◯第三章
俺が『おりおり』のゲームのプレイ部分を担当するようになって、三回目の配信。
それをどうにかやり遂げた後、俺は重い吐息を漏らした。
隣に座る大塩さんも、似たような表情を浮かべている。
しばらく続いた沈黙に耐えきれず、俺は口を開いた。
「なんとか、配信終えられましたね」
「……うん、そうだね。でも、やっぱり皆、心配してたよね」
「そうですね」
コメント欄を眺めると、
《なんか今日、元気ない?》
《おりおり大丈夫?》
《集中してプレイ出来てなさそう》
《辛かったら無理せず休んで!》
と、『おりおり』を心配するメッセージが大半を締めていた。
その理由は、ハッキリしている。
二回目の配信を終えた翌日、俺の家のポストに投函されていた、あの脅迫状だ。
それを見つけた俺は、写真を撮って大塩さんへ送っていた。
……知り合いで、枝織っていう名前なのは、大塩枝織さんしか、『おりおり』しかいないからな。
果たして俺からの連絡を受けた、彼女からの返信の内容は――
「三回目の配信が終わった後に話そうって、そういう話でしたよね。後、俺の住所も聞かれましたが。全部、説明してもらえるんですよね?」
「……うん」
重々しい空気に頭を押されるように、大塩さんはうつむいている。
とにかく少し空気を変えたくて、俺は立ち上がった。
「その話の前に、休憩しますか。喉乾いてますよね? 紅茶のペットボトルは冷蔵庫ですか?」
「……うん。缶コーヒーも、入ってるから」
「わかりました。頂きます」
台所からペットボトルと缶コーヒーを持って、俺はゲーミングデスクまで戻る。
大塩さんの代わりにペットボトルの蓋を開け、次に自分の缶コーヒーのプルタブを開けた。
一口二口それに口をつけた後、俺はおもむろに口を開く。
「最初に会ったレストランでの会話、覚えてますか?」
「……どうしたの? 急に」
「いえ。質問があるなら、後から質問してもいいって言ってくれた話を思い出して」
「そういえば、そんな事も言った気がするわ」
大塩さんは苦笑いを浮かべて、ペットボトルを傾ける。
「何? 何か聞きたいことでも出来た?」
「そうですね。気にもとめていなかったんですが、確認する必要が出てきたので、質問させてください」
「いいわよ。何かしら?」
小首を傾げる大塩さんに向かって、俺は問いかける。
「その怪我、どうして出来たんですか?」
「え? 転けちゃったって、言わなかったっけ」
その言葉に、俺は首を振る。
転けたのは、怪我をした原因だ。
でも、俺が聞きたいのは、そこではない。俺が聞きたいのは――
「どうして大塩さんは転んで怪我をしなければならなかったのか? ということです」
そうだ。大塩さんから俺は、彼女が転けて怪我をした、ということしか聞いていない。
彼女の不注意で転んでしまったのか。
あるいは、他人からの悪意を向けられたからなのかは、ハッキリと聞いていなかった。
その俺の問を聞いて。
大塩さんの顔が、凍りつく。
彼女が握る手に力を入れたので、ペットボトルが僅かに軋んだ。
その反応を見て、俺は初めてこの家を訪ね、帰る時に脳裏に浮かんだ突拍子もない考えが、現実のものだったと確信した。
「実は、大塩さんと最初にレストランで会話をした時から、少しおかしいと思っていたんですよ。いくら実家でVtuberを続けられないからといって、普通怪我をした一人暮らしの女性が高校生とはいえ、ほぼ初対面の男子を自分の家に上げようと思いますかね?」
俺と一緒に琴奈がいれば話は別だが、そういうわけでもなかった。
それどころか、むしろ大塩さんはあの時レストランで、こう言ったのだ。
『うん、やっぱり『ヒロ』は、私の見込んだ通りのプレイヤーだった。結果的に男の子だったっていうのも、ある意味良かったのかもしれない』
「『ヒロ』が男の方が良かったと言ったのは、その方が抑止力になるかもしれないからですよね? 大塩さんに怪我をさせた、ストーカーに対して」
「ごめんなさいっ!」
そう言って大塩さんは、俺に向かって深々と頭を下げる。
「内緒にするつもりは、なかったの。でも、もう益戸先輩に大学で付け回されることものなくなったし、警察にも見回りを頼んでたから、大丈夫だと思ってたのよ。裕夫くんに迷惑をかけるつもりはなかったの。本当よ!」
缶コーヒーを傾けて、再度椅子に座った後、彼女に向き合った。
「その、益戸先輩ですか? 多分、俺が最初にこの家から出る時にこのマンションの近くにいましたよ」
ゴミ捨て場の扉が閉まった時に、飛び出してきた人影の事を思い出していると、大塩さんが顔を真っ青にさせて唇を震わせる。
「……嘘、でしょ?」
「このタイミングで俺に脅迫状を送ってくるってことは、恐らく間違いないかと」
こちらの住所を把握しているという事は、俺が大塩さんの家を訪れたタイミングで、その帰りに後をつけてきたのだろう。
配信前と配信初日は、俺が乗るエレベーターを間違えたり、エントランスではなくゴミ捨て場から帰宅したので、逆にその益戸というストーカーを撹乱することに意図せず成功していたのだ。
逆に、二日目の配信ではエレベーターも乗り間違えることなく、帰りもゴミ捨て場ではなくエントランスから帰宅したので、ストーキングしやすかったに違いない。
そう思っている俺をよそに、大塩さんはカーテンを開けて窓の外に目を走らせていた。
「よかった。今晩は、ちゃんと警察の人が見回りをしてくれてる」
「聞かせてもらえますよね? その、益戸、って人のこと」
その言葉に、大塩さんはコクリと頷いた。
大塩さんの事をストーキングしているのは、彼女と同じ大学に通う益戸 勝信(ますど かつのぶ)という大学二年生らしい。
