の隠し部屋であるこの部屋へ続く階段の鍵となる本を手に取ってしまったから。だから最初の生贄に選ばれた」

「なら、二番目にあなた達の仲間の女が殺された理由は、どう説明いたしますの?」

「おやおや、この部屋に来るまで、オレ達がどれだけドラキュラの犯人は人間だ魔族だと言い合ったあのをお忘れで? 更に階段を降りてくる隊列についても、殺されないように揉めに揉めたじゃねぇですか。であれば、次の犠牲者は人間側から普通は選ばねぇですかね? そうすれば、完全に皆疑心暗鬼になりやすから。実際、オレ達はまた、互いに相手の方が犯人だと、そう言い合ったじゃねーですか」

「……では、この部屋の『蛍光石』を割った骨は」

「魔王ザへキースの骨、ってことなら、説明出来やすよね? 魔王は死霊術を使って、生ける屍なんだ。簡単に自分の骨ぐらい取り出せますわ。ひょっとしたら、魔王は自分が怒っていることを知らしめるために、あえて自分の骨を使い、ヒントを出したのかもしれません」

「そ、そんな。わたくし達は、わたくし達は、あのお方になんてことを……」

 四天王三人は、自分の行いの後悔からか、見ているこちらが痛々しい程に震えていた。

 それを横目に、僕は内心笑みを浮かべる。

 ……なるほど。ズリモスも、中々面白いことを考えるね。

 そう思いながら、僕は背後に振り向き、口を開く。

「と、いう事らしいんだけど、シルナはどこまで話を聞いていたんだい?」

「……途中からだけど、大体の話の流れは把握してる。暗闇の中、ヴォッセに押し倒されて悲鳴を上げちゃったけど、大丈夫」

 そう言って、勇者シルナは鼻をすする。

 そして彼女は泣きはらした目で、僕らを見渡した。

「魔王ザへキースが本当にこの城にいるのかも、死霊術を使っているのかも、私には全くわからないよ。でも、私は魔王を見つけなくちゃいけないんだ」

「それは、どうして?」

「私が、勇者だから」

 そう言ってシルナは、僕の目を真っ直ぐに見つめる。

 その瞳はまるで、雪解け水の様に澄んでいた。

 その澄んだ瞳に、勇者は自分の意思の光を宿らせる。

「本当は、もっと色々と、時間をかけて考えたいことが、たっくさんあるよ。でも、立ち止まっていたら、失ってしまうこともあるって、知ったから。だから私は、走りながら考えるよ。走る道を間違えることがあるかもしれないし、走り方のフォームも全然駄目かも知れないけど。でも、少しでも前に進むためには、自分の足で前に進まないといけないから」

「……うん。やっぱりこの物語の主人公は、君が相応しい。君ならきっと、自分の選んだ道を真っ直ぐ進んでいける。君はきっと、この物語の結末を僕に見せてくれるよ。僕の知りたかった、結末を」

 僕の言葉に頷いて、シルナは皆に向かって言葉を作る。

「この部屋に続く階段が出来た時、床が色々と変動したよね? なら、この城の構造もきっと変わっている所があるはずだよ」

「そーですねぇ。ここも城の地下みたいですし、その可能性は大いにあるでしょうねぇ」

「……では、二人か三人の組に分かれて、また城を捜索することにするかのう」

「ヴルボ、いいんですの? ひょっとしたら魔王様は、わたくし達のことを――」

「だとしても、もう一度お会いしたいという気持ちに、偽りはないわい。それに、吾輩達が誤っているのであればこそ、直接謝罪を申し上げたいのじゃ。それがたとえ、ザへキース様の望まぬことであってものう」

