絶対ギスらせない!絶対ギスらせない!
「まずい、本当にまずい……」
手元の教科書に並ぶ、難解な現代文と歴史の羅列を見つめ、俺は本日何度目かわからない溜息を吐き出した。
十一月も終盤に差し掛かり、校庭を彩っていた紅葉はすっかり地面を埋め尽くしている。窓の隙間から入り込む風は日ごとに冷たさを増し、文化祭のあの熱狂が遠い昔の出来事のように感じられた。
学園には「期末テスト」という名の冷酷な現実が忍び寄っていた。
場所はいつものクラスの教室。俺は一人、教科書という名の巨大な壁と対峙していた。
今の俺にとっては何よりも、この紙束を攻略することが重要だ。かつてのように野球を言い訳に、スコアブック以外の文字から逃げることはもうできない。この学園に拾ってもらった一人の学生として、俺にできる最大の誠実さの示し方は、目の前の課題から目を逸らさず、最善を尽くすことだけなのだから。
「ちょっと意外かも。大鐘くんが勉強苦手だなんて」
隣の席で、桜羽がクスクスと喉を鳴らした。最近まで体調を崩して寝込んでいた彼女だが、二階堂の手厚すぎる看病が功を奏したのか、今はすっかり顔色も良くなっている。いつもの穏やかな、けれどどこか吸い込まれそうな熱量を帯びた笑みを浮かべ、病み上がりの瑞々しさを纏った瞳でじっと俺を射抜いた。
「なぜかよく言われる。そんなに何でも器用にこなせそうに見えるか?」
「うん。どこかヒロちゃんみたいに、どんなことでも完璧にこなすイメージがあったかな。……でも、そんな大鐘くんの役に立てるなら、ボクはとっても嬉しいな」
「ありがとうな桜羽、今日は頼む。遠野もな」
「……ふん、仕方がありませんわね。このままあなたが赤点など取っては困りますもの。わたくしが直々に手伝って差し上げますわ」
前に座った遠野が呆れたように肩をすくめて見せた。
元々、今日は以前課題を手伝ってもらった縁で橘に勉強を教わりにクラスへ足を運んだのだが、肝心の名探偵は二階堂に呼び出されているらしく教室にはいなかった。正直に「勉強がまるでダメなんだ」と白旗を揚げたところ、居合わせた二人がこうして助け舟を出してくれたというわけだ。
「……ありがとうな。本当に助かる」
俺が素直に礼を言うと、二人は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それからそれぞれの色をした微笑みを浮かべた。
「……桜羽、体調はもう大丈夫なのか? 無理して付き合わせてるんじゃないかと思ってな」
ペンを置き、改めて隣の少女に向き直る。彼女は首を小さく横に振ると、少しだけ寂しげに眉を下げて微笑んだ。
「大丈夫、もうピンピンしてるよ。……でも、やっぱり文化祭、行きたかったな。ボクだけ置いていかれちゃったみたいで、ちょっとだけ悲しかったんだ」
「そうか……。まぁ、そう落ち込むな。来年があるだろ。来年は、ちゃんと一緒に行こう」
俺が真っ直ぐにそう告げると、桜羽の瞳にパッと灯がともった。
「……うん! 約束だよ、大鐘くん。えへへ、なんだか元気が出ちゃった」
彼女は弾むような笑顔で応じると、ふと思い出したように身を乗り出してきた。
「ねぇ、大鐘くん。文化祭はどうだった? 楽しく回れたかな」
「ああ、そうだな。遠野のおかげで楽しく回れたよ。遠野がいなかったら、俺一人で迷子になってたかもしれないしな」
俺が素直な感想を口にすると、向かい側に座っていた遠野が、微かな喜びを瞳に宿らせた。だが、彼女はすぐにツンと顔を背け、いつもの凛とした表情を作り直す。
「わたくしがエスコートしてさしあげたのですから当然ですわ。……というか、大鐘さんほどではありませんが、エマさんも勉強はあまり得意な方ではありませんでしたわよね? 教える余裕などありますの?」
「えっ、あはは……ボク、前のテストがあんまりだったから今回はちゃんと頑張ろうと思ってちょっとずつ勉強してたんだ。ちょうど良かったな」
「感心ですこと。向上心を持つのは、非常に良いことですわ」
遠野は満足げに頷き、家庭教師が教え子を導くようなどこか誇らしげな手つきでノートを広げた。それを合図に、三人の勉強会は静かに再開された。
二人の対照的な教え方に翻弄されながらも、俺は必死にペンを動かしていく。教えを乞うてるうちに、ふと、俺の中で奇妙な違和感が芽生える。桜羽の要点のまとめ方や、時折見せる解説の切り口が驚くほど理路整然としている。教え方は拙いが、その思考の筋道は驚くほど整理されているように見える。
(本当に勉強苦手なのか?)
