ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~   作:メグリくくる

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○序章

 

 轟、と言う音がして、煌々とした炎が上空に向かって逆巻いた。

 もう数えるのも馬鹿らしい程聞いている爆発音だが、頬を焼く暑さはどうにも慣れることはない。

 あまりの暑さで、頭がくらくらして、視界も悪かった。

 ……ああ、くそっ。なんで俺は、こんなクソみたいな目に遭ってるんだろうな。

 そう思った瞬間、俺の手元から声がする。

『後悔先に立たずですよ? 既に賽は投げられています。であれば、最善を尽くす事に全力を注ぐ方が建設的だと私は思いますが』

「勝手に人の心を読むな」

『勝手にと言われましても。パワードスーツを経由して、バイタルデータが私に送られてきているのです。過去の統計データから鑑みるに、貴方が何を考えているのかは一目瞭然というものです』

「……本当に、よく喋るサムライブレイドだよ、タヅ」

『それだけ私が優秀なAIを搭載しているという事ですよ、ジブ』

 馬鹿話をしたおかげか、体力は少し回復してくれたようだ。

 俺は手にしたサムライブレイドを杖代わりに、どうにか身体を起き上がらせることに成功する。

 顔を上げたそこには、こちらよりも二回り程大きい敵が、悠然と俺を睥睨していた。

 ……全く、本当に俺は、何でこんな目に遭ってるんだろうな。

 再びそう思うものの、タヅの言った通り、既に賽は投げられている。

 だったら悔やむ前に、このゴミクズみたいな状況を、少しはマシにするために足掻くべきだろう。

 そう思い、柄を改めて握り直す。

 その感触を確かめながら、俺はどんな経緯でこんな目に遭っているのか、経緯を思い出すことにした。

 

 だが何も、あの日だけ俺は特別な事をしていたわけではない。

 そう、あの日、俺はいつもの様に、キンシチョー・シティの『掃除屋ギルド(ガベージコレクション)』で、依頼を受けたのだ。

 

 しかし唯一、他の日と違っていたのは。

 その依頼を片付けた帰り道に。

 とある少女と、出会ったのだった。

 

 ◇◇◇ ジブ ◇◇◇

 

 黄昏時も過ぎて、もう夜の帳が下りようとしている。

 太陽の光が徐々になくなっていくと、この街に浮かび上がってくるのは冷たい闇だ。

 太陽の残滓として夜空から月明かりが降ってくるが、それと星の明かりを合わせたとしても、とてもこのキンシチョー・シティ全てを照らすには物足りない。

 夜になったこの街に佇むのは、明かりどころか人の気配も感じない、死んだような雑居ビルばかりだ。

 そんな墓標のようなビルとビルの間を、俺は愛車の電動バイク『テイレシアス79』のヘッドライトを付けて、駆け抜けていく。

 こんな死んだような街ではあるが、人々は身を寄せ合うようにして生きていた。

 その居住区画に近づいてきたからか、徐々にネオンの明かりが見え始める。

 ナノマシンによる完全衛生を謳った化合物の飲食店に、味覚器官までサイボーグ化した人向けに好きな味付けを脳内で楽しめる味覚プラグの専門店。その隣ではサイボーグ手術を格安で請け負う広告が流れており、それと対抗するように人体を活かしたまま出力を極限まで向上させたと謳うパワードスーツの専門店も並んでいる。

 繁華街を通っていると、耳元に付けたカメラのレンズが伸縮する音が聞こえてきた。

 レザージャケットの下に着込んだパワードスーツから伸びたそれを動かしながら、俺に話しかける女性の声がする。

『ジブ。三つ前の通りにエネルギー炉を格安で販売している看板が出ています。バイクと貴方のパワードスーツ、そして私用に買い足しておいた方がいいです』

「了解だ、タヅ。ただし、先にギルドに寄ってからにさせてくれ。報酬を受け取ってからじゃないと、今は元手がない」

 タヅからの溜息が聞こえてくるが、ないものはないのだから仕方がない。

 俺はそのままバイクを走らせて目的地である、『掃除屋ギルド』へと向かっていく。

 ギルドは、かつて駅前の公園だった場所に設立されていた。

 グラウンドだったであろう場所に、俺は砂利を撒き散らしながら『テイレシアス79』を止める。電動車や他のバイクも停めてあるが、多少小石がぶつかって傷がついたぐらいじゃ、ここの連中は何も文句は言うまい。

 俺はバイクを降りて、ギルドの中へと入っていく。建物は元々体育館だったものを無理やり改修して使いまわしているので、汚れが酷いだけでなく建物としても老朽化が酷い。

 立て付けが悪すぎて、自動ドアではなくもはや手動で開ける必要がる扉をくぐっると、俺の鼓膜に凄まじい喧騒が叩いてきた。

「おい、その依頼は俺達が先に見つけたもんだろうが!」

「この依頼の報酬がこれっぽっち? 相手は元々の依頼より五人も多かったんだぜ? そこは報酬の上乗せを考えてくれよ」

「この前ここで取引した防御壁(アンチウイルス)だが、とんだ代物だったぜ。バグだらけで、こっちの脳みそがヤラれちまう所だったよ」

「パーティーを組んで依頼を受けいた。だから分前は分散される。それはいい。だが、どうして均等に三等分じゃなく、俺だけ四分の一なんだ? くだらねぇ言い訳しやがったら、そのこめかみに弾丸をぶち込むぞ? もちろん極悪のウィルス入りでな」

 今日も今日とて、掃除屋ギルドは騒がしい。

 強引な報酬の上乗せ交渉に、取引した物品についてのクレーム。更には報酬のネコババと、ここで交わされる会話は全て、もれなくゴミクズの山(ガベージヒル)だ。

 だがそんなゴミの中にいる俺も、もれなくそのゴミであり塵芥の一欠片である事には変わらない。

 更に救えないのが、そんなゴミクズどもであったとしても、この時代では『清掃員(クリーナー)』と呼ばれ、こんなクソったれな世界では誰かにとって必要とされている存在だということだ。

