いつも感想評価お気に入り誤字報告ありがとうございます。感想ドシドシくれると嬉しいです。
投稿遅れてごめんなさいって感じです。レイア回です。2話構成です
1話『スポットライトは譲れない』
放課後。
橘に本を返す用事があり、俺は彼女の教室の前まで来ていた。
廊下には帰宅する生徒たちの声がまばらに響いている。教室の中にも、まだ何人か残っているらしい。話し声と椅子を引く音が、閉じた扉の向こうから聞こえてきた。
俺は軽くノックしてから、扉を開ける。
「橘、少し──」
言い終える前だった。
「君が大鐘くんだね!」
突然、目の前に一人の少女が立ちはだかった。
長身だった。
俺よりは少し低い程度だろうか。全体の線が細くしなやかなせいで、実際以上に背が高く見える。
艶のある色素の薄いショートヘア。息を呑むほど整った、中性的な顔立ち。制服は一切の隙なく着こなされ、ただ立っているだけなのに、その場の空気が彼女を中心に組み替えられたようだった。
何より目を引くのは、仕草だった。振り返り方。顎の上げ方。こちらを見る目線の角度。
その一つ一つが、いちいち芝居がかっている。
少女は、そのままビシッと俺へ指を突きつけた。
「私と勝負しようじゃないか!」
「勝負?」
あまりに唐突で、言葉がそのまま口から漏れた。何の前触れもない。
俺は困惑したまま、教室の中へ視線を向ける。
桜羽は目を丸くして固まっている。
橘も、珍しく何が起きたのか分からないという顔をしていた。
遠野は紅茶のカップを持ったまま、眉を上げている。
少し離れた席では、黒部と沢渡が興味深そうにこちらを見ていた。
どうやら、事情を理解していないのは俺だけではないらしい。
俺がその場で固まっていると、長身の少女の後ろから、小柄な影が姿を現した。
「レイア。順序が正しくない」
「二階堂」
二階堂ヒロだった。
普段は態度も声も堂々としていて、その小柄さを意識することはあまりない。
だが、目の前の少女と並ぶと、さすがに身長差がよく分かる。
それでも二階堂は一歩も引かず、いつもの毅然とした様子で少女を見上げた。
「まずは紹介からだ。いきなりすまない大鐘。彼女は蓮見レイア。見ての通り、同じクラスだ」
「よろしく、大鐘くん」
蓮見と呼ばれた少女は、先ほどまで指を突きつけていたことなどなかったかのように、柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。
切り替えが早い。
「ああ、よろしく。大鐘ヒカリだ」
差し出された手を握り返す。
細く白い手だったが、握る力は意外なほど強かった。
指先までしっかり力が通っていて、鍛えている人間の手だと分かる。
握手を終え、俺は改めて蓮見を見る。
「それで、どういうことなんだ?」
いきなり勝負を挑まれた時は、話が通じないタイプかと思った。
だが、二階堂の言葉に素直に従うあたり、会話は成立しそうだ。
蓮見は待っていましたとばかりに胸を張った。
「最近、ヒロくんが君の話をよくするんだ」
「していない」
二階堂が即座に否定した。
「いいや、している」
蓮見も即座に言い返す。ずいぶん遠慮がない。二人はそれなりに仲が良いらしい。
二階堂にそういう相手がいるのが、少し意外だった。
「それはそれは、ベタ褒めだったよ」
「そうなのか?」
俺が二階堂を見る。
「そんなことはない」
二階堂は、普段と変わらない生真面目な表情で答えた。
ただ、ほんの少しだけ返事が早かった気がする。
一瞬、二階堂が蓮見を責めるような目で見るが、蓮見は楽しそうに続けた。
「そして先ほど、こう言ったんだ」
わざと間を置く。
