ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~   作:メグリくくる

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 ◇◇◇ ケーナ ◇◇◇

 

 私が『ハイモン777』を止めたのは、アサクサ・シティのとある一角だった。

 その途中、かつて有名なテンプルだったというその建物の前を通ったが、その門の前に立つ二体の像の頭部が落ちており、左側の像の右腕が、右側の像の左腕が取れている所を見るに、随分前から手入れをする人はいなくなったようだ。

 そういった諸行無常は、到着したBPP社の研究所にも言えるだろう。アミューズメントパークだった場所の跡地に建てられているらしいが、夜の帳が降りる時間も相まって、魑魅魍魎の住まう魔城の様にすら見える。

 ……でも、魔城というのは、確かにピッタリかもしれないわね。

 何せここは、全く新しいネットワーク、NAGAネットワークを使って、アムリタを利用しているデバイスを完全に制御下に置く研究をしている。

 それを可能とするのは、猛毒の名前から取られた、ハーラーハラというプロトコルだ。

 現在、この世全てに存在しているものは、全てアムリタを利用していると言ってもいいだろう。

 私の身体も、パワードスーツも、バイクと接続するケーブル類も。

 そして、凶悪なウィルスがはびこり、人類が捨てたネットワークですら、全てアムリタを利用している。

 信頼度がゴミクズとなったネットワークではあるが、ハーラーハラという新しいプロトコルを介せばその懸念をなくし、ネットワークを使った遠隔操作を復活させることを意味していた。

 それはまさに、物理至上主義と言われているこの時代の根幹を崩壊だ。

 ハーラーハラを使える存在だけが、かつて世界中に張り巡らされていた幻の存在、『インターネット』を手に入れることが出来るのだ。

 インターネットの利便性はもはや説明するまでもなく、そしてそれを唯一その恩恵に預かれるという事がどれ程のものなのかは、語るまでもないだろう。

 まさにハーラーハラを制御するものは、世界を統べることになる。

 今どき子供が読む本の物語にも出てこないような世界征服が、実現するのだ。

 それを実現しようとするものがいる場所を、魔城と呼ばずになんと呼べばいいのだろう?

 まだドラフト段階だと言うが、クラウンはこの世界を手に入れる、魔王となろうとしていた。

 ……そして、そんなあいつにこんな子供を引き渡そうとしている私も、魔城の門を潜る資格は、十分あるわね。

「降りなさい、ヒバリ」

 無言で『ハイモン777』から降りようとするが、ジブのバイクより車体が大きいからか、中々上手く降りれそうにない。

 思わず彼女の脇に手を入れて、地面に降りるのを手伝ってしまう。

「あの、ありがとう」

「礼を言われる程の事ではないわ」

 ……何せ私は、貴方を売ろうとしているのだから。

 ヒバリが人間ではなく、クラウンがハーラーハラを起動させるために作った新人類、というデバイスだとは理解している。

 私達人類の認証ではネットワークの信頼性が担保出来ないため、それとは違う存在を使って信頼性を担保し、ネットワークを使用できるようにする。それがハーラーハラのプロトコルの肝であり、NAGAネットワークの根幹だった。

 しかし――

 ……やっぱり、どう見ても人にしか見えないわね。

 BPP社での研究で、ハーラーハラを起動させるために感情を発生させる必要があると判明した。そのため研究所で自我を宿らされたヒバリは、見かけ上普通の少女にしか見えない。

 情が移らないよう気にしないようにしてきたが、やはりこう考えてしまう。

 ……歳は、カーニャと同じぐらいかしら?