 そんなゴミクズどもの間を、俺は腰に下げたサムライブレイド、いわゆる日本刀の見た目をした近接格闘用デバイスの位置を直しながら歩いていく。

 黒いレザージャケットが何度も翻らないうちに、俺はギルドの窓口に到着した。

「今朝方受けた依頼を達成したから、報酬を受け取りたい。こいつが証拠の、討伐対象の識別番号(シリアルコード)だ」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 女性型のアンドロイドがそう言って、担当者を呼ぶために席を立つ。ゴミクズみたいな奴らが多いので、窓口業務を人間がやると余程精神がタフでないと精神が止む。窓口対応の一次切り分けはこの時代、もはや人間のやる業務ではない。

 そのアンドロイドが報酬を持ってくるのを待っている間、聞こえてくるのはそういったゴミクズみたいな連中の、ゴミクズみたいな会話だった。

「おい、あいつ、今窓口に識別番号を五つも出したぞ」

「ってことは、五人掃除した、ってことか」

「でも、どうして一人なんだ? 報酬をネコババされないようにするために、換金は絶対にパーティーで行うのが定石だろ」

「いや、待て。腰に下げてるのは、サムライブレイドじゃないか?」

「ソロで依頼を受ける漆黒の刀持ちって、それじゃあ、あいつが噂の『死にたがりのジブ』なのか?」

「待たせたな、ジブ」

 そう言って受付に現れたのは、筋骨隆々の大柄な男だった。笑った口から覗く歯はインプラントではない。つまりは、人間だ。

 その男を見て、俺は思わず溜息を吐く。

「ヴァン。どうしてお前は、いつも上半身裸なんだ? しかもお前、身体はサイボーグ化せずに生身だろ? パワードスーツも着ずに素肌を晒すとか、死にたいのか?」

「馬鹿、いつも同じことを言わせるなよ。俺が生身を貫いているのは、こんな時代に虐げられている人達の気持ちに寄り添えるようにするためだ」

 そう言って、ヴァンは豪快に笑う。刈り上げた白髪から鑑みるに、そろそろいい年齢なはずなのだが、その笑顔は覇気に満ちていた。

 それとは対象的に、俺は溜息をもう一度吐く。

「こんな時代、ねぇ? IT産業の発達と更なる革新を遂げた結果、物理至上主義に逆戻りしたこのクソみたいな時代で、よくそんなに笑っていられるな」

 そう言いながら、俺はギルドの窓へと目を向ける。

 そこにはかつて、電波塔としての役割を果たしていたらしい、なんとかツリーの残骸が見えていた。

 もう何百年も前にその役割を終えた巨大な塔は半ば崩れ落ちており、まるで今のこの世界を象徴しているかのようだ。

『なんですか? ジブ。過去の昔話でもしましょうか? ローカルに蓄積されているデータベースからの情報ですが、それなりに正確な内容を話せると思いますが』

「お、タヅちゃん。元気にやっているか?」

『おかげさまで、ヴァン。もう少し依頼の報酬が高ければ、より健康的に生活出来る余裕が生まれるのですが』

「AIのお前が、栄養を語るな」

『私ではなく、貴方の話をしているのですよ、ジブ。現在着用しているパワードスーツに接続されているのでバイタルデータを確認出来るのですが、貴方は――』

「よし、わかった。聞かせてくれよ。その、昔話ってやつをさ」

 どこかの誰かさんみたいに小言が始まりそうだったので、俺はタヅの言葉を遮った。

 そのタヅは一瞬、むっ、と不服そうにしたが、結局俺の言葉を聞き入れてくれる。

 こういう所もあいつに似ていて、体の何処かが一瞬痛みを発したが、俺はすぐに話し始めたタヅの言葉に耳を傾けた。

『先ほどジブが言った通り、かつて人類はITの進化を、猛スピードで実現しました。その結果ネットワークの通信速度は急上昇し、それに耐えうるハードウェアの開発も進み、そのハードウェアを十二分に扱えるソフトウェアも構築されていったのです』

「だが、それは何もいい事ばっかりじゃなかった。何せ犯罪はいつの世もなくならないからな。技術が発達した分、サイバー犯罪も急増し、そして進化していったんだ」

 興が乗ったのか、ヴァンもタヅの言葉に同調する。

 俺は無駄にエネルギーを消費しないようにするため、黙って彼らの言葉を聞いていた。

『以前から続いていたシステムの乗っ取りも、年々増加の規模をたどりました。すぐに対応できる企業もありましたが、資金も人材も十分ではない企業も多く、対策は後手に。それでも遠隔地からの攻撃に対して生体認証や振る舞い検知を導入し、本来システムにアクセス可能な人物だけの通信を許可するよう対策を実施。どの企業や国もセキュリティ強化・対策は一定の水準にまで引き上げられました。しかし――』

「犯罪者側はAIによる攻撃の効率化と自動化を進め、更にはヒトゲノムや脳のメカニズムの解明が進んだ。つまり、『本来システムにアクセス可能な人物』を、犯罪者側が簡単に偽造出来るようになっちまったんだな」

『結論として、技術革新が進んだ結果、サイバー犯罪も遠隔地からであっても完全に他人になりすませる状況にまで進化したのです』

 それはつまり、遠隔地からの認証による信頼の失墜を意味する。

 もっと端的に言えば――

 

『ネットワークを介して行われた操作、やり取りされる情報、それら全てがゴミクズの山(ガベージヒル)となったのです』

 

