ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~   作:メグリくくる

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 ◇◇◇ ヒバリ ◇◇◇

 

 ルフトとハンザの突然の登場に、ケーナも含めて私達の動きが止まる。

 それは凸凹兄弟も同じようで、私達の姿を見た瞬間、一瞬にして黙った。

 そんな黙り込んだ私達の中で、最初に言葉を発したのは、嬉しそうに笑うハンザだった。

「ほら、やっぱりボクの言った通りだろ? クラマエ・ブリッジを渡ってスミダ・リヴァーを越えた先、そこのリョーゴク・シティにあいつらはきっと向かってる、って。ほらほら、ボクの言うことが合ってたんだから、ちゃんと褒めてよ、ルフト兄貴、あいたっ!」

「馬鹿っ! そもそもお前が原因で取り逃がしたのに、偉そうにするんじゃねぇ!」

「ひ、酷いよ! ちゃんとルフト兄貴って呼んだのに!」

「馬鹿っ! 今のはそういう話じゃなかっただろ? 服もあいつを追っている間にそんなにボロボロにしやがって。いつも言ってるっだろ? どこに出てもいいように、恥ずかしくない格好をしろって!」

「貴方達、何しに来たの?」

 ケーナは、こちらに構える二丁の銃のうち一丁を私達から凸凹兄弟へと向ける。

「見ての通り、ヒバリは私の方で抑えたわ。報奨金は私のもの。と、いうわけで、遅刻したお間抜けさんはお呼びじゃないの。帰ってくれる?」

 その言葉を聞いたルフトは、ケーナに向けて皮肉げに笑う。

「いやいや、カントー・エリア最強の清掃員が、依頼主からの注文を間違えてるとはお笑い草だね」

「……なんですって?」

「あの時、クラウンCEOは、こう言ったんだぜ?」

 

『この中から最初にヒバリをこのアサクサ・シティの研究所へ連れ戻した者へ、特別報奨金を出す』

 

 つまり――

「お嬢ちゃんを研究所へ連れて行くまで、誰が追加の報奨金をゲットできるのかは決まってない、ってことだよ!」

 ルフトのその言葉と同時に、ハンザがサイボーグ化した自分の体を完全展開。山のように巨体になって、私達の方へと向かってくる。

 それを見たケーナは顔の表情を僅かばかりも変えないまま舌打ちをして、手にしていた二丁の拳銃を凸凹兄弟に向けて発砲。

 ジブはバイクを再稼働させて、この場から立ち去るように方向転換をした。

 走って来た道を引き返す中、私は後方で起こっているケーナとルフトとハンザの戦いの様子を見ている。運転するジブの前から抱きつく形になっているので、彼の後方がよく見えるのだ。

 ケーナが拳銃を連射するが、ハンザは自分の両腕で顔を隠しながら、そのまま突進。弟が止まらないと判断したケーナはバイクを走らせるが、既にルフトが接近しており、彼女に殴りかかっている。