大学でたまたま同じ講義を受けており、偶然同じ班になって、グループワークを一度だけ行っただけの関係だという。
「でも、それ以来、どういうわけだか大学でつきまとわれて」
「連絡先の交換とかは?」
「してないわ。一度のグループワークで、要らないでしょ?」
「それはそうですね。その時、どんな会話を?」
「……正直、そんな大したことは話していないと思う。ただ、益戸先輩の専攻の授業だったから、色々意見を出してもらって、それは凄いねって皆で話してたら、勝手に進んで課題をやってくれて、皆助かってたんだけど」
そう言った後、大塩さんは何故こうなっているのかわからない、とばかりに頭を振る。
「何で? 普通に世間話をして、話を合わせただけだよ? それで、そんな風に誰かを追い回したりするぐらい誰かに執着出来るの? 普通の会話なのに。それで、何でそんな聞いてもいない授業のアドバイスをしてきたり、自分は受けてない講義に出て私の隣に座ろうとするの? 意味がわからないよ!」
大塩さんの言葉を聞きながら、俺は内心苦々しい思いを抱えていた。
……うーん、これは実に耳の痛い話だぞ。
俺も頼まれてもいないのに、結構押し付け的におりおりチャンネルのショート動画を作ってしまったりしている。
あれはまだ彼女のチャンネル布教というのに一役買っているから許されているかもしれないが、これが別の手段で『おりおり』を推そうとしていたら、俺も益戸とかいうストーカーと同じ扱いを受けていたかもしれない。
……っていうか、もはや紙一重だよな。結局、大塩さんが受け入れてくれるか否かの、さじ加減一つだし。
善意もやり過ぎれば、余計なお世話にしかならない。
脅迫状を受け取ったあの夜に考えていた『何か』は、何かをする俺だけが満足できる形ではなく、その何かを届ける相手も満足させられるようなものではなければならないのだと、改めて思った。
……その相手の心の中がわからないから色々悩む事になるんだが、ひとまず俺の悩みは後だ。
今は、大塩さんの件についてもう少し話を聞きたい。
「それで、その益戸先輩はどうなったんですか?」
「……大学で追いかけ回されて、声をかけられても怖かったから無視してたの。大学の友達も守ってくれたし。そしたら、大学の外でも現れるようになって」
そう言った後大塩さんは、震えた体を抑えるように右手で自分の体を抱く。
「私が怪我をした、あの晩。益戸先輩は、暗がりから突然飛び出してきて『どうして無視するんだ!』って腕を掴んできたの。私、怖くて悲鳴を上げたら突き飛ばされて。悲鳴に気づいた人が近くに来てくれて、先輩はそのまま逃げて行ったわ」
「え、ちょっと待ってください。怪我を負わせた犯人は、わかってるんですよね? それなら、どうして益戸は逮捕されていないんですか?」
俺の言葉に、大塩さんが首を振る。
「それが、アリバイがあったんだって」
「アリバイ?」
「そうなの。益戸先輩、私が襲われていた時間、Twitchでゲームのライブ配信をやってたんだって」
「え?」
それなら、確かにアリバイが成立する。
『おりおり』のゲームのプレイ部分を担当している身として言わせてもらえば、確かに配信をしながら何か別のことをするのは不可能だ。
……スパチャを送る暇だってないからな。
「でも、大塩さんはその益戸って人にその時間、確かに襲われたんですよね? 見間違いでもなく」
「見間違えるわけ、ないわ。ずっとつきまとわれて、あんな怖い思いしたんだから」
「……すみません。それで、そのライブ配信をしていた、っていう動画は確認出来ますか? 確かTwitchは、六十日間はアーカイブされてますよね」
「うん。警察の人から、これだって言われたわ」
大塩さんがPCを操作し、問題の動画を表示させる。
動画は一人でやるタイプのパズル系のゲームで、顔を出しての配信はしていない。
「配信しているアカウント名はKatuMasuといって、益戸先輩本人のもので、声も本人のもので間違いないらしいわ」
「付いてるコメントはほとんどないですけど、投げ銭のビッツがあればちゃんと反応してそのコメントに回答してますね」
「そうなの。相手にはアリバイもあるし、私も怪我したとはいえ軽症だったから、逮捕までは行かなかったんだよね」
「軽症って、骨にヒビが入って配信がやり辛くなってるっていう、重大な被害が出てるじゃないですか!」
思わず声を荒らげてしまうが、一番困っているはずの大塩さんは悲しそうに目を伏せた。
「そうなんだけど、私、一刻も早く益戸先輩から開放されたかったんだよね。逮捕まではいかなくても、先輩には警察からの厳重注意と私の家の見回りをしてもらえることになったから。大学の友達が協力してくれて、私がつきまとわれていた事は証明してくれたの」
その時俺は、大塩さんから配信の手伝いの話をされた時のことを思い出していた。
あの時彼女は、俺に向かってこう言ったのだ。
『お願い、一ヶ月でいいの。一ヶ月でいいから、一緒に『おりおり』をやってくれない? 具体的には怪我が治るまでの一ヶ月、週二回の計八回の配信を手伝ってもらいたいの。大学の友達にはVtuberやってることは内緒にしているし、もうこれ以上頼れないし』
……これ以上頼れない、っていうのは、既にストーカーの件で友達を頼っていたからだったのか。
そう思っていると、大塩さんが改めて俺に頭を下げる。
「本当に、黙っていてごめんなさい。警察の人に注意してもらってから先輩から大学で付きまとわれることもなくなったし、家の周りで見かけなくなったから、本当に問題ないと思ってたの。信じてもらえないかもしれないけど、裕夫くんに迷惑をかけるつもりはなかったのよ」
