○第二章
月が九月から十月に変わったある日、俺は大塩さんの家でガチガチになっていた。
隣に座った大塩さんが、少し心配そうに口を開く。
「準備はいい? 裕夫くん」
「はい、大丈夫です」
緊張した面持ちで、大塩さんにそう返す。
今日、ついに俺が『おりおり』のゲームプレイを担当して配信を行う日を迎えていた。
つまり今は、初回配信前の待機時間というわけだ。
落ち着きなく手を擦り合わせる俺に、大塩さんが苦笑いを浮かべる。
「もう、今からそんなんじゃ二時間もゲーム出来ないわよ?」
「そ、そうは言っても、俺がミスしたせいで『おりおり』の評判が下がったらと思うと……」
そう言いながら、お腹の辺りが痛くなってきた気がした。
初めて大塩さんの家に訪れた時とは、また別の緊張で、今日も乗るエレベーターを間違えていきなりマンションの高層階まで行ってしまった。
PCの時計を見れば、ゲーム配信が始まるまでもう三十分を切っている。
秒針が進む度、俺の心臓も伸縮を繰り返していた。血液が全身に流れる音を感じながら、小動画なる度に不安も膨らんでいく。
……俺が何か失敗して、『おりおり』にアンチがついちゃったらどうしよう。
自分が推している存在を、自分のせいで傷つけてしまうかもしれない。
黒歴史なら自分が痛い思いをするだけですむが、大塩さんを巻き込むかもしれないとなると、話が全然違ってくる。
そのプレッシャーで、震えが止まらなかった。
目の前がチカチカして、視界がぼやける。マイクに僅かでも俺の声が入ってしまう可能性を減らすためにマスクをしているせいか、息苦しくてたまらない。
そう思っている俺の頭に、何かが乗せられた。
「大丈夫よ、裕夫くん」
そう言って大塩さんが、俺の頭を撫でてくれる。
「一杯、練習したじゃない」
「でも……」
「大丈夫。きっと、上手くいくわ」
そう言って、大塩さんは笑った。
「それに、『おりおり』は今日から私とあなたの二人なのよ? 一人で背負い込まないで」
優しく頭を撫でてくれる大塩さんの顔を、俺はまじまじと見てしまう。
頭を撫でられているから、触れられているから、わかってしまった。
……大塩さんも手、震えてる。
考えてみれば、当たり前だ。彼女は親元を飛び出して、最初は顔を知りもしなかった高校生の俺に頼るぐらい、『おりおり』というVtuberを続けたいと思っている。
失敗してVtuberとしての活動を続けられないかもしれない不安を、大塩さんが抱えていないわけがない。
それに気づき、マスクの下で俺は自分の唇を噛んだ。
……何やってんだよ、俺。俺が推しを不安にさせて、どうすんだよ。俺は推しを推すためにここにいるんだろうが!
俺は自分を奮い立たせるように、握り拳を作る。
「ありがとうございます、大塩さん。俺、もう大丈夫です。今日の配信、絶対成功させましょう!」
「うん、その意気よ」
互いに頷き合っている間に、配信の五分前となった。
大塩さんは最後のマイクテストを行い、画面上で『おりおり』がちゃんと動くのか確認する。
俺も深呼吸をして、ヘッドホンの位置を直した後、キーボードとマウスに手をかけた。ディスプレイ上には、既に『おりおり』のアカウントでログインしたレジェが起動されている。
そして、ついに配信が始まった。
早くも、いくつかコメントが付き始める。
《おりおり、おつかれー》
《配信待ってた》
《久々の配信うれしい》
《最近配信なかったから心配してた》
「皆、ありがとう。心配させちゃってごめんなさい」
付いたコメントに対応しながら、ディスプレイ上の『おりおり』が薄くう笑う。
「今まで待たせた分、皆楽しんでいってね」
《おかえり!》
《おかえりなさい!》
《レジェ強化期間俺得でしかない》
《早くおりおりのヘッドショット見たい》
概ね、コメントの反応は良好だ。
それを一瞥して、大塩さんが俺に向かって視線を向ける。
「それじゃあ事前に告知した通り、早速レジェをプレイしていくわね」
その言葉が言い終わる前に、俺もゲームを開始させる。
「一ヶ月ぐらいは、バトルロワイヤルのランダムマッチをプレイする予定よ。視聴者の方とマッチしたら、その時はよろしくね」
大塩さんの言葉が言い終わる前にチームのマッチングが完了し、俺はキャラクターを選ぶ。
「さて、これからフィールドに降りるわけだけど、この瞬間が一番緊張するわね。いい武器が最初から手に入るといいんだけど」
《わかる》
《おりおりの声やっぱ癒やされるわぁ》
《いい場所取れるといいね》
「さ、いよいよスタートよ。皆、応援してね」
その言葉通り、俺が操作するキャラクターがフィールドへ降り立っていく。
仲間が建物の方へ降りようとしているので、俺も同じ場所に向かった。
そしてすぐに建物の中に入ると、アイテムを回収し始める。
「さて、どんな装備があるかしら? シールドと救急キットは確保して、あ、ヘルメットもあるわね。銃弾に、アサルトライフルも置いてあるわ。最初に集めるアイテムとしては、まぁまぁ、ってところかしら」
大塩さんの言葉を聞きながら、俺は他の二人の仲間と合流した。
……うん、ここまでは順調だ。
大塩さんのコメントと俺のプレイ内容に、大きな不一致はない。
このまま問題なく実況が進む、かに思えたのだが、どうやらそうはいかないらしい。
それはインターバルが終わり、チーム同士の戦闘が許可された直後の事だった。
「それじゃあ、まずは索敵を、って、いきなりグレネード直撃? もう仲間が一人落ちそうじゃない。援護に向かうわ」
だが、実際に俺が操作したのは仲間の援護ではなく、回避だった。
理由は、もう一発グレネードが投げ込まれたのが見えたからだ。あのまま援護に向かっていたら、負傷した仲間も自分も大ダメージを食らっていただろう。
回避した画面の端に、そのグレネードが爆発した映像が写った。それで大塩さんも、俺の行動の意図を理解してくれたはず。
しかし言動と違うプレイに、コメント欄が沸いた。
《ちょ、逃げとるやん》
《助けると見せかけて見捨てるとか冷酷過ぎる》
《仲間に希望を与えて突き放すとは》
《これは上級プレイですね》
「ち、違うのよ。今のは助けに行こうと思ったけど、グレネードが来るのが見えたからで」
少し浮足立ったような大塩さんを置き去りに、ゲーム内の状況は刻一刻と変化している。
最初に負傷した仲間は先程のグレネードと敵の集中砲火でも、もうダウンしていた。
いきなり三対二の劣勢な状況に、俺は遮蔽物に隠れながら射撃をする。
アサルトライフルの銃口から、マズルフラッシュが輝いた。
「いい位置につけれたわね。このまま攻め、いえ、もっと下がって、ああ、中途半端になっちゃった」
俺は一度下がろうと思ったのだが、大塩さんの言葉で前に出るように操作を変え、そこでもっと下がってと聞こえたので攻めようとしてしまい、キャラクターの立ち位置が中途半端な場所になってしまった。
その結果相手の攻撃をもろに受け、下がって回復するしかなくなる。
《おいおい大丈夫か?》
《ゲーム下手くそ》
《ブランクのせい?》
救急キットを使っている間に否定的なコメントが目に入ってしまい、俺の心臓が凍りつく。
……マズい、俺のせいで『おりおり』の評判が下がっちまう!
しかし、次の瞬間には全く別のコメントが溢れてきた。
《ドンマイドンマイ》
《大丈夫。まだ死んでない》
《負けないで、おりおり!》
《頑張って!》
「そうね。まだ負けてないもの。まだ逆転の目があるのなら、それを狙っていくわ」
だが大塩さんがそう言った瞬間、テルミットが投げ込まれて一面が炎に包まれる。
逃げ場がなくなり、俺は一斉砲火を浴びて撃沈した。
……ヤバい。今度こそやっちまった!
