DollsNest 外伝 『定めと意志と世界の終わり』   作:Kazuha.Y

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七話目です。

よろしくお願いします。


『明かされた真実』

陽光の差し込むステンドグラスが大理石の床に色とりどりの光を落としている。

 

その静寂を破るかのように、一枚の重厚な扉が音もなく開かれた。

 

「遅かったねエーレ。貴方にしては珍しいけど何かあったの?」

 

肩肘を机につけたフェーネが眉を上げる。

その視線の先に立っていたのは、重厚な浮遊脚に身を包んだ鎧化兵だった。

 

「各地に散らばっている巡察士を集めての会議は稀だからな。少々長引いた」

 

エーレは深く被った外套のフードをそっと指先で引き下げる。

黄金の髪が僅かに覗き、鋭い青い瞳が教会の最奥へと向けられた。

  

「……それで、わざわざ私を呼ぶとは何事だ?暗号通信でも使えばいいだろう」

 

「そう急かすな。理由も無く多忙なお前の時間を使うほど傲慢ではないさ」

 

どこか苦笑交じりの声が教会に響く。

玉座から立ち上がったのは、二対の腕を持つニンフだった。

 

「久しいな、イーデン。元気そうで何よりだ」

 

「お前こそだろう?まぁ、楽にしてくれ」

 

促されるとエーレは鎧殻を外し、近くにあった椅子に座った。 

 

「簡潔に頼む。お前がそこまで神妙な顔をするということは……」

 

「察しがいいな。結論から言うと種子との接触に成功したのだよ」

 

「種子だと……?」

 

イーデンの言葉にエーレの表情が険しくなる。

フェーネはその様子を眺めながら悪戯っぽく微笑んだ。

 

「秘密裏に作戦を進めてたんだよ。色々と面倒だったんだけどさ」

 

「……なぜ議会の許可を得なかった?」

 

「一々そんなことをしていれば機会を逃す羽目になるだろう?年寄り連中は腰が重い」

 

「それは……」

 

「反論はないだろう。現に我々は成果を得たのだからな」

 

どうしようもない事実に、エーレは沈黙することしか出来なかった。 

彼女は深い溜息を吐いて前を向くと、イーデンとフェーネを順番に見る。

 

「……分かった。交渉の内容と今後の予定は?」

 

「詳細は省くけど、種子の目的は女神の復活らしい。そして探しているのは__」

 

「分割管理された女神の一部、か」

 

「さすがエーレだねぇ。相変わらず勘が鋭い」

 

フェーネは感心したように腕を組みつつ頷く。 

そして自身の胸元から小さな円筒を取り出してテーブルに置いた。

 

「これが女神の一部__の、コピー。」

 

「それを餌に奴を釣ったわけか。で、見返りはなんだ?」

 

「聖戦の手伝い……と言えば大体分かるかな。ガーディナの戦力を分断するのに使えると思って」

 

「確かに攻めるのに手が掛かるのは事実だ。だが……」

 

「"種子と組むのはリスクが高い"。そう言いたいんだろう?」

 

イーデンの鋭い瞳がエーレを射抜く。

彼女は一瞬躊躇したものの否定しなかった。

 

「フェーネの功績を貶めるつもりは無い。だが保険は必要だ」

 

「ははっ。そもそもとして我々が種子をみすみす放っておくと思っているのか?」

 

その言葉と共に、イーデンの背後にスクリーンが下りる。

映し出されていたのは、八つの脚部と六枚の翅を持つ怪物だった。

 

「既に設計は完了しているんだ。彼女が全てを揃える前に拘束する為の手段がね」

 

「待て……まさか」

 

エーレの思考が急速に回転する。

導き出される結論は、一つしかなかった。

 

「思ってる通りだよ。協力なんて、ただの罠に過ぎない」

 

フェーネの静かな肯定が室内に響く。

イーデンは満足げに笑みを深めて続けた。

 

「古の女神など必要無い。このホドを永遠たる楽園にするのに、奴らは邪魔でしかないのだよ」

 

「そういうわけで、エーレには巡察士を率いて中層に赴いて貰うんだけど……いいよね?」

 

「……」

 

返事をせず、エーレは手元に視線を落とす。

握りしめられた拳が微かに震えていた。

 

「どうした。何か不満でも?」

 

「……その"機体"に乗せるのは、シェオルなんだな?」

 

