魔王の消えた魔王城で   作:メグリくくる

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○第五章

 その話を、私(・)は黙って聞いていた。

 もっともリトの、もとい、魔王ザへキースの口から語られる百年前に起きた勇者と魔王の闘いの真相に対して、誰かが口を挟めるわけがなかった。

 だから私達は、傍を流れる濁流の音を聞きながら、彼が紡ぐ言葉の続きに耳を傾ける他ない。

「百年前、我はエルニの願いと誓った復讐を抱えて、この場を後にした。だが、そんなにすぐに、新たな勇者は生まれまい。故に我は、自らの復讐を優先する事にしたのだ。エルニを殺害した犯人。その最も重要な手がかりは、百年前魔王城に訪れたことがあるという事。そのため我は、あの闘いに関係していた人間、魔族、その全ての人物を徹底的に調べ尽くしたのだ。しかし――」

「見つからなかったんだね。勇者エルニを殺した、犯人が」

 私の言葉に、ザへキースが頷いた。

 ミイラの様な体のため、その動きはぎこちない。

 しかし、そんな体になってまで真相を追い求めていたという執念が伝わり、一つ一つの動作に鬼気迫るものを感じる。

「魔族側は、魔王城に詰めていた者達に、それに関する種族達。人間側は、当時エルニのパーティーとして魔王城に同行した者達に、その者達の出身国の内情。調べる時間は確かにあったが、我一人で調べるには限界があった。気づけば復讐の誓いを立ててから、百年という月日が経過してていたのだ」

「そして、私が生まれた。エルニの次の、当代の勇者である私が」

「そうだ。正直、こんなに早く生まれるものなのかと、焦ったものだ。百年なんて、あっという間だった」

 ……そうか。人間と魔族じゃ、寿命の長さが全然違う。だからザへキースは、魔族の時間感覚で復讐を考えていたんだ。

 思えば魔王城で出会った四天王達は、四人とも魔王ザへキースを慕っていた。

 これはつまり、彼らが百年前からザへキースを慕っていたという事実に他ならない。ナウルフルも、何百年も生きていると言っていた。

 彼らにとって百年があっという間に感じられるのであれば、行方知れずの魔王が百年間魔王城のどこかに隠れて潜んでいたと言われても、納得できてしまえるのだろう。

 種族の違いによる時間感覚のズレを認識している私をよそに、ザへキースは言葉を紡いでいく。

「我は元々、エルニの願いを聞き入れて自らに死霊術を施した身。我の復讐を優先し、その願いを踏みにじるわけにはいくまい。そこで我は当代の勇者シルナの事を調べ上げ、パーティーの一員として参加できるように近づいた。我の魔法ならば十分戦力になれる自信はあったが、この姿と異臭を隠すのだけは苦労した」

「初対面のインパクトは、確かにすごかったよ。全身姿は隠していて、薬草に薬品の匂いもすごかったから」

「だが、既にヴォッセという素顔を見せない重戦士がいたおかげで、怪しさは少し軽減されたがな」

 そう言われた重戦士は、右手に盾を持ったまま、微動だにしない。

 ひょっとしたら、次々に明かされる真実に、思考が停止している可能性すらある。

 ズリモスにいつも木偶の坊と揶揄されていたけれど、事実彼はそこまで頭の回転が良い方ではない。

 だからその代わりとでも言うかのように、私は口を開いた。

「素性がわからないって言っても、ヴォッセは私と最初からずっと旅を続けてきた仲間だよ」

「アルブール王国から、ずっと一緒だった。そうだな?」

「うん、ズリモスも一緒だったよ」

「そうだな。エルニの両親も、アルブール王国に住んでいた」

 どうしてだろう?

 ザへキースが何かを確認するような言葉が、どうにも私には気になって仕方がない。

 でも違和感の正体が掴めないまま、魔王は言葉を紡いでいく。

「紆余曲折はあったが、我はどうにか魔法使いとして、当代の勇者パーティーの一員となることが出来た。それはシルナを助けるためでもあったが、我のもう一つの目的を達成するうえでも、非常に重要な一歩だった」

「もう一つ、っていうのは、百年前の勇者エルニを殺した犯人を見つける、っていう?」

「そうだ。もう一度、現場を見ておこうと思ったのだ。我にとってはまだ百年だが、人間にとっては、もう百年と感じるのであろう? だから犯人の痕跡を求めて、魔王城へ戻り、調査を行いたかったのだ。我一人では、犯人を見つける糸口すら見つけれていない状況だったからな」

「それが、動機なのですか?」

 ナウルフルが恐れるように、慄くように、ザへキースに向かって口を開く。

「百年前の勇者エルニを殺害した犯人を見つけるために、その痕跡を魔王城で見つけるためにザへキース様は、魔王城でクルトレスやヴルボ達を殺害なされたのですか?」

 その言葉に、ザへキースは瞼だった場所を僅かに動かす。

「言っている意味がわからんが?」

「先ほど、ザへキース様はおっしゃられたではありませんか。魔王城を調査されたい、と」

「魔王城の捜索については、四天王のお前らから勇者パーティーへ協力依頼がなされて始めたのだと記憶しているが?」

「ですが、最初の探索では、勇者エルニ殺害の犯人を特定する証拠は見つからなかったのではないでしょうか? そのため魔王様は、こうお考えになられたのではございませんか? 百年前に仕掛けを施した、あの地下室も捜索したい、と」

「……なるほど。確かにあそこは、エルニが殺された現場だ。我が捜索したいと考えていたのは、事実ではある」

「ならば、やはりクルトレスにお手をかけられたのは、魔王様ではありませんか? クルトレスが書庫で殺されていなければ、あの地下室への仕掛けを起動させるきっかけはありませんでしたもの!」

 確かに、ナウルフルがそう言いたくなる気持ちもわかる。

 ……本棚の仕掛けを解いていた時、彼は本の並びを『左詰めだよ』って言い切っていたもの。

 それはあの仕掛けを施したのが彼本人であり、そして私に仕掛けを作動させるための正解を伝えようとしていたのは事実だろう。

 それを認めるように、ザへキースは口を開く。

「だが、あの地下に降りるためにわざわざクルトレスを殺す必要はあるまい」

「百年前、クルトレスは四天王として防御壁を張るため、魔王城に詰めておりました。つまり、勇者エルニ殺害の容疑者になりますわ」

「……なるほど。疑わしければ罰せよ、と?」

「もしクルトレスが犯人でなかったとしても、地下の部屋へ迎えるのでしたら、魔王様のお望みに沿う結果となりますわ」

「では、その後の事件はどう説明する? その地下部屋で死んだシェルサは?」

「あの女は、あそこでザへキース様扮する魔法使いに明かりを求めておりました。現場保存を優先するのであれば、不用意な魔法の発動は控えるべきだとわたくしは愚行いたします」