「この学園で一番突出した才能を持っているのは、大鐘だろう、とね」
なぜ、そんな話になったんだ。
俺は二階堂を見る。二階堂は、すっと目を逸らした。
「悔しいじゃないか」
蓮見は一歩、俺へ近づく。
「ヒロくんがそこまで高く評価する男が、どれほどのものなのか。私が自ら見極めなければ気が済まないと思ってね」
やはり、喋り方まで芝居がかっている。
普通に説明すれば一言で済む話を、妙に映える言い回しに変えてくる。
「ちなみに、蓮見は何かやっているのか?」
「ああ。役者をね」
「思いっきり畑違い」
野球と役者。
比べる要素がどこにあるのか、まるで分からない。
その分野における同世代間での傑出度という意味ならある程度わかるが、競技も評価軸も違いすぎる。
だが、蓮見はそんなことを気にした様子もなく、再び俺へ指を突きつけた。
「というわけで、私と勝負しようじゃないか!大鐘ヒカリくん!」
「分かった」
「そうこなくては!」
蓮見が満足げに笑う。
その瞬間、教室のどこかで、誰かが椅子からずり落ちかけたような音がした。
「やるんだ……」
桜羽が、呆気に取られた顔で呟く。
「ヤレヤレ系に見えて、ノリが良いですからね」
橘が妙に納得した様子で頷いた。
「というか、基本的にお子様なんですわ」
遠野が呆れた目をこちらに向けている。
3人の反応は気にしないことにした。
勝負を挑まれて、理由もなく逃げるのは落ち着かない。
それに、ここまで堂々と向かってこられれば、受けて立ちたくもなる。
「それで、何で勝負するんだ?」
俺が聞くと、二階堂が一歩前へ出た。
「私が進行を務めよう」
二階堂は近くの机へ向かい、そこに置かれていた小さな箱を持ってきた。
手のひらより少し大きい程度の箱。
上部には、手を入れられる細い穴が空いている。
どう見ても、今思いついて用意したものではない。
「ここに、勝負内容を書いたメモが入っている」
二階堂は箱を机の上へ置いた。
「片方だけが得意な分野にならないよう、候補はこちらで選定してある。中からランダムに引き、その内容で対決する」
「なんで俺の得意分野がわかるんだ」
二階堂は気にせず続ける。
「五番勝負。先に三勝した方の勝ちとする」
「なんでそんなに準備がいいんだ」
俺が問いかけると、二階堂は一瞬だけ黙った。
「レイアがこうなることは予想できた」
「止める準備をしろよ」
「こちらの方が有意義だと判断した」
やはり、止める気は最初からなかったらしい。
「えー、なんか面白そうなことしてんじゃん」
教室の奥から声がした。
沢渡ココが、椅子の背にもたれながら、こちらへ楽しそうな視線を向けている。
「あてぃしも見物させてよ」
「私も、興味があるわ」
黒部ナノカも静かに立ち上がった。
二人がこちらへ寄ってくる。
それを見た橘が、勢いよく手を挙げる。
「では、私たちも観戦といきましょう!」
「ボクも見るの?」
「もちろんです!さあハンナさんも!」
「押さないでくださいまし!」
橘に押される形で、桜羽と遠野も近づいてくる。
気づけば、俺と蓮見の周りに小さな人だかりができていた。
蓮見は集まった少女たちを見渡す。
その表情が、明らかに輝いた。
「ああ、歓迎さ」
長い腕を広げる。
教室の一角が、彼女のために用意された舞台へ変わったように見えた。
「観客は、多い方がいいからね」
教室の机と椅子が、手際よく後方へ寄せられていく。
椅子が横一列に並べられ、桜羽たちが観客席のように腰を下ろした。
桜羽、橘、遠野、沢渡、黒部。その隣には二階堂も座っている。
勝負を仕切ると言っていたはずだが、妙に観戦する気が満々に見えた。
俺と蓮見は、空けられた教室中央に立つ。
