まのこい天秤   作:雪無い

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 いつも感想評価お気に入り誤字報告ありがとうござます。
 
 成人向け√の投稿を始めました。全精力を懸けて書いたので是非読んでみてほしいです。ランキングに入ってるみたいで本当に感謝です


 こちらでは、個別ルートが無いキャラメインのお話をやっていきます。2話か3話で終わる短めの番外編だと思ってほしいです。








番外編
1話『◯◯少女』


 

 

 冬の図書館は、校舎の中でも特に静かだった。

 窓の外では、灰色の空が低く垂れ込めている。日差しは薄く、暖房の効いた室内にいても、どこか指先が冷えるような気がした。古い紙の匂いと、ページをめくる音。時折、誰かが椅子を引く小さな音だけが、広い空間に控えめに響いている。

 

 俺は、書架の間をうろうろしていた。

 課題のために本を探しに来たのだが、正直に言えば、あまり慣れていない。

 図書館そのものが嫌いなわけではない。

 ただ、本棚に並ぶ背表紙の群れを前にすると、どこから手をつければいいのか分からなくなる。

 

 棚の分類番号を見ても、タイトルを見ても、どれが自分の探しているものに近いのか、いまいち掴めない。

 何となくそれらしい棚の前に立ち、背表紙を目で追い、違う気がして隣の棚へ移動する。さっきから、その繰り返しだった。

 

「……参考資料、って言われてもな」

 

 小さく呟いてから、図書館で声を出したことに気づき、すぐに口を閉じる。

 周囲を見回す。幸い、誰もこちらを気にしていない。

 俺は息を吐き、もう一度棚へ向き直り、それっぽい本を一冊取った。

 

 その時だった。

 書架の向こう側に、一人の少女が立っていることに気づいた。

 最初に目を引いたのは、白くて長い髪だった。

 冬の薄い光をそのまま溶かしたような、淡い白。肩から背中へ流れる髪は柔らかく、ところどころに青みがかった影を含んでいる。前髪は少し長く、片方の目元にかかっていた。

 

 身体は小さい。

 制服も、明らかに彼女の体格には合っていなかった。上着の肩は少し落ち、袖は指先どころか手の甲まで覆い隠している。スカートも膝の下で重たげに揺れ、全体的に、誰か大きな人の服を借りているような印象があった。

 そのせいで、余計に小さく見える。

 

 白い髪。白い肌。

 ブカブカの制服の中に、細い身体がすっぽり収まっている。

 まるで、図書館の奥にしまい込まれた古い人形みたいだった。

 

 少女は、棚の上段をじっと見上げていた。

 そこにある一冊の本を取りたいのだろう。爪先立ちになり、袖に隠れた手を懸命に伸ばしている。けれど、布に包まれた指先は背表紙にわずかに届かない。あと少し。ほんの数センチ。だが、その数センチがどうしても埋まらない。

 

 不思議だったのは、彼女が誰にも助けを求めようとしなかったことだ。

 近くには司書もいる。俺もいる。少し歩けば踏み台もあるはずだ。

 それなのに少女は、声を出すでもなく、周囲を見回すでもなく、ただ静かに手を伸ばし続けている。

 

 横顔が見えた。

 薄い唇。

 青紫色の瞳。

 そして、生気の薄い目。

 眠たげというのとも違う。無表情というのとも少し違う。

 まるで自分の感情をどこか遠くの棚に置き忘れてきたような、淡く沈んだ瞳だった。

 ただ、その目だけは、本を見ていた。

 感情の薄い顔で、けれど確かにその一冊を欲しがっている。

 俺は少し迷った。声をかけていいものか。

 けれど、袖に隠れた小さな手が、また本の端をかすめて落ちたのを見て、結局、身体が先に動いた。

 俺は彼女の隣へ行き、声を落として尋ねる。

 

「その本か?」

 

 少女は、こくりと頷いた。

 

 こちらを見る目は、どこか眠たげだった。

 警戒しているようにも見えるし、単に感情の動きが薄いだけにも見える。どちらにせよ、あまり大きな声や急な動きで近づかない方がよさそうだった。

 