「それで、棺の蓋を投げて殺した、と?」

「魔王様の魔法を使えば、それも可能でしょう。また、その棺は勇者エルニが亡くなられた後、ザへキース様が作られたとおっしゃられておりました。つまり、エルニ殺害にあの棺は全く関係ございません。壊れようが砕けようが、調査に支障はないと考えますわ」

「では、ズリモスとヴルボが殺されていた事件は、どう整理する? 何故我は、あの二人を殺さねばならなかった?」

 その言葉に、激痛を堪えるように、ナウルフルが顔を伏せる。

「魔王様は、お見つけになられたのではないでしょうか?」

「……何をだ?」

「勇者エルニを殺害したのは、ヴルボであるという証拠を」

 その言葉に、ザへキースは黙り込む。

 そんな魔王の気配に震えながらも、グリフォンは自分の考えを口にした。

「ドラゴンであるヴルボの爪であれば、勇者エルニを背後から貫くのに十分すぎます。その決定的な証拠を、ザへキース様はあの地下でお見つけになられた。故に、魔王様はヴルボを殺害なされたのです」

「……ならば、ズリモスは何故殺した? 我は既に、復讐を果たしているというのに」

「それは、勇者エルニの願いです」

 そう言ってナウルフルは顔を上げ、魔王ザへキースの空洞となり、闇より黒い眼腔を見つめる。

「エルニの願いは、新しい勇者、シルナに自分と同じ様な結末を迎えさせないことでしたわ。素敵な物語を、人生を生きて欲しい。そのために、ザへキース様はまだ勇者シルナを見守る必要がございました。ですからシルナが、泣き崩れるほど死を痛んだ、あの女を殺したと気づかれるわけにはいかなかったのです」

「つまり、こう言いたいわけだな? 我はエルニの復讐のためにヴルボを殺害。だがその現場をズリモスに目撃された。彼はそれで一連の犯行が我のものだと気づいた。当然、シルナと姉妹同然だったシェルサを殺したのも、我だと気づく。だがその内容をシルナに知られれば、我は今後彼女と行動を共に出来ない。つまりそれは、勇者エルニの誓いを守れない、と」

「おっしゃる通りです、ザへキース様。つまりヴルボと一緒に死んでいた男が殺された理由は、口封じにあったのです」

 そこで暫く、誰も何も口にしなかった。

 やがてザへキースが、つぶやくように言葉を漏らす。

「もし、だ。もし仮にそれが事実だったとして、ズリモスを殺してまでシルナに知られたくなかった事実を、ナウルフルは知らせてしまったわけだな」

「おっしゃる通りです、わたくし達の主、魔王ザへキース様」

 

「……死にたいのか?」

 

 皮膚がひりつく程の殺気が、辺りに撒き散らされる。

 その発生源は、当然魔王その人だ。

 ナウルフルの口にした内容が全て事実なのであれば、彼女は今、勇者エルニがザへキースへ託した願いを踏みにじったことになる。

 しかし――

「ですが、ですがそれでは、あまりにもクルトレスとヴルボが浮かばれないではありませんの!」

 体の内側から湧き上がってくる恐怖に涙しながら、ナウルフルは魔王に反論する。

「魔族の王たるザへキース様が勇者エルニと心を通わされた。それは、百歩譲っていいといたしましょう。ですが、その後は? ヴルボがエルニを殺めたのは、わたくし達魔族のためです! そしてひいてはそれが、魔王様の栄誉を守るため。勇者という人間如きに貴方様は負けなかったという、貴方の尊厳を守るためではありませんか! それなのに、人間如きの誓いに心を揺らし、あまつさえその様なお姿に成り果ててまで生きようとは。一時の感情に左右され、貴方様は、一体どれほどのものを失いながら生き恥を晒し続ければ気が済むというのですか! ですが、更に悲惨なのは、クルトレスです。あの者は粗暴でどうしようもない男でしたが、ただ地下へ下るための仕掛けを作動させるためだけに散らしていい命ではありませんわっ! 大体、って、なんですの? モックス。離しなさい! わたくしは、たとえ殺されようとも今言わなければならないことが――」

「あの、ちょっといいでしょうか?」

 おずおずと手を挙げる私に向かい、半泣きになったナウルフルが意地だけでこちらを睨んでくる。

「何なのです? 人間! 今わたくしは自分の命を燃やして矜持に殉じる覚悟なのですわよ! 邪魔しないでくださいましっ!」

「あの、今回魔王様で起こった殺人事件なんですけど、リト、じゃなくって、魔王ザへキースは犯人じゃありませんよ?」

「………………はい?」

 ……ああ、その顔は、やっぱりわかっていなかったのか。

 そう思い、私は内心苦笑いを浮かべる。

 

 でも、これを読んでいる人は、もう気づいているんでしょ?

 ううん、最初から、知っていたんだよね?

 リトが物語の最初から私の側にいてくれて、ズリモスとヴルボが殺された時までずっとずっと、私と一緒にいてくれたっていた、って。

 だからこの物語を、私が主人公の物語を、最初から知っている(読んでいる)人だったら。

 リト(魔王)が、この物語の犯人なんかじゃないって、そんな行動していない(描写は書かれていなかった)って、知っているはずだから。

 

 それに――

「ザへキースが容疑者をそんな無差別に殺したい、って思っているのなら、四天王以外の魔族を魔王城から逃がしたりしませんよ。そもそも四天王を二人殺したら、防御壁がなくなっちゃうんですよね? 思い出して頂きたいんですけど、私達、割とここまで逃げてくる時に死にそうになってましたよ。死んじゃったら、勇者エルニとの誓いどころじゃなくなっちゃいますけど」

