1話『担ぎ上げられ消え去った』
転校初日としては満点の出来だったと思う。挨拶は無難にこなせたし、授業合間の休み時間に合った質問責めにも淀みなく答えられた。初日から何かやらかして変な属性を付与されることもない、とても順調な滑り出しだったといえる。
「しかし疲れたな……」
慣れない環境で一日過ごしたことによって、どうしても精神的な疲れが出てしまった。
十月の放課後はまだ明るい。なのでクラスメイトが帰った後もこうしてしばらく教室に残って休憩を取っている。三十分くらい仮眠したら今日から暮らす寮に向かうことにしよう。そう決め机に突っ伏し寝る態勢を取ろうとしたところだった。ガラガラッと突然教室の扉が開けられ、俺はその音に驚いて飛び起きた。
「あっ、ようやく見つけました!」
綺麗に響く声につられ、扉のほうを見た。
鮮やかな青色の髪をショートボブにまとめ、耳元で左右に細い三つ編みが軽く揺れている。前髪はぱっつん気味に揃えられ、毛先が内側に優しくカールして全体的に整っている。
瞳は澄んだ橙色で、好奇心が溢れるようにキラキラと輝いていた。睫毛が長く影を落とす。
目が合うと満面の笑みを向けてきた。嫌味の無いニコりとした表情に、思わず引き込まれそうになった。
「あなたが転校生の大鐘ヒカリさんですね?」
「あっ?はい、そうですけど」
相手の敬語につられ思わず俺も敬語で答えてしまった。なんだこれ、めちゃくちゃ可愛いなこの娘。緊張しそうになるのを防ぐため、「んんっ」とひとつ咳払いをした。
「何か用で」
「はい!あなたの調査に来ました!」
「調査?」
調査という単語に馴染みが無く、思わず聞き返してしまった。すると彼女は笑顔をさらに輝かせ、ピースサインをこちらに向け言った。
「はい!謎の転校生の実態、この名探偵シェリーちゃんが暴いちゃいます!」
なんだこいつは。引き込まれそうだった感情が一気に無に戻った。自分を名探偵と称し、しかも自分の名前をちゃん付け。
しかも顔と声の良さに気を取られ気づかなかったが、なぜか肩にケープがついたコートを制服の上から羽織っている。熱心なホームズファンだろうか。しかもデカい虫眼鏡を手に持っている。
ないだこいつは。お前の方がミステリーじゃないか。首から上だけは完璧で油断した。首から下は全身ヘンテコ女じゃないか。緊張はもうどこかへ行った。
「あー、よろしくな……改めて、大鐘ヒカリだ」
「はい!よろしくお願いします!あっ、私は橘シェリーです!あなたと同じ1年生です!」
「それで、調査って」
「ええ!転校生であるあなたのことを調べに来ました!いくつか質問に答えていただければと思います!」
名探偵の部分はスルーして会話を続けた。なるほど、休み時間に受けたクラスメイトたちによる質問責めと同じだ。ただそれに探偵ムーブと可愛い顔面が追加されただけ。最初のドキドキはどこへ行ったのか、俺の心はもう随分と落ち着いていた。
「わかった、どうせなら学内を案内してもらいながらでもいいか。休み時間じゃ回りきれなくてな。歩きながら答えるよ」
「それは良い案ですね!任されました!では行きましょう!」
ただ答えるより案内してもらいながらの方が効率的だ。橘に連れられ教室を出ることにした。休憩は十分だった。彼女はもう待ちきれないといった様子。
「橘、ちょっと聞きたいんだが」
「ええっ、私が聞かれる側ですか!?」
「なんで調査なんてしようと思ったんだ?転校生なんて大した不思議じゃないだろ」
先に聞いておきたかった。確かに転校生はイベントのひとつだが、本人が強烈なキャラでもない限りすぐに風化するものだろう。転校生がヤバいだなんて噂は流れてないだろう。
すると橘は人差し指を口に当て、首を少し捻りこちらを見た。やっぱあざといなこいつ。
「面白そうだと思ったからですね!私のセンサーにひっかかったんです!」