そんな予感が頭をよぎる。前のテストの結果が悪かったと言っていたが、今の彼女を見ていると、学力が低いようには思えない。だが、学問の素養に欠ける俺がそれを指摘したところで、見当違いの無礼になるだけだ。俺は疑念を飲み込み、再び手元のノートに視線を落とした。
「……あ、桜羽。そこは違うんじゃないか。さっきのページだと別の解釈だったと思う」
俺が控えめに指摘すると、桜羽はハッとしたように目を丸くし、慌ててテキストを覗き込んだ。
「あ……本当だ! ごめんね大鐘くん、ボクが間違えちゃった。せっかくやる気になってるのに、邪魔しちゃったかな……」
申し訳なさそうに肩をすくめる彼女を見て、俺はやはり気のせいだったかと考え直す。俺のため、苦手なりに必死にやってくれているのだろう。
「いや、謝る必要はない。ただ一方的に教えられるより、こうして『あれ?』ってラリーがあった方が、かえって記憶に定着するから助かる。気にせず続けてくれるか?」
そう言ってフォローを入れると、彼女の瞳に安堵の光が戻った。
「えへへ、ありがとう。大鐘くんは本当に優しいね。じゃあ、今度は間違えないように頑張るね」
桜羽は弾むような声で感謝を口にし、再び楽しげに俺のノートにペンを滑らせ始める。
そんな俺たちの和やかなやり取りを、正面に座る遠野が一言も発さずにじっと見つめていた。その翠色の瞳には、いつもの誇らしげな色はなく、どこか遠くを眺めるような寂しげな色が混じっている。
「……大鐘さんは本当に優しいですわよね」
ふいに漏れた彼女の呟きは、感嘆というよりは、何かを再確認したかのような、小さな溜め息に近いものだった。
「そうだよね! 大鐘くんは誰にでもとっても優しいと思うな」
気にした様子も無く、桜羽は無邪気な笑顔で答える。そんな彼女の迷いのない言葉に、俺はかえって居心地の悪さを感じて視線を逸らした。こちらとしては勉強に付き合ってもらっているだけでありがたいのだから、間違い一つで文句など出るわけもない。当たり前の反応をしているだけなのに褒められるとむず痒くなる。
「あっ、でも大鐘くん、ボクと二人でいる時はいつもと変わった感じになるかも。優しいけど、ちょっと意地悪にもなるよね」
不意に桜羽が俺の顔を覗き込んできた。心臓が跳ねる。
脳裏をよぎったのは、二人で出かけた買い出しの記憶。あの時、浮ついた空気に流されて柄にもなく軽口を叩いたり、動揺したりしていた自分の姿が、鮮明に蘇ってくる。
「……何を言ってるんだ。俺はいつでも冷静運転だ。変なこと言うな」
「あら、興味深いですわね」
俺は必死に声を平坦に保とうとしたが、自分でもわかるほど動揺し、不自然に早口になっていた。
そんな俺の隙を、正面の遠野が見逃すはずもなかった。彼女は静かに目を伏せ、カップの縁を指先でなぞる。その所作は優雅だが、言葉には確かな重みが宿っていた。
「エマさん、気をつけてくださいな。この方、文化祭の時にはわたくしと二人の時『だけ』、つい冗談を言いたくなるなんて、甘ったるいことを抜かしてましたのよ。……この男、きっと誰にでもそういうことを言いやがるんですわ」
「いや、それは……その、状況が違うというか。俺としてはな……」
「そうなの大鐘くん?」
遠野は一見するといつものように落ち着き払っているが、その実、言葉遣いが僅かに荒くなっており、ペンを握る指先には隠しきれない力が籠もっている。対する桜羽は、花が咲くような笑顔を崩さないまま、その実、一切の瞬きをせずに俺の回答を待っていた。
俺が必死に言葉を探していると、桜羽がふと思いついたように人差し指を顎に当てた。
「ねぇ、もしかして……。大鐘くんって、シェリーちゃんがいる時は、特に優しいんじゃないかな。だから、いつも一緒にいるボクたちも大鐘くんはそういう人だって思ってるんじゃないかな」
「……は?」
予想外の角度からの送球に、俺は思わず間の抜けた声を上げた。桜羽は確信を得たように、さらに身を乗り出してくる。