絶望的な気分で、恐る恐るコメントを見ると――
《ちょwww》
《フラグ回収早すぎだろ》
《滅茶苦茶笑った》
《本当におりおりか?》
《今日のおりおり面白すぎる》
《別人みたい》
……これはこれで、好評なの、か?
かなり際どいコメントもあるが、本当に中身が変わったとは信じていなさそうではある。
だが、大塩さんは焦ったように口を開いた。
「いや、私に決まってるじゃない! 見てなさい、次は絶対最後まで生き残って見せるから」
《フラグにしか見えない》
《一級フラグ建築士がいると聞いて》
《次の試合も期待してますね》
「にゃにゃたろうさん、スパチャありがとう。だけど期待してるって、絶対勝つ方じゃないわよね?」
その言葉に、またコメント欄が沸いた。
その内容の大半は、若干焦り気味な『おりおり』をいじるものだった。
その中の一つに、《いつもの淡々とプレイする感じも好きだけど、こういうおりおりの一面も見れて嬉しい》というものがあり、俺も納得してしまう。
……確かに、いつもの『おりおり』とは違うよな。
それはもちろん、俺がゲームのプレイ部分を担当しているというのもあるだろう。
だが今日の『おりおり』は、なんというかとっつきやすい様な気がするのだ。
いつものクールな感じももちろん素敵だけれど、どことなく隙がない感じがあった。
しかし今いじられる『おりおり』は、なんだか視聴者との距離が近いように感じられる。
隣でゲームをしている俺がそう感じるのだから、コメント欄の人達はもっと思っているに違いない。
そう考えていると、大塩さんと目があった。
彼女はあまりこういう展開に慣れていないのか、少し頬を赤くしている。そしてそれを誤魔化すように、こちらをジト目で見つめてきた。
「いいから、見てなさい。次は、絶対に勝つんだから」
そう言われ、俺は再度チームをマッチさせる。
仲間のプレイヤーが決まり、キャラクターの選択も完了。今回もフィールドでは建物の近くに降り立った。
「さて、アイテムは手榴弾に、グレネードに、テルミットに、って、どうして爆弾系の武器しか置いてないの? シールドはもらって、持てるアイテム数を増やせるバッグも欲しいけど、ちょっと、本当に銃がないじゃない!」
《早速フラグがw》
《フラグ仕事しすぎとる》
《今日のおりおりは持ってるなぁ》
《笑いの神が降りてる》
……俺もここまでアイテム外れた場所に降りたの、生まれて初めてだぞ!
ハンドガンしか手に入らなかった時はあったが、こんな事態を想定して事前に大塩さんと練習出来るわけがない。
想定外過ぎる事態に、取り繕えず『おりおり』もテンパり始める。
「ちょ、ちょっと銃を! 仲間なんだから一丁ぐらい私に銃を恵んでよ!」
《チャット機能ないのに聞こえるわけないwww》
《ヤバい、面白すぎる》
《神展開》
「やっば、もうインターバル終わるじゃない。もうこなったら、敵を倒して銃を奪うしかないわね。特攻よ!」
……マジかよ!
後方に下がって、手榴弾を投げて仲間を援護する予定だったのに、完全に違うプランを口にされてしまった。
……いやいや、流石に爆弾系だけで特攻するのは死にに行くようなものですって!
そう思いながら大塩さんへ振り向くが、彼女の目は如実に『ヤレ』と言っている。
煽られすぎて、いつもの『おりおり』の中の人ではなく、完全に素の大塩さんになっていた。
……もう、どうなっても知りませんからね!
インターバルが終わり、敵チームとの戦闘に入る。
「さぁ、逃げも隠れもしないわ。どんどん行くわよ!」
俺はその言葉に従い、ヤケクソ気味にキャラクターを動かしていく。
一応敵の射線は気をつけるが、銃を撃たず爆弾だけ投げる相手なんてただのいい的でしかない。
せめて遮蔽物に隠れながら投げたかったのだが、大塩さんから攻めろ攻めろと言うのでもろにダメージを受けることになった。
その結果、予想通りというか当たり前に、一番最初に脱落した。
《流石一級フラグ建築士w》
《有言実行すぐる》
《でもグレネードとテルミット直撃させたの凄い》
《神回越えた神回》
《俺たちは今、伝説の目撃者になった》
「いや、あんなアイテムしか初回手に入らなかったら、誰だってああなるわよ!」
《落ち着け》
《気持ちはわかる》
《次の試合も期待》
「ポンコツコロッケさん、スパチャありがとう。って、そっちの期待も違う方の期待よね?」
……すっげ、こんなにコメント欄盛り上がったの、過去一じゃないか?
こんなにへっぽこプレイ&実況なのに、皆喜んでくれている。
ただ、それはあくまで『おりおり』の可愛さに沸いてくれているだけだ。
……ゲームのプレイを担当している俺は、まだ視聴者の人達の期待に応えられてない。
それはつまり、『おりおり』を任せてくれた大塩さんの期待に応えられていないということでもある。
……次こそは、絶対プレイで沸かせてやる。
俺の決意が伝わったのか、大塩さんが大きく頷き、画面上の『おりおり』もその通りに動いた。
「今までのは、ほんの肩慣らしよ。これから、私の本領を見せてあげるわ」
《もう何言ってもフラグにしか聞こえない》
《既に面白い》
《ようやく真面目にプレイするのか(失笑)》
《おりおりかわいいよおりおり》
《bomb again》
「ぼ、ぼむあげ? 私英語わからないから、コメントは日本語でお願いできると嬉しいんだけど」
《眼鏡キャラなのに英語出来ないとかwww》
《今日キャラ崩壊ヤバい》
《おりおりってこんなに可愛かったのか(恍惚)》
「い、いいでしょ? 誰でも苦手なものの一つや二つぐらいあるものよ」
《レジェとか?》
《ぼむあげ》
《ぼむあげ》
《ぼむあげ》
「も、もういいでしょ! 次、プレイ行くわよ!」
その言葉通り、俺はすぐにマッチを開始。またランダムで二人のプレイヤーが選ばれ、操作するキャラクターを選択する。
次にフィールドに降り立った場所は、建物ではなく割れた道路のそばだった。ヘッドホンからは、近くに流れる川の音が聞こえてくる。
《勝負に出たか》
《確かに川付近は強力なアイテム出やすいけど》
《これはぼむあげの気配》
《ダメだ。もう何を見ても笑えてしまう》
「二回連続で最初の引きが悪かったんだから、確率的に今回はいい装備を引けるはず」
《フラグにしか聞こえん》
《一級フラグ建築士の本領発揮まだ?》
コメント欄のやり取りをよそに、俺はアイテムを回収するため破壊されたような道路の割れ目の中に忍び込む。
そこに大きなコンテナが置かれており、その中にアイテムが入っていた。中を開けると、わかっていたことだがアイテム数が少ない。
しかし――
「シールド強化に、あったわ。スナイパーライフルが」
《マジで?》
《ここで引くか!》
《勝負はもはや、おりおりが勝つかフラグが勝つかになってる》
《久々にヘッドショット見れる?》
「さぁ、インターバルが終わるわよ」
弾丸を込めながら、俺は遮蔽物の中へと身を隠す。他の味方は固まっており、俺が援護しながら敵を挟撃した方が良さそうだった。
でも――
……ここは、攻める所ですよね? 大塩さん。
「スコープ越しに敵が見えた。撃つわよ」
その言葉と同時に、俺は引き金を引いていた。
練習の時は相手を待つことを選択した大塩さんだったが、ここは絶対に攻めることを優先すると、何故だか俺は確信していた。
スコープで拡大された敵プレイヤーが、盛大に後方へと吹き飛ばされる。
《マジか!》
《あの距離当てるのかよ》
《でも今ので相手に居場所もバレたぞ》
「味方が援護してくれている間に場所を移動するわ」
キャラクターを道路の割れ目から這い出させ、弾込めをしながら転がっている岩場に滑り込む。
そしてすぐに照準を合わせて、引き金を引いた。
《何だ今の!》
《チートか?》
《いや、これが本来のおりおりだろ》
更に相手を撃ち抜きながら、遮蔽物に身を隠して弾を込める。
俺がやったのは、そこまで特別な芸当ではない。
……ヘッドホンから聞こえてくる音と、さっきまで見ていた光景から――
「逆算して、敵の位置を把握しているだけよ」
大塩さんの言葉と俺の思考が、シンクロする。
俺の銃声が響く度、敵に大ダメージが積み重なる。相手もどうにか挽回しようとするが、先制攻撃が効き、こちらが押し勝った。
「どう? これが本来の私の実力よ」