エーレの問いにイーデンは薄く笑うだけだった。

それが何よりも雄弁な回答だった。

 

「レームとの……私の親友との約束はどうなった!?あいつはシェオルを守るために……」

 

感情を抑えきれず立ち上がった彼女に、フェーネは銃口を突き付けた。

 

「忘れてないよ。でも、あの二人の適正がホドの将来の為になるんだから仕方なくない?」

 

「ふざけるな……ッ!」

 

怒りを孕んだ声が教会に木霊する。

だが、二人は何食わぬ顔で椅子に腰掛けていた。

 

「彼女の意思を尊重した結果だ。貴様に文句を言われる筋合いは無い」

 

「……失礼する」

 

エーレは鎧殻を乱雑に掴み、教会の出口へと歩き出す。

イーデンはその背中に声をかけた。

 

「エーレ、お前が裏切るというのならば……我々も相応の手段を取らせてもらう」

 

「覚悟の上だ。私一人が死ぬことで、親友との約束を果たせるならな」

 

そう言い残して扉を閉じるエーレの後ろ姿を、フェーネは名残惜しそうに見送る。 

やがて足音が完全に消え去った後、イーデンが口を開いた。

 

「残念だな。素直な奴だと思っていたが」

 

「まぁ良いんじゃない?どうせガーディナ相手に死んじゃうかもしれないんだから」

 

軽口を叩きながら、フェーネはバルコニーから外へと飛び立っていった。

 

一人残ったイーデンは深く息を吐き出し、空を見上げる。

 

「まったく……これだから感情なんてモノは要らんのだ」

 

吐き捨てるような彼女の声だけが、冷たく響いていた。

 

 

「……ヴォーグ、何かわかった?」

 

中層の廃墟群である大森林で、三人は機械根を眺めていた。 

高さはせいぜい身長の三倍ほど。

 

「いや。今までも何度か見たが、やはりどういうものなのか……」

 

周囲をぐるぐると歩きながら、ヴォーグは考え込む。

試しにとレーヴがハンドガンを撃ち込んでみたが、傷一つ付いていなかった。

 

「ねぇシロ、この背骨みたいなのなんだろう?」

 

 

「……?」

レーヴが指差す先をシロが覗き込むと、幹の表面に四角形が連なったような物体がある。

 

__ずっと何なのか気になってたけど…確かに背骨のようにも見える…

 

「……おい、これが元々ニンフだったなんて事は無いだろうな?」

 

後ろから僅かに震えた声でヴォーグが呟いた。

 

そんなわけないと思いつつも、シロの中でピースが嵌まっていく。

 

__いつ見ても飛んでる光る羽虫…確かニンフの死骸を好んで食べるって……

 

「なんだ……この光……?」

 

ヴォーグの声を聞いたシロがはっと顔を上げる。

白い樹の全体が、淡く光っていた。

 

「……隠れて!!!」

 

急いで三人は離れた場所に身を隠す。

数秒後、眩い閃光が走った。

 

「一体な__んぐ」

 

「……静かに」

 

光の中心を凝視しながら、シロはレーヴの口を手で抑える。 

 

砂埃が晴れた先には一人のニンフが立っていた。

それが誰なのか、見紛うはずが無かった。

 

__メーヴェ……!!!

 

黒に限りなく近い青の鎧殻に、長い刃。

シロとレーヴにとっては層間連絡線振りの再会だった。

 

「この気は……奴が種子か」

 

ヴォーグが掠れた声で呟く。

その隣で、レーヴは怒りで震えていた。

 

「あいつが……みんなを殺した……!」

 

シロはゆっくりと立ち上がり、腰に吊るしている剣を手にする。

 

「二人はここで待ってて」

 

「正気か!?アレは今までの種子とは次元が……!」

 

ヴォーグが止めようと手を伸ばすが、シロはそれを振り払う。

 

「大丈夫……手出しは要らないよ」

 

シロは無理矢理笑顔を作り、二人の元から離れた。

 

ぼうっと空を見上げていたメーヴェの瞳が、シロを捉える。

 

「あれ……もう出てこないと思ったんだけどな」

 

「……前ので勝ったつもりなの?」

 

微笑を浮かべる彼女の表情が、ふっと消えた。

次の瞬間、シロの眼前に刃が迫る。

 

「っ!!」

 