「で、でもあれは、魔王様が見張り台に向かおうとするから――」

「だから、それがおかしいであろう? 我が本当に犯人なのであれば、お前が地下に呼びに来た時、そのまま一緒に脱出しておる」

「そ、それでは、わたくしの考えは――」

「全て、勘違いである。我はクルトレスも、シェルサも、ヴルボも、そしてズリモスも殺してなどおらんわ」

「……もう、悪ふざけが過ぎるんじゃないかな? 不必要にナウルフルを怖がらせる必要は、なかったと思うんだけど」

「仕方あるまい。ナウルフルも、容疑者だったのだからな。この魔王城で起こった、殺人事件の」

 その言い方に、私は僅かに眉を動かす。

「その言い方だと、わかったんだね? 殺人事件を起こした、犯人が」

 私の言葉に、魔王は僅かに頷く。

「我は、魔王城で言っていたであろう? クルトレスが殺された際、容疑者はあの場にいた八人だ、と。つまり犯人は、生き残った我ら五人の中にいる」

 ザへキースの言葉に、ナウルフルが反応した。

「ま、誠でございますか、ザへキース様! 誰が、誰がクルトレス達を殺したというのですか?」

「落ち着け、ナウルフル。誰が『今回』魔王城で起こった殺人事件の犯人がわかった、と言った?」

「どういう、事だ?」

 ヴォッセが、ぎこちなく鎧を動かして、問い詰める。

「ドラキュラ、殺された時、お前、容疑者、八人、言った。その容疑者は、何の事件の容疑者、だ?」

 その言葉に、ナウルフルとモックスが表情を固くする。

 彼らが口を開く前に、ヴォッセは言葉を紡いだ。

 

「まさか、わかったのか? 『百年前』、魔王城で起こった、勇者殺しの、犯人が」

 

「……」

 その言葉に、モックスがわからない、と言わんばかりに首を振る。

 ダークエルフのその困惑を、グリフォンが代弁した。

「そんな、勇者エルニを殺した、魔王様の復讐相手がわかったのですか?」

 だがそれは、一つの条件をクリアしなければならない。

 それは――

「勇者エルニの殺害は、百年前に起こっております。つまり犯人は、百年以上生きているということに他なりませんわ。そして、それに該当するのは――」

「魔族、だけ」

 ヴォッセの言葉に、残った四天王の二人が互いの顔を見合わせる。

 それも、当然の反応だろう。

 この場にいる魔族は、全部で三人。

 魔王ザへキースに、グリフォンのナウルフル。そして、ダークエルフのモックスだけだ。

 ……でも、そもそもザへキースは、殺された勇者エルニの復讐をしようとしている。その魔王が、エルニを殺した犯人なわけがないよね。

 だとすると、残る魔族は二人しかいない。

「も、モックス。まさか、あなたなんですの?」

「……」

「こんな時にすら、あなたはだんまりなんですのね。ですが、わたくしではありませんわ。わたくしは百年前は、魔王様と勇者の闘いに巻き込まれて防御壁が崩れないように――」

「百年前の事、なら、どうとでも、言え、る」

「っ! 人間のあなたは黙っていてくださいませ、鎧の男!」

「待ってよ」

 そう言って私は、彼らの会話を止める。

「ザへキースは、こうも言っていないよね? 百年前に魔王城で起こった勇者殺しの犯人『だけ』がわかった、って」

 そうだ。ザへキースはリトとして、ずっとずっと、こう言っていた。

 ……この物語の結末が、どんな形を迎えるのか、それが知りたいだけだ、って。

 この物語とは、私の物語だ。

 勇者シルナとしての、物語。

 そして百年前、勇者エルニから魔王ザへキースが託された願いの物語でもある。

 つまり、彼が知りたかった結末は、二人の勇者の物語(今回と百年前の殺人事件)の結末なのだ。

 だから――

「わかったんでしょ? 今回魔王城で起こった殺人事件の犯人。そして、百年前に魔王城で起こった勇者殺しの犯人が」

「そうだ、シルナ」

「なら、教えてよ。百年前、勇者エルニを背後から刺したのは、一体誰? そして、今回魔王城で四天王二人とアルブール王国からずっと一緒に旅をしてきたズリモスを殺し、そして私が姉のように慕っていたシェルサを殺したのは、一体誰なの?」

「エルニを、殺したのは、魔族で、今回は、別の、奴か?」

「いいや、違うぞ、ヴォッセ。百年前も、今回も、我の魔王城で事件を起こした不届き者は、同一人物である」

 その言葉に、モックスがナウルフルから距離を取る。

 その反応に、グリフォンが唸った。

「確かに二つの時代の犯人が同一というのであれば、犯人は百年前から生きていた人物に限られますわ。ですが何度も言う通り、わたくしは犯人ではございません!」

「もう、いいでしょう? ザへキース。勿体ぶらずに、そろそろ教えてよ。今回の、そして百年前の、事件の真相を」

「よかろう。我の復讐相手にして、今回四人を惨殺せしめた真犯人。それは――」

 そう言ってザへキースは――

 

「お前だ、ヴォッセ」

 

 右手で盾を持つ、重戦士を指さした。

 兜に隠れて、今彼がどんな表情をしているのかは、私にはわからない。

 だがガシャガシャと鳴らしながら鎧を動かし、ヴォッセはどうやら肩を竦めた様だった。

「オデ、人間。百年前、生きて、ない」

「……そうですわよ、魔王様。その男の言う通りです。今回の事件であればいざ知らず、百年前の事件を人間が起こすのは、不可能ですわ」

 ナウルフルの言葉に、モックスも頷く。

 それを見て、ザへキースは言葉を作った。

「では、今回魔王城で起こった事件について説明していこう。最初に事件が発生したのは、最上階の書庫だったな」

「ドラキュラのクルトレスが撲殺された事件だよね」

「そうだ、シルナ。その時の班分けを、お前は覚えているか?」

 その言葉に、私は頷く。

 一階から三階が、人間三人に、四天王二人のペア。

 つまり、私、シェルサ、リト、ナウルフルに、モックスの五人。

 そして四階以上は、残りのメンバー。

 ズリモス、ヴォッセ、ヴルボに、殺されたクルトレスの四人。

「そうだ。そして先程シルナが言っていた通り、我はシルナと離れず行動をしていた。我にクルトレスを殺害するのは不可能で、同時にシルナにも不可能ということになる」

「そういう意味でいうと、シェルサにも犯行は不可能だよね。彼女は一緒に下の階で捜索をしていたし、ヴォッセがあの時言っていた時限装置の仕掛けを作るのは、弓兵のシェルサには無理だよ」

「そして同じく、わたくし達魔族にも犯行は不可能ですわ。クルトレスを殺害していないと否定しても、それが嘘なのであれば勇者にバレてしまいます。終始無言だったモックスも、下の階から最上階へ移動していないことは、勇者シルナが保証しております」

