ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~   作:メグリくくる

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 ◇◇◇ ジブ ◇◇◇

 

 翌朝。

 俺はヒバリを研究所に届けるため、『テイレシアス79』を走らせていた。

 と言っても、彼女は自分が暮らしていた研究所の位置を覚えていない。一度も外に出たことがなく、そして昨晩そこを出る時にも外の様子を見れなかったからだ。

 そのため俺達は、ひとまずアサクサ・シティを目指すことにしたのだ。

 元々出発した研究所はフナバシ・シティだというが、研究所の正確な場所がわからない、そしてここからなら元々の目的地であるアサクサ・シティの方が近いという事で、どうせ場所から探すのであれば近い方に向かおうとなった。

 なった、のだが――

「凄い凄い凄い! 凄いよ、ジブ! 真っ黒だった空が、今はあんなに青くてきれい! 空、たっかーいっ!」

「おい、あまり暴れるな、ヒバリ。落ちるぞ」

「ねぇねぇタヅ、あれなにあれなに? あの白いのが、雲なの? それでなんだか見るのが辛いのは――」

『それは直視しては駄目です、ヒバリ! 太陽を肉眼で見るのは危険すぎますっ!』

 ヒバリは朝起きてから、ずっとこんな感じだ。

 彼女が最初に見た世界は、夜の暴力的な世界。暗闇が支配し、瞬きをしている間に人が死ぬ世界だった。

 そういう意味でいうと、危険な人物に出会うのであれば昼間だろうが夜だろうが、命の危険があるのは代わりはない。

 だがしかし、この青空の下という開放感は、やはり五感の全てで触れてみないとわからないものなのだろう。

 昨晩出会った時には考えられなかったテンションで、ヒバリは無限にはしゃいでいる。

「これだよジブ、これだよタヅ! 私が本で読んで憧れてた世界は、見てみたいと思っていた美しい世界は! 汚いものの中にも、きれいなものはあったんだよ。やっぱりあったんだ、妄想じゃなかった! 本で読んだ世界は、やっぱりあったんだよ。凄い凄い、凄いよ世界ってっ!」

「わかったから暴れるなって! 落ちたら頭蓋骨割れて死ぬぞっ!」

「こんなに楽しいなら、死んでもいいかもー!」

『やれやれ、死にたがりは一人だけで十分だというのに』

「お前まで言うのか、それ」

 そんな、改めて研究所の外の世界に対しての憧れが爆発し、今も絶賛大炎上中のヒバリがすぐに研究所に戻りたがるわけもなく、もれなく大回りをしてアサクサ・シティへ向かうこととなったのだ。