 タヅの言葉を聞きながら、俺は再びなんとかツリーへと目を向ける。

 先ほど俺は、あれがその役割を終えて朽ちており、この世界を象徴していると考えたが、あれは比喩ではない。

 通信、無線、電波、電話、つまりは何かを伝えるものは全てネットワークへと繋がる。

 そのネットワークがゴミクズと化しているのであれば、そのネットワークへ何かを伝えようとする存在、例えば電波塔なんかは、存在意義を完全に失うのだ。

 そう、この時代、ネットワークの信頼度がゴミクズと化した結果。

 ネットワークを介してデータのやり取りをする行為自体が存在しなくなったのだ。

「だが、それだと困るのは、実際に生きている人間だ。今の今まで色んな情報をクラウドやなんやら、ネットワークを介して外部に預けてたわけだからな。もちろん外部に預けているのは、写真や映像だけじゃない。ネットバンキングやATM経由で銀行のシステムにアクセスするように、自分の資産だって情報、つまりはデータとしてネットワークを介してやり取りしてたんだからよ」

『そんな時代があったらしいですが、今聞くととても正気の沙汰ではありませんね、ヴァン。ネットワーク上に存在するものは、個人情報だけでなく、金融資産も好きなだけ奪取でき、更に書き換え可能なわけですから。全ての情報はダミー(嘘)かもしれず、ネットワークに繋いだ瞬間自分自身が乗っ取られる可能性もある。誰もが誰にでも成り代われる時代、つまり、誰もが誰でもない時代、アイデンティティを喪失した時代があったわけです』

「だから、人間はネットワークを捨てた。結果かつて人間がアクセスしていたネットワーク上に残っているのは、大昔にウィザード級と呼ばれるハッカーが残したと言われる完全自己学習を行う高精度のAIが搭載されたウィルスだけだ」

『しかも自己増殖もするので、彼らは互いを喰らい合いながら、今も進化(学習)を続け、そして数を増やしているのでしょう。間違っても、私をそんな所に繋がないでくださいね? ジブ』

「誰がするか。というか、お前を繋げば俺もヤバいだろ」

『私達は、一蓮托生ですもんね』

「稼ぎが少なくなるから困るって話をしてるんだが?」

『言葉が違うだけで、同じ意味なのではないでしょうか?』

「お前ら、本当に仲いいな」

 そう言ってヴァンは、豪快に笑う。

「さっきの話にもあった通りだ。ネットワークの信頼は瓦解し、自分の資産も任せられないのがこの時代だ。当然、もはや化石扱いのSNSなんかのコミュニケーションも遥か昔に死んでいる。そういう時代で、信頼できる相手というのは貴重だぞ」

 その言葉に、俺は思わず肩を竦める。

「ネットワークが腐っても、人間は社会的動物だからな。物理的な繋がりは必ず生まれる。だからこそ自分の大切なモノは、個々人が物理的に保護する必要があるんだが」

『かつて科学技術の進化に起こった、方向性の転換ですね。他者との情報共有(オープンコミュニケーション)ではなく、個々人を物理的に守る方向(クローズドプロテクト)への』

 タヅの言葉に、ヴァンが頷く。

「その結果大幅に進んだのは、人体のサイボーグ化や身にまとうパワードスーツなんかの個人を強化するための研究開発だ。そいつもあまりに色んな所が独自規格で乱立させたが、結局現在ではデファクトスタンダードとして『アムリタ』というプロトコルが使われている」

『AIである私も、その規格に準拠しています。他の細々としたプロトコルとの相互互換性もありますし、殆どの機械もこのプロトコルを採用しています。互換性が高すぎて、ネットワークにも規格上接続可能です。絶対に繋ぎたくないので、接続検証はしたことはありませんが』

「まぁ、その互換性の高さ故に、サムライブレイドのお前と俺のパワードスーツを接続したら、こっちのバイタルデータが筒抜けになるわけなんだが」

『物理的に繋がっているのですから、当然です』

「まぁ、その『アムリタ』があるからこそ、今の時代で機械を動かすためのエネルギー源である超汎用バッテリー、エネルギー炉も気にせず使える」

『ヴァンの言う通り、規格の統一や汎用性というのは非情に重要です。では、そろそろ昔話も一段落したようなので、話の結びといたしましょう』

 そう言って、更にタヅは言葉を重ねる。

『結論として、かつて大昔に人々が夢見た、ネットワークを介した生活の利便性を持つ美しい社会の実現は不可能となりました。そしてそんなSFの様な世界がやってくる代わりに、個々人の物理セキュリティだけを急激に成長させ、コミュニケーションはネットワークが存在する前の時代並みになるという、ある種超至近距離、物理至上主義とも言える時代に今はなっていると、そう言えるかと思います』

「だから、金のやり取りもデータじゃなくて物理的なやり取りに戻った。ノンキャッシュレスってわけだな」

 そう言って俺は、ヴァンに向かって手を差し出す。

「だいぶベラベラと喋ったんだ。報酬の準備はもうできているんだろ?」

『私に昔話を要求したのはジブの方では?』

「お前はどっちの味方なんだ?」

『私は私の生みの親に与えられた思考ロジックに従っているだけです』

「……あまり口うるさく言うと、エネルギー炉がなくなっても交換しねぇぞ」

『試してみますか? その前に私がジブのパワードスーツの全権を掌握する方が早いと思いますが』

「報酬は渡すから、痴話喧嘩は他所でやってくれよ」

 そう言いてヴァンは、俺の手に報酬を渡す。

 渡されたのは、何本かの手のひらぐらいの大きさの延べ棒だった。国ではなくギルドが価値を保証している通貨ではあるが、これでものが買えるのであれば金であることには違いない。

