朝、目が覚めた瞬間、昨日の記憶が蘇って俺はベッドの中で悶絶した。昨日は荷解きもろくにせず寝ていたようだ。
初日からとんでもない目立ち方をしてしまった。途中までは良かったんだ、連絡先を交換したあたりまでは。そこから先が問題だった。彼女が魔法少女だと知り、初めて体験した魔法にテンションが収まらず荷物のように担がれたまま寮に乗り込んでしまった。
(めちゃくちゃ楽しかったな……)
いや違う。ただ驚いただけ、驚いただけなんだ。俺はただ初めて見た魔法に取り乱しただけだ。そう、決して……
悪い考えを振り払い、体を起こす。眠気を覚まし心を落ち着かせるように顔を洗い、鏡を見た。
「髪、伸びたな……」
たった2か月で随分と伸びた。自分が髪型を気にするようになるなんて思わなかったな。もう、どう見たって普通の学生だ。
朝の準備を整えていると、次第に心が落ち着いてきた。切り替える事には慣れているし、得意だ。悪目立ちせず無難に乗り切るという目標は潰えてしまったが、代わりに橘と仲良くなることができた。それで良かったじゃないか。俺は恵まれている。
もう大丈夫だ。魔法少女タクシーでも荷物でも何とでも呼ぶが良い。俺はそんなことでは挫けんぞ。
朝の6時、まだ食堂に人はほとんどいない。くよくよしたって仕方ないが、やはり好奇の視線にさらされながらご飯を食べるというのは気が滅入る。朝ご飯くらいゆっくり食べたい。なので食堂が開いてすぐの時間に来た。
和定食を受け取り、席を探す。これだけ空いてると逆にどこに座るか悩むな。記念すべき寮での初食事だ。良い所で食べたいものだ。というか、座席について何かルールがあったりするのだろうか。
考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「どうした、座らないのか」
凛とした声だった。落ち着いて静かなのについ従ってしまいそうになる、不思議な声だった。
振り返ると、清風のような少女が突き刺すように俺を見つめていた。
彼女は、黒髪を腰まで届くほど長く伸ばしたロングヘアに赤い花飾りをした少女だった。
髪は艶やかでまっすぐに流れ、朝の光を受けて深い黒がより際立つ。
前髪はきれいに揃えられ、顔の輪廓をシャープに縁取りながらも、どこか優雅な印象を与えていた。
瞳は鮮烈な赤。まるで紅玉のように澄んでいて、感情をあまり表さないクールな光を宿している。
睫毛は長く、わずかに伏せた瞬間に影が落ち、近寄りがたい美しさを増幅させる。
制服は一分の隙もなく着こなされ、それだけで彼女の性格の一端が見て取れた。
身長はあまり高くないが、全くそれを感じさせない。立ち姿だけで人を圧倒するプレッシャーを放ちながら、それでもその美貌は、見る者を思わず息を飲ませるほどだった。
言葉を忘れそうになるも、話しかけてきたのを無視するわけにもいかず、何とか言葉を絞り出した。
「え、えぇ……この食堂来るの初めてで、自由に座っていいものなのかと考えて……」
「初めて?……あぁ、転校生の。大鐘ヒカリだったな。君のことは聞いているよ。私は二階堂ヒロ。こちらに座るといい、席は自由だ」
彼女は近場の席に座り、俺はただ促されるままその正面に座った。
彼女は「いただきます」と丁寧に言い、そのまま食事を始めた。そこから言葉は無く、こちらから話しかけていいものか迷った。二階堂ヒロを見る。
黒髪のロングが背もたれに流れ、赤い花飾りが輝く。姿勢はまっすぐで、背筋が伸びている。
絵画のように整った顔のまま、静かに朝食を口に運んでいる。二階堂ヒロは、ご飯を食べる間一切口を開かない。箸を置く音すら小さく、味噌汁を啜る音もほとんど聞こえない。
ただ、静かに、丁寧に、一口ずつ味わうように食べ進めていく。赤い瞳は俯きがちで、長い睫毛が影を落とす。
表情は変わらずクールで、感情の揺らぎは一切見せない。