「……そうね。そうよね。わたくし達は、そうあるべきよね」

「……」

 モックスが頷き、それぞれの組に分かれてこの部屋から出ていく。

 ズリモスとヴォッセは、二人で魔王城の一階と二階を。

 四天王三人組は、三階と四階を。

 そして僕とシルナは最上階と――

「ねぇ、リト。シェルサは殺される前、リトに明かりを頼んでたよね?」

「うん。僕も気になってた。だから、もう少しこの部屋を捜索してみよう」

 僕らは、シェルサが殺されるまでの動きをたどることにした。

 最初はまず、棺を開ける所からだ。

「その後、皆でバラバラに色んな所を探したんだよね」

「といっても、基本的には皆、棺の周りに集まっていたけどね」

 例外なのは、僕、ヴォッセ、そしてシェルサの三人だ。

「シェルサはあの時、棺から少し離れた場所で部屋全体を見渡してたんだ」

「それって、このぐらいの位置?」

 そこはもう、息絶えたシェルサの亡骸が横たわっている場所だった。

 僕は頷きながら、更に少し移動する。

 わかっていた事だが、シェルサが僕に明かりを求めた場所は、丁度彼女の死体がある所だった。

「シルナ。シェルサを移動させるの、手伝ってもらっていいかな?」

「もちろん」

 二人で抱えて運んだ死体の重さは、想像以上に重たく感じた。

 動かない死体の運びづらさもあるのだろうけれど、それ以上に気持ちの面で重さを感じる。

 シェルサをどかした床に視線を向けると、彼女の流した血で血溜まりが出来ていた。

「あれ? ここ、少しへこんでるのかな?」

 シルナの言葉に吸い寄せられるように、僕もしゃがんで床を見つめる。

 血で汚れてわかりにくいけれど、確かにそこだけ血が深く溜まっっている様にも見えた。

 僕は魔法で水を生み出すと、山で水が湧き出るスピードよりも優しく、血を洗い流していく。

 するとそこから現れたのは、砕かれてバラバラになった床の破片だった。

「シェルサが気になったのは、床が砕かれていたからなのかな?」

「……いや、違うと思う」

 そう言いながら、僕は魔法で作った明かりを、段々と弱くしていく。

 元々『蛍光石』だけで作られていた部屋と同じぐらいの明かりの強さにして、僕は再度床へ視線を向けた。

「僕らがこの部屋にやってきた時と同じ明るさにしたけど、見てよ。その明るさでも、床が砕かれているのがわかるでしょ」

「本当だ。それなら、わざわざリトにシェルサは強めの明かりを求める必要なんてないね」

 そう言いながら、シルナは自分の言葉に生まれた矛盾に気づく。

「あれ? だったらシェルサは、何を見ようとしていたんだろう?」

「多分、それはこの、砕かれた破片の方だよ」

「破片? どういう事なの? リト」

 僕の言っていることが理解できなかったのか、シルナは小首をかしげる。

 そんな彼女に向かい、僕は明かりの強さを元に戻しつつ、砕かれたいくつかの破片を手に取った。

「こういう事さ」

 そして手にした破片の中から、割れた形が一致するものを組み合わせる。

 それはまるで、パズルのピースをつなぎ合わせていくような作業だった。

「つまり、シェルサが生きていた時は、まだこの床は割れていなかったんだよ。割れる前の床を見て、シェルサは何かに気づいたんだ」

「そうか。それでシェルサはリトに明かりを頼んだんだね。でも、元々の床には、何があったんだろう?」

「それは、この破片を組み合わせていけばわかることさ」

 それから僕は、破片を元の形に修復する作業に没頭する。

 シルナにも手伝ってもらったので、思ったよりも早く床を元の状態へと戻すことが出来た。

「これで破片は全部つなぎ合わせれたと思うけど、一度割れてるからシェルサが気になった部分が分かりづらいね」

「それじゃあ、もう少し元の状態に近づけてみよう」

 そう言って僕は、再度魔法で水を生み出す。

 しかし、先ほどと違うのは、水に色を追加したことだ。

 その水は床の色と全く同じ色をしており、それをつなぎ合わせた破片の下から、ゆっくりと浸透させた。

 やがてその水がヒビが入った部分に行き渡ると、割れた部分が目立たなくなる。

「凄い! これならよくわかるね、リト」

「ほら、ここ見てよ、シルナ。この部分、割れた時に出来たのとは違う傷が出来てるよ」

「本当だ。これは、刺し傷だよ」

「刺し傷?」

「うん、そう。何かを刺した時に出来るような傷かな」

「……言葉の意味はわかるけど、もう少し、具体的に教えてもらってもいい?」

 そう言うとシルナは、少し唸った後、口を開いた。

「それじゃあ、わかりやすい傷の説明をしてから、刺し傷の説明をするね」

「うん、お願い」

「わかりやすい傷の例としては、何か重いものを引きずった時に出来る、切り傷なんかが上げられるかな。何かを擦った様な時に出来る傷の事だよ。ほら、重たい剣を床に引きずりながら歩くと、横に長く傷が出来るでしょ?」