 それらを持って遊ぶように、本数を数える。

 ……銀(シルバー)が二本に、銅(ブロンズ)が五本か。タヅが言っていたエネルギー炉を買うなら、こいつで十分かな。

「そう言えば、ジブはまだ誰とも組む気はないのか?」

 その言葉に、俺は延べ棒を握りしめた。

「タヅがいるだろ?」

「そういう事を言っているんじゃない。清掃員としての仕事の話をしているんだ」

 ヴァンは僅かに眉を立てる。

「さっき話した通り、この世界は物理至上主義になって、自分の身は自分で守らなくてはならなくなった。政府も対応は進めてはいるが、物理的な制約がある以上、全ての地域の人々は守れない。無線で(ネットワークを介して)ドローンも飛ばせんしな」

「そうだな。さっきお前が言った通りだよ。犯罪は、いつの世もなくならない。それがわかりやすい暴力(物理)が物を言うこの時代なら特に、な」

「そうだ。そしてそうした政府の庇護が届かない、助けを必要としている人々の困り事を一手に引き受けるのが、俺達『掃除屋ギルド』だ」

「知ってるよ。その困っている人々から依頼料を徴収。そこから仲介料を差っ引いて、お前らは俺達清掃員に仕事を渡していく。依頼内容は金さえ貰えれば様々で、ぶっちゃけなんでもやる。もちろんその中には、荒くれ者どものゴミ掃除も含まれているがな。なんだ? まだ昔話がし足りないのか? ヴァン」

「茶化すな、ジブ」

 ヴァンが受付から、身を乗り出してくる。

「掃除するゴミは、そのゴミがデカければデカいほど報酬は良くなる。当然、危険度のデカさもな」

「頑固な汚れと一緒だよ。武装していればいるだけ対応が手間だ(汚ければ汚いほどゴシゴシ擦る必要がある)からな」

「だから普通そういう依頼は、複数人でパーティーを組んで依頼を受ける。だが、お前はどうだ? キンシチョー・シティのギルドに着てから、そういう依頼もずっとソロで受け続けている」

「それはつまり、それだけ俺が優秀だ、って事だろう?」

「……それだけじゃない。依頼は中にも、割に合わない物もある」

 そう言ってヴァンは、どういうわけか苦しそうにしながら口を開いた。

「依頼人が、常に金を持っているわけではない。いや、むしろ潤沢ではない場合の方が多いだろう。あれば、もっと安全な地域に移動している。清掃員に払われる報酬は、そうした力のない人々がかき集めてきたなけなしの金だ。そうした、特に割に合わない依頼を、お前はどういうわけだか進んで引き受ける」

「いいことじゃないか。お前が言っていたんだぜ? 虐げられている人達の気持ちに寄り添う、ってな」

「ジブ、それで他の清掃員から、お前がなんて言われているのか知っているのか? 俺はお前を――」

「いいから、新しい依頼を寄越してくれよ。その割に合わない、危険度と報酬が釣り合ってないゴミ掃除の案件をよ」

 言葉を遮りそう言うと、ヴァンは一瞬何か言いたげな表情を浮かべた。

 だが何を言っても無駄と思ったのか、結局何も言わずに席を立ち、奥へと引っ込んでいった。

 通常、清掃員への依頼は電光掲示板に表示されており、個々人がそれを見繕って依頼を引き受ける形を取っている。

 だが俺の場合、誰も受けたがらない、割の合わない案件や危険度の高い案件を引き受けるので、こうして窓口で回してもらえるようになっていた。

『ヴァンは、ジブの身を本気で案じてくれていたのだと思いますよ』

「わかっている」

『もちろん、私もヴァンと同じ気持ちですが』

「……わかっている」

 AIを人とカウントしてもいいのかわからないが、ともあれ、二人が俺を心配してくれているのには気づいていた。

 だが俺は、もう誰ともつるむつもりもなければ、この生き方を改めるつもりもなかった。

 ……『死にたがりのジブ』か。

 別に、無理して死のうとは思っていない。

 だが反対に、頑張って生きようとも思っていないのも、事実だった。

 ただ、どうせ死ぬのであれば、誰かの役に立って死にたい。そういう気持ちは、常に俺の中にある。

 タヅを抱えて一人生き延びた、あの時から、ずっと。

『ジブ。私としても受け入れがたい事実ですが、コウノはもう――』

「だから、わかっている」

 やがてヴァンが、依頼内容が表示されたタイブレットをを持ってこちらにやってくる。

 内容を確認すると、ヒライ・シティで暴れている徒党を組んでいる一派を壊滅させて欲しい、という依頼だった。

 ……相手は七名で、身体をサイボーグ化している、ねぇ。

 それでいて報酬は、銀の延べ棒が二本と、先ほど五人倒して受け取った報酬よりも少ない。

 だが――

「わかった。引き受けよう」

「……すまん」

 そう言ったヴァンは、苦渋の表情を浮かべている。

 俺を心配していながら、危険な任務を引き受けさせなければならない葛藤があるのだろう。

 どれだけ割にあわなくても、依頼を引き受けなければそれで苦しむ人はいる。

 そうした人々を救うためには俺みたいな奴が必要で、割りを食わせる事への良心の呵責があるのだ。

 そんなヴァンに対して、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

「俺が良いと言っているのだから、気にするなよ。使い勝手のいい駒ぐらいに思っておけ」

「……ジブ」

 何か言いたげなヴァンを置き去りに、俺はギルドを去っていく。

『テイレシアス79』にまたがると、俺は認証キー入りの物理鍵で電動バイクを起動させる。認証キーは詐称できなくはないが、物理的な鍵と一緒となると難しい。

 そして最初にタヅが見つけた店でエネルギー炉を補充。その後、東方面へと単車を走らせた。

 繁華街はすぐになくなり、やってきたのはまた暗闇だけの世界。

 人々が密集して住むようになったのも、物理至上主義が蔓延った弊害だ。

 バラバラに住むと、徒党を組んだゴロツキ共の格好の標的にされる。個々は弱くとも、数が集まれば対応はできるからだ。

 そういった背景もあり、殆どの建物は荒廃し、廃墟同然の有り様になっていた。

 ……だが集まったらそれで安心かというと、そうでもないんだがな。

 そう思っていると、タヅが話しかけてくる。

『今回の依頼、マフィアが関わっていなさそうで安心しました』

 その言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 タヅと同じことを考えていたからだ。

 俺はギルドで、人間は社会的動物だという話をした。

 物理的な繋がりは必ず生まれるので、今の時代相手から自分自身を信頼して貰う必要がある。

 直接顔を合わせる回数を増やして信頼を勝ち得るという方法もあるが、それは手間もかかるし、信じる信じないの判断軸が自分の感情という非情にあやふやなものに依存することになる。