「それは、わかった」

 くぐもった声で、ヴォッセが反論する。

「でも、まだ、オデ以外に、ズリモスも、犯行、出来る可能性、ある」

「しかし、あの小柄な男ではクルトレスの頭部を殴って撲殺することは不可能ではありませんの?」

「冒険家のズリモスは、手先が器用なんだ。時限装置の罠を作って、上から物を落とせば犯行は可能だよ」

 私の反論に、ぐぬぬ、とナウルフルは唸る。

 それを横目に、魔王が口を開いた。

「その疑問については、ズリモスとヴルボがどの様に殺害されたのかを解き明かせば、同時に解決出来る」

「同時に、ですの?」

「結論から先に言おう。ズリモスとヴォッセは、グルだった。勇者パーティーとしてアルブール王国から旅立った時からずっと、な」

「どういう、事ですの? 魔王城での事件は、そんなに早く計画されておりましたの?」

「ううん、違うよ。そこじゃ、ないんだ。多分、そこが、グルじゃないんだよ」

 ザへキースが何を言っているのか理解した私は、自分の考えを口にした。

 

「ズリモスとヴォッセは、私を殺すつもりだったんでしょ? 魔王を倒した後、次の人類の火種に成り得る、勇者である私を」

 

「まさか、同じですの? 勇者エルニが殺害された時と同じ様に?」

「そうだ、ナウルフル。エルニはシルナと同じく、アルブール王国の出だ。そのエルニが我を倒した先の未来に閉塞感を感じていたのであれば、彼(か)の国が百年前の勇者にどの様な対応を取っていたのか、伺い知れるというもの。それは翻って、アルブール王国が勇者をどの様に扱おうとしているのか? という回答に他ならなぬ。つまり、魔王を殺すまでは有用で、それ以降は不要である、とな」

「……言われてみれば、そうだよね。どれだけ激しい戦いでも、ズリモスとヴォッセは、ずっと私の旅に着いてきてくれた。魔王城の王座の間に入って魔王が見当たらなかった時、二人共、こう言ってたもんね」

 

『ど、どうするんです? シルナ様。オレ達の役目は、魔王を殺すことです。それなのに、肝心の討伐対象が見当たらないんじゃ――』

『任務、失敗。オデ達、国王様に怒られる』

 

 そして百年前から魔王が魔王城にいないと四天王から告げられて、二人はこう言いながら頭を抱えていた。

 

『魔王、いないの、困る。オデ、任務、果たせない』

『そうだぜ! オレだって遊びでこんな所まで来たわけじゃねぇ。任務を果たさなきゃ、国に帰れねぇじゃねぇかよ!』

 

「人類を、守るためじゃない。魔王を倒さないと国から請け負った任務が、魔王を殺した後の私を始末する任務が達成できない。だから、あんなに困ってたんだ」

「そうだ。ズリモスとヴォッセは、最初から魔王と勇者を殺すことを目的とし魔王城へと赴いていたのだ。だから二人でヴルボを見張り台におびき出し、ヴォッセが気を引いている間にズリモスがヴルボを殺害したんだ」

「……待ってください、魔王様。わたくし、こんがらがって来ましたわ」

「では、我がお前らから離れ、一人であの時見張り台で何を見たのか教えよう」

 そして私達は、ザへキースから事件現場の状況を共有される。

 その結果、私達は増々混乱した。

「ヴルボの首に乗るようにして、ズリモスが死んでいた?」

「でも、その男の片足にはヴルボの血はついておりませんでしたのよね?」

「それより、大きな、問題、ある」

 ヴォッセがそう言って、疑問を続ける。

「ズリモスの、ナイフじゃ、ドラゴン、殺せない。傷口、刃渡り、一致、しなかった」

「それこそ、一番簡単に解決出来る問題だ。お前の仕込み刀を使えばいいんだからな」

 ザへキースはそう言って、ヴォッセが右手で握る盾に目を向ける。

「その盾には、刀が仕込んである。仕込み刀と言えども刃渡りは大物の魔族を相手取るには十分な大きさで、切れ味もいい。ドラゴンの首を掻っ切るには、もってこいだろう」

「でも、そもそも届かないんじゃありませんの? あの小柄な男の身長じゃ、ヴルボの首までは」

 それは、私も感じていた疑問だった。

 ズリモスは、子供でも小さい方に分類されるぐらいの身長だ。

 ヴォッセの盾がいくら大きいからといっても、仕込み刀の刀身の大きさには限度がある。

 そう思っている私の前で、魔王はナウルフルの疑問に、こう答えた。

「身長差なんぞ簡単に覆せる方法が、見張り台にはあるであろう?」

「身長差を? 脚立のようなものは、あそこには用意しておりませんでしたけれど」

「そんなものを使う必要はない。小窓から侵入し、そこからヴルボに向かって飛びかかればいいのだからな」

「……そうか。ズリモスの小さな身体なら、見張り台の小窓を通ることが出来る」

「手先の器用な冒険家のズリモスならば、三階の階段辺りにある小窓から、鞄の中に入れていたロープを使って、見張り台の小窓へ移動することが可能だ。その時使ったロープは、手持ちのナイフで切ってしまえば回収も容易だろう。防御壁が壊れ、魔王城から脱出している最中に見た切れた縄は、その時使ったものであろうな」

 その時の様子を、私は想像してみる。

 ヴォッセが見張り台にヴルボを呼び出し、ズリモスが襲いやすいような位置に誘導する。

 そしてヴォッセから借りた仕込み刀を持ったズリモスが、ヴルボに飛びかかった。

 その時彼の鞄から、ナイフがこぼれ落ちる。

 冒険家はそれに気づかず、ドラゴンの首に飛びつき、刀で喉を掻っ切った。

 ヴルボは死亡し、死体が倒れる。

 その体、首の部分には、飛びかかって血溜まりに足を付けていないズリモスがいた。

 そう考えている間に、会話は先に進んでいる。

「ですが、ザへキース様。何故彼らはヴルボを殺すような真似を? あと一人四天王が死んでしまえば、防御壁が壊れると知っていたのに。自分の身も危ないのですのよ?」

「だからだよ、ナウルフル。言ったであろう? 彼らの任務は、我と勇者の殺害。あの時ズリモスはシェルサを殺した犯人が、我だと断定していた。つまり、魔王城の何処かに魔王が隠れていると考えていたのだ」

 つまり――

「彼らがヴルボを殺害したのは、防御壁を崩壊させ、魔王城を破壊することだったのよ。魔王城を濁流に飲み込ませることが出来たのであれば、その中にいる魔王と勇者を同時に始末出来るのだからな。だからこやつらは、我の隠れている場所が見つかった等と言ってヴルボを見張り台におびき寄せ、殺害したのだ」