「そうだね。そして引きずっている間は横に引っ張られているから、傷は浅いイメージがあるかな」

「うん、そのイメージであってるよ。それとは反対に、刺し傷は引きずるんじゃなくって、縦に突き刺すイメージかな?」

「……レイピア何かの傷のイメージ?」

「そう、まさにそれだよ。でもレイピアみたいな針っぽい剣じゃなくても、剣で真上から床に向かって刺せば、こんな風に刺し傷になるんだよ」

「……そうなんだ」

 そうつぶやいた後、僕は少しの間、その刺し傷を見つめていた。

 ……そうか。これは、そういう事だったのか。

 無言になっている僕をよそに、シルナが不思議そうに疑問を口にする。

「でも、変じゃない? リト。シェルサが死ぬ前は床は無事だったのに、何が原因で床がこんなにも割れちゃったんだろう」

「それはきっと、あれが原因だよ」

 僕の視線は、床に転がっているあるものに向けられていた。

 それはシェルサの血で汚れた、棺の蓋だった。

 それを認識したシルナは、びっくりしたようにこちらへ振り向く。

「え、だってあれ、シェルサを殺した凶器でしょ? 彼女を殺すために使った蓋が、偶然床も割った、っていう事?」

「どちらかと言うと、シェルサを殺して、かつ床も割ることが出来たのがあれだった、っていう事じゃないかな」

「……魔王は、シェルサを殺すだけじゃなくって、床に出来たこの刺し傷を隠したかった、っていう事? でも、どうして今なんだろう? 百年間もこの城で隠れていたのなら、この床だってもっと前に処分出来たはずなのに。そもそもこの傷は、一体いつ出来たものなんだろう?」

「少なくとも、今日僕らが来るより前に出来たことは確かだね」

「リトは、これを確かめて、何かわかったの? 生憎私には、全然状況が掴めないや」

「……きっとこれは、化石みたいなものなんだ」

「化石?」

「うん。昔々、山に降り積もって、そしてそのまま百年も溶けてこなかった雪が、ようやく溶けて染み出したみたいな、そんな殆どの人にとっては全く重要じゃないものなんだよ」

「でも、その水はとっても美味しそうだよ?」

「それでも、全ての人がわざわざ苦労してまで汲みに来る必要はないものさ。美味しい水は他にもあるし、走っていくと決めた主人公の君がわざわざ寄り道してまで飲むようなものじゃ――」

「リト!」

 シルナの強い言葉が、僕を射抜く。

 勇者の真っ直ぐな瞳がローブで隠したこちらの姿を見通してしまいそうで、僕は慌ててフードを被り直した。

 そんな僕の反応を気にもせず、シルナは僕の手を握る。

「約束して、リト。勝手にどこにも行ったりしない、って」

「シルナ?」

 突然の彼女のお願いに、僕は面食らう。

「どうしたの? シルナ。僕がそういう不確かな約束はしないって知ってるだろ?」

「でも、して」

「どうして?」

「だってこのままじゃ、リトも突然どこかに行っちゃいそうだから。遠い、遠い、私じゃ追いつけなさそうな場所に行っちゃいそうだから。どれだけ走っても、たどり着けなさそうな場所にいっちゃいそうだから」