 だが、そんな目眩ましで倒せる相手であれば、ジブとタヅがあれほど苦労しているわけがない。

 ケーナはルフトの方へ視線を向けもせず、バイクと下半身だけを回転させ、二本の右足を兄の方へ向けて、槍の様な蹴りの連撃を放つ。

 たまらずルフトは回避するが、今度は逆に彼を追う、と見せかけて、左手でバイクからロケットランチャーを取り出し、それをハンザの方に向けた。

「どういう屁理屈を捏ねようとも、報奨金も私がいただくわ」

「さ、流石にあれはマズいよルフト兄ちゃん!」

「馬鹿っ! 早く避けろ、ハンザ!」

 砲音が響き、こちらに向かってくる突風で思わず私は目を閉じる。

 次に目を開けた時には、ケーナ達の姿は黒煙で見えなくなっていた。

「ジブ。ケーナがあの兄弟を吹き飛ばしたみたいだよ」

「そうかい。それで終わってくれると、いいん、だが、な」

「ジブ?」

『ケーナとの初戦で受けた傷が癒え切らない内に、クラマエ・シティからの三連戦です。流石に負荷がかかりすぎているのでしょう』

「そんな……」

「そんな顔するな、ヒバリ。もう少しの、辛抱だ、と思いたいな」

『何故このタイミングでフラグを立てるような事を言うのですか?』

「何故そのタイミングで人のやる気を削ぐようなことが言えるんだ?」

 そうこうしている内に、私達はここまで渡ってきたリョーゴク・ブリッジのある通りまで戻ってくる。

 と、そこで橋の方から、異音が響いてきた。

 ガリガリ、とか、バリバリ、というような音が、夕日に照らされるスミダ・リヴァーに響いた。

 そして、一際大きい音と同時に、橋から粉塵が舞い上がる。

 破砕音を立てながら、スミダ・リヴァーが真ん中からへし折れた。そして、折れた所から、巨大な水柱が噴き上がる。

 本で読んだ、湖の恐竜が飛び出してくるシーンの様だ。

 だがここは湖ではなく川で、スミダ・リヴァーに恐竜なんて住んでいるわけがない。

 やがてその水柱が収まり、リョーゴク・ブリッジをへし折った存在の姿があらわになる。

 崩れ落ちていく橋に現れたのは、全身水浸しになった、オオヅルだった。

 ジブにバイクをぶつけられたからか、はたまた川を泳いできたからか、彼が被っていたシルクハットの姿はどこにもない。

 ビシャビシャに濡れた青白い髪からは、ポタポタというよりダバダバと水が地面に向かって流れ落ちている。

 彼は川に沈む橋を、手足から伸ばした有線ドローンを使い、器用に歩いてこちらに向かってきた。

「謝罪しましょう、死にたがり。貴方はまだ、私を楽しませてくれるようだ」

 そう言った瞬間、オオヅルはドローンを蜘蛛の足のように動かして、近くのビルに飛び移った。

 それを見て、ジブもバイクを東側に走らせる。

 その後を、一つ、二つとビルを飛び回って助走をつけたオオヅルが、こちらに向かって大跳躍をした。躍りかかる彼の口は、頬まで裂けんばかりに開かれており、歪んだ歓喜を表現している。

「さぁ、そのヒトモドキを守りながら、一体どこまで私を楽しませてくれるのかな?」

 走りながらジブが銃を取り出し、迷うことなく相手の眉間、喉元、心臓と急所を狙う。

 だがそれらは全て、彼のドローンに防がれた。

 死を感じる戦闘が余程楽しいのか、オオヅルの瞳孔は完全に開かれている。それが分かるぐらい、彼は私達に近づいていた。

 それを察知して、ジブがサムライブレイドに手を伸ばす。

 ……でも確か、抜刀は回数制限があったよね?

 クラマエ・シティにいた時は、四回が限度だとタヅは言っていた。

 その内一回は、先程のケーナとの戦いで使っている。

 と、いう事は、残るは後三回。ジブが口元を歪めている所を見ると、先程の会話通り、傷が痛むのだろう。

 ……私、ずっと守られてるばっかりだ。何か、何か、出来ないの? ジブとタヅの為に、私でも、何か。

 二人からコウノという人の話を聞いた時、私は怖くて仕方がなかった。

 知り合いだ、と言っていたけれど、二人にとってその人が特別な存在だったというのは、なんとなくわかってしまう。

 それが、まさかそのコウノという人が死んでしまった原因が、私を作った研究所の、BPP社のCEOの、クラウンだとは。

 その事実を知った時、私は絶望的な気分で、表情だけでなく心の中も真っ黒に染まっていた。

 私を助けてくれたジブとタヅの大切な人を、自分の生まれるきっかけとなったクラウンが殺した。

 二人に、見捨てられるんじゃなかと思った。いや、見捨てられても仕方がないと思ったし、それ以前に殺されても仕方がないと思ったのだ。

 だって私は、この世界を蝕む猛毒、ハーラーハラを使うためだけのデバイスだ。

 もはや存在するだけで罪と言える存在だし、二人の仇のクラウンが求める存在。

 誰がどう考えても、私を殺してしまった方がこの世界のためだし、正しい行為。

 そんなの、空想の物語しか読んでいない、私にだって分かる。

 でも、彼らは、ジブは、タヅは、私を信じると言ってくれた。

 その価値があると、コウノという人の代わりではなく。

 私はただの女の子で、生きていていんだと、言ってくれた。

 ……だから、何かないの? 私が二人にできるものって、私が出来ることって。

 そう思っている間に、オオヅルのドローンが迫ってきた。

 ジブが覚悟を決めたように、サムライブレイドの柄を握りしめた、その瞬間。

 