咄嗟に上体を逸らし、直撃を回避した。

逃げ遅れた髪が空を舞い、地面に落ちる。

 

「あんな枯れ木から生まれたにしては、いい反応じゃない?」

 

「……死ね」

 

突如としてシロの姿が消え失せる。

瞬きをする間も無く、メーヴェの身体は宙を舞っていた。

 

「あはは!すごいスピードだね」

 

メーヴェは楽しそうに笑いながら、空中から三連装の榴弾砲を撃つ。

 

炸裂した砲弾が地面を焼き尽くすが、シロはそれを軽やかに飛び越えていた。

 

「いい加減……黙ってくれる?」

 

鋭く放たれたシロの弾丸が副腕を貫き、破損個所から火花が飛び散る。

 

だが、メーヴェは興味が無いかのように速射砲をパージして再び笑みを浮かべた。

 

「いいね……もっと遊ぼうよ!!!」

 

着地と同時にスラスターを吹かせて前進し、シロは剣を横薙ぎに振るう。

 

だが、メーヴェは容易にバックステップで回避した。

 

__これでも結構本気出してるんだけどなぁ……

 

メーヴェが取り出した槍のような銃から閃光が放たれ、シロの加速翅を掠めて飛んでいく。

 

応じるようにシロはミサイルを撃ち、回避先を予測して熱塵砲を叩き込んだ。

「おっと、怒らせすぎちゃった?」

 

「……許しでも乞うつもり?」

 

「まさか!嬉しいんだよ……!」

 

メーヴェは嬉々として銃を乱射する。

 

シロはそれを難なく躱しつつ、熱塵砲を放った。

 

「こんなに戦うのが面白いなんて!!!」

 

弾幕とミサイルの雨を避けながら、メーヴェは距離を詰める。

 

__舐めるのもいい加減に……!

 

シロが素早くライフルを構えた瞬間だった。

メーヴェの姿が消えた──と思ったそのとき、突如としてシロの視界が回転する。

 

「ぐっ……!?」

 

思考が状況を理解するよりも早く、軽い身体が飛んでいく。

 

地面を数回跳ねて壁にぶつかり、ようやく自分が投げられたのだと気付いた。

 

「この程度?つまらないなぁ」

 

「……ははっ」

 

埃を払って立ち上がるシロの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。 

 

「出し惜しみするのは……しょうがないもんね」

 

シロはゆっくりと剣を構える。

 

「いいね、その顔。お母さまを騙して封印したクズの娘の癖に」

 

メーヴェの言葉で、両者の間の空気が張り詰めた。

 

ヴォーグとレーヴは息を呑んで見守る。

 

「へぇ……」

 

シロの声は低く、静かに燃える炎のようだった。 

  

メーヴェも彼女の変化を察したのか、ゆっくりと刀に手を掛ける。 

 

「操り人形の分際で……頭が高いよ」

 

先に動いたのはシロだった。

地面を削る勢いで駆け出し、一気に間合いを詰める。

 

メーヴェもそれに呼応するように刃を抜いた。

甲高い音と共に、火花が散る。 

 

「使い捨ての道具のクセに、調子に乗らないでくれる?」

 

「黙れ!」

 

シロの挑発に、メーヴェの顔から笑みが消える。

 

「お前だって……イーデンの実験体から生まれたニンフの恥晒しだろ!!!」

 

力任せに刀を振り回すが、その全てをシロは見切っていた。 

 

「どうせあなたが死んでも次の種子が生まれるだけ…すぐに忘れ去られる可哀想な存在だよ」

 

「だとしても!お母さまが私を愛してくれたことには変わりない!!」

 

メーヴェの瞳から狂気の色が消え、代わりに強い憎しみの炎が灯る。

 

「もういい……絶対に殺してやる」

 

メーヴェが地面を蹴り上げ、鋭い爪痕を刻み込む。 

 

__っ……重い……! 

 

雄叫びと共に繰り出された斬撃を受け止めた瞬間、衝撃が腕から全身を伝う。

シロは歯を食い縛りながら、逆に剣を押し返した。

 

「あぐ……っ!?」

 

メーヴェは咄嗟に受け流すも、僅かによろめく。 

その隙を見逃さず、シロは熱塵砲とミサイルを叩き込んだ。

 

「こんな……奴に……!」

 

体勢を崩しながらもメーヴェは副腕の榴弾を撃ち返す。

が、それらは当たることは無くどこかへ飛んで行った。

 