「シルナ……」

「だから、言って! お願いだから、言って! 一生のお願いだから、勝手に私の前からいなくならないって約束してっ!」

 勇者エルニが魔王に重傷を負わせた歴史的瞬間から、百年後。

 その後誕生した、百年ぶりの勇者シルナ。

 そんな彼女が、僕の前で震えていた。

 姉のようなシェルサを亡くし、普通の十代の少女の様な表情を向ける相手を失った彼女が、素顔すら見せない怪しい僕なんかにすがって震えている。

 ……これは、参ったな。

 そう思いながら、僕は観念したように彼女を抱きしめた。

「わかったよ、シルナ。約束する。僕は、君の前から勝手にいなくなったりしない」

 そう言うと、腕の中の少女の肩が、大きく跳ねる。

 その反応を見て、僕はこれで良かったのだと、自分を無理やり納得させた。

「……薬の匂いが凄いよ、リト」

「ここまでの旅をしている間に、それは知っていたでしょ?」

「知ってる。リトは最初に出会った時から、いっつも優しくしてくれた。何でかわからないぐら、すっごくすっごく、優しくしてくれた」

「言っただろ? 主人公は、君なんだ。僕はただの脇役で、君が輝けるように戦ってるだけなんだよ、シルナ」

「……うん、わかった」

 そう言って僕から体を離すと、シルナはいつもの勇者の表情に戻っている。

 そして、宣言するように、口を開いた。

「私も、ちゃんと走るから。戦うべき時が来たら、ちゃんと戦うから」

「うん。楽しみにしてるね」

 と、そこで、僕らは微かな揺れを感じる。

 それはこの部屋の外から聞こえてくる、誰かの慌てたような足音だった。

 音の大きさと重さの感じから、人間のものではないのは確かだ。

 やがて僕らの前に姿を現したのは、一匹のグリフォンだった。

「良かった! あなた達、ここにおりましたのね」

「どうしたの? ナウルフル。そんなに慌てて」

 シルナの言葉を、ナウルフルはじれったそうに聞き流す。

「どうしたもこうしたもありませんわ。いいから、早く来てくださいな!」

 ただ事ではない気配を感じて、僕らは素直にナウルフルに従う事にする。

 階段を駆け上がりながら、先頭を走るグリフォンに問いかけた。

「何をそんなに急いでるんですか?」

「決まっているじゃありませんの。もうすぐ崩れるんですのよ、この魔王城が!」

 その意味を理解して、シルナが戦慄したように口を開いた。

「まさか、防御壁が崩れようとしているんですか?」

「そのまさかですわよ!」

 彼女達の会話を聞きながら、僕はもう一度、この魔王城がどこに建てられているのかを思い出す。

 この魔王城は、その殆どを荒れ狂う濁流に浸している状態だ。

 それを可能としているのは、四天王が張っている防御壁のおかげ。

 この防御壁がある限り、全てを洗い流さんばかりの激流は、自然の要塞となって魔王城を守護してくれる。

 だがその防御壁が機能するのには、制約がある。

 魔王が力を貸しているか。

 もしくは、四天王が防御壁を維持できる、三人生き残っているか。

 今までの会話の内容から、魔王が防御壁を張るのに力を貸していないのは明白。

 と、いう事は、防御壁を維持し続けるためには、四天王が三人揃っている必要がある。

 しかし今、その防御壁が崩れようとしていた。

 それが意味する事象は、たった一つしかない。

「誰ですか? 四天王の、誰が殺されたんですか?」

 焦ったような僕の問に、グリフォンが答える。

「ヴルボですわ。三階から続く見張り台で、もう一人と一緒に死んでいるのが見つかりましたの」

「もう、一人?」

「まさか、もう一人の四天王の、モックスも殺されたっていうんですか?」

 シルナの言葉は、しかしナウルフルが首を振って否定する。

 そして、もう一人の犠牲者の名前を口にした。

 それは――

 

「人間の、あの鼠みたいに笑う小柄な男ですわ」

 

「ズリモスか……」

「どうして一階と二階を調べに行っていた彼が死んでいるの?」

 その勇者の問いかけに、答えを持っている人物はこの場には存在しなかった。

 その代わりとでも言うかのように、ナウルフルは建設的な意見を口にする。

「今は謎解きをしている時間はございませんわ。早くしないと、事件の真相と一緒に、魔王城ごと押し流されてしまいますもの」

「でも、このままじゃ犯人が誰かもわからないままになってしまいますよ!」

「勇者のくせに、まだわかりませんの? 魔王様です。魔王ザへキース様がお怒りになり、わたくし達に天罰をお与えになろうとされているのですわ!」

「でも、魔王はどうしてヴルボだけでなく、ズリモスまで殺したの? 防御壁を維持できないようにして私達を城ごと殺すなら、わざわざズリモスを殺す必要なんてないのに」

「そんな事、わたくしにわかるわけないでしょうに! この百年間、ずっと魔王様のお考えを理解できなかったわたくし如きが、今あのお方がお考えになられている事を言い当てれるわけございませんもの!」