そうか、と答えながらも少し苦笑いをしてしまった。随分と娯楽に飢えているようだ。普通の学園生活は極度のミステリー好きには刺激が薄いだろう。彼女の友達は大変なんだろうなと思いを馳せた。
「まぁ、いいか。それじゃ、案内よろしく」
「任されました!」と元気に敬礼ポーズを取ると、早速歩き始めた。
青い髪が軽く揺れ、左右の細い三つ編みが耳元で跳ねる。
瞳は好奇心でキラキラ輝いたまま、俺をチラチラ見ながら質問を連発してくる。
「まずは基本から! 大鐘さん、前の学校はどこでしたか?」
「普通の公立。この学園と違ってボロっちい普通のとこだよ。ここは綺麗で良いな」
「ふむふむ、そこでは何か部活動はされていましたか?パット見ですがしっかり鍛えられているのがわかります!」
「おぉ、わかるか。野球やってたよ。ここでやるつもりはないけど鍛えるのは続けてる」
「なるほどなるほど、興味深いですが次の質問です!好きな食べ物は?」
「味噌汁」
「嫌いな人は見たことありませんが好きな食べ物として挙げる人も初めて見ました!次の質問です!趣味は?休日には何をされていますか?」
「将棋指してる」
「渋い!良いですね!現在恋人はいますか?」
「……いない」
ため息をついた。この調子でどこまで続くんだろうか。
校舎を回りながら、図書館や体育館を案内される。最初に思っていたよりもシェリーの説明は丁寧で、設備やルールをしっかり教えてくれる。合間合間に質問が来るが、会話の流れの中で投げかけてくるのでかなり答えやすい。こちらのペースに合わせてくれ、とにかく相槌が多い。
思っていたよりずっとまともだ。テンションの高さが合わなければ疲れるのかもしれないが、俺としてはこのぐらいアッパーほうが受け取りやすい。今日は話過ぎて疲れたからこっちから会話を振らなくてもいいというのはありがたい。
次に案内されたのは部室棟。一階に入ると、入り口のすぐ脇にある掲示板が目についた。文化祭が近いらしく、色とりどりのポスターや連絡事項のプリントが所狭しと貼られている。
橘がぐんぐんと前に進む中俺は足を止め、少し掲示板に目を走らせた。
「大鐘さーん!置いていっちゃいますよー!」
「おー、今行く」
一階の案内が終わり、二階に差し掛かったところで、突然橘が立ち止まった。
「あれ?何やらあちらが騒がしいですね。行きましょう!」
「絶対そう言うと思ったわ……」
騒ぎを聞きつけたどり着いたのは囲碁部の前。声を出すタイプの競技ではないし、慌ただしい雰囲気が扉の外からでも伝わってくる。トラブルが発生しているのは間違いないだろう。隣の橘が目を輝かせてるのがわかる。すぐにでも乗り込みそうな気配だった。間違いなく止めても無駄だ。
「お邪魔しまーす!事件ですかー?」
「します」と小声で続けて自分も入室する。騒ぎがスッと収まり、驚きと戸惑いを含んだ複数の視線が突き刺さった。結局初日から悪目立ちしてしまったことに悲しみを覚えた。室内には男が四人。うち一人が困った顔をしながら口を開いた。
「あー、今は取り込み中だから遊びなら別の所で……」
「いえいえ!事件の匂いを嗅ぎ付け、この名探───」
「ちょっと待った橘」
「はい!どうされましたか?」
開始3秒で話がこじれそうだったので止めた。介入するにしたってもう少し穏便なやり方があるだろう。コミュニケーション能力はあるのに直球ばかりだ。追い返されるだろうこのままじゃ。俺は橘を制し前に出た。
「いきなりお邪魔してすみません。自分、今日転校してきた1年A組の大鐘ヒカリです。囲碁に興味があって、見学に来ました。彼女は案内です」
「あれっ?さっきの質問では……」
「橘ちょっと静かに」
「あっなるほど、そういうことですか」
察しは早いしちゃんと訂正できるのが橘の良いところだと思う。
「それで、見学は可能でしょうか?」
「あぁ、そういうことだったか。来てくれてありがとう。でも今は少し慌てていてね……」
