ジュエリーインザガベージヒル ~瓦礫の中の珠玉を求めて~ 作:メグリくくる
◇◇◇ ジブ ◇◇◇
フルフェイスの真っ赤なライダースーツを着た追跡者が、さっそうと『ハイモン777』から降りる。
そしてヘルメットを脱ぎながら、気だるげに口を開いた。
「全く。色々と探し回らされて、大変だったわ」
フルフェイスの下から出てきたのは、氷のような美貌を持つ女性の顔。短く切った金髪を振りながら、藍色の瞳で俺達を一瞥する。
そいつと目があった瞬間、タヅが音声を発した。
『データベースの照合。ヒットしました。彼女は、清掃員のケーナです』
「それじゃあ、あいつが『完全無機のケーナ(パーフェクト・イノゲニック・ケーナ)』なのか?」
「あら、自己紹介は不要そうね」
そう言って、ケーナは淡々と口を開く。口は開くが、その表情は本当に凍りついているかのように、口周り以外動かない。人ではなく、感情を全く感じさせないアンドロイドと話しているようだ。
俺はいつでも動けるよう全身を緊張させながら、ケーナを睨む。
「カントー・エリア最強と呼び名が高い清掃員。この付近で清掃員やっててあんたの事を知らないやつは、全員モグリだよ」
「そう言って頂けて光栄だわ、『死にたがりのジブ』」
「……全く、どいつもこいつも好き放題言いやがって」
そう吐き捨てる俺に向かって、ケーナが腕を組む。
「私達の間に、どうやら不幸な思い違いがあったみたいね」
「思い違いしだと?」
「ええ、そうよ。貴方、その子を運搬中に奪い去ったわけじゃないんでしょ?」
「馬鹿言え。俺はヒバリが元々行く予定だったアサクサ・シティの研究所に連れて行こうとしてたんだよ」
「ほら、やっぱり思い違いだった。私はその子を探している会社、その代表である依頼人から連れ戻すよう任務を受けているの」
そう言うとケーナは感情が全く宿っていない声とともに、自分の手をこちらに差し出した。
「その子を研究所まで運搬する役目は私が引き継ぐわ。だから、渡してもらえるわよね? その子」
「断る」
「ジブ?」
ケーナではなく、ヒバリの口から疑問の声が零れ落ちる。
その疑問に俺ではなく、タヅが答えた。
『貴方はこちらに警告なく発砲しました』
「それは、貴方達が逃げるからよ」
『それにしては、ロケットランチャーはやり過ぎです。そもそも、拳銃を使っていた時点でヒバリを射線に入れていました』
「脇に差しているサムライブレイドから、『死にたがりのジブ』ってわかったのよ。自殺願望があるのかどうかは知らないけれど、そう陰口を言われていても、実力があるから生還出来る。その腕を見込んでの事だわ」
「言っただろ? あんたの事を知らないやつは全員モグリだ、って。だから当然俺も知ってるよ。お前についての、黒い噂はな」
清掃員は通常仕事をギルドで受けるが、名の通った清掃員には、企業や国から直接依頼を受けることもある。
その一人のケーナは、確かにカントー・エリア最強と言われる清掃員だ。
そう呼ばれる理由は、その任務の成功率にある。報酬さえ弾めば、どれだけ難易度の高い依頼でも、そしてどれほど後ろ暗い依頼であっても、必ず完遂するのだ。
「お前の身体的特徴と合わさって、ついた二つ名が『完全無機のケーナ』。俺が重火器で簡単に引かせれないとわかり、下らない嘘をついてこっちの動揺を誘う作戦か?」
「嘘ではないわ。ほら、これが正式な依頼書よ」
そう言ってケーナは、手のひらサイズのメッセージカードをこちらに投げてくる。
タヅが警告を出さないので、爆薬物などは仕込まれている心配はない。
それを受け取り、内容を確認。確かに、ヒバリを保護するようケーナに要請する内容だった。この時代、わざわざ物理的に書面に起こすのはそれだけで信頼の証にもなり、そこに記載されている内容の信憑性も増す。