 そこで生まれた、いや、復活したのが、血族という概念だ。

「そうだな。話が分かる奴らならみかじめ料の交渉ができるかも知れないが、一度交渉が決裂すると長引くからな……」

『一族の結びつきが、彼らは強いですからね。盃、という概念もあるそうですが』

「擬似的な親子関係か。まぁ、統率が取れているマフィアだったら、粗暴な荒くれ者どもに囲われる寄りはマシ、っていう程度だが」

『この時代は、ある種時代が逆行しているとも言えます。旧世代の制度も復活するというのも、あり得るのでしょう』

 その言葉に同意するように、俺はスロットルを吹かせる。

 誰もいないビルとビルの間で、エネルギー炉が上げる唸りが反響していていた。

 崩れかけのコウトウシンバシ・ブリッジで川をわたり、ヒライ・シティへと進行する。

 そのままアラカワ・リヴァーへと向かう道を進んでいると、道の真ん中に単車や四輪車を並べて、酒を飲みながら焚き火を行っている人達の姿が見えた。

 焚き火はどうやら、横転した車で行っているらしい。

 タヅも耳元のカメラから、その光景を確認したのだろう。

 彼女は確信したような声で、語りかけてくる。

『男達が七名。彼らが今回のターゲットですね、ジブ』

「そうだな。少人数で、これ見よがしに集まっている」

『ただの市民であれば、近くの荒くれ者に襲ってくれと言っているようなものです。彼らがこの世を儚んだ自殺志願者でないのであれば、この地域に住む荒くれ者に負けない実力を持っているか、あるいは――』

「タヅが言った通り、奴ら自身がその荒くれ者だ、って事だな」

 そう言った所で、どうやら彼らは俺達に気づいたようだ。

 その内の二人が仲間に囃し立てられて、電動バイクにまたがる。二台のバイクを使うのではなく、一人は運転手で、一人は後ろに乗って、サブマシンガンを構えていた。

 そしてこちらを威嚇するように、弾と奇声を上げてこちらに向かってくる。

 俺の事を、たまたま通りかかった旅人か何かだと思っているのだろう。

「タヅ。運転を任せていいか?」

『もちろんです』

 その言葉を聞き、俺はサムライブレイドから伸びるケーブルを、『テイレシアス79』に接続。

 運転を任せながら、俺は腰のタヅを引き抜くと、こちらに飛んできた弾丸を弾き飛ばした。

『まだ鞘に入ったままで大丈夫ですか?』

「威嚇射撃で、誤って獲物に当たりそうになる腕だぞ? それに、受けたのはただの弾丸だ。防御壁も必要ない」

 俺達が会話をしている間に、こちらに向かってきたゴロツキは僅かに表情を険しくする。

 少しはやるようだ、とでも思ったのだろうか?

