DollsNest 外伝 『定めと意志と世界の終わり』 作:Kazuha.Y
よろしくお願いします。
中層に張り巡らされたボロボロのハイウェイを、浮遊脚と車両脚の二人は滑っていた。
「その足いいなぁ、移動にもってこいで」
「言うほどじゃないよ、ちょっとした段差でつまずくし…」
雑談を交わしながら、中央の大都市へ向かう。
何機か見張りの自動機械がいたものの、狙撃を得意とするシロとレーヴの前には何の意味も無かった。
目が良いレーヴが索敵を行い、相手の認識距離外からシロの的確な一撃で黙らせていく。
「レーヴは誰に射撃技術を学んだの?」
「うーん……教官かな。生まれた頃からずっとやってきたから慣れちゃったかも」
「すごいね。私はひたすら独学だから」
感心しながら言うシロに対し、レーヴは照れ臭そうに答える。
「そんなに大したことじゃないよ……それに……」
レーヴは少し俯き加減に続ける。
「曹長の方がずっと上手いんだから」
その言葉に、シロの肩がぴくりと跳ねた。
「へぇ……そんなに上手いんだ」
「うん。どんなに風が吹いてても、絶対に外さないの」
「……凄い人だね」
レーヴは嬉しそうな表情を浮かべる。そんな彼女を見てシロも自然と笑みをこぼした。
「会いたいな……」
シロは静かに呟く。
レーヴは不思議そうな顔でこちらを見ていたので誤魔化すことにした。
「なんでもない。さっさと行こうか」
再び前へ向き直る。
道中に設置されているカメラを避けながら、少しずつ歩みを進めていく。
出発から3時間ほど走り、中央都市を円周上に囲っている防壁が見えてきた。
__ここまで来たのは久々かな
シロは昔からホド中を駆け回っていたため、大体の場所には行ったことがある。
だが、中央都市は警戒が厳しいためあまり好んで行く場所ではなかった。
「東関所…ここまで戻って来たのね……」
「レーヴがいた駐屯地ってこの先?」
「そうだよ。あんまり綺麗じゃないけど、居心地は大分よかったな」
少し悲しそうにするレーヴ。
__そりゃそうか。ここを一緒に通った仲間は、もう…
沈んだ気持ちを振り払うように、シロは顔を上げてライフルのスコープを覗く。
扉の横には数名の武装した通常型と自動機械が待ち構えており、奥にはかなりの数のニンフがせわしなく動いていた。
「敵の数は?」
「関所防衛隊は…一か所あたり多分70人くらいだったはず」
レーヴの言葉をもとに、シロは脳内で作戦を立てる。
__自動機械と通常型はともかく…戦闘型がどれだけいるかが問題だな…
弱点に銃弾を撃ち込めば即死する通常型とは違い、鎧化兵はそう簡単には殺せない。
シロの愛銃である
「一旦向こうに隠れよう、見張りに気付かれたら面倒だし」
「わかった。どう通過するの?」
「これから考えるよ」
朽ちた建物の陰に隠れ、背中に背負っている大きなライフルケースを開ける。
鎧殻の予備パーツや、あらかじめ生成しておいた弾薬。
それに補給剤などの消耗品を詰め込んでいるそれは最早持ち歩き式の兵器庫と化していた。
「わぁ…すごい沢山…」
「全部自分で持ち運んでるからね」
覗き込んで驚きの声を上げるレーヴをよそに、シロは武装を確認する。
__持ってる武器は
「レーヴはスナイパーとでっかい剣の他になに持ってる?」
「えーっと…アサルトライフルと煙幕くらいかなぁ」
そう言ってレーヴは機動外肢を弄ると、パカッとパーツが開いた。
__そこ、格納庫なの……!?
あんぐりと口を開けるシロ。
鎧殻に積載スペースがあるとは思ってもいなかったのだ。
「これだけど…あれ、どうしたの?」
そう言ってレーヴが取り出したのはガーディナの
シロが昔
「な、なんでもないよ。それより作戦を教えるね」
平静を取り繕うようにシロは愛銃を手に取る。
「まずはここからの狙撃で見張りを黙らせる。そのあとは正面突破かな」
「了解。それじゃあ早速やろう」