「では、最初の勝負を決める」
二階堂が例の箱を桜羽へ差し出した。
「エマ、引いてくれ」
「ボクが?わかった」
桜羽は少し驚いた顔をしながら、箱の中へ手を入れた。
ごそごそと中を探り、一枚の折り畳まれた紙を取り出す。
「開けるね。えっと……ダーツ?」
「第一戦はダーツか」
二階堂が頷いた。
すると、橘が勢いよく立ち上がる。
「お任せください!ダーツなら、ロッカーに入っていたと思います」
「なんでそんなものがありますの……」
「いつ事件で必要になるか分かりませんから!」
橘は教室の後ろに置かれていたロッカーを開き、簡易式のダーツボードと数本のダーツを取り出した。
「以前、私も挑戦したんですけど、外れた矢が壁を貫通しました。それ以来ロッカーで眠ったままです」
「難儀だな……」
「二人とも、ダーツの経験は?」
二階堂に聞かれ、俺は首を横に振る。
「ない」
「私も初めてだよ」
蓮見も答えた。
「なら、条件は同じだね」
そう言って微笑む蓮見は、初めて触れる競技を前にしているとは思えないほど堂々としている。
勝負形式はゼロワン。
持ち点は五百一。交互に三本ずつ投げ、刺さった場所に応じて得点を引いていく。先に持ち点をちょうどゼロにした方の勝ちというものらしい。
細かいルールを二階堂から聞いたあと、俺と蓮見は簡単に投げ方を確認した。
「先攻はレイアだ」
「了解したよ」
蓮見は三本のダーツを受け取ると、ボードの前に立った。
姿勢からして、すでに様になっている。
背筋は真っ直ぐ。肩の力は抜けている。片足へ自然に重心を置き、細い腕を顔の横へ構える。
ダーツを持つだけの動作が、舞台上で小道具を扱う一幕のように見えた。
「では、行こうか」
手首が静かに前へ伸びる。
一本目。ダーツはボードの中央から少し外れた場所へ刺さった。
「おおっ」
観客席から声が上がる。二本目も的を外さない。三本目も、中心から遠くはなかった。
初めてにしては十分すぎる。
蓮見は結果を確認すると、満足そうにこちらを振り返った。
「君の番だよ、大鐘くん」
「ああ」
俺は三本を受け取り、投擲線の前へ立つ。一本を指で持った。
軽い。予想していた以上に軽い。
ボールとは比べるまでもない。握るのではなく、指先でつまむように持つ感覚にも馴染みがなかった。
とりあえず、盤面の中央へ狙いをつける。
腕を振った。
ダーツはボードの右側を大きく外れ、そのまま壁へ当たって床に落ちた。
「……あれ?」
桜羽の心配そうな声が聞こえる。
「うっそ、オーガ下手すぎじゃん!」
沢渡が遠慮なく笑った。
「うるさい」
「はぁ!?」
二本目。さっきより弱く投げる。
今度はボードまで届いたが、矢が的に弾かれた。
三本目はどうにか刺さったものの、低得点だった。
「これは、思ったより差がつきそうだね」
蓮見は勝ち誇るでもなく、純粋に現状を分析するように言った。
次のラウンド。
蓮見は少しずつ精度を上げていく。
初めは盤面の外側に散っていたダーツが、徐々に中央へ近づいていた。
一方の俺は、まだ安定しない。
ボードには刺さるようになったが、高得点の場所を狙うと左右へ外れる。力を抜けば手前へ落ち、腕を振れば勢いがつきすぎた。
「これ、もう決まったんじゃね?」
沢渡が椅子の背にもたれて言う。
「大鐘くん、大丈夫かな……」
桜羽は両手を胸元で組み、本気で心配している。
「いいえ」
その隣で、黒部が静かに呟いた。
沢渡が横を見る。
「何が?」
「まだ終わっていないわ」
黒部は俺の手元を見ていた。
さらにその隣で、二階堂が小さく頷く。
「ここからだろう」
俺は二人の声を背中で聞きながら、次のダーツを持った。