いきなりドカドカと部室に踏み込んで来た二人が無礼者ではなくただの見学だったとわかり、少しあったトゲトゲしい雰囲気は無くなったように思える。これで多少はスムーズに事を運べるはずだ。
「何か問題がありましたか?」
「うん、そうなんだ……困ったことに碁石がいくつか無くなっていてね。皆で探していたところなんだ。それとここには一年生しかいないから敬語じゃなくても構わないよ」
「わかった、そうさせてもらう。良かったら俺たちも探すの手伝うよ」
部員達は俺達を警戒していた目から元の困り顔に戻り、協力の申し出を受け入れてくれた。隣の橘がパッと明るい表情になった。会ってからずっと明るいが。
「昨日は確かにここにあったんだけど……」
1人の部員が碁盤を指さした。
盤の上には碁石が並んでいるが、盤の側にあるはずの碁石が箱ごと失われていた。なるほど、碁石が数個無くなっているとかではないのか。それは大事だ。
もう我慢ならんとばかりに口を開いたのは橘。まぁ協力の許可は得たし自由にさせよう。
「事件ですね!私にお任せください!碁石消失の謎!解決して見せます!」
「こいつは橘、見ての通り名探偵」
「「……」」
デカい虫眼鏡を構えての宣言に言葉が出ない部員たち。初心者らしい反応だ。慣れたら可愛く感じるものだが。
部員たちが「なぁこの娘って……」とヒソヒソ話している声が聞こえた。わかっていたことだが彼女は随分な有名人らしい。それも多分悪い方面にだろう。このヘンテコな服装で色んな問題に首を突っ込んでいる姿を簡単に想像できた。
橘は部室をぐるぐると歩き回り、碁盤や棚、ロッカーを調べ始める。
「昨日は誰が最後に触りましたか?」
部員の一人が戸惑いながらも答える。
「あ、あぁ……俺たちだ。文化祭で囲碁を教える予定でな。昨日少し並べた後そのまま置いて帰ったよ。その時は確実にあったはずだ」
「ふむふむ。無くなったとわかったのはいつのことですか?」
「俺たちが来た時には既に無くなっていたな」
「施錠は?」
「していたよ。開けたらこの通りだ」
「なるほどなるほど。無くなった箱に何か特徴はありますか?」
「ここに残ってるのと変わらないやつだ。ああいや、文化祭用とか書かれたラベル貼ってあったっけ?」
「そうだな。今日休みの部長がなんか熱心に貼ってたやつな」
思ったよりもしっかりしていた。先ほどの質問会の時もそうだったが、何かを知ろうとしている時の橘は落ち着いている。そこまでのアプローチが雑なだけで。それからなるほど、文化祭用か。
「ふーむ……なるほど、難解です。実に不可解です!」
橘は腰に手を当て、もう片方の手で虫眼鏡を覗き込みながら、部屋の床にしゃがみこみながら調べ始めた。
「窓の鍵は閉まっていました。扉も施錠されていた。つまりこれは『密室消失事件』です!」
めちゃくちゃ嬉しそう。続けて口を開く。
「犯人は壁をすり抜ける透過能力の持ち主か、もしくはこの中に……」
橘が部屋を見渡した。部員たちは「えぇ……」と引き気味に後退った。
「橘、飛躍しすぎだ。」
「大鐘さん!これは名探偵の直観です!犯人はこの中に───」
「いない。囲碁部員が盗むメリットがない。文化祭を邪魔したいんだとしても別のを用意されれば意味ないんだ」
俺はため息をつきながら、橘の襟首を軽くつまんで立たせた。彼女は「んぇ」と情けない声をあげながら大人しくなった。これ以上失礼して悪い印象を持たれるのも問題だ。俺から部員の一人に声をかけた。
「ひとつ聞きたいんだが、この部室にある他の備品で、同じように『文化祭用』のラベルが貼ってあるものはあるか?」
「え?ああ。あそこにある折りたたんだままのパイプ椅子とかも貼られていたよ……あれ?」
指指した先を見て、部員たちが顔を見合わせた。
「あれ!?三つあったのに一つしかない!?」
「えぇ!?連続消失事件ですか!?」