「……でも、シルナの疑問は、非常に重要なポイントだと僕は思います」

 そう言った所で、僕らは丁度階段を抜け出した。

 だが僕達が今いる書庫は、最上階。

 まだまだ走らなくては、魔王城の外まで逃げることが出来ない。

 懸命に駆けながら、僕は足も思考も走らせていく。

「犯人は、何かしらズリモスを殺さなくてはならない、必然性があったんです」

「それは一体、何なんですの?」

 悲鳴に近いナウルフルの疑問に、シルナが自分の考えを口にする。

「本当は、まだヴルボを殺すつもりはなかった、とか?」

「ですが、事実ヴルボは魔王様に殺されておりますのよ? その事実は、この魔王城が崩れようとしているのと同じぐらい、変えようがないものですわ!」

「なので、そちらの方が想定外だったんじゃないかな? 本当はズリモスだけを殺すつもりだった。でも、すぐにヴルボに見つかってしまい、それでやむなく殺さなくてはならなくなった」

「それじゃあ、ヴルボが殺されたのは、ただのとばっちりだとあなたはおっしゃりたいんですの?」

「……リトは、どう思う? 私の考え」

「もしそれが正しいとして、犯人がヴルボより先にズリモスを殺した理由はなんだろう?」

 話しながら、僕は自分の頭の中で考えを組み立てていく。

「ズリモスは元々、ヴォッセと一緒に城の一階と二階を探索しているはずだったよね? でも、ズリモスもヴルボと一緒の、三階から続く見張り台で死んでいたんでしょ?」

「ええ、その通りですわ」

「だとすると、ズリモスを先に殺したいのなら捜索をしている一階か二階で殺す方が簡単だ」

 四階へと続く階段を降りながら、更に僕は口を開いた。

「そういえば、モックスとヴォッセはどこに?」

「一階に待機させておりますわ。あなた達を探しに向かったわたくしが間に合わなければ、先に逃げろと、そう言い含めておりますの」

「それじゃあナウルフルは、私達を一人で探しに来てくれたんだね」

「そ、それが何だというのです? 何も知らせずに死なれては、わたくしの目覚めが悪いと思っただけですわよ! それに――」

 そう言ってナウルフルは、少しだけ言葉を切った。

 しかしすぐに、彼女は自分の本心を口にする。

「もう、わからなくなってしまったのです。お慕いしていた魔王様のお気持ちが。良かれと思いザへキース様へ尽くしてきたつもりでしたが、それらは全て無駄なものだったのかもしれない。あのお方の、重荷になっていただけなのかもしれない、と。それならば、どうしてわたくしは、今まで人間と闘っていたのでしょう? どうして勇者を殺そうとしなければならなかったのでしょう? そう考えたら、あなた達の事を、見捨てることが出来ませんでしたの」

「……うん、そうだね。わかるよ、私もその気持ち」

 まだ魔王城に訪れたばかりの頃、彼女は魔王がいると信じており、王座の間に入るまで魔族を悪だと信じ続けてきた。

 そのシルナが、顔をしかめながら口を開く。

「私も、ずっと魔族は悪い奴らで、人間が正義だって信じてきた。でも、四天王の人達と出会って、魔王ザへキースが慕われているって知って、それも違うんじゃないかって、そう感じるようになった。それからまだ魔王への向き合い方を決めれずにいる最中に、シェルサも死んじゃって、もう、本当に色々とぐちゃぐちゃになっちゃって。信じてたものが、全然わからなくなっちゃって」