焦る必要はない。負けていることは分かっている。だが、投げるたびに少しずつ分かることも増えていた。
握らない。腕で投げない。
ダーツの重さを感じるには、指先の力をもっと抜く。
軌道を作るのは肩ではなく、肘から先。離す瞬間に手首を返さず、そのまま狙った線へ送り出す。
一本、投げる。中央から少し外れた位置へ刺さった。さっきよりいい。もう一本。今度はさらに内側。
「お、マシになってんじゃん」
沢渡の声が変わった。三本目。狙いを少し上へ修正する。
ダーツは高得点の細い区画へ刺さった。
教室の空気が、わずかに動く。
「なるほどね」
蓮見が楽しそうに目を細めた。
次のラウンドから、差が縮まり始めた。
俺は無理に中央だけを狙わなかった。
命中率と得点のバランスを考え、安定して入れられる場所へ投げる。
蓮見は依然として精度が高い。
体幹がぶれず、毎回ほとんど同じ姿勢から投げている。
だが、俺は投げるごとに軌道を修正した。
指から離れた瞬間の感触。刺さった場所。狙いとの差。それを一投ごとに頭の中で繋げる。
気づけば、先ほどまで大きく開いていた持ち点の差が、ほとんどなくなっていた。
「オーガ、急にうまくなってない?」
「最初とは別人みたいですね」
橘が身を乗り出す。俺は残り点数を見る。
勝負は終盤に入っていた。
蓮見も俺も、あと一度か二度のラウンドでゼロを狙える位置まで来ている。
先攻は蓮見。残りは、狙える数字だった。
「ここで決めるよ」
蓮見は投擲線へ立つ。
その横顔から笑みが消える。
視線が盤面へ集中し、教室のざわめきが遠ざかったように見えた。
一本目。狙った場所のすぐ横へ刺さる。残り点数が減る。
二本目。さらに数字を削る。
あと一本。ここを決めれば、蓮見の勝ちだ。蓮見が最後のダーツを構える。腕を伸ばした。
ダーツは、狙いよりわずかに内側へ入った。
「あっ」
得点が、残り点数を上回った。
バーストだ。蓮見は盤面を見つめたまま、少しだけ目を見開いた。ほんのわずかな力みだったのだろう。
「惜しい……!」
桜羽が思わず声を上げる。
「次、大鐘」
二階堂の声が響く。俺は三本のダーツを受け取り、投擲線へ立った。
残り点数を見る。一投で終わらせるには難しい。だが、三本あれば道はある。最初の一本で、大きく削る。二本目で、最後に狙いやすい数字を残す。
そして三本目。残りは一つ。細い区画を狙う必要はない。これまで最も安定して入れられていた場所だ。
俺は一度だけ息を吐いた。野次も、視線も、勝敗も消える。見るのは、狙う場所だけ。
指の力を抜く。肘を固定し、腕を前へ送る。ダーツが指を離れた。真っ直ぐ飛び、狙った区画へ刺さる。
持ち点が、ちょうどゼロになった。
「勝者、大鐘ヒカリ」
二階堂が静かに告げた。
数秒遅れて、観客席から声が上がる。
「やった、大鐘くん!」
桜羽が嬉しそうに拍手する。
「まさかあそこから逆転するとは!さすがですね」
橘も勢いよく立ち上がった。
「オーガ、最初わざと外してた?」
「そんなわけないだろ」
「うっざ!急にカッコつけすぎ!」
蓮見が俺の方へ歩いてくる。
負けた直後だというのに、その表情は爽やかだった。
「見事だったよ、大鐘くん」
差し出された手を握る。
「最初はどうなることかと思ったが、あれほど短時間で投げ方を修正するとはね。それに、最後の一投。素晴らしい集中力だった」
「蓮見も惜しかった。ほとんど差はなかっただろ」
「だが、勝負は君の勝ちだ。そこを曖昧にするつもりはないよ」
負けず嫌いではある。だが、負けを誤魔化す気はないらしい。
観客席では、二階堂が先ほどの勝負を振り返っていた。
「技術そのものには、大きな差はなかった」
