DollsNest 外伝 『定めと意志と世界の終わり』 作:Kazuha.Y
でも、別にそれでいいと思ってます。
生きる理由なんか、最初から無いのですから。
にも拘わらず、人間は生きる理由や意味を探してしまいます。
それは、きっと我々が弱い生き物だからでしょう。
なにかしら理由を付けないと、まっすぐ歩けないのです。
◇
第十一話です。よろしくお願いします。
「……なに、これ」
深層を発ち、下層に戻って来たシロたち。
その眼前に広がるのは、地獄のような光景だった。
地面を覆い尽くすほどの異形の群れ。
空には翅付きが跋扈し、中層のプレートが見えなくなるほどだった。
「シャラが死んだことで……ここまでに……?」
呆然と呟くヴォーグに、シロは首を横に振る。
アーヴドが滅びてから始まった異形の発生。
下層にある大半のコロニーが喰い尽くされた"鉄錆の波"以降、奴らの数自体は減少傾向にあったはずなのだ。
それは、長らく下層で暮らしていたシロが一番よく理解していた。
「これまで数十年間、時々異形が増えることはあったけどここまでの規模は無かった」
「と、いうことは……」
顎に手を当てて考え込むレーヴ。
そんな彼女の隣で、シロは一つの可能性を見出していた。
層間連絡線が爆破される数日前に見た、下層では滅多に見ないはずの飛行型異形。
レーヴたち第三特殊が派遣された理由を、彼女は何と言っていた?
__下層からの異形防衛……そしてあの場所で出会ったのは……!!!
全ての記憶が繋がる。
ホドの歯車が狂い始めた、その元凶は__
「……イレギュラー」
シロの言葉に、二人の表情が凍り付く。
唯一"それ"が何を指すか理解できなかったセラだが、恐怖すら感じさせる姉の雰囲気に気圧されていた。
敵として戦った自分にすら優しい瞳を向けていたシロが、これほどの殺気を纏うほどの相手とは"何"なのか。
それを聞く勇気は、彼女には無かった。
「つまり、これが奴の仕業だと言いたいのか?」
「分かんないけどね」
溜息をつきながらシロは髪をかき上げる。
根拠は無い。けれども確信に近いものを感じていた。
「ここまで大胆に出てくるのは、既に相手の準備は終わっていると見ていい。でも、なんの……」
途中で何かに気付いたのか、彼女は弾かれたように顔を空へと向けた。
視線の先、宙を舞う異形たちが描く"流れ"。
その全てが、一つの場所を目指していることに。
「東の方向……まさか」
「「層間連絡線……!!!」」
声が重なる。
「メーヴェの狙いは……中層だ」
シロの一言で、ヴォーグは状況を理解した。
種子がどこかへと消えたあの日に見た、西へと向かうガーディナの戦力。
あれは間違いなくアルカンドからの侵攻に対する防衛のためのもの。
輸送機の数からして、一個大隊規模なのは確定だった。
それとタイミングを同じくして、東から異形が攻めてくるとどうなるか。
現在三つしかない特殊作戦大隊のうち二つが出払い、中央都市の戦力は手薄になる。
機械根を使用することでいつでも移動出来る種子が何をするのかは明白だった。
「……ガーディナが、墜ちる」
何があろうとも冷静沈着だったヴォーグの声は、ひどく揺らいでいた。
自分の生まれ育った窟に危機が訪れているからなのか、別の理由なのか。
答えを知る者は、誰も居なかった。そう、本人ですらも。
「メーヴェは、わたしが止める……絶対に」
決意を込めた言葉と共に、シロは顔を上げる。
彼女の手に抱えられた"希望"が応えるように輝いた。
「まだ大脊柱を使って上に行けるはず。先回りしてあいつらを止めるしかない」
「だが、どうやって……たった四人で何が出来ると言うんだ?」