しかし、だからこそ俺にはそこに記載されている内容が信じられなかった。
正確には、ケーナに依頼を出した人物が、その会社を、俺の視覚野が受け入れるのを拒絶しようとしている。
そこに描かれているのは会社のロゴ。それは王冠を付けた鳥のもので、依頼を出した代表者の名前は――
「BPP社CEOのクラウン、だと!」
『何故、その男の名前がこんな所で?』
「え? 二人とも、知っているの? クラウンさんの事」
知っているどころの話ではなかった。何故なら俺達は、奴にコウノを――
「色々と思う所があるみたいだけど、今はビジネスの話をしましょう」
ケーナの言葉に、俺は現実へと意識を戻す。彼女は、まだタヅの音声の方が情緒があると思える声色で、口を開いた。
「その子はフナバシ・シティにあるBPP社の研究所から運搬中、行方がわからなくなったとされているの。その子はBPP社が行っている研究の、重要なピースなのよ。それこそ、この時代を変えてしまいそうなほど、画期的な、ね」
そう言ってケーナは、もう一度こちらに手を差し伸べた。
「だから一秒でも早く、その子をアサクサ・シティに戻す必要があるのよ。そして私はBPP社から正式にその子の回収を依頼されており、貴方は偶然それを拾ったただの部外者。拾っただけならまだしも、人の失せ物だと知ってまでそれを手放さない場合、どういう罪に問われるのか、言わなくてもわかるでしょ?」
「……私、いくよ」
「ヒバリ?」
そう言うが、既に『テイレシアス79』から少女は降りている。
彼女に向かって手を伸ばすが、ヒバリは既にケーナの方へと向かっていた。
「私のワガママでこの後も一緒にいても、ジブとタヅに迷惑かかっちゃいそうだし。それに、ほら。あの人について行っても、ちゃんと研究所に着けるんだよね? だから、今までありがとう」
「懸命な判断です。さ、こちらにまたがって」
その言葉に頷き、ヒバリがもう一度こちらに振り返る。
「ジブ、タヅ。バイバイ」
「ヒバリ!」
彼女に向かって、手を伸ばす。だがもう少女はこちらに背を向けて、歩きだしていた。
その動きがスローモーションになるぐらい、俺の脳は高速で回転する。
……ヒバリを止めて、それでどうする? 俺は完全に部外者で、そもそもあの完全無機を倒せるイメージが全く沸かない。それに、彼女は俺達の事を考えて立ち去ろうとしている。その思いを、踏みにじってもいいのか?
『ジブ。気づいていると思いますが、震えていますよ、ヒバリ』
気づいている。気づいているに決まっている。何故ならタヅには俺の視界を共有しているからだ。タヅに見えるものは、俺にも当然見えている。警告なしに発砲し、ロケットランチャーをぶち込んでくる相手が、怖くないわけがない。
『昨晩の暗い顔から、ヒバリはずいぶんいい笑顔をするようになりましたね』
知っている。知っているに決まっている。あの子はコウノにそっくりで、違う存在だとわかっているのに目を話すことが出来なかったのだから。気になったきっかけは幼馴染に顔が似ていたことだが、それでも今は彼女の笑顔が見たくって、遠回りでツーリングもしたし、洋服にサンダルも買い与えた。
『ジブ。わかっていますよね? ケーナはずっと、ヒバリの事をモノ扱いしていましたよ』
わかっている。わかっているに決まっている。あの女がヒバリを運ぶことを運送ではなく運搬と言ったり、連れて変えることを回収と言ったり、挙句の果てに失せ物扱いしたことは。
何故なら――
『それは、開発者を、コウノを殺した、あのクソ野郎と同じ発想です』
……だから、わかってるっつってんだろ、クソッタレっ!
