ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~ 作:メグリくくる
◇◇◇ ヒバリ ◇◇◇
ケーナの頭が、ぐちゃぐちゃに潰れた。
全身サイボーグ化しているためか、血は流れない。その代わりとでも言うかのように、目に入れられていたカメラの硝子が砕けて、辺りに飛び散っている。
更に粉々にするように、クラウンがそれを足を踏みしめた。
「さて、邪魔者はいなくなった所で、いよいよ本題といこうじゃないか」
そう言って彼は、私の方を見る。
だが、その目は人を見るというよりも、自分に役立つ道具を見ているかのような瞳をしている。自分に役立つ道具としてこちらを見ているので、まだ柔らかさはあるが、そうでないものに対してはどれほど冷たい瞳になるのか、想像するだけでも背筋が凍りそうだった。
「さぁ、こっちに来るんだ」
こちらに伸ばされる手を取るわけがなく、私はすぐに背を向けて走り出す。
ケーナがぶつけられ、壊れて開いた扉に身をくぐらせて、私は部屋の外に出た。僅かな隙間だったので難なく通り抜けられたが、大人が潜るには狭すぎる。
でもそんなもの、何の障害にもならないと、私を知っていた。
……ケーナを吹き飛ばせる力があるなら、クラウンには何の障害にもならないよ。
その考えが正しいと言わんばかりに、彼は紙を破るように、扉を開ける。
その後ろで、彼の部下が口を開いた。
「クラウンCEO、後は我々が対応いたします」
「おい、個体名ヒバリの確保を――」
「いや、待て。確か『セシリエ4091』はエネルギー消費に問題を抱えていたな? サイボーグ化とパワードスーツの技術を組み合わる事には成功したが、省エネルギー化の実現には至っていない」
「はい、おっしゃる通りです」
「では、このまま私が対応する。せっかく獲物を捕縛するという実践形式でデータ収集が行えるのだ。性能テストはこのまま続行としよう。他の者にも手出しはするなと通達しておけ」
「かしこまりました、クラウンCEO」
その言葉を聞きながら、私はカードキーをかざして、別の区画へと続く扉を開ける。
それが開くのをもどかしく待っている間に、クラウンがどんどんこちらに迫ってきた。彼の一歩は、私の二歩分ぐらいの差がある。
ようやく扉が開いたので、私は必死になって駆け出した。
「まさかハーラーハラの起動デバイスとしての役目だけでなく、新商品の性能テストまで手伝ってくれるとは。孝行者というより、孝行物と言った方がいいのかな?」
背後から語りかけてくるクラウンの声が、どんどんと大きくなってくる。
その恐怖から逃れようと私は足を動かすが、彼は構わず足と口を動かした。
「『セシリエ4091』はハーラーハラを正式リリースするまでの繋ぎとして考えていたものでね。我が社にとって重要なプロジェクトの一つなんだよ。しかし、テストを手伝うというのであれば、もっとマシに逃げてもらわなくては。それだと、獲物としての機能を全うできていないのだがね? こんなものでは、全くエネルギーを消費していないではないか」
……勝手なことばかり言って!
そう思うものの、それを口にする余裕はない。私はキョロキョロと辺りを見回す。
「だが、自らの機能を使われる側が理解していないのは、仕方がない事かもしれんな。知っているかね? かつて人は、食料の遺伝子を組み替えずに口にしていた時代があったそうでね。しかも恐ろしい事に、あの牛や豚、海を泳ぐ魚たちだけでなく、地面に植えられている野菜までそのまま捌いて食べていたというではないか。いやはや、自然に存在するものを口にするのなんて、考えただけでも怖気が走る。そういう意味でいうと、お前はその時の家畜よりも、まだマシな家畜だな」
私はようやく探していたものを見つけて、そちらに向かって走り出す。
一方クラウンは、本当に性能テストをしているつもりなのか、少し歩みを遅くしたようだ。
それでも歩みは向こうの方が早く、さっきよりも彼の声が大きく聞こえる。
「お前は遺伝子を操作し、私に管理された新人類だ。私がいなければこの世に存在せず、ただこの世界に溜まりに溜まったゴミクズの一つですらなかった。それが、私に使われる事で、この世界に存在する価値を得る。家畜が価値を得るというのは、中々面白いジョークだとは思わんか?」
その言葉を聞いている余裕もなく、私は壁に書かれた標識の方へと向かって行く。
