古の灯火   作:丸亀導師

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1941年12月8日 3

 

一九四一年十二月八日。

オアフ島真珠湾が炎と黒煙に沈み、フィリピンのリンガエン湾に大和型戦艦の四六センチ砲が炸裂してから、およそ一時間後。

ワシントンDCのホワイトハウスと、ロンドンのダウニング街十番地(英首相官邸)に、さらなる絶望の報告が雪崩のように押し寄せていた。

彼らはこれまで、極東の黄色い猿(日本)が自らの国力を見誤り、単独で世界の旧秩序に狂気の戦いを挑んできたのだと思い込もうとしていた。

しかし、現実は違った。

通信機が次々と吐き出す暗号電報は、米英の指導者たちに「自分たちが戦う相手は日本一国ではない」という、身の毛のよだつような巨大な真実を突きつけていたのである。

ハワイ時間午前九時(日本時間八日未明)。

大日本帝国の開戦第一撃を確認したその瞬間、アジア・中東に広がる「大東亜共栄圏」および「ユーラシア・経済ブロック」の参加諸国が、一斉に動いた。

シャム王国(タイ)、広蒼国(南中国)、満州(韃漢国)、そしてペルシア(イラン)。

彼らはワシントンとロンドンの大使館を通じ、あるいは国際放送の電波に乗せて、アメリカ合衆国、大英帝国、およびフランス政府に対する**「正式な宣戦布告」**を間髪入れずに発したのである。

それは、日本に脅されての参戦ではない。

 

「日本のインフラと資源ルートが破壊されれば、我々の国も死ぬ」という、一九四一年九月の地下最高会議で共有された『一蓮托生の物理法則』に基づく、完全なる自発的かつ生存を賭けた宣戦布告であった。

 

これより、極東の局地戦は、文字通り地球の半分を巻き込む「世界大戦」へと不可逆的な拡大を遂げる。

 

第一の決壊:仏印への雪崩とマレー電撃戦

宣戦布告のラジオ電波が世界を駆け巡ったその数分後。

フランス領インドシナ(仏印)の国境線において、旧態依然とした植民地支配を続けていたフランス軍守備隊は、地響きとともに迫り来る「鋼鉄の津波」を目の当たりにしていた。

 

「……なんだあれは!? 日本軍か!?」

 

「違います! シャム(タイ)軍の国籍マークと……広蒼国(南中国)の軍旗です!!」

 

仏印の西側からは、バンコク憲章の盟主として完全に近代化されたシャム王国の機械化部隊が。

北側からは、蔣介石との内戦を戦い抜き、日本の資本で極端に重武装化された広蒼国の歴戦の猛者たちが。

彼らは、MBF(特級硬化繊維素材)の装甲を纏った日本製のSTEL装甲牽引車や中戦車に乗り込み、決壊したダムの水が低きへ流れるような圧倒的な勢いで、仏領インドシナへと雪崩れ込んだのである。

 

「撃て! 砲撃を要請しろ!」

 

フランス軍の将校が絶叫するが、彼らの旧式な野砲が火を噴くより早く、上空から飛来したシャム空軍の『一〇年式・重装甲襲撃機』が急降下し、三七ミリ機関砲でトーチカごとフランス兵を挽肉に変えていく。

 

シャムと広蒼国にとって、仏印は「白人に不当に奪われたアジアの領土」であった。彼らは長年の怨嗟と、日本の強大なバックアップを得て、怒涛の進撃でフランス植民地軍を蹂躙していった。

そして、このシャム軍の進撃は、帝国の「本命の作戦」への巨大な目くらましであり、同時に完璧な露払いでもあった。

 

仏印国境が炎上している同時刻。シャム湾の沖合には、日本海軍の残存する量産型軽空母(大鷹型など)四隻と、無数の通常輸送船団が完全に海域を制圧していた。

強襲揚陸艦(特一等輸送艦)はフィリピンへ振り向けられていたが、こちらには「友軍(シャム)の安全な港湾」という最大の利点があった。

 

輸送船団はシャムの港に次々と接岸し、クレーンを用いて無数の車輌と兵員を陸揚げしていく。

史実において、日本軍はマレー半島のジャングルを「銀輪部隊(自転車)」で強行突破するという血の滲むような進軍を強いられた。

 

しかし、この世界線の帝国陸軍は違う。

シャムの港で陸揚げされた三個師団の機械化歩兵と機甲部隊は、すでにシャム軍が切り開いた安全な補給路(道路と鉄道)を利用し、一切の疲労なくマレー半島国境へと集結。

 

