DollsNest 外伝 『定めと意志と世界の終わり』   作:Kazuha.Y

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六話目です。

よろしくお願いします。

投稿予定から一日遅れてしまい、本当に申し訳ない……


『ボタンの掛け違い』

――下層 とある工廠

 

「ここをこうして……っと」

 

薄暗い室内で、メーヴェは古びたコンソールを操作していた。

指先がキーボードを滑り、画面にコードが刻まれていく。

 

かつて自動機械や武装の製造拠点だったこの場所は、今や錆と埃に覆われていた。

 

「思ったより手間取ったけど……これで完成か」

 

満足げに頷いてEnterキーを叩くと、鈍い音と共に生産ラインが動き始めた。

メーヴェの顔を照らすモニターには、羽の付いた"何か"の設計図が映し出されている。

 

そして、その手には円筒状の物体(主の霞む一部)が握られていた。

 

「さてと……しっかり暴れてね、子供たち」

 

椅子から立ち上がり、彼女は身体を伸ばす。

 

ふと気配を感じて入口の方へ視線を向けると、そこには一人の鎧化兵が立っていた。

 

「……また会ったね」

 

「こんにちは。種子ちゃん?」

 

メーヴェの表情が僅かに曇るが、その人物は気にしない様子で近付いてきた。

 

「そんなに嫌そうな顔しないでよ。傷付くでしょ」

 

「うるさいなぁ……仲良しこよしするつもりは無いって言ってる」

 

「まぁまぁ、ちょっとお願いがあってさ」

 

アルカンドの鎧殻に身を包んだニンフ__フェーネは軽い口調で話し続ける。

そのわざとらしいほどフレンドリーな態度に、メーヴェは不快感を隠し切れなかった。

 

「はぁ。さっさと要件を教えて」

 

「ここ最近の動きについて教えて欲しいんだよね。連絡線の爆破、あれって貴方の仕業でしょ?」

 

メーヴェの目が細くなる。

まるで獲物を狙う猫のように鋭く研ぎ澄まされた視線を向けられたフェーネは、おどけたように両手を上に挙げた。

 

「あれのせいで、ここ来るの大変だったんだから」

 

「……ガーディナの大部隊が来てたから、まとめて潰しただけ。褒めて欲しいくらいなんだけど」

 

「それについては本当に助かったよ。あいつらの練度は中層の中でも第一特殊に次ぐレベルだったし」

 

嘆息しながら話すフェーネの言葉に、噓偽りは無かった。

 

ギプロベルデとの中層戦争で、最も最前線で戦っていた部隊。

それが、何を隠そうガーディナ第三特殊(ストライダー)作戦大隊だったのだ。

 

「でも、それだけじゃないでしょ?」

 

「……質問の意味が分からないな」

 

フェーネの問いにメーヴェは露骨に顔を顰めた。 

 

__弑逆者の娘の存在は……別に言わなくてもいいか

 

無言のまま見つめ合い、やがて彼女の方が先に視線を逸らした。

 

「……今は、関係無いよ」

 

「ふーん。そっか、じゃあ別にいいや」

 

意外なほどあっさりと引き下がったフェーネに、メーヴェは拍子抜けした様子で彼女を見上げる。

 

「他に用事は?」

 

「そうだね、ここからが本題。中層への侵攻準備は進んでる?」

 

「見ての通りだよ。今やってるところ」

 

「十分量まで増やすには、どれくらいかかる?」

 

どこか愉快そうにフェーネは話す。

 

「知らないよ。数日もすれば大丈夫じゃないかな」

 

「流石。君とは仲良くして正解だったよ」

 

「どの口が…」

 

メーヴェはうんざりした表情で呟いた。

彼女の頭の中で計算が巡る。

 

__お母さまを復活させるためなら……使えるものは使うしかないもの

 

表向きの友好など、目的を達成するための手段でしかない。 

フェーネを利用することはあっても、その逆はあり得ない。

彼女はそんなことを考えていた。

 

「それじゃあ、期待してるよ」

 

フェーネは軽い足取りで去っていった。背を見送るメーヴェは小さく溜め息を吐く。 

生産ラインから羽を持つ自動機械が次々と生まれ、壁を突き破って外へ飛び去っていった。

 