《ヤバすぎ》
《まぐれだろ》
《一チーム倒したぐらいでドヤるな》
「そう? それじゃあ、次も見せてあげるわ」
倒した敵からアイテムを回収しつつ、体力の回復や装備品の再チェックを行っていく。
そして全ての体制が整った頃には、別のチームがこちらに接近していた。
それも、二チームだ。
《乱戦くるか?》
《近づかれたら遠距離装備だと辛くね?》
《やはりフラグは硬かったか》
「まぁ、見てなさい」
左右からこちらのチームを挟み込むように、その二チームはやってきた。どちらかというと、左側のチームの方がこちらから近い。
味方は左側のチームへ銃弾と爆弾を投げ込んだ。それを見て俺は、右側の敵へ照準をあわせる。
そしてまず一番遠い敵から、ヘッドショットを食らわせた。遮蔽物に逃げ込みながら、俺はリロードを行う。
《何で右側の敵から?》
《仲間と協力した方が強いのに》
《勝負を捨てたか?》
「まさか、そんなわけないじゃない」
その言葉通り、俺はリロードを終えた銃を構え、今度は左側の敵に銃口を向ける。それも、一番仲間と距離が近い相手だ。
《スコープで覗く時間なんてないぞ!》
《撃ち負けるって》
「いえ、このぐらいの距離なら」
……スコープを覗かなくても狙えるさ。
銃声が響き、俺が放った弾丸が相手のシールドごと敵を吹き飛ばした。そこに仲間が弾丸の雨を降らせ、一人撃退。
左のチームの残りの二人がこちらに銃口を向けるが、しかし右側のチームがこちらに追いついてきた。
右から迫ってきたチームは最初俺たちを狙っていたが、左側のチームからプレイヤーが一人減ったと知るやいなや、そちらの方に弾丸を放つ。
左側のチームも応戦しようとするが、三対三対二では不利だ。そのため彼らは、俺が最初にヘッドショットを見舞ったプレイヤーに集中攻撃を開始。そのダメージの回復が間に合っていなかったのか、そのプレイヤーもしばらくもせずに落ちてしまう。
これで、三対二対二。
そうしている間にも、俺の仲間たちは左側のチームへ攻撃を行っている。
そこで俺は、更に右側のチームの一人にヘッドショットを放った。相手がまた、大ダメージを負う。遮蔽物に身を隠しながら、俺はまた右側のチームの別プレイヤーにヘッドショットを打(ぶ)ち込んだ。
そこに、左側のチームからの銃弾が右側のチームに降り注ぐ。そしてそのチームが完全に全滅した直後、左側のチームに向けて、俺たちのチームからけたたましいマズルフラッシュが輝いた。
そして、左側から迫っていたチームも全滅する。
《え、二チーム同時に落としたの?》
《まぐれにしては出来すぎだろ》
《これがぼむあげの力か》
《なるほど、ぼむあげなら仕方がない》
「いや、ただダメージ計算をして戦ってただけだから」
その言葉に、俺は小さく頷く。
左右両側から攻められると、真ん中にいる俺たちが別々のチームから一斉攻撃を受けて不利になる。
近くに迫っていた左側のチームを倒してから右側のチームと戦うと、どう上手く切り抜けたとしても三対三のチーム同士の戦いを二回行わなくてはならない。
そこで俺は、チームのメンバー数が有利になるように立ち回ることにした。
そのため仲間が左から攻撃し始めたのを見て、まだダメージが与えられていない右側のチームから攻撃したのだ。
……左側のチームは仲間がダメージを与えているから、右側のチームですぐに落とせそうな奴を用意しておく。そうすれば、俺が左側のチームへ攻撃して一人を落とせば、人数の減った左側のチームはメンバー数の不利をなくそうと別チームで落としやすい存在を探し始める。
それが、俺が最初に右側から迫ってきたチームを撃った理由だ。
そして左側のチームを一人落とすと、こちらの思惑通りそのチームは右側のチームを自分と同じメンバー数にしようと、攻撃を開始し、一人を落とした。
こうなると、焦るのは右側のチームだ。後から来て仲間が一人減ったのであれば、無理してまだチームメンバーが三人全員残っている俺たちを攻めるのは得策ではない。一度大勢を立て直そうとするだろう。
「そこにヘッドショットを叩き込んだの。そうすれば右側のチームは浮足立つし、逆に左側のチームはもう一人落とせるかもしれないって、更に攻撃を続けるわ」
……俺の仲間たちが、攻撃しているのも構わずに、な。
できれば逃げたかったんだろうが、そうなれば俺の銃の向き先が右側のチームではなく左側のチームへ向いただけだ。
「後は、さっきの結果通りよ。左側のチームが右側のチームを倒しやすいようダメージを与えて、その後左側のチームを仲間が倒してくれた、ってわけ」
《凄い、ちょっとかっこいい》
《いつものおりおりが戻ってきた!》
《でもぼむあげは忘れられないw》
《ぼむあげは俺たちのエターナル》
「飛べないペンギンさん。スパチャ嬉しいけど、スパチャでそれ言わなくてもいいんじゃない?」
そうやっていじられながらも、ゲームは順調に進んでいった。
そしてついに、フィールドに残ったのは二チームだけとなる。
「これに勝ち残ったチームが、今回の勝者ね」
《ついに来たか》
《マジで生き残るとは思わなかった》
《ここまで来たら勝ってくれ!》
「もちろん、そのつもりよ」
俺は弾数を確認しながら、スコープを覗く。
レジェはゲーム時間が長くなりすぎないよう、一定時間毎にフィールドが狭くなっていく仕様になっている。
そのため時間が経てば経つほど、他のチームと接敵する可能性が高くなるのだ。
しかし――
「変ね。人影が見当たらないわ」
俺は活動可能な範囲で一番高い場所に伏せて敵チームを待ち伏せているのだが、プレイヤーの姿が全く見えない。
《接続切れ?》
《おりおりに恐れをなして逃げたか》
《でも、プレイは実行しているぞ》
《敵プレイヤーはまだいるはず》
「そうよね。でも、地面にいないんだったら、一体どこに?」
大塩さんがそう言った直後、ヘッドホンから聞こえてきた声に、俺はスコープから目を放して上空を見上げる。
地面にいないのなら――
「空にいるのね!」
その言葉通り、俺の上から敵チームが降ってくる。相手は空を飛べるキャラクターに瞬間移動出来るキャラが残りのキャラクターと一緒に空に移動し、こちらの頭上を取る作戦に出たのだ。
《位置がバレた!》
《上から狙い打たれるぞ!》
《逃げて、おりおり》
「言われなくても!」
俺も銃口を向けることなく、全力でキャラクターに回避運動を取らせる。一番高い場所にいたため、ここには全く遮蔽物がない。相手の攻撃を一方的に受けるだけだ。
ダメージを食らい、画面が真っ赤に染まる。
《ヤバいじゃん!》
《やられる?》
《負けないで!》
そこでようやく、仲間の援護射撃が届いた。
俺への攻撃は一時中断されるが、かなりダメージを追ってしまった。
逃げ込んだ建物の中で、救急キットで治療を行う。
「まずは回復と、駄目になったシールドの補充。できれば他にも、アイテムを見繕いたいんだけど」
だが、そんな時間がないことは見れば明らかだ。
仲間の一人は既に瀕死の状況で救難信号を送ってきており、もう一人も押されている。
……このままじゃ、数で押し負ける。
俺は建物から、相手の一人にヘッドショットを叩き込んだ。一人は吹き飛ぶが、それでも向こうのほうが数が多い。
そして一人が、すぐに俺の方へ向かってきた。
ヘッドショットを食らわせるが――
「与えるダメージが低い。ヘルメットを強化しているわね」
舌打ちをしそうになったのを、俺はどうにか堪える。
そしてまた建物の中に入って、移動しながらアイテムを手にした。
《テルミットと救急キット?》
《今使えるか?》
《もうヤケクソになったんじゃね?》
「……いいえ。諦めてないんて、いないわ」
大塩さんは俺の考えに気づいたのか、僅かに前のめりになる。
そして画面上の『おりおり』が、不敵に笑った。
「今から、本当のぼむあげを見せてあげるわ」
そう言われた直後に、俺は建物へと躍り出た。
残る仲間は防戦一方で、攻める事が出来ない。
その、仲間と敵プレイヤー二人の間に落ちるように、俺はテルミットを投げ込む。
炎が一瞬にして広がり、敵が味方プレイヤーに数秒間近づけなくなる。
その間に負傷したプレイヤーは自分で治療を行い、俺は瀕死となっていたプレイヤーに救急キットを使って回復させる。
……回復、間に合ってくれよ!