その静けさが、美しく、圧倒的だった。眺めるのを止め、俺は自分の食事に手をつけた。食事中、話すつもりが無いことがわかった。それだけの空気感が周囲にあった。この静寂を壊したくないと思った。聞きたいことも話したいこともあったがそれは後にしよう。彼女の空気に影響され、俺も黙々と朝食を食べ始めた。
やがて二人とも食べ終わると、二階堂ヒロが口を開いた。
「改めて自己紹介をしよう。私は二階堂ヒロ。この学園の生徒会長で、君と同じ一年だ。まだ慣れない事も多いだろう。困った事があればいつでも相談に乗ろう」
「知ってるみたいだけど、俺は大鐘ヒカリ。遠慮なく頼らせてもらうよ。よろしく」
いきなりの会話だったが、来るならこの時だろうと予測していたので、淀みなく答えることができた。それにしても、一年で生徒会長か。しかし驚きは無い。
「驚かないのだな、一年が生徒会長を務めていることに」
二階堂は、俺が平静を保っていることを見透かしたように言った。
「あぁ。二階堂の雰囲気を見れば納得だ。むしろ、それ以外に相応しい役職が思いつかない」
「雰囲気、か……そうだったな君は」
彼女はわずかに口角を上げ、初めて微かな笑みを見せた。それは氷が解けるような、儚くも鮮やかな変化だった。
彼女は最初の会話時点で俺の事を知っているように言っていた。橘タクシーの噂ではなく、生徒会長として転校生の事情を把握しているんだろう。
「あぁ、安心してくれ。君の過去を吹聴する気はない」
「うん、ありがとな。でも俺も隠すつもりは無いよ」
「そうか、強いな君は……では、私はこれで失礼する」
彼女は元の凛とした表情に戻り、トレイを持って立ち上がった。「それともう一つ」と前置きして言った。
「昨日の件は、既に学園中の知るところとなっている。魔法クラスの橘シェリーが、転校生を『お姫様抱っこ』ならぬ『荷物運び』で寮まで運んだと。仲が良いのは結構だが、あまり羽目を外しすぎないように」
「はい……」
やっぱりそうだった。俺は頭を抱えた。いっその事お姫様だっこのほうがマシだったかもしれない。荷物扱いだぞ荷物。
二階堂はそんな俺を憐れむ風でもなく、淡々と続けた。
「シェリーは純粋で真っすぐだが、その好奇心の強さから周囲が見えなくなることがある。彼女の『調査』に付き合うのは構わないが、学園の秩序を乱す行為は見過ごせない」
「善処します……」
「囲碁部での件も聞き及んでいる。君の行為は正しい。きっと、彼女にも良い影響を与えることだろう」
二階堂は最後にそう言い残し、流れるような所作で食器を返却口へと運んで行った。その後ろ姿を見送る。
「二階堂ヒロか……」
橘とは正反対の、静かで情熱的な少女。二階堂は橘をただ情報として知っているという感じではなかった。であれば、彼女もまた魔法クラスなのだろうか。だとしたらどんな魔法を……
いや、いけない。そんな思考を振り払い、俺もトレイを持って席を立った。
とにかく、今日は昨日以上に慎重に動かねばならない。これ以上変な噂を上書きされるわけにはいかないんだ。
しかし、その決意は教室の扉を開けた瞬間に、脆くも崩れ去ることになった。
「あっ!ライバル発見です!おはようございます、大鐘さん!待ちましたよ!」
教室に響き渡る元気な声。そこには俺の席に座り、身を乗り出してこちらに手を振る橘の姿があった。おいどんな鋼鉄メンタルしてるんだこいつは。ピッチャーなら一級品だ。
クラスメイトたちの視線が一斉に俺に突き刺さる。昨日よりも明らかに熱量が高い。好奇心と困惑、一部の憐みが混ざった視線。
「……おはよう、橘」
「はい、おはようございます!随分ギリギリの登校ですね、お疲れでしたか?」
「いや、むしろ早い時間に起きたから軽く走ってた」
「おお!昨日言ってましたねそんなことも!探偵に体力は欠かせませんからね!」
「誰が探偵だ」
俺は溜息をつきながら自分の席に鞄を置いた。今日の目標は頓挫も頓挫だ。
橘はキラキラした瞳をこちらに向けたまま、声を潜める(つもりで全然潜まっていない)音量で話し続ける。