 ビルの上から降ってきたケーナのバイクが、オオヅルの体を吹き飛ばす。

 

「全く、油断も隙もないわね」

「『完全無機のケーナ』! 君も我らの闘争に加わりたいと言うのかね? いいだろう、是非歓迎しよう!」

 壁にめり込んだオオヅルは、口元の血を拭いながら、嬉しそうにそう言った。

 それを見たケーナは、全く表情を変えずに背後を一瞥する。

「せっかくのお誘いだけど、御免被るわ。全く、三つ巴でも面倒だっていうのに、四つ巴とはね」

「馬鹿っ! 身だしなみはいつも気をつけろって言っただろうが! 何服を汚しているんだ!」

「そんな事言ったって、ロケットランチャーはどう頑張っても避けるのは無理だよ、ルフト兄ちゃ、あいたっ!」

 リョーゴク・シティの交差点に、私達、ケーナ、ルフトとハンザの兄弟、そしてオオヅルの四組が勢揃いした。

 その瞬間、私の頭にあるひらめきが起こる。

 その間にも四組は入れ代わり立ち代わり、他の三組を牽制死合いながら、ぐるぐると通りを動き回っていく。

 そうしている間に、私はそのひらめきを小声で口にした。

「ねぇ、ジブ、タヅ。リョーゴク・シティでやったみたいなこと、ここでも出来ないかな?」

『リョーゴク・シティというと、ルフトとハンザをぶつけた時の事ですか?』

「うん、そう」

 私はタヅに見せてもらった地図を思い出しながら、口を開く。

「この辺りも、十字路の交差点が多いでしょ? だから、私を囮に他の三組を撹乱できるんじゃないかな?」

「駄目だ。危険すぎる」

『私もジブと同意見です。あの時は相手の片割れであるハンザを確実に釣れる保証がありましたが、今回は人数が倍の四名。不確定要素が多すぎます』

「でもあの人達、ケーナが最初に襲ってきた時とは違って、私を攻撃出来ないみたいだよ? だったらむしろ、私が危険な目にあうのであれば、助けようとするんじゃないかな?」

「しかし――」

「お願い。私も、私を信じてくれた二人のために何かしたいの。私は戦うことも出来ないし、そのサポートも出来ない。だから、せめて囮役ぐらいはさせて欲しいの。それに、そうするのが一番ジブの体に負担にならないんだよね? 私をかばいながら戦わなくてもいいし。そうでしょう? タヅ」