「ボクたちの前では意地悪したり冗談言ったりするのに、シェリーちゃんの前だと、なんだか背筋を伸ばしてる気がするんだ。……それって、シェリーちゃんのこと、特別に意識してるってことなのかな?」
桜羽が目を細めて尋ねる。それに即座に、かつ鋭い勢いで同調したのは遠野だった。
「そうですわそうですわ!あなた、シェリーさんの前では妙に凛々しくあろうとしていますわ!この前は誤魔化されましたけれど、今回はそうはいかねえですわよ!」
「だからそんなんじゃないって……」
遠野のペンを弄る手つきが、先ほどよりもどこか落ち着きを欠いている。なぜさっきから怒ってるんだこいつは。
「では、教えてくださいな。あなたにとって、あの方はどういう存在ですの?」
「ボクも気になるな」
二人の眼差しが、俺の内側を透かそうとするかのように向けられる。
俺は僅かに沈黙し、胸の奥にある橘シェリーへの感情を、丁寧に整理してから口を開いた。
「……確かに、橘のことを良く思っているのは事実だ」
「ふん、結局はそうじゃありませんの」
「そっか……」
遠野は小さく息を漏らし、どこか寂しげに目を伏せた。桜羽は表情を変えず、ただ静かに俺の言葉の先を待っている。俺は、彼女たちの反応を汲み取りながらも、誤解のないよう言葉を慎重に選んで続けた。
「だが、それは好きとか恋愛といった類のものじゃない。……なんというか、自分でもよくわからないが、あいつに対しては、忠義みたいなものがあるんだ。暗い所から引っ張り出してくれたって感謝がある。でも、好きとか嫌いとかそういうんじゃないことだけは確かだ」
俺が慎重に言葉を選びながら、しかし真剣に、そして少しばかり熱を込めて語ると、教室に静寂が訪れた。二人は呆気に取られたように俺を見つめている。驚いたような、あるいは何か珍妙な生き物でも発見したかのように。
「……なんだか、すごいね、大鐘くん。想像の斜め上をいく真っ直ぐさというか……ボク、ちょっとビックリしちゃったかも」
桜羽が感心したように呟く。一方で、遠野は納得がいかないといった様子で、呆れたようにため息を吐いた。
「……よくわかりませんわ。それは結局、好きという言葉を小難しく言い換えただけではありませんの?あなたという人はどうしてそう素直になれませんの」
「だから素直な気持ちなんだってこれが」
なぜか遠野は信じられないものを見るような目でこちらを見続けている。
「ふん、そんな出会って間もない相手にすぐ忠誠なんて誓って……大鐘さんの前世は、きっとご主人様に忠実な犬だったに違いありませんわ。でっかい犬ですわ」
「真面目に話しただけなのになぜここまで言われなきゃいけないんだ俺は」
「あはは……でも、大鐘くんが忠犬ってちょっとわかるかも。とっても真面目だし」
「お前の方が犬だろ絶対」
先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら、二人はクスクスと笑い始めた。せっかく格好良く決めたはずの俺の忠義は、彼女たちの前ではただの忠犬エピソードへと成り下がってしまったらしい。
心の中で深い溜息をつく。そんな俺を肴にした賑やかな笑い声が、放課後の教室を包み込んでいた、その時だった。
ガラッ、と。
その場の空気を一変させるような、遠慮という言葉を知らない音を立ててドアが開かれた。
「あれ、エマっちにお嬢。それにオーガも一緒じゃん」
現れたのは、制服姿でありながら、全身からオーラを放つ少女、沢渡ココだった。
いつものように奔放にハネるウルフカット。その隙間から覗く鮮やかなオレンジのメッシュ。琥珀色に燃える瞳は、獲物を値踏みする猫さながらの鋭さと、子供のような無邪気さを同居させて爛々と輝いている。
「勉強会してんの? あてぃしも混ぜてよー。さっきからヒロっちが『テスト前だ、集中しろ』とかマジトーンでうるさくてさぁ。音速でバックれてきたってわけ」
手に持ったスマホを、まるで体の一部のように弄びながら、反応を待たずにこちらへと歩んできた。
「構いませんが……。参加するからには、真面目にやるように」
「わかってるっての」