メーヴェはそれを見送り、次の目的地へ向かうため工廠を出た。

外は廃墟と化した工業プラントの残骸が広がっている。

 

しばらく歩いた先に、天井が崩れた建物の中心に白く輝く樹が生えているのが見えた。

メーヴェはその前に立ち、手を重ねる。

 

__お母さまのところへ

 

目を閉じ、祈るように言葉を紡ぐと周囲の景色が歪み始める。

視界が黒く染まった数秒後、彼女は大きな樹の前に立っていた。

 

「……おかえり、人形」

 

長い槍に串刺しにされた"ニンフ"が彼女に声をかける。

その両目は誰かに抉られたのか、無限にも思える闇が広がっていた。

 

「ただいま」

 

親愛の情すら込められていない声が響く。

気にしない様子で、メーヴェは淡々と報告を始めた。

 

「今は中層を滅ぼす準備をしてるところ。そろそろ攻める予定」

 

「そう。頑張ってね」

 

「あと、アルカンドと取引をしてる。お母さまの身体も、じきに揃うよ」

 

「イーデン……信用できるの?」

 

怪訝そうな声でネマは呟く。

 

「信用なんて必要無いよ。こっちも利用するだけだし」

 

メーヴェは冷たく言い放つ。

 

「そう……分かった。あとは任せる」

 

「それじゃあ、また」

 

報告を終えると、メーヴェは樹の周囲に置かれたコンテナへ戻った。

そこへ、半分子供のようなニンフが駆け寄ってきた。

 

「あっ、戦士さま!お疲れ様です」

 

「今日も何か拾ってきたの?ヨヨ」

 

メーヴェの半分ほどの身長の少女が話しかけてくる。

彼女が中央大洞穴でヨヨを助けてから、何故かついてきて自分の家同然に住み着いているのだ。

 

「はい!これどうぞ!」

 

そう言って取り出したのは__

 

「槍?」

 

「違いますよ戦士さま!これは圧縮熱塵銃(APPL065)です!」

 

ヨヨよりかなり大きな代物で、見た目からしても近接武器にしか見えなかった。

 

銃を受け取り、構えようとしたところである"匂い"がメーヴェの鼻をくすぐる。

 

__フェーネと似た匂い。やっぱりこの子……

 

浮かんだ考えを一旦振り払い、彼女は試しにと壁に向かってトリガーを引く。

放たれたのは普通の蒼い光線とは違い、眩しいほどの白だった。

 

「ふーん……いいねこれ。いくら?」

 

「お代は大丈夫です!これはたまたま拾っただけなので」

 

「そう。ありがとう」

 

手にした銃を背中に担ぎ、メーヴェは歩こうとしてすぐに振り返る。

 

「そうだ。そろそろ中層に行くかもしれないんだけど何を持って行けばいいかな」

 

「中層、ですか……」

 

ヨヨの顔に一瞬影が落ちるが、すぐに元の明るさを取り戻す。

 

「持って行くというのは、武装のことですか?」

 

「うん。熱塵系がいいのか実弾がいいのかとかさ」

 

メーヴェは真剣な眼差しで問い掛けた。

対するヨヨは数秒ほど考えた後にゆっくりと口を開く。

 

「……戦士さまはいつもどうされていますか?」

 

「下層ではこれしか使ってなかった。異形ばっかりだったし」

 

彼女は腰に吊っている熱塵銃(BG112 A6 Scimitar)を手にする。

使い勝手がいい、連射速度に優れたメタメトリア製のライフル。

 

敵の数が多い下層では、マガジンの弾数が生死を分ける。

リロードしている隙に異形に集られては、どうしようもないからだ。

 

「じゃあ問題ないと思います!中層の自動機械は実弾に対する防御が強いので……」

 

「そう。ありがと」

 

短く返事をし、メーヴェは前を向いた。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「お気をつけて!戦士さま!」

 

元気な声援を背に、メーヴェは虚空へと姿を消した。

 

 

――中層 第三特殊作戦部隊-中央駐屯地

 

シロたちはレーヴの駐屯地にある保管施設の前に立っていた。

 

「ここだね……」

 

「随分と厳重だな」

 

ヴォーグの言葉通り、扉には何重ものセキュリティロックが掛かっていた。

レーヴは端末を取り出し、画面に向かって手早く入力を始める。

 