 ……まぁ、研究所の連中には俺が怒られればいいか。

 バイクに乗せているだけでこれだけ喜んでくれるのであれば、さもありなん。

 掃除屋ギルドへの依頼が完了した事への報告も、後回しでいいだろう。

 俺達はまず、ヒライ・シティを河川敷沿いに北上した。太陽に光で輝くアラカワ・リヴァーを見ながら、頬に当たる風と日光を楽しむ。

 ヒバリがはしゃぎすぎて危なすぎるので、かなりゆっくり進むことにした。

 そのおかげか、道すがら小さな露店を見つける。ヒバリが瞳を輝かせながら震度五ぐらいの力で俺の体を揺らしてくるので、冷やかす事にした。

 するとお誂え向きに、厚底のサンダルと白いワンピースが売っている。

『ジブ。わかっていますね?』

「大丈夫。わかってるって」

『押すなよ押すなよの方ではないですよ?』

「押すなよ押すなよってどういう意味? タヅ」

 小首をかしげるヒバリをバイクに残し、俺は露店へと向かっていく。

 そして俺は弾丸二発と対価に、サンダルとワンピースを購入した。弾は昨晩、炒飯を作ってくれた店主に渡した銃から抜いたものだ。

「ほら、ヒバリ。こいつに着替えろ」

「え、でも、私――」

「裸足で更に病衣のままだと、すぐに体に傷がついてしまうぞ?」

「……うん、わかった」

 そう言ってヒバリは、着替えるために廃墟の中へと向かっていく。

 無論その中に怪しい奴がいないことは確認済みだ。

 彼女の背を見送っていると、タヅが話しかけてくる。

『少女を手球に取るのが上手くなってきましたね?』

「お前も同意の上で買ってきたはずなのに、何故そんな言われようをしなければならんのか」

『……ですが、良かったですね』

「ああ。やっぱり、笑っている方がいいからな」

『それは、ヒバリがコウノに似ているからですか?』

「アホ。そんなんじゃない」

 確かに、最初出会った時は驚きはした。戸惑っていたのも認めよう。

「だが、ヒバリはヒバリで、コウノはコウノだ。そして、死人は蘇らない。それは時代が物理至上主義に変わった今であっても、な」

『今だからこそ、とも言えますね。とはいえ私としては、これがきっかけで貴方の死にたがりが多少治ってくれるのを期待しているのも事実なのですが』

「まだ言うか、お前」

『誰かのために戦うのは喜ぶでしょうが、自分を死ぬ理由にするのを好しとはしない人ですから、私の開発者(マザー)は』

「……わかってる。コウノは、そういう奴だった。だからこそ、俺はヒバリとコウノを混同する事はしないし、する意味がない。あの子が笑っているのを嬉しいと思うのは、単純にヒバリが喜んでいるのが嬉しいからだよ」

 そんな会話を続けていると、どうやらヒバリの着替えが終わったらしい。

 少し気恥ずかしげに、彼女が廃墟から出てこちらにやってくる。

 青空とヒバリの白いワンピースのコントラストは非情に映えており、サンダルを履いたことで足裏を気にしなくて良くなったためか、心なしか足取りが軽そうだ。

「ど、どう、かな?」

「ああ、似合っているよ」

『やはり、少女を手玉に取るのが――』

「そういう天丼いらないから。同じネタを繰り返しても面白くないから」

「やっぱり、二人で漫才をしてたの?」

『……やっぱり?』

「そろそろ出発するぞ」

 話がいつまでも終わらなさそうなので、俺は話を切り上げる。

 ヒバリを後ろに乗せて、『テイレシアス79』を走らせ始めた。

 新しい服に着替え、サンダルに履き替えたため、さっきよりも騒ぐかとも思っていた。だがその予想に反して、どういう心境の変化かヒバリは少し大人しくなっている。

 だが、外の世界を楽しんでいるのは相変わらずのようで、俺のジャケットを握る彼女のニコニコした笑顔は変わりない。

 晴天の下バイクを走らせていると、その表情を曇らせたいという気が起きようはずもなかった。

 しかし、迂回したこのツーリングも、流石にキタセンジュ・シティまで行くのはやりすぎだ。

 アサクサ・シティに着いたら、ヒバリの言っていた研究所を探さなくてはならない。夕暮れに着くのでは遅すぎるだろう。

 切りのいいところでハンドルを切り、道を南下。オシアゲ・シティへと進路を変えた。

 バイクの駆動音が、青空へと抜けていく。

 昨晩ギルドの窓から見えていたなんとかツリーの前に行くと、集落が見えてきた。キンシチョー・シティ程大きくはないが、昼間のため電気の消えたネオンの看板の姿も見える。

 晴れているからか出店もかなり出ているようで、『テイレシアス79』の電源を落として道なりに歩いていく。

 あちらこちらからいい匂いがするな、と思っていると――

 

 ぐぅぅぅっ。

 