釘を差す遠野だが、沢渡は「相変わらずお嬢はカタいねー」と八重歯を覗かせて笑うと、当然のように空いている俺の隣の席に座った。
「んじゃオーガ、頼むわ。パパっと教えてくんね?」
「俺に頼るな。……というかお前なら答案を覗くなんてお遊びだろ。勉強なんて必要ないんじゃないのか」
冗談半分でそういうと、沢渡は心底嫌そうな表情で俺を睨んだ。
「はいはい、出た出たキモオタ。これだから能力に夢見てる系はキモいっての。あてぃしの千里眼をそんなショボいことに使えるわけねえじゃん。そもそも、ヒロっちの検閲がマジで厳しくてさぁ。それともオーガが体張ってあてぃしにカンペ見せてくれんの?」
「キモオタ言うな。俺が協力したところで赤点が一人から二人に増えるだけだ」
「えっ、オーガアホだったん!? だからギャップ萌え狙うにしてもベクトル間違えすぎなんだって、マジで」
「狙ってねえよ」
俺たちがそんな、どこか噛み合わない会話を繰り広げていると、正面から刺さるような視線が届いた。遠野と桜羽が、まるで見知らぬ言語の会話を聞かされているような顔でこちらを注視している。
「二人って仲良かったんだ……」
桜羽が少しだけ目を丸くして、俺と沢渡の顔を見比べる。
「……大鐘さん。あなた、いつの間にココさんとそこまで、その、独特な親交を深めていらっしゃいましたの?」
遠野の問いかけは静かなものだったが、その翠色の瞳の奥には、鋭いナイフのような光が宿っていた。
「ん? ああ、まぁ、色々あってな」
俺は何でもないことのように答えたが、実際は黒部とのキャッチボール中に彼女と出会って以来、妙な縁が続いていた。お世辞にも面白いとは言えない彼女の過疎配信だが、こちらがスマホに向かって呟けば、彼女の千里眼によって即座に応答が返ってくる。その魔法的なやり取りに妙な感動を覚えてしまい、気づけば頻繁に視聴するようになっていたのだ。
「ほら、オーガってキモオタじゃん? こいつあてぃしの魔法にメロメロでさぁ。しつこく付きまとわれてんだよね」
「あっ! こら言うな!」
心臓がドクンと跳ね上がった。
よりにもよって、遠野の前でその事実をバラされるとは。俺が重度の魔法好きであることは、あの日、彼女の浮遊魔法を熱心に考察して以来、俺と遠野だけの秘密だったはずなのだ。
「えー?あてぃしの配信いっつも見に来るじゃん。ニヤニヤしながらさ、千里眼がどうとかって聞かされてんだって」
「それは……その技術的な興味であって……」
俺は言い淀み、額から冷や汗が流れるのを感じた。
どうにかリカバリーしようと思うも、言い訳を重ねれば重ねるほど、泥沼に嵌まっていく感覚しかない。焦燥に駆られて視線を彷徨わせると、正面に座る遠野と目が合った。
「へぇ……」
地吹雪のように冷たい声だった。
遠野はパチンとペンを机に置いた。その表情からは一切の温度が消え失せ、代わりに、底知れない静かな怒りが教室の空気を凍てつかせていく。
「わたくしだけだと思っておりましたわ。あなたのその、救いようのない魔法好きっぷりを受け止めて差し上げられるのは。わたくしという理解者がいてこそだと思っていましたのに……」
遠野はこれ以上ないほど静かに、俺を糾弾するように凝視した。
「いや、違うんだ遠野。あれはあくまで配信というプラットフォームにおける千里眼の活用例としてだな……」
「黙りなさい! この浮気者! 節操なし! 」
遠野の怒りがついに沸点に達した。彼女はお嬢様らしからぬ動作で、その小さな拳を机にバンバンと叩きつけた。
「あちこちの女性に自分の性癖を晒して歩くなんて……大鐘さん、あなたはそんなに、誰彼構わず魔法の話ができればそれでよろしいんですの!? わたくしとのあの時間は、あなたにとってその程度の価値でしたのね!」
「性癖って言うな! 語弊がありすぎるだろ!」
「ぎゃはは! オーガ、お嬢にマジギレされてんじゃん。ウケるんですけど!」
沢渡が身をよじってゲラゲラと笑う傍らで、遠野は肩をいからせてこちらを睨みつけている。今日はずっと怒っていたような気がするが、一番の余裕の無さだ。自分だけの特等席を土足で荒らされたような、子供じみた、けれど切実な憤慨がそこにはあった。