「わたしの権限でも簡単に入れないくらいだからね。えぇっと……」

 

遠くから装甲車の駆動音が聞こえてきたのは、その時だった。

 

「……巡回部隊だ」

 

「このタイミングでかぁ……」

 

ヴォーグが小さく舌打ちをする。

少しずつ近付いてくる音に、シロは発煙手榴弾を取り出して彼女に手渡した。

 

「そろそろマズいかも。間に合いそう?」

 

「あと少しなんだけど……よし、行った!」

 

レーヴが叫び、重たい解錠音が響く。

シャッターが上がり切る前に、シロは二人を引っ張り中に滑り込んだ。

 

「閉めろ!早く!」

 

「分かってるってば!」

 

レーヴの放った弾丸が壁の装置を破壊すると同時に、ヴォーグが投げた手榴弾が煙を撒き散らす。 

大きな音を立てて扉が閉まり、三人は安堵のため息を漏らした。

 

「おい!何者だ!?」

 

扉を叩く音と警報が同時に鳴り始める。

耳を塞ぐシロを見て、ヴォーグは天井のスピーカーを撃ち抜いた。

 

「……ありがと。ああいう音は嫌いでさ」

 

「気にするな。それで、どうする?」

 

問い掛けるような視線に、レーヴは落ち着いた様子で端末を操作する。

 

「とりあえず奥に行こう。この扉は結構頑丈だから、しばらくは大丈夫だよ」

 

「とはいえ長居する余裕は無いだろう。急ぐぞ」

 

ヴォーグに促されて、シロはさらに奥へ進んでいった。

通路沿いにいくつかの部屋があったが、どれも空っぽで素通りするしかなかった。

 

やがてレーヴが立ち止まり、声をかける。

 

「ここだ。ここが一番大きい格納庫だよ」

 

「……すごい」

 

案内されて辿り着いた格納庫は、様々な鎧殻や武器が整然と並ぶ空間だった。

 

唖然とするシロを横目に、ヴォーグは棚の奥へと歩いていく。

その隣で、レーヴは自分の鎧殻を外していた。

 

「あれ、何か変えるの?」

 

「せっかくここに来たからね」

 

そう言ってレーヴが持ってきたのは、ヘロス製の直推脚(Voctal)だった。

 

「足変えると結構感覚とか変わると思うんだけど……大丈夫?」

 

「うん。実は霧に居た時はこれを使ってたから、こっちの方が慣れてるくらいだよ」

 

巨大な前面装甲に、暴力的な程の推進器を付けた機動外肢。

手際よく換装を済ませて立ち上がったレーヴは、以前より背が高く見えた。

 

「他のやつ付けるの手伝って欲しい……これだと膝が曲がらなくって」

 

「分かった」

 

シロは地面に置いてある鎧殻を持ち上げ、背中のユニットに接続していく。

その途中で、彼女は砲架副腕の接続部が損傷しているのに気付いた。

 

「……これ、速射砲(GC T02 FALG)は別のに変えた方がいいと思う。セルが詰まりかけてるよ」

 

「ほんと?それじゃあ……確か右から八列目の棚の五段目にあるはず」

 

「いち、に、さん……あ、本当にあった」

 

記憶力に驚きながら、シロは置いてあった砲身を抱えて飛び降りる。

換装を終えると、レーヴは拡張頭環を弄って動作を確認していた。

 

「ヴォーグはよさそうな鎧殻見つかった?」

 

若干建物全体が揺れているのを感じながら、シロは問いかける。

返事が無かったため覗き込むと、そこには重厚な鎧殻に身を包んだヴォーグの姿があった。

 

「あぁ…バッチリだ」

 

昔から愛用していた拡張頭環と副腕(HNF T05A2 DRAG)獣脚用の加速翅(MBF T06A2 VAZGK)

そして__

 

「中層戦争の時に何機か見たことあるな、その四脚(BdomBalgas2)

 

「あの頃から面白そうだと気になってたんだ。まさかここに置いてあるとは思わなかったが」

 

三本の脚で地面を掴み、ヴォーグは残る一本を曲げ伸ばしする。

脳への負荷が倍近くになるにも関わらず適応している様子に、シロは驚きを隠せなかった。

 

「それで……随分重そうな武器を選んだね?」

 