「……でも、何故ヴルボが狙われたんですの? 防御壁を破壊するためであれば、わたくしやモックスであっても良かったはずです。何故ならわたくし達四天王は、魔法使いに扮した魔王様にボコボコにされて、勇者パーティーの誰であっても一対一であれば敵わない状態だったのですもの。それが天井付近の小窓から降ってくるという、死角を付かれた攻撃をされたのであれば、わたくし達三人誰であろうとも、容易に殺害する事が可能でしてよ?」

「その理由は、最初の事件にある」

「クルトレスが、殺された件ですの?」

「おかしいと思わなかったのか? あの時、下の階を捜索していた我らのアリバイについてはズリモスによって検証がなされ、モックスが怪しいと犯人扱いされていた。しかしあの場では、クルトレスが殺害された上の階を捜索していたメンバーのアリバイは全く確認されていない」

「……確かに、そうですわね。あの時わたくしは頭に血が上っておりましたが、ヴルボは冷静にこちらの発言にツッコミもしておりました。そんな彼が、上の階を捜索していた人間二人を怪しまないなんて、それこそおかしいですわ」

「つまり、こう考えるのが自然だ。既にヴルボは、ズリモスとヴォッセのアリバイがあると誤認させられていたのだ、と。ヴルボを丸め込んだのは、口と頭が回るズリモスであろうな。例えば、ズリモスは部屋の入口から自分の体だけをヴルボに見せて、ヴォッセと会話しているように一人で話しかけていたりしていたのだろう。当然、その場にはヴォッセはいなかった。逆に言えば、自由に行動出来たというわけだな」

「その間に、鎧の男がクルトレスを殺害。そして、その違和感を思い出す前に、ヴルボを殺害した」

「でも、それだと変じゃないかな?」

 彼らの会話に、私は疑問を挟む。

「ズリモスとヴォッセが共謀していた。それはいいよ。でも、それならどうしてヴォッセはヴルボを一人で殺さなかったの? 一対一でヴルボを殺せるなら、ズリモスに小窓を移動させる方が面倒じゃない? そんな手間をかけなくても、ヴォッセ一人で戦って、勝ってしまえば良かったんじゃないかな?」

「勝てなかったのだ、ヴォッセは」

「……え?」

 ザへキースの言葉の意味がわからず、私は思わず聞き返す。

「ど、どうして? だって、一対一なら、勇者パーティーの誰もが四天王には勝てる状態だったんだよね?」

「そうだ。だが、シェルサが言っていた言葉を忘れていないか? 彼女は、『今』の私達がタイマン張れば倒せると、そう言っていたんだぞ?」

「どういう、事?」

「簡単な話だ、シルナ。所で、ヴォッセよ」

 そう言ってザへキースは、再び黙り込んでいた盾を構える重戦士へと顔を向ける。

 そして、こんな事を言い始めた。

 

「元々左手で盾を構えていたお前が、盾を右手で持つようになったのは、シェルサが殺害された後からだったな?」

 

 そう言われて、私はヴォッセの方へと振り向いた。

 確かに彼は、右手で盾を構えている。

 魔王と戦おうと王座の間の前にいたときも、書庫から地下へ向かおうとする前も、ずっとずっと、左手で盾を構えていたのに。

「怪我を、したの? シェルサを殺した時に、ヴォッセは左手を負傷した。だからヴルボを一人で殺せず、ズリモスを頼ったの?」

「負傷したのではない。なくなったのだ」

「なく、なった? でも、左腕はまだ――」

「鎧があるから、見かけ上はそう見える。だから、中身がなくともあるように、肉があるように見せかけれるのだ。本来の肉体をなくした、我と同じ様に」

 ザへキースが語る内容が意味するのは、一つしかない。

 それは――

 

「ヴォッセは、死霊術を使った人間だ。故に、百年前から生きていたのだ。我と、同じようにな」

 

 その事実に、私はある事実に思い至る。

「ヴルボは、驚いていたよね。ズリモスが死霊術に詳しかったことに。あの時は冒険家として色々と見聞きした、って言ってたけど、でも、百年前の勇者エルニも死霊術の話をした時、こう言っていたよね? 自分の国が、って。それって――」

「そうだ。アルブール王国という国そのものが、死霊術を扱うのだ。だからその出身のエルニはその事を知っていたし、当代の勇者シルナを殺す役目を持ったズリモスも知っていた。いや、そもそもアルブール王国としては、ヴォッセをお前のパーティーに忍び込ませる事を重要視していたのかもしれんな。何せ、百年前に勇者を殺した実績があるんだ。死霊術を施して、次に生まれる勇者を殺させようと考えたのだろう」

「……ズリモスがヴォッセ一人じゃ鎧も着れないし、体も洗えないって言ってたけど、それって逆に言うと、ズリモスしかヴォッセの素顔を知らないって事だもんね。顔は兜に隠れて、ズリモス以外は見たことがない」

「我が薬草と薬品で消していた死臭も、ズリモスが毎晩手入れをし、密閉度の高い強靭な鎧であればある程度誤魔化せるであろう」

「それなら、ザへキースはヴォッセが死霊術を施されているって、いつ気付いたの? 旅をしている間は、気づかなかったんでしょ?」

「ああ。まさか勇者のパーティーに、死霊術を二人も使っているとは思わんかったからな」

 苦笑するような仕草をして、魔王は私の問に答える。

「ヴォッセの言動が気になり始めたのは、書庫で地下へ向かう仕掛けを解く前だな」

「本棚に、本を並べる前の話だね」

「ズリモスとヴォッセは、人間と魔族の間で争いを誘発させるような発言が突然多くなった。そしてその後地下に降り、シェルサが殺された。明かりが消えた、その隙をつかれて、な」

 あの部屋で、明かりはどの様に消されたのだっただろうか?

