ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~ 作:メグリくくる
◆◆◆ ジブ ◆◆◆
「おい、ジブ。狙い通り罠に車がかかったぞ!」
「わかった、すぐ行く。でも、まだ手を出すなよ? やり過ぎたら、コウノに怒られるからな。俺が」
呼びに来た仲間にそう答えながら、俺はカンダ・リヴァーに垂らしていた釣り竿を上げる。
恐ろしくて完全養殖魚しか食えないと言う大人達もいるが、そうした当たり前の食材が手に入らない俺達みたいなガキには、自然で育った汚い魚であっても貴重な栄養源だった。
逆に言えば、俺達はこの時代の一般的な大人を頼れない子供という事になる。
アキハバラ・シティ、から僅かに外れた所に暮らすストリートチルドレン。マフィアと言うには幼すぎ、その幼さ故にやり過ぎなければ掃除屋ギルドからも目をつけられず、様々な温情でギリギリ生存を許されている存在。それが俺達だった。
俺を呼びに来た五、六人の仲間と並んで走り出すと、その内の一人が忍び笑いを漏らす。
「ジブは俺達のリーダーなのに、相変わらずコウノの尻には敷かれてんだな」
「……あいつの作戦が当たるんだから、仕方がねぇだろうが」
「体は弱いけど、剣を持たせたらめちゃくちゃつえぇしな。ジブ、いっつもボッコボコにされてるもん」
「あいつ、口喧嘩で不利になるとすぐ手が出るんだよ。不利にならなくても出るときゃ出るのも厄介なんだが……」
そう言いながら、俺達は罠にかかった車の元へと到着した。
罠といっても、仕掛けは単純なもの。大通りを瓦礫で塞いで、通行人を脇道に誘導する。
その脇道に、尖った釘や硝子の破片を大量にばら撒いておくのだ。
もちろん荒廃したこの時代だ。そうしたパンクしそうなものは、どこにだって落ちている。
そのため国だったり、大企業の御えらいさんが乗る車はパンクはしない、もしくはしても対応できる備えをしていた。
しかし、そうではない、車やバイクといった移動手段は持っているが装備を充実できないような、丁度いいぐらいの貧乏人はこの通りで確実にパンクする。
つまり、子供の俺達でもどうにか出来そうな相手だけが引っかかる罠なのだ。
……考えたのは、全部コウノなんだけど。
そう思いながら、俺達はその罠に引っかかった車に近づいていく。
「あの、どうかしたんですか?」
「! ……ああ、ちょっとパンクしてしまって」
車から降りてきた大人は、一瞬警戒して懐に手を伸ばした。しかし、現れたのが子供だと知って気を緩める。
だがその男は、手を懐に伸ばしたままだ。
……こっちが子供の体を使ってないのか、警戒してんのか。
全身をサイボーグ化しているのであれば、子供に装うのなんて簡単だ。その可能性を考慮しているということは、そこそこの修羅場をくぐってきた経験はあるのだろう。
……だったら、プランBの方がいいな。
仲間にだけ分かるハンドサインを出してから、俺は口を開く。
「ああ、この辺ゴミクズが多いんで、たまにパンクするんですよ。どうです? 俺達にパンクの修理をさせてもらえませんか? お安くしておきますよ?」
「……なるほど、そういう魂胆か。いくらだい?」
運転手は全てを理解したかのように頷き、そして安堵の表情を見せる。
物取りではなく、商売が出来る相手、つまり、いきなり暴力ではなく会話が成立する相手だと認めてもらえたのだ。
運転手の方も、車がパンクしたのは俺達のせいだと気づいている。だが、ここで俺達を撃ち殺す弾丸の費用と、多少割高でも金を払ってパンクの修理をさせて無傷でこの場を立ち去れるのであれば、当たり前のように後者を選ぶだろう。
つまり、それがプランBだった。
実入りは少ないかもしれないが、確実に収入を得るプラン。更に戦闘が発生しないので、仲間に負傷者も出ない。
たまに修理させた後代金を踏み倒そうと暴力を振るおうとする輩もいるが、修理中俺が銃を持っていることをチラつかせると、そうしたリスクを取ってでも戦おうという気は起こさない。