「なっ」
表情を全く動かさないケーナが、驚きの溜息を漏らした。
それは丁度、あの女がヒバリを『ハイモン777』へまたがらせようと、彼女を手伝おうとした瞬間の事だった。
そこに割って入るように、俺は『テイレシアス79』を滑り込ませる。
そしてヒバリを奪い返すと、そのままフルスロットルで走り出した。
風が俺の頬を裂かんとばかりにぶち当たってくるが、やってしまったという感情ごと俺はそれらを無視して走り始めた。
『言っておきますが、言ってませんでしたからね? ジブ』
何がだ? と返すと負けた気がするので、俺は鼻で笑う事にした。
「形に拘るより、相手が理解したかどうかが重要じゃないか?」
『物理至上主義のこの時代で形を否定するとは、愚かとしか言いようがありませんね』
「ど、どうして? ジブ、ダズ」
戸惑いながらも、ヒバリは俺の腰に手を回し、更に強く握りしめる。
それに答えるよに、俺は口角を吊り上げた。
「約束しただろ? この世界の色んな物を見せてやるってな」
それに――
「BPP社には、クラウンにはちょっとどころじゃない借りがあってな」
『ジブ!』
「もう少し、話が分かる相手だと思いましたが」
いつの間にか、ケーナが追いつき、俺に並走している。
奴に向かって、俺は唾を吐き出すように吐き捨てた。
「生憎どうやら俺は、死にたがりみたいでな」
「では、お望み通り殺して差し上げましょう」
ケーナが絶対零度を感じさせる声色でそう言った瞬間、俺はタヅを逆手で抜き、抜刀状態にしてそれを受け止める。
サムライブレイドの刃には、完全展開し終えたケーナの右腕があった。
ケーナの二つ名が完全無機なのは、感情が読めない表情から付けられただけではない。
彼女は腕も、足も、体も、顔も、全身全てをサイボーグ化しているのだ。
タヅとケーナの拳がぶつかった箇所から、火花と紫電の花が宙に乱れ咲く。
だが――
「全身サイボーグだからって、タヅが受け止められ切れるかよ!」
片手でサムライブレイドを構え直し、俺はパワードスーツの出力も上げてそれをケーナへ上段から叩き込む。
昨晩倒した男達も、受け止められはするが、結局刃になます切りになる運命だった。そして、それ以前の相手も大概その様な未来を迎えている。
しかし、タヅを受け止めるケーナの右腕はというと――
「馬鹿な! 受け止められている、だとっ!」
しかも、それだけではない。
タヅが生成するウィルスが紅雷となって紫電に絡みつくが、ケーナの腕から発せられる紫電と拮抗している。
二色の稲妻が飛び散るのに一番驚いていたのは、それを行っているタヅだった。
『私のウィルスが、侵食しきれない? アダマンタイト合金製の演算能力を有する金属なんて、数えるぐらいしか――』
「そう、貴方、アダマンタイト合金で出来ているの。だからあんなに色々と、無茶が出来たのね」
そう言ったのは、紫電を腕から撒き散らす完全無機。
彼女は昆虫のような目をこちらに向け、操り人形が口を動かすように音声を発した。
「私は全身、ヒイロカネを使っているのよ」
そう言った直後、ケーナの腕が俺の心臓を強打した。
彼女の左腕が展開するようにして伸び、パワードスーツの防御機能を貫くように俺の体を打ち据えたのだ。
砲弾を体に食らったような一撃に、俺の体は成すすべもなく吹き飛ぶ。当然俺がまたがっていたバイクに、同乗者のヒバリも巻き込んで。
……この威力、ロケットランチャーを食らった方が、まだマシだった。
そう思うものの、俺はヒバリに怪我をさせないようにサムライブレイドを動かす。
直後、衝撃を受けてビルの壁を突き破り、更に突き破って外に出て、また別の建物に埋もれて外に出て、また別の廃墟の壁を突き抜ける。
俺が体でぶち抜いた建物はすべからく倒壊し、視界を煙で完全に覆い隠した。
体全身にダメージを受けた俺の意識は、どんどんとか細くなっていく。
やがて意識を完全に手放す直前、俺の耳に残っていたのは――
「あら? ちょっと、強くしすぎちゃったかしら」
とつぶやいた、もはや粉塵で姿が見えない、全く驚きも慌てもしていないケーナのつぶやきだった。