「違う」
橘が更に目を輝かせ始めたが、俺はその頭を軽く小突いて制した。
「橘、部室棟に入ってここに来る途中で何を見た」
「ええと、何でしょう?……大鐘さんのお顔ですね」
「……違う、掲示板だ」
橘は「はて?」と首を傾げている。何て恥ずかしいこと言いやがるんだ。部員たちが凄い顔でこっち見てるぞ。
記憶力は悪くないと思うが、刺激的じゃないものはスルーするタイプなのだろうか。
俺は部員たちに向き直った。
「掲示板に書いてあった。今日は文化祭実行委員による備品回収の日だって。
『各部活、文化祭で使用する物品は検査のため、一度体育館横の仮設倉庫に集約すること。物品には必ず指定ラベルを貼っておくこと』ってな」
部室内が静まり返った。
一人がハッとしたように声をあげる。
「あっ……!そういえばこの学校そんなルールあったな……」
「つまり、犯人は泥棒でも能力者でもない。仕事熱心な実行委員の方々だ。大事な仕事らしいし鍵を持って放課後すぐに回収したんだろう。なんてことはない。ここにいるみんなは一年だし、不慣れなルールに混乱しただけだ。部長さんの連絡ミスだな」
「えええええーーーっ!?そんなぁ!そんなのアリですか!?事件性が皆無じゃないですかぁ!」
ガックリと肩を落とし、その場に崩れ落ちた橘。探偵の出番が来なかったのが相当ショックだったらしい。虫眼鏡を手放して頭を抱えていた。
「事件じゃないほうがいいだろ……みんな、気になるなら体育館横とやらに行けば見つかるはずだ」
「あ、ああ。ありがとう大鐘君。助かったよ」
部員たちは苦笑いしながらも、安心して部室を出ていった。嵐が去ったような静けさが残る。
俺はまだ床でいじけてる青頭を見下ろした。
「ほら、案内の続き頼む。もう遅いし寮までな」
「……はぁい」
楽しみを奪って悪かったとは思う。でも答えを知りながら困ってる人たちの前で謎解きに付き合うのはどうかと思った。
それをわかってくれたのか、橘はしょんぼりしながらも役目を思い出して立ち上がってくれた。俺は落ちたままの虫眼鏡を拾って軽く拭いてから手渡した
「ほら、忘れ物」
「あっ、ありがとうございます。では行きましょうか!」
切り替えが早いのか、虫眼鏡を抱え、目に光を戻した橘が先に部屋を出た。
部室棟から出ると、空はさらに赤みを増していた。
校舎の影が長く伸び、涼しくなり始めた風が、橘の青い髪をさらさらとなびかせる。
少し歩くとすぐ、体育館から帰ってきた部員たちと出会う。どうやらちゃんと確認できたらしく、これで無事解決だ。
時間も遅くなってしまったし、見学はまた今度ということになった。
寮への帰り道を二人で歩く。隣には橘。道はわかっているが一応の案内を引き受けてくれた。しかし今までの元気はなく、何か考え込んだ様子。会ってから初めて無言の時間が生まれたんじゃないだろうか。
気になって顔を覗き込むと、吸い込まれるように目が合った。その真剣な表情に少し驚いていると、橘は口を開いた。
「大鐘さん、掲示板なんていつの間に見ていたんですか?私、全然気づきませんでした」
「ん、部室棟に入ってすぐ。橘が変なポーズで俺を呼んでた時」
「変なポーズじゃありません!探偵の舞ですよ!プンプン!」
「舞ってなんだよ」
真面目なトーンで話しかけられ、驚きを誤魔化すように茶化してみるとさっきまでの明るさが戻った。
しかし彼女は探るような顔をしてこちらを覗き込んだ。
「でもでも、そんな一瞬目を通しただけで内容まで覚えてるなんて、やっぱり大鐘さんはただの転校生ではありませんね!」
そういえばそういう話だった。案内がメインになってたからすっかり抜け落ちていた。
「偶然だよ。普通の転校生だ」
「しかし、あの事件解決の手口は見事でした!非常に鮮やかで素晴らしい推理でしたよ!」
「えぇ?大したことないだろアレは。事件じゃないし」