「ち、違うの! これは、その、あの、お腹の虫さんが、勝手に鳴り始めて……」

『食欲があるのは、健康な証拠だと思いますが』

「俺の時と反応が違い過ぎるだろう」

 そう言うものの、俺も既に何か買い食いする気分になっている。

 色々見て回ったが、結局鳥の骨付きもも肉を甘辛いタレで焼いたものを買うことにした。

 鳥の種類はわからないが、持っていると肉汁がたれてきて、視覚からも食欲をそそる。

『ちょ、ジブ、肉汁を私にたらさないでくださいよ! 肉の脂は中々落ちないんですからっ!』

「熱っ、ごめ、ごめん、ジブ。熱くて、私、持てない」

『ちょっ、ヒバリも位置気をつけて! 見て? こっち見てください! しっかり私の位置確認してジブに手渡してくださいね!』

「それよりも、両手で肉を持ったらバイクを押せないんだが」

『それよりってなんです、あーたれてる! たれてますよ、ヒバリっ!』

 やいのやいの言いながら、俺達は出店から少し離れた場所で飯を食うことにした。

 持ち運びの問題は、俺が自分の肉を咥えて唇を犠牲にすることでどうにかなった。完全に火傷をしている。

「ごめんね? ジブ」

『気にする必要はありませんよ、ヒバリ』

「そのセリフは俺が言うべきもののはずだが?」

 肉を食い終えた頃には、丁度いい時間になっていた。

「それじゃあ、そろそろ行くか」

「……うん」

 青空とは対象的に、ヒバリの顔は曇っていく。

 こういう表情をさせてくはなかったが、別れの時間が来るのは決まっていた。

「心配するな、ヒバリ。研究所の人には、俺がお前を連れ回したと言っておく」

『そうですよ、ヒバリ。怒られるのはジブの約目です』

 タヅに反応するとまた話が脱線すると思い、無視する。

「……どうしてお前が研究所から出れないのかわからないが、今日これだけ元気に色んな所を回れたんだ。これを気に、外に出してもらえるようになるかもしれない。そうなったら、また遊びに行こう」

「本当? また、一緒にこの世界の色んなモノを見に連れて行ってくれる?」

「ああ、約束だ。鳥でも行くのが無理なぐらい、色んな所に連れて行ってやる」

「……わかった。じゃあ約束ね」

『……』

 小指を差し出され、俺も小指を結ぶ。タヅが何か言いたげにしている様な気がしたが、無視した。

『テイレシアス79』を稼働させ、アサクサ・シティへと向かっていく。

 もうスミダ・リヴァーが見えてきた。橋を一本渡れば、もうそこはアサクサ・シティになる。

 心なしか、後ろから俺に手を回すヒバリの力が強い気がした。

 背中に意識を向けた所で、タヅが音声を発する。

『ジブ』

「わかっている」

「? 何が?」

 ヒバリはわかっていなさそうな表情をしているが、それに答えず俺はアクセルを踏んだ。

 

 後ろから、こちらに着いてくるバイクがいる。

 

 スピードを急に上げたので、ヒバリが短い悲鳴を上げるが、元々強めに俺の体にひっついていたので問題ない。

 ……このまま着いてこられると、ヒバリの言っていた研究所に迷惑がかかるかもな。

「ヒバリ。約束しておいて何だが、少しアサクサ・シティに向かうのが遅れるかもしれない」

「それはいいけど、どうして?」

「追われている」

『ジブ、すみません。相手の運転手の情報ですが、私のデータベースで検索がかけれません』

「見つからないんじゃなく、検索出来ないのか?」

『相手のフルフェイスのヘルメットですが、薄っすら銀が塗られていて顔が見えません』

「鏡と同じ原理か。用意周到だな」

 サイドミラーを見ながら、俺は舌打ちをする。

「全身赤のライダースーツにフルフェイスって、色々と狙いすぎだろ」

『体つきは女性のようですが、サイボーグ化していたのであれば性別は隠せますしね。乗っている電動バイクは、超大型の『ハイモン777』です』

「……こっちの排気量の1.2倍の化け物マシンかよ」

「え? 追われてる? 私達が? 何で?」

「さぁてね。さっき食べた鳥の匂いに釣られて――」

『撃ってきましたよ、ジブ!』

 ハンドルを切り、弾丸を避ける。ヒバリの悲鳴を聞きながら、俺はバイクと共に思考も加速させた。

 ……ヒバリに当たりそうな射線で撃ってきた? この子が狙いじゃないのか?

 彼女の研究所に因縁がある者の差し金かとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 だとすると狙いは俺か、はたまた物取りに偶然狙われたか。

 どちらにしろ、まともな相手ではないのは確かだろう。

 背後からの射撃をタヅが分析し、跳弾がヒバリに当たらないように避けていく。

 だが蛇行すればするだけ相手の接近を許してしまうし、そもそも相手の方がこちらより速度で勝る。このままだと時期追いつかれてしまう。

『アンティゴネv10.2』を構えようとするも、俺の背中に顔を埋めるヒバリがいるので、照準が中々合わせられない。

 アサクサ・シティへ向かう橋を渡らずに、スミダ・リヴァー沿いに道を南下。

 速度を上げて、ヒバリの悲鳴を後方へと置き去りにする。

 その悲鳴を射殺すように、背後からの弾丸も通過。銃弾は大気を食い破るように進み、川の水面も食い破る。

 その水飛沫が川に戻る前に、俺は更にアクセルを踏むが、女の子とはいえ二人乗りだとこれ以上速度が出ない。

 ……このまま、なんとかキンシチョー・シティの掃除屋ギルドまで逃げ切れるか?