「実は大鐘さんにお誘いがありまして!今日の放課後、よければ私のいるクラスに遊びに来てください!」
「橘の?」
心臓がドクンと跳ねる。橘のクラスって、それは……
「あ、あぁ。お邪魔させてもらうよ」
「はい!」
即決だった。来てくれてありがとう橘。決して声には出さないが。どうやら彼女の中では、昨日の事件解決とタクシー代行によって、俺との信頼関係は盤石なものになったらしい。
そんなやり取りをしていると、不意に教室の空気がピリリと引き締まった。
入り口の方を見ると、そこには二階堂ヒロが立っていた。彼女はこのクラスではなかったはずだが、どうやら会長としての巡回か何かのようだ。やはり真面目だ。
二階堂の視線が、俺と、そして俺に詰め寄っている橘へと向けられる。
彼女は何も言わなかったが、その赤い瞳が「羽目を外すなと言ったばかりだが?」と語っているようで、俺は思わず視線を逸らした。
「あ、ヒロさん!おはようございます!」
「……おはよう、シェリー。朝から騒がしいな。予鈴までもうすぐだ、速やかに教室に戻るように」
「はーい!大鐘さん、それではまた放課後!」
「おう」
橘は素直に従い教室を後にした。二階堂は一度だけ俺を見て、小さく溜息をつくように目を伏せると、そのまま廊下へと去っていった。やはり、彼女も同じ魔法クラスなんだろう。橘の様子を見ればわかる。
嵐のような朝のひとときが過ぎ、ようやく一息つける。
……と思ったのも束の間。
「ねぇ、大鐘君」
後ろの席の女子が、身を乗り出して話しかけてきた。
「今の、橘さんはともかく、二階堂さんとも知り合いなの?」
恐る恐る、といった様子で尋ねてきたのは、後ろの席の女子――確か、昨日の自己紹介で佐藤と言っていたクラスメイトだ。彼女の目は好奇心と、少しばかりの畏怖で揺れていた。
橘はともかくってことは、昨日の件は完全に知られていると思って良いだろう。俺は頭を抱えそうになるのをこらえながら答えた。
「朝、寮の食堂で少し話した程度だよ。生徒会長だし、転校生のことくらいは知ってるんじゃないか」
佐藤は「へえー」と感心したような、疑わしげなような顔をした。
「でも、二階堂さんってあんまり人と話さないよね。仕事の時にしか話してるの見たことないよ。あと大鐘くんって探偵なの?」
周りのクラスメイトも、チラチラこちらを見ながらヒソヒソ話しているのがわかる。
俺はやはり頭を抱えた。転校2日目でもう完全に注目の的だ。
「違う、あれは橘が勝手に言ってるだけだ……」
「荷物として運ばれてたんだっけ」
「ぐっ……」
「あはは、ごめんごめん」
昨日までのクールな転校生というメッキは完全に剥がれている。今の俺は荷物、もしくはドナドナだ。もう全部さらけ出してしまおうかと一瞬考えるも、自棄はいけないと持ち直す。
(そう、放課後だ、放課後……)
俺には希望がある。そう思うと授業も乗り切れる気がした。初日から女の子を連れ回すヤバい奴だっていう誤解だって時間が経てば解けるだろう。問題無しだ。無難な学園生活が詰んでいても決して終わりじゃない。俺は内心で興奮を抑えながら、授業のノートを開いた。
あっという間に今日の授業が終わった。今まで勉強はあまりやってこなかったが、集中力には自信がある。それを勉強に向ければ遅れはきっと取り戻せるはずだ。
放課後、俺はカバンをまとめ教室を出た。廊下を少し歩くと相変わらずの元気な声が響いた。
「大鐘さん!」
放課後でも変わらずの声量。それを煩わしく思わないのは俺が橘を良く思っている証拠だろう。
「待ってました!さぁ、さっそく向かいましょう!」
彼女は俺の手をつかみ、強引に引っ張っていく。細くて柔らかい手と、それに似つかわしくない重厚感に戸惑うのは相変わらずだった。俺は照れるのを誤魔化すように言った。
「手、繋がなくても大丈夫だって」
「あっ、運ばれるほうがお好みですか?」
煽ってんのかこいつ!