彼女の周りに置いてあるのはガーディナの狙撃砲(SSC T08A3 GAR)大型誘導ミサイル(STM T25A3 Vandak)、そしてギプロベルデの榴弾砲(NostolGanz)

かつてパイルバンカー(PB T01A1 GOD)を片手に敵へ突っ込んでいた頃の姿からは、想像も出来ない武装だった。

 

「適材適所だ。前衛はお前たちが居るから十分だろう?」

 

「昔は狙撃兵とは思えないほど前に出てたのに……」

 

「……忘れてくれ」

 

誤魔化すようにヴォーグは背を向け、砲身に弾薬を込める。

シロが振り返ると、すぐそばにレーヴが立っていた。

 

「あぁ……いつでも大丈夫だ」

 

入って来た時とは別の扉へと向かい、レーヴは端末を操作する。

だが、いくら試してもロックが解除される様子は無かった。

 

「……閉じ込められた」

 

「他の出入り口は__ッ!?」

 

他のルートを探そうと辺りを見回したその瞬間、遠くで砲撃が鳴った。

レーヴが咄嗟に割り込み、シロと扉の間に立ちはだかって大剣を盾のように構える。

 

「伏せて!!」

 

耳を劈く轟音と共に、爆風と破片が三人を襲った。

反射的に防御姿勢を取る中、金属の軋む音と火薬の匂いが鼻腔に突き刺さる。

 

「流石ガーディナと言うか……施設ごと吹き飛ばすつもりか」

「シロ、平気?」

「おかげさまでね……」

 

服に付いた汚れを払いながら立ち上がり、シロは砲弾の飛び出してきた方向を見る。

 

入り口のシャッターはボロボロに破壊され、その向こう側に見えたのは__

無数に輝くミサイルだった。

 

「や……ばっ……!」

 

瞬時にシロは特技背嚢のフレアを展開して何割かの誘導を逸らす。

その隙に二人は地面を転がり、柱の陰へと身を隠した。

 

「曹長、あれ……!」

 

「巡回部隊が呼んだか……たかが三人相手にここまでとはな」

 

柱から身を乗り出したヴォーグの視界に映ったのは、自分たちの倍は軽く超える巨大な影だった。

全長十メートルを超える鋼鉄の怪物――ガーディナが誇る最新鋭の自律八脚戦車が、ゆっくりと姿を現す。

 

「……通常型が二十五、鎧化兵が十か?」

 

「あと、アイオロス(都市制空隊)だから自動機械がその倍はいると思う」

 

「逃げるか?」

 

「どうせ振り切れる相手じゃないだろうし、戦うしかないよ」

 

レーヴがゆっくりと立ち上がりながら答える。

彼女はすでに大剣を構えており臨戦態勢に入っていた。

 

「わたしが多脚要塞を狙う。シロは多対一の方が得意でしょ?」

 

「我は後方支援だ。援護するから思いっきりやれ」

 

圧縮空気が充填される音と共に、レーヴの大剣が展開される。

シロは装填済みの狙撃銃を背に背負い、両手にハンドガンを持った。

 

「それじゃ……行くよ!」

 

ヴォーグが既に照準を付けたミサイルを発射すると、二人は建物から飛び出した。

 

多脚要塞の狙いがレーヴに向いたのを確認したシロは、スラスターを吹かせて一気に跳躍する。

驚いたように空を見上げた一人の額を弾丸が貫いた。

 

「こいつ……早い!」

 

「構わず撃て!物量で押し切るぞ!」

 

自動機械の大群が迫り、無数の銃口がシロを捉える。

だが彼女は気にする様子もなく、冷静に標的を撃ち抜いていく。

 

「数だけ多くても意味無いって……なんでガーディナはそれが分からないのかな」

 

シロの扱う銃のうち、片方(HG002 A3 Keris)は内部に著しい損傷を与えるHP弾を使用している。

それを食らったニンフたちは次々と呻き声を上げて倒れていった。

 

そしてもう片方(Type14CCA)は、自動障壁を貫通する高振動弾。

つまり、死ぬほど痛いけど即死じゃないか、一撃で死ぬかの二択。

 

「ひっ……」

 

「そこの君はどっちがいい?」

 

恐怖に目を見開く少女へ銃を向けたまま問いかける。

返事の代わりに放たれた榴弾がシロの髪を掠めていった。

 