 いかに周りから『死にたがりのジブ』と呼ばれようとも、『ハイモン777』なんていう化け物マシンを使う奴の相手なんてしたくない。

 俺だけならいざしらず、同乗者のヒバリがいるのならなおさらだ。

 ここは素直にギルドを頼ろうというのが、俺の考えだ。

 ……散々ソロなのを心配してたんだから、頼ったら文句は言うなよ? ヴァン。

 次の角を曲がり、東南方向へ向かおう。

 という、俺の考えをあらかじめ知っていたかのように、背後からの追跡者は、ある行動に出た。

 その行動を見た時の俺の戸惑いを、タヅがそのまま代弁してくれる。

 

『あのフルフェイス、ロケットランチャー構えてますよ、ジブ!』

 

「ああ、クソっ! やっぱり現実かよ。俺の目がバグってくれていた方が良かったぜ!」

 悪態をついた瞬間、追跡者がその構えている凶悪なものの引き金を引く。

 しかもその弾が向かった先は、寸分たがわず俺が向かおうとしていた方向だった。

 砲弾が、廃墟となったビルに激突。真ん中から崩れたそれは他のビルも巻き込んで倒壊していく。

 まるで、汚いドミノ倒し、いや、豪快に倒れる複数のジェンガと言った方がいいかもしれない。

 砲煙によって黒煙が巻き起こり、盛大に噴煙の如き猛煙が吹き上がる。

 破壊された建物が瓦解して半壊し、その上から分解したブロック達が空から降り注ぐように倒壊し、触れるもの全てを全壊させていく。

 いずれにせよ、当初想定していた道は、完全に塞がれていた。

 慌ててハンドルを切って、そのまま進む。つまり、スミダ・リヴァーに沿って南下する方向だ。

 ……待てよ? このまま道成ってことは、直線が続くってことで――

『ジブ、もう一発ロケットランチャーが!』

「嘘だろ? どこからそんなに取り出してんだよ!」

『バイクです! 大型の車体の中に、まだ色々と隠していそうです』

 くそっ、と悪態を付く前に、二発目の砲弾が発射された。

 それは今度はビルではなく、真っ直ぐ俺の方へと向かってくる。

 ……直接狙ってくるのかよっ!

『ジブ、回避をっ!』

「わかってる!」

 砲弾が、心臓の脈打つ速さよりも早くこちらに迫ってくる。

 どれだけアクセルを吹かせた所で、既にこちらが出せる最高速度は出していた。

 それでも砲弾を引き離すことは、物理的に不可能。

 この時代は、物理至上主義。その現実を覆すことは、絶対にできない。

 しかし――

 ……ただ当たらないというだけなら、奴から逃げるだけなら、まだ手の打ちようはあるっ!