建物の屋上で、二人は寝転んで銃を構える。
「わたしは扉の前と向かって左側、レーヴは右側をよろしく」
「まかせて」
__風は無し…この距離なら外しはしない
照準を合わせ、トリガーを引く。
スコープの奥で、見張っていた一人の頭が爆ぜた。
ガーディナの兵たちは気付いた様子も無い。シロは更に続けて二人撃ち殺す。
隣でもレーヴが次々と狙撃していき、壁上にいる敵はかなり減った。
「……シロ」
「わかってる」
二人は同時に屋上から飛び降り、一直線に城門へ向かって突っ込んでいく。
当然残っていた自動機械が感知し警告音を鳴らすが既に遅かった。
「やぁっ!!!」
両腕で抱えた両手剣を勢いそのままに振り下ろすレーヴ。
閉じられかけていた重厚な鉄製の扉が歪み、吹き飛んでいく。
「行くよ!」
「うん!」
破壊された扉の先にある城内広場。その場にいた全員の視線が二人に集まる。
「侵入者を排除せ__がっ……」
「なんだと!?」
怒号と共に銃撃が始まろうとする…が、それよりも早くシロの射撃が首を貫いて奥に居たもう一人の頭が爆ぜた。
コンクリートすら砕く弾丸がニンフに当たったらどうなるかは、言うまでもないだろう。
「それぇっ!」
レーヴは雄叫びを上げながら両手剣を振るい続けた。
その圧倒的な力の前に誰も抗うことができずに砕かれていく。
「囲め!人数差で押し切るぞ!」
「0が百人集まったって…」
シロの周りを数名が取り囲む。
「突撃__」
一人が剣を振り被ろうとした瞬間、シロの右手で蒼炎が煌めいた。
数メートルにも及ぶ熱塵剣での回転斬り。
全員の胴と腰が切り裂かれ、鈍い音を立てて崩れ落ちる。
「100には勝てないんだよ、雑魚」
レーザーの刃を収め、手首をくるくると回す。
彼女の鎧殻は、ニンフ特有の白い血に染まっていた。
「ユーリ、しっかりして……!」
下半身が無くなった鎧化兵に一人のニンフが駆け寄る。
__まだ生き残りがいたのか
シロは即座に左手でハンドガンを抜き、二発続けて撃つ。
「ごめ……」
「……」
倒れ込む二人にシロは背を向け、レーヴの方を向こうとする。
「このクソ野郎!!!」
激昂しながら突っ込んでくる武装した通常型の拳を最小限の動きで避け、その胸元にナイフを深々と突き刺した。
「あ…え……」
「邪魔だよ」
瞳から光が消えた身体を蹴り、ナイフに付いた血をコートの袖で拭う。
レーヴも周囲の敵を掃討していたようで、辺りには多数のニンフだったものが転がっていた。
「これで終わりかな?」
「多分ね」
シロはハンドガンとナイフを片付け、愛銃をケースに収める。
__流石に…結構な距離を移動した後の戦闘は疲れるな…
近くにあった椅子に倒れ込み、取り出したゼリー飲料を流し込む。
レーヴも近くに座り込んで疲労困憊といった様子だ。
「近くに身を隠せそうなところあったっけ?」
「わたしが居た駐屯地がちょっと進んだところにあるけど…もう動けそうにないかも……」
ぐーっと伸びをするレーヴ。
「じゃあ、今日はよさそうなところを見つけて休もうか…」
「そうだね…」
二人は一休みしたあと、再び移動を始めた。
周辺の建物にいくつか空室があったものの、殆どが酷い有様だったので諦めざるを得なかった。
「……仕方ない。あそこで我慢するしかないね……」
レーヴは少し離れたところにあるボロボロになった教会を指さす。
「あそこなら雨風はしのげるし、巡回も素通りすると思うよ」
「確かにそうだけど……」
__流石にあれは旧世代のもの…アルカンドとは関係ないよね……
足早に駆け込んだレーヴを追いかけるように、シロは教会の中に足を踏み入れる。
「まぁ、とりあえず今日はここで休もうか」
鎧殻を脱ぎ捨て、二人は埃だらけの椅子に寝転がる。
手帳に軽く目を通している間に、シロの意識は落ちていた。
数時間後。
「……っ、寝ちゃってた」
