ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~   作:メグリくくる

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 ◇◇◇ ジブ ◇◇◇

 

 アサクサバシ・シティを『テイレシアス79』で駆け抜けながら、俺は危うくハンドルをへし折る所だった。

「あいつは、あの男は、本当に人とそれ以外に線引するのが好きらしいな」

 そう言った俺の口は怒気を抑えきれず、歯噛みをし過ぎて、怒りによって顎が変形しそうだった。俺の膝上にいるヒバリがどういう存在なのか、タヅから共有を受けたのだ。

「……でも、そもそも私は人間じゃない存在として作られたんだよ? この世界を蝕む猛毒、ハーラーハラを使うためだけのデバイスとして」

『人かそうでないかの判断軸だけで言うのであれば、私の立つ瀬がありませんね。大体、クラウンの行動は、カルタヘナ議定書の対象を人類にまで拡大、加筆されたセヴァストポリ議定書で禁止している新人類創造に明確に違反しています。ヒバリの感じている苦痛は、本来貴方が感じる必要が全くない、完全に不毛なものなのです』

「しかもクラウンは、自分がそハーラーハラを使ってNAGAネットワークを掌握しやすいよう、あえて人としての人格を芽生えさせたんだ」

「どういう事? ジブ」

「ルフトの話だと、奴は新人類を作成し、それを制御する形でNAGAネットワークを構築するつもりだったんだろ? 普通に考えたら、自分に従順な、それこそアンドロイドみたいな意志のない個体を溶媒液に付けて、脳みそに電極をぶっ刺して操作する方が簡単だし、制御が楽なはずだ」

『確かに、その通りですね。そもそもこうして研究所から逃げ回っているのは、ヒバリが研究所の外の世界に憧れたから、本という物語を与えられたからです』

「つまり、ハーラーハラの起動には、人間の感情、ニューロンによる電気信号のやり取りがポイントになってくるんじゃないか? 人間のヒトゲノムの解明は進んでいるから、その電気信号によるニューロンネットワークの動きはある程度把握できる。だが、ヒバリの場合は――」

『既存の人類との差異があるため、完全に制御できない。そこでクラウンは、他の人類と同様に自我を持たせ、感情を発生させようとした』

「ヒバリが唯一ハーラーハラに適合したというのも、ヒバリだけに『ヒバリ』という自我が宿ったからだと考えれば、説明できる。だから奴らは、ドラフト版だなんて呼んでるんだろう。いずれにせよ、自我があるのであれば、ヒバリは俺と同じ人間だ」

 そう言い切るが、ヒバリの表情は暗いままだ。

「私が、作られた存在でも?」

「人間なんて、元々99.9%は同じDNA配列を持っている。逆に言えば、0.1%は確実に違うんだ」

「でも、99.9%は一緒なんでしょ? 私は、もっと違うかもしれないよ?」

『確かに、人とチンパンジーの遺伝子の違いは4%程で、猫は10%程、虫の蝿とは39%程だと言われています』

「……私より、猫ちゃんの方がジブに近いかもしれない」

「それだけ近けりゃ十分だろ。大体、人間って言ったって、人体の体を完全にサイボーグにしているケーナみたいな奴らはどうなんだ? 体はもう金属の方が多いし、近さで言えば人間よりもサムライブレイドのタヅと親戚って言った方がいいだろ?」

『あんな頭のネジが全部飛んでいるような方と親戚にするのは、やめていただきたいですね』

 そこでようやく、ヒバリが少しだけ笑ってくれる。だから俺は、彼女の心に届いてくれと思いながら、口を開いた。

「この時代はネットワークを介した信頼が死んだ、物理至上主義だ。だからこそ何を信じるか信じないかは、自分の感情という非情にあやふやなものに依存する。でも、逆に言えば自分で何を信じたいのか決めれるということでもあるんだ」

