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前回でプロローグが終わって、ここからラブコメ開始といった感じです。あと何話かの後、分岐に入る予定です。
4話『空想い』
転校してきてから早くも二週間が経過した。二日目までのドタバタ以降、学園生活は意外にも穏やかに流れている。
魔法クラスの連中とは、放課後に教室で雑談したり、食堂で一緒に食事を取ったりする仲になった。特に桜羽、橘、遠野の三人組はいつも一緒にいるから、俺も自然と巻き込まれる形だ。約束通り黒部にはたまにキャッチボールに付き合ってもらっている。二階堂は朝早く食堂に行けば会える。
また、橘の事件探しは相変わらずで、この二週間の間に何度か謎解きに付き合わされた。どれも些細なものだったが橘は毎回楽しんでいるように見えた。
そんなある日の放課後、いつものように魔法クラスの教室に寄った時の事だった。
「橘がいない?」
「ええ、事件だとか何とか言って飛び出して行きましたわ」
「大鐘くんも一緒じゃなかったの?」
「いや、入れ違いみたいだな」
珍しく橘が不在の放課後。そんなわけで俺は桜羽、遠野と三人でお茶会を楽しんでいた。橘がいないと賑やかさに欠けるかと思いきや、そんなこともなく雑談は続く。二人は騒がしくなくても華やかだからな。
そんなことを考えていると、扉が突然開かれた。
「あっ、大鐘さん!こちらにいましたか!探しましたよ!さぁ事件ですよ!早く、早くっ」
ノン華やかの極みが現れた。
「えぇ、またか……ちなみにどこだ?」
「女子寮です!」
「俺入れねえじゃねえか」
「あっ、そうでした!」と大きく口を開けて驚く橘。ここに入り浸りすぎていつの間にか女子認定を受けていたらしい。
「全く、騒がしいですわね……」
「わわっ、どうしよっか?」
呆れる遠野と慌てふためく桜羽。橘が現れた事でいつもの光景になった。
少し考える。ちょうど良い機会だと思い俺は桜羽の方を見た。
「桜羽、ついていってやれ。橘一人だと何しでかすかわからん」
「えっ?でもいいの?」
「俺が行くわけにもいかんだろ。桜羽なら上手くやれる」
「う、うん。わかった……じゃあシェリーちゃん、行こっか?」
「はい!ありがとうございます!エマさんっ」
嵐が去った後のような静けさが教室に満ちる。橘に引きずられるようにして桜羽が出ていき、残されたのは俺と遠野の二人だけになった。
「……行ってしまいましたわね」
「ああ。まあ、桜羽がいれば最悪の事態にはならないだろ」
俺は空いた椅子に座り直し、冷めかけた紅茶を一口啜った。遠野はそんな俺を、どこか値踏みするような、あるいは呆れたような目で見つめている。
「大鐘さん、あなた本当によろしかったんですの?あんな風にシェリーさんを追っ払って。本当は、あなたも一緒に行きたかったのではないかしら?」
「だから、女子寮には入れないって言っただろ。物理的な壁は名探偵でも超えられないんだよ」
「そういう意味ではなくてよ。……あなたたち、随分と仲が良いようですし。シェリーさんも、あなたの前では一段と楽しそうですわ。良かったんですの?シェリーさんではなくわたくしと二人だなんて」
遠野はカップをソーサーに置き、確信めいた笑みを浮かべた。どうやら彼女の目には、俺と橘が「そういう関係」になりかけているように映っているらしい。
「……変な勘繰りはやめてくれ。俺と橘はただの友達、あいつはライバルだって答えるだろうけど。あいつにそんな殊勝な感情があるわけないし、俺だってそうだ」
「あら、照れ隠しですの?可愛らしいところがありますわね。わたくし知ってますわよ、あなたがたまに目を輝かせてシェリーさんを見つめているのを」
「いやそれは……」
……間違いなく橘が魔法使ってる時だろう。どちらにせよ答えづらい。
「いいから茶を飲め。せっかくの時間が台無しだ」
俺が投げやりに言うと、遠野は「ふふっ」と小さく笑って、再びティーポットを手に取った。
話題を変えるように、俺はふと思ったことを口にする。
「……なあ、遠野。さっき桜羽に橘を任せたけど、あいつって意外としっかりしてるよな。橘の暴走を止めるタイミングとか、いつも絶妙だろ」
