ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~ 作:メグリくくる
◇◇◇ ジブ ◇◇◇
第三実験場のドアをサムライブレイドで粉砕し、俺は乗っていた『テイレシアス79』から飛び降りる。
運転手が離脱したバイクはそのまま猛スピードで直進し、クラウンの背中を強打した。『セシリエ4091』を起動させているためか、奴は俺よりも二回り程大きくなっている。
奴は前にもんどりを打つが、そこまでダメージは与えられてはいないだろう。オリハルコン加工されているというのがもどかしい。
だが、その隙があれば、俺がヒバリと合流するには十分過ぎる程の時間があった。
「ジブ、タヅ!」
「悪い、待たせたな」
研究所の角で抱きついてくる彼女を、俺は優しく抱きとめる。
「よく諦めずに頑張ったな」
「ケーナが、助けてくれたの」
「ケーナが?」
「うん、でも、クラウンに頭を踏み潰されて……」
……クラウンにやられたって事は、あいつに裏切られたのか。
しかし、ヒバリの言葉も引っかかる。
そう思うものの、俺の思考はすぐにヒバリの言葉に引き戻された。
「でも私、信じてたから。タヅもジブの事、『バイタルデータを確認。このまま放置していれば、危険な状態となります』って言ってたから!」
『意図が伝わったようで何よりです、ヒバリ』
……なるほど。俺が気を失っている間に、そんなやり取りがあったのか。
このまま放置していれば危険という事は、逆に言えば何かをすれば助かるという意味にも取れる。
そして事実、俺はその何かをされた。
それは、クラマエ・シティで話していた、ある内容に関係する。
それは――
『そういえば、どうしてタヅは俺が寝ている間に自己再生機能促進剤を投与しなかったんだ?』
『先ほど言ったエネルギーの問題ですね。人体は睡眠時にエネルギーを節約します。その状態でアンプルを使うのは、ハッキリ言って自殺行為です』
『だが、それで使うのを控えて死んだら元も子もない。次にもしそういった場面がきたら、遠慮なく使ってくれ』
『そうならないように、まずは立ち回ることを考えてください』
残念ながら、そうならないように立ち回ることは出来なかった。
しかし、事前にアンプルを使うよう取り決めをしていたため、ケーナ達との戦闘で気を失った俺にタヅが自己再生機能促進剤を投与してくれたのだ。
自殺行為かもしれないが、それでも俺が生き残り、ヒバリを助け出すにはこの方法しかなかった。
……実際、本当にギリギリだったからな。
ヒバリが、アサクサ・シティのBPP社にある研究所に連れて行かれたのはわかっていた。
しかしその後別の所に移送されるかもしれないし、すぐに補助装置を使っったハーラーハラの起動実験が行われる可能性もある。
……死なずにすむぐらいとっても、それでヒバリが痛みを感じないわけじゃないし、その痛みで精神が壊れる可能性だってある。
そしてその予感は、ヒバリの両腕の傷を見れば、そう外れているとは思えなかった。
『本当に、色んな意味で綱渡りでしたね、ジブ』
「掃除屋ギルドに寄る時間もなかったからな。俺の体調も当たり前のように万全じゃないし、エネルギー炉はどれも殆どすっからかんだ」
『ジブの体調回復のためにバイクのエネルギー炉を優先して使ったので、帰りは押して変える必要がありますよ』
「……今からヤル気なくすようなこと言うなよ」
『脳科学的にはヤル気という概念はなく、行動を起こすとヤル気がついてくるようですよ?』
「それなら、まずは先にこっちの方の殺(・)る気から出してくことにするか」
そう言った俺の視線の先には、立ち上がったクラウンの姿がある。
「貴様か? 報告のあった個体名ヒバリと行動を共にしていた清掃員というのは」
「そうさ。ヒバリと共に、ガキの頃の借りも返しにきた」
ヒバリから離れ、タヅを掴む。
するとクラウンは、不思議そうに首を傾げた。
「ガキの頃? 私は君みたいなゴミは記憶にないが? まぁ、記憶に残っているゴミは殆どないんだが」
そういう奴だと思っていたが、実際に話してみると、こいつは人の腸を煮え繰り返す達人だということ再認識する。
「お前がなくても、こっちにはあるんだよ。アキハバラ・シティの強引な再開発。貴様の実績のためにゴミクズの様な扱いを受けたストリートチルドレンの生き残り。それが俺だ」
「アキハバラ・シティ? ああ、忘れていた。そんな事もあったな。だが、ストリートチルドレン? 何だ? それは」
そう言った奴の顔面に、俺は既にサムライブレイドを振り下ろしていた。
だが奴は、難なくその刃を片手で受け止める。
「おお、見ろ! 流石は私の生み出した『セシリエ4091』だ。『完全無機のケーナ』の戦闘データの蓄積があるから、他の有象無象の攻撃も余裕で反応できる。素晴らしい実験データが取れた。礼を言う。だからもう要はない。ゴミクズの山に消えろ」
拳が振り下ろされるが、俺はそれを回避。
実験場に置かれている機材が巻き込まれて破壊され、炎が上がって大気を焼く。奴が全く気にしていない所を見ると、クラウンにとっては全てゴミクズでしかないのだろう。
奴は気にせずこちらに向かって拳を振るい、破壊された機器類が破砕音という名の断末魔を上げていく。
タヅで拳の軌道をそらしながら躱していくが、すぐに奴の体が沈んで回し蹴りを放ってきた。
跳躍して避けよう、とした所で、奴の足が倍に膨らむ。まだ『セシリエ4091』の展開を残していて、こちらの逃げ場をなくすためにこのタイミングで使ってきたのだ。
無理やり避けようと体を捻るが、元々負っていた傷が悲鳴を上げて、俺は顔を歪める。
激痛に呻きながらなんとか奴の足を、棒幅跳びの様に回避する。が、そこに先ほど避けた回し蹴りが飛んできて、もろに激突する。
クラウンがコマのように周り、回し蹴りをもう一週させて当ててきたのだ。
蹴られる直前、サムライブレイドを間になんとか差し込むことが出来たが、吹き飛ばされたことには変わりない。
痛む体に鞭打って、ねじるようにしながら壁に足をつける。そこを足場に跳躍しようとするが、既に眼前には奴の拳が迫っていた。