私が駆け抜けた方向に矢印が描かれた標識には、こう書かれていた。
『この先、第三実験場』
「故に、個体名ヒバリ。お前は私がわざわざ見つけ出してやった、ゴミクズの山から見出された価値(ジュエリーインザガベージヒル)なのだ。私の為に存在することで、お前は光り輝ける。お前は私が使ってやることでしか価値がないのだ」
私はカードキーをかざし、第三実験場の扉を開ける。
……ここに何があるのかわからないけど、今はケーナの言葉を信じるしかない。
まだ開き始めた扉に体を無理やりねじ込ませて、私は第三実験場に入っていく。
そこの両脇には機材がいくつも積まれており、ケーブル類も雑多に絡まり合っている。
しかし、その中央。そこだけはどういうわけかスペースが開けられており、明かりで照らされている。舞台上でセリフを読み上げるキャストを、照らしているかのように。
だがここは舞台ではないし、キャストもいない。
代わりに照らされていたのは、球体だった。
細長い三角錐の上に、鈍色の球体が乗せられている。その球の大きさは、丁度私の頭の大きさぐらいだ。
ライトに照らされて目立つためか、私の足は自然とそちらに向かって行く。
その球体の傍までやってきた所で、第三実験場にクラウンが入ってきた。
「もう追いかけっこはおしまいか? できればもう少し激しいエネルギー、消費、を」
先程まで饒舌に話していたクラウンの言葉が、徐々に小さくなる。
私と、その傍にあるヘンテコな球体を見て、子供の様に笑い出した。
戸惑っている私に向かい、クラウンは体をくの字に曲げる程笑いながら口を開く。
「は、ははははっ! やはりお前は、私の為に存在するんだな」
「な、何なの? 何がそんなにおかしいの?」
「お前の前に存在しているのは、補助装置だよ。もちろん、お前を使ってハーラーハラを稼働させるためのな」
そう言われた瞬間、私は反射的にその球体から距離を取った。
しかし、そこで私はケーナがこの場所を教えた意味を考えてみる。
……もしこれを使ってハーラーハラを起動させて、それを私が使いこなせたなら。
その時脳裏に、タヅとルフトが交わした言葉の内容が蘇った。
『その稼働用のデバイスを使用した際、ヒバリはどうなるのですか?』
『さぁ? 生きて連れて帰ってこいってクラウンCEOは言っているから、少なくとも死なずにすむぐらいの傷には抑えてもらえるじゃないか?』
あれを稼働させたら、死ぬような目に、少なくとも死ぬほど痛い目にあうかもしれない。
それでも私は、迷わず自分の両手を球体につけた。
自分を助けてくれた人の顔が脳裏に浮かび、痛みの恐怖よりも勇気が勝る。
そんな私の決意を嘲笑うように、クラウンが口を開いた。
「そんなに私の役に立ちたいのか? だが、無駄だ。それは私が許可しない限りエネルギー供給はされない様になっている。そもそも稼働していないものを起動させることなど――」
そう口にする彼の言葉とは裏腹に、私の両の手のひらが熱くなっていく。そして、球体も輝き始めた。
ジブと一緒に食べた鳥のもも肉よりも何倍も熱い。まるで太陽を、直接押さえているようだ。
「馬鹿な! 何故起動が、まさか、ハーラーハラか? この時代、全てのものには全てアムリタを利用している。その補助装置もそうだし、それに繋がっているエネルギー炉もそうだ。それを、まさか制御下に置いた(ハッキングした)とでも言うのか?」
「っ!」
手のひらの熱さが、稲妻の様になって私の腕を駆け上ってきた。
その瞬間、私の脳裏に何かが映る。映像だ。あれは、いや、これは、一体何だ?
……あれは、マイク? スピーカー? どうしてそんなものを、今思い浮かべるの?
手の神経を全て焼き尽くすような痛みが走り、思わず私は悲鳴を上げる。
両手の甲から肩にかけて皮膚が裂け、両腕が血だらけになった。
けれども不思議と私が気になったのは、ジブに買ってもらった真っ白なワンピースを、真っ赤に汚してしまったという罪悪感だった。
「おお、おお! 素晴らしい、素晴らしいぞ! まさかお前一人でもハーラーハラを稼働させることが出来るのであれば、私が使えば一体どれほどの事が出来るというのかっ!」
クラウンが大きな声を出したので、傷に染みる。
顔をしかめながら、先程自分の脳裏に浮かんだ映像について思いを馳せた。
……あれは、一体何だったんだろう?