そういう布陣を作れるように、修理中は必ず五人以上で事に当たり、罠にかかった相手の近くに一人は配置するようにした。一人を殺せても、他の子供がお前を殺せるぞ、という言外のメッセージだ。
そして俺の持っている銃は、プランAで手に入れたものだ。
車やバイクはバラしてしまえば証拠も残らないし、売り物にもなる。人間の方も着ている衣服は使えるし、服を着ていた中身はバラしてスミダ・リヴァーに流してしまえば証拠は残らず、しかも魚の餌になってくれて、かつ俺達の犯行も消せるという、一石三鳥だった。
俺達がプランBでやっている事は、ギルドも当然把握しているだろう。だが、それよりもヤバい奴らが多い。ヤバさの対応順的にも、俺達は見逃されていた。
銃を持っているというのは、多少気にされるだろうが、実際撃った事は殆どない。
何故なら弾が高すぎて買えず、脅すだけにしか使ってないからだ。
だが、脅せるだけでも生存率は格段に跳ね上がる。
プランCもあるにはあるが、それは使うことはないので、まぁ説明しなくてもいいだろう。
そう思っている間に、車の修理が終わった。
「修理、終わりましたよ。軽食も売ってますが、買っていきますか? 安くしておきますよ」
「……商売根性逞しいな、本当に」
そう言って、シケっているスナック菓子を買った旅人が車のエンジンを稼働させる。
そんな彼に向かて、俺は口を開いた。
「買ってくれたんでサービスしますけど、大通りは瓦礫で埋まってましたよね? カンダ・シティに抜ける道も似たようなものなんで、東に行くならこっちの南東方向の道に進んだ方が結果として近道ですよ」
「なるほど。そいつはいい情報だ。ありがとよ」
そう言って、運転手は素直に俺が教えた道を進んでいく。
それを見ていた仲間達が、忍び笑いを漏らした。
「あいつ、まんまとジブの教えた道を進んでいったな」
「これで向こうを根城にしているマフィアからのマージンも入る」
「それは、奴らがあの男を捕まえて金に変えてからだ」
俺達は所詮、ストリートチルドレンだ。だから生きていくには、様々な温情を得る必要がある。
その温情とは、ギルドからのお目溢しだったり、近くに徒党を組んでいる輩に獲物を斡旋してやったりと、様々だ。
さっき話に出たマフィアはその一つでしかなく、そこそこ知恵の周り、使いやすいガキはこの辺りの緩衝材としても荒くれ者達に重宝されている。
俺達としても、この辺り(プランA)で人が消えても奴らの仕業だとギルドが勘違いしてくれるので、都合が良かった。
……全部考えたのは、コウノなんだけど。
「パンクさせて使えなくなった釘や硝子は、補充しておいてくれ。それから、熱は下がったのか? お前の弟」
「ああ、おかげさまで。でも、悪い、ジブ。弟のために、高い薬を……」
「気にするな。一蓮托生みたいなもんだろ? 俺達」
「そうそう、それを言ったらジブの方がコウノが、いってっ!」
「いいから、さっさと働け!」
そう言い捨てて、俺はその場を去っていく。
そしてその足で向かったのは、俺がいつも寝泊まりしている廃ビルだった。
そこは遥か昔、肉が有名だったビルが建っていたらしい。だが今はそんな影は全く無く、割られた電光掲示板が首吊り自殺をした死体みたいにぶら下がっているだけだった。
その廃ビルの最上階まで、階段で上がる。ようやく登り切った、ところで、俺は顔を全力で避けた。
一瞬前まで俺の顔があった場所を、割れた電球が通過する。
「おかえりなさい、ジブ。今日は早かったので」
「……頼むから、普通に出迎えてくれよ、コウノ」
そう言って、俺はベッドで体を起こす同居人の少女に目を向ける。
濡羽色の髪に漆黒の瞳は、コウノ曰くこの国に元々住んでいた民族の血筋を色濃く受け継いでいるためらしい。そんな顔立ちの整った少女の唇は、ピンクというよりも薄紫色。顔色も少し悪そうで、震える体を誤魔化すように彼女は服の上からかけている薄手のカーディガンを羽織り直した。