「……ヴォーグ。あなたにはいるでしょう?沢山の妹たちが」
「それ、は……」
迷いが浮かぶ碧い瞳に、シロは優しく微笑む。
「あなたの言葉なら、きっと皆を動かせるよ。だから……」
震えていた手に、そっと手が重なる。
小さく、けれども大きな温もりにヴォーグの心は落ち着きを取り戻していた。
「わたしたちなら、きっと大丈夫」
「あぁ……やってみせるさ。霧の名に懸けて」
シロの手を握り返し、彼女は笑みを浮かべる。
その声に、もう迷いは無かった。
「さて、それじゃあ行こ__」
「姉さん……これ、どうにかできないのかな……」
意気揚々と大脊柱に向けて歩き出そうとしたシロの背に、控えめな声が投げかけられる。
くるりと振り返ると、怯えたように縮こまるセラの姿があった。
「その、少しでも数を減らせないのかなって……」
「うーん……」
困ったように眉をひそめるシロ。
確かに異形の数自体は多いが、個々の強さはそれほどでもない。
戦闘型でなくとも武装さえあれば倒せるレベルだ。
そのため、ガーディナならばある程度余裕を持って対処できると考えていた。
「我らで相手をしても焼け石に水だろう。情報の共有が先決じゃないか?」
「そっか……」
ヴォーグのもっともな指摘に、セラは俯いてしまう。
「けど」
沈んだ空気を破るように口を開いたのはレーヴだった。
「直接相手をする必要は無いんじゃない?こいつらの巣みたいなのがあったりさ」
「巣、か……」
廃墟の街並みを眺めながらシロは考え込む。
下層の異形というのは、基本的に自動機械に異形が寄生しているものを指すことが多い。
例外として、ステルス状態の母機から無限にも思える量の子機を産むタイプはいる。
その場合ならば母機を探し出して撃破すれば解決出来るだろう。
だが、今回に限ってはその理屈は通用しない。
メーヴェがどのような方法でこれほどの量を調達したのかが分からないのだ。
「……レーヴ、あそこの飛行型を撃ち落としてみろ。残骸から何か見つかるかもしれん」
少し離れたところを飛んでいた異形をヴォーグが指差す。
レーヴは素早くハンガーに収めていたの狙撃銃を構え、照準を定めて引き金を引いた。
轟音と共に銃弾が放たれ、射線上にいた三機が墜落していく。
「シロ、確かめてきてくれるか?機動力はお前が一番だろう」
「はいはい。ちょっと待ってて」
重量四脚のヴォーグ、中量直推脚のレーヴに中量二脚のセラ。
多対一の状況になった場合、最も離脱が早いのが誰なのかは明白だった。
愛銃を背中に回し、左のハンガーで出番を待っていた突撃銃を手に取る。
鎧殻のシステムを巡行モードに切り替え、シロは高台から飛び降りた。
「落下地点は……っと、やっぱり仕掛けてくるか」
拡張頭環から警報音が鳴り響き、背嚢のフレアを射出。
逸れて飛んでいくミサイルを横目に空中で姿勢を反転させ、近寄ってきていた異形に銃弾を叩き込んだ。
『……これ、わざわざ私が撃たなくてもよかったんじゃない?』
『言うな。我も同じことを考えていた』
通信越しに聞こえる二人のやり取りに苦笑が漏れる。
「まぁ、一発で仕留めてくれてるから色々調べるには良いと思うよ」
『シロだって同じ銃使ってるでしょ……』
若干不貞腐れたようなレーヴの声。
それもそうかと頷きつつ、加速翅の逆噴射で速度を落としていく。
滑るように地面に降り立ち、シロは煙を上げている残骸に歩み寄った。
「うーん、これは……?」
四枚の翅に大きな瞳、そして細長い胴。
異形に寄生されている様子は無く、そして奴らが生み出せるほど簡素な構造ではない。
にも拘わらず、メーヴェがこれらを生み出せたのは何故か?