「エマさんが?ええ、あの子はとてもお友達想いですから。少しドジなところはありますけれど、シェリーさんのことをちゃんと考えて動いていますわ」
「そうだな。……なんていうか、あいつ、俺たちが気づかないような細かいところによく気づいてる気がするんだ。ただの偶然にしては、出来すぎてるっていうか」
以前、ロッカーの蝶番に挟まった赤い糸を見つけた時のことが頭をよぎる。あの時、俺が真相に辿り着けたのは、彼女が絶妙な位置で転んで視線を誘導してくれたからだ。だが、遠野は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「そうかしら?あの子はいつもふわふわしていますし、どちらかと言えば注意散漫な方だと思いますけれど。シェリーさんほどではありませんが、彼女も放っておけませんわ。大鐘さん、考えすぎではありませんの?」
「……かもな」
やはり、遠野は気づいていない。二階堂があれほど警戒していた桜羽エマに。それとも、桜羽が完璧に隠し通しているのか。二階堂ヒロの忠告を思い出し、俺はそれ以上追求するのをやめた。
すると、遠野がいたずらっぽく目を細め、身を乗り出してきた。
「ところで、大鐘さん。参考までに伺いたいのですけれど……あなた、本当はどのような女性が好みなんですの?」
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「シェリーさんのため……ではなく、純粋な興味ですわ。あなたのその冷静な眼が、どのような異性に向けられるのか気になりますの」
嘘つけ。目が「シェリーに報告してやる」と書いてあるじゃないか。
俺は少し考え、彼女の意図を察した上であえて逆方向に舵を切ることにした。
「そうだな……。まず、髪は綺麗な金髪がいい。それも、ツインテールが似合うような奴」
「……え?」
「性格は、ちょっと意地っ張りで口が悪いけど、本当は誰よりも情に厚いタイプ。お嬢様みたいな喋り方をして背伸びしてるけど、その実、中身はすごく真っ直ぐで優しい……そんなギャップがある女の子なら、目が離せなくなるかもな」
俺が目の前の少女をそのままなぞるように言葉を並べると、遠野の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「な、ななな……何を言っていますの、あなた!?」
「え? 好みのタイプを聞かれたから答えただけだぞ。どうかしたか、遠野?」
「ど、どうかしましたか、ではありませんわ! それ、完全に……っ」
遠野は扇子で顔を隠すようにして視線を泳がせた。普段の余裕たっぷりの態度はどこへやら、耳まで真っ赤にして震えている。からかいすぎたかと思ったが、この反応は面白い。橘や桜羽が彼女に甘える気持ちが少し分かった気がする。
「……ふん。冗談はそれくらいにしておきなさいな。心臓に悪いですわ」
「はは、悪かったよ」
遠野がようやく顔の赤みを引かせ、咳払いを一つして居住まいを正した。
俺はそんな彼女の様子を楽しみつつも、ずっと気になっていたことを切り出すことにした。
「ところで遠野。前から言おうと思ってたんだが……お前の魔法、見せてもらってもいいか?」
「わたくしの魔法?……浮遊のことですの?」
遠野は意外そうな顔をした。
「ああ。橘の怪力はもう嫌というほど体験したし、黒部の幻視にも少し触れた。でも、遠野の魔法はまだちゃんと見たことがないから」
「見せるほどのものではありませんわよ。シェリーさんのように派手な力があるわけでもありませんし……本当に、少し浮くだけですわ」
「それが良い。頼むよ」
謙遜するように言う遠野だが、俺の胸は期待で高鳴っていた。二人になったのもこれが一つの狙いだった。浮遊なんていう一番それっぽい魔法、見たいに決まっている。
呆れ半分、諦め半分といった様子で遠野が立ち上がった。
「よろしいですわ。あまり期待しないでくださいまし。……というかあなた、いつの間にナノカさんと知り合っていましたの。後で詳しく説明してもらいますわよ」
「?ああ」
彼女がスッと目を閉じ、集中を高める。次の瞬間、彼女の周囲の空気がわずかに震えた。ふわっ、と。遠野の体が床から数センチだけ浮き上がった。制服の裾が微かに揺れ、彼女の足が地面を離れている。