瞼を擦りながら、地面に落ちた手帳を拾い上げる。
薄暗い聖堂の中、シロは眠るレーヴの隣で天井を見上げていた。
__ネマはなんでホドをリセットしようとしてるんだろう…
もし仮に彼女が世界を作り変えるつもりだとして、具体的に何をするつもりなのか。
指先でペンを弾いて回そうとするが、失敗して地面に落下しかける。
「っ…危なかった……」
持ち前の反射神経でなんとかキャッチし、シロは深いため息をついた。
手帳にペンを挟みながら考えるが答えが出る訳もなく。
「レーヴ…なにか知らない?」
眠る少女に問い掛けるも返事は返って来ない。
夜風に当たろうと立ち上がった__その時だった。
「……っ」
下腹部から走る鋭い痛みに、シロは眉を顰めて蹲る。
続いて襲ってきた吐き気を喉元で堪え、急いで外へ飛び出した。
「う…げほっ……」
口から白い血が溢れ、咳と一緒に零れて地面に広がっていく。
呼吸をする度に激痛が走り、身体は凍りそうなほど冷えていた。
__まだ…死ねない……
咳き込みながら、シロは胸のポケットから白く温かい球状の物体を取り出す。
ナイフでその一部を切り取り、そっと口に運んだ。
「っ……あぐっ……!」
途端に熱くなる自分の身体をぎゅっと抱き締め、分解されるのを待つ。
白珠__それは、超高純度のセルで構成された結晶。
普通のニンフが摂取すれば、栄養過多で即死することもある代物だった。
__お願い…収まって
痛みの余韻が全身に響き、頭痛が襲ってくる。
目の前が真っ暗になりかけるが、何とか踏み留まって呼吸を整えた。
「はぁ……はぁ……っ……」
暫く経っても身体が重く、シロは壁に体重を預けてずるずると地面に倒れ込む。
__普通に生まれたなら…わたしは幸せになれたのかな……
力無く笑い、自らの服を捲り上げる。
そこにあったのは__白く輝く根だった。
胎から伸びるそれは、シロの身体を覆うように伸びて脈打っていた。
「こんなの……要らなかったのに……」
呟いた瞬間、涙が一筋伝う。
慌てて拭うが一度流れ始めてしまえば止めることは出来ず、次々と頬を濡らしていく。
「母さん……わたしはどうすればいいの……?」
答えが返ってくることはなく、声は虚しく空へ消えていった。
__はずだった。
「シロ?どうしたの……?」
不意に、傍らから聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
急いで服を着直し、声がした方へ顔を向ける。
「大丈夫?なんかすごく苦しそうな声が聞こえてきて……」
心配そうなレーヴの瞳が、こちらを覗き込んでいた。
シロは力なく微笑み、首を横に振る。
「なんでもないよ…起こしちゃった?」
「気にしないで。目が覚めちゃっただけだよ」
普段通りの声に、シロは心の中で安心していた。
__身体のことはバレてない…よかった……
しかし、同時に罪悪感を覚える。
「……レーヴはさ、わたしが怖い?」
思わず口に出してしまった質問に、自分でも驚く。
レーヴも不思議そうに首を傾げていた。
「どうして……?」
「いや……何となく聞いてみたくて」
「別に怖くなんて無いよ?だって私の恩人だし!」
屈託のない笑顔でそう言われて、少しだけ気が楽になった。
「そっか……ありがと。すぐ戻るよ」
「わかった。おやすみ」
踵を返すレーヴの後ろ姿を見ながら、シロは空を見上げる。
__きっと…近いうちに話す日が来るんだろうな
隠し事というのは、必ずバレるものだ。
だが、それは今ではない。
「……頑張らないと」
そうして、レーヴの元へ戻る。
白い血溜まりの周りに、光り輝く蝶が飛んでいた。
◇
翌朝、二人は人気の無いビルの合間を走っていた。
上空を飛び回る監視ドローンの視界を潜り抜け、少しずつ大脊柱の麓へ進んでいく。
せっかくここまで戻って来たならと、レーヴがかつて暮らしていた駐屯地に行くことになったのだ。