「何を、信じるか……」

「俺はお前を信じるよ、ヒバリ。お前が人だろうが猿だろうが猫だろうが蝿だろうが、俺はヒバリを信じる」

「……蝿は、ちょっと嫌だな」

『もう少し大げさに嫌っても良いと思いますが?』

「ジブは、そうやって信じてるの? タヅの事も」

「…………ああ、そうだな」

『何故そこで間があったのか、説明して頂きたいのですが』

 ヒバリの笑い声を聞きながら、俺は自分の思考に沈んでいく。

 ……俺達はヒバリを対等に扱うが、あの男は確実にそうじゃないからな。

 クラウン。現在はBPP社のCEOをやっているらしいが、あのクソ野郎のやり口は、知りたくもなかったが知っている。

 ゴミには見向きもしないが、逆に言えば価値のあるものは是が非でも手に入れようとしてくるだろう。

 ……ルフトが、ヒバリを連れ帰ったら報奨金が出ると言っていたな?

 ケーナも追ってくるだろうが、あの兄弟とは別にもう一組ぐらい追手は差し向けられるだろう。

 そうなるとこの先の戦いで、あの完全無機に受けた傷が気になるが――

 ……だが、やるしかない。ヒバリをあの男にだけは、絶対に渡せない。

 ヒバリを守りたいという個人的な事情もあるが、クラウンがハーラーハラを自由に使える様になったらこの世界がどうなるか? そんなもの考えずとも、火を見るよりも明らかだ。

 ゴミクズの山が、更にクソの山になるに決まっている。

 そう思っている間に、そろそろアサクサバシ・シティを通過し、ヒガシニホンバシ・シティに入ろうか問う所までやってきた。

 空に浮かぶ太陽はそろそろ傾きかけており、カンダ・リヴァーをオレンジ色へと染め始める。その川幅は、一度渡ったスミダ・リヴァーよりは短く、半分以下の大きさに見えた。

 その川に架かっている橋を渡りきれば、もうそこはヒガシニホンバシ・シティだ。あの橋を渡って左折し、東方面に進めばリョーゴク・ブリッジは目と鼻の先にある。

 しかし――

「やっぱりもう一組、いや、一人いやがったか」

 前方の橋の真ん中に、闇みたいな男が現れる。

 奴は漆黒のトレンチコートに同じ色のシルクハット姿で、それが腰まで伸ばした青白い髪を映えさせていた。

『外見の特徴が、データベースに一致しました。相手の名前は――』

「お初にお目にかかる。私の名はオオヅル。『死にたがりのジブ』とお見受けするが?」

「人違いだ」

 名前を聞いた瞬間スピードを上げ、そのままバイクで轢き殺そうとする。しかしオオヅルはその場で跳躍し、それを避けた。

 上空に上がった彼は、嬉しそうに口角を吊り上げる。

「その遠慮のなさ。期待通りだぞ、『死にたがりのジブ』!」

「何で『首領殺しのオオヅル』に馴れ馴れしく話しかけられるんだ? その二つ名通りクラウンをぶっ殺しとけよ」

「それでは私の求める死と闘争の間が垣間見れないではないか。貴様なら、私のこの崇高な考えを理解してもらえるのでは?」

『サイコ野郎ですね』

「五感を持ち合わせないAIにはわからんさ、この高揚感は!」

 そう言いながらオオヅルは、その場で手足を振るう。

 だが、奴がいるのは上空だ。通常であれば、手足をバタつかせることしか出来ないだろう。

 そう、通常の話であれば、だ。

 オオヅルが振るった四肢から、何かが伸びてくる。

 あれは――

 

『ジブ、回避を! 有線ドローンです!』

 

 オオヅルの手足からは、ヨーヨーの様なものが伸びている。奴は四肢をサイボーグ化しており、そこからそれを鞭を振るように射出して、こちらに差し向けられたのだ。

 だが、伸びてきたのがただのヨーヨーであれば可愛いものだろう。ヨーヨーの部分には鋭利な刃物が四方向についており、それが高速回転しながらこちらを切り刻もうと迫ってくる。