__大量生産……生産……そうか!
拡張頭環で地図を開き、記憶を頼りに思い当たる地点を探す。
「自動機械の工廠……あれを再稼働させたなら説明が付く」
『……なんだと?』
愕然とした様子のヴォーグを他所に、シロは説明を続ける。
かつて大量に自動機械を造り、稼働を停止していたはずの工廠。
そこに入り込み、設計図を書き換える程度の芸当は種子なら容易だろう。
『つまるところ、そこに行って生産施設を無力化してしまえばいいわけだ』
「話が早くて助かるよ。一旦そっちに__っ!!!」
ヴォーグたちの場所へ戻ろうと振り返ったシロの視界を、青が埋め尽くした。
咄嗟に上空へ飛び上がり、ライフルをフルオートに切り替えて砂煙へと叩き込む。
『大丈夫!?』
「平気。わたしを誰だと思って……っぐ」
心配そうなセラを安心させようとしたが、その言葉は本人の呻き声で途切れた。
予想外の接敵に、真後ろにいた狙撃型に気付くことが出来なかったのだ。
腹に空いた風穴を一瞥し、シロは口から溢れた血を拭う。
「……久々にピンチかな」
静かに愛銃を構え、背後へと視線を向ける。
再び飛んできた銃弾を首を捻って躱し、放たれた一発は寸分の狂いも無く異形の頭部を吹き飛ばした。
『異形が集まって来てる!早くそこから逃げて!』
「……ははっ」
レーヴの必死な叫びに乾いた笑いを返す。
彼女の言う通り、既にシロの足元は血の匂いに誘われた異形で埋め尽くされていた。
__さっきのは……まぁ、アサルトライフルじゃ削り切れないよね
百や二百では済まない数の小型や中型の中に紛れた、泡電砲を搭載している大型の異形。
最初にシロへ攻撃を仕掛けてきたのは奴だった。
ポケットから深紅の徹甲炸裂弾を取り出し、そっとキスを落とす。
そして、高台の方へと視線を向けた。
「……ヴォーグ、二人を連れて先に工廠へ向かってくれる?」
『バカを言うな!またお前を置いて行けと言うのか!?』
シロは素早くスイッチを切り替え、外したマガジンに弾を押し込む。
ボルトハンドルを引き、落下した薬莢が砂へと突き刺さった。
「ごめん。でも、わたしがここで引き付けてる間なら多少楽に行けるでしょ」
『だが……!』
逡巡するヴォーグへ届くように、シロは優しく微笑んだ。
マガジンを叩き込み、ハンドルを押して薬室へとっておきを送り込む。
「すぐに追い付くから。信じて」
『待って!姉さん……!!!』
愛しい妹の泣き声を振り切り、通信を落とす。
滞空し続けた影響で熱異常を起こしかけている加速翅に鞭を打ち、シロは更に上空へと舞い上がった。
さながら逆立ちのような姿勢になりながら、愛銃の照準を覗き込む。
十字の中央に標的を捉え、深く息を吐いてトリガーに指を掛ける。
「……耐えられるものなら、やってみせて」
小さな呟きと同時に、撃鉄が雷管を叩き割った。
音を遥かに超えた速度で射出された特製のHT-EI/AP。
それは一直線に空気を切り裂き、並の突撃銃では歯が立たないほど頑丈な装甲を容易く貫いた。
一瞬遅れて起爆した弾頭は内部組織を焼き尽くし、急上昇した圧力に異形は耐え切れなかった。
金属同士が擦れるような特有の断末魔が響き渡る。
跡形も無く消し飛ぶ砲台型。だが、それは序章に過ぎなかった。
「マズい、ここも巻き込まれる……!」
粉々になった異形の身体、そして爆炎に紛れて三段目の弾頭から気化した燃料。
付近の空気中に含まれているセルすらその炸薬と化す、シロの必殺技。
遅延信管が発動した瞬間__全てが吸い込まれ、白に染まった。
「……!!!」
凄まじい衝撃波と爆風に吹き飛ばされ、シロの身体は高々と宙を舞った。
意識を手放しそうになるのをなんとか堪えながら、必死に落下速度を落とそうとする。