 二人の無言は、すなわち同意と同じ意味だ。

「お願い。私に任せてよ。都合の良いことばっかり言うけど、もっと私を信頼して欲しいの」

『……わかりました。それでいきましょう』

「タヅ!」

『ジブ。もう、日が傾いているんですよ。夜になると――』

「そうか。エネルギー炉の残量が、足りなくなるのか」

 忌々し気に舌打ちするが、ジブもそれしか方法がないと、腹をくくったようだ。

 その後軽く打ち合わせをした後に、私達を乗せったバイクは九十度ハンドルを回して、細い通曲がり角へと向かって行く。

 それに最初に反応したのは、ルフトとハンザの兄弟だった。

「馬鹿っ! 二度も同じ手は食うかよっ!」

「そうだよ、田舎者だからって舐めてたらダメなんだぞっ!」

 だが、その通りに入った瞬間待ち受けていたのは、タヅにバイクの運転を任せているジブだった。

 彼は曲がり角の死角から、パワードスーツの出力を全開にしてハンザに足払いを仕掛ける。まんまと引っかかったその巨体が、もんどりをうって地面に倒れ込んだ。

 巨漢が道路にそのままめり込んで、ハンザの体の型が出来上がる。その弟の体を踏み越えてルフトが前へ進もうとするが、そこにジブが拳銃による威嚇射撃を行った。

「おいおい、弟を踏みつけるだなんて、可愛そうだろうが」

「誰のせいだと思ってるんだ、貴様っ!」

 ジブが戦闘をふっかけている間に、私はタヅの運転で更に角を曲がり、もう一回角を曲がる。

 と、その先にはオオヅルが待ち構えていた。

「ヒトモドキには興味はないが、君がいれば私はより死地へと近づけ――」

「一人で向かっていなさい。あの世にね」

 オオヅルの顔面目掛けて、ケーナがバイクで突撃する。だが、流石に何度も同じ攻撃は食らわないと、オオヅルはドローンでそのバイクを受け止めた。

 その有線ドローンはバイクを直線で受けたのではなく、その刃物が取り付けられた凶悪なヨーヨーの先端で受け止める。

 だが、その先端以降のケーブルは、不思議な形になっていた。

 螺旋だ。

 オオヅルはドローンのケーブルを渦巻くような形で展開し、バネの要領でケーナを押し返す。

 だが、押されたぐらいでふらつく彼女ではない。飛ばされながらも銃による応射は忘れず、オオヅルを引き下がらせる。

 そしてケーナが二丁拳銃の弾倉を交換している背後に。

 ジブとの戦闘を切り上げたルフトが迫っていた。

 あの兄は、私を連れ去るための最大の障害が、ケーナだと気づいているのだ。

 そしてその推測が正しいとばかりに、ケーナは背後から迫るルフトへ二本の右足による二重の回し蹴りを繰り出した。

 全身サイボーグ化した彼女には、死角というものが存在していない。

 一本の足からは逃れたが、もう一本の強烈な蹴りを食らい、ルフトがボールの様に吹き飛んでいく。

 だが、そうなる事もどうやら織り込み済みだったらしい。

 蹴りを放った動作のままのケーナに向かい、その隣の建物を突き破って、ハンザが飛び出してきた。

 弟のタックルが、ケーナに叩き込まれる。

 サイボーグ化に使っている素材はケーナの方が圧倒的にいいのか、彼女にそれ程ダメージがあるようには見えない。むしろ、ぶつかったハンザの方がふらついていた。

 しかし、ケーナの乗っていたバイクの方は、無事とはいかなかったようだ。

 調子を悪くしたのか、再起動を繰り返している。

 ケーナはすぐにバイクから降りる判断をするが、それで彼女の機動力は格段に下がったと言えるだろう。

 それを見て、ルフトが高笑いをした。

「がはははっ! どーだ、みたか、カントー・エリア最強! 所詮お前なんぞ井の中の蛙。オレ達兄弟の敵ではないわっ!」

「足の一つを止めたぐらいでそれだけ喜べるのは、素直に羨ましいわね。でも、いいの? 弟さん、ピンチみたいだけど?」

 ルフトが慌てて振り向くと、ケーナの言った通りの光景が見えただろう。

 ケーナ達が争っている間に、私を乗せたバイクはタヅの運転で、ジブと合流を済ませている。

 つまり、ジブがサムライブレイドを使える状態になっているのだ。

 彼はタヅの柄を握り、ふらついているハンザへと向かって行く。

「抜刀!」

 二回目の抜刀をした状態で、ジブとハンザが交錯する。その結果茜色の空に、あるものが飛ぶことになった。

 

 それはジブに切断された、ハンザの左腕だった。

 

「ぼ、ボクの腕がぁっ! 痛い、痛いよ、ルフト兄ちゃんっ!」

「ハンザ!」

 そう言ったルフトよりも早く、ビル伝いにやってきたオオヅルの影が、ジブに迫る。

 彼は上空を見上げて、口角を吊り上げた。

「見えてるんだよ、ぴょんぴょん飛ぶ影が、夕日に照らされてなっ!」

 その掛け声と共に、ジブは喚くハンザの体をサムライブレイドで打ち据える。

 そう、たたっ斬るのではなく、打ち据えたのだ。

 スミダ・リヴァーを渡る時、水面を叩きつけたように、バットをフルスイングするような形で。

 その結果、ハンザは打球が飛ぶごとく、吹き飛ばされる。

 その方向にはオオヅルが迫ってきており、彼らは宙でぶつかると、二人共仲良くスミダ・リヴァーへと落下していった。

 二つの水柱が上がる中、抜刀状態を解いたジブが、その場で膝をつく。

『バイタルデータの低下を確認。ジブ、完全に傷が――』

「だったら――」

「今がチャンスって事だなぁ、おい!」

 ケーナとルフトが、一斉にジブへと襲いかかる。

 先程まで争っていたが、この四竦みの状況では、先に落とせる相手から落とすべきだと、誰もが悟っているのだ。

 呻きながらもジブはタヅを使って、なんとか二人の攻撃をいなしていく。

 ケーナがバイクを失っているのでまだ戦えるが、抜刀していないのでリーチも短く、防御するので精一杯の様だ。

 ルフトを銃で撃って牽制するが、その間にケーナに踏み込まれる。

 二重に放たれる槍の如き蹴りの威力も、どうにか刀で受け止めた時には、ルフトがパワードスーツの出力を全開にして、こちらに飛びかかってこようとしている所だった。

 しかし――

 