「……これでも、まだわたしに勝つつもりなの?」

 

「まだ……!」

 

刀を支えにして、再びメーヴェは立ち上がる。

 

ため息を付きながら、シロは再び刃を展開した。

 

「これで最後。さよなら」

 

シロの身体を霧が包み、その姿が消え去る。

 

「……え?」

 

呆けた声が辺りに響いた次の瞬間、メーヴェの身体が崩れ落ちた。

 

「づっ……あああああああああ!?!?!?」

 

絶叫が建物を木霊した。

 

「……なに、今の」

 

「シロのやつ……いつの間に我の霧を真似やがったのか……」

 

かなり離れた距離から、ヴォーグの狙撃砲で様子を見ていたレーヴが唖然とする。

 

加速翅だけでは、到底説明が付かない速度だった。

 

「クソ…なんでなんでなんで!!!」

 

両足を切断され、メーヴェは這いずって逃れようとする。

 

「……どこへ行くの?」

 

そんな彼女を、シロは容赦なく踏みつけた。

 

「あぁ、思い出したよ!お母さまを騙したクズの名前!!」

 

「……へぇ?」

 

苦し紛れに放たれた銃弾が頬を掠めたが、シロは笑顔を崩すことなく刃を突きつける。

 

「シャラ……お前とよく似た名前だった!!!」

 

メーヴェは必死に睨みつけるが、その目に反抗の意思はない。

ただ、恐怖を誤魔化すために吠える仔犬のようなものだった。

 

「ふぅん……あなたが大好きなお母さまから聞いたの?」

 

背中に担いでいた狙撃銃を片手で持ち、メーヴェの額に押し当てる。

しかし、メーヴェは血まみれの唇で嗤った。

 

「……私を殺してみる?いいよ。ただし、その後どうなるか責任取れるかな?」

 

「どういう意味?」

 

「私はね__ただの人形じゃないの」

 

突如、メーヴェの全身が黒ずみ始める。

 

まるで彼女の内部で別の何かが蠢いているようだった。

 

『……離れろ!!!』

 

通信越しにヴォーグが声を上げる。

その警告を耳にする前に、シロは本能的に跳躍していた。

 

次の瞬間、メーヴェの身体から異形が大量に溢れ出して辺りに散らばっていく。

 

__これ…やば……!

 

剣を持っているシロの左腕に異形が群がり、一瞬で骨が露わになった。

 

「ヴォーグ!撃って!」 

 

そのまま胴体にまで到達しかけたとき、左肩に砲弾が直撃した。

 

爆ぜるように肩が吹き飛び、衝撃でシロは地面を転がる。

 

「危なかった……あのままじゃ全身……」

 

歯ぎしりしながらも姿勢を立て直したシロは、ヴォーグのいる方向へ目を向けた。

 

その銃口からは煙が立ち上っている。

 

「ありがと。あれを頼めるのはヴォーグだけだね」

 

「礼など後だ。とにかく逃げるぞ」

 

ヴォーグの言う通りだった。

 

大半の異形は、どこかへ散らばったかレーヴが撃破していた。

だが、そこにメーヴェの姿は無い。

 

「大丈夫……?」

 

ライフルを肩に背負い直し、シロは傷を抑えながら立ち上がる。

レーヴが駆け寄り、ふらつく身体を抱き締めた。

 

「なんとか…それより、最悪の事態になったかもしれない」

 

「…どういうことだ?」

 

怪訝そうな表情を浮かべるヴォーグ。

 

「メーヴェは、わたしじゃ殺せない」

 

「いや、今さっき異形に喰われたのを見ただろう?」

 

「女神も本気なんだろうね……」

 

レーヴに支えられながらシロが説明する。

 

「自分が死ぬなら、あんな余裕そうな顔は出来ないはず。つまり……」

 

「……殺しても、生き返るってことか」

 

ヴォーグの声が微かに震える。

彼女の顔からは、いつもの冷静さが薄れつつあった。

 

「そういうこと。少なくとも、わたしじゃ無理」

 

「そんな……」

 

愕然とするレーヴを制し、シロは歩き出した。

 

ヴォーグが重い足取りで付いていく中、シロはある方向に視線を移す。

 

聳え立つ大脊柱は、まるで世界を睥睨しているかのようだった。

 