「大丈夫ですよ。その辺りはわかってますから」
大塩さんからしたら、配信に協力してくれるのは念のため男子の方がいい、ぐらいに考えていたのだろう。
……そもそも、住所を調べて押しかけてくるようなヤバいやつ相手に、高校生一人で立ち向かえるわけないからな。
「本当に、ごめんなさい。警察にも脅迫状の件を知らせて、もう一度見回りの強化をしてもらったわ。もちろん、裕夫くんの家の周りもね」
「それで、俺の家の住所を聞いていたんですね」
そう言った後、俺は大塩さんに向かって問いかける。
「すみません、二ついいですか? 一つが質問で、一つがお願いなんですけど」
「何? 答えられるものなら答えるわよ」
「ありがとうございます。では、質問から。脅迫状が届いた時間ですが、俺の方である程度把握できます」
琴奈を家に送っていく時間には、まだ郵便ポストにはあの紙は入っていなかった。
そうなると、益戸が脅迫状をポストに投函した時間は琴奈を家に送って帰ってくるまでの時間という事になる。
「俺に対する脅迫罪って事で、益戸を捕まえられないですか?」
しかしその疑問に、大塩さんは首を横に振る。
「そういう話を私も警察としたんだけど、やっぱり益戸先輩はライブ配信をしてたみたいなの」
「……逆に事件があると配信しているのが怪しく感じてくるんですが」
「でも、やっぱりアリバイはあるから。それに、直接的な被害が出てないと、その……」
「警察も動きづらい、ってことですか」
「うん、ごめんね?」
「いえ、大塩さんが悪いわけじゃないですから」
「それで? 残りのお願いっていうのは、何かな?」
「はい。実は警察に見回りを強化してもらう住所を、もう一つ追加して頂きたいと思いまして」
「いいけど、どうして?」
「……実は、脅迫状が届いた日に琴奈が家に来てたんですよ」
益戸が執着しているのは大塩さんだが、その矛先が俺に向けられ、そしてその行き先がたまたま近くにいた琴奈に向けられないとは断言できない。
俺なんかよりも、国家権力に守ってもらった方が何千倍も安心だ。
「そうなの? わかったわ。後で住所教えてもらえる?」
「わかりました。すぐ送ります」
スマホを操作していると、なんだか微妙な表情になった大塩さんが口を開く。
「……それにしても、随分仲がいいのね、従妹さんと」
「まぁ、兄妹みたいなものですから。大塩さんのところも、直翔くん、でしたっけ? 弟さんとは、そこまで仲悪くはなさそうだと思ったんですけど」
「……どうなんだろう? 私は、そう思ってるんだけど」
そう言った後、大塩さんがまた俺の隣の椅子に戻ってくる。
配信する時と同じ並びだが、彼女の顔はディスプレイではなく俺の方へと向けられていた。
「悩んだんだけど、やっぱり最後にしよう」
大塩さんが何を言っているのか、俺は十二分に理解していた。
でも、俺は気づいていないふりをして口を開く。
「何が、ですか?」
「配信、手伝ってもらうの」
予想通りの回答だったが、予め言われると想定していたので、あまり表情を動かさなくてすんだ。
「理由を、うかがってもいいですか?」
「さっきも私、言ったでしょ? 裕夫くんを、危ないことに巻き込むつもりなんてなかった、て」
「でも、警察の見回りはしてくれるんですよね?」
「……それでも、君は見たんでしょ? 益戸先輩を」
大塩さんは、震えていた。それはストーカーへの恐怖であり、俺を危険な目に合わせてしまったという負い目からだった。
「本当は、今日の配信も止めようかって考えたの。でも、出来なかった。いつも一人でやってた配信が裕夫くんと二人でやるのが新鮮で、コメント欄もいつもと違って、楽しかったから」
「大塩さん……」
……協力を取りやめようとしているのに、その言い方はずるいですよ。
「でも、やっぱり裕夫くんの安全には変えられない。いえ、今日の配信でやっぱり確信した。裕夫くんは、私のわがままなんかで傷ついちゃいけない――」
「でも、続けられなくなっちゃいますよ? Vtuber」
その言葉に、大塩さんは一瞬言葉に詰まる。
そして、無理矢理に、という風に口を開いた。
「い、いざとなれば、家族に協力してもらうから」
「無理でしょ、そんなの」
彼女の言葉を、一刀両断する。刀を返すように、俺は更に言葉を紡いだ。
「両親は、頼れないんですよね? さっき話しに出た直翔くんにも、頼れない」
「……どうして? レジェの動画は中止にして、初めてやるゲームって事にすればプレイ内容が下手でも――」
「それが出来たら、最初から直翔くんに頼ってますよね?」
それが出来なかった理由は、一つしか考えられない。
「直翔くんは、琴奈の一つ上の学年。だから中学三年生で、高校の一般受験を控える彼にはVtuberの手伝いをさせられない。そんな事をしていたら、受験勉強をする時間がなくなってしまうから」
さっき大塩さんは、自分だけが弟との関係をそこまで仲が悪くないと思っている、みたいな事を言っていたが、そんなわけがない。
……これだけ自分の事を気遣ってくれる姉のことを、弟だって悪く思うわけないだろうに。
それに――
「まだ、今日で配信三回目ですよね? 家賃、半分も目標額に届いてないでしょ?」
「でも……」
「これは俺の完全なわがままですけど、大塩さんに辞めてほしくないんですよ、Vtuber」
さっき、俺の求める『何か』は、俺だけが満足できる形ではなく、その何かを届ける相手も満足させられるようなものではなければならないと、そう考えていた。
それなのに、すぐに自分だけが満足できるようなわがままを口にする事に、一抹の抵抗がある。
……でも、それがどうした?