タヅでいなそうとするが、そもそも飛びかかってきたクラウンが砲弾以上の威力を持っている。避けても風圧で、俺は錐揉みをさせられた。
体が悲鳴を上げるのを無視するように、体を捻りながら『アンティゴネv10.2』を引き抜くと同時に引き金を引く。だが弾丸は、奴が片腕を上げただけで弾かれてしまった。
バイクのエネルギー炉で無理やり持たせてここまで来たが、パワードスーツもサムライブレイドも、もうすぐ限界だ。特にパワードスーツは、すぐ稼働限界を向かえるだろう。
一か八かで抜刀を使うことも考えたが、不発だった時は本当の意味で積む。
そう思っている俺に、クラウンは既に肉薄していた。
砲弾の速度よりも早く繰り出される奴の打撃を、俺はサムライブレイドでなんとか凌ぐ。凌ぐが――
……抜刀する、タイミングすらないかっ。
そしてついに、クラウンの右拳が完全にこちらを捉えた。
今まで感じたことがない程の打撃による直撃の一撃に、俺は為す術もなく実験場の壁まで飛ばされ、そこに当たると壁を突き抜けて隣の実験場まで吹き飛ばされる。
その衝撃で一部の回線がショートしたのか、また爆発とともに炎が上がった。
「ジブ、タヅ!」
ヒバリの声が聞こえるが、破壊された壁から土煙が上がっており、彼女の顔が見えない。
その代わりとでも言うかのように現れたのは、完全に俺への興味を失ったクラウンだった。
「思い出した。アキハバラ・シティといえば、私がBPP社で躍進するきっかけとなった、数ある案件の一つか。だが、ストリートチルドレン? 思い出せないが、そんなものがあるのなら私はきっちりゴミ掃除を済ませていたはず。だがそれが生きているということは、その捨て残しか。あの頃は私も若かった。仕事の爪が甘い」
「自、分の第二実験室を、自分で壊しておいて、それ、かよ」
「実験室ではなく、実験場だ。しかも第二ではなく、ここは第三だ、ゴミクズめ。いや、壁を突き破った時に頭を打って記憶もあやふやなのか? ゴミクズには相応しい状態だな」
そう言ってクラウンが、俺がいる部屋へと入ってくる。
「個体名ヒバリの追いかけっこがすぐに終わってしまったので、『セシリエ4091』の省エネルギーに関する性能テストをもう少ししておきたかったのだが、結果としてそのデータも取れた。やはり全ては、私に使われる事で輝きを持つのだろう。そしてもうお前は不要だ。ゴミクズの山に消えろ」
「……一度あることは、二度ある」
「何?」
「二度目だぜ、そのセリフ。つまり一度目で、お前は俺を消せなかった」
そう言った俺を、クラウンは嘲笑した。
「所詮誤差に過ぎん。それに、お前に待ち受けている結論は変わりない」
「そうかな? 今だ、ハンザ!」
「悪あがきも、そこまで来ると滑稽だな。私が自分の背後を『セシリエ4091』のAIに見張らせていないとでも思ったのか? そんな虚仮威しは――」
その言葉は。
壁をぶち破って入ってきたハンザによって、かき消される。
カメラを使っていても、壁が間にあれば画像解析はかけられない。
サーモグラフィーが搭載されているか否かは賭けではあったが、省エネルギーに関する性能テストと言っていた以上、戦闘用以外の機能はそこまで積んでいないと判断したのだが、どうやら正解だったようだ。
完全に不意打ちとなったクラウンは、両(・)腕のハンザに掴みかかられている。
取っ組み合いとなりながら、奴は忌々しげに口を開いた。
「馬鹿な! 何故ゴミクズの貴様がここにいる? 愚かな兄と共に、川に沈んでいったのではなかったのかっ!」
「ルフト兄ちゃんが言ってた! 田舎者は舐められたら負けだって!」
「ちゃんと私でも分かる人間の言葉を話せ、このゴミクズがっ!」
……色んなものを見下しすぎたな、クラウン。
呻きながら、俺は体をなんとか起こす。
そもそも奴は、俺がこの場に登場した時に気にすべきだったのだ。
どうしてBPP社と何の関係もない俺が、アサクサ・シティの研究室の場所を知っていたのか? ということを。
ヒバリはそもそもここの場所を知らないし、ケーナを追おうにも俺は気を失っていた。ルフトもオオヅルも死んでいる。
ならばもう、ハンザに聞く以外に道はない。
俺はタヅに自己再生機能促進剤を投与され、『テイレシアス79』のバッテリーで動けるようになった後、すぐに川に潜った。
そして奴を川から引っ張り上げ、ルフトがハンザに言っていた今際の際の教訓話しを引き合いに、まだお前にはやるべき事があると訴えたのだ。
その内容は――
「ルフト兄ちゃんは言ってた! 働いた分の対価は、ちゃんともらえって!」
この物理至上主義の世界で、働いた報酬は依頼主から直接受け取る必要がある。
その受取先はクラウンがいる、アサクサ・シティのどこかにある、BPP社の研究所だ。
そこに俺が同行し、そして――
「ルフト兄ちゃんは言ってた! 身なりはいつも気を使えって!」
だから報酬として、俺が切断したハンザの左腕をこの研究所の奴らに修理させた。
そもそも、俺という侵入者がいるのにクラウンの元へ部下が駆けつけていないのがおかしい。奴が一人でヒバリを追うと言ったとしても、流石に想定外の侵入者がいれば報告が行くはずだ。
それが起こらなかったのは、ルフトの遺言を聞いて張り切ったハンザと俺が、有線放送の取りまとめている施設を先んじて潰していたから。
その最中だったのだ。あの、第三実験場の会話が聞こえてきたのは。
そう、あの時クラウンと会話をしていたのは、俺だ。
そしてまんまとクラウンを騙し、俺は第三実験場へ急行。ハンザは修理に向かわせた。
そうこうしている内に、なんと彼の依頼主は、自分が依頼した相手をこき下ろし始めた。特にあの兄弟については、クラウンに忘れられており、他の二人よりも貶されている。
この第三実験場で交わされたヒバリとクラウンの会話は、ハーラーハラの影響でこの研究所中に流されていた。
つまり、腕を修理している最中のハンザもその内容を聞いているのだ。
自分を、そして兄を侮辱された彼は、一体どんな行動に出るだろうか?