 次は絶対に当ててやるとばかりに、サブマシンガンを連射する。

 マズルフラッシュが暗闇の中で輝き、銃声が廃墟に響き渡る。

 その反響音の中に、『テイレシアス79』がジグザグに動く駆動音と、金属の金切り音も追加された。

 タヅがバイクを操縦し、避けきれなかった銃弾を俺が叩き落としたのだ。

 そこでようやく、バイクに乗る男たちは焦り始める。

 マガジンを交換し、弾丸をウィルス入りのものに交換し始めた。

 だが、遅い。

 もうそこは、サムライブレイドが届く距離だ。

 俺は相手とすれ違う直前、相手のヘッドライト目掛けてタヅを振るう。

 その瞬間、パワードスーツが効力を発揮。俺の腕力を増強した。

 パワードスーツが膨張し、その威力を追加された刃が、バイクにめり込んだ。

 ヘッドライトの硝子が粉々になり、辺りに光の粒子を撒き散らす。

 その粒子と共に中に舞ったのは、切断された男二人の上半身。そして、バラバラになったサブマシンガンと薬莢だった。

 互いのバイクのスピードと俺の一撃で、バイク共々男達もスクラップになる。

 月がよく見える夜空の下、二人の男の肉と骨が引きちぎれた音が響き、道路に鮮血を撒き散らした。

『ジブ。殺るならもう少し丁寧に殺ってください。識別番号の回収が面倒です』

「首は残してるんだ。サイボーグなら大体あそこを探せば見つかるだろ」

『私が血で汚れるのですが』

「それぐらいは我慢しろ」

 そんな会話をしていると知る由もない残りの五人の男達は、顔を怒らせてこちらに向かってくる。

 三人がそれぞれ単車に、他の二人は車に乗り込んでいた。奴らは道路を塞ぐように、こちらに向かってエンジンを吹かす。

 単車に乗った三人は、それぞれサイボーグ化した右腕を起動。男達の右腕が分離、展開、拡張して、樹の幹の様に変形する。一般的な、質量と出力で押してくるタイプだろう。

 四輪車の方は、一人が運転手で、もう一人は機関銃を取り出した。

 バイクが接近戦で、車は遠距離攻撃という役割分担のようだ。

「タヅ。防御壁だけ展開しておいてくれ。流石に次撃ってくる弾はウィルス入りだろう」

『了解しました』

 タヅの音声が聞こえた瞬間、サムライブレイドに一筋の光が指す。

 その光は淡く輝き続け、色を朱や青、緑と、虹の色に使う七色の色へ交互に変色していた。

 そのタイミングで、車の機関銃が唸りを上げる。

 その銃口からは、先程のサブマシンガンとは比較にならない強さの閃光が瞬き、周りのビルの外壁を振動させんばかりの銃声が聞こえてきた。

 乱れ撃たれるそれらの弾丸に向かい、俺はタヅを振るう。

 サムライブレイドと銃弾がぶつかり、宙に火花を咲かす。

 その瞬間、先程の弾丸とは違う事象が起こった。

 一瞬、世界が止まったように錯覚する。

 そう、錯覚だ。

 時が止まるだなんてありえないし、そんな事が出来るやつがこの世に存在するはずがない。

 だがそう錯覚させたのは、俺達が使っている機器類に『アムリタ』というプロトコルが使われているせいだ。

 汎用性を高めるために互換性を備えた『アムリタ』は、ネットワークにすら接続が可能である。

 そして物理接続をしていれば、違う機器同士であっても情報の授受が可能だ。

 そう、物理的に繋がったタヅが、俺のパワードスーツ経由でバイタルデータを確認したり、バイクの操縦ができたように。

 では、その前提で今俺の身に起こっている事象の確認を行っていこう。

 サムライブレイドを、弾丸にぶつけたのだ。

 つまり、物理的に接続(接触)したのである。

 ネットワークとは、個と個の繋がりだ。物理接続された一対一の接続は、最小単位のネットワークである。

 俺とタヅの様に、信頼できる相手同士なのであれば、問題ない。

 だが、よくわからない相手との接続では、そのネットワークは信頼できないものとなる。

 つまり、ダミーデータやウィルスといった、ゴミクズの山を送り込めるのだ。

 ……今回は予想通り、相手の弾丸に込められていたウィルスが刃に当たり、こっちに侵入しようとしてきているのか。

 しかし――

『弾丸程度の質量で、私の防御壁が敗れるわけがありません』

 紫電が走り、弾丸が弾けて蒸発する。

 この時代は、物理至上主義だ。

 強力なウィルスを稼働させるためには、その分処理性能が高い機械(デバイス)が必要になる。

 そして概ね処理性能は、大容量であればある程高い傾向にあった。

 そういう意味でいうと、弾丸にサムライブレイドが処理性能で負ける理由がない。

 ……とはいえ、戦闘中相手の注意を反らせる効果はあるからな。

 それに、ウィルスに感染させれば相手の機械を乗っ取ることが出来る。自壊させるも同士討ちをさせるのも、思いのままだ。

 一発一発の弾丸の質量は小さくとも、連続で当て続ければその分相手のリソースを削ることが出来る。

 だからどれだけ俺達に躱されようとも、機関銃から吐き出される弾丸は止むことはない。

 タヅは『テイレシアス79』を駆り、スピードを落とさず、銃弾を避けるように蛇行する。

 そこに、バイクに乗った男達がやってきた。

 俺から見て左側に二台、右側に一台で、こちらに向かって突っ込んでくる。

 流石に同士討ちを避けたのか、その三台が接近してくる時には弾丸の雨は上がっていた。

 右腕をサイボーグ化した三人の男達が、肉薄してくる。

 それを迎え撃つように、タヅもスピードを上げた。

 頬に当たる風が強くなるのを感じながら、俺は懐からハンドガンを引き抜く。

 手にした『アンティゴネv10.2』の引き金を引き、男達を射撃した。

 狙ったのは、顔や心臓。当然奴らはサイボーグ化した腕で弾丸を防ぐ。

 と、そこでタヅからクレームが入った。

『ちょっと、ジブ! 私というものがありながら、そんな雑魚雑魚低処理デバイスに頼るとは何事ですかっ!』

「だったら、今すぐ遠距離攻撃が出来るようになってくれ」

『そんなの簡単に可能です。投げればいいんですよ、私を!』

「物理至上主義に戻るまではいいが、石器時代にまで戻るつもりはないぞ、俺は」

 俺だって、オートマチックのハンドガンで敵を倒せるとは思っていない。

 それでも銃のいい所は、撃つだけで人を殺せる力を持っていることだ。

 確かにウィルスの攻防ではやや劣るかも知れない。