 どれだけヒトゲノムの解析が進もうとも、染色体異常や遺伝子異常は一定確率で発生する。

 妹のカーニャはその一人で、彼女はアムリタを受け付けなかった。

 それが、このアムリタだらけの世界で、どれだけ生きづらいかは、想像するまでもないだろう。

 ……だから私には、金がいるの。たとえ妹と同じぐらいの子を犠牲にしてでも、私はカーニャを救うと決めている。

 それに、全く新しいハーラーハラが世界を変えてくれれば、カーニャが過ごしやすい世界になるのではないか、という淡い希望もあった。

 とはいえ、まだハーラーハラはドラフト版。いつ完成するのかわからないものを待つよりも、まずは妹を生かすための金が私には必要だ。

 ……それに、クラウンには深入りし過ぎないようにと決めたしね。

 念の為の準備も、既に終えている。ジブ達に最後に追いついた理由の一つに、その仕込みをしていた事も含まれていた。

「いきましょう」

 ヒバリにそう言うと、彼女は無言で私の後ろをついてくる。

 研究所はクラウンのオールバックみたいに、神経質さを感じさせる程、白一色で統一されていた。

 足音がやたらと響く廊下を進んで、物理接触型のカードキーを使って奥へと進む。

 途中有線接続の通信機器で状況を伝えるように言われたので、私はヒバリを奪取した時の状況を伝えた。

 するとクラウンが待っているという場所を教えられたので、そちらの通りを進んでいく。

 その通りは、左右で実験が行われている様子が見て取れた。見たくもない光景だったが、私の視覚と体に埋め込んだカメラから、AIがそこで何を行っているのか伝えてくる。

 硝子張りになっている実験室では、椅子に子供が座らせられている。

 その子の手足には電極が取り付けられており、作為的に外部から電気信号が送られていた。

 子供の体が、稲妻に当たってしまったかのように震撼する。それを周りにいた白衣を着た大人達が、モニターを見て話し合っていた。恐らく、信号を流した時のデータを取っているのだろう。彼らは一度たりとも子供の方を見もせず、機器をいじってまた電気信号を流した。

 別の実験室では、子供がベットに横になっている。

 ただ、その子はずっと、天井のライトを見つめていた。その目は一度たりとも瞬きをせず、しかし呼吸をしているという事は、剥き出しになっている肺が動いている事がわかる。生きたまま解剖される子供は、感情のない瞳をただ開いているだけ。近くの研究者達は淡々と臓器の成長状況や色合いを写真に撮ったり、メモしたりしている。

 私も金次第で色々してきたが、ここで行われているのはその中でも、相当な部類にカテゴライズ出来る。

 好んで見たいものではないが、この先に依頼主のクラウンがいるというのだから仕方がない。いかなければ金がもらえないというのであれば、進む以外に道はなかった。

「な、に? 何、あれ?」

 振り返ると、顔面蒼白となってヒバリが動けなくなっていた。

 先に進んでしまったので、私は彼女の元へ戻っていく。

「研究所でずっと暮らしていたのに、知らなかったの?」

「わ、私、、一人、だった、から。最初は、皆、いたけど、すぐ、一人だけにされて、そこから、周りはずっと、大人達だけで、だから――」

「早めに自我が芽生えたから、貴重なサンプルとして大切にされたのね。一つしかないものを、雑には扱えないでしょ?」

「それ、じゃあ、私以外の子は、皆、あんな目に?」

「そうよ。良かったわね、二番目にならなくて」

 ヒバリの手を取って、私達は歩みを再開する。

 やがていくつかの扉を潜ると、巨大なモニターがいくつも並ぶ部屋でクラウンが待っていた。

 部下からの報告を受けていた彼は、私とヒバリの姿を見て、横行に手を広げる。

「流石はカントー・エリア最強の清掃員だ。必ずや私の望みを叶える機能(役割)を有していると思っていたよ。さぁ、そのピースを私の元へ」

「お褒め頂いて光栄だわ。できれば先に約束を守って欲しんだけど」

「約束?」

「特別報奨金の事よ。元々の報酬とは別にもらえるのよね?」

「ああ、その事か。もちろん覚えているとも」

「だったら、今すぐもらえるかしら? この子はそれと交換よ」

「わかっているとも。ほら、まずは特別報奨金の方から渡そうじゃないか」

 そう言ってクラウンは懐に手を伸ばし。

 