「あそこだよ」
レーヴが指差す先には立派な塀に囲まれた数多くの建物が見えてきた。
――第三特殊作戦部隊-中央駐屯地
数日前多くの兵士たちが出入りしていたであろう門には、今は誰もいなかった。
「…ただいま」
レーヴの小さな呟きが風に掻き消される。
当然、返事は無い。
シロは彼女について行きながら敷地内へと足を踏み入れた。
入り口付近には自動機械が置かれていたが、特に襲ってくる様子もない。
「なんだか、わたしだけタイムスリップしちゃったみたいだね…」
悲しそうに笑う彼女の背中を、シロは少し離れて付いていく。
総勢900名を超える第三特殊作戦大隊は、あの日の爆発でレーヴたった一人を残し全滅したのだ。
シロによって辛うじて救出されたとはいえ、彼女の精神的なダメージは計り知れない。
「ねぇ……ここで休憩しない?喉乾いちゃった」
シロが提案するとレーヴは首を縦に振って同意する。
そのまま二人は奥にある食堂へ向かった。
かつては活気に溢れていただろう空間も、今ではがらんとしており物寂しい雰囲気が漂っていた。
「ここで皆と一緒に食べてたんだよね……」
カウンター席に腰掛けながらレーヴがぽつりと言う。
「懐かしいなぁ……」
そんなことを話しているとシロがお茶を持ってきた。
「ありがとう」
レーヴは一口飲み、ホッとした表情を見せる。
「美味しい」
「良かった。落ち着くよね」
シロがふっと笑いながら言う。
「そういえばさ…レーヴは女神の一部が保管されてる場所についてなにか知らない?」
「えーっと…種子が探してるやつだっけ」
「うん。もともとはギプロベルデが持ってたんだけど、中層戦争の時にどっか行っちゃったらしくて」
ハンドガンをバラバラに分解して、再び組み立てるシロ。
その見事な手際に関心しながら、レーヴは思考を巡らせる。
「……もしかしたらあそこかな、鹵獲品の貯蔵庫」
「そんな場所があるの?」
「ガーディナの重要拠点で、確かギプロベルデとか滅ぼしたコロニーから回収したものを保管してる場所があるの」
レーヴの口から次々出てくる情報を脳内で整理していく。
「場所は?」
「大脊柱を抜けた西側。今いる場所からだと……大森林から行くのが近いかな?」
__懐かしいな……中層戦争以来か
大森林といえばシロにとっても馴染み深い場所である。
「あそこは結構広いけど……確か管理棟とかあってセキュリティが厳重なのよね」
「確かにそうだろうね。レーヴはその保管庫に入ったことはある?」
「ううん、入るのは許可が必要で……あたしも上官の人といつも通り過ぎてただけだから」
「そっか……」
__となるとやはり正面突破するしかないか……
シロは手帳の地図にルートを描き込んでいく。
「さて、そろそろ行こうか」
シロに続いてレーヴも立ち上がり、二人は食堂を後にした。
駐屯地を出てしばらく進み、高層廃墟群に辿り着く。
「ここ…敵が多いね」
「まぁ根拠地の近くだし、しょうがないよ」
シロは小さくため息をつくと、拳銃を握り直す。
「気を付けないと……巡回がどこにいるか分からないし」
レーヴの言葉通り周囲には多数の敵が徘徊しており迂闊には近づけない状況だった。
__自動機械は視野が狭い、センサーに引っかからなければ大丈夫なはず…
「私が先導するから、しっかりついて来て」
そう言ってシロは先行して進み始める。
レーヴはその後を追いかけながら周囲を見渡すと、所々に血痕のような液体が付着しているのに気付いた。
「ねえ……あれって」
シロが振り返ると、数メートル離れた物陰にニンフの亡骸が転がっている。
虚ろに開かれた赤い瞳、そして傍には長身の
「このホドじゃいつものことだよ」
シロは淡々と答えながらも、一つの疑問が浮かんだ。
__アルカンドの鎧化兵…なんで中層に?
アルカンドとガーディナは冷戦状態。単身で乗り込む阿呆がいるのだろうか?