「まぁ、頭に当てれば関係無いか」

 

ニヒルな笑みを浮かべ、シロは引き金を引く。

銃声と悲鳴が交錯し、白い花が咲いた。

 

『お喋りしている余裕があるとはな、羨ましいことだ』

 

通信越しに聞こえてくる声に振り向くと、ヴォーグは一人の鎧化兵を踏み潰していた。 

額にライフル(Fezmy)を押し当てた直後、二発の銃声が響く。

 

「そっちこそ、久々の鎧化で楽しそうじゃ__っと、危ないなぁ」

 

降り注いだミサイルが地面に着弾し、爆風がシロを吹き飛ばす。

瓦礫を蹴って宙に浮いた彼女の眼前には、別の兵が迫ってきていた。

 

「__ッ!?」

 

至近距離からの高速斬撃をバク宙で躱し、勢いを利用して空中で愛銃を構える。

そして__三連射。

 

シロが着地したとき、そのニンフの上半身は消えていた。

 

__自動装填に切り替えてて正解だったな

 

基本的にシロは手動装填を使っている。

理由は単純で、ボルトアクションの重さが好きだからだ。

 

だが、敵の数が多い場合はその限りでは無い。

特に実弾装甲が頑丈な中層に於いては尚更である。

 

「さてと。地獄行きの列はここだよ」

 

「舐めた真似を……!」

 

激昂した残りの兵士たちが、一斉に武器を構えて突撃する。

その様子を見ても、シロはどこか落ち着いた様子だった。

 

右手を掲げ、彼女は高々と飛び上がる。

 

「……今」

 

『巻き込まれるなよ?』

 

冷たい声と、榴弾の飛来する音。

シロの立っていた場所が爆ぜ、辺りを絶叫が木霊した。

 

「流石は霧の曹長だ。タイミング、完璧だったよ」

 

『お前が考えることくらい分かるさ。どれだけ一緒に居たと思ってる』

 

どこか安心するヴォーグの声に、シロは思わず苦笑していた。

 

生き残ることだけを考えて無我夢中に戦っていた、苦い記憶。

一人ぼっちの二人が出会い、互いの背中を預けた日々。

 

気恥ずかしさを紛らわせるように、シロは咳払いをした。

 

「こっちは終わりだね。レーヴの方は……」

 

『もうちょっと……やぁっ!』

 

その視線の先、レーヴは大剣を振るいながら多脚要塞の装甲を砕いていた。

数多のミサイルを上下機動で切り返しながら避け、速射砲を撃ち返す。

 

「あんな動き、初めて見た……」

 

感心したようにシロが呟く。

 

しかし、敵も黙ってやられるわけがなかった。

残り五本になった脚で大地を蹴り上げ、その巨体でレーヴを押し潰さんとする。

 

『……そん、な』

 

命の危機だと言うのに、彼女の身体は凍り付いたように動かない。

タイミング悪く、加速翅がオーバーヒートしてしまっていた。

 

「これ、間に合わな__」

 

『遅い!!!』

 

シロが焦ってライフルを構えようとした刹那__

ヴォーグの狙撃砲が火を噴き、重心になっていた脚部の関節部を串刺しにした。

 

多脚要塞はバランスを崩し、機体が横転する。

まさしく、間一髪だった。

 

「はぁ……」

 

再び大剣を構えて多脚要塞に突撃するレーヴの様子を見て、シロは安堵のため息を漏らす。

親指を立ててヴォーグに向けて笑顔を浮かべた、その時だった。

 

__この気配、ヴォーグと同じ……!?

 

直感的に首を傾けた彼女の頬を、銃弾が掠めて飛んで行った。

 

「……なんで、ですか」

 

シロの目の前に現れたのは、ガーディナの通常鎧殻__

否、"霧"の鎧殻を纏った兵士。

 

「なんで……裏切ったんですか」

 

眼帯で隠されたその視線は、シロの奥に居るヴォーグに向けられていた。

 

「なんで……レーヴと一緒にいるんですか」

 

目の前のニンフは悲痛な面持ちで語りかける。

しかし、ヴォーグは黙ったまま何も答えなかった。

 

その問いに答えることは、彼女には出来なかった。

 

「なんで……私を置いて行ったんですか!!!」

 