まだ三対三であれば、勝負はわからない。だがここで攻められてしまえば、俺たちの負けが確定するだろう。
そんな俺たちの前に、敵のプレイヤーがやってきた。
味方の回復は、まだ終わっていない。それに、テルミットの効果はまだ続くはず。
……敵プレイヤーは、まだこちらに来れないはずじゃないのか?
「いいえ、それは私をさっき追ってきたプレイヤーね。建物の中を通ってこっちまで付いてきたのよ」
ヘッドショットを狙おうにも、相手はヘルメットを強化しており与えるダメージが低くなってしまう。撃ち合いになれば、こちらが負けるのは必定だった。
相手の銃口が、こちらに向けられる。
……ここで、終わりなのか?
「いいえ、まだ終わりじゃないわ」
その言葉通りの光景が、ディスプレイに表示された。
先程テルミットで助けた仲間のプレイヤーが、敵プレイヤーへ銃弾を叩き込んだのだ。
ダメージを受け、相手の体が僅かに揺れる。
そのおかげで、俺は致命傷を避けることが出来た。
その時、瀕死だった仲間の治療が完了。三人で集中砲火を浴びせ、相手を先に一人落とした。
……よし、これなら。
俺はキーボードとマウスを操り、倒したキャラクターのアイテムボックスに隠れるようにして相手の装備を入手する。
予想通り強化したヘルメットがあり、それを装備しながら救急キットと弾薬を手に取り、建物の中に入りつつキットで回復を行う。
そして建物の屋根に登り、スナイパーライフルを構えた。
既に一発食らわせた相手は、どうやらテルミットの効果が消えるまでの間に回復済みらしい。
……だったら――
「何発でも、食らわせてあげるわ」
銃声が響き、ヘッドショットが決まる。最初に撃った相手とは違う相手だが、盛大に吹き飛んでいく。
どうやら、強化したヘルメットを入手していたのは、先に倒したプレイヤーだけのようだ。
……こいつは、付いてるな。
スコープを除き、また引き金を引いた。ヘッドショットが決まり、そこに味方の追撃があってその相手をダウンさせる。
そしてしばらくもしないうちに、最後まで生き残ったチームを決するための銃声が響き渡った。
◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、今日の配信はここまで。三日後に配信するから、また見に来てね」
そう言って大塩さんは、配信を停止した。
それからたっぷり十秒待って、俺は安堵の溜息を吐く。
「お、終わった……」
マスクを脱いで、俺はどうにかそれだけ口にすることが出来た。緊張とゲームに熱中していたのとマスクをしていたのもあり、十月なのに汗をかいている。
そんな俺に、大塩さんが冷えた缶コーヒーを持ってきてくれた。
「はい、お疲れ様」
「ありがとう、ございます」
プルタブを開ける指にも、中々力が入らない。やっと開けてそれを一口飲んだ後、俺はようやく初の生配信をやり遂げたんだと実感できた。
「凄いですね、大塩さん。あんなの、ずっと一人で続けてるなんて。俺には絶対無理ですよ」
「それはきっと、私の代わりにゲームをプレイしているからよ。裕夫くんも『ヒロ』で生配信をしたら、もっと気軽に出来ると思うわ」
「いやいや、無理ですって」
「そうかしら」
ディスプレイ上に表示された『おりおり』を消しながら、大塩さんが笑う。
「何はともあれ、無事初回の配信は乗り越えられたわね。これも全部、裕夫くんが協力してくれたおかげよ。ありがとう」
「いやいや。なんかもう、途中から結構危なかったじゃないですか」
「ああ、あれ? 本当におりおりか? ってコメント」
「あれ、コメントした本人はネタで言ってるんだと思いますけど、大塩さん結構ムキになって」
「……ムキになんてなってないわよ」
「本当ですか? だって、絶対勝つとか言ってたじゃないですか」
「だ、だって、悔しいじゃない。せっかく裕夫くんが頑張ってプレイしてるのに、皆負けるの喜んでるみたいになって」
「え、っと、それって、俺のために怒ってくれた、ってことですか?」
「そうよ。そう言ってるでしょ?」
……うわ。ヤベ。どうしよう。めっちゃ嬉しい。
普段の『おりおり』との配信とは違うと思っていたけど、その理由に俺が含まれていたということが、とてつもなく嬉しかった。
顔がニヤけるのをバレないように、俺は缶コーヒーを一気飲みする。
そんな俺を、大塩さんは不思議そうに眺めていた。
「どうしたの? そんなにガブガブコーヒー飲むと、お腹壊しちゃうよ」
「い、いえ、その、なんでも、ありません」
「そう? それじゃあ、少し反省会をしましょうか。二回目の配信がもっとスムーズに、そして観てくれる人が楽しんでくれるようにするために」
そう言って大塩さんは、先程配信を終えた動画を再生し始める。
「実際にプレイをしていて、やりづらかったこととかはあったかしら?」
「そうですね……。やっぱり、最初の方はどうしても、大塩さんの言葉に引きずられてプレイしていたように思います」
「それは、私の喋り方の問題?」
「いえ、生配信という特性上、どうしても仕方がない部分だと思います」
「どういう事?」
「ゲームを始める前、生配信だと他の人のコメントに反応しながらプレイをし始めるじゃないですか。だからゲームを始めるのは、大塩さんの声の指示でプレイを開始するんです」
「……そっか。どういうゲームを始めるかとか、どんなスタイルでマッチさせるのかの説明をしてから開始するものね。だから裕夫くんは最初、私の指示通りにメニューを選択して、そしてゲームをプレイする」
「はい。なのでキャラクターの操作方法とか、自分のプレイスタイルで進めようと思っても大塩さんのコメントと違う挙動をしてしまうと、どうしてもコメントの指示に従わなきゃって感じてしまうみたいで」
今日の初プレイが散々だったのは、まさにこのせいだった。
仲間を助けに行くという大塩さんの発言とは違う動作をしてしまい、その後は彼女のコメントに合わせようとして結局やられてしまった。
「まぁ、きっとコメント欄が沸いていたのが見えてしまったのも原因だと思います。結構否定的な意見も書かれてましたし」
「なるほど。でも、そういう事なら、次回は気にせず裕夫くんの好きなようにプレイしてもらって大丈夫よ。もちろん、コメント欄も気にしないで」
「え、でもそれだと、観ている人が楽しめないんじゃ――」
「もちろん、動画を観てくれる人が楽しんでくれるのに越したことはないわ。でもね? 裕夫くん。私たちは、この世界の全ての人に好かれることはないの」
そう言った大塩さんの言葉が、何故だか俺の心に深く突き刺さった。
その棘を今すぐ抜いてしまいたくて、俺はどうにか口を開く。
「で、でも大塩さんは、『おりおり』はあんなに皆から受け入れられているじゃないですか。『おりおり』が嫌いな人なんて――」
「……いるわよ。Vtuberっていうだけで、理解を示してくれない人も、いるもの」
その言葉に、俺は口を閉じざるを得ない。
大塩さんが一人暮らしをして、腕を怪我しているのに俺なんかにサポートを頼んでVtuberを続けているのは、彼女の両親がVtuberに理解を示していないからだ。
「だからね? 裕夫くん。自分のプレイを否定する様なコメントが来たとしても、気にしないで。だってあの時、あなたのプレイを褒めてくれる人や、応援してくれる人たちもいたでしょ?」
確かに、それはその通りだ。