二階堂は静かに言う。
「レイアは最初から高い水準で安定していた。大鐘は序盤で大きく遅れたが、試行のたびに修正した。最後に差が出たのは、瞬間の精神力と集中力だろう。そういった勝負の経験量の違いが現れたと見るべきだな」
その声は、いつもより少しだけ弾んでいた。
隣に座る桜羽が、困ったように笑う。
「楽しそうだね、ヒロちゃん」
「そう見えるだろうか」
「うん。すごく」
二階堂は少しだけ黙った。
それから、何事もなかったように立ち上がる。
「第一戦は、大鐘の勝利」
蓮見は自分のダーツをケースへ戻し、こちらを振り返った。
「一勝を先に譲ってしまったね」
悔しさを隠すような笑顔ではない。
むしろ、次を待ちきれないという顔だった。
「だが、次は負けないよ。大鐘くん」
「ああ。受けて立つ」
俺が答えると、蓮見は満足そうに笑った。
二階堂が再び箱を持ち上げた。
「では、第二戦を決める」
第一戦を終えた俺と蓮見は、教室の中央に並んで立っている。対する観客席では、桜羽たちが先ほどよりも前のめりになっていた。
最初は突然始まった勝負に困惑していたはずなのに、今では全員、すっかり観戦する気らしい。
「次はシェリー、引いてくれ」
「お任せください!」
橘が勢いよく立ち上がった。
箱の前まで駆け寄ると、穴へ手を差し込み、何度か中の紙をかき混ぜてから、一枚をつまみ上げる。
慎重に広げた橘は、書かれている文字を見るなり、ぱっと表情を輝かせた。
「それでは、発表します!」
書かれた文字を見た瞬間、橘の目が輝いた。
「演技力対決です!」
「待て」
俺はすぐに声を上げた。
「それは駄目だろ」
「どうしてです?」
「蓮見は役者なんだろ。完全に専門じゃないか」
互いの得意分野に偏った勝負は避ける。そういう話だったはずだ。隣に立つ蓮見も、素直に頷いた。
「大鐘くんの言う通りだね。公平性に欠ける。私は除外でも構わないよ」
「除外する必要はない」
二階堂だけが、当然のように言った。
「片方の得意分野に偏らないようにした、としっかり言ったはずだ」
「なら」
「君も得意だろう、大鐘」
二階堂はそれだけ言った。
詳しく説明する気はないらしい。
「俺は演技なんてしたことないぞ」
「そうか?」
少しだけ引っかかった。
試合中、弱気な顔を見せないようにはしていた。
捕手が迷えば、投手まで不安になる。どれだけ状況が悪くても、俺だけは次の一球に確信があるように振る舞っていた。
取材を受ける時も同じだ。
本当に思っていることを、そのまま口にしたことは少ない。
記者が求めている言葉や、チームに悪影響が出ない答えを考え、必要な顔を作って話した。
だが、それを演技力と呼ぶのは違う気がする。
役割として必要だったから、そう振る舞っていただけだ。
「大鐘」
二階堂が静かに呼ぶ。
「やってみれば分かる」
なぜか、やたらと推してくる。
二階堂が俺に勝負をさせたいだけなのか、それとも本当に何かを期待しているのか。
表情からは判別できない。
「納得していない顔だね」
蓮見が面白そうに俺を覗き込んだ。
「してない」
「ヒロくんがここまで強く推すんだ。私は見てみたいね」
「期待されても困る」
「やらないのかい?」
蓮見の口元に、挑発的な笑みが浮かぶ。
分かりやすい挑発だった。
「……やる」
「ふふ。そうこなくては」
蓮見が嬉しそうに微笑んだ。
自分の得意分野が採用されたことを喜んでいるというより、俺が逃げなかったことを面白がっているらしい。
「ただ、演技力と言っても色々ある。台詞、表情、身振り、即興劇……単に同じ台本を読んでも、私が有利すぎるね」
蓮見は顎に指を添え、少し考える。