謙遜ではなく本当にそう思う。ミステリーとしては盛り上がりのカケラも無かっただろう。助手役?が答えを事前に知っていて、探偵の出番を取っちゃったんだぞ。
しかし橘は軽く首を振った。
「いえいえそうではありません。私が素晴らしいと感じたのは大鐘さんの振る舞いです!あの結論は確かに可能性が高いものでしたが100%絶対だとは言えなかったはずです。どうして確信していたんですか?」
振る舞い、か……
少し考えて答えを出す。
「確かに、絶対合ってるとは言えない。でもそうするべきだと思った。あそこにいた部員は皆一年。そこで管理ミスがあれば責任の所在なんかで不安だろうし、こっちが自信持って答えを示せば安心させられると思った」
そうだ。そうするべきだと思ったからだ。橘の娯楽を奪ってでも彼らの不安を解消するのが最善で、それが正しいと思った。
彼女が「やっぱり……」と小声で言ったのをギリギリ聞き取れた。こいつのこんな小さい声、初めて聞いた。
「大鐘さん」
「今度はどうした」と返事をしようとした瞬間、急に橘に両手を握られた。
その素早さに困惑していると、橘は今日一番の明るい表情を見せた。
そのまま両手を顔の前まで持ち上げ言った。
「やはり私の目に狂いはありませんでした!あなたは私のライバルです!」
「はァ!?」
「まさか転校生が名探偵だなんて!すごい運命です!」
今日一番のテンションの高さだ。ずっと高かったのにまだ上があったらしい。
こちらが理解に苦しんでいる間も興奮が収まらないのか、握った手を上下にブンブン振られる。てか痛い痛い!力強い!この細腕でどんなパワーだ!
「あっ、すみませんっ。つい……」
「いや、大丈夫……」
悪意が無いのが逆に困り者だ。人生最速の動きを見せた腕を労わりつつ、続きを促す。
「それで、ライバルって」
「はい!探偵仲間で、そしてライバルです!」
橘はひとつ「コホン」と咳払いをして仕切り直した。
「初めて入った場所でも衰えない観察力、歓迎されていない集団に取り入るその機転、自分の推理を信じ抜く自信。そして何よりも、依頼人を第一に考えるプロ意識と責任感。ええ、あなたは間違いなく私のライバルにふさわしい名探偵です!」
「ストップ、頼む。まじで」
どんだけ褒めるんだこいつ!途中から恥ずかしくて聞いてられなかった。こんなド直球に褒めちぎられるとどんな顔していいかわからないだろうが。それでも橘に止まる気配は無い。
「あぁ、今日はなんて良い日なんでしょう!大鐘さん、転校して来てくれてありがとうございます!」
「───」
……転校して来てくれてありがとう、か。そんなこと言われるとは思わなかった。真っすぐにそう言ってくれた橘と改めて向き合う。もう照れは無い。
「橘、今日はありがとうな。楽しかったよ」
「……?いえいえ!こちらこそですよ!」
「良かったらまた頼っていいか?」
「ええもちろんです!まだまだ大鐘さんの調査は続きますよ!」
「それはもう勘弁してくれ……」
二人で連絡先を交換し、いよいよ寮へ近づいてきた時、橘がふと口を開いた。
「今更なんですけど、なんであんなルールがあるんですかね?」
「ルール?」
「ほら、あの文化祭備品の一斉回収です」
「転校生に学校のルール聞くなよ……」
校則とか読んでないんだろうか。読んでないんだろう。呆れながら答える。
「この学園には魔法少女クラスがあるだろ。魔法使える生徒集めたやつ」
「ええ、そうですね?」
なぜ疑問形なのか。さすがにそれすら知らないわけがない。構わず続ける。
「文化祭は一般客も来る。文化祭に使う備品に何かの魔法が付与されてて客に影響があったら大ごとだ。それで事前に検査して問題無いかを調べるんだよ」
「ええーっ!?私たち、そんなことしませんよ!」
「お前らにその気が無くてもそうなっちゃうことが───えっなんて?」
「私、そんなことしません」
「……」
そんなことしない?えっ?