「俺は、『おりおり』が好きなんです」
「ちょ、な、何を言ってるの? 裕夫くん! そ、そんな、急に――」
「急にって、前から言ってるじゃないですか。『おりおり』は俺の推しなんですよ」
「あ、そういう?」
顔を真赤にした大塩さんは、大きく一度瞬いた。
「でも、推しが好きだという気持ちは本当です。俺は、『おりおり』が好きです。自分の動画収入を全部スパチャに投入しちゃうぐらい好きだし、配信で聞いてる時のクールな感じの声もプレイも大好きです」
「あ、ありがとう。な、なんか照れるわね、こういうの」
「でも、『おりおり』のゲーム部分を担当するようになって、大塩さんの事を知って、もっと好きになりました」
あのレストランで、彼女が一人暮らしをしないとVtuberを続けられない理由を聞いた。その上で、見ず知らずの俺を訪ねてくるぐらいVtuberを続けたいと考えている理由も知った。
自分の動画を見てくれる全ての人を楽しませたいと思いながらも、現実的に優先順位をつけながら、それでも自分を応援してくれる人たちから順に幸せにしたいと言った決意に胸を打たれた。
そんな大塩さんが、『おりおり』が――
「ストーカーなんていう、好意の皮を被って暴力を振るってくるようなやつなんかのために遠慮して活動出来なくなるなんて、そっちの方がおかしいだろうが!」
そうだ。
俺はまだ、将来何になるのか、なりたいのかなんて、わかっちゃいない。
でも、誰かを助けたり、楽しんでもらったり、応援してあげたりして、その人が笑顔になってくれるような事がしたいと思っている。
そしてそれが本心であるのならば。
今大塩さんのために、『おりおり』のために声を上げられなくて、どうするというのだ。
「負けないでください、大塩さん。後五回。たった、五回ですよ? 一緒に駆け抜けましょう。やりきりましょう、大塩さん」
「でも、裕夫くんに迷惑が――」
「そんなの、どんどんかけてくださいよ。俺は、大丈夫ですから」
「どう、して?」
僅かに目尻に雫を溜めて、大塩さんが俺の目を見つめてくる。
「どうして、危ないのに、迷惑がかかるのに、私を助けてくれるの?」
「何言ってるんですか。最初に、大塩さんが言ってくれたんですよ?」
「私、が?」
「はい。だって今は、俺と大塩さんの二人が『おりおり』なんですよね? だから、一人で背負い込まないでください。俺たちの『おりおり』は、こんな所じゃ終わりませんから」
「……ごめん、ごめんね? 私の方が、歳上なのに」
そう言った後、大塩さんは頬から雫が流れるを隠すように、顔を俯ける。
「でも、助けて。助けて、裕夫くん……」
「もちろんですよ」
そうだ。今俺は、俺の推しなんだ。
自分の身を守れるのは、自分だけ。
現実のアンチ(ストーカー)から推しを守れるのは、俺だけだ。
◇◇◇◇◇◇
翌日の夜。
動画の配信を予定していないこの日に、俺は自分の部屋でDiscordで大塩さんと通話をしていた。
「あ、音声聞こえました」
『こっちも聞こえたわ』
その声に頷きながら、俺はPCの動画再生アプリを起動させる。
その間に、大塩さんが苦笑いを浮かべた音が聞こえてきた。
『それにしても、よく色々と考えつくわね。裕夫くんが私の家に来ずに配信出来る案なんて』
「大塩さんも言ってましたけど、警察が見回りをしているとはいえ、益戸がその網にかからない可能性もありますから。それで俺が狙われるのは百歩譲るにしても、逆上して大塩さんを襲おうとするのは避けたいですし」
『いや、百歩譲っても裕夫くんも危ない目にあうのは駄目だからね?』
「わかってます。だからストーカーの精神を逆撫でしないように、こうやって互いの家で生配信が出来ないか、その方法を今から検証しようとしているんですから」
益戸が俺を尾行していた事から、やつは今後も大塩さんの家の周りに出現する可能性は高い。
そんな中、俺が大塩さんのマンションに遊びにでも行こうものなら、本気で逆上して刺されかねないだろう。
逆に大塩さんが俺の家に遊びに来ようものなら、放火されても不思議ではない。
……『おりおり』を守ると誓ったけど、そもそも危険な目にあわせないのであれば、それが一番いいからな。
そう思いながら、俺はヘッドホンの位置を直す。
「それじゃあ、まずは一つ目の案を行きますよ」
『わかったわ』
「それじゃあ、動画を共有しますね」
そう言って俺は、先程起動させた動画再生アプリを共有する。
そして、予め俺が録画したレジェの動画を再生した。
最初に試す案。それは、俺が撮り溜めた動画に大塩さんが声を入れていく、というものだ。
……今は画面共有をしているけど、この方法が上手く行けば俺が休日に動画を撮影したものを送っておけば、後は大塩さんだけで配信が出来て楽になるよな。
「どうです? 共有されましたか?」
『ええ、表示されたわ。でも、音が聞こえないかも』
「え、本当ですか?」
少し設定をいじっていると、大塩さんの声が聞こえてくる。
『あ、聞こえるようになったわ』
「それでは、実況をお願いします。あ、流す感じで、適当でいいですからね」
