DollsNest 外伝 『定めと意志と世界の終わり』 作:Kazuha.Y
よろしくお願いします。
爆発から数時間ほど経った頃、シロは瓦礫の山と化した地を歩いていた。
白い狙撃銃を肩にかけ、折れて斜めになった鉄骨の先に座り込む。
「まさか…こんなことになるなんて……」
いつになっても現れない種子に痺れを切らし、中層へ上がって来たのがつい昨日。
偶然にもガーディナの部隊が街を占拠し始めて、何か起きるのではと様子を見ていた矢先のことだった。
「偶然にしては出来過ぎてる…」
茫然と呟き、辺りを見渡す。
手掛かりを探そうと鉄骨から降りようとして__
「いたっ…」
身体を支えようとした左手から鈍い痛みが走る。
眉を顰めて袖をまくり上げると、関節があらぬ方向に折れ曲がっていた。
「…瓦礫にぶつけた時のかな」
ビルの崩落に巻き込まれたときの状況を思い返しながら、右手で骨折した箇所をぎゅっと握る。
「これでよし……っと」
ゆっくりと指を開くと、手首は何事もなかったように元通りになっていた。
鎧殻の傷を確認しながら、シロは深いため息をつく。
「下層で待ってた頃は音沙汰なかったのに……」
身体と鎧殻の接続を外し、白いロングコートを羽織って寝転がる。
どうしてガーディナがここに来ていたのか、爆破は誰の仕業なのか。
シロの頭の中で様々な考えが浮かんで消えていく。
「とにかく探すしかない、か……」
再び立ち上がろうと鉄骨に手をつくと、何かが擦れるような微かな音が耳に入った。
「今のは……?」
注意深く周囲を探る。
風の音に紛れて聞こえてきたが、それは明らかに自然のものではなかった。
__まさか、あの崩落で生存者が…!?
外した鎧殻から拡張頭環を取り出し、頭に装着してセンサーを起動する。
視界に広がる情報表示を頼りに、音の出所を探す。
「誰かいるの…?」
声をかけるが、返事はない。
代わりに、再びかすかな物音が聞こえた。
__やっぱりそうだ…間違いない
シロは慎重に歩を進め、反応がある場所へ向かう。
瓦礫をかき分けると、半ば埋もれた空間に一人の少女が横たわっていた。
「う…うぁ……」
「大丈夫!?」
咄嗟に駆け寄り、その安否を確認する。
「あ……あなたは……?」
「助けに来たの……動ける?」
その声に少女は僅かに頷く。
シロが手を伸ばそうとした…その時だった。
「これは想定外だな……全員殺したつもりだったんだけど」
低い声が響き、シロの背筋が凍る。
ゆっくりと振り向くと、そこには深海のような黒い鎧殻を纏った人影が立っていた。
「私はメーヴェ。悪いけど……ここで死んでくれる?」
薄く笑みを浮かべながら近づくその影に、シロは反射的に少女を瓦礫の山に隠す。
__この匂い…こんなところで会うことになるとはね
目の前の敵から放たれる威圧感に、シロの直感が警鐘を鳴らしていた。
即座にホルスターから拳銃を引き抜き、撃つ。
確実に命中する…はずだった。
「…当たると思ってるの?」
閃光が走り、乾いた音が響く。
メーヴェが抜いた刃が、弾丸を真っ二つに切り裂いたのだ。
__嘘でしょ…!?
シロは地面を蹴り、後ろへ飛び退くと同時に拳銃を連射した。
だが、メーヴェは全てを軽々と刀で弾いて一気に距離を詰める。
鎧殻を装備していない彼女との機動力の差は明白だった。
「じゃあ…消えて」
「う…ぐっ…」
一瞬で振り抜かれた刃を、シロはナイフで受け止める。
メーヴェの瞳が驚いたように見開かれたその隙を突いて、蹴りを鳩尾に叩き込んで吹き飛ばす。
空中で一回転して軽やかに着地したメーヴェとは対照的に、シロは肩で息をしていた。
「あなたは…なんのためにこんなことを……!」
弾が切れた拳銃をリロードしながら、目の前のメーヴェに問いかける。
彼女はそれを楽しそうに眺めていた。
「言うと思った?」
「……だろうね」
シロが後ろで隠れている少女に一瞬意識を向けた、その時だった。
「よそ見してる余裕、あるの?」
瞬きした瞬間、メーヴェの姿が掻き消える。
シロの左脇腹に鈍い衝撃が走り、続いて灼けるような痛みが全身を貫いた。
「ゔ…っぁ……」
身体から力が抜け、地面に倒れ込む。
__はやく…止めないと……
傷から流れる血を手で抑えるシロを見て、メーヴェは満足げに微笑んだ。
「さて…次は奥にいる子を……」
瓦礫の方へ視線を上げようとして、彼女は突然立ち止まった。