 俺は棚の上段に手を伸ばし、彼女が欲しがっていた本を抜き取る。

 

 厚めのハードカバーだった。片手で持つには少し重い。

 

「これで合ってるか?」

 

 小声で確認すると、少女はまたこくりと頷いた。

 

 その時、彼女のもう片方の手に目がいった。

 すでに二冊の本を抱えている。

 しかも、その二冊もかなり分厚い。ブカブカの制服の袖に手が隠れているせいで、うまく持てていないらしい。本の角が少しずつずれて、今にも床へ落ちそうになっていた。

 

 俺は反射的に手を伸ばしかけて、途中で止めた。

 

 いきなり奪うように持つのは、よくない気がした。

 できるだけ警戒心を抱かせないように、俺は取った本を自分の胸元に抱え、彼女と目線を合わせるように少しだけ姿勢を低くした。

 

「席まで持っていく。案内してほしい」

 

 少女は、俺の顔をじっと見た。

 

 無言。

 長い前髪の奥で、青紫色の瞳がゆっくり瞬く。

 それから、こくりと頷いた。少女は本を抱え直し、静かに歩き出した。

 

 歩幅は小さい。

 ブカブカの制服の袖が揺れ、白い髪が背中でさらさらと流れる。足音もほとんどしない。図書館の空気に溶け込むような歩き方だった。

 

 けれど、不思議と目で追ってしまう。

 無表情で、生気の薄い目をしていて、声も出さない。

 それなのに、重い本を落とさないように一生懸命抱えて歩く姿は、とても可愛らしかった。

 

 本人に言えば、困らせるだけだろうから言わないが。

 

 俺は彼女の後ろを、少し距離を空けてついていく。

 彼女が選んだ席は、窓際に近い閲覧席だった。

 

 机の上には、すでにノートと筆記用具が置かれている。スケッチブックのようなものもあった。どうやら、最初からここで作業をしていたらしい。

 

 俺は持っていた本を、机の端にそっと置いた。

 

「ここでいいか?」

 

 少女はこくりと頷く。これで用事は終わりだ。

 そう思って、どこかの席に座って課題を進めようと周囲を見渡した。

 

 だが、昼休みの図書館は思っていたより混んでいた。

 窓際の席も、中央の大きな机も、壁際の一人席も、ほとんど埋まっている。空いている席を探して視線を巡らせたが、どこも誰かの荷物か、開いた本か、勉強中の生徒で塞がっていた。

 

 唯一空いているのは、少女の隣の席だけだった。

 俺は少しだけ迷う。

 さっき会ったばかりの相手の隣に座るのは、距離が近すぎるかもしれない。

 だが、他に空いている場所がないのも事実だった。

 

 少女は、そんな俺の様子に気づいたらしい。

 眠たげな目で俺を見上げると、袖に隠れた手で、隣の椅子を小さく指した。

 

 少し迷ったが、結局その席に座ることにした。

 他に空いている席はない。

 それに、少女の方から示してくれたのなら、少なくとも隣に座ることを嫌がってはいないのだろう。

 

 俺は軽く会釈して椅子を引き、腰を下ろした。

 棚で適当に選んだ本を机に置く。課題の参考になりそうな気がして手に取ったが、正直、中身が本当に合っているかは分からない。次にカバンからノートを出し、筆箱からボールペンを取り出した。

 

 さて、どこから手をつけるべきか。

 そう思って本を開いた時、隣から紙の上を何かが滑る音がした。

 

 視線を向けると、少女がスケッチブックをこちらへ向けていた。そこには、短い文字が書かれている。

 

『感謝する』

 

 細く、筆圧の弱い文字だった。

 見た目通りというべきか、文字までどこか儚い。けれど、線は乱れていない。小さく、静かで、必要最低限の言葉だけがそこにあった。

 

 それにしても、なぜ文字なのだろう。図書館だから声を出したくないのか。あるいは、何か別の理由があるのか。

 

 俺は少女を見る。白い髪。ブカブカの制服。袖に隠れた手。生気の薄い目。

 彼女は、図書館のような静かな場所がよく似合っていた。音を立てずに本を読み、音を立てずに席を立ち、音を立てずにどこかへ消えてしまいそうな雰囲気がある。

 

 図書館では静かに。

 それは全国共通のルールだ。もしかすると、彼女はマナーに厳しいのかもしれない。

 

 なら、俺もそれに倣うべきだろう。

 俺は取り出したノートの端に、ボールペンで短く書いた。

 

『どういたしまして』

 

 それを少女に見せる。少女は、じっと俺の文字を見た。

 それから、すっと顔を背けた。肩が、ほんのわずかに揺れた気がした。

 ……今、吹き出さなかったか?