 それを思い出し、どうしてザへキースがヴォッセを疑ったのか、私にもわかった。

「ヴォッセは、その時使ったんだね? だから、左腕がなくなった。部屋中の『蛍光石』を割るために、自分の左腕の骨を使ったから」

「シェルサが殺される前、ヴォッセは壁の近くにいた。その間に自分の左手の骨をバラバラにして、備えていたんだ」

「それは、何のために?」

「決まっている。百年前、自分が勇者エルニを殺した時の痕跡を見つけられた時に備えて、だ」

 そう言ってザへキースは、ヴォッセを一瞥する。

「あの部屋へ降りる階段を、ヴォッセは先頭で降りたがった。あの地下へ向かう前、魔王がそこにいるかもしれない、という話をしていたからな」

「百年前、魔王が勇者エルニを殺したんじゃないのが、バレてしまうと思ったから?」

「そうだ。もし地下に自分が勇者エルニを殺した証拠が残っていればシルナに警戒され、魔王を殺した後のシルナ殺害が難しくなる。だから先に地下に降りて、百年前の証拠を隠滅しようと思っていたんだ」

「でも、結局ザへキースが先頭になって降りたよね? あれはヴォッセとは逆の動機で、百年前勇者エルニを殺した相手の痕跡を残したかったからなの?」

「その通りだ。そしてそれが、シェルサが殺された動機となる」

「百年前の痕跡が残っていて、それがよく見えるように明かりを求めたから」

 改めて考えてみると、シェルサが殺された直後のヴォッセの発言はおかしい。

 私とズリモスに覆いかぶさっていヴォッセは、こう言っていた。

 

『明かりが消えて、物音と悲鳴、あった。オデ、シルナとズリモス、危ないと思って、守ろうとした』

 

 でも、実際は順番が違う。

『蛍光石』が砕かれて明かりが消え、重たいものが地面に落ちた。これは、私とズリモスが持っていた棺の蓋のことだ。

 そしてその後私とズリモスは、ヴォッセに覆いかぶさられたから悲鳴を上げたのだ。

 ……あの時、私はシェルサが殺されていて、取り乱していた。だから否定できるのならズリモスしかいない。

 でも、彼はヴォッセの矛盾を指摘しなかった。

 彼も、共犯だったから。

 そして私達が悲鳴を上げるのを聞きながら、ヴォッセは棺の蓋を投げて、破壊したのだ。

 シェルサの命と、百年前の自分の痕跡を。

「それが、我とシルナで修復した、床の傷だ。そしてその傷を見て、お前はこう言っていたな? 『剣で真上から床に向かって刺せば、こんな風に刺し傷になる』と」

「それで魔族じゃなく、人間が勇者エルニを殺したってザへキースは気づいたんだね。でもそれなら、どうしてズリモスとヴルボが殺された時、見張り台に向かったの? 復讐したい相手は、ヴォッセだってその時には気づいていたはずなのに」

「二人の関係性が気になったのだ。所々、ズリモスはヴォッセを下に見るような発言が多かった。アルブール王国を出てからの旅も、死霊術をかけられ死ぬことのないヴォッセを壁役にしてズリモスは生き延びるのを優先するように逃げていたからな」

「つまりズリモスにとって、いや、アルブール王国にとっては、ヴォッセは切り捨てれる対象だった? でも、百年前勇者エルニを殺したのは、ヴォッセなんでしょ?」

「だからこそ、アルブール王国はズリモスという監視役を付けたんだと考えていたのだ。死霊術は、外法中の外法。もしアルブール王国が死霊術を使っていると知られれば、他の国にそれを口実に滅ぼされるだろう」

「だから、勇者である私を殺すための切り札でもあり、同時にいつでも存在を消せれるようにしていた?」

「そうだ。そしてその状況を抜け出すために、ヴォッセはズリモスを殺した。ヴルボを殺させた後に、な」

 ヴォッセは時が固まったかのように動かず、そして何の言葉も発しない。

 だからとでも言うように、ザへキースは言葉を重ねる。

「恐らくズリモスにとって、ヴォッセがシェルサを殺害するのは想定外の出来事だったのではないだろうか? あの地下の部屋に何があるのかは、百年前あの場に降りたものしかわからない。だからズリモスが知っているわけがなく、そもそもあの部屋の存在を知らなかったのではないか?」

「では、あの小柄な男は、鎧の男がクルトレスを最初に殺した理由について説明を受けていなかった、という事ですの?」

「正確には、書庫で起こした事件の意図を伝えていなかったのだろう。四天王の誰かを殺し、なし崩し的に殺し合いになれば、迷っているシルナも腹を決めて魔王を殺すだろう、とな」

「さっきザへキースが言っていた、人間と魔族の間で争いを誘発させるような発言が多くなった、っていう内容とも一致するね」

「そういう意味でいうと、最初に殺すのはクルトレスでもヴルボでも良かったのだろう。しかし、あの地下へと降りる仕掛けの本を、クルトレスが手にしてしまった」

「ヴォッセは、気づいていたんだね。あの書庫に何か仕掛けがあるんだ、って」

「百年前、魔王城にいて、かつあの地下の存在を知っているのは、我とエルニを除けば、彼女を殺した者しかいまい。どの様に起動させるのかまではわからなかっただろうが、地下の存在を知っていれば、そこへ降りる何かがあるとは気付けたはずだ」

「だから、クルトレスは殺されましたのね。地下へ降りる仕掛けを、発動させられる前に」

 ナウルフルの言葉に、魔王は頷く。

「だが、その最初の事件をきっかけに、我らは地下へと向かうことになった。そして、シェルサが殺されることになった。あの場でヴォッセが左腕を犠牲にしてまで彼女を殺した事に、ズリモスは怒ったであろうな。それが、自分を殺すために打たれた一手だとも気づかずに」

 その言葉に、私はハッとする。

「そうか。ここでさっきの話に繋がるんだ。シェルサを殺す時に左手を使ったから、ヴォッセはヴルボに勝てなくなった。だから、いつもは自分の代わりに体を張らせているヴォッセではなく、ズリモスは自分の手でヴルボを殺さざるを得ない状況になったんだ」

「シェルサを殺した事に腹を立てたといっても、実際ズリモスは本気で怒ってはいなかっただろう。彼女がいるせいで、シルナに施していた魔族は絶対的な悪だという洗脳が溶けてしまった。だから魔王を始末させるための邪魔者がいなくなって、むしろ良かったと思っていたんじゃないか?」

「洗脳……。確かに、その言葉がピッタリかも。私がそうされていたのって、やっぱり勇者エルニの件があったからだよね?」

「あれだけ偏った思想をしていたのだ。そう考える以外あるまい。いずれにせよ、ズリモスはヴルボを殺すこととなった。四天王を二人殺し、魔王城ごと忌々しい魔王と勇者を同時に殺せると考えてな。だが実際は、その直後に自分が撲殺される事になるわけだが」

「それでズリモスは、ヴルボに乗ったまま死んでいたんだ。小窓から飛び乗ってヴルボを殺し、その後殺された。だから彼の死体の両足は、血で濡れていなかった」

 私がそう言った所で、ナウルフルが思い出したように口を開く。

「そういえば、クルトレスも頭部を殴られて殺されておりましたわね。結局、何で殺されましたの?」

「何で、と言われても、そこに見えているではないか」

 ザへキースの目は、ヴォッセが右手で握る巨大な盾に注がれている。

「クルトレスもズリモスも、あれで殺されたのだ。ヴォッセが持ち歩いていても、あれ以上疑われない鈍器もあるまい。故にズリモスも、まさか自分が盾で撲殺されるとは夢にも思わなんだろう。特にこれで防御壁がなくなり、勇者も魔王も始末して、ようやく任務を達成したと思っていた所の背後からの一撃だ。避けれるはずがない」