「……ッ」

 

「どうして、その手で姉妹たちを……!」

 

「貴方には分からないよ、何年掛かっても」

 

その怒号に割って入ったのは、シロだった。

照準をヨドに向け、ゆっくりと一歩踏み出す。

 

「兵器として生きることに、何の疑問も持たないんだから」

 

「もう……いいです。死んでください」

 

ヨドも同じようにライフルを構える。

睨み合いが続き、動いたのは同時だった。

 

「大姉さまは……私がこの手で始末します」

 

両副腕から放たれた散弾砲が進行方向を遮り、シロは姿勢を崩す。 

すかさず突っ込んできたヨドの手に握られた短刀が、その首筋を狙って振るわれた。

 

「ッチ……速度だけなら同格以上か」

 

ストックで刃を受け止め、シロはホルスターから抜いたハンドガンを突き付ける。

ヨドはそれを右手で弾いて身体を捻ると、流れるように回し蹴りを放った。

 

ガラ空きになったシロの胴体に膝が突き刺さり、吹き飛ばされる。

体勢を立て直そうとした瞬間、彼女の腹に激痛が走った。

 

「いっ……!」

 

いつの間にか刺さっていた螺旋状のナイフ。

傷口からセルが溢れ出し、足元の砂がそれを吸っていく。

 

「……次で終わらせます」

 

ヨドの身体を隠すかのように、辺りに白い霧が立ち込めた。 

ヴォーグのものとは違い、匂いすら無い霧の完成系。

 

瞳を閉じ、シロは音に意識を集中させた。

瞬間、真後ろからの銃声。

 

__そこか!!!

 

音の発生源へ向けて、刃を振り抜く。

確信していた。

そこに敵がいると。

 

だが、その蒼炎は空を切った。

 

「シロ!?」

 

ヴォーグの叫び声が聞こえた瞬間には、もう遅かった。

 

霧の中から伸びてきた手がシロの細い首元を捉える。

 

「ぐっ……!」

 

呼吸困難になりながらもシロは懸命に抵抗するが、ビクともしない。

 

「さよなら」

 

耳元で囁かれた言葉と共に、ヨドの銃口が脇腹に押し付けられる。

 

多脚要塞を打ち倒して顔を上げたレーヴの瞳に映ったのは、力無く倒れ込むシロの姿だった。

 

「嘘……?」

 

信じられないといった表情でレーヴは呟く。 

だが、シロの身体はピクリとも動かない。

 

歪んだ笑みを浮かべるヨドの突撃銃から上がる硝煙が、現実を突き付けていた。

 

「あなたも、死んでください」

 

茫然と立ち尽くすレーヴに、ヨドが一瞬で間合いを詰める。  

跳躍して副腕の散弾砲を放とうとした寸前に、彼女の身体に鈍い衝撃が走った。

 

「いつの間に……ッ」

 

二人の間に割って入ったヴォーグの蹴りが、ヨドの脇腹にめり込む。

痛みに耐えながら咄嗟に発砲するが、全て容易く回避されていた。

 

レーヴを守るように、狙撃銃を構えたヴォーグが立ちはだかる。

かつての師弟が、互いを殺す為に相対していた。

 

「ヨド……貴様……」

 

怒りに震えるヴォーグが低い声で呟く。

その様子を見ても尚、ヨドの表情からは愉悦が消えなかった。

 

「ガーディナを裏切ったのは大姉様ですよ。相棒さんが死んだのも、あなたのせいです」

 

「……愚か者め」

 

ヴォーグは狙撃銃を地面に突き立て、榴弾砲を前に構える。

 

「錆び付いた老兵に、負ける道理はありません」

 

言い終わるかどうかというタイミングで、ヨドの姿が消えた。

 

「甘い!」

 

視界の右端で気配を感じたヴォーグは砲身で即座にガードする。

甲高い金属音と共に火花が散り、衝撃波が辺りに響いた。

 

「そんなっ……!?」

 

今まで誰にも避けられなかった一撃。

それを初見で看破され、ヨドは驚きを隠せなかった。

 

「貴様は知らんのだ。霧の恐ろしさを……霧が霧と戦う術を」

 

「何を言って__」

 

言いかけたところで、ヨドの頭上に影が落ちる。

咄嗟に見上げた視線の先には、回転しながら宙に浮かぶ榴弾砲があった。

 