「……ん?」
刀に付いたシロの血を凝視し、その匂いを嗅ぐ。
数秒後、メーヴェは驚愕に満ちた表情でシロの顔を見つめた。
「そっか…あなたがそうなんだ」
彼女の言葉に嫌な予感を覚え、シロは痛みを堪えながらも立ち上がる。
歪んだ笑みを浮かべ、メーヴェはその一言を口にした。
「"まだ枯れてなかったんだ"」
「ッ……!?」
シロの喉から小さな嗚咽が漏れ、瞳孔が大きく揺れる。
「母さんの…何が分かるっていうの……!」
今にも叫びたくなる気持ちを必死に抑え、シロは唸るように呟いた。
「そんな怖い顔しないで?別にあなたと戦うつもりはないの」
メーヴェは刀を鞘に納め、白々しく両手を上に挙げる。
「別にこのままあなたを殺してもいいけど…それじゃ面白くないから」
「…逃がすわけないでしょ」
鋭い眼差しを向けながらシロは言い放つ。
「そっか…なら」
メーヴェは静かに微笑んで熱塵銃を構える。
その表情には底知れない影が潜んでいた。
「どう?早撃ち対決でもする?」
「……勝てると思ってるの?」
再び静寂が訪れる。
時間が止まったような空間に、二つの異なる意志がぶつかり合っていた。
そして──
「まぁいいや、今日はもう帰る時間なの」
突然の宣言にシロは眉をひそめる。
メーヴェはポケットから電子メモリーのようなものを取り出し、ボタンを押した。
「またどこかで会おうね」
「何を…」
次の瞬間その身体が霧のように消え、後にはシロだけが残された。
静寂が戻り、その場には微かな風の音だけが響いている。
「……なんだったの」
しばらく呆然と立ち尽くした後、瓦礫に残してきた少女のもとへ駆け寄る。
「大丈夫…?」
「瓦礫で足を挟まれてて…これ以上出られない…」
少しの逡巡の後、シロは少女に待っているように伝え辺りを見回す。
__あれがいいかな
近くに落ちていた板のような剣を拾い、それを使って瓦礫を持ち上げていく。
「っ……」
瓦礫から引っ張り出した彼女の身体は傷だらけだった。
左肩が抉れている上に、足の付け根にも何かが刺さったような跡があり血が流れ出している。
「酷い有様……」
持っていた包帯を細く結い、血液の循環を止める。
応急処置のため時間はかけられない。
「少しだけ眠ってて…悪いことはしないから」
「どういう…ん……」
普段は潜入任務などに使う睡眠薬を少女に嗅がせ、強制的に意識を落とさせる。
いつものように傷跡を再生しようとし、シロはふと手を止めた。
__完全に治ってたら不思議がられちゃうだろうし…能力を使うのはやめたほうがいいか
シロはコートのポケットから一つの小瓶を取り出す。
噛む小虫と呼ばれるそれは、ニンフの血液を吸うがその際に固まる唾液を入れてくれる。
こういう時にはもってこいの代物だ。
「ごめんね……少し痛いだろうけど、すぐよくなるから……」
瓶のキャップを開け、虫を傷跡に置く。
頃合いを見計らって傷跡を消毒し、セルの再結合を促すシート状のテープを貼り付ける。
__とりあえず暖かい場所に動かさなきゃ…
先程の大剣を担架代わりに、再び身に着けた鎧殻で浮遊しながらシロは静かな道を進んでいった。
◇
少女が目を覚ました時、そこは薄暗い部屋だった。
簡素なベッドに横たわっており、薄い布が掛けられている。
「あ……」
身体を起こして部屋の隅に視線を向けると、灰色の髪を持つ少女が椅子に腰かけて本を読んでいる。
「起きた?」
少女は本を閉じると、水の入ったカップを差し出した。
「あなたは……?」
レーヴはぼんやりとした意識の中で尋ねる。
「シロ…って呼んでくれたらいいよ。あなたは…レーヴでいいのかな」
「そう…だけど……どうして?」
「それに書いてあったから」
指さす先を見ると、レーヴの愛銃が綺麗に整備されて置いてある。
その隣には鎧殻も並べてあった。
「なるほどね…」
ベッドに身体を沈み込ませ、レーヴは自分の腕を見る。
左肩に包帯が巻かれているだけでなく、足の傷も手当てされていた。
「あれから一日経ってる。君が瓦礫の下敷きになってたところを運び出したの」
シロは立ち上がると部屋の壁に吊り下げてあるロングコートから小さな袋を取り出した。
「修復剤。あと三日は安静にしておいた方がいいよ」
レーヴは立ち上がろうとして痛みに顔をしかめる。
「動くなって言ったのに…」
「ちょっとでも歩けるかどうか試したいの」