 拳銃を取り出して、私に向かって引き金を引いた。

 

「一応聞いておくわ。何のつもりかしら?」

「わからないかい? 鉛玉だ。取り出して売ればいくらかにはなるだろう」

 腕を変形させる間でもなく、私は弾丸を弾き飛ばしている。

「そういう事を聞いているんじゃないわ。そんなもので私をどうにか出来ると思っているの?」

 今更私に、そんなものが効くわけがない。そしてそれは、クラウンもわかっているはず。

 だからこそ、相手の意図が読めない。

 そう困惑する私を面白がるように、クラウンは笑った。

「もちろん、こんなもので君をどうにか出来ると思っていないよ、『完全無機のケーナ』。君どころか、体の一部をサイボーグ化している相手にも効かんだろう。特に我が社の、BPP社製のものを使っているのであれば、ね」

「私は無駄話は嫌いなのよ」

「奇遇だね、私もさ」

「だったら答えなさい? 死にたいの?」

 ギルドを介さず受けた依頼で、依頼主が依頼料を踏み倒そうとする事はままあった。

 それでも個人で依頼を受けるのは報酬が破格のためなのだが、逆に言うと私はそうした事態が起きても生き延びてきたのだから、今もこの仕事を続けているのだ。

 右手を二つに分離させ、『イスメネ』と『ポリュネイケス』の銃口をクラウンへと向ける。

「最後のサービスよ、クラウン。特別報奨金と依頼料を払ってくれるなら、今のはチャラにしてあげるわ。もちろん、迷惑料は上乗せしてもらうけど」

「なんと! あまりのサービス精神に感激して涙が出そうだよ。流石はカントー・エリア最強。時に、迷惑ついでにもう一つサービスしてもらいたいことがあるんだが、いいかね?」