 そう言うとザへキースは、改めてヴォッセと向き合う。

「何か、我の思い違いや考え違いな所はあったか?」

「何故、戻って、きた?」

 そう言いながら、ヴォッセは兜を外す。

 その下から出てきたのは、ミイラのような顔だった。

 ザへキースものと、変わらない。

 腐臭を漂わせながら、ヴォッセは地獄の底を這っている餓鬼のような声を上げた。

「お前が、百年前、死んでいたら、オデも、こんな目に、死霊術で、無理やり、生かされることも、なかった、の、に」

「ほざけ。今貴様がそんな有り様になっているのは、自分でエルニを殺すという決断をしたツケだ。その因果を他人のせいにするとは、度し難い愚か者よ」

「オデ、国王の命令、きいた、だけ。オデ、悪く、ない」

「命令を素直に聞いていた結果そうなっているのであれば、やはりそれを選んだ自分のせいなのではありませんの?」

 ナウルフルの言葉に、ヴォッセが体を震わせる。

「魔王、死んでたら、丸く、収まって、た。全部、全部。でも、勇者、死んで、魔王、生きてる、噂、流れた。百年前の、国王、すっごく、怒った」

「なるほど。我の不在を隠すため、四天王が打って出たが故に、魔王生存という話が流布された。つまり、百年前に魔王と勇者を殺害するという任務を負ったお前は、それに失敗されたと判断されたわけか。死霊術を施されたのは、その罰でもあるわけだな? 百年前に失敗した任務を今度こそ成功させろ、我と次に生まれる勇者を殺せ。それまで死霊術で生かされたわけか」

「ズリモス、ずっと、オデと、一緒。ずっと、みはられて、逃げられ、ない。任務、拒否、出来ない。任務、達成するまで、オデ、自由、ない」

「だが逆に言えば、魔王と勇者を殺すという任務のためであれば、貴様は自由に動けたわけだ。お前はそれを利用することで、まんまとズリモスを殺すことに成功した」

「何で、戻って、きた? 百年前も、今も。あのまま、死んで、いれば、オデ、助かった、の、に。オデ、自由、だった、のに。金も、女も、手に、入った、のに」

「……そうか。その浅はかさが、エルニを殺させたのか」

 その声は、恨みと、怨みと、憾みで聞いているだけでむせ返る様なものだった。

 死霊術によって変わり果てたその腐肉と死臭すらも全て煮込み続け、溶岩の様な粘つきすらも感じさせる様な、地獄よりも地獄な声だった。

 そしてその内側の地獄を体現させた様な魔法を、復讐という炎によって百年間その魂を焦がし尽してもなお焦がすような想いを乗せたそれを、ザへキースが発動している。

 私達が今いる平地をすべて飲み込むぐらいの炎が、上空に生まれていた。

「もう、よい。復讐を果たす前に、あの勇者を殺した不届き者がどの様なものを抱えていたのか知ろうとした我が愚かであった。もはやこれ以上語る必要はない。瞬きするよりも早く消し去ってくれるわっ!」

「それは、無理、だ」

 ヴォッセがそう言った瞬間、彼の鎧が内側から弾け跳んだ。

 胸を突き破るようにして出てきたのは、巨大な腕だった。

 その腕はヴォッセの体を無理やり裂きながら、腹から無理やり這い出てくるように、岩よりも大きい赤子が飛び出してくる。

 それの全身は腐ったように黒ぐろとしており、体中に緑色の異臭を放つ粘膜をまとっていた。

 あれが何なのかは、わからない。

 だが瞬時に魔王は脅威と感じ、上空に生み出した業火を黒い赤子に叩きつける。

 だがそれを、赤子は両手で受け止めた。

 辺り一体に、強烈な衝撃波が走る。

 私も、ナウルフルも、モックスも、立っているのがやっとの状態。

 そんな状態で、死霊術をかけられてボロボロになった体のヴォッセは無事でいられるわけがない。

 彼の腐った肉はねじ切れて、首も引きちぎれてしまう直前だ。

 実った果実が腐り落ちてしまいそうな有り様のその首を、どうにかヴォッセが動かした。

「魔王と、勇者、生きてる、のに、ズリモス、死んだ。死霊術も、百年前の事も、バレちゃ、だめ。国王、それ、許さ、ない。オデ、の周り、消すための、術、オデに、かけて、る」

