ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~ 作:メグリくくる
◇◇◇ ケーナ ◇◇◇
「おいおい、あと少しだっていうのに、ここでかよ」
目標のヒバリと共に私の前に現れたジブは、忌々しげにそう言った。
「カントー・エリア最強に出迎えてもらえる程、俺は何かをなしたわけじゃないんだけどな」
「謙遜しなくてもいいわ。その私から運があったとはいえ、一度逃げ切ったんですもの。まぁ、だからこそ他の二組には捕まらず、ここまでちゃんとやってきてくれると信じていたのだけれど」
「そんなクソみたいな信頼いるか」
そう吐き捨てながらも、ジブはこちらの隙を伺っている。私に勝つのを目的とせず、ヒバリの保護を最優先に考え、掃除屋ギルドへ向かうことを考えているのだろう。
……やっぱり、強いわよね。守らないといけないものがあると。
気持ちはわかる。わかるが、わかるからこそ、自分の引くことが出来ない。
「悪いけど、その子は私がもらい受けるわ」
そう言って私は、手にしたリモコンを操作する。
その瞬間、リョーゴク・シティからキンシチョー・シティへ抜ける主要な道路が全て爆破された。
私の背後から暴風と共に轟く騒音と爆炎に爆煙を見て、ジブが両目を見開く。
「お前、本当に頭おかしいんじゃないのか? ヒバリを奪うためだけに、交通インフラをめちゃくちゃに破壊しただと?」
「貴方だって、廃ビルを輪切りにしてたじゃない」
「あれは道路や橋を潰しても、他に迂回ルートがある。だが今の爆発は、一体どれだけの距離を一発で吹き飛ばしたんだ!」
「さぁ? 二キロか、三キロぐらいじゃないかしら」
それはもう、通路を二、三本迂回すればいいという次元ではない。
本当に、リョーゴク・シティからキンシチョー・シティへの経路を爆破し、物理的に封鎖したのだ。
流石に国も動くかもしれない。
しかし――
「それぐらいのリスクを負ってもいいぐらいの報酬が、その子を連れていけばもらえることになっているのよ」
「……守銭奴め」
『この物理至上主義の世の中で、それ程までに金に執着しなければならない理由が見当たらないのですが』
「なんとでも言うがいいわ。私は、私の価値観のために動くのよ。私の、信じられるもののために、ね?」
「そうかい。それじゃあ、俺と同じだな」
「そうね。ならここからは、ビジネスの時間よ」
そう言って私は、『ハイモン777』をジブに向かって全速力で突っ込ませた。
だがその一撃は、彼の持つサムライブレイドで受け止められる。
いや、受け流される、と言った方がいいだろう。
丁度『ハイモン777』の車輪が浮き上がるように刃が差し込まれており、そのまま進むと私は彼らの頭上を通過してしまう事になる。
でも、それがこちらの狙いだった。
私はバイクの操作を、体をサイボーグ化した際取り込んだAIに任せる。有線接続は、ジブ達を待っている間に完了させていた。
両手が使える様になった私は、左右に『イスメネ』と『ポリュネイケス』の拳銃を握る。
そして彼らの頭上を通過しながら、ジブの頭を狙ってフルオートで射撃した。
薬莢がどんどん二丁の拳銃に飲み込まれていき、生身に当たれば容易に人の命を奪う弾丸が銃声を置き去りに、高速で突き進む。
銃弾が標的に命中する直前、ジブの体は金属が溶けたようにぐにゃりと曲がった。
当然それは錯覚で、パワードスーツの力を使い、強引に弾丸を避けたのだろう。
見ればジブのパワードスーツとタヅというAIが搭載されているサムライブレイドは、ケーブルで接続されている。バイクも接続されているようで、ジブを単純に狙うだけでは倒せそうにない。
……それじゃあ、こちらも手を変えさせてもらうわ。