『……ごめん、流石にゲームセレクトまで戻してもらっていい?』
「あ、すみません。これでどうです?」
『うん、いいと思う。それじゃあ、始めるわね』
録画した映像に、レジェの画面が表示される。
それを確認して、大塩さんは話し始めた。
『さぁ、今日もレジェのバトルロワイヤルのランダムマッチをプレイしていくわよ。視聴者の方とマッチしたら、その時はよろしくね』
いつも通りの口上で、ゲームが開始される。
二人の仲間とマッチし、キャラクターを選択。そして、フィールドへと降り立った。
大塩さんがコメントするキャラクターにはアカウント名は表示されておらず、仲間のアカウント名は表示されていた。
『さて、前みたいにぼむあげみたいな事にならないといいんだけど』
もはや自分で自分の発言をいじりつつ、キャラクターがフィルドに到着。すぐに建物の中に入り、アイテムを回収してく。
『まずはシールドにヘルメットとバッグがあるのはいいけど、銃はハンドガンしかないのね。救急キットに手榴弾、テルミットはあるのね。まぁ爆弾系しかないよりはマシね』
アイテムを拾い集めたタイミングで、インターバルが終了する。
大塩さんが声を当てるキャラクターが、敵チームに向かって走り始めた。
遮蔽物を使わない動きに一瞬コメントが止まるが、すぐに声がヘッドホンから聞こえてくる。
『もうほぼぼむあげみたいなものだもの。ここは銃を撃ちなが、らじゃなくて手榴弾ね。でもこの距離じゃ届かな、え、手榴弾でもなくってテルミット? 嘘、操作ミス? ああ、やっぱりそれじゃ手前に落ちるわよね。ちょ、撃たれてるから早く隠れて隠れて! って、何でそこでハンドガン撃ち始めるのよ! おかしいでしょ!』
そう言っている間に、キャラクターが死亡したことが画面上に表示された。
ヘッドホン越しに、大塩さんがブチギレる気配がする。
『ちょっと、裕夫くん! 何なの? 今のプレイは。今までと全然違うじゃないのよ!』
「まぁまぁ。もし動画を使って配信するんなら、事前に動画の内容を知ってから喋れるんですから。それとも一度全部見て、台本作ってから喋りますか?」
むしろ俺としては、この事前に撮った動画を大塩さんに見せるのが目的なので、こちらとしてはそちらの方が都合が良かった。
しかし、俺の想いに反して彼女は違う答えを口にする。
『……なんか、それだとライブ感が出ないからやめておく』
「わかりました」
……まぁ、それでも問題ないか。あくまでこれは、保険みたいなものだからな。
そう思っている間に、動画は別の場面に切り替わっている。
「それじゃあ、次のマッチが完了して、キャラクターを選び終わったぐらいで、またコメントお願いします」
『わかったわ』
その直後、動画でマッチが完了する。そして、キャラクターの選択が終わった。
『さぁ、さっきは引きも良くなかったし、次はもう少しいい装備を狙いに行こうかしら』
その言葉に導かれるように、キャラクターはフィールドへ降下していく。
『さっきは建物の近くに降りたし、今回は、今回も建物の方にしようかしら? でも、そこから外れて強いアイテムを狙ったほうが、って、嘘でしょ? 丁度中間に落ちたじゃない!』
その言葉通りの光景が、動画に表示されていた。
アイテムを入手できるエリアとエリアの間に落ちたため、装備を整えるためにかなりの時間を要する。
大塩さんの、歯噛みするような音が聞こえてきた。
『ちょ、っと、どころじゃないぐらいミスしたわね。らしくない。らしくないけど、とりあえずサブマシンガンを、って、もうインターバル終わり? 弾がないじゃないの! 銃だけあってもこれじゃ、だから遮蔽物入りなさいよ、ねぇ! ああ、ほら、もうっ!』
自暴自棄になったような大塩さんの声が、俺の鼓膜に突き刺さる。
『ちょっと、裕夫くん止めて!』
「え? 全部観ずに止めるんですか?」
『そうよ! だってこの動画、どう考えても裕夫くんのプレイ動画じゃないでしょ? 動きが初心者すぎるし、琴奈ちゃんとかにやらせたんじゃないの?』
「凄い、大塩さん! 良くわかりましたね」
『良くわかりましたね、じゃないわよ!』
怒声を聞きながら、俺はヘッドホンのボリュームを小さくした。
『ねぇ? 君、昨日言ったわよね? 私を助けてくれる、って。迷惑かけてもいいって。それで私、涙まで流して助けてって頼んだのに、その仕打ちがこれなの?』
「……いや、適当に流す感じでいい、って言ったじゃないですか。この案を採用するなら事前に動画の内容を知れるんですから」
そもそも、昨日の今日で実況用のサンプル動画の撮影まで出来るわけがない。
昨日は大塩さんの家から自宅に帰ってきて、互いの家で生配信が出来る案出しとそのやり方の調査をして寝落ちした。
今日は学校に行って、帰ってきたら琴音に怪しまれないようにゲームの相手をしていた。
そんな俺が、自分でプレイした動画を撮る暇があるわけない。
だからやむを得ず琴音にレジェを教えている間に動画を撮影し、サンプルとして使っていたわけなのだが――