「そう言えばシロ……腕は大丈夫なのか?」

 

ふと思い出したようにヴォーグが尋ねる。

 

「え?」

 

「いや、だって……」

 

困惑する二人をよそに、シロの傷口から伸びた根がゆっくりと動き出した。

 

「大丈夫。すぐ戻るから」

 

その言葉通り、あっという間に根が腕の形へ変わっていく。

 

__回復が遅い……セルを使い過ぎたかな

 

再生していく身体の感覚に違和感を覚えつつも、シロは前を見据える。

 

「ほら。これでいつも通りだよ」

 

「良かった……」

 

元通りになった腕をプラプラさせてみせる彼女を見て、レーヴは安堵の息を吐いた。

 

ヴォーグは未だ納得できない様子でじっと見つめている。 

 

「……さっき機械根からメーヴェが転移されてきた以上、あれが女神と関係してるのは確実ってことだよね」

 

シロの呟きに、二人は黙り込む。

 

暫く続いた沈黙を破ったのはレーヴだった。

 

「そういえば……ずっと聞こうと思ってたんだけど」

 

彼女は瞳を見つめ、問いかける。

 

「シロって……何者?」

 

そう問い掛けた瞬間、辺りの空気がピンと張り詰める。

 

「わたしは、ただのアーヴドのニンフだよ?」

 

「嘘……そんなわけない。普通なら切られた腕が再生するはずが……!」

 

レーヴは拳を強く握りしめ、声を荒げる。

 

その目に映るのは、恐怖と困惑が入り混じった感情だった。

 

「実験体ってなに……どうして教えてくれないの?」

 

「それは……」

 

言葉に詰まるシロにレーヴは一歩詰め寄り、その胸に拳を叩きつける。

 

「教えてよ!!わたしは……」

 

「おい、やめろ」

 

ヴォーグの制止を振り切り、レーヴは彼女の両肩を掴む。

 

「なんで黙るの!? わたしは……シロの友達なのに!!!」

 

「……ッ」

 

シロは唇を噛み締めたまま、答えられない。

だがレーヴは諦めずに訴え続ける。

 

「ねぇ……お願い……」

 

大きな瞳から零れた一粒の涙が、彼女の頬を伝う。 

 

__もう、隠してもしょうがないか……  

 

シロは意を決して口を開いた。

 

「……わたしは、女王だよ」

 

「え……?」

 

その言葉に、レーヴの思考は停止した。

 

「そんなわけ…だってシロはこうして身体があって……」

 

「"まだ"ある、って言えばわかるかな」

 

シロは優しく微笑むが、その瞳の奥に宿る寂寥感がレーヴの心を抉った。

 

「すべてを終わらせて、新しい窟を創る。それがわたしの役目」

 

深いため息を零すヴォーグの隣で、レーヴは首を横に振る。 

 

「そんなの……嫌だよ……」

 

レーヴの声は弱々しかったが、それでも懸命に拒絶を示す。

 

しかし、シロはそんな彼女の肩に手を置き、穏やかに言った。 

 

「しょうがないの。わたしはそのために生み出されたから」

 

「そんなの……勝手すぎるよ!!」

 

レーヴの表情が怒りに染まり、彼女は反射的にシロの胸ぐらを掴んだ。

シロは抵抗することなく、地面に押し倒される。

 

「勝手でもいい。そうしないと、このホドは滅びる」

 

「だからって……なんでシロが犠牲にならなきゃいけないの!?」

 

レーヴの叫びが、廃墟に虚しく響き渡る。

 

「わたしは……そんなの認めない!」

 

「レーヴ……」

 

シロが何か言いかけた時、ヴォーグの銃口がレーヴを捉えていた。

 

「そのくらいにしておけ」

 

無機質な声が静寂を破り、レーヴの動きが止まる。

 

「シロがどれだけ苦しんでいるのか、お前は知っているのか?」

 

ヴォーグの声は落ち着いていたが、そこには確かな怒りがあった。 

 

「ずっと……一人で戦ってきたあいつの気持ちを理解出来るのか!?」

 

「でも……!」

 

尚も抗議しようとしたレーヴに、ヴォーグが静かに言う。 

 

「もう、何も言うな」

 

その言葉には有無を言わさぬ圧力があり、レーヴは言葉を飲み込んだ。 

 

シロはゆっくりと立ち上がり、ヴォーグに銃を下ろさせる。

そして、二人に向き合った。

 