「……まさか!?」

 

消えていたヴォーグの気配、そして輝きを放つ砲口。

咄嗟に距離を取ったヨドの目尻を、二発の銃弾が突き抜けていった。

 

「……どうして、何もかも読まれてるんですか」

 

彼女の目を覆っていた眼帯がはらりと地に落ちる。 

ヨドは震える声で訊ねた。

 

高い、高い壁を前に立ち竦むように。

理解出来ない現状から、目を背けるように。

 

「我が霧だからだ。霧こそが、我だからだ」

 

ヴォーグはゆっくりと、一歩ずつ間合いを詰めていく。

 

「生まれついての霧であるお前には……それが分からんのだろう」

 

「黙って……ください!!!」

 

半狂乱で放たれた弾丸を、ヴォーグはいつの間にか手にしていたレーヴの大剣で防ぐ。

 

それでも諦めきれずにヨドは引き金を引き続けたが、その銃口は終ぞ火を噴くことはなかった。 

 

「残弾管理は徹底しろと、あれほど言っただろう?だからお前は甘いんだ」

 

「ははっ……流石、ですね」

 

半ば諦めたようにヨドは笑う。

 

だが、白く濁った瞳は決意を宿したように揺れていた。

 

「でも、速度なら勝てる……!」

 

武装を全てパージすると同時にナイフを取り出し、ヨドは閃光のような速度で飛び出す。

 

「何のつも__まさか!?」

 

彼女の狙いに気付いたヴォーグが狙撃砲を放つ。

左腕が吹き飛んで空を舞ったが、ヨドの脚が止まることは無かった。

 

「あなただけでも、殺す……!!!

 

高く掲げられた刃が、膝を付いて泣き叫ぶレーヴに向けて振り下ろされる。 

 

「クソッ……!」

 

また守れないのかと、ヴォーグが絶望したその時だった。

 

一発の銃声が鳴り響き、ヨドの身体が痙攣するように跳ねる。

 

倒れ込んだ彼女の瞳に映ったのは、己の手で殺したはずの存在。

 

「な……んで……」

 

「……いつから、わたしが死んだと思ってたの?」

 

ヴォーグとレーヴの視線が、声の元へと向けられる。

 

そこには、立ち上がって血の混じった唾を吐き捨てるシロの姿があった。

 

「ちゃんと生きてるよ。そう簡単には死なないし……死ねないから」

 

シロはゆっくりと愛銃をリロードしながら亡骸に近付く。

彼女の一撃は、正確にヨドの脊椎と心臓を穿っていた。

 

「……いくらお前の回復能力が優れているとはいえ、心臓に悪い。今後はよしてくれ」

 

「善処するよ」

 

「直す気はあるのか!?」

 

呆れた様子のヴォーグに苦笑しながら、シロは泣きじゃくるレーヴを優しく抱き締める。

 

「死んじゃったかと思ったよぉ……」

 

「ごめんね、心配かけちゃって」

 

赤子のように涙を流し続ける彼女の頭を撫でていると、ヴォーグが咳払いをした。

 

「とりあえず元の拠点に戻ろう。他のニンフやドローンが来るかもしれん」

 

「わかった」

 

泣き腫らした目を擦りながらレーヴは頷き、歩き出す。

 

シロはヨドの亡骸を仰向けにすると、開かれたままの瞳を手で閉じた。

 

「あなたは強かった……アゥラム」

 

彼女は短く祈るように呟き、二人のあとを追いかけていった。




作中登場キャラ アセンブリ
ヴォーグ

【挿絵表示】


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次回投稿は3/15 0:00予定です。

最近スランプ気味になってしまい、二週間ほど最新話が全く書けていない俺です。

今回の話は大分前に書き終えていたのですが、納得いかない部分があり修正していたら予定日をすっぽかしてしまうという最悪の事態に……

大変深く反省しております。

原作登場キャラを死なせるのってどうなんだろうなぁと少し悩みましたが、まぁ二次創作だしええやろ!の精神で投稿しました。

俺の解釈では、霧は身体を構成しているセルを分解して霧の状態になって移動する的なのかなぁと考えています。

解釈違いがあったり、自分の考えとかがあれば是非コメントしていただけると幸いです。

それではまた。
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