結果としては負けてしまったが、大塩さんも応援してくれるコメントを拾い上げて前向きな発言をしていた。
「繰り返すけど、動画を観てくれる人に楽しんで欲しくて、私は『おりおり』をしているの。でも、何をしたって、どんな事をしたって、自分に否定的な人は絶対出てくるわ。私は完璧な人間じゃないから、いきなり満点なんて取れないの。だからどうしてもそうした人たちの意見よりも、私を応援してくれる様な人たちのために頑張ろうって、優先順位をつけて取り組んでいくしかないのよ」
「完璧じゃないから、優先順位をつける?」
「うん、そう。もちろん、いつかはそういう私を否定する人たちも楽しませたいよ? でも、私なんてまだまだだし、それに今は、こんな怪我をしちゃってるから」
そう言って大塩さんが、左腕を吊ったアームホルダーを俺の方に見せる。
それがどういうわけか、俺にはどんな勲章よりも輝いて見えた。
「だからね? 裕夫くん。一緒に私と『おりおり』をしてもらう間は、まずはあなたのプレイを褒めてくれたり、応援してくれる人たちを楽しませることを考えて欲しいの。だっておりおりチャンネルは、今までそうやって続けてきたから。すぐに世界全員を幸せにしてみせる! って、歳上なのにカッコいいこと言えなくて、ごめんね?」
「そんな事ないですよ! 大塩さんはとってもカッコよくて、その、推しがいが、ありますから」
「ありがと」
そう言った大塩さんの笑顔が寂しそうに見えて、俺は思わず言葉を重ねる。
「で、でも、『おりおり』を好きにならない人の方が、少ないですよ。大塩さん、怪我してもこんなに頑張ってるんだから、皆応援したいって思うはずです」
「私を好きにならない人、か」
その後彼女は、ボソッとこう呟いた。
「でも、それって逆に、好かれる人を自分で決められないって意味でもあるんだけどね」
「……え? それって、どういう――」
「あ、ごめんね。何でもないの」
なんでもなくはなさそうではあったけれど、明確に拒絶された以上踏み込みづらい。
大塩さんはスマホで時間を確認すると、こちらに振り向いた。
「それじゃあ、もう夜も遅いし、今日はこの辺で解散にしようか」
「……そうですね。それじゃあ、俺はこの辺で」
「うん。また三日後、よろしくね」
そう送り出されて、俺は大塩さんの家を後にする。
最後のやり取りが気になって色々考えていると、無意識にまたエントランス側ではなくゴミ捨て場の方に出てしまった。
扉を開けて外に出ると、流石に少し肌寒くなっている。
扉が後ろで閉まる音を聞きながら、俺は軽く辺りを見渡した後、寒空の中体を丸めて帰路についた。
◇◇◇◇◇◇
……昨日の配信は、バッチリだったな。
そう思いながら、俺は意気揚々と学校から家に帰っている。
昨日は二回目の配信を行ったのだが、大塩さんのアドバイスのおかげか、初回よりもコメント欄を気にせずにゲームをプレイ出来たと思う。
……それに、行きはエレベーターを乗り間違えなかったし、帰りもゴミ捨て場じゃなくエントランスにちゃんと出れたし、言うことないな。
スマホでSNSのアプリを開くと、『おりおり』がプチバズリしていた。
初回の配信で新たな一面を見せたことが功を奏したのか、Vtuber界隈で密かに話題になっている。
……その推しの手助けが出来るという充実感と、推しがバズるのを手伝えたという満足感。非常に素晴らしいな。
「ただいまー」
テンション高く家の玄関を潜った瞬間、そのテンションはだだ下がりになった。見知った女子中学生の靴が、玄関に置いてあるのが見えてしまったからだ。
俺は特大の溜息を吐いてから、自分の部屋の扉を勢いよく開ける。
「おい、今日も来てんのかよ琴奈」
「だって今私が行ける所なんて、裕兄のとこ以外ないんだもん」
そう言って琴奈は、俺の椅子に座ったままポテチを頬張っている。
それを見て、俺は嫌そうに顔を歪めた。
「お前、まさかその汚れた手で俺のPCやキーボードに触ってねぇよな?」
「そんな事しないよ。この前怒られたばっかりだし」
「何故行動する前に、その行動が人の怒りを買いそうなのか否かを考えんのだ」
嘆息しながら、俺は学ランを脱いでハンガーにかける。
琴奈はここ最近、学校が終わるとすぐに俺の家、というより俺の部屋に入り浸るようになっていた。
その理由は――
「お前、まだ学校で気まずい思いしてんのか?」
「……うん、まぁ、そうだね」
「まぁ、従兄のハンドルネーム勝手に本人だって名乗って吹聴してたんだから、やべーやつ扱いされるのは自然っちゃ自然なのか」
「ちょっとー! そういう事言わないでよ! 本気で私傷ついてるんだからねっ!」
「自業自得過ぎるだろうが。後、ポテチのカスをキーボードに落としたら張り倒すぞ」
「うぅ……」
呻く琴奈を見ながら、俺はどれだけ吐いても吐き足りない溜息を吐く。
「でも、一応お前の友達も話しかければ話してくれるんだろ?」
「うん。全然目、合わせてくれないけどね……」
「お前の嘘がバレる気掛けになった大塩先輩と、その彼を好きなお前の友達はどうなったんだ?」
「やべー私の友達だったって知られてから、あんまり話さなくなっちゃったんだって。それに、大塩先輩一般受験だし……」
「お前のせいで疎遠になってんじゃねぇか。マジでいじめられてないだけマシな状況だろうがそれは」
「……いいの! 私、一発逆転狙ってるんだから!」
そう言うと琴奈は、握った拳を天井に向かって突き上げた。
「今の状況は、私が嘘を吐いていたから起こっちゃったんだ。だからその嘘を、本当にする!」
「……俺のヒーローチャンネルに上げてる動画ぐらい、ゲームのプレイが上手くなる事によって、か?」
「そう! そうなれば裕兄ぐらいの配信者にはなれるでしょ? それにプラスして私は女子中学生っていうブランドがあるからね! ゲームが上手い女子中学生なんて、世の中の中年男性たちが放っておかないでしょ!」
「発想が裏垢作って失敗した時と同じになってんぞ」
「大丈夫! 裕兄と定期的にコラボして、『あれ? この子の彼氏なの? いや、お兄ちゃんだよね。でも、ひょっとしたら……』みたいな匂わせを入れることで、そういう純情を変にこじらせちゃう人にはこじらせる前にお引取り願うから」
「だから、お前自身の方が発想がこじらせすぎてヤバいって。っていうか、勝手にコラボする前提で話を進めるな」
「何でよ! 従妹の一生のお願いじゃん! 聞き届けてよね!」
「裏垢の問題解決するのにも使ってただろ? 一生のお願い」
ちなみにその時点で、俺が覚えているだけで九回目の一生のお願いだ。琴奈の一生が安すぎて、流石に心配になってくる。
だが俺の従妹は頬を膨らませて、不満を俺に表明してきた。
「何で? 私の彼氏になれるのに、裕兄は何がそんなに不満なの? これでも私、結構中学校だと人気あったんだよ?」
「過去形で話している時点で結果出てるだろうが。誰がやべーやつの彼氏役になりたいんだよ」
「……ちっ」
「え? 今俺、舌打ちされる要素あったか?」
そう言っている間に、琴奈がポテチを全て自棄食いし終える。
ゴミをゴミ箱に入れ、濡れティッシュで手を拭きながら、琴奈は唇を尖らせた。
「だったら、何で協力する気ないのに付き合ってくれるの? 私のゲームの練習」
「自分の家にPCもゲーム機もないからって、オレの部屋に押しかけてきてるお前が言う? それ」
信じられないことに、俺の従妹は本気でゲームのプレイスキルを状態させ、俺の名前を騙って地に落ちた名声を取り戻そうとしていた。