それはもう、俺の目前で起こっている。
「ルフト兄ちゃんは言ってた! 侮辱されたら、名誉を取り戻せって!」
「だからゴミ語は私にはわからんと、言っているだろうが、クソゴミがっ!」
元々パワーに全振りしている構成のハンザを、流石のクラウンも簡単には押し返せないのだろう。
不意をつくタイミングも、ある程度俺の狙った通り。わざとこの場所を言い間違えて、クラウンに自分の口からこの場所を言わせ、ハンザの突入タイミングを見計らっていたのだ。
とはいえ、こんなに上手くいくとは思っていなかった。放送系を潰したといっても、流石にもう研究所の連中が異変に気づいているはず。それでも応援は誰も来ていない。
……だとすると、やっぱりこれは――
そう思った瞬間、一際大きい打撃音が聞こえてくる。
クラウンが両腕を最大展開し、自分の右腕に取り付いたハンザを引き剥がそうと、必至にもがいている。
両者のぶつかり合っている場所で、激しい紫電が舞い散った。BPP社の製品を使って修理をさせたからか、ハンザも中々押し負けない。
その迫力に呼応するかのように、部屋で火を噴いている箇所から一際大きな炎が上がって、温度が上がる。
余裕をなくしたクラウンが、必至の形相で叫んだ。
「えぇい、離せ! 離さんか! 何の価値もないゴミクズの分際で、私に触れるな! 汚れるだろうがっ!」
「汚れてなんかいない! ボクは、汚れてない! だってルフト兄ちゃんが言ってた! どこに出ても恥ずかしくない格好をしろ、って!」
「くそがぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁっ!」
だが、いかんせん馬力に差がありすぎる。
元々『セシリエ4091』にはオリハルコンが使われていあり、出力に差があるという事もあるが、修理をしたのはハンザの左腕のみ。右腕はヒバリの争奪戦で消耗している。
やがてハンザの腕の表面は硝子がヒビがれていく様に崩れていき、中のケーブルが弾け、更にそれが引きちぎられて火花が散る。
それでもハンザは、絶叫しながらクラウンの右腕にしがみついていた。それは家族と引き剥がされるのを嫌がる子供のようで、その手を離せばもう二度と自分の家族に会えないと思っているような、そんな必至死がある。
だが、この時代は物理至上主義。物理的に力を持っている方が、自分の意思(力)を押し通せる。
やがて完全に腕が崩壊したハンザの顔面に向かって、クラウンの左腕が叩き込まれた。更に右腕も叩き込まれ、左、右と、打撃音と破砕音が一つに聞こえる程の連撃が繰り出される。
ハンザの体は、首が、肩が、腕が、手首が、胸が、腰が、腿が、脛が、足首が、全ての部位が完全にバラバラにされ、四散され、木っ端微塵になるまで殴り砕かれる。
もはやハンザは死んでいるのは明白だが、余裕を失ったクラウンは腕を振り下ろすのをやめない。
その間に、ヒバリが俺の方へと駆け寄ってきた。
それに気づいたクラウンが、ようやく、ようやく今、ハンザが死んでいると気付き、ひきつるような笑顔を浮かべる。
「は、ははははっ! やはりゴミクズはゴミクズだったな! 結局貴様は価値がない! 所詮ゴミクズの山に積まれた、塵芥の一欠片に過ぎんのだ! 全てを統べる私とは、根本的な存在価値が違うんだよ、クソゴミがぁぁぁっ!」
「果たして、そうかな?」
「何!」
目を獣のようにギラつかせて、クラウンが俺の方を睨む。
そんな奴をせせ笑うように、俺は奴を指さした。
「AIからの報告がいってるんじゃないのか? それ」
「だから、何がだっ!」
「腕だよ、右腕。それ、もう動かなくなってるんじゃないか?」
「はぁ? 馬鹿な。『セシリエ4091』はオリハルコン加工だぞ? あんなゴミクズ如きに傷一つ付けられる、わけが、な、い」
しかし、奴の表情を見れば現実がどうなっているのかは明白だ。
クラウンがどれだけ右腕を動かそうともがいても、それはもう僅かばかりも動くことはない。
ひょっとしたら、単に回線が一部だけショートしただけかもしれない。
それともたまたま混入していた不具合が、今発生しただけかもしれない。
しかし――
「それでも、届いたようだぞ? ゴミクズの一矢がな」
「ふざけるなぁっ!」
奴はヒバリがいるにも関わらず、残った左腕を振るって俺を狙ってくる。
それを俺は、ヒバリを抱えて回避し、その動きで『アンティゴネv10.2』を連射する。
しかし片腕しかないものの、『セシリエ4091』のAIが反応して、弾丸を防いだ。
俺はそれを見ながら、先程自分が吹き飛ばされて空けた穴をくぐって第三実験場へと舞い戻る。
……完全にダメージは抜けきってないが、少しは休めたからな。まだ動ける。まだ、戦える。
「貴様のせいだ! 貴様の様なゴミクズが私に関わってせいで、こんな苦労を私はさせられているのだ! 静電気でくっついてくる様な塵埃の分際で、私の人生に関わってくるんじゃない!」
「先に人の人生に勝手に関わってきたのは、てめぇの方だろうが!」
俺はヒバリを下ろし、ジブの柄を握りしめる。
「俺達が暮らしていた所に勝手にやってきて、勝手な都合を押し付けて、勝手にまた俺の前で命を、人を踏みにじろうとしていやがる!」
「だからどうした? 私にはそれを押し通せる力がある! ゴミクズを屑籠に捨てれるだけの力がな! それなのに、何もなさず、何も価値のない貴様らみたいなゴミクズに、何故価値のある私が配慮しなければならんのだ!」
クラウンの左腕が、唸りを上げて俺に襲いかかってくる。
それを俺は切っ先で受け止め、回転する要領で奴の懐に踏み込んだ。
サムライブレイドを、逆袈裟斬りで繰り出す。
奴の胸に、刃が届いた。
……だが、まだ浅いか。
動けはするといっても、本調子ではない。だが、俺の攻撃が届くとは想定していなかったのか、クラウンは大げさに飛び退った。
「またしてもゴミクズの手が私に触れた。ゴミクズ如きが、ゴミクズ如きがっ!」
「既に何度も俺の刃と拳を交えてるだろうが」
『言っていることが意味不明ですね』
「黙れっ!」
クラウンが、ボールを蹴り上げるように足を上げる。大振りで、隙が多い。
……焦ってAIの判断に従わなかったのか。
ここだ、と思った。全てを決めるのは、ここしかない。
奴の足の下をくぐりながら、俺は口を開く。
「確かに俺は、ゴミクズさ。吹けば飛んでいくような、拭けば跡形もなく消えてしまうような、何の価値もない存在なのかもしれない。それにこんな世界、お前の言う通り俺みたいな奴ばっかりで、ゴミクズの山なのかもしれない」
でもな?