『バイクの操作は私に任せてください。ジブは私の操作に全力をっ!』

 ハンドル捌きと進行方向から俺の思考を読み取ったタヅが、叫ぶように音を撒き散らす。

 しかし、彼女の発言の意味が分かるのは俺だけで、ヒバリはただ困惑して、悲鳴に近い叫びを上げる。

「何? バイクをタヅが操作するのに、ジブがタヅを操作するの?」

 少女の疑問はもっともだが、今はそれに答えている余裕がない。

 俺はタヅをバイクと有線接続し、そしてバイクのハンドルから手を離すと、腰のサムライブレイドへと手を伸ばした。

 そしてバイクはタヅの操作で、直進。その前にあるのは、この辺りでも一番階数の高い廃ビルだ。

 だがその廃ビルと俺達の間に、あるものが存在する。

 コンクリートの塊だ。

 前方に転がっていたそれに構わずバイクは全速力で進んでいき、タヅの目論見通り前輪がそれに乗り上がる。

 そしてバイクはボールが跳ねるように飛び上がり、そのまま前方の廃ビルの壁に向かって行った。

「ぶつかるよっ!」

 ヒバリのその叫びは、的中した。

 しかし、ぶつかったからと言って、事故になるとは限らない。

 バイクは確かに、廃ビルの外壁へと車輪からぶつかった。しかし車輪はそのまま回転。壁に張り付くようにして、バイクはそのまま進んでいく。

 タヅのAIによる物理演算等を駆使して、壁の側面を走っているのだ。

 そしてそれを実現して得られる効果は、それだけではない。

 背後からやってきた砲弾はそのまま突き進み、スミダ・リヴァー沿いの廃ビルへと激突。

 轟音と爆裂が炸裂し、着弾音と騒音が発生して、ビルは激烈な破砕音を立てながら根本からへし折れた。

 断末魔のような激震と共に、そのビルが南方面に流れながらも西側を流れるスミダ・リヴァーへと、アサクサ・シティ方面へと倒れていく。

 その倒れる廃ビルの外壁を、タヅに操作させた俺達の乗るバイクが走っていた。

 車輪が壁を噛むようにして回る度、ビルの瓦礫が落下して、川の水面を激しく叩く。

「このままだと、私達まで川に落ちちゃう!」

 ヒバリの言う通りだ。

 通常のビルが、川を渡る橋よりも大きいわけがない。

 俺達の走る廃ビルもその例に漏れず、このまま進んだとしても川の向こう岸に到着するのは不可能で、待ち受けている未来は廃ビルと水面の間に挟まれる熱い抱擁以外にない。

 そう、このまま、何もしなければ、だ。

 だから俺はその未来を変えようと、既にサムライブレイド(タヅ)を抜き放っている。

 そして、叫んだ。

「抜刀!」

 そして、その言葉通りの変化がタヅに起こる。

 タヅの刀身はみるみる展開、巨大化し、野太刀の様な形となった。

 それを上段に構える頃には、俺の着用としているパワードスーツも最大出力で稼働。猛るように唸りを上げて、それを解き放つように俺も斬撃を放った。

 その刃が向かった先は、俺達の乗るバイクの道。

 つまり、川へと倒れていく廃ビルだ。

 その廃ビルを、まずは真ん中から一刀両断する。

 分かれたビルの片方は、まるで宇宙ロケットが使用済みの推進装置を分離するように、ゆっくりと離れていく。

 そしてもう片方はというと、離れていくビルの推進力を全て受け取ったように、アサクサ・シティ方面へと勢いよく向かって行った。

 タヅはそれに乗り遅れまいとするように、バイクを操作。走っているビルの壁面を飛び上がり、アサクサ・シティ方面へと分離したビルの壁面へと着地する。

 ヒバリの悲鳴が聞こえる中、俺は既にサムライブレイドを振るい終えていた。その斬撃で、更にビルが二つに分解。

 タヅもそれがわかっていて、先ほどと同じ様に飛び上がり、アサクサ・シティ側へと分離したビルの壁面へと着地する。

 そしてそこから行われるのは、その行為の連続だ。

 俺がビルを切断し、タヅがバイクを操作して俺が作った推進力を得てアサクサ・シティ方面へ向かうビルへと跳躍、それにヒバリの悲鳴が重なって、更に俺の斬撃が放たれるというループが起こる。

 ここで重要なのは、ただ倒れるだけだったビルが、切断することでアサクサ・シティ方面へと推進力を持ったものが生まれるということだ。

 それで生まれる現象は大雑把に言うと、ビルを斬って斬って斬りまくり、アサクサ・シティ方面へ近づくビルの橋が、スミダ・リヴァーの空中に生まれるという事に他ならない。

 そしてアサクサ・シティ方面へ近づくということは。

 スミダ・リヴァーを渡っているということになる。

「ジブは廃ビルを斬って、スミダ・リヴァーを渡る橋を架けたのね!」

『それが可能となるのは、私のバイクの精密制御のおかげだということをお忘れなく』

 二人はそう言うが、バイクが飛び移る廃ビルは、推進力を得るために切断しているので、どんどんと短くなっていく。

 川を渡りきるまであと僅かだが、どう考えても渡り切るまでに廃ビルの方がその全てをただの瓦礫と化す事になるだろう。

「どうするの?」

 と、心配そうにヒバリは言うが、既にそのための対策は打っている。

「タヅ、お前は流石にこの程度で刃こぼれなんかしないよな?」

『あまり舐めてもらっては困ります。遠慮なく本気で振るってください』

 ……そうかい。それじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!