シロは呆れたように溜息をつき、レーヴに手を貸す。
「ほら、ゆっくり立ってみて」
シロの支えのおかげで、少しずつ床に足を着けることができた。
「……歩けないことはないかも」
「ならいいけど…」
彼女はホッとした様子で胸を撫で下ろし、レーヴから離れる。
「ご飯できてるから持ってくるよ」
「え、でも……」
「良いから。先に修復剤飲んでおいて」
強引に言い放つシロの言葉に逆らえず、レーヴは大人しくすることにした。
部屋の入り口が閉められ、部屋は暗くなる。
レーヴはベッドに腰掛けながら考えた。
__何が起きてるのか全くわからない……
ここに来るまでの出来事を思い返す。
崩落。爆発。瓦礫の雨。そしてシロという人物。
何もかもが唐突すぎて理解が追いつかない。
__そもそもあの人も何者なんだろ……?
レーヴは再び布団に身を埋めながら考えた。
シロの目的は一体なんなのか。何故自分を助けたのか。
様々な疑念が頭を過っていくうちに、扉が開く。
シロが料理を持って入ってきた。
「食べさせてあげようか?」
「自分で食べるよ」
恥ずかしそうに返しながらレーヴは差し出されたスプーンを受け取る。
パンにチーズとハムを乗せてトーストした簡単なメニューだったが、腹に入れば十分だ。
__味……しない
不味さも美味しさも感じないまま食事を終えた後、レーヴは毛布にくるまった。
「ごめん、ちょっと寝てもいい……?」
「もちろん。ゆっくり休んでね」
シロは微笑みながら答えた。
その穏やかな表情に少し安心したのか、レーヴは瞼を閉じる。
疲れきった身体はすぐに深い眠りへと誘われていった。
◇
翌朝目覚めた時、身体は思ったよりも軽くなっていた。
「おはよう。昨日より良くなったみたいだね」
部屋に入ってきたシロが声をかけてくる。
レーヴはゆっくりと起き上がると彼女の方を向いた。
「おかげさまでね」
「よかった。服はそこに掛けておいたから着替えて」
シロは洗濯済みと思われる服を指差す。
それらを手に取りながらレーヴは口を開いた。
「ねぇ、色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいよ」
シロは特に躊躇いもなく即答する。
そんな彼女に向かって質問を投げかけた。
「あなたの名前は聞いたけど……出身は何処?」
「……アーヴド」
「っ!?」
レーヴの思考が停止する。
知らないコロニーだからではない。
伝説や幻の類として語られることが多いからである。
「あなたは……何者なの?本当にアーヴドのニンフなの?」
「そうだよ。それが私の出自」
平然と答えるシロに驚愕を隠せない。
レーヴは深く息を吸い、落ち着こうとした。
「どうして私を助けたの?」
「理由なんて無いよ。ただの気分」
「……そっか。ありがとう」
「どういたしまして。他に訊きたいことは?」
シロが促すとレーヴは少し悩んでから答えた。
「これからどこに行くのか教えて欲しい」
「追ってる相手がいてね。そいつを探すよ」
「それは、誰?」
一瞬困ったような顔をした後、変わらない声でシロは告げる。
「あなたの仲間を、全員殺した元凶」
聞いた瞬間、レーヴは鳥肌が立った。
「ねぇ……どうしてそのことを知ってるの……」
「……いたから。あの場所に」
「嘘、でしょ?」
「本当だよ。ビルの中で、一瞬だけ目が合ったと思うけど」
記憶を探る。
確かに人影を見た覚えはあった。
だがそこには足跡も何もなかったのだ。
勘違いだと気にも留めていなかった。
「これを見れば……納得できるかな」
そう言うと、シロは部屋の片隅に置いてあった鎧殻を身に着ける。
ふわりと地面から足が離れ、身体が宙に浮かんだ。
__浮遊脚…通りで足跡が残らないわけね……
「同じ場所にいたのはわかったけど…じゃあなんであそこに?」
「最初から狙ってたんだよ、あの元凶を」
どういうことかと首をかしげるレーヴに、シロはゆっくりと説明を始めた。
かつて起きた戦争で女神を封印したこと
その身体の一部を三層が分割して保管していること
そして復活しようとするネマが種子を生み出し、女神の一部を探させていること
シロはそれを止めるために昔から戦っていること
今回も阻止するべく待ち伏せしていたが、種子が引き起こした爆発で失敗したこと
レーヴは、あまりの情報量に卒倒しそうだった。
◇