「そういうわけにはいかないわ。ジブには、私の剣技を受け継いでいってもらわないといけないんだもの。私の両親の代わりに、ね」
「……またそんな事言ってんのか」
コウノは俺と同じくストリートチルドレンだが、死んだ彼女の両親と一緒に見つけられた時、いくつかのものを持ち合わせていた。
その一つが、記憶デバイスだ。
そこにはコウノの両親がサムライブレイドを振るっている所が映っており、それを彼女は見ただけで完璧にマスターしてしまった。
ハッキリ言って、コウノは剣の天才だ。しかも剣の腕前だけでなく、俺の幼馴染は頭もいい。
しかし――
「体の事は、俺がどうにかするから。そうすれば元気になって、好きな時に剣を振るえるようになる。それこそ、全身サイボーグ化すれば――」
「両親の遺言で、サイボーグ化だけは止められているの」
「お前が喋れる様になる前に死んでんだろ、お前の両親」
苦笑いを浮かべ、座る場所を確保しながらベッドに腰掛ける俺に、コウノが首を振った。
「わかってるでしょ? ジブ。サイボーグ化するにしても、一体どれだけのお金が必要か。貴方が私を優先するのは当然だとしても、仲間のことも考えないと組織として瓦解するわよ」
「どうして当然の如く俺がお前を優先する、みたいになってるんだ?」
「あら? だって貴方、私のこと好きでしょ?」
「っ」
「私も好きよ、ジブの事。だから、出来ることと出来ないこと、やれることとやりたいことは、分けて考えておきなさい」
「~~~~っ!」
仲間達に言われた、尻に敷かれるという言葉を思い出す。
頭をかいて紡ぐべき言葉を探そうとするも、いつまでたってもそれが出てこない。
そんな俺の代わりとでも言うかのように、この場で別の存在が音声を発した。
『これが以前インプットされた、ちちくりあう、という事象なのでしょうか? 開発者』
「そうよ、タヅ。よく覚えておきなさい。そして微笑ましいエモい映像の貴重なサンプルとして記憶しておきなさい」
『了解しました』
「了解するな。あと、貴重な記憶ストレージをそんなもので無駄にすんな」
そう言って俺は、ベッドの上を這っているコードを引っ張る。それはこの部屋の窓際に置かれている機械にマイク、そしてカメラが接続されていた。
先ほど座る場所を俺が確保したのは、それらに繋がる物理的なコードを避けたためだ。
そう思っていると、コウノは少しだけ不満そうな表情を浮かべる。
「そんな、とはあんまりね、ジブ。貴方の愛しの私が死んだら、私の記憶はタヅの中にしか残らないのよ?」
「……だから、そういう事言うなよ」
そう言って俺は、コウノに向かって小指を差し出す。
「俺が絶対にお前を救ってみせる。元気な体になったら、こんな狭い世界だけじゃなくって、世界旅して、もっともっと色んなモノを見せてやる。鳥だって無理なぐらい、色んな所に連れて行ってやる。約束だ」
「……はぁ、仕方ないわね」
そう言って彼女は、素直に自分の小指と俺の小指を重ねる。
そして――
「タヅ?」
『記憶しました、開発者』
「写真撮った時の音まで出るようにしたのか? 何でこんな無駄な機能付けてんだよ!」
そう言うとコウノは、おかしいわね、と言わんばかりに頬に手を当てる。
「最初はあまり外に出歩けない私の暇つぶしとして、物語や本の内容を収集、蓄積するための単純なストレージだったんだけれども、どうしてこうなったのかしら?」
「それ、俺が質問してる事なんだけど? お前の治療費もあるから、殆どストレージ代しかかかってないはずなのに」
それ以外だと、マイクもカメラも壊れかけのジャンク品だし、入力デバイスに至ってはタブレットどころか、今では古すぎて逆に珍しいキーボードを使っている。正直、タヅの開発に使っているのは売り物にならないと捨てられたり、無理やり溶接したどうして動いているのか謎なデバイスばかり。
そんな有り様なのに、本当にどうしてこうなったのだろう?