「話を聞いてから判断するわ」

「そう言わずに頼むよ。是非とも君にお願いしたいんだ。我が社が新開発した、サイボーグ化とパワードスーツの利点を融合した新商品の性能テストにね」

 クラウンが話し終える前に、私は二つの指で銃口を引き絞っている。

 二つの弾丸は狙いを違わず、奴の眉間と心臓に直撃。したはずだったのだが、当たったのは心臓を狙った銃弾だけだった。

 それだけでも普通は致命傷なはずだが、クラウンは右手を上げて眉間を狙った弾を受け止めている。

 そんな彼に、周りの部下が声をかけた。

「『セシリエ4091』、正常に稼働しております」

「先ほど収集した対象の反応データと先程の射撃データを、『セシリエ4091』へアップデート。敵対対象の学習を、搭載したAIが完了しました」

「ご苦労、諸君。私の望みを叶える機能としての価値を発揮してくれて、喜ばしく思うよ」

 そう言いながら、クラウンは足元のケーブルを引き抜く。

 それを見て、私は内心舌打ちをした。

「最初の発砲は、私の身体の反応速度から機体性能を測定するためね」

「その通りだ、『完全無機のケーナ』。だからこそ、その意味が分かるだろう? これで君の敗北は決定した」

 そう言ったクラウンの胸から、私が心臓目掛けて撃った弾丸が吐き出される。弾はひしゃげているが、血の色はついていない。

 それが地面へ落下するよりも早く、私は彼の顔面目掛けて、二つに分けた右足で連撃を放つ。

 しかし――

「私は、無駄話は嫌いなんだよ」

 クラウンの右手が、別々に放った二つの右足を握りしめている。

「二度も、同じことを言わせないでくれ」

 そう言った瞬間、奴の身体が膨張。彼のスーツを引き裂きながら現れたのは、サイボーグの身体の様に展開する、パワードスーツだった。

 そしてクラウンは、身につけてたそれ、『セシリエ4091』の力を十分見せつけるかのように、私を地面へと叩きつける。

 床が砕け、ボルトやパイプが弾け飛んだ。だが、それでも私の意識はハッキリとしている。

 打ち付けられて跳ねたバウンドを利用して、私は奴の顔面を狙って二丁の銃を向けた。

 その銃口から火が出る前に、奴は私の足を離して防御する。

 一旦後ろに下がりながら、私は平然としているクラウンを一瞥した。

「どれだけ力自慢になろうとも、どれだけ私の動きを学習しようとも、私を破壊できないのであれば意味がない。物理至上主義のこの世界で、使う金属の強度の強さは絶対よ」

 私の身体は、全てヒイロカネ製だ。ジブが振るっていたアダマンタイト合金製のサムライブレイドならいざ知らず、そうそう傷を受けるようなものではない。

「ビル一棟ぐらいの質量が用意できるというのならまだしも、その程度では――」

 そう言った瞬間、AIが私に警告を出した。それと同時に、私の視界も右下に下がる。

 自分の体に起きた異常を認識しながら、その内容をクラウンが口にした。

「知っているとも、『完全無機のケーナ』。君の身体が特注品であるということはね。しかし、忘れてもらっては困るな。私はこれからハーラーハラを使い、世界を統べようという人間なんだよ? 『セシリエ4091』の量産の目処が付けば使う物質は変える予定だが、今は私だけの特注品だ。そんな私が、世界の覇者が身につけるものが、そんじょそこらのゴミどもが使っている金属を使うと思っているのかい?」

 否定をしたい事実では合ったが、不調を訴える右足からの情報は事実のようだ。

 そして私の身体を傷つけれる様なものといえば、そこまで候補は多くない。

 アダマンタイト合金に、同じヒイロカネ、それから――

「まさか、貴方が使っているのは――」

「そうとも」

 その言葉は、私のすぐ耳元で聞こえていた。

 そしてクラウンは、私にとって最悪の事実を口にする。

 その内容は――

 

「私の『セシリエ4091』は、表面全てにオリハルコン加工が施されている」

 

 瞬間、私の意識は飛んだ。

「ケーナ!」

 私の後ろにいたはずのヒバリが、私の前から駆け寄ってくるのを見て、自分がクラウンに吹き飛ばされたのだと知る。

 私がぶつかった壁はヒビが割れるほどの衝撃を受けており、この部屋に入ってきた扉が壊れてロックも解除されていた。

 扉が僅かに開き、火花が飛び散るのを横目に、クラウンが悠然とこちらに向かって歩いてくる。

「言った通りになっただろ? カントー・エリア最強の清掃員。ああ、私に負けたからといって、カントー・エリア最強は返上しなくてもいい。何せ私はそんな小規模な範囲ではなく、世界最強となるのだからねっ!」

「ケーナ、大丈夫? ケーナ!」

「どう、して」

 私の体を揺するヒバリに、問いかける。

「なんで、私の心配を? 私は、貴方をジブ達から引き離したのよ?」

「だって、ケーナ。優しくしてくれたから」

「私、が? 完全無機の、私が?」

「うん。バイクを降りる時も手伝ってくれたし、私が歩けなくなった時も、手、握ってくれたから。優しく」

「それ、だけで?」

「だってこの時代は、自分で信じるものを自分で全部決めるんでしょ? だから私は、信じたの。ケーナが本当は、優しい人だって」

「……そう」

 視覚の回線が一時的にショートしたのか、視界が霞む。

 そのせいか、余計に眼の前にいる少女の顔が、ここにいるわけがない自分の大切な人と重なった。

「これ、を」

「これは、ケーナが使ってたカードキー?」

「第三、実験場。貴方が助か、る芽は、多分、そこ、だけ」

「でも、ケーナは?」

「心配、しない、で。お姉ちゃん、準備は、して――」

「おしゃべりは、そこまでだ」

 その声を聴覚が拾った時には。

 私の頭部は、クラウンの足に踏み潰され、粉々になっていた。

 

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