『……そういう事情はわかってるけど、でもそれなら琴音ちゃんのゲームの練習に付き合わなければ裕夫くんが動画を撮影出来る時間があったんじゃないかしら?』
「無茶言わないでくださいよ。それも言ったじゃないですか。俺、あいつに不審がられてるんですよ」
どういう嗅覚をしているのか、俺が最近忙しいこと、ヒーローチャンネルを更新していないこと、そして『おりおり』の生配信に、それに俺がスパチャを投げていないことから、それら一つを紐付けようとしている。
……これであいつにまた不信感を与えると、本当に俺が『おりおり』のゲームのプレイを担当していることに気づきかねないからな。
「配信の準備も大切ですけど、俺と大塩さんの関係が知られるのが一番マズいでしょ?」
『それは、そうだけど……』
ヘッドホンから、すねたような声が聞こえてくる。
『私のこと、推してくれるって言ったのに……』
「推してますよ? だから今月の試験の勉強せずにこっち優先してるんじゃないですか」
『それは、本当にありがとうございます!』
「はい、それではおわかり頂けた所で、動画の再生を再開――」
『いや、ちょっと待ってもらえないかな? 裕夫くん』
大塩さんに静止され、俺はマウスを動かす手を止める。
「どうしたんですか? 大塩さん。まだ何か気になることでも?」
『あの、本当に色々考えてもらっている所悪いんだけど、琴奈ちゃんのプレイ動画観ながらの実況は、ここでもうやめたいな、って思ってるんだけど』
「え、どうしてですか?」
『その、あまりにも裕夫くんのプレイ内容とかけ離れすぎてて、その、本番の方で上手く喋れなくなっちゃいそうで』
「……なるほど。そういうことなら、仕方がないですね」
元々琴奈のプレイ動画を大塩さんに観てもらうのは、保険のようなものだった。
それで本来やるべき配信に影響が出てしまうというのであれば、それはやらない方がいい。
安堵したような声が聞こえてくる。
『ありがとう、裕夫くん』
「いえ、俺としても正直に思っていることを言ってもらえて助かりました。大塩さんに、無理させるわけにはいきませんから」
『裕夫くん……』
感極まったように、更に大塩さんは言葉を紡いでいく。
『ちなみに、実際にやってみて裕夫くんはどうだった? この撮り溜めた動画に私が声を当てていく案は』
「正直、全然駄目ですね」
『……おい』
「いや、逆に大塩さんは上手くいくと思いますか? この案」
そう言うと、一瞬詰まった後に彼女は答える。
『全然駄目、っていう程ではないかな? 裕夫くんのプレイ動画なら、今までの配信と変わらずに実況できると思うし。逆に、裕夫くんはどの辺りが全然駄目だと思ったの?』
「プレイヤーの名前が出てしまう所ですね」
『どうしてそれが駄目なの? 消そうと思えば、消せるじゃない』
「それは、自分のキャラクターだけですよね? 一緒にマッチしたプレイヤーの名前は、こちら側で消すことが出来ませんから」
そう言うが、しかしヘッドホンからは、疑問の声が聞こえてくる。
『ごめん。もう少し説明してもらってもいいかな? プレイヤーはランダムマッチングなんだから、同じプレイヤーと当たることなんてほとんどないと思うけど』
「……もし『おりおり』のリスナーとマッチングしても、そういい切れますか?」
『あっ!』
そう。ランダムマッチでは、偶に他のゲーム実況配信者とマッチして対戦することもある。
ならば、動画の視聴者とだって、同じ様にマッチングする可能性があるのだ。
「動画の撮影時には、問題になりません。でも、その撮影した動画を今プレイしているかのように放送するのは、問題があります」
『事前に撮影した映像に視聴者さんとマッチングしていたら、その視聴者さんにはそれが生配信ではなく録画したものだってバレちゃうのね』
その言葉に、俺は大きく頷いた。
「そうです。生配信を観に来ているのに、過去の自分が映っている。これは可能性が低いとは言え、無視できない矛盾です。最悪、今までの生配信だって撮影だった、ヤラセだったと言われて炎上する可能性すらある」
『そんな……』
「……すみません。俺もさっき気づいたんです。これは、致命的ですね」
『そうだね。この案は、ボツかなぁ』
そう言った後、大塩さんは気を取り直すように言葉を紡ぐ。
『でも、大丈夫! 裕夫くんが考えてくれた、もう一つの案もあるからね』
「どちらかというと、こちらは今まで俺が大塩さんの家にお邪魔していたやり方の延長線にあるものなので、代わり映えしないかもしれませんが」
そう言って俺は、画面共有を止める。
そして動画再生アプリを落として、代わりに別のアプリを起動した。
そのアプリは、レジェだ。
ログインをしている間に、俺はそれを再度画面共有した。
もう一つ用意した、互いの家で生配信を行う案。
それは単純に、俺が自分の家でプレイしている内容を、大塩さんの家のPCにリアルタイムで共有する、というものだった。