「ふふふ、冗談ですよー。では、行きましょうか」
橘は手を放してニコニコと笑いながらゆっくりと歩き始める。俺はその笑顔に乱されてばかりだ。
校舎の最上階の隅にポツンとある教室、それが魔法クラスだった。他クラスとなんの変わりもない、普通の教室だった。
前を歩く橘が扉を開く。
「エマさーん、ハンナさーん。お待たせしました」
「お邪魔します」
中には二人の少女。二人はこちらに気づき、どこか驚きを含んだ目線を俺に向けた。
「シェリーさんが男連れてきましたわ……」
「うん、ボクもビックリした……」
二人顔を合わせ感想を口にする。橘の友達っていうからには癖があるんだろうと思っていたが、だいぶ普通だ。口調に多少特徴があるだけで。考えてみれば当たり前だ。橘は優しくて良いやつだ。いくつか壁があるだけで。
改めて、二人に目を向ける。一人は一人称が「ボク」の可愛らしい少女。
髪は白く、雪のように柔らかく輝いている。
ショートボブの長さで、毛先だけが淡い桜色に染まり、動くたびにふわりと揺れて花びらが散るような錯覚を与える。
左側に小さな桜の髪飾りが控えめに留められ、彼女の可愛らしさを一層引き立てていた。
瞳は髪と同じ桜色。優しいピンクがかった赤。大きな目。その表情は健康的だがどこか無防備で、守ってあげたくなるような柔らかさを持っていた。
彼女は驚いた様子を見せるも、すぐに笑顔になってこちらと向き合った。少し緊張を見せた彼女。
「えっと、ボクは桜羽エマ。よろしくね?」
「よろしく。橘から聞いてるかもしれないけど、大鐘ヒカリだ。昨日転校してきたばっかり」
「あ、うん聞いてるよ。でもビックリしたな、最初名前で女の子だと思ってたから」
「たまに言われるなそれ」
俺達の会話を見守っていたもう一人の少女が意外という風に口を開く。
「シェリーさんから紹介したいと聞いて身構えていましたが、思ってたよりまともな人が来て驚きましたわ」
「俺も全く同じ感想だった」
「どんな百鬼夜行が来るのかって、わたくし心配でしたのよ」
「なんで複数なんだよ」
「もぅ!二人とも私の事を何なんだと思ってるんですか!」
橘が頬を膨らませて怒るのを桜羽がよしよしと宥める。
もう一人の少女は勝ち気な表情をしているが、儚さがそれを上回っている印象を受けた。
金髪のツインテールは柔らかなウェーブを描きながら肩を超えて流れ、淡い輝きを放っている。前髪は優しく額を覆い、顔立ちの繊細さを際立たせている。
瞳は緑色で、湖の底を覗き込むような深さを湛えていた。
肌は陶器のように白く、ほとんど血色を感じさせないほど透き通っている。体は細く華奢で、背丈は座っていてもわかる低さ。制服の袖口から覗く手首は壊れそうに細く、指先まで優美な曲線を描いている。
美しく、どこか遠い存在感を放つ深窓の令嬢、というのが見た目から受ける印象なのだが、とってつけたようなお嬢様言葉がそれを打ち消していた。お嬢様の見た目でお嬢様言葉なのにお嬢様とは思えない、そんな少女だった。
「遠野ハンナですの。以後お見知りおきを」
「よろしく、遠野」
「とりあえず二人ともこっちに来て座ってくださいまし。あなた、紅茶は飲みますの?」
「あぁ、いただくよ」
「わぁ、楽しみです!」
こうして放課後、細やかなお茶会が始まった。
「えっ、てことはやってる事は他の普通クラスと変わらないのか」
「そうなんだ、ただ他より人数が少ないだけで普通の授業しかしてないんだ」
「よく言われますわよね、魔力をぶっ飛ばす訓練でもしてるんじゃないかって」
「普通の授業は退屈ですよね〜もっと派手なものはないんでしょうか」
「あなたはもっと真面目に受けなさいな」
ただ会話するだけの穏やかな時間が流れる。それにしても、特別な授業が何一つ無いというのには驚きだ。魔法についての講義くらいはあると思っていたのだが。ただ適性の高い少女を集めただけ?何故だろうか。彼女らもよく分かっていないみたいだし