「……そうですわね。ひょっとしたら、わたくし達は考えるのを放棄していたのかもしれません。ただ偉大なあのお方や、かくあるべしというどこかの誰かが決めた考え方に乗っ取ることで、それで良いんだと思い込むことで、これが正解なんだと、従うのが正しいんだと、考えなくなっていただけなのかもしれませんわ」

 四階に到達した。

 僕らはそのまま、三階へと続く階段を下っていく。

 走る足はそのままに、シルナは言葉を紡ぎ出した。

「でも、それじゃ駄目だって、私達は気づけた。遅いのかもしれないけど、不格好でも、格好悪くても、自分で走ることを選んだんだ。だからきっと、これでいいんだ。人間だとか魔族だとか、そんな小さなくくりじゃなくって、私は私が一緒にいたいと思う人と、一緒に走っていたい。だから――」

 

「うん。だから、僕と君は、ここでお別れだ」

 

 そう言って僕は。

 三階にたどり着くと、二階へ降りる階段へは向かわなかった。

「ちょ、あなた! 一体何をやっておりますのよ!」

「リト!」

「ごめん! でもやっぱり、僕はこの魔王城で何があったのか知りたいんだ。この物語の結末がどんなものになるのか、それが知りたいんだよ!」

「リト! 待って、リト!」

「ちょっと、あなたまで何をやっておりますの? 本当に逃げ遅れますわよ!」

「リト、リト、リト!」

 こちらの名前を呼ぶシルナの声を振り切るように、僕は三階の見張り台へと続く道を走っていた。

 そんな背中に、僕を糾弾する様な、まるで慟哭に近い悲鳴がぶつけられる。

「リトの、嘘つき! 私の前から、勝手にいなくなったりしないって、約束してくれたのにっ!」

 ……ごめんね、シルナ。ごめん。でも、今更なんだよ。

 だって僕は、君と出会った時から、嘘つきだったから。

 だからその事実と、彼女の言葉を振り切るように、僕はただただ駆けて行く。

 三階の見張り台へ向かうには、剥き出しの渡り廊下を経由するしかない。

 扉を開けて外に出ると、辺りは嵐かと勘違いするほどの暴風に見舞われていた。

 ……防御壁が崩れそうで、もう濁流が近くまで押し寄せてきているのか。

 そう思うものの、僕の歩みは止まらない。

 全身ずぶ濡れになりながら、それでも僕は前に、前にと進んでいく。

 一歩でも前に進めば距離は確実に縮んでくれており、ついに見張り台に到達することが出来た。

 入口を見上げてみると、そこには天井付近に、小さな小さな小窓が見える。

 あそこを通るのは、僕の身長でも厳しいかもしれない。

 そう思いながら、自分の歩いてきた渡り廊下を振り返った。

 すると三階の階段辺りにも、見張り台にあるのと同じく小窓があるのに気がつく。

 簡単な細工が出来るのであれば、小窓と小窓をロープで結んで移動することも可能だろう。

 それを確認してから、僕はようやく見張り台の中へと入っていく。

 中に入ると、猛烈で強烈で激烈な死の匂いを感じた。

 四天王達と手を結んでから、僕は二つの死体を直接見ている。

 一つ目は、書庫で撲殺されていたクルトレス。

 二つ目は、その書庫の隠し階段を降りた先で殺されたシェルサ。彼女も棺の蓋で殺されたので、二人とも撲殺されていた事になる。

 だから彼らの死体の周りには血が飛び散り、血溜まりも出来るぐらいになっていた。

 しかし、この見張り台で感じるその血潮の気配は、そんなものの比ではない。

 嗅ごうと意識していないにも関わらず、鉄分を大量に含んだ空気が、我先にと競うように鼻腔の中へとやってくる。

 それはきっと、今まで見てきた死体の数の違いもあるだろう。

 僕らは今まで、一体ずつの死体しか見てこなかった。

 でも、今は違う。

 既にナウルフルから聞いていたけれど、実際に目の当たりにすると、そのおぞましさを五感全てで感じ取ることが出来た。

 四天王の一人、ドラゴンのヴルボ。

 そして勇者パーティーの冒険家、ズリモス。

 

 二人の死体が僕の眼前で。

 血だらけになりながら、重なり合うようにして床に転がっていた。

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