「やはり、いい! 最高だ! こんな血湧き肉躍る闘争は、死闘は、これほどまでに死をギリギリまで感じたことは、かつてなかったぞっ!」

 

 川の中から、オオヅルが再びこちらに向かってくる。

 しかし、その様子が、いや、格好がおかしい。彼の有線ドローンは四つだったはずなのに、それが倍以上の十六本に増えている。

 まだ、奥の手を隠していたのだ。

 ずぶ濡れになりながらも、興奮で頬を赤らめるオオヅルが、己の欲望を吐き出すように口を開く。

「もう、ヒトモドキなどどうでもいいわ! この場こそが、この場で死を感じることが、私にとって最優先であり最重要なのだっ!」

 そしてそのドローンは、一斉に獲物に向かって発射された。

 その獲物の中には、間違いなく私も含まれている。

「おいおい、あれはマズいぞ? お嬢ちゃんごと殺る気かよ!」

「ヒバリが死んだら、報奨金が受け取れられなくなるわ」

 そう言って二人は、ジブから視線をオオヅルの放ったドローンへと向ける。

 ケーナは二丁の拳銃で迎撃し、ルフトはパワードスーツの出力を上げてそれらを殴り、蹴り飛ばす。

 それを見てオオヅルが、激怒した。

「何だ? そのぬるい判断は。自らの命ではなく、そんなヒトモドキの為に力を振るうなど、生き残るためではなく他者のために力を振るうなど、言語道断! 死力を尽くせん者は、この戦場から去るといい!」

「ノリが一人だけ違うからって、逆ギレしないで頂戴」

「てめぇにゃ付き合ってられねぇよ」

 ルフトがそう言った所で、彼の視線がオオヅルから別のところへと向けられる。

 それは、ジブに左腕を切断され、どうにか右腕だけで川から這い上がってきた、ハンザの姿だった。

「うっへぇ、水、水飲んじゃったよ。ばっちぃ、ばっちぃよぉ、ルフト兄ちゃぁん!」

「馬鹿っ! 今は戦闘中だぞ? 早く戦えるように――」

「ここにもいたか。この戦場に、不必要な存在がぁっ!」

 オオヅルの怒れる瞳が、ハンザに向けられる。そして彼の意思を即時反映させた五つの有線ドローンが、弟の方へと向けられた。

 それを、ハンザは呆けた様子で見上げている。川から上がったばかりで、状況を把握しきれていないのだろう。

 自分にドローンが向けられていると気づいた時には、もうその凶悪な刃は彼に肉薄していた。

「へ?」

「ハンザっ!」

 そして、ドローンが肉を抉る音が聞こえてくる。

 皮膚を切り裂き、骨を断ち、命を削る駆動音。

 そして周りに飛び散るのは、生暖かな臓腑と、強烈な鉄臭さをもつ血潮だった。

 その光景を見て、兄弟の片割れが叫ぶ。

「る、ルフト兄ちゃん!」

「ば、馬鹿っ。仕事中は、ルフト兄貴と、呼べって、言って――」

「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん!」

「は、ハンザ。お、オレが言ってきたこと、ちゃんと、覚えて、るな?」

「うん、覚えてる。覚えてるよ!」

「よ、かった。オレ、は、もう、教え、られない、から。身なり、気をつけ、働いた対価は、ちゃんと、もら、え」」

「わかった、わかったから。ボク、わかってるから! だから、兄ちゃん、そんな、教えられないなんて言わないでよ!」

「田舎者だと、舐められ、たら、駄目、だ。侮辱、されたら、名誉を、とり、も……」

「兄ちゃん、兄ちゃん、ルフト兄ちゃん! 嫌だ、死んじゃ嫌だ! 目を開けてよ、ルフト兄ちゃん! 兄貴ってちゃんと呼ぶから、呼ぶから目を覚ましてよ、ルフト兄ちゃんっ!」