「でも、本気で嫌だったら追い返すはずじゃんか。それなのに私の面倒を見てくれるって事は、今後の人生も面倒見てくれるって事でしょ?」
「重すぎるし、普通に嫌だわ。俺がお前に付きやってやっているのは、ここで放り出したら後で問題が三倍にも四倍にもなって返ってくるのが目に見えてるからなんだよ……」
「ほらー、やっぱり裕兄は私の面倒見てくれてるじゃーん」
「抱きついてくんな。うざすぎる」
それに琴奈にゲームを教えている理由は、実はもう一つ存在する。
……でも、理由にもならんような理由なんだよな。万が一の、いや、億に一の保険っていうか。
「ねーねー、裕兄。今日はどのゲームにするの?」
「どのも何も、最近レジェやり始めたばっかりだろうが」
そう言うと琴奈は、露骨に不満げになる。
「えー、またそれ? 偶には違うゲームもやりたいよー」
「偶には、って。お前まだレジェ初めて一ヶ月どころか二週間経ってねぇだろうが。そんなんでゲーム上達すると思ってんのかよ」
「思ってたんだよなぁ、これが」
「人生なめ過ぎだ」
ぽすっ、と琴奈の頭にチョップを入れて、彼女を椅子に座らせる。
PCの電源を入れて、レジェを起動させた。
「ねぇ、裕兄」
「何だ? またくだらんこと言ったら、今日はもう追い出すぞ?」
「最近、更新してないよね? ヒーローチャンネル」
そう言って、琴奈が感情の読めない目で俺を見上げてくる。
どういうわけだか、背筋に寒気が走った。
「どうしたの? 何かあったの?」
「……何って、俺も忙しいんだよ、色々と」
忙しいのは自分の動画の作成よりも、大塩さんの手伝いを優先していることが大きい。
それは生配信だけでなく、視聴者とのやり取りで面白かった部分をショート動画にして字幕をつけたりと、そういう作業も行っていた。
……大塩さんは、そこまでしてもらう必要はない、って言ってたんだけどな。
しかし、推しの良さを広めたいと思うのは、どうしようもなく俺がやりたいことでもあった。
そういった地道な活動も、『おりおり』がVtuber界隈でプチバズリに繋がったのではないか? と勝手に思い、自己満足に浸っていたりする。
自分で言ってて気持ち悪いと思うし、もはや黒歴史に片足突っ込んでいる気がするけれど、しかしこれは俺のためでもあった。
推しを推したいという気持ちと、そして――
……広告収入が家賃以上入れば、それは俺のものになる。
大塩さんとの契約では、その様になっていた。だから俺はここで稼げるだけ稼ぎ、『おりおり』を推すための資金を手に入れようと、そう思っていたのだ。
もちろん、俺が『おりおり』のゲームプレイを一時担当しているとは知られるわけにはいかないので、従妹であっても話すことは出来ない。
いつもならすぐに引き下がる琴奈だが、どういうわけか今回は妙に突っかかってくる。
「忙しい? 何が忙しいの?」
「何、って。それ、ゲームやりに来て俺の時間奪ってるお前が言うことか?」
「だって、私に使ってくれる時間なんて、せいぜい二、三時間じゃん。それに昨日は学校帰りに直接どこかに行ってたみたいだし」
「遅くなる日はLINEで連絡してただろ?」
「会ってたの? 女と」
その言葉に、俺の心臓が跳ねる。
「な、何で女だって思うんだよ」
「最近、部屋の片付けちゃんとしたり、服も綺麗に畳んである」
……何なの? この子。超怖いんだけど!
「い、いいだろ? 何だって。俺もそんなに要領がいい方じゃねぇし、色々優先順位つけてやってるんだよ」
「優先、順位?」
そう言うと、そこで初めて琴奈の瞳に感情らしい感情が見えた。
それは、寂寥だった。
「私、裕兄が『ヒロ』だって気づいてから、動画、楽しみにしてたんだよ? 楽しそうにゲームしてるのも伝わってきたし、動画を作るのも楽しんでそうだったから」
「……」
「だから、ヒーローチャンネルが裕兄に取って優先順位が低いことだとは、到底思えないよ、私」
「……琴奈」
そう言って俺は、従妹の頭に手を乗せて――
「そんなに重要だと思ってたのに、お前は学校で自分の事を『ヒロ』だって言いふらしてたのか? 俺にとって優先順位が低くないって知ってたくせに?」
「痛い痛いギブギブ! アイアンクローは酷いってギブギブギブ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
手を離すと、半泣きになった琴奈が俺を睨む。
「酷いよ、裕兄! この世界のどこに女子中学生の従妹にアイアンクロー決める高校二年生がいるのよ!」
「ここにいんだろ。後、アイアンクローをされるような自分の発言と言動をもう少し振り返って反省しろ」
「本当に申し訳ございませんでした」
素直に頭を下げる琴奈に、俺は苦笑いを浮かべた。
……こいつはこいつなりに、俺の動画を楽しみにしてくれていた、って事か。
そう考えると、悪い気はしない。
今は大塩さんを手伝っているが、その大塩さんも元々俺の動画を見ていてくれたみたいだし、自分の動画でも誰かが楽しんでくれるというのであれば、またゲームのプレイ動画を上げようと思う。
「ま、今はちょっとごたついてて、時間が取れないだけだ。またそのうち動画を上げるさ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
「……じゃあ、今日の所はそれで許してやるかー」
「何でお前の方が偉そうなんだよ」
そう言いつつ、俺は内心安堵していた。
……やれやれ、ようやく大塩さんの話題から別の話題に――
「そういえば、最近『おりおり』配信再開したよね?」
「……何故お前の口からその話題が出てくる?」
「え? だって裕兄が前に推してるって言ってたから。ゲームのプレイ内容も、なーんとなく裕兄っぽい感じあるよね、あの人」
「そ、そうかな……」
どうにかそう言うのが、やっとだった。
話題が変わったと思ったら、むしろ近づいているとか、心臓に悪くて仕方がない。
……と、とにかくここは何か喋って、話題を変えなくては!
「でも、お前、ゲームのプレイ内容なんてわかんない、って言ってたじゃねぇか」
「うん、プレイ内容はわからないよ。でも、裕兄の事はわかるから」
「……全然答えになってなくない?」
「え、なってるよ。だっていつも投げ銭して、コメントもらってるじゃん? だから、あの時裕兄はどんな事考えながら投げ銭してるんだろうなぁ、って、そういうの考えてたら、どういう時に何するのか、なーんとなくわかる気がするんだよねぇ」
「へ、へぇ……」
冷や汗が、背中からドバドバ出てきている。
……ま、まさか大塩さん以外にも、『ヒロ』と『おりおり』のプレイ内容について、共通点を見つけ出したやつがいるだなんて!
さっきまで喋って話題を変えようと思っていたけれど、今は余計なことを口走ってしまいそうで逆に何も言えなくなってしまう。
そう思っている間に、琴奈は不思議そうに小首を傾げて口を開いた。
「でもさ、配信再開してから、『おりおり』なんか雰囲気変わったよね」
「そ、そうか? あ、でも、SNSでもそんな内容でプチバズリしてたな、そういえば」
危ない。今のは引っ掛け問題みたいなものだ。
琴奈より推している俺の方が『おりおり』の事を知らないのは、そっちの方が不自然。
……ここは、あの配信の内容を知っている、という前提で回答するのが最善のはず!