「桜羽、遠野。二人の魔法について聞いてもいいか?」
魔法のプライバシーについて未だに距離をはかりあぐねているが、どうしても気になるので思い切って聞いてみることにした。橘の時とは違って緊張せずに聞くことができた。二人は特に気分を害した様子も無く、素直に答えてくれた。
「わたくしの魔法は浮遊ですわ。少しの間だけ、少しだけ浮くことができますわ」
「事件が起きたら真っ先に疑われる魔法ですよね!」
「お前が率先して疑ってそうだな」
「本当にそうですわ」
「あはは……ボクは自分の魔法が何かわからないんだ」
「わからない?」
魔法がわからない、そういう事もあるのか。魔法の発現じゃなく、適性のみで選ばれているパターンもあるらしい。しかしそれなら尚更魔法に関する授業や実習があってもいいはず。もし魔法がすでに発現していて、それに気づいてないだけだとしたら事故の危険性がある。認識を促すような講義はないのか。
「桜羽の他に魔法がないってやつはいるのか?」
「うん、ヒロちゃんもそうだね」
桜羽が食い気味に答える。ヒロちゃんか。もちろん知らないやつだと一瞬思うも、すぐに誰の事かわかった。やはりこのクラスだったのか。
「二階堂か」
「あれ、大鐘さん知ってるんですか?」
「あぁ、今日の朝食堂で少し話をした。ほとんど橘の話だったけど」
「えぇ!? どういうお話をしてたんですか!教えてください!」
橘が身を乗り出し、机がガタリと音を立てる。その勢いに、桜羽が「落ち着いてシェリーちゃん」と苦笑いしながら彼女の肩を叩いた。
「……別に大したことじゃない。橘が猪突猛進だから、あまり羽目を外させるな、とかそんな感じだ」
「むぅ、ヒロさんは相変わらず厳しいですね。名探偵の行動には多少のダイナミズムが必要不可欠なんですよ!」
胸を張る橘の横で、遠野が優雅に紅茶を啜りながら口を開いた。
「でも、不思議ですわ。シェリーさんがここまで特定の人に入れ込むなんて。大鐘さん、あなた一体シェリーさんに何をしましたの?」
「あっ、ボクも気になるな。二人がどうやって知り合ったのか。シェリーちゃん、昨日『調査に行く!』って言って教室を飛び出したきりだったから」
桜羽の桜色の瞳が、好奇心で柔らかく細められる。俺は昨日の放課後の光景を思い出し、遠い目になった。
「……何をしたって言われると心外だな。俺はただ、放課後の教室で仮眠を取ろうとしていただけだ」
「そこへ私が! 名探偵の直感に従って、ガラッと扉を開けたのです!」
親指を立てながら誇らしげにする橘を無視して進める。
「第一印象は変な奴が来たな、だったよ。変な恰好してデカい虫眼鏡持って『実態を暴いちゃいます!』だぞ。誰だって警戒するだろ」
「あはは、シェリーちゃんらしいね」
「全く、相変わらずですわね」
桜羽と遠野の反応を見るに、橘の探偵ムーブは魔法クラスでは日常茶飯事らしい。俺は話を続けた。
「それで、学内を案内してもらうことになったんだ。歩きながら質問攻めに合って……その途中で、囲碁部の部室に迷い込んだ」
「事件ですね!」
「だから事件じゃないって」
橘は、部室での「密室消失事件(笑)」の真相をかいつまんで話した。橘が「名探偵の直感」で迷推理を披露しようとしたところを、俺が記憶を頼りに解決したこと。そして褒めちぎられライバル認定されたこと。
話し終えると、遠野が意外そうな顔をして俺を見た。
「へぇ……シェリーさんの暴走を止めただけでなく、スマートに解決まで。なるほど、それで『ライバル』扱いですのね」
「大鐘くん凄いんだねっ。それにとっても優しいんだ」
ぐっ……自分では何も凄いと思ってないあの事件解決が、何故か聞く全員に好評でとてもむず痒い。二階堂ですらそうだった。
謙遜する俺の横で、橘は「ふふん」と鼻を鳴らしている。
「そうなんです! 大鐘さんのあの観察眼と冷静な判断! まさに私のライバルに相応しい逸材ですよ!」