「ふんっ。兄弟の情に流された、哀れな男が最初に散ったか。では、兄と同じく、冥府に送って、っ!」

「兄弟の別れに、水を差すんじゃないわよ」

 ケーナが銃撃して、オオヅルがハンザを狙うのを止める。

 それらの弾丸をドローンで受けてた彼は、狂気を宿した瞳をこちらに向けてきた。

「いいだろう。そんなに殺して欲しいのなら、先に貴様から殺してやるわっ!」

「ジブ。私はバイクがないから、ヒバリを守りながらあの男を殺せないわ。意味、わかるわよね?」

「……ああ。ヒバリは、俺が守る」

『私もいるのを、お忘れなく』

 その瞬間、十六の凶器がこちらに向かって放たれた。

 ケーナは足を更に変形させ、物語に出てくるケンタウロスの如き姿でオオヅルへと向かって行く。そんな彼女へ、六本のドローンが殺到した。

 その時には既に、ケーナは腕と銃を持ち替えている。右と左の腕を三本にし、一番身体の外側の左右の腕に銃を握る。銃でドローンを叩き落とし、それから漏れたものを徒手空拳で捌いていった。

 だが、オオヅルの有線ドローンは、後十本も存在する。

 それに対して、ジブは――

「抜刀!」

 サムライブレイドの、三回目の展開をして迎え撃つ。

 彼はバイクから降りて私の前に立ち、ある時は右に、ある時は左に、そしてある時は背後からと、四方八方から迫る十の死神を叩き落としていく。

 ドローンを弾く度紅雷が宙に舞うが、口から血を流すジブは、相手にウィルスを注入する程の余裕がないようだ。

 いや、もしそれが可能であったとしても、十の凶刃を彼が全て叩き壊す方が早かった。

 私を狙うドローンが、全て視界の中で動かなくなったことを確認すると、彼はその場で膝から崩れ落ちる。

 ジブの身体が地面に倒れ伏す前に、私が彼の身体を支えた。

 と、そこで私の顔を影が遮る。

 

 振り向くとそこには、頬を鮮血で染めた、ケーナの姿があった。

 

 彼女の背後に、血溜まりに沈むオオヅルの姿がある。兄を失ったのがショックだったのか、兄の亡骸とともにハンザは川に落ちていったのが見えた。

 それを見て、私は思わずジブを抱きしめ、口を開く。

「お願い、彼を殺さないで」

『バイタルデータを確認。このまま放置していれば、危険な状態となります』

 タヅの言葉の意味を理解し、私はケーナに必至に訴える。

「目的は、私だけなんでしょ? ついていきます。だから、お願いします! ジブを、私の大切な人を殺さないで!」

 無表情のケーナが、一歩、一歩と近づいてくる。

 必死になりながら、私は叫んだ。

「生まれて、初めてなんです。私を信じてくれて、私が信じられた人が! だから、だからお願い、ジブを助けてっ!」

 ケーナの瞼が、一瞬動いたような気がした。

 だが、それは気の所為だったのだろう。すぐに彼女は、私の直ぐ傍までたどり着く。

 私は縋り付くように、ジブの身体を抱きしめた。

 硝煙と、血と、汗と、暴力の匂いがした。それは研究所を出たばかりの時には怖くて仕方がないものだったけれど、今ではこの上なく頼もしく、愛おしい匂いだった。

「私に与えられた任務は、個体名ヒバリをアサクサ・シティの研究所へ連れ戻す事よ。その男の殺害は、依頼料に含まれていないわ」

「そ、それじゃあ……」

「来なさい。そんなに縋りつかれていたら、その男の身体を切断して、貴方を連れて行かないといけなくなるから」

 そう言われ、私は慌ててジブの身体を地面に寝かせる。

 その間ケーナは自分のバイクを再点検し、無事稼働できることを確かめていた。

「それじゃあ、行くわよ」

「わかり、ました」

 そう言って私は、ジブから離れる。

「タヅ。ジブを、お願いね」

『もちろんです、ヒバリ』

「……じゃあね。ジブ、タヅ」

 そう言って私は、ケーナのバイクにまたがった。

 それからは何の波乱もなく。

 アサクサ・シティの、BPP社の研究所に、クラウンが待つ場所へと、連れて行かれたのだった。

 

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