 しかし、弾丸の運動エネルギーも立派な物理の世界の存在。

 戦闘として使えるのか、戦術として使えるのかは、同じ物理的制約があっても分けて考える必要がある。

 そういう意味でいうと、今回俺が『アンティゴネv10.2』を撃った理由は――

「サイボーグ化した腕で、顔を隠したな?」

 自ら視界を手放した奴らに向かい、俺は容赦なくサムライブレイドを振るう。

 狙うのは、奴らが乗っているバイクの方だ。

 右に左に右にとタヅを走らせ、前輪ごと相手の片足も奪っていく。

 悲鳴と血飛沫を上げながら、男達が俺の後方へと吹き飛んでいった。

 更に三つの爆発音が聞こえてくるが、それを聞く前に『アンティゴネv10.2』を構えている。

 四輪車の機関銃を持った男へ向かい、俺は銃を連射した。

 男はたまらず車内に入り、弾丸が車の硝子に当たって蜘蛛の巣のようなヒビが出来上がる。

 しかし防弾硝子を使っているようで、弾丸という死神から逃れた男が、こちらを嘲笑していた。

 それを気にもせず、俺は銃口を構える。

 そしてパワードスーツを調整し、既に銃弾がめり込んだ防弾硝子目掛けて、精密射撃を行った。

 一発目。見事に命中。だが、まだ硝子を突き破るまではいかない。

 バイクの車輪が小石を噛んで、視界が僅かにぶれた。

 そのブレに、パワードスーツが反応。俺の筋肉と骨の位置を調整する。

 二発目。当たり前の様に命中。最初に当たった弾丸が、防弾硝子の車内側に半分飛び出した。

 車を運転する男が、大きくハンドルを切る。

 それに合わせて、タヅもバイクを向かわせた。

 タヅがカメラの映像から車の進行方向とこちらの移動方向を演算。

 その内容をパワードスーツにフィードバックし、その結果が俺の身体に反映され、銃口の位置を直す。

 流石にマズいと思ったのか、男が顔を引きつらせながらハンドルを切った。

 それに構わず新たに照準を合わせ、引き金を引く。

 三発目。当然命中。半分飛び出していた弾丸が、完全に車内へと飛び出した。

 男が悲鳴を上げて、両手で顔を防御する。

 しかし、弾丸は運動エネルギーを殆ど失っており、男の前でぽとり、と落ちるだけだった。

 それに遅れて気づいた男は、安堵したように溜息を吐く。

 そして、顔を上げた所で。

 俺の飛び蹴りが、顔面に叩き込まれた。

 ……車とバイクが近づいてたんだから、いつかはその距離はゼロになるだろ。

 だから俺はそうなる前に、バイクの操作をタヅに任せたまま、相手の車のフロントガラス目掛けて飛び蹴りを放ったのだ。

 防弾硝子は十分破壊出来ていたし、車とバイクの速度も乗っていた。

 結果、俺の足は防弾硝子をぶち破り、男の顔面に着弾。

 高速道路で放り投げたトマトが弾けるように、男の顔面が弾け跳んだ。

 相手の車は制御を失い、ビルに激突。ボンネットがひしゃげて、そこから黒い煙が上がった。

 一方俺はフロントガラス、男の顔、ヘッドレスト、リアガラスをぶち抜き、慣性の法則で前方へと吹き飛んでいく。

 その落下地点に、『テイレシアス79』が回り込んできた。

 無事着地して、バイタルデータをチェック。パワードスーツを使ったアクロバットだったが、このぐらいの運動であれば、全く支障は出ていない。

「ナイスキャッチ」

『この程度で私を褒めるとは、私の事を舐めているんですか?』

「褒めたのに怒られる理由って、この世に存在するのか?」

「くそっ! よくもやってくれたな!」

 運転手の男が肩を怒らせて、車から降りてくる。

 ぐしゃぐしゃになった車から降りてこれた理由は、彼の両腕がサイボーグ化されていたためだ。

 二本の大木を腕のように振るう男が、こちらを睨みつけてくる。

「くそっ、俺達が一体何をしたっていうんだ? ただ仲間達と酒を飲んで、明日何をするのか笑いながら語らい合っていただけだろうが!」

「その過程で、この辺りの住民を五人撲殺、十名を銃殺しているだろうが」

『殺されたくなければ女と食料を出せと迫り、合計十名レイプした後に殺してますよね? その十名が、銃殺された十名です』

「うるさい! 俺達は力を持ってるんだ。それなのに、それを使ってこの時代を謳歌できない方が間違ってるだろうが!」

「……そうだよな。お前らみたいな奴は、いつでも、どこでも、そういう奴らだよ。踏みにじられる側の気持ちなんて想像しないし、想像出来ない」

 バイクとタヅをつなぐケーブルを引き抜き、俺は『テイレシアス79』から降りる。

「苛立つだけだから、話も聞かずにいつもゴミ掃除を(ぶっ殺)してたんだが、急に会話に入ってくるから思わず喋ってしまった。時間をかけても不快になるだけだし、もう終わらせよう」

「ほざけ! お前、身体はサイボーグ化せずに、パワードスーツを着用しているんだろ? 単純なサシでの殴り合いで、サイボーグがパワードスーツに負けるわけがない!」

「そうか。死ね」

 地面が砕ける程の脚力を込めて、俺は瞬く間に男へと肉薄。

 袈裟懸けにサムライブレイドを振り降りした。

 それを、腕を十字に構えた男が受け止める。男の腕から、激しく火花が咲いた。

 それと同時に男が乗り捨てた車が、爆発した。その炎に照らされた男の顔に、凄惨な笑みが刻まれる。

「馬鹿がっ! この時代は物理至上主義! そんなほせぇ刀で俺の両腕の質量が超えられるわけがねぇ!」

 奴の言うことにも、一理ある。

 見かけ上、弾丸と刀であれば刀の方が質量があるが、あの腕と刀では奴の腕の方が質量は大きい。

 奴の腕と刃の間で、ウィルスと防御壁の攻防戦が行われているかのように、紫電が舞う。

「サイボーグ化した部分は、その殆どが機械制御になる。だから一度ウィルスに侵されたらおしまいだ。接近されたら防御壁を発動させ、処理リソースが取られて俊敏性がなくなる。しかし! その代わり、俺にはこの絶対的質量があるんだよっ!」

 男は、既に勝負は決まっていると言わんばかりに、喋れば喋るほど自分の勝利が早まると信じているかのように、言葉を垂れ流す。

「対して、パワードスーツはどうだ? 乗っ取られた場合システムを切れば、確かに生身という絶対的に信頼できる物理リソースは残る。だが、その分生身を残さなければならず、強化できるには限界がある! つまり、直接ぶつかりあった時のパワーが足りねぇんだよ、パワーがよぉっ!」