そんなことを考えながら二人は無言で歩みを進め、廃墟を抜けていく。
幸いにも大きなトラブルは起こらず中継地である高層廃墟群に辿り着いた。
「やっと着いた……」
安堵した様子で呟くレーヴ。
だがシロの顔つきは険しくなる一方であった。
「……おかしい」
「どうかしたの?」
「気配が無い……」
その言葉にレーヴは不安そうな顔になる。
恐ろしいほど静かで、まるで時間が止まってしまったかのように感じた。
「……わたしから離れないで」
シロが警告して辺りを見回した次の瞬間。
視界の端、ビルの屋上で炎が瞬いた。
直感的にレーヴの身体を突き飛ばす__が、コンマ数秒遅かった。
「う…ぁ……」
「レーヴっ!?」
砲弾で深く抉られたレーヴの脇腹から鮮血が噴き出す。
糸が切れたように倒れ込む身体を受け止め、シロは近くにあった物陰に飛び込んだ。
「しっかりして!目を閉じちゃダメ!!」
必死に呼びかけるが、返事は無い。
焦りを押し殺しながら、取り出したナイフでレーヴの服を切り裂く。
剥ぎ取られた衣類の下から現れたのは――予想を遥かに超える惨状だった。
内臓の損傷による多量出血だけでなく、直撃した衝撃で全身にダメージが及んでいた。
「し…ろぉ……」
「喋らないで…!」
シロは迷うことなく、弱々しく咳き込むレーヴの唇に自分のそれを重ねた。
溢れる血を一気に吸い込み、すぐさま横に吐き捨てる。
「っ__!」
だが、敵の方はそんな二人を待ってはくれない。
防壁代わりのコンクリートに砲弾が突き刺さり、ヒビが入った。
__力を貸して……母さん……!
シロは苦悶に満ちた表情で目を瞑り、意識を集中させる。
次の瞬間、傷口に触れていた彼女の左腕が淡く輝いた。
セルの再結合。
それは、シロの身体に宿る根の力。
「死んじゃダメ…お願い……」
千切れた血管同士を繋ぎ合わせ、なんとかしてレーヴの出血を抑えようとする。
だが、それでも現状維持がやっとだった。
「これでも無理なら…!」
腰に吊っている剣を手にし、覚悟を決める。
歯を食い縛り、シロは自らの左腕を切断した。
「っ……あ……!」
「なに…して……!?」
焼けるような痛みが彼女を襲い、声にならない叫びを上げる。
__この程度…耐えて見せろ…!
涙を堪えながらシロは傷口に左腕を融合させていく。
自身の身体を構成するセルを分解し、レーヴの体組織として再結合する。
失血死する可能性も十分にある、命を削る行為だった。
__あと少し……
額から冷や汗を滴らせながら、シロは治療を続ける。
「……んっ……ぅ……」
苦しそうな呻き声を漏らしながらも、レーヴの呼吸は徐々に安定していった。
出血も治まり、脈拍も安定している。
__しばらくは大丈夫か…
体温が下がらないようにコートで彼女を包み、額に小さくキスを落とす。
「はぁ…はぁっ……」
荒い息を整えつつシロは立ち上がる。
失われたはずの左肘から先は、何もなかったかのように再生していた。
「さて…反撃開始だ」
シロの口元に笑みが浮かんだ瞬間、壁に砲弾が直撃しコンクリートの塊が崩れ落ちる。
__ここか
砂煙が晴れると同時に、既に狙いを付けていたシロが狙撃銃の引き金を引いた。
放たれた弾丸は屋上へ真っ直ぐに飛んでいき、双眼鏡を覗き込んでいた測距手の頭が弾け飛ぶ。