「全ての証拠を隠滅のために、死霊術とは別の術を重ねがけされていたのか!」

 歯ぎしりせんばりに、ザへキースが吠える。

 だがその叫びをかき消すように、黒い赤子も吠えた。

 魔王が生んだ炎がかき消され、赤子は泣きわめきながら、どんどんと巨大化していく。

 ヴォッセだった体は完全に粉々となり、赤子は体を山の様に大きくしていきながら、虫を押しつぶすがごとく私達へと手のひらを叩きつけてきた。

 皆は急いで飛び退くも、地面に激震が走り、大地が割れる。

 私は全力で駆けながら回避し、ザへキースも魔法で風を作り、どうにか逃れていく。

 その上空を、モックスをその背に乗せたナウルフルが飛んでいた。

「あれは、わたくし達を狙っておりますの?」

「我らを個々に認識しているわけではあるまい。ただ、近くに存在しているものを徹底的に排除する。それだけを使命とされた、魔法で生み出された生命体よ」

「どうすれば倒せるの?」

 そう聞いた私を、ザへキースは不思議そうに問う。

「倒すつもりなのか? 逃げ出そうと思えば、お前だけでも逃げ出せんわけでもあるまい」

「でも、あれをあのまま放置してたら、魔族領は大変な事になっちゃうよ」

 そうなれば、関係のない人達が傷つく結果となる。

 その傷つく人というのは、人間のことでもあり、魔族のことでもある。

「あれが暴れ回れば、魔族も傷つく。そして魔族領が衰退したら、結局人同士の争いも増えるんだよね? 私、そんなの望んでない。私の物語は、そんな結末望んでないよ!」

「……やはり、お前は主人公なんだな」

「え? 何?」

 聞き返すが、ザへキースは答えない。

 その代わり、この状況を打開する方法を口にする。

「あの気持ち悪い赤子を、濁流の中に落とす」

「どうやって?」

 そう聞くと、ザへキースは平地の側を流れる川へと顔を向けた。

「この平地は川の側で、地盤も弱い。あの赤子を放置していてもいずれ勝手に自滅するだろうが、その前にこの辺りは崩壊させられる」

「じゅあ、どうするの?」

「我が、魔法で地盤を破壊する。だがそれ程の威力を持つ魔法を放つには、時間がかかる。そしてその間、我はその場を動くことが出来ぬ」

 そう言うとザへキースは、私達の方へ視線を向けた。

「あの赤子を引き付け、時間を稼いではもらえんだろうか?」

「もちろん!」

「魔王様は、ただわたくし達にお命じください。さすれば、お望みの結果を捧げてみせますわ」

「……」

 モックスが頷いたのを合図に、私達はそれぞれ成すべき事を成すために、走り出した。

 ザへキースは平地に降り立ち、その辺りに無数の幾何学的を生み出していく。

 ナウルフルは上空から赤子に迫り、私とモックスは地上を駆けて赤子に肉薄した。

 黒い赤子は子供が癇癪を起こすように、ジタバタと暴れている。

 だがその一挙手一投足が、必殺の威力があるのだからたまらない。

 黒い赤子は蝿を追い払う様にグリフォンを払いのけ、蟻を踏み殺す様に私とモックスに足を振るってくる。

 払う赤子の動作で衝撃波が発生し、ナウルフルはいとも簡単に吹き飛ばされた。

 かくいう私達の足場も粉砕し、地面が隆起と沈降を繰り返す。

 だがどれだけ吹き飛ばされても、足場が悪くても、私達は赤子の注意をそらすために、必死になって足掻き続けた。

 ……ちゃんとあいつの注意を引けてる。これなら!

 そう思うのもつかの間、急に黒い赤子が私達から顔をそらす。

 赤子の視線の先には、魔法を組み上げるザへキースの姿があった。

 強力な魔法を組み上げているが故に、その気配を悟れれてしまったのだろう。

 赤子は吠えながら地面を這い、ザへキースの方へと近づいていく。

 ……マズい!

 このままでは、魔法を組み上げるのに失敗してしまう。

 それどころか、ザへキースに致命傷を負わされてしまえば、私達が勝つ目すらもなくなってしまうだろう。

 ……そんな事、させない。

 私は剣の柄を握り直し、黒い赤子へと急接近。

 赤子に近づけば近づくほど、風が強くなる。

 あまりに赤子が大きいため、這って動くだけで暴風が生まれているのだ。

 ……それでも、ここで止めないと!

 吹き飛ばされるのを承知で、私は赤子へと大きく踏み込んだ。

 瞼を開けるのが辛いほどの風の中、私は剣を振るい、白銀を煌めかせる。

 そして丁度前に進もうとしていた赤子の、右手首を切断することに成功した。

 赤子が痛みで、天空に向かって慟哭を上げる。

 その泣き声があまりに大音量だったので振動波が発生。

 私は後方へと吹き飛ばされた。

 地面に背中からもろに激突し、四回、五回と地面を転がっていく。

 そしてようやく止まった所で、私はどうにか体を起こした。

 ……でも、これで動きは止められる。

 そう思いながら顔を上げ、瞳に飛び込んできた光景に、私は愕然となる。

 地面の方へと顔を伏せていた赤子が、左手に何か掴みながら体を起こす。

 黒い赤子が左手に握っていたのは、私が切断した、奴の右手首だった。

 赤子はそのまま振りかぶり、そしてあろうことか、自分の右手首を放り投げたのだ。

 その方向には、魔法を組み上げているザへキースがいる。

「逃げて、ザへキースっ!」

 叫ぶが、私の声が届くよりも、赤子の投げた手首の方が早い。

 ぶつかれば絶命必至のその一撃を、魔王が避けれる術は残されていない。

 砲弾よりも巨大な右手首が、ザへキースを押しつぶさんと迫りくる。

 あと僅かで、それが実現されるであろう。

 その直前。

 

「……ザへキース様っ!」

 

 手首とザへキースの間に、モックスが飛び込んできた。

 そしてそうなれば必然的に、ある事象が発生する。

 赤子の右手首と、モックスがぶつかるのだ。

 絶命必至のその衝撃を、ダークエルフの体躯が受け止める。

 水風船が弾けるように、モックスの体が弾けた。

 爆散するかのように彼の臓物と鮮血が、辺りに飛び散る。

 そしてその鮮血が、魔法を組み上げるザへキースの顔にかかった。

 だが、それだけだ。

 ザへキースに届いたのは、四天王の一人であった存在の名残である、血潮のみ。

 モックスの捨て身の行動で、手首の進む起動が変わったのだ。

 ザへキースの立つその脇を、赤子の右手首が通過していく。

 それが通過する衝撃で、魔王の周りに強風が生まれた。

 それはザへキースの顔にかかった血を、引きずるようにして彼の後方へと吹いていく。

 魔王の身は、死霊術で既に腐り落ち、干からびる寸前。

 故にその皮膚に、その目に水分なんぞ、あるはずがない。

 それでも。

 風に引かれたモックスの血は、忠臣へと捧ぐ血涙の様に頬に線を作っていた。

「モックスよ、大儀であった」

 ザへキースがそう言った瞬間、立っている地面、その全てが輝き出した。

「まさか、この平地全てを覆うほどの魔法陣ですの!」

 ナウルフルの言葉の通りの光景が広がっている。

 幾重にも重なり合った幾何学模様が組み合わさり、入り組み合い、巨大な魔法陣を作り上げていたのだ。

「浅ましき欲が生み出した暗黒の忌み子よ。百年前から続く我が復讐心とともに、この地で眠りにつくがいい!」

 ザへキースの言葉が発せられた瞬間、地面の内側から太陽が溢れ出したかのような閃光が、辺りを包む。

 赤子が作った地面の断層よりも遥かに巨大な断裂が無数に生まれ、やがて平地全てを崩壊した。

 決壊に次ぐ決壊に、破壊に次ぐ破壊が発生し、倒壊に次ぐ倒壊が起こり、見るもの全てが全壊していく。

 やがてそれらは傍を流れる濁流に飲み込まれ、激流に揉まれて漂流していった。

 その様子を、私は空を飛ぶナウルフルの背中から見下ろしている。

 平地だったものの姿はどこにも見えず、当然あの黒い赤子の姿もない。

 そして。

 それら全てに決着を付けた魔王ザへキースの姿も、どこにも見えなかった。

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