「そんな掃き溜めの中だって、瓦礫しかないこんな世界にだって、誰かに勝手に決められなくたって、価値のあるものは、光り輝くものはあるんだよ!」
たとえばそれは、なんてことはない、本で読んだ物語に思いを巡らせて、外の世界に憧れる、そんな夢見がちな女の子だっていいはずだ。
だから――
……これは、復讐なんかじゃない。
だから、良いよな? コウノ。
「抜刀!」
最後の四回目を、ここで使う。
蹴りを避けた後、クラウンの引きつった顔が見える。
さっきの一撃は浅かったが、野太刀のサイズになったタヅと俺なら、次こそ奴に一太刀浴びせることが出来る。
だから俺は、そのための一歩を踏みしめ、そして袈裟懸けにタヅを振り下ろした。
しかし――
『すみません、ジブ』
「っ! バッテリー切れか!」
稼働限界がやってきて、展開し終えていたサムライブレイドが、元の刃の大きさへと戻っていく。
そうなると、刀身が足りず、俺の一撃は盛大に空振ることになった。
その隙を奴が、いや、ケーナとの戦闘経験を学習した『セシリエ4091』が、たとえ右腕がなくなろうとも見逃すはずがない。
今度はサムライブレイドを体の前に入れる余裕もなく。
クラウンの拳が、俺の体を直撃した。
首の骨が折れたかと錯覚するほど、先に俺の体が強制的に移動させられる。
衝撃。何が? 何の? わからない。だが、体の手足や、全ての関節から、聞いたことがないような音がした気がした。
爆音がして、意識が戻る。
気づくと俺は床に転がっており、眼の前には細長い三角錐と鈍色の球体がくっついたものが転がっている。
どうやら俺は地面の方向に殴られ、バウンドして天井、床、天井、床と、子供が無邪気にピンポン玉を投げつけたみたいに跳ねた様な有り様になっているらしい。
それでも手足や首が体についていて、おまけにタヅを握ったままでいられたのが、奇跡だと思った。
しかし、体は全く動かない。
「ジブっ!」
「ふ、ふはははははははっ! どうだ? やはりこれが正しい結果なのだよ! ゴミクズはゴミクズらしく、地べたを這いずる回るのがお似合いだっ!」
金切り声に近いクラウンの言葉が、部屋中に広がる。
その声を切り裂くように、ヒバリが俺の傍までやってきた。
「ジブ、ジブ! 大丈夫? 生きてる? 生きてるよね? ジブ、生きてるよね? そうだよね、タヅ! ねぇ!」
『バイタルデータでは、限りなくレッドに近いですが』
そう言った後、タヅは珍しく弱々しい音声を発する。
『すみません。肝心な所で、私は貴方との約束を違えてしまいました。貴方はこんなになっても、私を手にしていてくれるのに』
弱々しいと思ったが、タヅはもう稼働限界を迎えているのだ。いつも通りのボリュームで話せるわけがなかった。
「さて、大幅に予定は狂ったが、結局結論は収まる所に収まった。しかも『セシリエ4091』について、大幅な改良余地があるという実践形式でのデータ収集も行えたのだ。そう、やはり私はこの世全てを統べるに相応しい。全ての事象が、私に価値を見出されるのを待って、おい、個体名ヒバリ。何をするつもりだ?」
クラウンの言葉に視線を向けると、ヒバリが先程見えた鈍色の球体へ手をかざしている。
それを見て焦ったのは、クラウンだった。
「また補助装置を使ってハーラーハラを起動させるつもりか? まだ何に作用するのかわかっていないし、次の損傷はお前の両腕ですまないかもしれないんだ、話を聞け!」
「でも、これならもしかしたら、ジブとタヅを助けられるかもしれない」
「そんなゴミクズのために、だと? そんな何の価値もない奴のために、お前は何を言って、おい、やめろ。よせ。本気か? やめろ。やめろと私が言っている! それで次の損傷が酷ければ、おい、よせと言っているだろうが! お前が死んだら研究が続けられなくなるだろうがっ!」
「いいの。どうせ私は、元々生まれるはずじゃ――」
「やめ、ろ」
不思議なものだ。指どころか、絶対に腕なんて動かせないと思っていたのに。
以外にもあっさりとヒバリの両手を握りしめ、いや、そんな握力は残っていない。
ただ彼女の両手に、自分の手を重ねただけだ。
「お前が、そんな事、する必要、ない。お前が、傷つい、ていい理由な、んて、この世に、一つも、ある、もんか」
「でも、こうしないとジブが! 私なんかより、ジブの方がこの世界に必要な人だよっ!」
「自分の事を、そんなに、卑下す、るな。お前は、生きてて、いい、生まれて、良かっ、た存在で、本が、好きで、夜が、怖くて、その癖、昼間の世界に憧、れて、初めて食べる、飯に興味、津々で、そんな、そんな、普通の、女の子なんだ」
だから――
「そう、いうのは、クソで、クズな、ゴミクズの、俺の、役目、だ」
「ははははっ! やはり貴様はゴミクズだな! 名前も知らんゴミクズがっ!」
いよいよクラウンが、俺の傍までやってくる。
もはや顔も上げれないが、今の奴は、この世で一番極悪で醜悪で、凶悪な顔をしているだろう。
「感謝しよう、ゴミクズ。ここで万が一にも、こいつを失うわけにはいかなかったからな。だが、やはりゴミクズの思考は私には理解できん。貴様に唯一残されていた逆転の芽は、一か八かで個体名ヒバリを使い、ハーラーハラを起動させることだっというのに。まさか、たかが使われるために生み出された家畜同然の存在に情を移して死を選ぶとは。まぁそれも、所詮感情のコントロールが出来ないゴミクズの最後として相応しい終わりだろう」
「駄目、やめて!」
「どけ! 私に使われるだけ以外で価値がない存在が、私に意見するなっ!」
俺の手から、ヒバリの感触がなくなる。
彼女はクラウンの計画にとって絶対に必要な存在なので、殺されはしないはず。だが興奮している奴が、手加減を間違えないとも限らない。
俺は必死になって顔を動かそうとするが、視界が大して動かない。
「本来であれば、私が直接ゴミ掃除など行わないのだがな。今回は私自ら手を下してやろう。光栄に思うといい」
……くそっ、どこだ? どこに、どこにいやがるんだよ!