「おお……!」
俺は思わず声を出して身を乗り出し、彼女の足元を凝視した。本当に浮いている。影が床から離れ、彼女の体は重力から解き放たれていた。時間にして十秒ほど。彼女はすぐに着地し、少し肩で息をついた。
「……これだけですわ。高さも出せませんし、長くは持ちませんの」
「いやいや!すごいって。今の、発動の瞬間に重心がふっと消える感じ、まじですごい。目に見えてわかる魔法って初めて見たよ俺。感動した」
「そこまで興奮されると、どう反応していいかわかりませんわ……」
熱くなる俺を余所に、遠野は少し疲れたように椅子に手を付いた。
だが、俺は見ていて気づくことがあった。
「なあ、遠野。今の、もう少し楽に浮けるんじゃないか?」
「え?」
「浮く瞬間に全身に力が入りすぎてるように見える。特に体幹がガチガチだ。魔法で浮かせる力と、自分の筋肉で姿勢を保とうとする力が喧嘩してる気がするんだよ。魔法使う時に体に力が入るのはいいけど、抜ける部分は抜いといたほうがいい」
「は、はあ……?」
困惑する彼女を尻目に、俺は立ち上がり彼女の背後に回った。
「ちょっと失礼するぞ」
俺は彼女の腰のあたりに軽く手を添え、姿勢を矯正した。
「もっと肩の力を抜いて。バランスを取る時は全身じゃなくてできるだけ脚の方に意識を置くんだ。浮かび上がるんじゃなくて、地面が勝手に離れていくようなイメージでやってみてくれ」
「こ、こうかしら……?」
遠野は戸惑いながらも、俺の助言通りに力を抜いた。二度目の発動。今度は先ほどよりもスムーズに、そして静かに彼女の体が浮き上がった。高さは変わらないが、先ほどのような不安定さが消え、空中でピタリと静止している。
「あら……? 体が、軽いですわ……」
「いいぞ、その感じだ。そのままゆっくり呼吸を続けて」
数秒後、彼女は着地した。先ほどよりも疲労の色が薄い。
「すごいですわ……。魔法の出力は変わっていないはずなのに、使い勝手がまるで違いますの」
「体の使い方が変われば、って思ったけどかなり改善したな」
遠野は少し興奮した様子で俺を見上げた。金髪のツインテールが軽く揺れ、驚きが混じっている。
「ありがとうございます。とてもわかりやすかったですわ。大鐘さんは、何かなされていたんですの?」
純粋な目でこちらを見る。俺は素直に答えることができた。
「ここに来るまでは野球。捕手だ。中学の頃は、よく指導もしてた」
「野球、捕手……そういうことですの。真剣に打ち込まれていたのがわかりますわ」
遠野は何か納得したように静かに微笑み、再び椅子に座った。カップを手に取り、紅茶を一口啜る。彼女の頰にまだ少し赤みが残っているのは、魔法の疲れだろうか。
「ん……まぁそうだな。それよりも遠野。さっきの浮遊についてもう一つ聞きたいことがあってだな」
遠野はカップを置き、じっと俺の顔を覗き込んできた。その緑色の瞳が、何かを見透かすように細められる。
「……大鐘さん。あなた、先ほどから随分と饒舌ですわね。それにその目、先ほどわたくしが指摘した時よりも、さらにギラギラしていますわよ」
「えっ? い、いや、そんなことは……」
「隠しても無駄ですわ。あなた、本当は魔法が大好きなんですのね? それも、ただ興味があるというレベルではなく、重度の魔法好き……いえ、魔法マニアとお見受けしましたわ」
図星だった。元々、この学園に来る前から魔法少女という存在には言いようのない憧れがあった。
「ち、違う!俺はただ、捕手としての習性で、未知の技術を分析して最適解を導き出そうと……そう、効率化の観点からだな……」
「しどろもどろですわよ。さっきまでの冷静な名探偵さんはどこへ行きましたの? 顔が真っ赤ですわ」
「……っ、うるさいな。男なら誰だって、目の前で魔法が使われたらテンション上がるだろ!あとこれは秘密で頼む!」
開き直ってそう言うと、遠野は「あはは!」と今日一番の大きな笑い声を上げた。お嬢様らしからぬ、年相応の少女のような笑い方。
「いいですわ、認めなさいな。そんなに魔法が見たいのでしたら、もっと特別なものを見せてあげてもよろしくてよ?」
「……本当か?」