「なんか、『おりおり』の新しい一面? みたいなものを見れたよな。結構子供っぽい、っていうか、とっつきやすくて、あんないじられキャラみたいな一面もあったって、また更に推したくなったよ俺は」
「うーん、っていうか、なんか裕兄っぽかったんだよね。レジェのプレイ内容が」
……マジで何なんの? 俺の従妹はっ!
「俺っぽい、って、でも、元々似てたんだろ? プレイ内容」
「それが、もっと裕兄感あったんだよなぁ。変だよね? そんなわけないのに」
「そ、そうだよ。そんなわけ、ないだろ?」
「でも、変といえば、特に最初の方とか変だったんだよ。なんか、声に合わせて動いてる、みたいな。なんだか、『おりおり』の喋ってる声とプレイしている人が、別々みたいな感じ」
「そ、そうか? 俺は、特に違和感感じなかったけど」
「……そっか。裕兄が言うのなら、そうなのかも」
「そ、そうだよ」
……ど、どうにか誤魔化すことが出来たか?
「でも、変といえば、裕兄も変だよね」
「え、俺!」
「うん。だって、久々の『おりおり』の生配信やってたのに、スパチャ送ってなかったでしょ?」
「……人のコメント全部覚えてんのかよ、怖いよお前」
「いや、裕兄のだけだし」
「で、でも、俺だっていつもスパチャ投げてるわけじゃないぞ?」
「え? いつも投げ銭してたじゃん」
……いや、確かにそうなんだけども!
『おりおり』が生配信中は、俺がゲームのプレイを担当しているのだ。スパチャをする余裕なんて、あるはずがない。
「あ、もしかして、推し変したとか?」
「馬鹿を言え。そんな訳あるか」
ハッキリ言い切ると、琴奈がジト目で睨んでくる。
「……だったら、何でなの?」
「い、忙しいって言っただろ。アーカイブから観てんだよ」
「ふーん、観てないんだ。生配信……」
「ほ、ほら、それよりお前はゲームを教わりに来たんだろ? 早くしないと、もう帰る時間になっちまうぞ」
「……ま、それもそっか」
琴奈はまだ何か言いたげな表情だったが、なんとか話題を変えることに成功する。
……あ、危なかった。
まさか、ヒーローチャンネルの動画投稿数と『おりおり』のスパチャでこんなにも勘ぐられるとは思ってもいなかった。
流石に琴奈の頭の中に、俺が『おりおり』のゲームのプレイを担当しているという発想は、まだないらしい。
しかし、俺の行動に不信感を持たれているのも事実だろう。
……配信は、後三週間。計六回残ってる。なんとか、なんとか後六回乗り切らないと。
「裕兄? 始めるんじゃないの」
「あ、ああ、そうだな。すまんすまん」
琴奈はレジェのアカウントは持っていないので、俺のアカウントでログインする。
配信用の動画を撮るわけでもないので、他のプレイヤーに表示するアカウント名は非表示に設定していた。
「それじゃあ、今日もバトルロワイヤルのランダムマッチだな」
「えぇ、またそれ? あれ、死んだらすぐ終わりだから嫌だよ。私、六対六のチーム戦でランキングマッチしたい! 裕兄のアカウントなら高いランキングの人と組めるから、そんなに頑張らなくても勝てそうだし」
「いきなり他力本願はやめろ。そんなにランキングマッチがしたいなら、自分のアカウトを作れ」
「えー、それだと強い人と組めないじゃん」
「ゲームのプレイスキルを上げるという目標はどこにいったんだよ」
「チームメンバーのマッチも運なんだから、運も実力のうちだよ? 裕兄」
「その運すらお前は持ち合わせてないから、ストーカー被害にあいそうになったんじゃねぇか。いいから、キャラクターを選択しろ」
「はーい。あ、私これがいい。爆弾遠くへ投げれるやつ」
「何故初心者なのにそういう飛び道具キャラを使いたがる……。大人しく敵の痕跡を見つけたり、被弾したら移動速度が上がるやつか体力が徐々に回復するキャラを選んで、撃ち勝つか逃げ勝つ立ち回りを覚えろよ」
「そんな! 逃げろだなんて、そんな卑怯なプレイを裕兄は私にさせる気なの?」
「全力で他力本願だったやつが言っていいセリフじゃねぇぞ、それ」
「やーだー。私もぼむあげしたいー」
「お前まで使うんかそれ」
俺が協力した初回配信時に大塩さんが口走ったあのセリフが、おりおりチャンネルのリスナーに定着してしまっていた。
大塩さんは不服そうだったが、皆が喜んでくれるのなら、ともはや諦めモードになっている。
「ほら、とりあえず体力回復するやつにして、ゲームの開始しなさい」
「はーい」
そう言って琴奈はマウスをクリックし、マッチングを開始。すぐに二人のプレイヤーとマッチし、フィールドへの降下が始まる。
それを見ながら、琴奈が口を開いた。
「ぼむあげ、いいよね。語感がいい、っていうのかな? 可愛いと思わない? 裕兄」
「まぁ、そうなのかな。コメント欄も何かある度にぼむあげぼむあげって書かれるし」
「昨日も、新たに『おりおり』から名言出たよね」
「ああ、びくちょり、だろ? あれは聞いてて思わず笑っちまいそうになったよ」
俺は昨日の配信の事を思い出し、思わず苦笑してしまう。
コメント欄に書き込まれたvictoryを大塩さんが盛大に噛んでびくちょりと言ってしまい、またリスナーが沸いたのだ。
……隣で聞いていた時には、思わず吹き出しそうになって本当に大変だったな。
あそこで俺の笑い声をマイクが拾ってしまったら、その時点でリスナーに他の人がいるとバレてしまう。
配信の協力者がいるという話も『おりおり』はしていないが、変な勘ぐりをされるとやはり彼女の活動の迷惑になってしまうだろう。
……それに、琴奈なら俺だってすぐに気づきそうな気もするしな。
そう思っていると、その従妹が俺の方を振り向いている。
「何で裕兄、びくちょり知ってるの?」
「……え?」
「さっき、観てないって言ってたよね? 生配信」
「っ!」
……そんなに人の違和感に気付けるのなら、迂闊に裏垢作ったり人のハンドルネームを勝手に自分だって名乗るの止めろよな!