 それが事実だと言うかのように、男の腕がこちら側のように迫ってきた。

「やっぱり、この時代は最高だぜ! 物理至上主義! 質量は力! 力はパワーなんだ! そんななまくら刀で、俺に勝てるわけがねぇっ!」

『ジブ。流石に不愉快になってきたのですが?』

「……いいぞ、使っても」

「はぁ? 負け惜しみも大概、にっ!」

 男が、素っ頓狂な声を上げる。

 今まで腕と刃の間で飛び散っていたのは、紫電だった。

 だが、今は徐々に、様相が変わっていっている。

 紅だ。

 紫ではなく、紅。

 紫電から段々と、紅雷が荒ぶるようになっている。

「馬鹿な! 何故? 何故なのだ? 何故俺の腕の制御が取られ始めている! 俺の方が、質量は大きいのにっ!」

『その法則が成り立つのは、処理リソース(ハードウェア)と、そこで稼働するウィルス(ソフトウェア)の性能が比例している時のみです』

 紫電が、どんどんと紅雷に食われて行く。

 赤い稲妻に刀身を照らしながら、タヅは淡々と事実を告げていく。

『ですが、私は優秀なAIです。一度張られた防御壁如き、それを突破する(バクを付く)ウィルスをその場で自作するなど、朝飯前。つまり、私に触れた瞬間に、貴方の敗北は決定していたのです』

「ふ、ふざけるな! たとえそれが事実であっても、そんなみすぼらしい刀身でそれだけの処理が――」

『……ジブ!』

 ……これはずいぶん、お冠だな

 余程刀を貶されたのが、ご立腹だったのだろう。

 本来であれば、別にウィルスを新規に作らずとも、そして今要求されている力も使う必要はないものだ。

 ……あのまま、普通に押し勝てたんだが。

 溜息を吐きながらそう思うが、ここで彼女の要求を拒否したら本格的にパワードスーツの制御を乗っ取られかねない。

 俺は柄を握り直すと、口を開く。

「タヅ。抜刀しろ」

『承知しました。抜刀します』

 タヅがそう言った、その瞬間。

 

 サムライブレイドの刀身が、展開した。

 

 七色の色に点灯していた部分から更に刀身に線が入り、そこから刃が伸びるように拡張していく。

 やがてそれは普通の刀の大きさではなく、もはや野太刀と呼べる程の大きさになっていた。

 男の目は、驚愕で極限まで見開かれている。

 だが、その瞳は伸びた刀身ではない。

 その刀身を受け止める、自分の腕だった。

「う、受けている刀が、重くなっている、だと?」

「密度が違うんだよ、他の金属と」

 そう言って、俺は柄を握る手に力を込める。

「確かに、見た目が大きい程重そうに、質量がありそうに見えるよな。だが、実際はそんな事はない。体積が小さく、密度が大きければ、質量は大きくなるわけだからな」

「だ、だから、何故重くなるんだ! 密度は質量と体積を割ったもので、金属の密度は一定で、その状態で刀身が伸びて体積が増えたなら――」

「だから、言っただろ? 違うんだよ、タヅは他の金属と。というか、さっき話した公式が通用しない」

 そう言うと、力を込めずとも刃は男の腕に沈んでいく。

「お前、自分の腕が刃を押し返したように感じただろ? それは勘違いで、実際は腕が切れてサムライブレイドにめり込んだだけだ。タヅに使われている金属の密度が高すぎてな」

「だから、そんな金属あるわけが、いや、公式が通用しないとさっき言ったか? そんな金属、数十年前に突如発見、もしくは開発されたミスリルかオリハルコン、ヒイロカネと、そして――」

「アダマンタイト合金。それが、お前が腕に受けている金属の名前だ」

 そう言い切る前に、男の腕は両腕とも真っ二つになっている。

 刃はそれで止まるわけがなく、そのまま男の体を一刀両断にした。

 男が上げる血飛沫が紅雷と合わさり、沸騰した血液が蒸発、白煙と有機物が燃焼した時に発する特有の匂いを周りに散乱させた。

 それを払うように刀を振るうと、地面に男の鮮血が飛び散る。

 サムライブレイドを腰に指す時には、もう刀身は元の刀のサイズに戻っていた。

『ジブ。どうしてもっとあの無礼な男に対して強者ムーブを取らなかったのですか? 打ち合う時は奥の手を隠しておくためにわざと弱めに鍔迫り合いをしていたとか、その時にはパワードスーツが使えなくなった時の為に備えて自分の力だけで戦っていた、とか』

「最初のはともかく、最後のはお前が勝手にパワードスーツのシステムダウンさせたんだろうが」

『不測の事態に備えた訓練ですよ? ジブ。私はともかく、パワードスーツが敵の手中に落ちる可能性だってありますし、エネルギー炉の残量がなくなることもあり得るのですから』

「その前に死んだら意味がないだろう。勝手にパワードスーツの制御を乗っ取るな」

『何を言っているんですか? ジブ。私が本格的にやろうと思ったら、こんなものじゃすみませんよ』

 それはそうなんだろうな、と思いながら、俺は先ほど殺した男の首から識別番号を引きちぎる。

 飛び蹴りをして首を吹き飛ばした男のものを見つけるのに少し手間取ったが、なんとか見つけ出すことが出来た。

 後はバイクの男達のものなので、『テイレシアス79』に乗って来た道を戻りながら、きっちり七人分の識別番号を回収し終える。

「それじゃあ、キンシチョー・シティに戻るか。ただ、時間的にもう掃除屋ギルドは閉まって――」

『ジブ。追われています』

 何に、と問い返すことはない。

 俺達が追われていないのは自明だし、何よりこの時代は物理至上主義の世界だ。

 先ほど俺が掃除したゴミとは別のゴミが、この辺りの住民に危害を加えようとしているのだろう。

『テイレシアス79』を駆って、俺はタヅが反応した方向へと走り出す。

「詳しい場所は?」

『いいのですか? 依頼外の仕事になりますが』

「それを気にするなら、そもそも教えるなよ。まぁ、たまにはギルドにサービスしてやるさ。どうせゴミ掃除は受けるんだし」

『……それもそうですね』

 俺はタヅの指示の元、現場へ急行する。

 辿り着いた場所には、一人の少女に群がる男達の姿があった。

 その少女の顔を見た瞬間、俺は――

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