「た、橘……お前クラスって」
「はい、魔法少女クラスです。あれ?言ってませんでしたっけ?」
「そうか……魔法少女……」
今日の放課後は衝撃ばかりだったが、最後の最後に一番特大の爆弾が投下された。橘が、魔法少女……
「ち、ちなみになんだけど、その……橘の魔法って聞いてもいいか」
聞いて良いものかわからなかったが、どうしても知りたくて聞いてしまった。クソ、緊張してちゃんと喋れない。いきなりしどろもどろになった俺に少し疑問を持ったようだが橘は何でもないというふうに答えてくれた。
「えぇ、構いませんよ。私の魔法はいわゆる怪力というやつです。あっ、先ほどはすみません」
「怪力……そういうことか」
手を握られた時の事を思い出す。この細い体であれだけの力強さだ。そうか、魔法だったのか。橘自身がマジカルすぎて考え及ばなかった。
「でもさっきのは全力じゃなかっただろ?」
「そうですね。全力だったら事件でした」
「探偵が犯人の倒叙ミステリーになっちゃうな」
良かった。調子が戻ってきた。橘も特に気にした様子は無い。もう少し踏み込んでも構わないんだろうか。
「魔法、ちょっと見せてもらっても良いか?見るの初めてで興味あるんだ。もちろん無理にとは言わないから」
「もちろん良いですよ!ふむ、でも困りましたね。周辺に重そうなものはありません。建物を壊すと怒られますし」
そりゃそうだ。やっぱりまだ動揺しているようだ。何か固い物でもあったかなとカバンの中を探ろうとした時、橘が「あっ、そうです!」と相変わらず元気な声をあげた。
こちらに近づく橘。ドキリとする暇もなく体が一瞬宙に浮き、視界が変わった。
「どうでしょう!私の乗り心地は!」
「ええぇぇ!?すごっ、すごい!」
ひょいと軽く持ち上げられ、そのまま橘の肩に担がれる俺。突然の事に驚くも、上がるテンションを抑えつけられない。俺体重結構ある方なのに荷物みたいに運ばれてるんだ。こんなの絶対恥ずかしいはずなのに興奮が止まらない。女の子の柔らかさなのに、肩に食い込む力はダンプカー並みだった。これが魔法かと思わず声が上擦る。
「橘、何これすごい!安定感ヤバい!」
「あははっ、楽しそうで何よりです!近いですしこのまま寮まで行きましょうか!寮は男女で棟が分かれていますが、ラウンジや食堂は共用です。ご一緒する時は是非よろしくお願いしますね!」
「えっ、このまま!?」
それはさすがにマズイ。この時間は部活終わりの人も多いはず。入寮初日からどんな悪目立ちだ!
てか今もめちゃくちゃ周りに見られてる。何やってんだ俺は。冷静さを失ってるんじゃない。せめて寮までに下ろしてもらわねば。
「橘ぁ!ちょっと待て!まじでちょっと待て!」
「さぁ大鐘さん!今日はお疲れでしょうしこのまま寮まで運んで行ってさしあげます!」
「その優しさはいらないからぁ!?」
結局、俺は転校初日から探偵の女の子を連れ回し、その肩に担がれて帰ってきた男として噂になっていた。マイナス5000点の転校初日だった。
まのさばの美少女ゲームやりたい