『アンティゴネv10.2』を引き抜き、高速連射。流石に余裕がないことがわかっているのか、タヅも思うことはあるはずだが、俺が銃を使うことに口を挟まない。

 弾丸は狙い通り四つの凶悪なヨーヨーの進行方向をこちらからずらすが、それは向こうも読んでいたようだ。

 回転する四つの死神は、俺が向かおうとしていたカンダ・リヴァーに架かる橋を切断。一瞬にして橋梁をスクラップへと変える。

 前方で水柱が上がるのを見ながら、俺はブレーキをかけて減速を開始。クラマエ・シティで見た地図を思い出しながら、口を開く。

「タヅ。左折した方向にもう一本、橋があったよな?」

『ありますが、この橋よりも幅が短いですよ? オオヅルのドローンに切断されて渡れなくなるのが落ちです』

「どこに行こうというのだ? 死にたがり。この素晴らしい死地を無視してまで優先するものなどあるまい。さぁ、共にこの狂乱を楽しもうではないか!」

「黙ってろよ、サイコ野郎! 今俺は忙しいんだ。見てわからねぇのか?」

「命のやり取り以上に重要なものなど、ああ、そのヒトモドキか」

 ヨーヨーを触手の様に使い、オオヅルはビルとビルの間を蜘蛛のように登りながら近づいてくる。

「依頼主は何やら色々と言っていたが、私を死地への快楽へいざなってくれるのであればどうでもいい。そのヒトモドキが人であろうがなかろうが、家畜だろうがAIだろうがアンドロイドだろうが、世界を侵す猛毒であろうがな」

「黙れと言っただろうが、サイコ野郎」

 三点バーストでオオヅルの額を狙うが、奴はドローンを振るって簡単にガードした。狙いが正確すぎたのだが、それはこちらも織り込み済み。

 奴が防御の為に自分の視界を遮ったのに合わせて、俺はバイクをもう一本ある橋へと向かわせる。

「人か否かの押し問答も、それが個々の存在をどう定義するのかの議論も、もうさっき済ませている。ヒバリは、ヒバリだ。お前はどうでもいいだろうが、俺にはそれで十分だし、それだけで信じて守る価値がある」

「我思う故に我あり、か。自らのアイデンティティを確立するには脆弱な言葉だな」

「どれだけ脆弱だろうとも、散々ゴミクズ扱いされ、仲間の死体に塗れさせられながら掴んだ価値観だ。きれいな成長譚を経ず、無理やり心を殺されて成長させられた結果得たようなものだが、俺はそれでいいんだよ。ヒバリはこの世界に憧れる、ただの夢見がちな女の子だ。だからこの子は、自分の好きなように生きていていいんだよ」