だが、既に加速翅は焼き切れていた。
__あぁ……これ、やばい……
重力加速度に従い、彼女は地上へと墜ちて行く。
その光景はまるでスローモーションのように、ゆっくりと流れていた。
◇
『……ろ…………し……!!!』
__この声……は……
朦朧とする意識の中、誰かの呼び掛けがシロの鼓膜を揺らした。
『起き……!ねえ……!!!』
「れぇ……う……?」
若干張り付いた瞼を開けるが、焦点が合わず上手く見えない。
起き上がろうとしたが、身体は何一つ言うことを聞いてくれなかった。
「ここ、は」
『姉さんっ!!!』
「ぐぇ……!?」
突然の衝撃、そして肋骨が軋むほどの圧迫感にシロは潰れた蛙のような声を漏らした。
__なんかすごいデジャヴを感じる……!
つい最近にも似たような状況があったなと内心で苦笑する。
ようやく視界が鮮明になり、瞳に映ったのは自分の身体に抱きついて頬擦りをする妹の姿だった。
「せ、セラ……ちょっとくるしいかも……」
「あ、ごめん……」
あたふたとシロが寝ていたベッドから離れたセラを見て、思わず頬が緩む。
先程声が聞こえたはずのレーヴは、ヴォーグを呼びに行ったのか今は部屋にはいなかった。
「ここは?」
「大脊柱の中。レーヴがここまで頑張って運んでくれたんだよ」
「あとでお礼言っておかないとね……」
傍らに置かれた傷だらけの武装に目をやり、深いため息をつく。
鎧殻が無いのは……大方予想通りだろう。
「……わたし、どのぐらい寝てた?」
「ちょうど一日くらいかな……目が覚めて本当によかった……」
泣き笑いのような表情で安堵の息を吐き、セラはベッドに倒れ込む。
自然とシロが膝枕をするような姿勢になり、そのまま彼女は眠ってしまった。
__ずっと介抱してくれてたんだろうな。優しい子……
辛うじて動く左腕を使い、ゆっくりとセラの頭を撫でる。
自分と似て柔らかい髪に指を通して梳かしながら、シロは天井を見上げる。
暫くの間そうしていると、廊下を反響して駆ける音が聞こえてきた。
とんでもない速度で近付いてくる足音がひとつ、そしてそれを追いかけるのがひとつ。
数秒後__
「シロの目が覚めたって!?」
『曹長……速いよ……!』
ノックもなしに扉が開け放たれ、飛び込んで来たのはやはりというべきかヴォーグだった。
「しーっ……セラが起きちゃうよ」
慌てて口に指を当てると、彼女は我に返ったように小さく頷き静かに歩いてきた。
「無事……ではないか。生きてるか?」
「なんとかね。ちょっと派手にやり過ぎちゃったみたいで」
「半径200メートルを更地にした爆発の、どこがちょっとだって……?」
心の底から信じられない物を見るような目のヴォーグに、シロは苦笑を返す。
実のところ、昨日使った複合弾は試しに作ったはいいが使いどころが無く放置していたものだった。
通常、戦闘型ニンフは体内のセル生成器官に繋げた変換ユニットから弾薬を供給する。
マガジンを挿せば、それに合ったものを。
副腕武装には砲架副腕を通してセルを直接送り、各々の規格に成型される。
しかし、彼女の場合はその限りでは無かった。
「いやぁ……一度サーモバリック弾は使ってみたかったんだよね」
女王になる為に生まれたからか、シロはある程度自由に弾種を弄って産むことが出来る。
そう。産むのである。
技師型のように緻密な武装や鎧殻の設計は不得手な上、砲弾レベルのサイズにもなると胎が膨らんで動きに支障が出てしまうが。
それでも、自身が求める弾薬を作ることが可能なのは大きな利点だった。
「無茶はしないで欲しいものだが……」
「あの場面ではやるしかなかった。それだけだよ」
「……そうかもな」
少しだけ寂しそうに呟き、ヴォーグはパイプ椅子に腰かける。