そう思うものの、『セシリエ4091』の足が、俺の眼前で止まる。
「さらばだ。この世界で最も必要とされていないゴミクズよ」
そう言ってクラウンが、左腕を振り上げた所で――
「あら? それは貴方の方じゃないかしら?」
クラウンの背中に、ロケットランチャーがぶち込まれた。
砲弾が至近距離で爆発したので、その爆風に俺も巻き込まれる。
回転しながら悲鳴を上げるヒバリに近づいて、どうにか彼女を抱きしめることが出来た。
一方クラウンは、吹き飛ばされて壁にめり込んでいる。しかし『セシリエ4091』のおかげか、まだ生きているようだ。
第三実験場の入口からやってきた人影は、爆煙をかき分けてこちらへとやってくる。
そいつに向かい、俺は皮肉げに吐き捨てた。
「随分遅い到着だな? 完全無機」
「そういう貴方は、二つ名通りの有り様ね。それとも、本当に死にたがりなのかしら?」
そう言った五体満足のケーナは、ご丁寧に俺が叩き斬ったライダースーツまで新しく着替えている。恐らくロケットランチャーが積まれていた『ハイモン777』に、自分の体のパーツと一緒に着替えも乗せていたのだろう。
そんな彼女は相変わらずの無表情で、俺を一瞥した。
「貴方は、驚かないのね」
見ればヒバリは、まるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべている。
それとは対象的に、俺は肩をすくめた。
「俺との戦いで、お前は体を分離して、それをまた接続するというタブーを使った。まともじゃない。そんなお前が、素直にサイボーグ化した頭部に自分の脳髄を格納しているとは思えなかっただけだよ」
視覚の情報は視神経を通って脳へと送られる。
つまり、サイボーグ化した体の何処かのカメラから電気信号を送り、脳が受信出来る状態を担保しているのであれば、たとえば足に脳みそがあっても脳は視覚の機能を維持できる。
「多分、お前の脳は左腕か左足に格納してたんだろ? 俺との戦闘で基本的に分離させていたのは右の手足だった。だが、上半身と下半身を分離させた際、お前は左腕で自分を分離させたよな? 流石に自分の視覚と脳を分離するのは心理的にもハードルは高い。そう考えるとお前の脳は――」
「人の秘密を詮索する男は嫌われるわよ」
そう言いながら両手両足を三つに分解して見せるのだから、ケーナも中々に負けず嫌いな性格をしているのだろう。
頭部を交換するのだから、その時体の中身も入れ替えている、と見せかけて実はそのまま、という事も考えられるし、その裏も有りえるぞ、と何重にも考えられるように思考戦を仕掛けてきているのだ。
この状況で普通するか? と思いつつ、手足をもとに戻すケーナを見ながら俺は嘆息した。
……まぁ、今は同じ相手と敵対しているし、こいつと積極的にやり合いたいとは思わないから、どうでもいいんだが。
「とりあえず、礼を言っておくよ」
「どれのことかしら?」
「そのセリフが出てくるってことは、心当たりが色々あるんだろ? 全部だよ」
一つ目は、ヒバリを助けてくれたこと。あの調子であればケーナ一人ならクラウン相手でもどうにか出来る準備はしていそうではあったものの、彼女はヒバリをここまで逃がしてくれた。
二つ目は、ここにクラウンを助けに研究所の職員がやってこないこと。ハンザと放送系は潰したが、それでも人がここに誰も来ないというのはおかしい。ケーナが先回りして対応してくれていたのだろう。
そして三つ目は、今クラウンから助けてくれたこと。
「正直、ロケットランチャーはやり過ぎだと思ったが」
「貴方も清掃員なら知っているでしょ? 頑固な汚れほど、武装していればいるだけ対応が手間だ(汚ければ汚いほどゴシゴシ擦る必要がある)のよ」
「汚い? 汚れだと? それは、私の事を言っているかっ!」
めり込んだ壁を破壊して、クラウンがこちらに振り返る。流石に無傷といかず、奴の顔は傷だらけで、鼻血も出ていた。
ヒバリの前に、俺とケーナが出る。
「あら? 随分見ない内に男前になったわね」
「黙れ! 完全無機! 貴様、依頼人に手を挙げてただで済むと思っているのか? ぶち殺してやるっ!」
「……面の皮が厚すぎないかしら?」
「人のこと言える面かよ」
「殺す、殺してやるっ!」
そう言ってクラウンは、部屋の脇に置かれていたケーブルを接続する。
すると『セシリエ4091』が唸りを上げて、膨張と収縮を繰り返した。
「忘れたか? ここは私の研究所だ。当然実験場にはカメラが設置されている。貴様らの動きをAIに追加学習させた。更に有線接続でエネルギーを補充。これで稼働時間も気にせず戦える! 万が一にも、貴様らの勝利はこれでない!」
「ジブ。貴方のエネルギー炉の残量は?」
「もう赤字だよ。そっちは?」
「体のパーツと一緒に、エネルギー炉の接続部分も破壊されたの。新しいのに変えたけど、あくまで予備よ」
「つまり、時間がない、と」
あのケーブルを使って充電したいのは山々だが、敵地でウィルスが仕込まれるリスクをとってまで物理接続はしたくないし、するという選択肢がない。
そんな俺達の考えを見透かしているように、クラウンが突撃してくる。
「さぁ、ゴミ掃除の仕上げをしようじゃないか!」
省エネルギーを有線で解決したからか、今まで以上の速度で奴は俺等に肉薄してくる。
俺とケーナは左右に分かれて銃で挟撃するが、左手一本で全て防がれた。ケーナは二丁拳銃なので、合計三つの銃口からランダムに発射される弾丸の速度と角度を演算し、片腕だけで受けれる結果を導き出しているのだろうが、やっていることが無茶苦茶すぎる。
ケーナが足を分離させるのではなく、伸ばす方向で展開。文字通り槍の様な一撃が奴に向かう。
だがそれを、奴は躱すのではなく足を絡めるように動かした。捕縛されると、出力的にケーナが不利になる。
それをカバーするように、俺はその反対側からサムライブレイドを振るうが、簡単に足を上げていなされた。
「その状態のサムライブレイドは、私にとってなまくらと同じ。ゴミクズが持つには、似合いの武器だな」