「ひっ…!?」
首から上が消えた仲間を見て、射手らしきニンフが腰を抜かした。
「怯むな!次弾そうて――」
「次」
再び銃声が響き、指示を出そうとしたニンフを貫く。
「隊長!?クソッ…撤退するぞ!」
__残りは2…いや3人か
狙撃を回避するために、残された兵士たちは低く伏せる。
建物の隅が壁のようになり、シロからは敵が見えない。逆も然り、である。
「逃がすか…!」
シロは素早くマガジンを外す。
手際よくチャンバー内の残弾を排莢し、ポケットから取り出した一発の紅い弾丸を装填した。
マガジンをライフルに差し、ボルトを押し込む。
「待っててレーヴ…すぐに戻ってくるから」
長大な狙撃銃を抱えてシロは飛び出す。
「敵の反応が接近!」
「何をするつもりだ……?」
常識では考えられない速度で迫ってくる敵影を認識し、ニンフたちが慌てる。
壁面を蹴って跳躍しながら次々と障害物を飛び越えていく様はまさに閃光だった。
「近付かせるな…撃ち落とせ!」
「どう偏差を取ればいいんだよ!」
榴弾砲に切り替わった砲弾が飛んでくるが、シロの跳躍の前には何の意味も無い。
廃ビルから突き出た鉄骨を掴み、振り子のよう身体をしならせて上へ上へと登っていく。
__まだ高度が足りないか…なら……!
脚部と加速翅のスラスターが一斉に火を噴き、長い髪が宙を舞う。
「敵はどこに行った!?」
「反応は……上!?」
顔を上げた彼女らの瞳に恐怖が浮かぶ。
シロは空中で回転しながら体勢を整え、狙撃銃を構えた。
「さよなら」
冷酷に響く声と銃声が響く。
放たれた弾丸はギプロベルデ製の巨大な砲身を穿ち、榴弾の中で炸裂する。
破壊された信管が誘爆を引き起こし、屋上が吹き飛んだ。
爆風に煽られながら、シロは半ば墜落するように着地した。
「づっ…いたた……」
ただでさえ左腕の再生に体力を使った上、重力を無視した機動のせいで身体が悲鳴を上げる。
だが、立ち止まる選択肢は彼女には無かった。
狙撃銃を背中に背負い、鎧殻のスラスターを吹かせて無理矢理移動する。
__普段なら気にもならないのに…ライフルが重い……
瓦礫の山を乗り越えようとしたシロの膝がかくんと折れ、バランスを崩す。
咄嗟に右腕だけで身体を支えようとするが、疲労と消耗で腕は震えていた。
「あっ……」
地面に叩きつけられる瞬間、誰かが彼女を優しく受け止めた。
「大丈夫?」
聞き覚えのある優しい声に、シロはハッと顔を上げる。
「レーヴ……!起きてたんだね……」
「うん……おかげさまで」
レーヴがコートの裾を捲ると、傷一つ無い腹部が見えた。
「よかった……本当に……」
涙を浮かべながらシロは彼女に抱きつく。
その頭を撫でながら、レーヴは苦笑していた。
二人が笑いあっていた、その時。
「__ッ!?」
弾丸が頭上を掠めていった。
反射的に反応したシロはレーヴの手を取り、急いでビルの陰に逃げ込む。
「いまのは……」
__スナイパー……いつから居たんだ
真っ青な顔のレーヴを横目に、シロは折り畳み式の鏡を取り出す。
慎重に壁から外に出したその瞬間、鏡が音を立てて砕け散った。
「……場所はあそこのビルか」
地面に対して垂直に立てた鏡に斜めの銃創が刻まれていた。