その顔はどこか影を帯びており、普段の凛々しい雰囲気とは打って変わっていた。
シロは理由を尋ねようとして、すぐに口を閉じた。自分でも、分かっていた。
「ヴォーグ。セラを向こうの部屋に運んであげてくれない?」
「……あぁ」
これから起こることを察したのだろう。
彼女は静かに頷くと、熟睡するセラの身体を抱きかかえて出ていった。
『……お前は入るな。我がいいと言うまでは』
廊下から聞こえた微かな話し声。
部屋に戻って来たヴォーグは、ひどく虚ろな瞳でシロを見ていた。
__ごめんね。
心の中で数メートル先にいるレーヴに謝り、右腕を覆っていた包帯を解く。
白い根が皮膚を隠し、シロの心拍に合わせて脈打っていた。
「……わたしと別れたあと、何があったの?」
ヴォーグの指先が怯えたように跳ね、ぎゅっと握り締められる。
長い逡巡の後、ぽつりぽつりと話を始めた。
「あの爆発が起きたとき、引き返すべきか悩んだんだ。だが……」
俯いたまま淡々と語る彼女の表情は窺えない。
代わりに震える肩が、どれほど葛藤したかを物語っていた。
「お前の言葉を信じた。大変だったんだぞ?暴れるセラを抑えるのは」
「あはは……あの子、結構腕力もあるもんね……」
目が覚めたときの感触を思い出し、シロは苦笑する。
セラが自分に抱きついたときの力強さは想像以上だった。
「それで、異形の方はどうなった?」
「破壊した。正確に言うと稼働停止か」
椅子の背もたれに体重を預けながら、彼女は説明を続ける。
「たかが工廠の一つや二つなら生産設備を潰してしまえばよかったんだがな。種子の奴がシステムまで改竄しているとは思わなかった」
「どういうこと?」
怪訝な表情を浮かべるシロに対し、ヴォーグは霧にいた頃から使っていた戦術端末を取り出す。
小さな画面いっぱいに表示された地図には、幾つかの建物が網目のように繋げられていた。
「どうやら複数の施設が相互に接続されていたらしくてな。一つを落としても他の施設にデータが移る仕組みになっていたんだ」
「……結構詰みじゃない?どうやって解決したの?」
「本当に偶然だった。あそこがホストで助かったよ……」
ヴォーグの指先が円を描くように動く。
中心にあった印が点滅し始めると同時に、全ての線が途切れた。
「いくら種子とはいえ、前時代の施設については詳しく知らなかったんだろう。CCRを潰してしまえば勝手に崩壊してくれると思ったら案の定だったさ」
「なるほど……」
シロは納得したように何度か頷く。
子を止めるには親を殺してしまえばいい。単純な話だ。
「だが……問題はその後だった。別れた場所まで戻って来て、千切れていたお前の手があって……っ」
目の前に広がっていた惨劇がフラッシュバックし、ヴォーグは口元を手で抑える。
一帯の建物の全てが塵と化し、地面に刻まれていたクレーター。
茫然と立ち尽くした三人が見つけたのは、瓦礫から飛び出していた細い腕だった。
助け出そうと引っ張ったときの軽さに、ヴォーグの背中を冷や汗が伝う。
大剣を使って持ち上げた瓦礫の下を見て、レーヴはその場にへたり込んでしまった。
腹部を貫いた鉄骨。分断された右腕に粉々になった鎧殻。
そして__虚ろに開かれた瞳。
遥か上空から地面に叩き付けられたシロの姿は、誰がどう見ても到底生きているとは思えないほど凄惨な状況だった。
「心臓が動いていると気付いたときは、正直驚いたよ。流石のお前でも死んでいるかと思ったぞ?」
「そんな簡単に死なない……って言いたいけど、わたしの方こそ驚いてるんだよね。前より調子がいいくらいだし」
「あぁ、それは多分……」
言葉を区切りながらヴォーグは腰のポーチを漁る。