「……タヅを、馬鹿にするな」
パワードスーツも、もう稼働していない。それでも俺は必死になって、斬撃を放ち続ける。多少なりとも、ケーナへの注意をこちらに引き付けたかった。
しかし、もはや俺の一撃はクラウンにとって、虫が飛んでいるような煩わしさしか感じていないらしい。
蹴り飛ばされて、地面を転がる。壁にぶつかり、盛大に火花が散った。中の回線が、ショートしたらしい。
轟、と言う音がして、煌々とした炎が上空に向かって逆巻いた。
もう数えるのも馬鹿らしい程聞いている爆発音だが、頬を焼く暑さはどうにも慣れることはない。
あまりの暑さで、頭がくらくらして、視界も悪かった。
……ああ、くそっ。なんで俺は、こんなクソみたいな目に遭ってるんだろうな。
そう思った瞬間、俺の手元から声がする。
『後悔先に立たずですよ? 既に賽は投げられています。であれば、最善を尽くす事に全力を注ぐ方が建設的だと私は思いますが』
「勝手に人の心を読むな」
『勝手にと言われましても。パワードスーツを経由して、バイタルデータが私に送られてきているのです。過去の統計データから鑑みるに、貴方が何を考えているのかは一目瞭然というものです』
「……本当に、よく喋るサムライブレイドだよ、タヅ」
『それだけ私が優秀なAIを搭載しているという事ですよ、ジブ』
馬鹿話をしたおかげか、体力は少し回復してくれたようだ。
俺は手にしたサムライブレイドを杖代わりに、どうにか身体を起き上がらせることに成功する。
顔を上げたそこには、こちらよりも二回り程大きい敵が、悠然と俺を睥睨していた。
……全く、本当に俺は、何でこんな目に遭ってるんだろうな。
再びそう思うものの、タヅの言った通り、既に賽は投げられている。
だったら悔やむ前に、このゴミクズみたいな状況を、少しはマシにするために足掻くべきだろう。
そう思い、柄を改めて握り直す。
「なんだ? さっきまで静かだったのに、急に元気になったじゃないか」
『稼働限界が近いと知っていながら、よく私にそんな事が言えますね』
「気を使って話しかけなかったのに、声をかけてきたのはそっちだろ?」
『私を握る誰かさんが、ヘコんでいたご様子だったので』
「だから人の心を――」
「無駄話している余裕があるのか?」
クラウンの言葉を聞き終える前に、俺はこちらに投げつけられたケーナの体を受け止める。
そのせいでまた壁にぶち当たり、空気の塊を漏らした。
そんな俺を見て、ケーナがつぶやく。
「あら? 以外に真摯なのね、あなた」
「助けた第一声がそれか? それよりダイエットしろよ。重すぎる」
「私もそうしたいのは山々なんだけど、ヒイロカネの密度じゅ限界があるのよ」
そう言った俺達の間に、クラウンの拳が叩き込まれた。
左右に分かれるが、このままではジリ貧だ。
それがわかっていて、クラウンは勝者の笑みを浮かべる。
「もう悪あがきはよせ、私に使われる価値もないモノよ。大人しく散るのがこの世界のためであり、この私のためであり、ゴミクズ共のためでもある」
「馬鹿の一つ覚えみたいに、同じことしかいわねぇな、お前は」
そう吐き捨てながら、俺は真正面から奴の拳を受け止める。
相当キツイが、ケーナがクラウンの背後に回るのが見えた。だったら、ここで俺は耐えるしかない。
「確かに俺は自分をゴミクズだと言ったが、それはお前に決められてそう思ってるんじゃない。たとえ何者であっても、俺達は、生きてるんだよ。こんなクソみたいな世界でも、生まれて、生きちまってるんだよ! だったらたとえどれだけ汚く、醜く、愚かであったとしても、幸せになりたいって思うし、美しいものを、きれいなものを見たいって思うのは、自然なことだろうが。自分の自我を得てしまった(アイデンティティがある)のなら、確かな自分自身が欲しいと、自分の信じれれるものが欲しいと思うもんだろうが! どれだけゴミクズ扱いされようとも、それが積み上がって山になったようなこんな世界であっても、こんな物理至上主義の世界だからこそ、だからこそ欲するもんだろうがよ! ゴミクズの山から僅かでも輝く何か(ジュエリーインザガベージヒル)を! 誰かに見出されるんじゃなく、自分だけの宝石の様な輝くなにかをっ!」
「そんなものは、ない。それは持たざるものの幻想だ。被害者ぶって持たざるものが、持てるものを僻んでいるだけでしかない」
「そうかい? だったら、お前もこっち側になってみればいい」
「何だと?」
その瞬間、ケーナが『セシリエ4091』に接続されているケーブルを切断した。
火花が宙を舞い、紫電も入り交じる。
エネルギーはまだ残ってはいるものの、その供給が絶たれてクラウンは焦った。
「死にぞこないの完全無機がっ!」
「あら、いいの? 死にたがりは、生き残り続けているから、死にたがりと呼ばれているのに」
奴が注意をそらした瞬間に、俺は一歩踏み出し、サムライブレイドを突き出している。
それを奴が、顔面ギリギリの所で受け止めた。
腕でタヅを止めながら、クラウンは俺を蹴り飛ばす、直前に、膝をつく。ケーナが奴の膝を蹴り、態勢を崩したのだ。更に彼女はクラウンの肩を掴み、立ち上がれないように奴を上から押さえつける。
ほぼ仰向けとなったクラウンへ、俺が上から刃を首に向かって突き立てよとしている構図となった。
だが――
「それでも、パワーは『セシリエ4091』の方が上のようだな!」
徐々に、徐々に、サムライブレイドの切っ先が押しかえられ始める。
ケーナが全力で抑え込み、そこに俺自身の力とタヅの重みを加えるが、態勢が不利であっても『セシリエ4091』の出力の方が高い。ケーナの方も、そろそろエネルギー切れが近いのだろう。まだ出力が出せるのであれば、背後から自分で決着をつけていたはずだ。
それがわかっているのか、クラウンが吠える。
「どれだけ集まろうとも、ゴミはゴミ。塵も積もれば山となるが、出来上がるのは、ただのゴミクズの山でしかない!」
「っ!」
……ここまで、ここまできたのにっ!