普通にこれでいけそうだが、生配信をして、ネット経由で俺のプレイをリアルタイム受信し、Vtuberのアカウントも動かしたりするので、大塩さんのPCにかなり負荷がかかる。
「どうでしょう? 映ってますか?」
『うん、観えてる観えてる。音も聞こえるかな』
「わかりました。それじゃあ、共有した画面に『おりおり』が出せるか試してもらってもいいですか?」
『ちょっと待ってね』
そう言って大塩さんが、キーボードを操作する音が聞こえてくる。
……スペック的に対応出来なかったら、もう打つ手がないぞ。
カタカタというその音が止まり、ヘッドホンから彼女の声が聞こえてきた。
『うん、大丈夫。なんとかいけそう』
「よかったぁ」
安堵の溜息を零すが、本番はこれからだ。
「それじゃあ次に、実際にプレイして動画にラグがないかも確認していきましょうか」
『うん、よろしくお願いね』
俺はいつもの配信と同じく、ランダムマッチのバトルロワイヤルでゲームを開始する。
選択したキャラクターが二人の仲間と共にフィールドへ降下するのを見ながら、俺は口を開いた。
「映像はどんな感じですか?」
『問題なく映ってるわ』
「それじゃあ、軽く実況しながら一戦流してみますか」
『そうね。それじゃあ、降下した所から始めるわね』
俺が降り立った場所は、建物の近くだった。
アイテムを回収するためにキャラクターが動き出したのに合わせて、大塩さんの実況がスタートする。
『それじゃあ、いつも通りアイテムの回収をしていくわ。救急キットにシールド、サブマシンガンと弾丸が入手出来たのは幸先がいいわね』
「びくちょりが近い?」
『……そういう事言わなくていいわよ、裕夫くん』
「いや、コメント欄で書かれそうじゃないですか」
『なるほど。それじゃあ、裕夫くんはコメント欄役ね』
大塩さんが苦笑いをしている間に、インターバルが終了する。
俺は銃に弾丸を込めながら、仲間と共に移動を開始した。
『挟撃されない位置に陣取れたのはラッキーね。このまま相手を迎え撃つわ』
敵チームに弾丸を叩き込みながら、俺は口を開く。
「ぼむあげまだ?」
『手榴弾持ってないからおあずけよ』
「相手チームそろそろ一人落とせそう」
『でも仲間と一緒に遮蔽物に隠れたから回復されそうね』
「追撃する?」
『そうしたい所だけど、相手チームの一人がスナイパーライフルを持ってたわね』
「深追いは禁物?」
『でも欲しいわね、スナイパーライフル』
「それじゃあ迂回しながら迎撃かな」
『仲間と一緒の方がいいけど、あ、もう一チーム来ちゃたわ』
「ここは下がる一択、うお、ダメージ? どこから狙われた?」
『後から着たチームもスナイパーライフル持ちがいるみたいね』
「ネタじゃなくてテルミットが欲しいな」
『炎で視界を見えづらくさせれるからね。でもないものねだりをしたってぼむあげ出来ないわよ』
「ぼむあげぼむあげ」
『さ、とりあえず相手の二チームに挟まれない位置に移動しましょう。回復終わったら、遮蔽物から出て建物の中に逃げ込むわ』
「お、上手く仲間も連携してくれた」
『援護射撃してくれるのは嬉しいわね。ここから私も敵を狙って、とりあえず最初にぶつかったチームの一人は落とせたわね』
「味方結構ダメージ受けてない?」
『助けに行きたいけど、今はちょっと距離が遠いわ』
「冷酷なおりおり」
『今は、って言ったでしょ? 私が助けに行って二人まとめて落ちた方がチームに迷惑よ』
「あ、仲間一人落ちた」
『二人になったけど、まだ戦えるわ。後から着たチームは、いいわね。スナイパーライフル持ちが別チームから狙われて落ちたわ』
「相手の後ろを取りたいね」
『リロード終わったら走るわよ』
そんな感じで、リモートの配信用のテストを進めていった。
結果はいい所まで行けたが、二人で勝ち抜くのは厳しくて、最後から三番目に生き残ったチームとなった。
……まぁ、そこまで悪くない立ち回りだったかな。
そう思いながら、俺は口を開く。
「結局実況が途切れず聞こえたってことは、大塩さんの方でもラグとかは特になく、こっちの映像が共有できてたって感じですかね?」
『ええ、そうね。次回の配信もこんな感じで進めていけば問題ないと思うわ』
「それは何よりです」
言いながら、俺は体を伸ばすために腕を上げる。
配信のためのテストプレイだったが、俺がコメント欄役をしたため、なんだか途中から二人で一緒にFPSをしているような気分になっていた。
そう思っていたのはどうやら俺だけではなかったらしく、大塩さんの笑い声が聞こえてくる。
『なんか、裕夫くんと一緒にゲームしてるみたいだったわね』
「実は俺もそう思ってました」
『……なんだか、不思議ね。最初は違和感あったんだけど、途中から全然気にならなくなっちゃった』
「違和感、ですか?」
この方法での生配信に影響が出てはマズいと思い、俺はそこをもう少し深掘りする。
「具体的には、どんな所に違和感がありましたか?」
『そうね。感覚的なことなんだけど、寂しい、っていうのかな?』
「寂しい、ですか?」
『そう。最近は、ゲームをする時はいつも裕夫くんと一緒だったでしょ?』