いつだったか、仕事を終えて帰ってきたらコウノがタヅというAIを開発していたのだ。
タヅというのは鶴の事を意味するらしく、コウノが最初に読んだ絵本の物語から取ってきた名前らしい。
彼女は、そう言えば私の名前も鳥の名前の一部だし、俺の名前も鶴に由来があるわね、だからいつか鳥が空を自由に飛び回るように世界を見て回りたいわね、なんて笑っていたが、結局どうしてこうなったんだ?
そう思っていると、コウノはしみじみとした感じで頷く。
「『アムリタ』がいけないのよ。あれ、汎用性高すぎてリソース少なくても色々となとかなっちゃうんですもの」
「もの、で普通こんなの出来ねぇだろ」
「物理至上主義の時代なのだから、ちゃんと自分の五感で得たものを信じなさい? ジブ。これが、現実というものよ」
「この天才児は、本当に……」
「聞いたわね? ジブ。これが、デレというものよ?」
『勉強になります、開発者』
「学習せんでいい」
コウノ曰く、タヅはまだ開発中らしい。だがこのままだと、コウノがもう一人増えるのは時間の問題だろう。
……俺の身がもたんぞ。
「さて、お戯れはこの程度にして」
「戯れだって思ってるのならやめてくんない?」
「これでしか得られない栄養があるのよ。タヅ?」
『サムライブレイドと木剣は、ベッドの脇に立てかけてあります』
その言葉で、俺はこれから何が起こるのかを察した。
「いいだろ? 剣なんて。銃があれば、十分なんだから」
「銃で十分なんて下らないダジャレを言っている暇があったら、早く剣を取りなさい」
「自分はボケるのに人の発言に厳しすぎんだろ」
「いいから、早く。弾がないとただの筒でしかない役立たずに頼らなくてもいいよう、せっかく私自ら訓練をつけてあげようとしているのだから」
「銃嫌いすぎだろ。親でも殺されてんのか? 俺が剣を使えなくたって、お前がいてくれたら――」
「両親の死因は刺殺だったらしいわよ? それと、貴方が私に生き残って欲しい様に、私も貴方に生き残って欲しいの。私の剣技を受け継ぐ受け継がないの話は置いておいて、生き残るための引き出しは多いに越したことはないわ。さ、早くなさい」
『開発者はジブが外に出ている間、構ってもらえず寂しかったのです。ジブの仕事中、開発者は自分を拡張しながらずっと――』
「余計なことは言わなくていいわよ、タヅ」
そこで俺は観念し、大人しくサムライブレイドと木剣を取る。
そして木剣をベッドにいるコウノに渡し、俺はサムライブレイドを使うのだが、それだけのハンディがあっても俺は彼女をベッドの上から下ろすことすら出来なかった。
暫く打ち合い、ボロ雑巾の様にされた。
「そういえば、タヅの開発はこのサムライブレイドを使うようになってから格段に進むようになったわね。何か、違う物質で出来ているのかしら?」
余裕そうにそう言った後、薄ら汗ばんだコウノが、ぽんぽん、と自分の隣を叩く。
「あら? ずいぶん酷い有り様ね。こっちにいらっしゃい? 軟膏を塗ってあげるわ。ナノマシンも入っていないから気休め程度でしょうけど、付けないよりはマシよ」
「自分でやっておいて、とんだマッチポンプだな……」
『なるほど。これが、ツンデレというやつなのですね? 開発者』
「ええ、そうよ」
「いや、絶対違うやつだろ、これ」
もしそうなら、ツンの部分が強すぎる。
そう思いながらも、俺はすごすごと彼女のベッドに上がり込む。
そして傷口に染みて痛がる声を無視するコウノに、問答無用で薬を塗られた。
それはよくある、日常の一幕だった。
だから、俺は知る由もなかったのだ。
俺達が取引しているマフィアや荒くれ者達が、最近手を組んで大企業のいち施設を襲撃したことも。
その企業は国にも顔が利き、事態を要職にコネを使って話を取り付けたことも。
その結果、流石に無視できないと国も動かし、その犯人達が根城にする地域を治安維持の目的のための、大規模な再開発を計画していることも。
そのエリアは当然アサクサ・シティも含まれていて、その襲われた企業のロゴが王冠を付けた鳥のものだということも。
そしてその企業の名前が、BPP社であることも。
俺はまだ、何も知らなかったのだった。