 

 確かに、隣同士で座っているのに、互いに文字を見せ合って会話するというのは、少し変な光景かもしれない。俺も自分でやっておいて、何をしているんだろうという気持ちはある。

 

 だが、少女はすぐに何事もなかったような顔に戻った。そして、もう一度スケッチブックにペンを走らせる。

 

『貴様、名前は?』

 

 俺は思わず少女の顔を見た。この見た目で、二人称が貴様。

 白くて小さくて、眠たげで、袖で手が隠れているとても可愛い少女から出てくる文字としては、かなり圧が強い。声に出されたわけではないのに、妙な威厳がある。

 ただ、本人は相変わらず無表情だった。俺は少し迷ってから、ノートに書く。

 

『大鐘ヒカリ。一年』

 

 少女はそれを読むと、スケッチブックに一言だけ返した。

 

『そうか』

 

 それだけだった。尊大だ。

 助けられた相手に対する態度としては、なかなか堂々としている。けれど、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、外見との落差のせいで少し面白い。

 俺はボールペンを指先で回し、もう一度ノートに書いた。

 

『君は?』

 

 少女は、その文字をじっと見た。次に、俺の顔を見る。

 眠たげな青紫色の瞳。そこに感情はあまり浮かんでいない。けれど、ほんの少しだけ、こちらを測るような間があった。

 やがて、少女はスケッチブックにゆっくりと文字を書く。

 

『夏目アンアン』

 

 それが、彼女の名前だった。

 

 夏目、という名字は似合うと思った。

 どこか静かで、古い本の背表紙みたいな響きがある。冬の図書館に座って、白い髪を垂らしながら分厚い本を読んでいる少女には、よく馴染む名前だった。

 

 ただ。アンアン。

 そちらは、少し意外だった。

 白くて、小さくて、眠たげで、袖で手が隠れていて、筆談の二人称が貴様。

 その少女の名前がアンアン。

 

 ……かわいい。

 

 自分でもよく分からないことを考えていると、隣からまた紙の擦れる音がした。

 見ると、アンアンがスケッチブックをこちらへ向けている。

 

『貴様、字が上手いな』

 

 尊大な物言いは変わらない。

 だが、これは多分、褒められたのだろう。俺はノートの端に短く書いた。

 

『ありがとう』

 

 それを見せると、アンアンはじっと文字を見つめた。

 生気の薄い青紫色の瞳。

 感情は分かりづらい。けれど、さっきより少しだけ、こちらへの興味が強くなっているように見えた。

 なぜか、その視線を受けると、もう少し自分を良く見せたいという気持ちになる。

 

 普段なら、あまりそういうことは考えない。

 誰かに褒められたいとか、格好つけたいとか。そういう気持ちは面倒で、あまり役に立たないものだと思っていた。

 

 けれど、アンアンの前では少し違った。

 彼女は声を出さない。表情もほとんど動かない。

 だからこそ、その目がわずかにこちらへ向いた時、それを逃したくないと思ってしまう。

 

 俺は彼女に見えるように、わざとらしく右手に持っていたボールペンを左手へ持ち替えた。

 アンアンの目が、ほんの少しだけ動く。

 俺はノートに、さっきと同じ文字を書いた。

 

『ありがとう』

 

 右手で書いたものの下に、左手で同じ文字を並べる。

 線の太さも、文字の間隔も、ほとんど変わらない。利き手が違う分、まったく同じとはいかないが、普通に読む分には差が分からない程度には整っている。

 

 アンアンの目が、明らかに輝いた。

 先ほどまでの眠たげな瞳とは違う。

 青紫色の奥に、小さな光が灯る。表情はほとんど変わっていないのに、その変化だけで、彼女が強く興味を持ったのが分かった。

 