「ええ。何が見たいかしら?」
一瞬焦ったが、魔法に強い興味があるという程度なら肝心な部分はバレていない。実際その通りではあるし。俺は開き直って教室の隅に立てかけられていた、備品の掃除用ほうきを指差した。
「……あれに乗って、浮いてみてほしい。できれば、俺も一緒に」
「……は?」
「魔法少女といえば、ほうきに乗って空を飛ぶのが定番だろ。遠野の浮遊なら、それができるんじゃないかと思って」
遠野は呆れ果てたように額を押さえた。
「……あなた、見た目はあんなにクールぶっていますのに、中身はシェリーさんと同レベルですのね。いい年した男子生徒が、ほうきで空を飛びたいだなんて……」
「いいだろ別に! 夢なんだよ!」
「……ふふっ。よろしいですわ。そこまで言うのなら、わたくしの『マジカル・フライト』に招待して差し上げますわ」
遠野はほうきを手に取ると、その上に跨った。そして、俺に前へ乗るよう促す。狭いほうきの上。必然的に俺と遠野の距離はゼロになる。背中に彼女の柔らかな感触と、ほんのりと甘い紅茶の香りが伝わってきて、俺の心臓は魔法どころではない騒ぎを始めた。
「……行きますわよ。しっかり掴まっていてくださいまし」
遠野が集中する。先ほどの助言が効いたのか、ほうきはガタガタと震えながらも、ゆっくりと床から浮き上がった。
「おお……浮いてる!本当に浮いてるぞ!」
「騒がないでくださいまし!バランスが……ああっ、ちょっと、大鐘さん、動きすぎですわ!」
「悪い、つい……うわっ!?」
興奮した俺が身を乗り出した瞬間、重心が大きく崩れた。遠野の魔法はまだ二人分の体重を支えて安定させるほど熟練していない。ほうきは急激に傾き、俺たちは空中できりもみ状態になった。
「きゃああああっ!?」
「遠野っ!」
制御を失ったほうきから、俺たちは床へと投げ出される。 俺は空中で咄嗟に体を反転させた。培ってきた反射神経が、自分よりも守るべき対象を優先させる。
ドサッ、という鈍い音。
「……ぐあっ」
「……え?」
俺は床に背中を打ち付け、その衝撃に息が止まりそうになった。だが、腕の中には確かな重みがある。俺の上に重なるようにして倒れ込んだ遠野を、俺は両腕でしっかりと抱きとめていた。
「……大丈夫か、遠野」
「……あ、ええ……」
「ごめんな……冷静じゃ無かった」
「……ええ、知ってますわ」
至近距離で目が合う。腕の中の彼女は、驚くほど軽くて、細かった。制服越しに伝わる体温。折れてしまいそうなほど華奢な肩。普段の勝ち気な態度からは想像もできない、守ってやらなければならない女の子の質感がそこにあった。
遠野は顔を真っ赤にして、俺の胸元に手を置いたまま固まっている。
「……あの、大鐘さん。その、重くありませんの……?」
「……全然。お前、ちゃんと飯食ってるのか不安になるくらい軽いぞ」
「なっ……失礼ですわね! これでも……」
言いかけた遠野の言葉は、勢いよく開かれた扉の音にかき消された。
「ただいま戻りましたー! 事件は無事迷宮入……って、ええええええええっ!?」
「わわっ……! ハンナちゃん!?大鐘くん!?」
入り口には、目を丸くして固まっている橘と、頬を赤らめて口元を押さえている桜羽。
橘の声が教室に響き渡った瞬間、俺と遠野は同時に弾かれたように体を離した。俺は慌てて上体を起こし、遠野は床に座ったままスカートを直す。彼女の顔は耳まで真っ赤で、金髪のツインテールが乱れている。
「ち、違う!これは……その、実験が失敗して……!」
「実験……ですわ!これは大鐘さんが……あっ、いえ、なんでもありませんわ!」
俺たちの言い訳が重なる。
「これは事件です!大事件です!」
「シェリーちゃん、落ち着いて……でも、すごいタイミングで戻っちゃったね……」
桜羽は頰を赤らめながら、いつものように慌てている。遠野は必死に扇子で顔を隠し、俺は頭を抱えた。結局、その日の放課後は橘の質問攻めと、桜羽のフォローと、遠野の「忘れやがれ!ですわ!」という必死の否定で埋め尽くされた。
ハンナちゃんとは甘々で、絶対に幸せにするぞって感じの顔つきでいます。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!