 そう言うと、ヒバリが俺のジャケットを強く握る。

 それを見たオオヅルは、心底つまらなさそうな顔をした。

「それがお前の戦う理由か? 存外俗物だったな、死にたがり。お前からはこれ以上、闘争の喜びは得られそうにないな」

 奴はそう言いながら、ドローンを振るう。俺の進行方向にあるカンダ・リヴァーに架かる橋が、賽の目状に切断された。それに使ったドローンは、一つ。

 そしてオオヅルはこちらに向かって、一つのドローンを振るってくる。残りの二つは、ビルの間に自分を固定するのに使っていた。

 橋を破壊したドローンを奴が引き戻すまでは、もう少し時間がかかる。それを横目に、俺は口を開いた。

「そう言えばもう一つ、この件で俺が戦う理由があったな」

「ほう? それは何だ?」

「それはな――」

 そう言いながら、俺はサムライブレイドを振るい、その刃に奴のドローンを巻きつける。

 そしてバイクのスピードとパワードスーツの出力を上げるタイミングを合わせて、釣り針にかかった魚を一本釣りするように、オオヅルを張り付いていたビルから引き剥がした。

 オオヅルは自分を支える力がドローン二本だけでは足りず、カンダ・リヴァーの方へとふっとばされる。

 それを見ながら、俺は叫んだ。

「てめぇを雇ったクソ野郎と、てめぇみたいなクソ野郎に、一発かましてやりたいんだよ!」

「くっ! 悪あがきを!」

 オオヅルは慌てながらも、ドローンを操作。橋を破壊したドローンをカンダ・リヴァーへ突き立てて、バランを取ろうとする。

 しかし、思いの外水深が深かったのか、奴の体が沈み込んだ。

 

 それは丁度、このままバイクで川へと飛び出し時に、こちらの足場になるような高さだった。

 

 ……ガキの頃、仲間の死体を後にこの川を泳いだことがあるから、大体の川の深さは知ってるんだよ。

 そう思いながら、俺は『テイレシアス79』を盛大に唸らせ、そのまま突っ込んでいく。

 そして、川に向かって、飛んだ。

 その先にあるのはカンダ・リヴァーと、ようやくこちらを向いたオオヅルの姿だ。

 間抜け面を浮かべている奴の顔面に、バイクの前輪が激突。その振動を使い、タヅに巻き付けていた奴のドローンを振りほどく。

 そして踏みつけたオオヅルを足場に、俺は『テイレシアス79』を駆って、更に跳躍した。

 しかし――

「カンダ・リヴァーを渡り切るには、まだ距離があるよ、ジブ!」

 ヒバリの悲鳴のような言葉が、川面に響く。

 それに答えるように、俺は更にアクセルを踏んだ。そしてもう一人、答える音声がある。

『私達が作ったビルの瓦礫を利用して、ケーナがスミダ・リヴァーを渡った映像は既に確認(学習)済みです』

「手本を一度見せてもらってるんだ。だったらオオヅルが破壊した橋の破片を足場に、スミダ・リヴァーよりも川幅が短いカンダ・リヴァーを渡るのなんて、わけないよ」

 その言葉通り、俺は水面に落ち、沈み始めていた瓦礫に、バイクの車輪を乗せる。

 そして、そこで終わらない。

 次の瓦礫へ、次の瓦礫へと足場を移動させて、小刻みに跳躍を繰り返す。

 そうすればどの様な結果が待っているのかは、既に口にしている。

 俺達は無事、スミダ・リヴァーを渡り切ったのだ。

 当初の予定通りリョーゴク・ブリッジへとバイクを向かわせる中、背後で水柱が上がる。

 殆どは先程足場にした瓦礫だが、一際大きいものは最初に足場にしたオオヅルのものだろう。

 それに振り返ることなく、俺達は無事リョーゴク・ブリッジへとたどり着き、そして一気に橋を渡る。

 橋から見えるスミダ・リヴァーはきれいなオレンジ色に染まりきっており、ここでようやく一息つけれた。

「なんだか、ようやく戦闘以外の風を頬に受けている気がする」

『それは何よりです、ヒバリ。時に前に座っていますが、破片で何処か怪我などはしてませんか?』

「うん、大丈夫。ジブが守ってくれるから」

『ジブの活動の99.9%は私の補助があるのをお忘れなく』

「盛りすぎだろう」

「あはははっ、タヅもありがとう。あ、そろそろ橋を渡り切りそうだよ。そうしたら、もうリョーゴク・シティになるの?」

「ああ、そうだ、な」

『……』

 ヒバリの言葉に、歯切れが悪く反応したのには理由がある。

 タヅも無言なことから、彼女のデータベースでも俺が見て認識したものと同じ結果がヒットしたのだろう。

 もう、あと少し。

 リョーゴク・シティを抜ければ、もうキンシチョー・シティだというのに。

 俺達の眼前。

 リョーゴク・ブリッジの終端には。

『ハイモン777』にまたがる、真っ赤なライダースーツに身を包んだ人影が見えていた。

 

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