その思考を、搭載したAIが検知。全身サイボーグ化しているメリットは、こうした脳から発する脳波や電気信号を機械に物理接続出来るので、考えた瞬間には体が勝手に動いているのだ。
……実際は、こうしよう、と考える0.35秒前に準備電位が現れているから、人が考える『前』に意思決定が脳でなされているのだけれど、結局脳と機械をつなぐとそれだけ光速で活動出来るのよね。
だからジブがこちらに振り返るよりも前に、私の次の攻撃動作は終わっていた。
左手でハンドルを握りながら、右腕が二つに分かれてそれぞれに拳銃を握っている。
それらは私が考える0.35秒前に、準備電位が発生。引き金が引かれ、弾丸の雨がジブに向かって突き進んだ。
「抜刀!」
彼は線では捌ききれないと判断したのか、サムライブレイドの刃を展開し、面でそれらを弾いていく。
右腕を二本にしたので、AIから脳領域の運動屋が活性化していると報告があった。
大昔の実験で、機械の指を六本目の指として手首に取り付け、筋肉の電気信号で動かせるようにしたことがあった。その結果、脳は五本の指を使っていた時とは違う脳の動きをしたという。
つまり、人間が生まれた時に持っていない腕や足が増えたとしても、訓練次第では自由に操れるのだ。
だから私はバイクが地面についた瞬間、右足を二つに分離。
最初に突撃を仕掛けたのと同じ様にアクセル全開で迫りながら、分離した足をレイピアの様にして刺突を開始する。
もちろん、銃を撃つ二本の腕も同時に動かし続けた。
それを見たジブが、悪態を吐く。
「一人多脚式戦車かよ!」
『化け物過ぎますね』
「それを軽口を叩きながら捌く貴方達も相当よ?」
ヒバリはもう、コアラの子供が親のお腹に抱きつくように、ジブに抱きついている。
ジブもジブで、もうバイクのハンドルは握っておらず、右手でサムライブレイドを、左手で拳銃を操作。刀で弾丸の雨を、そして銃弾で私の足の軌道をそらして紙一重で避けていく。
……もう私がヒバリもろとも攻撃出来ないことは気づいていそうなのに、その子を盾にしようとはしないのね。
その判断は甘いと思うものの、好悪で言えば好ましいと私は感じる。
私も彼の立場は理解できるつもりなので、その心情も想像しやすい。
しかし――
……悪いけどその甘さ、付け込ませてもらうわ。
そう思いながら、私は拳銃を撃つ位置を上に上げる。そうすると彼は銃弾を受け止めるため、サムライブレイドの位置を上げなければならない。
その結果、私の右足の左側が、彼の肩を抉る。
『ジブ! カメラが塞がってケーナの足が見えません! もっと相手の下も見えるようにしてください!』
「それだと上から狙ってくる銃口の位置がわからないんだよ!」
そう、彼の体はあくまで一つ。AIがカメラで画像認識をしているとはいえ、見える範囲は物理的な制約がある。見えないものは、処理(対応)しようがない。
悪戦苦闘し始めた彼らを、私は自分の両目と分離させた二本の右腕と二本の右足にそれぞれ付けたカメラで、どこを狙うのか精査し、避けづらい場所を徹底的に攻め立てた。
……手足に付けたカメラの主要目的は、あくまでAIの解析用。私はその解析結果を元にどう攻撃するのかの意思決定を下せばいい。
それら全ては、自分の身体の中に閉じて行われる。
それだけの処理なので、当然エネルギー炉の消費は激しいが、それを想定してエネルギーの補充も済ませていた。
自分の身体という最小のネットワークを電気信号が駆け巡り、凄まじい勢いでジブとタヅを追い詰めていく。
拳銃は弾数は当然あるが、マガジン交換も腕に内蔵した小型アームで交換しながら攻撃すれば、殆どノータイムで攻撃し続けることが出来る。