そこまでは良かった。そこまでは、まだ「ちょっと変わった出会い」で済んだはずなんだ。
遠野が意地悪そうな笑みを浮かべ、カップをソーサーに戻した。
「それで? その後の『荷物運び』についてはどう説明しますの? 寮のラウンジで、女子生徒が男子生徒を米俵みたいに担いで入ってきたって、女子棟は持ちきりでしたわよ」
「……っ!」
俺は思わず顔を覆った。桜羽も「あ、やっぱりあれ本当だったんだ……」と、どこか同情混じりの視線を向けてくる。
「あれは……その、橘が魔法少女だって聞いて、つい魔法が見たいって言ったら……」
「はい! 私の魔法を披露する絶好の機会だと思いまして! 大鐘さん、結構重かったですけど余裕でした!」
「重いとか言うな! ……なんというか、もっとこう、浮かせるとか、光るとか、そういうのを想像したんだよ。まさか物理的に担がれるとは思わないだろ」
俺の必死の抗弁に、桜羽がクスクスと笑い声を上げた。
「あはは……災難だったね大鐘くん」
「むっ、エマさん。災難ではありませんよ。あれは名探偵同士の親睦を深めるための、いわば『マジカル・タクシー』です!」
「二度と乗らないからな、そのタクシー」
いや本当は乗りたいけど……てかこいつもタクシーだと思ってたのかよ。
遠野は「ですわね」と俺の本音を知らずに同意した。
「でも、おかげで退屈な学園生活が少しは楽しくなりそうですわ。魔法クラスに、ちゃんとした名探偵が入り浸るだなんて」
「名探偵じゃない」
「ちょっとハンナさ〜ん、ちゃんとしたって何ですか〜?」
一斉に訂正を要求する俺達をあしらい遠野は続ける。
「名探偵でもそうじゃなくても、どちらでも構いませんわ。それより大鐘さん、あなたから見てこのクラスはどう映りますの?魔法少女が集められているというのに、この体たらくですわよ」
遠野が肩をすくめた。
「……正直、驚いた。もっとこう、杖を振ったり呪文を唱えたり、怪しげな実験をしてるものだと思ってた」
「だよね。ボクも最初はそう思ってたんだ。でも、実際は数学とか英語の教科書を開いてる時間の方がずっと長いんだよ」
「ですわよね。よくわかりませんわこの学園は」
俺達3人が首をかしげる中、唐突に橘が不意に何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そうだ! 大鐘さん、せっかくですから私の『調査ファイル』を見ませんか? この学園の不可解な噂をまとめた、名探偵の秘蔵資料です!」
「いや、俺は別に……」
「いいからいいから! エマさん、ハンナさん、ちょっと失礼しますね!」
橘は俺の腕を掴むと、教室の隅にある掃除用具入れ……ではなく、その隣にある古びたロッカーへと引きずっていった。
「ここです。私の秘密基地!」
彼女がロッカーを開けると、中には大量のスクラップブックや、出所不明の怪しげな小道具がぎっしりと詰め込まれていた。その一番手前にある一冊のノートを、彼女は誇らしげに掲げた。
「これです! 『学園七不思議・改』! ……あ、あれ?」
橘の動きが止まった。彼女はノートをパラパラと捲り、首を傾げる。
「どうした?」
「……一枚、足りません。私が昨日書き留めた、一年生に関する調査のメモが……」
橘の表情が変わる。
……この流れはマズイ。いつもの天真爛漫さが消えたと思ったら、また橘の瞳がキラキラと輝きとびきりの笑顔になった。
「事件ですね!」
「はぁ……」
「お手並み拝見ですわね」
「だ、大丈夫?」
遠野が面白そうに、桜羽も心配そうに近寄ってくる。またこのパターンか……
俺はさっきよりも遥かに遠い目をした。
この二次小説、実は最初R-18の方に投稿する予定でした。ヒロに正しくないお願いしたいなぁとか思って。踏みとどまりました。ほのぼの恋愛路線で行かせていただきたいと思ってます。
個別ルート方式でそれぞれヒロインを攻略していくというのを予定しています
3話もお楽しみに