全てを話し終え、唖然とするレーヴを横目にシロはブロック状の補給剤をかじる。
__相変わらず口の中の水分が持っていかれるなぁ、これ
「……」
「信じられないかもしれないけどね」
「いや……現実を受け入れるのは得意だから」
しばらくの静寂が流れる。
「ねぇ、その種子っていうのはどこに?」
「分からない。でも……いずれ会うことになると思うよ」
シロは窓の外を見ながら言う。遠くの空には灰色の雲が広がっていた。
「これから…シロはどうするの?」
「まずは西に抜ける。その後は…多分ガーディナの根拠地に行くかな」
「……ねぇ、お願いがあるんだけど」
真剣な眼差しを向けながらレーヴが切り出す。
その表情からは強い決意が読み取れた。
「私も連れてってくれない?」
「……理由を訊いても?」
「ネマを止めたい……皆のためにも……それに私だって何も知らないわけじゃないの」
覚悟を決めた顔で言うレーヴの目を真っ直ぐ見つめる。
__レーヴの徽章…あれは確か……
シロは数秒考えてから口を開いた。
「……わかった。一緒に行こうか」
「ありがとう……」
レーヴはホッとした様子で微笑む。その笑顔を見てシロも頬が緩んだ。
「出発は…まぁ明後日以降かな」
「了解…」
再び眠りにつくレーヴを確認した後、シロはコートを羽織り外へ出掛ける。
まだ煤の匂いが残る爆心地付近は、不気味なほどの静寂を纏っていた。
「下層に降りられる場所…ここ以外あったっけ……」
瓦礫で埋まったトンネルの入り口周辺を歩き回るが、どこにも入れそうな場所は無い。
仕方なく、いつかと同じように鉄骨に寝転がる。
「はぁ…どうしよう……」
深いため息が漏れる。
今のシロにとって、最も気掛かりなのはネマの居場所だった。
別れ際にメーヴェが言っていた「帰る」という言葉が、シロの心に引っ掛かっている。
__"基幹接続"と機械根…絶対に女神と関係してるはずなんだけど……
彼女が使ったのが、かつてアーヴドで使われていた転送技術ということまでは分かっていた。
身体と意識を情報として分解して、転送先となる女王の元で再構築。
シロ自身は使えなかったが、原理だけは把握していた。
「種子は女王を持たないはず…じゃあ、どこへ飛ばされてるんだろう……?」
女神の手によって生み出されたのが種子である。
つまり、順当に考えれば女神の元へ転送されたのだろうか。
「……ダメだ、考え過ぎちゃう」
シロは頭を振り、思考を中断した。
ある程度まとまった情報を、胸元から取り出した古びた手帳に書き込む。
「メーヴェの狙いは女神の一部…中央都市に向かったと考えるのが妥当かな」
中層の簡略化した地図を書き、機械根が生えている数か所に印を付ける。
確実にメーヴェはそこへやって来るだろうとシロは読んでいた。
__わたしがやれることをやる…それだけだ
そう自分に言い聞かせ、鉄骨から飛び降りる。
スラスターで吹き上げられた砂埃が舞い、夜空へと消えていった。
◇
朝日の眩しさに目を覚ますと、レーヴはそわそわした様子で待機していた。
「おはよう。早いね」
「緊張しちゃってさ…」
改めてレーヴの鎧殻を見る。
特徴的な車両脚、そして板のような特技背嚢。
速射砲に多連装ミサイルと、シロが使っているものと同じ狙撃銃。
そして__
「そういえば、その剣も持って行くの?」
「うん……」
シロがレーヴを救うのに使った巨大な両手剣を、彼女は大事そうに抱えていた。
「隊長の形見だから…置いていけない」
悲しそうな顔をする彼女を見て、シロは内心後悔する。
傷で若干霞んでいたが、柄に丁寧に刻まれていたレイという文字。
あの爆心地で、しかもレーヴの近くにあったのだ。
「……そっか」
それ以上の言葉は出なかった。
ずっと一人で戦ってきた己とは違い、レーヴには仲間がいたのだから。
大切な人を失う悲しみを、シロは知らない。
だが理解することはできる気がした。
「ごめん。余計なこと聞いちゃって」
「ううん。謝ることないよ。気持ちは嬉しいから」
レーヴは微笑みながら言う。
その笑顔はとても柔らかくて温かいものだった。
「さてと、そろそろ行こっか」
シロは立ち上がって玄関へ向かう。
「あ、待って!」
レーヴは慌ててシロの背中を追いかける。
そして肩越しに顔を覗き込んだ。
「ちゃんと案内してよね!」
シロはふっと笑いながら振り返る。
「分かってるよ」
こうして、二人の旅が始まった。