諦めの文字が脳裏に浮かびそうになる、その瞬間。
サムライブレイドが、押し返されなくなった。
何故? と思うものの、俺とケーナ以外にこの刃を進めれる人物は、一人しかいない。
それは――
「ヒバリ!」
「私、だって、出来ることが、ある、んだっ!」
ヒバリが小さな手で、タヅの柄を握り、体重をかける。
「貴様! 私に使われるだけの存在がっ!」
「違う! 私の価値は、私が決めるわっ!」
クラウンが、獣のような声を上げる。
ヒバリの力が加わったとはいえ、所詮は子供の力だ。今は力が拮抗しているが、ケーナのエネルギーが切れたら、押し返される。
そんな中ヒバリは、血だらけになった両腕に、更に力を込めた。
「私は、ヒバリ。ジブは普通の女の子だって言ってくれたけど、そんなの、私は嫌だ!」
「そうだ! お前はハーラーハラを起動させるためのデバイス! 世界を蝕む、猛毒なのだっ!」
「それも違う! いいえ、私がハーラーハラを起動させれるピースなのは、否定しない。だってそれは、事実だから。でも、だからって、それをどう使うかは、私が自分の意志で決めるものよ!」
『こ、これは、エネルギーが回復していく? 何故?』
タヅの戸惑いを可視化するかのように、ヒバリが握る柄が輝き始める。
「私は、ヒバリ。私は自分を助けてくれた人を、自分を救ってくれた人を、自分を信じてくれた人を助ける力が欲しい! だから応えて! ハーラーハラを起動させるために私の自我があるというのなら、私の助けたい人を助けたいっていう感情に、応えなさい、ハーラーハラ!」
「ば、馬鹿な! 補助装置なしで起動が可能など、そんな――」
クラウンの戸惑いの声は、眩い光の奔流によってかき消される。
ヒバリはハーラーハラを起動した代償に、今度は背中が一瞬で血だらけになった。だが避けた背中から飛び散った血は、真っ赤に濡れた羽のようにも見える。
祈るように体を丸めたヒバリの姿は、人を救って欲しいと神に乞い願う、血塗られた天使を幻視させた。
そしてタヅの音声が、大音量で響く。
『ジブ!』
「やら、せるかぁぁぁああああっ!」
額の血管から血を吹き出しそうにしながら、クラウンが最後の抵抗を開始する。
そこで、ケーナの体も浮き始めた。このままでは押し負ける。
だからその瞬間、俺はあるものを奴の前に見せた。
それは、『アンティゴネv10.2』だ。
それを見て、その銃口を見て、そこから逃れようと、クラウンが体を捻る。
だが、サムライブレイドを突き立てようとしている俺に、銃まで扱える余裕があるはずがない。銃はただ、銃口がクラウンに見えるように宙に投げただけだ。
奴はこの土壇場で、逃げることを選択した。
そこに上げられたタヅの切っ先を押し込む、隙が生まれた。
だから――
「タヅ。抜刀しろ!」
『承知しました。抜刀します!』
その瞬間、サムライブレイドの刀身が点灯。そして、展開した。
七色の色に点灯していた部分から更に刀身に線が入り、そこから刃が伸びるように拡張していく。
やがてそれは普通の刀の大きさではなく、もはや野太刀と呼べる程の大きさになっていた。
つまり、切っ先は伸びており。
クラウンの体を、貫いている。
奴の血が飛び散る前に、タヅの刀身から紅雷が弾け、ヒバリの流す鮮血と混じって焦がし、血煙を上げる。
赤と紅と朱が混じり合い、それは歪でグロテスクながらも、ある種の美しさを感じさせた。
辺りは俺達の戦闘の結果瓦礫に鮮血、そして飛び散る火花だらけだが、その中であっても俺は、珠玉を目の当たりにしたような気持ちになる。
そんな中クラウンが、盛大に吐血した。
「な、ぜだ? 私が、負け、な、何故? ありえ、な、ありえな、私、覇者、世界、手に、いれ」
「ヒバリが、さっき答えを言っていただろうが。感情は、脳内のニューロンの電気信号のやり取りによって発生する。だから、お前が散々否定した、愚かでも振り回されてしまうかもしれない程の大きな感情が、この勝負の勝者を選んだんだよ」
「そん、ばか、な」
それが、クラウンの最後の言葉だった。
抵抗しなくなった死体が地面に転がり、血溜まりに沈む。
それで緊張の糸が解けたのか、ヒバリが気絶して倒れ込んできた。
そんな彼女を受け止める俺を、ケーナが淡々と見つめてくる。それに合わせるように、タヅの抜刀状態も終了した。
「パワードスーツが使えないのに、よくあれだけ動けたわね。そっちの方が余程化け物じゃない」
「剣の師匠がスパルタなんだよ。それも二人共だから、たちが悪い」
『ですが、その御蔭で勝てましたよね? 色々と』
そう言った後、少し間を開けて、タヅが音声を発した。
『約束、守ってくださり、ありがとうございます』
「何。銃よりも確実に勝てると思っただけさ」
それにあんなもの、絶望の淵でもなんでもない。
そう思いながら銃を拾い上げるが、タヅは不満そうだった。
『…………ジブ、そういう所ですよ? 開発者にも注意されていたではないですか。大体あなたは――』
「で、この後どうする予定なんだ? ケーナ。経緯はどうあれ、BPP社のCEOを俺達は殺した。普通にギルドに追われるぞ」