「レーヴは優しいから……だから、言いたくなかった。ごめん」

 

彼女の表情には悲しみが浮かんでいた。

 

「でも、安心して。まだ時間はあるよ」

 

「時間って……」

 

「女神が復活する前に…止めないと」

 

シロはそう言って、レーヴに向き直った。

 

その眼差しには強い意志が宿っている。

 

「だから……力を貸してくれる?」

 

しばらく沈黙が続いた後、レーヴは小さく頷いた。

 

「……わかった」

 

その返事を聞き、シロは安心したように微笑む。 

 

「それで…結局この後はどうするんだ?」

 

気を取り直し、ヴォーグが尋ねる。  

 

「保管庫の調査は後回し。メーヴェを止める方法を探しに行かないと」

 

シロは銃のマガジンを交換しながら答える。

 

「……探すと言っても、どうするんだ?」

 

「大丈夫…お母さんに聞きに行けばいい」

 

そう言って不敵に笑うと、くるりと踵を返して歩き出した。  

 

「お母さんって……まさか」

 

「メーヴェに枯れ木とかクズとか、酷い事言われてたけどね」

 

半ば自虐的に笑いながらシロは言う。

 

「さて……二人には地獄まで付き合ってもらうよ?」

 

そんな冗談交じりの言葉に、ヴォーグとレーヴは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「で……お前の母は何処にいるんだ?」

 

ヴォーグはやや怪訝そうな目つきで前を進む彼女を見つめる。 

 

「えーっと……下層のもっと下、深層って言うんだけど」

 

シロは振り返ることなく答えたが、その口調には迷いが感じられた。 

 

「どうやって行くの?」

 

レーヴは不安げに訊ねる。

 

「あ、そうか……」

 

そこで初めてシロは立ち止まる。 

 

そして背後の二人を振り返ると、申し訳なさそうに言った。

 

「考えてなかった」

 

その言葉に、レーヴは思わず固まる。  

 

「……おい」

 

ヴォーグの問いに彼女は力無く笑うしかなかった。 

 

「層間連絡線は塞がれてるから……大脊柱から行けないかな?」

 

シロはそう言い放つと再び歩き出す。

 

そんな彼女の背中を見つめながら、ヴォーグは小さくため息をついた。 

 

「……変だな、昔はあんな感じじゃなかったはずなんだが」

 

「吹っ切れたんじゃないかな…わたしのせいでもあるんだけど」

 

レーヴも同意すると、二人は並んで後を追った。  

 

「ねぇ、早くしないと置いてっちゃうよ?」

 

先を行くシロが手を振りながら言う。

 

二人は顔を見合わせると、軽く肩をすくめて歩みを早めた。 

 

「まったく……世話のかかるやつだ」

 

ヴォーグはそう呟きながらも、どこか楽しそうだった。 

 

「それにしても、大脊柱は警備が厳しいよ?」

 

「まぁ、勝てるでしょ」

 

レーヴの質問に対してシロは軽々と答える。 

 

「女神を相手にするんだから、こんなの前哨戦にすらならない」

 

「お前……意外と根性があるな」

 

ヴォーグは感心したような表情を見せた。

 

「当たり前だよ…わたしはこのホドが好きだから」

 

その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。 

 

「そういうところが、シロの良いところだよね」

 

レーヴは微笑んで言った。

 

「そういうとこ……?」

 

「無鉄砲なところが好きなんだよ」

 

「なんだ……褒めてくれてると思ったのに」

 

不服そうに顔を膨らませるシロに、二人は笑いを堪える。 

 

そんな他愛もないやり取りをしていると、ヴォーグがある疑問を口にした。 

 

「……おかしい、何故ガーディナの兵が居ないんだ?」

 

確かに、普段であれば厳重な警備体制が敷かれているはずの大脊柱周辺。

そこにはニンフの気配どころか、自動機械の姿すら確認できなかった。 

 

「なに、この音……?」

 

空を見上げたシロの瞳に映ったのは、西へ向かう多数の輸送機の影。

その中には、多脚要塞を懸架しているものも含まれていた。

 

「……冗談だろ」

 

ヴォーグは唖然として呟いた。

 

「これだけの武装……戦争でもする気か?」

 

レーヴの脳裏に、最悪な予想が浮かぶ。

 

「あの方向……上層との……!?」

 