中から出てきたのは、白い液体が入ったチューブだった。
「前に大脊柱で見つけて拾っていたんだ。お前が昔食べていた白珠と同じようなものと捉えてくれて構わん」
「……あぁ、なるほどね」
ヴォーグの一言に、シロは一人納得したように右腕を見つめた。
身体に根付いている女王の根が育つのには、かなりの量のセルを消費する。
そのため、時々白珠を摂取することで身体が蝕まれるのを抑制していた。
「それで息を吹き返したところまでは良かった。だが……」
「根の方が暴走した。そうでしょ?」
シロに使われた栄養剤は、ただの白珠と違って含まれているセルの成分が調整されているものだった。
身体への馴染み方も早い一方で、受け入れる側にも高い適性が必要となる。
結果として、急速な成長を遂げた女王の根が失った腕を再生すると同時に成長してしまったのだ。
「セラには……見せられなかった。あの子にはまだ教えていないんだろう?」
「……そう、だね」
唇を噛み締める彼女に同情するようにヴォーグは頷く。
シロに言われるまでもなく、真実を伝えることがセラの精神にどれほど大きな負担を掛けるのかは分かっていた。
「なぁ、シロ。お前は……こんな姿になっても平気なのか?」
不安げに揺れる碧い瞳。
その奥に映る自分を眺めながら、シロは微笑んで問いかけた。
自分を傷付けると、分かっていながら。
「……わたしのこと、怖い?」
「っ……!」
ヴォーグの瞳に大粒の雫が溜まり、次々と溢れ出す。
「そんな、わけが……」
「バカにしないでよっ!!!」
嗚咽混じりに紡がれた言葉は、開け放たれたドアの音で掻き消された。
そこには、涙でぐしゃぐしゃになった顔のレーヴが立っていた。
「シロがいなければ、私はとっくにあの場所で死んでた!シロのおかげで私は今こうやって生きてるんだよ!?確かに傷が治る理由を知った時はびっくりした。でも……でも!怖がるなんて、絶対にないよ……!!!」
叫ぶようにそう言い放った彼女は、倒れ込むようにシロの胸へと飛び込んだ。
腕の中で震えながら、何度も何度も否定の言葉を繰り返す。
シロは、黙ってレーヴの背中を擦ってやることしかできなかった。
「……なぁ、教えてくれ。お前は……怖くないのか?自分が自分でなくなるのが」
絞り出すような声で問うヴォーグの顔は、今まで見たことがない程の悲愴に満ちていた。
怖いと、そう言ってくれ。一人で抱え込まないでくれと。
彼女の狙撃のように鋭い視線を振り払うように、シロは首を横に振った。
「怖くないよ。それがわたしの定めだから」
嘘だった。
本当は怖かった。
もっと普通の人生を生きたかった。
何度も何度も自分の運命を恨んだ。
それでも、シロは認めるわけにはいかなかった。
ここで自分の思いを吐き出しても、それは三人を縛る呪いになると分かっていた。
だからこそ、シロは自分の弱さを押し殺した。
「……そうか」
ヴォーグは頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「強いな……お前は」
ガーディナの長姉として産まれ、霧として戦い続けて。
自らの性に絶望し、全てを投げ出して逃げた彼女にとって。
たった一人の"友"の姿は、とても眩しかった。
「……少し待っていてくれ。もう、お前の前で涙は見せん」
静かにそう呟き、ヴォーグは部屋を出ていった。
残されたのは、未だシロの胸で泣きじゃくるレーヴだけ。
シロはその背を優しく撫でながら、ただじっと窓の外を見つめていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
書いててこっちがメンタル壊れそうになります。
脳死で戦闘描写してたい……