それから角度を読み取れば、大まかな相手の場所は予測できる。
__面倒だな…ここからじゃ相手は撃てない
恐らくかなりの高さのビルからの狙撃。
内心で舌打ちをしながら、シロはマガジンを確認する。
その隣で、レーヴは鏡を手に不思議そうな顔をしていた。
「これ、二発撃たれてない?」
「……え?」
レーヴの言葉を聞いて、シロはもう一度鏡を見る。
角度を測ることしか脳になかった彼女は、その違和感に気付いていなかった。
「若干…円が重なってる……!?」
つまりそれは、同時に二発の銃弾が命中したということ。
そして、同じ場所から。
「二点バーストの狙撃…曹長みたい」
その言葉を聞いたシロの脳裏に、一人のニンフが浮かぶ。
__まさか……!?
シロは拡張頭環の無線を素早く弄る。
遥か昔に使っていた、二人だけの周波数。
「レーヴも合わせて…!51.002MHz…!」
「わかった…!」
同時に、シロは手榴弾を取り出す。
ピンを抜いて放り投げた直後、寸分の狂いも無く弾丸が突き刺さって爆発した。
「っぐ……」
爆風を受けながら、シロは壁から飛び出して両手を広げる。
視線の先、屋上から二人を狙っている人物に向けて。
「お願い、届いて……!」
数秒間の沈黙。
その後、彼女に届いたのは銃弾ではなかった。
『……そんな、嘘だろう…?』
無線越しに、懐かしい声が聞こえた。
__あぁ…やっぱりそうだ……
シロの瞳から、決壊したように涙が溢れる。
「覚えてる…?わたしたちだけの、合言葉……」
『あぁ…忘れるはずがない……』
どちらからともなく、嗚咽混じりに言葉を紡ぐ。
「「霧は霧に」」
レーヴが息を呑むと同時に、シロの周りを白い霞が包み込む。
そして__
「久しいな…」
ふわりとシロの身体が抱き締められる。
銃が音を立てて落ち、泣き声が辺りに響いた。
「大分髪が伸びたか?シロ」
赤子をあやすように、その手が頭を撫でる。
「もう…会えないと思ってた……ヴォーグ……!!!」
「それは我のセリフだろう…」
そこにいたのは、シロがかつて背中を預けた戦友だった。
「曹長……無事だったんですね……!」
「レーヴ…すまない。迷惑をかけただろう」
「そんなこと…!」
泣き崩れるレーヴ。
二人の右腕に誇らしげに縫い付けられている、掠れた廃墟のような徽章。
ガーディナ第零特殊戦闘部隊、通称"霧"。
レーヴにとってヴォーグは、上官であり師匠だった。
「積もる話もあるが……」
三人の耳に駆動音が届く。
すぐ近くまでガーディナの兵士が来ているという証だった。
「まずは身を隠そう。こっちだ」
ヴォーグが近くにあったマンホールの蓋を開ける。
レーヴを抱え、シロは穴に飛び込んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回投稿は2/15 0:00予定です。
最近、俺の学校ではインフルが滅茶苦茶流行ってます。
手洗いうがい等、予防するのが大事!
そういえば三週間前くらいからブルーアーカイブを始めまして、ドハマりしているせいでDollsNestが疎かになっている俺です。
次のDLCを首を長くして待っております。頼んだぜNitroPlusさん
それではまた。