そう思った瞬間、この実験場に設置されているスピーカーから声が響いてくる。
『クラウンCEO。聞こえておりますでしょうか?』
「有線放送? 何だ。発言を許可した覚えはないが」
『ただいまそちらでのお話が、研究所中に流れております。設定を変更しようにも、こちら側の操作を受け付けません』
「何? 何故そんな事が、いや、そうか。先ほどハーラーハラを起動させた影響で、この場所の音声系が制御下に置かれたのか? おい、検証用に今の設定はいじるな。そのままにしておけ。わかったな?」
『かしこまりました』
クラウンは大きく手を叩き、体全体で喜びを表現する。
一方私は彼の言葉の意味を理解し、すぐに口を開いた。
「どういう事? この第三実験場の会話の内容が、外にまで聞こえているの?」
「外といっても、研究所の中だがな。いや、有線で繋がれている範囲全て、という意味であれば、ここから繋がっている音声系は全て設定を変更されたと言えるのか。しかしその反応からだと、意識的にこの研究所の有線放送を乗っ取ったわけではないんだな? 個体名ヒバリ」
「う、うん。私、別に第三実験場で話している内容を、外に教えようとは思ってなかった」
「と、いうことは、まだハーラーハラを作用させる対象の絞り込みは出来ていないということになる。しかし、これでアムリタに繋がっているものは、制御下に置ける事は証明された。いやはや、まさかこれ程早く結果が出るとは思わなかったぞ! まだ当面ドラフト版でのマイナーバージョンアップが続くと考えていたが、この調子であれば正式リリースは案外近いかもしれん。いやはや、今日は素晴らしい日だ!」
その言葉を聞きながら、私は傷口を押さえつつ、口を開く。
「ずっと不思議に思ってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「私がいなければただのゴミの分際で口を利くのか、と言いたい所だが、これだけの成果を出したのだ。家畜にも褒美をやって育てる事もあるという。特別に許そう」
「……ハーラーハラって、とっても凄いものなのに、何でBPP社以外の人も知れるようにしたの? 最初私を追ってきた人達って、この会社の人だったよね?」
最初にジブと出会った時の事を思い出しながら、私は口を開く。
「全て自分で独占するつもりなら、ドラフト段階でも他の人に情報を漏らしたくないと思うんだけど」
「中々着眼点がいいな。お前の言う通りだ。ハーラーハラは社内でも極秘扱いで、社外の人間が知るのはよろしくない」
「だったら――」
「だが、死んだだろ? 全員」
その言葉に、私は動きを止める。
そんな私の反応を見て、クラウンは満足げに頷く。
「フナバシ・シティの研究所から運搬中、お前が行方不明となり、すぐに配下のものを差し向けた。もちろん最終的にゴミ掃除をするつもりではあったがな。だが、簡単に回収出来なかった。そこで私は、お前とお前に関係した全てを抹消することにした。他社や国の連中にハーラーハラに繋がる情報を渡すわけにはいかんからな。そのために雇ったのがカントー・エリア最強だ。だが奴は、任務に失敗。しかし、まだ個体名ヒバリが有効活用できそうだという非情に有用な情報を持ち帰ってくれた。そこで私はケーナを処分しやすくするため、他の二組を雇ったのだ。あの女が、リソースを消費しやすくするためにな」
「それじゃあ最初から、皆殺すつもりだったの? でも、ハーラーハラの事はちゃんと話したんだよね? この第三実験場の補助装置も見せたの?」
「そこまでするわけなかろう。だが、人は大きな話を聞くと、そしてそこに自分が必要だと言われると、勝手に認められたと思い、すぐにこちらを信用するのだ。はやり、感情のコントロールが出来ないゴミクズは御しやすい。普通に考えて、カントー・エリア最強と競わされて、勝てるわけがなかろう?」
嘲るように、クラウンは笑う。
「『首領殺しのオオヅル』は、戦場さえ与えてやれば簡単に言うことを聞いた。『完全無機のケーナ』も金を積めばある程度言う事は聞かせることが出来た。ある意味あいつらも、私のために機能を十二分に果たしたというわけだ。しかし、使い終わったら奴らなど所詮ただのゴミクズだ。ゴミは、掃除せねばならんからな。お前も見ていただろ? 誰が生き残ってお前を連れてきたとしても、このオリハルコン加工が施された『セシリエ4091』で最終的に殺す予定だったのだ。だから、そうした」
そう言った後、彼はついうっかりしていたとばかりに口を開く。
「ああ、そう言えば、なんとか、となんとか、と言った兄弟もいたのを忘れていた。オオヅルが凸凹兄弟とか言っていたが、とんだ田舎者で愚かな奴らだった。道化としては見れたが、それ以外の価値は見いだせんかったな」
「……お兄ちゃんの方がルフトで、弟の方がハンザっていう名前だよ」
「お前はゴミ箱に捨てたゴミに一つずつ名前をつけるのか? 名前なんぞどうでもいい。弟の方は愚鈍で愚劣で愚図だったが、何より愚かなのはその弟を見捨てれなかった兄の方だろう。一旗揚げると息巻いてはいたが、言っていることも考えも全て稚拙。着ている衣服をお前も見ただろう? あれでよく私に取り入ろうとしたものだ。カントー・エリアに出てきて舞い上がっている典型で、笑うのを堪えるので大変だったぞ」
「いいの? そんな事言って。この第三実験場の会話って、研究所中に流れてるんでしょ?」
「我が社の人間は私の考えはいい含めているし、思う所があろうとも、所詮は私の求める機能を発揮する存在に過ぎん。私に使われることから逃れられず、逃げ出すことも出来んよ」
そう言って、クラウンは私の方に近づいてくる。
「さて、そろそろ追いかけっこは飽きただろう? 傷の治療も必要――」
そう言った所で、言葉を止める。
そして彼は僅かに眉をひそめた。
「待て。何故お前は会話の節々に『第三実験場』の名前を口にした? わざわざ口にせずとも、私とお前はこの場にいるのは自明だというのに」
……マズい。気づかれた!
ここでの声は、研究所中に流れているという。
だから誰かに、研究所にいる誰かに私の居場所が伝わるのであれば、何かが起こるかもしれないと、そう思っていたのだ。
それはか細い可能性で、殆ど数字上ではゼロかもしれない。
でも、私はそれに賭けたかった。だって私は、信じているから。
だから――
「助けて、ジブ、タヅ!」
「ああ、もちろんだ」
『お任せください、ヒバリ』