 アンアンはスケッチブックを引き寄せ、勢いよくペンを走らせた。

 

『左でも書けるのか』

 

 文字の筆圧が、さっきより少しだけ強い。俺は頷いてから、ノートに書いた。

 

『実は左利き』

 

 アンアンがこちらを見る。

 俺は元々左利きだったが、野球で右投げに矯正した。その一環で、字も右で書く練習をした

 

『今は、どちらでも書ける』

 

 アンアンは、俺の文字を食い入るように見つめていた。

 まるで、そこにただの説明以上のものを見ているようだった。

 右手の文字。左手の文字。同じ言葉なのに、少しだけ違う線。違う呼吸。違う温度。

 

 彼女はそれを、ただの器用さとしてではなく、何か別のものとして受け取っているらしい。

 

 やがて、アンアンはスケッチブックに大きく書いた。

 

『面白い』

 

 それから、すぐに次の文字。

 

『もう一度』

 

 命令のような書き方だった。もちろん嫌ではなかった。

 俺は少し考える。同じことを繰り返してもいい。だが、アンアンがここまで興味を示すなら、もう少しだけ見せてみたくなった。

 筆箱からもう一本ボールペンを取り出した。

 

 右手に一本。

 左手に一本。

 

 アンアンの眠たげな目が、はっきりと開いた。俺はノートの上に両方のペン先を置く。

 

 右手で、

 

『大鐘ヒカリ』

 

 左手で、

 

『夏目アンアン』

 

 同時に書いた。

 完全に同じ速さではない。

 けれど、どちらの文字も大きく崩れず、二つの名前が紙の上に並んだ。

 

 俺にとっては、昔の練習の名残だった。意味があるかはわからないが、脳の処理が早くなる気がして練習した。

 驚くアンアンを見て、練習して良かったと思った。

 

 アンアンは、ノートを食い入るように見つめていた。それから、すごい勢いでスケッチブックに書く。

 

『今のは何だ』

 

 すぐに次の文字。

 

『魔法か』

 

 俺は首を横に振り、ノートに返した。

 

『ただの練習』

 

 アンアンは納得していない顔で、さらに書く。

 

『右手と左手で違う名を書いた』

『貴様、脳が二つあるのか』

 

 少し笑いそうになった。

 

『一つだと思う』

『本当か』

 

 アンアンはじっと俺を見る。疑われている。俺は補足するように書いた。

 

『左右で同時に違う文字を書くと、集中力とか創造性が鍛えられると聞いたことがある。本当かは知らない』

 

 その瞬間、アンアンの目が輝いた。

 

『創造性』

 

 続けて、強い筆圧で一行。

 

『その話、詳しく』

 

 さっきまで必要最低限の言葉しか書かなかった少女が、急に前のめりになっている。袖に隠れた手でペンを握り、青紫色の瞳がこちらを逃がさない。

 

 俺は両手のペンを持ち直し、右手と左手で同時に書いた。

 

『落ち着け』

『答えるから』

 

 アンアンはそれを見て、袖で口元を隠した。

 今度は、はっきり分かった。

 夏目アンアンは、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 夏目アンアン。

 白い髪をした、小さな少女。

 声を出さず、スケッチブックで尊大に語り、こちらの字を見て目を輝かせる、不思議な少女。

 

 その時の俺はまだ知らなかった。

 彼女がなぜ話さないのか。

 彼女にとって、言葉がどれほど危険なものなのか。

 

 ただ、この冬の図書館で出会った彼女のことを、俺は妙に忘れがたいと思った。

 静かな場所によく似合う、けれど静けさの奥にたくさんの言葉を隠している。

 

 そんな少女との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 大鐘くんは小さくて気難しそうな女の子が好き(エマ√3話参照)

 


 アンアンをエッチな目で見る……?何を言ってるんだ……?
 アンアン編の後は誰を書くか決まっていません。レイア、ミリア、マーゴ、ノア、メルル(上振れたらユキちゃん)の中で、要望が多かったキャラを書いてみようと思います。


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