その姿さえ、舞台上で思案する登場人物のように様になっている。
やがて、何かを思いついたように指を立てた。
「こうしよう」
蓮見は観客席に並んだ少女たちを見渡す。
「せっかく可愛い少女たちが揃っているんだ。この場にいる彼女たちを、どちらがよりときめかせられるか。それで競うんだ」
「……何?」
「相手は一人。方法は自由だ」
蓮見は朗らかに続ける。
「判定は、観客席のみんなに任せよう。どちらの演技に、より心を動かされたか。実に分かりやすい勝負じゃないか」
分かりやすい。
だが、俺にだけ妙な負担が大きい。
観客席へ視線を向けると、さっきまで気楽に見物していた少女たちの間に、わずかな緊張が走っていた。
桜羽は胸元で両手を組み、なぜか自分が勝負するような顔をしている。
「が、がんばれっ、大鐘くん」
「どう頑張ればいい」
「えっと……優しく?」
本人もよく分かっていないらしい。
その隣では、橘が元気よく手を挙げた。
「困ったら私でいいですからねー!」
「んなっ!?シェリーさん!?」
遠野が紅茶をこぼしかけた。思わず遠野の方を見る。
「な、なんでもありませんわよ!」
遠野は顔を赤くしながら、目を逸らした。
黒部は椅子に座ったまま、何も言わない。
「……」
ただ、いつもより少しだけ真剣な目でこちらを見ている。
視線が合うと、ほんのわずかに顔を逸らした。
沢渡は足を組み、余裕のある笑みを浮かべていた。
「なにこれ、急にラブコメ企画じゃん。ウケる」
「お前は審査する側だから気楽だな」
「いやいや、誰が選ばれるか分かんないんでしょ?こっちも結構スリルあるって」
そう言いながら、沢渡は楽しそうだ。
俺は小さく息を吐いた。
「先攻と後攻は?」
「第一戦の勝者である大鐘を先攻とする」
二階堂が迷いなく告げた。
「それ、勝った方が不利じゃないか?」
「後攻が有利になるとは限らない。先に強い印象を残せる利点もある」
俺は蓮見を見る。
こういう時、何をすればいいのか。役者なら何か基本的な考え方があるのかもしれない。
「蓮見。こういうのは──」
途中まで口にして、やめた。対戦相手だった。
やり方を教えてくれというのは、いくら何でも違う。
「何だい?」
「いや、何でもない」
蓮見は少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
代わりに、二階堂が口を開く。
「レイアは観客全体を巻き込める。正面から同じことをしても、経験の差が出るだけだ」
「なるほど」
「だから、あまり演技しようと考えすぎるな」
二階堂は俺を見据えたまま続ける。
「普段の振る舞いを、少し大げさにする程度でいい」
「普段って」
「君は相手をよく見ている。普段なら口にしないことを、少し分かりやすく言葉にするといい」
それが演技なのか。
疑問は残る。だが、少なくとも蓮見のような役者を真似するよりは、現実的な助言に思えた。
「ヒロくん」
蓮見が楽しそうに二階堂を見る。
「ずいぶん親切に教えるんだね」
「公平な勝負にするためだ」
「そういうことにしておこう」
二階堂は何も答えなかった。
俺は改めて、観客席の少女たちを見る。
一人に絞る。
桜羽。橘。遠野。黒部。沢渡。
誰を選んでも、やりにくい。
桜羽は真面目に受け止めすぎそうだ。橘は何を言っても表情ひとつ変えなさそう。遠野は大げさな反応をする可能性がある。黒部は反応が読みづらい。沢渡は茶化してきそうだ。
「さあ、大鐘くん」
蓮見が舞台の開幕を告げるように腕を広げる。
「君は、誰を選ぶ?」
ヒロちゃん回では?
すみません、本作についての報告があるので活動報告見てくれると嬉しいです。