対してジブも弾切れが近いようで、彼は私の足の刺突を避けながら、体をよじる。
そこに私の槍の如き蹴りが放たれるが、それが触れたのはジャケットの内側だ。
すると、私が蹴った反動でその内側から、代わりのマガジンが飛び出してくる。
弾倉が、宙を舞った。
そこに弾を撃ち終え、空となったマガジンを吐き出したジブの拳銃が降りてくる。
宙に揺蕩っていた弾倉が、拳銃の中に吸い込まれ、装着。
瞬きするより前に、銃口から今しがた接続したマガジンから弾が飛び出してきて、私の足を削った。
私の足の軌道がずらされるが、それだけではない。
こちらが軌道をずらされる力を受けたのだから、ジブが撃ち出した弾丸も、別の方向へとずらされている。
跳弾、というやつだ。
その跳弾が、私の喉元に迫ってくる。
こちらの攻撃をそらしつつ、こちらを倒すための一撃を、私は顔をひねって躱す。
……どっちが化け物よ。
生まれた時から持ち合わせていない手足を使っており、脳にその処理をさせているので口を開く余裕がない。
最初の邂逅で受けた内臓のダメージもあるはずなのに、よくここまでついてくるものだと、素直に称賛する。
だが、どうやらそれすらも彼らの計算のうちにあったらしい。
気づけば私達の戦闘は西側に移動しており、かつてスモー・ファイトを繰り広げていたという建物まで近づいていた。
そしてその周りを、何周もしていたようだ。
今までジブが私へ向かって連射していた弾丸は、跳弾として建物の天井を狙い撃っていたのだ。
更に、彼が弾いた私の弾丸も、そちらへ向かって弾かれていたらしい。
それらの弾丸達に加わるように、先程私が弾いた弾丸が天井に突き刺さる。
それが、最後の決め手だったようだ。
激しい弾丸の雨を受けた、その建物の天井の一部が崩れ落ち。
私達がいる方へ、落ちてくる。
ジブは、サムライブレイドを使えばその残骸を回避できるだろう。
だが私は、脳を分離させた手足の操作に使っており、反応するのが遅れてしまう。
……ジブ達への攻撃に、脳のリソースに割きすぎたわね。
だが、逃げられないことはない。
一度引いて、体制を立て直そう。
そう考える0.35秒前に、準備電位が現れている。
そしてその信号を受け取った機械の体が、私の思考を先読みするかのように行動を開始した。
だが――
「流石のお前でも、そう動くよな?」
『思考の速さが命取りでしたね』
ジブは上空から降ってくる瓦礫ごと私を斬りつけるように、サムライブレイドを振るっている。
あれなら瓦礫を切断すると、丁度自分達の身体が、分離した瓦礫の間に入るように調整されていた。つまり、彼らはダメージを受けない。
そして瓦礫を斬った後その刃が狙う先は、私の身体だ。
……なるほど。どうやら私も、覚悟を決める必要があるみたいね。
そう電気信号が私の身体を駆け巡っている間に、ジブの握るサムライブレイドが空気を切り裂いてこちらにやってくる。
一度その刀と私の体をぶつけ合った経験からか、既にその刃には紅雷が激しく咲き乱れていた。
私の防御壁を一度学習しているので、ウィルスまで仕込めなくとも、その対応でこちらのリソースを割き、処理落ちを狙う魂胆なのだろう。
しかし落ちる時間は、一秒にも満たないはず。
だが、それはジブとタヅ相手では、永遠にも等しい時間となる。
サムライブレイドが赤い稲妻を走らせて、私の体に肉薄した。
もう、時間がない。
だから私は、ある決断をする。
その0.35秒前に、既に機械の体は動き始めていた。
私の左腕が二つに分かれて、その右側が私の首元を掴む。
そして、私の上半身を引きちぎる様に、上空へと引っ張り上げた。
その瞬間、愕然とした表情のジブの振るう刃が、私の体を切断する。
だが斬られたのは、着ていたライダースーツのみ。