「さ、さっきも言っただろ? アーカイブから、観たんだよ」
「……いつ?」
「昨日、と、登校した後学校で。寝る前にちょっと観て、後は動画をスマホにダウンロードして学校の休み時間に観てたんだよ」
「……確かに、それならスマホの通信制限には引っかからないか」
「そ、そうだろ? って、おい、画面見ろって! 死にそうだぞお前!」
「え、嘘?」
琴奈が顔をディスプレイに戻した時には、もう彼女が選択したキャラクターは死亡していた。
早々に三対三から三対二になった仲間も、一方的に蹂躙されて負けてしまう。
その通知が画面に表示され、俺の従妹は憤慨した。
「もう! 裕兄が変なこと言うから、負けちゃったじゃん!」
「いや、今のは俺全く関係ないだろ?」
「もう一回やる! 今度はちゃんと教えてよね?」
「だったら、せめてずっと前を向いておいてくれよ」
そう言いながら、俺の動機はまだ収まっていなかった。
……い、今のは本当に危なかった。
先にアーカイブで動画を観ている、という発言をしていなかったら、取り繕えなかったと思う。
……くっそう、これじゃ迂闊に『おりおり』の話に反応出来ないじゃないか。
推しの話なので、どうしてもその話題に口が勝手に開いてしまう。
とはいえ、俺が何か別件で忙しく、『おりおり』の生配信をライブで観れていない事にしてしまった以上、その設定は崩せない。
……とはいえ、全く俺が『おりおり』の話をしないのも琴奈に勘ぐられるだろうし、加減が難しいな。
そう思っている俺に向かい、焦ったような従妹の声が聞こえてくる。
「ちょ、裕兄! これ、どうすればいいの? 銃撃てなくなったんだけど!」
「……何度も教えているが、リロードして弾を込めろ」
……ひとまず、こいつがゲームに集中している間は、問題なさそうだな。
「これも何度も言っていることだが、大事なのは敵を撃つことじゃなくて、敵からダメージを受けないようにすることだ。だから回復するにも装備を整えるにも、狙われないよう遮蔽物がある場所で行なえ」
「そんな事言われたって、痛っ、え、何でそんなにダメージ食ら、あー死んだ!」
琴奈が椅子の背もたれに、全体重をぶつける。椅子がギシギシと鳴り、雑に扱われたことを抗議しているようだった。
「ちょっと裕兄、通報の仕方教えてよ! あれ、絶対チートだよチート!」
「自分が下手だからって相手をチート呼ばわりするのは止めなさい。遮蔽物に隠れろって言ってるのに、何故前に出るんだ? お前」
「だって、敵がいるんだよ? 撃たないと勝てないじゃん!」
「それは一理あるが、ダメージを受けなければ負けないんだよ。バトルロワイヤル何だから、相手が勝手に削りあってくれた後に戦った方が有利だろうが」
「嫌だ! そんな戦い方卑怯じゃん!」
「だからそういうのは、プレイスキルを上達してからやれ。数学の公式知らんのに、応用問題解こうとするような無謀なことをするな」
「私、数学嫌い!」
「知らんがな」
そこから結局日が暮れるまでゲームを琴奈と続け、俺は彼女を家まで送っていく。
夜道を歩きながら、俺の従妹はたいそうご立腹だった。
「ちょっと、全然勝てなかったじゃん!」
「だったら、俺の言った通りにやってくれ」
むやみに特攻して何度も瞬殺される場面を見せられるのも、結構堪えるのだ。リプレイかな? みたいな疲労感がある。
そう思っている俺の隣で、琴奈が頬を膨らませた。
「でも、前に出て撃ち勝てることだってあるじゃんか」
「あれは、二対一で挟撃してた時か、お前が卑怯だって言ってた相手が隠れる前に体力が既に削られている時だけだ。ゲームが上手くなるためには、何故勝てたのか? 何故負けたのか? を考え、それを突き詰めるのが一番近道なんだよ」
「……なんだか、勉強みたい」
「そりゃそうだ。分野は違えど、やってることは基本の積み重ねだからな」
ゲームの配信をやっていることもあり、一度どうやってゲームを作るのか調べたことがある。
プログラミングの知識はもちろん必要だけれど、たとえばFPSみたいなゲームであれば数学で習うsin、cos、tanは当たり前に知っていないといけない。弾丸の当たり判定に使うからだ。
……まぁ、計算は関数でやってくれるみたいだけど、その関数の使い方は知らないといけないからな。
他にも通信の仕組みだったり、PCの仕組みを知っていた方が、効率的にゲームを作ることが出来る。
作ったゲームのテストだって、今ではスクリプトを組めば自動でマウス操作や指の動きを表現してくれるものもあるらしい。
琴奈にも言ったが、公式を知っていなければ応用問題は解けない。
何の積み重ねもしていない存在が、いきなり特別な存在になどなれないのだ。
「……裕兄は、来年受験だよね」
「そう言うお前もな」
「もう、進路とか決めてるの?」
「うーん、正直、まだ漠然としてるんだよなぁ」
ゲームが好きだから、将来ゲームを作れるようになりたい、と考えたこともある。
しかしさっき述べた通り、ゲームを作るのには、大量の知識が必要だ。
……そもそも、ゲームには設定とかストーリーがないと駄目なものもあるしな。
当たり前だが、RPGとFPSでは作るのに必要なものが全然異なる。
そうなると、一口にゲームを作りたいと言っても、その関わり方によって揃える知識がバラバラだ。
……何を選ぶのかは、優先順位を決めて選ぶしかないんだろうけど。
その、優先順位の項目を洗い出すことすら今の俺には難しいらしい。
でも、これだけは言える。
「将来、何になるのかなんてまだわからない。でも、誰かを助けたり、楽しんでもらったり、応援してあげたりして、その人が笑顔になってくれるような事がしたいな」
俺が口にした内容は、全く具体性もなく、ただ漠然とした形とならない『何か』でしかない。
しかしその『何か』は間違いなく俺自身の本心であり、自分の生き方の根幹であるように思えた。
……といっても、その『何か』になるための道筋が無限にあるのが、問題ではあるんだけど。
人を助けるなら消防士でも警察官という選択肢もあるし、楽しんでもらうなら飲食店や美容師でもいい。応援するならNPOとかチャリティーに関わるような仕事だってある。
……結局、まだ何かを俺は決められていないだけなんだろうな。
その反面、大塩さんは凄いと思う。
親に良く思われなくても、Vtuberという自分のやりたいことを選び、それを続けようとする決意は、俺には眩しすぎた。
『おりおり』の中の人だと知る前から推していたけれど、今はその輝きがずっと続いてくれることを願って、俺は彼女を推しているのかもしれない。
……ただ大塩さん、ちょっと抜けてる所があるからな。
そうした部分も、やはり彼女を支えたいと思える要素だった。
そう思っていると、琴奈が俺の袖を掴んでくる。
「裕兄なら、出来るよ」
「琴奈?」
「だって裕兄、ずっと私のこと助けてくれたじゃん。裏垢で悩んでた時もそうだった。裕兄のハンドルネーム騙っても私につきあってゲーム教えてくれるし、ヘコんでたら冗談を言って笑わせてくれるし、どれだけ私が文句を言ってもちゃんと教えてくれるし」
「文句を言っている自覚があるなら、次からちゃんとしてくれよ」
「……ほら。見捨てないでいてくれる。裕兄は、ずっと私のそばにいてくれる」
「ま、従妹だからな」
とはいえ、それもそろそろ終わりにしないといけないだろう。
どこの大学に行くのか、それとも専門学校に進むのかはまだわからないけど、俺だって県外に進学することも普通にありえる。
考えていることが伝わったのか、琴奈が袖を握る手に力を込めた。
「……遠くいっちゃ、ヤダ」
「こればっかりは、未来の俺に聞いてくれとしか言えんな」
「ずるいよ。裕兄ばっかり先に大人になって。私が高校生になる頃には、裕兄は大学生になって、また私より一つ大人になるんだもん」
「そういう風に生まれたんだから、仕方がないだろ」
「……でも、ずるい」
そう言う琴奈に、俺は嘆息する。
「中学生のお前から見たら高校生の俺は大人に見えるかもしれないけど、俺なんてまだまだガキだぞ」
そして俺から見て完璧に見えた大塩さんも、自分は完璧ではないと言い切っていた。だから優先順位をつけて取り組んでいくしかないんだ、と。
……だったら、大人って何なんだろうな? ガキの頃は、年上の人は皆凄い人に見えたのに。
ひょっとするとこの世界は全然完璧なんかじゃなくて、あやふやで、とてもズボラで、そして案外適当なものなのかもしれない。
当たり前に黒歴史を皆持っていて、それぞれその後悔を抱えながら生きているのかもしれないし、誰しもこれだ、という正解がないまま、ただなんとなく未来を歩いていかないといけないのかもしれない。
でも、もしそうであったとしても、俺はそのハッキリとわからない『何か』を求めたいと、強く思った。
「琴奈は、来年俺の高校受けるんだっけ?」
「……うん。家から近いし、裕兄から話も聞いてるし、どんな学校なのか知ってるから」
……そういう意味だと、まだ『何か』に形を作れない俺より、次の道を明確に決めている琴奈の方が大人なのかもしれないな。
琴奈を家に送り届け、俺はその漠然とした『何か』について考えながら帰路につく。
十月の寒空を見上げながら思いを巡らせている間に、自宅に到着した。
そこで俺は、郵便ポストに何かが無造作に突っ込まれている事に気がつく。
……封筒にも入っていないけど、こんな時間にチラシの配達か?
そう思って、その紙を引き抜いてみる。
するとそれは、折りたたまれたA4サイズの紙だという事がわかった。
開いてみると、文字が書かれている。
紙には、こう書かれていた。
『これ以上、枝織さんに近づくな』