「遠野、誤解なんだ。お前は特別だ」
「何が、どう違いますの!? 口先だけならなんとでも言えますわ!」
遠野の圧力に負けず、俺はガタリと勢いよく立ち上がった。
「いいか、よく聞け! お前の『浮遊魔法』はな、人類が数千年も前から抱き続けてきた空を自由に飛びたいっていう根源的な夢そのものなんだ! 重力っていう、俺たちを地面に縛り付けている重い鎖を、お前はただその意志一つで、いとも容易く断ち切ってみせる。あの質量がふわりと浮き上がる瞬間、世界から重みが消え去るようなあの感覚……あれこそがロマンの塊じゃなくて何なんだ! お前が宙を舞う時、そこには物理の限界を超えた真の自由があるんだぞ。あの凛とした立ち姿で重力を支配するお前こそが、俺にとって───」
呼吸を忘れたような早口で、俺は一気にまくし立てた。教室の窓から差し込む夕日が、俺の熱弁を無駄に劇的に照らし出す。だが、その熱量に反比例するように、教室内は深い静寂に包まれた。
「……ストップ、ストップですわ! なぜそこで急に、息もつかずに饒舌になりますの!? 少し気持ち悪いですわよ、あなた!」
遠野は顔を真っ赤にしてこちらに両手を突き出す。その瞳には戦慄が浮かび、怒りを忘れてしまったようだった。
「ぎゃははは! オーガマジでキモい!」
沢渡は腹を抱え、机をバンバンと叩いて笑い転げる。その笑い声が一段落すると、彼女はニヤリと、獲物を追い詰める猫のような邪悪な笑みを浮かべた。
「じゃあさ、ハッキリさせてよ。あてぃしのキラキラした千里眼と、お嬢の浮遊。……オーガは、どっちの魔法が一番好きなわけ?」
教室の温度が、一瞬で数度下がったような気がした。
あまりにも直球すぎるデッドボール。隣に座る沢渡からは好奇心の、正面に座る遠野からは言葉にできないほどの巨大な期待と不安が混じった、刺すような視線が飛んでくる。
「わ、わたくしも、そんなこと興味ありませんけれど……まぁ、あなたがそこまで語るのなら、参考までにどちらに軍配が上がるのか聞いてあげなくもありませんわ」
遠野はそっぽを向きつつも、耳をこちらに全集中させている。ペンを握り直した指先がわずかに震え、彼女の先ほど怒りが、一転して極限の緊張状態へと変わっていた。
「え、えっとな……」
「キョドんなって。ほら、どっち」
沢渡がさらに身を乗り出してくる。この絶体絶命のピンチをどうリードすればいいのか。右に千里眼、左に浮遊。どちらを選んでも、どちらかを、あるいは自分を破滅させる未来しか見えない。
俺と遠野の間に、心臓の音が聞こえそうなほどの沈黙と緊張が走る。
俺が、冷や汗を拭いながら覚悟を決めて口を開こうとした、その時だった。
「ねぇ、みんな?」
氷の礫を投げつけられたような、冷徹な声が響いた。
見れば、それまでずっと笑顔で見守っていたはずの桜羽が、手に持っていたシャーペンを、机に鈍い音を立てて置いていた。
「今日は、大鐘くんの勉強のために集まったんだよね? なのに、さっきから全然、一文字も勉強が進んでないみたいなんだけど……どういうことかな?」
桜羽は、顔だけは微笑んでいた。だが、その瞳の奥には一切の光がなく、底知れない闇が広がっている。彼女の背後から噴き出す、絶対零度の黒いプレッシャーに、俺も、遠野も、そして自由奔放だった沢渡ですら、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「お話は、テストが終わってからにしよっか。ね? ココちゃんも、ハンナちゃんも。……もちろん、大鐘くんも、だよね?」
「「「……はい」」」
俺たちの返事は見事に重なった。
怒らせたら誰よりも怖いのは、実はこの少女なのかもしれない。俺たちは導かれるようにペンを握り直し、ただひたすらに、静まり返った教室でカリカリと紙をなぞる音だけを響かせるしかなかった。
ココちゃんは友人枠、火付け役、サブヒロインを全部こなせる最高のガールだよ!
ちなみに主人公は気性が荒い女の子がタイプという設定があります。本人自覚なし