 前を見れば、もう既に廃ビルの足場はなくなっている。

 重力に引かれて川の方へと落下しながら、俺はパワードスーツの出力を最大化。

 サムライブレイドを、野球のバットの様に構えた。そしてそのまま、まるでボールを狙ってホームランを打つかのように。

 水面に対して、タヅをフルスイングした。

 サムライブレイドの刃が、川の水に触れる。

 そしてオールが水をかき出すように、野太刀の様なタヅの刀身が川の水をかき出した。

 瞬間、水中で魚雷が爆発したかのような水柱が上がる。

 俺達は水をかき分けた力で、回転しながらアサクサ・シティ方面へと飛んだ。

 力技だが、力学が発生するのであればそれは物理の領域。

 ……物理至上主義のこの時代なら、こういうやり方もありだろ?

『何か決めているみたいですが、反対側の河川敷、そこのビルに突っ込みます。壁を切断して着地場所を早く作ってください』

「そういうのこそ俺のパワードスーツの制御奪って話す前にやってくれよ!」

 そう言いながらも、俺は既にサムライブレイドを振るっている。

 廃墟の外壁を破壊し、それがバラバラになる煙とともに、俺達は建物の中へと突っ込んだ。

 もちろん、破片がヒバリに当たらないよう調整はしている。

 もうもうと立ち込める煙を払いながら、俺はタヅを鞘の状態に戻して、腰に差し直した。

「なに? どうなった、の?」

「とりあえず、スミダ・リヴァーは渡れた。だが、位置は結構ずれてしまったみたいだ」

『バイクの足場としたビルが、元々南方向に倒れてましたからね』

「ま、何はともあれ、流石にあのめちゃくちゃやってくる奴も、すぐには追ってこれな――」

「ジブ、見てあれっ!」

 焦ったように、ヒバリがある方向を指さした。

 その方角を見て、俺も驚愕する。

 いや、戦慄と言った方がいいかも知れない。

 俺達が見ているのは、今しがた力技で渡ってきたスミダ・リヴァーだ。

 そこには俺が切断し、乗り捨てるように壊した廃ビルだった残骸の姿がある。

 それは当然川に沈んでおり、時間が経てばすぐに海ならぬ川の藻屑となっていただろう。

 しかし一方で、それが川の水面に完全に沈み切るには、僅かではあるが時間がかかる。

 それを利用して――

 

 俺達を追ってきた追跡者が、向かって走ってきていた。

 

「嘘だろ、おい!」

『残念ながら、私の画像解析でも同様の結果が出ています。あのフルフェイスは信じられないことに、私達が空中に架けた橋の残骸が水面に沈む前に足場にして、スミダ・リヴァーを渡り切るつもりのようです』

「で、でも、大丈夫じゃない? ジブはタヅを使って水をかき出すようにして渡ったでしょ? あいつは、そんな道具は持ってないし――」

『いいえ、ヒバリ。あの相手は、そんなものよりもっと厄介なものを使っていたではありませんか』

 その答え合わせだとでも言うかのように、追跡者は既に二発放っている物を肩に担ぐ。

 そう、ロケットランチャーだ。

 奴はそれをこちらではなく、自分の背後に向けて撃ち放つ。

 砲弾が爆音による炸裂音を発生させ、豪快な水柱を川に発生させた。

 それで発生した水飛沫が、俺の頬にまで降り掛かってくる。

 そして砲弾の如きスピードで、超大型の電動バイク『ハイモン777』に乗ったそいつは、俺とは違った力技で、スミダ・リヴァーを渡りきった。

 更に嫌らしいことに、そいつは俺達の傍に着地している。

 奴のフルフェイスに、忌々しげに舌打ちをする俺の顔が写っていた。

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