「でも考えてみなさい? ジブ。クラウンは、自分が世界征服をしようとしていた事を、研究所の人間以外に、関係者に話すかしら? そして、それを知らされた人間が、大手を振って私達を狙うかしら? そんな事をしたら、自分達が世界征服を画策していた一員だと公表するものよ? そして、逆にその力を狙う奴らに狙われる事になる」
『要点だけお願いしたいのですが』
「爆破して、全てなかったことにしましょう。不幸な事故でCEOは死亡した。わざわざ世界の敵になりたくない利口なBPP社の社員は、明日そう社外に説明するわ。社外の関係者も似たような対応になるわよ。不思議と、ね」
「なるほど。既に根回し済み、か。わかった。それに乗ろう」
そして俺達は、研究所を破壊する工作に追われる。正直、そちらの方がクラウンを相手にするよりも大変だった。
残念ながらヒバリの様に作られた子供たちは、まともに生きていると呼べる状態の子はおらず、痛みをもう感じなくてすむようにしてやることしか出来なかった。
残念ながら、俺も神ではない。出来ることと出来ないことがある。そして救えないものの方がこの世界には多いということを、俺は十二分過ぎるぐらい知っていた。
そして全ての準備と、安全を確認したエネルギー炉の補充を済ませ、俺達は研究所を後にする。
手当をし終え、まだ眠っているヒバリを抱えながら、俺は『テイレシアス79』を走らせた。
それに並走するように、『ハイモン777』にまたがるケーナが背後に向かって銃を撃つ。
瞬間、研究所に仕掛けていた爆薬が炸裂し、巨大な火柱を上げる。それが断続的に発生するが、ヒバリはまだ起きる様子はない。
その熱と風に揺られながら、俺は溜息を吐いた。
「しかし、散々な目にあった。赤字も赤字、大赤字だよ」
「あら? エネルギー炉以外もらって来なかったの? 私はちゃんと報酬分のデータは頂いてきたわよ」
そう言って、ケーナは記憶デバイスを取り出す。
それを見て、俺は眉間を険しく寄せた。
「お前、まさかハーラーハラのデータを――」
「安心しなさい。ヒバリの内容は全て削除しているから。まぁ、そうなると殆どハーラーハラの基礎構想ぐらいしか残らないけれど、それでも欲しがる企業や国の機関はあるもの」
「ちゃっかりしてるな」
「お金が必要なのよ。もちろん、いつか貴方からも返してもらうつもりよ?」
「……は? 俺が何を貸したっていうんだ?」
「クラウンよ。放送を聞いていたら何やら因縁があったみたいだし、トドメは譲ってあげたでしょ? あれ、貸しにしておいてあげる」
「勘弁してくれよ……」
そう言った後、俺は少し黙る。だがすぐに堪えきれなくなり、口を開いた。
「姉妹なのか?」
「……何の話?」
「オオヅルを殺した時、お前、『兄弟の別れに、水を差すんじゃないわよ』って言ってたよな? それとお前がヒバリを助けてくれた事と、関係がある気がしてな」
「人の秘密を詮索する男は嫌われるって言ったわよね?」
しかし結局、ケーナは口を開くことを選んだようだ。
「妹よ。アムリタに細胞性免疫反応が出てね。サイボーグ化もパワードスーツの治療も望めないの」
『……コウノよりも、重い症状ですか』
「誰?」
「俺の幼馴染だよ。もう少しで治療するための金が貯まるってタイミングで、クラウンに殺された」
「……そう」
それから暫く同じ道を走った後、俺達は進む道を分かれることにした。
「名残惜しいけど、ここでお別れね」
「できればもう会いたくないけどな」
『完全に同感です』
「……本当に、酷い人達ね」
そう言ってケーナは、ハンドルを切る。
「ヒバリ、大切にしなさいよ」
「当たり前だ」
『健やかに育てると確約しましょう』
「……そうね。貴方達なら、大丈夫よね」
じゃあね、と言って、ケーナは去っていった。
だが俺とタヅは、暫く無言で彼女の背中を見送ることになる。
その理由は――
「あの『完全無機のケーナ』が――」
『笑って、いました』
○終章
私は頬を撫でる風に、大きく伸びをした。
その動きを感じたのか、バイクの運転手はこちらに不平を言う。
「おい、まだ両手の包帯が取れてないんだ。あんまり動かすなよ」
『背中のガーゼも剥がれてしまわないように、激しい動きは控えてくださいね』
「……もう、心配性だなぁ二人共」
頬を膨らませてそう言うものの、二人が私の事を心配して言ってくれているのはわかっている。
でも、あまりに過保護過ぎやしないだろうか?
そう思うものの、私は以前よりも遥かに自由に行動できている。
……だって研究所にいた時は、絶対バイクに乗るなんて無理だったもんね。
そう思いながら私は、運転手に抱きついた。
「おい、急にどうした?」
「んー? なーんでもない!」
そう言うものの、私の心は弾みっぱなしだ。
この世は本で読んだような優しいものばかりではないし、むしろ汚いものの方が多い。
でも、それでもこの世には、そして私達には、何か輝く一欠片があるはずなのだ。
だから私は笑いながら、それを高らかに宣言するように口を開く。
「さぁ、約束守ってよね? 鳥でも行くのが無理なぐらい、色んな所に連れてってくれるって!」