ハンドルを離した私の体は空高く上空へと、放り投げられている。引きちぎる様に、と比喩表現を使った通り、実際に私の体は引きちぎれてなどいない。
ただ、上半身と下半身を分離しただけだ。
私は自分で放り上げたその上空から、彼が切断した建物の屋根が、きれいに切断されて二つにわかれ、ジブ達をまるで避けるように地面を強かに打ち付けるのを見ていた。
瓦礫が地面とぶつかり、自重と衝撃で砕け散る。
粉塵が立ち上る中、私の体は重力に引かれて当たり前のように落下。
その落下地点に、予めAIに指示を出しておいた『ハイモン777』が到着。
二つに分けた左手を使って、再度自分の上半身と下半身を接続する。
そして顔を上げると、バイクまで完全に静止したジブ達の姿があった。
私は、まるでつい先程、眼の前で自殺した人間がすぐさま起き上がったのを目撃した様な表情を浮かべるジブに、声を掛ける。
「そんなに気にするのなら、斬らないでもらえるかしら? 気に入ってたのよ? このライダースーツ」
「お前、自分が今、何をしたのかわかっているのか?」
「ええ、もちろん」
『化け物と言いましたが、まさかそこまでですか! 貴方には、恐怖心というものが全くないのですか?』
「随分酷い言われようね」
とはいえ、彼らの驚きようは理解できないものではない。
ネットワークの信頼が死んだこの時代、自分の体から離れた自分の一部だったものは、もはや信頼できない別物だ。
……ジブもバイクやパワードスーツの操作をタヅに任せてはいるけれど、自分自身の体は直接接続していないものね。
だから、絶対的に信じられるものでなければ、一度自分の体から離れたモノを自分へ繋げ直すことはしない。
特に戦闘中、ウィルスの混入する可能性が僅かでもあれば、普通であれば恐ろしくてとても出来ないだろう。
何せウィルスに感染したデバイスを自分に接続してしまえば、自分の体だけでなく、存在自体も乗っ取られる可能性があるのだ。
だから、この時代では最大のタブーの一つであるそれを平然とやった私を見て、ジブ達はあの様な反応をしたのだ。
「でも、私は私の大切なものを守るためなら、それ以外は全て捨て去る覚悟をしているの。それだけが私のアイデンティティで、それだけが私の自我。それはどれだけウィルスによって私の行動を変えられようとも、私の思考が他人の手によってどれだけ書き換えられようとも、そこだけは絶対不変だと(ハードコーティングされていると)確信しているのよ」
「それが、完全無機という存在のあり方に繋がるっていうわけか」
「他人にどう見えようとも、私は私。だから、そろそろおしまいね」
そう言って、私はジブの手にするサムライブレイドへ視線を向ける。
するとタヅの刀身は、既に元の刀の大きさに戻っていた。
「ずっと展開状態を維持しないという事は、エネルギー残量に懸念点があるのかしら?」
「本当に、ムカつくぐらい冷静だな。こっちはあんなモン見せられて、まだ動悸がするっていうのに」
「あら? 案外ウブなのね」
『あれがウブになるのであれば、この世界から初々しいという単語は消滅します』
「そうかもしれないわね。でも、その前に貴方達がこの世界から消滅する方が先になりそうだけど」
そう言って私は、二本の右手で『イスメネ』と『ポリュネイケス』の銃口をジブ達に向ける。
それに気づいたヒバリが身代わりになろうと、彼をかばうよう目一杯体を伸ばすが、それでも彼を撃ち殺すには十分過ぎる程の余白がある。
「それじゃあ、お別れの時間ね。さようなら」
そう言い終える前に――
「馬鹿っ! お前があんな見え透いた挑発に引っかかるから、まんまと逃がしちまっただろうが!」
「つい言っちゃうんだよ、ごめんよ、ルフト兄ちゃ、あいたっ!」