「まさか……」

 

シロの声が震える。 

 

「急ぐぞ!ここも危ない!」

 

ヴォーグの叫びが響き渡り、三人は一斉に走り出した。 

 

廃墟の狭間を縫うようにして走り続け、ようやく大脊柱の入口に辿り着いた。 

 

「開かない……やっぱりロックされてる!」

 

「こっちだ!」

 

ヴォーグの案内で裏道へ入ると、そこにあったのは地下へと延びる階段。

 

そして、その先には大脊柱内部への通路が続いていた。

 

「こんな道があったなんて……」

 

「……ギプロベルデに単騎潜入した頃のルートだ。まさかまた使う事になるとはな」

 

シロが前方を先導して飛び、二人が続く。

 

地下深くに続く細い通路の壁には、苔が一面に張り付いていた。

 

「敵が居ないのはありがたいけど、流石に不気味だね……」

 

レーヴがぽつりと漏らす。

 

通常なら巡回警備のニンフが必ずいるはずの大脊柱中枢区画は、異様なまでの静寂に包ま

れていた。

 

「……着いたぞ、ここだ」

 

ヴォーグが指さす先にあるのは、見るからに年代物の鋼鉄製ハッチ。

 

表面には複雑な電子ロックと思われる配線が絡みついている。

 

「チッ…昔は無かったんだが」

 

舌打ちをするヴォーグの隣で、シロは狙撃銃を構える。 

引き金を引くと共に蝶番が弾け飛ぶが、それでも重い扉は動かなかった。

 

「これでダメなんて……」

 

「気付かれる可能性が無いとも言えんが……仕方ない」

 

シロとレーヴを下がらせ、ヴォーグは榴弾砲を構える。  

 

轟音と共に炸裂した砲弾が鋼鉄を貫き、破片と共に黒煙が舞い上がった。 

 

「敵影無し…行けるか」

 

ヴォーグが合図を送ると、三人は躊躇うことなく瓦礫の山を乗り越えて先へ進んだ。 

 

「ここは……?」

 

レーヴが辺りを見回しながら呟く。

 

壁や床は金属と樹脂で構成されており、どこか無機質な印象を与える。

天井では大型のファンが回転しており、独特な風の音を響かせていた。 

 

「大脊柱の内部、なんだが……」

 

「やっぱり、誰もいない」

 

シロはそう言いながら、視線を巡らせた。 

廊下の端々には点検用の配管類や冷却装置が配置されているものの、人の気配は全く無

い。

 

「ここの中にいる技師型すら居ないってことは…やっぱり戒厳令が……」

 

レーヴが小声で言った。 

 

「とりあえず、監視カメラは壊して行くぞ」

 

ヴォーグの提案に二人は頷き、それぞれの狙撃銃を構えながら進んでいく。

 

大脊柱内部は円筒状の巨大空間となっており、その内側には無数のケーブルが絡み合って

いた。

 

「……そこ、レーザー」

 

ヴォーグの声に反応し、シロは即座にライフルで壁を撃ち抜く。

引っ掛かると自動機械が起動するタイプのトラップだった。

 

「助かるよ……」

 

ヴォーグが使う拡張頭環には、ホドの中でも最高クラスの探知システムが搭載されてい

る。

 

熱源だけでなく、赤外線も視ることが出来る代物だった。 

 

「大脊柱の構造は完全に把握しているつもりだったが……ここまでとはな」

 

そんな会話を交わしながらも、三人は順調に進行を続けた。

 

シロたちが進むにつれ、天井近くのパイプやケーブルが複雑に絡み合う箇所に出くわし

た。

 

中央には、直径五メートルほどの巨大な円筒が垂直に伸びている。

 

「これは……エレベーター?」

 

「らしいな。これを使えば下に行けそうか」

 

ヴォーグがシャフトに近づく。

 

壁面には操作パネルと思われる金属板が埋め込まれており、ボタンやモニターが微かに光

を放っている。

 

「チッ…ここにもロックか」

 

指紋認証式のセキュリティカバーが下ろされ、触れてみても何の反応もない。

 

「……これ、昔に作られたやつなのかな?」

 

レーヴが眉をひそめながら言う。 

 

「恐らく、大脊柱が最初に作られた時に建造されたものだろうな」

 

「なら、もしかして……」

 

ヴォーグの推測に、シロは頷いて手をかざす。

 