「今も一緒にゲームしてませんか?」
『でも、君は今私の隣にいないじゃない。だから、部屋で一人実況するのが変な感じだったの』
「なるほど、そういう違和感ですか」
『うん。でも裕夫くんのプレイを観てたら、どんどんそんなの気にならなくなっていったの。最初に琴奈ちゃんの動画を観ていたからかもしれないけれど、なんか、こう、安心する、っていうか、わかるわかる、そうだよね、っていう動きが多くって』
「元々、似たようなプレイスタイルですからね、俺たち」
『そうだね。でも、それ以上に、私がわかってきたんだと思う。裕夫くんの事。次にどうキャラクターを動かすのか、とか、どういう立ち回りをしようとしているのか、とか。そういう、今裕夫くんが考えてることが、わかるようになってきたの』
そう言ってから、ふふふっ、と大塩さんは笑った。
『なんか、いいね、こういうの。わかる、知ってる、っていう感覚』
「息ぴったりの連携みたいなのは、一緒にやってないと中々出来ませんから」
『私たちの場合、実況とゲームの連携?』
「そうですね。でも、大塩さんと一緒にゲームやったら、かなり上手く連携できそうですけどね」
『あ、いいね。私の怪我が治ったら、今度一緒にゲームしよ。でも、そっか』
ヘッドホンから、椅子が少し軋む音が聞こえてくる。
『友達と一緒にゲームする感覚っていうか、ゲームしている様子を観るのって、こういう感じだったよね』
「配信で他の人がプレイしているのを観るのも、そんな感じですよ」
『……そっか。私の配信を観てくれる人も、そんな感じで観てくれているのかな?』
「そうだと思いますよ。流石にコメント書き込むまで時間差はあるでしょうけど」
『そうだといいなぁ。こんな、ゆったりというか、だらっとというか、リラックスして皆が動画を楽しんでくれたら、最高だなぁ』
「大丈夫です。絶対楽しんでくれてますって」
『ほんとぉ?』
大塩さんが、こちらをからかうように言葉を紡ぐ。
『裕夫くん、『おりおり』を推してくれてるから、私を甘やかすからなぁ。本当に大丈夫かなぁ?』
「え、甘やかしてますか? 俺」
『甘やかしてるよ。そうじゃなきゃ、おりおりチャンネルのショート動画まで作ったりしないでしょ?』
「うっ、あ、あれは、勝手にやっちゃってすみません……」
ショート動画を押し付け的に作っている自覚がある分、その話題を大塩さんに振られて俺は内心冷や汗をかく。
やはり善意の押し売りだったか、と身構えるが、どうやらそういうことではないらしい。
『うふふっ、大丈夫。怒ってるわけじゃないから。むしろ、結構好評なんだよね。あれ』
「そう、ですか。それは、よかった、です」
そう言いながら、俺の頭は混乱していた。
怒っていないのであれば、大塩さんがこの話題を振ってきた理由がわからない。
何も言えないでいる俺を置き去りに、彼女は更に言葉を紡いでいく。
『うん、よかったの。でも、どうしてくれるの? 裕夫くん』
「どう、どうして、とは?」
『私、あんな風に出来ないよ? 動画の編集とか。チャンネルの登録者さんから作ってって言われたら、困っちゃうよ』
「それなら、教えるから大丈夫ですよ。大塩さんなら、すぐに――」
『んー、そうじゃないんだよなぁ』
……な、なんなんだ、本当に。
あくまで俺が推し(『おりおり』)になるのは、一ヶ月という限定的なものだ。
それを勘違いしてこれ以上大塩さんに強引に接して、推しとの思いでを黒歴史にしてしまわないよう線引をしようと思っていたのに。
だがそんな配慮も虚しく、先程とは一転して大塩さんの声色が僅かに不機嫌なものに変わっている。
『裕夫くん。ひょっとして君は、いつもそんな感じなのかな?』
「い、いつも、とは?」
『琴奈ちゃんとか、クラスの女の子とか』
……何故、女子限定?
わからないことだらけだが、とにかく正直に答える以外に俺が選べる選択肢はない。
「多分、そうだと思いますけど。人によって、変に差別とかはしてないつもりですし」
『……そっか。それじゃあ、琴奈ちゃんは、そうだろうなぁ』
「な、何なんですか? 本当に」
よくわからないが、よくわからないなりが故に変な居心地の悪さを感じて、俺は強引に話題を変えようと口を開く。
「と、とにかく、俺が大塩さんの家に行かなくても配信出来る目処が立ったんだから、ひとまずそれでいいじゃないですか」
『それは、そうなんだけどさ』
つぶやくように、大塩さんは続ける。
『やっぱり、寂しいかな。裕夫くんがいない配信』
「……大丈夫ですよ」
『え?』
「離れていても、俺と大塩さんの二人が『おりおり』なんですから」
『……そっか。そうだよね』
よし、と言って、大塩さんが頷く気配がした。
『それじゃあ、四回目の配信も頑張ろうね』
「はい。最後までやりきりましょう」
そこで、その日は通話を終了した。
そして時間が経過し、初の試みとなるリモートでの四回目の配信も終わり、五回目、六回目の配信も、多少のトラブルはあったものの、なんとか乗り越えることが出来た。
そう、なんとかなったのだ。
六回目までは。