数秒後、赤色に輝いていたライトが緑に切り替わった。 

 

「なんでもありだね、シロの能力……」

 

半ば呆れたような表情でレーヴがこちらを見る。

シロは苦笑しつつ、操作パネルに目を落とした。 

 

「地図を見る限り……下層までは降りられそうかな?」

 

次々とボタンを押していくシロの隣で、ヴォーグは辺りを見回していた。

 

「……なぁ、一旦少しでいいから休まないか?」

 

その声に二人は同時に振り向く。

 

「そうだね……ちょっと疲れたかも」

 

ヴォーグの提案を受け入れ、シロとレーヴは床に腰を下ろした。

 

エレベーターシャフトの陰、わずかな死角に身を寄せ合う。

 

「これから、どうなるんだろうね。わたしたち……」

 

レーヴの呟きに、シロは顔を曇らせた。

 

「わからない。けれど……もう後戻りは出来ない」

 

「そうだな」

 

ヴォーグが静かに肯定する。

 

「何もしないで朽ちるよりは、マシだろう?」

 

「……」

 

レーヴは俯いたまま黙り込む。

 

二人が天井を見上げていると、不意にシロの身体がふらついた。

 

「シロ?」

 

「ちょっと……眩暈が……」

 

シロの身体を支えるレーヴの腕に力がこもる。 

 

「……ごめん。最近、睡眠不足で」

 

「気にするな。休めるうちに休んでおけ」

 

ヴォーグの言葉に頷き、シロは目を閉じた。

 

彼女の呼吸が徐々にゆっくりになっていく。  

 

「……大丈夫、だよね?」

 

レーヴは自分の膝の上で眠り始めた少女を眺めながら呟いた。

 

「問題ない……とも言い切れないか。食料が無いか探してくる」

 

「あ、わたしも!」

 

そんなレーヴの提案に、ヴォーグは軽く頷いた。 

 

羽織っていたコートを枕のように折り畳み、シロを寝かせる。

 

「なら、手分けして探そう」 

 

二人は周囲を見回しながら探索を開始する。

 

しかし、すぐにレーヴが驚いたような声を上げた。 

 

「これ……」

 

レーヴの指さした先には、冷蔵庫のような形をした箱が置かれていた。

 

ヴォーグが駆け寄り、扉を開ける。

 

「補給剤と修復剤……というわけでは無さそうだな」

 

箱の中には、透明なチューブに入った液体が大量に保管されていた。

 

「これって、女王の栄養剤じゃない?」

 

その言葉に、ヴォーグは眉をひそめる。

 

「あぁ……確かに似たものを見たことがある……」

 

「シロにあげたら元気になったりしないかな?」

 

二人は顔を見合わせる。

 

「まぁ、物は試しか」

 

ヴォーグが箱から容器を一本取り出し、シロの所へ駆け寄る。

 

包装を開けると、淡い白に輝く液体が揺れていた。

 

「これなら、飲ませられるかも」

 

慎重に口元に運ぶと、シロはゆっくりと飲み始めた。 

 

喉が動く度に、その身体に少しずつ力が戻っていく。 

 

「やっぱり……効果があるみたい」

 

レーヴは安堵の溜息をつく。

 

「……流石にシロに渡したら無理をしかねない気がするな」

 

その隣でヴォーグは保管庫に目を向け、呆れたような顔をしていた。

 

「そうかも。わたしたちで分けて持っておこう」

 

レーヴはそう言うと、残りの容器を持って来る。

 

「これぐらいあれば大丈夫かな」

 

「あぁ」

 

二人は互いに頷き合うと、それぞれが持てるだけの容器をポーチに入れた。

 

「普通の食料もあって助かったな。ひとまず我々も寝よう」

 

ヴォーグはシロの寝顔を見つめ、小さく笑う。 

 

「そうだね……」

 

レーヴはシロの手にそっと触れ、瞼を閉じる。

 

しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「……」

 

ヴォーグは二人の姿を見守りながら、自身も壁にもたれかかる。

そして、静かに目を瞑った。 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次回投稿は3/29 0:00予定です。

予定なので、普通にズレるかもしれません。

色々と甘い所があるなぁ……と思ってるので後で編集して更新する予定です。

グダグダですみません。

なんとか頑張って最後まで書き進めるので、生暖かく見守ってくださると幸いです。
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