そのまま全車両動力による「完全装甲電撃戦」をもって、イギリス軍が守るマレーの密林を時速四十キロで物理的に押し潰しながら、難攻不落のシンガポール要塞を目指して南下を開始したのである。上空では、軽空母から発艦した『烈風』が、イギリス空軍の旧式機を文字通り赤子を捻るように撃墜し、完全な航空優勢(エア・カバー)を提供し続けていた。

 

第二の決壊:蘭印の業火とパレンバン無血開城

シンガポールを目指すマレー作戦と並行し、帝国の真の戦争目的たる「資源地帯の確保」もまた、一切の流血を最小限に抑えた鮮やかな手口で実行されていた。

 

オランダ領東インド(蘭印、現在のインドネシア)。

スマトラ島に位置する極東最大の油田および精油所「パレンバン」において、オランダ軍守備隊はフィリピンや真珠湾の惨報を受け、直ちに油田施設の「自爆・破壊工作(焦土作戦)」の準備に取り掛かっていた。

 

「日本軍に油の一滴たりとも渡すな! すべてのパイプラインと精製塔に爆薬を仕掛けろ!」

 

しかし、オランダ軍の将校が起爆装置のスイッチに手を伸ばした瞬間、彼の眉間を背後から放たれた銃弾が撃ち抜いた。

 

「……遅かったな、オランダの豚ども。この油田は、俺たちアジアの血だ。一滴たりとも燃やさせはしない」

 

銃口から煙を立ち昇らせていたのは、オランダ軍に雇われていたはずの現地インドネシア人の労働者であった。

一九三五年時点の『国力推計』で示されていた通り、日本の特務機関(中野学校等)と商社は、数年前から蘭印の独立指導者や華僑ネットワークと密かに結びつき、莫大な裏金(円)と武器を提供して「地下組織」を構築していた。

 

開戦の暗号電波を傍受した瞬間、蘭印全域の油田や鉱山で、現地の労働者と武装した反乱勢力が一斉に蜂起したのである。

 

「パレンバン精油所、第一・第二プラントの制圧完了! オランダ兵の無力化に成功!」

 

作業着の下に日本の『昭和〇九年式自動小銃』を隠し持っていた現地工作員たちが、次々と要所を占拠していく。

オランダ軍は外部からの日本軍の上陸に備えて海岸線に兵力を張り付けていたため、内部からの大規模な暴動(しかも高度に訓練された特殊部隊の指揮下にある)に対し、全く対処することができなかった。

 

そして、オランダ軍がパレンバン奪還のために軍を向けようとしたその時。

上空に、台湾基地を飛び立った日本海軍の一式陸上攻撃機『深山』の大編隊が飛来した。

彼らは爆弾を落とす代わりに、上空数百メートルから真っ白な落下傘を次々と開花させた。

 

大日本帝国海軍・落下傘部隊(空挺特強部隊)である。

彼らは、反乱勢力が確保し、安全が確認されたパレンバン油田のど真ん中へ、無傷で、誰一人撃ち落とされることなく優雅に降下した。

 

現地の労働者たちから歓呼の声で迎えられた日本軍空挺部隊は、そのまま強固な防衛陣地を構築。

開戦からわずか半日にして、大日本帝国は戦争継続の絶対条件である「蘭印の石油」を、施設を全く傷つけることなく完全無傷で手に入れたのである。

 

 

第三の決壊:南の空の処刑(ニュージーランド空爆)

そして、赤道を遥かに越えた南半球。

数ヶ月前から「熱戦(代理戦争)」の震源地となっていたニュージーランドにおいても、帝国の巨大な兵器体系がついにその真の牙を剥いた。

 

「……ハワイの太平洋艦隊、全滅。フィリピン航空隊、壊滅……だと……? 神よ、我々は見捨てられたのか……」

 

ニュージーランド南島。クック海峡を見下ろす陣地で、アメリカ・イギリスから派遣された軍事顧問団と南島の白人民兵たちは、受信した絶望的な通信に顔を蒼白にしていた。

 

彼らはこれまで、海峡を挟んで北島(マオリ・新政府軍)と散発的な砲撃戦を繰り返してきた。アメリカの大艦隊がハワイから駆けつけてくれれば、日本の支援を受ける北島など一蹴できると信じていたのだ。

 

しかし、その前提は完全に崩壊した。

 

「敵機接近! 北島オークランド方面より、大型の編隊が来ます!」

 

見上げた空の彼方、高度八千メートルという高空から、腹に響くような四発エンジンの重低音が轟いてきた。

北島の秘密基地に密かに展開していた、大日本帝国海軍の超重爆撃機『連山』、および『深山』の戦略爆撃部隊である。

 

これまでは「内戦への過度な介入を避ける」という外交的建前のために使用を控えていたが、日米開戦の火蓋が切られた今、手加減をする理由は一ミリも存在しなかった。

 

「対空砲火、届きません! 敵は高すぎます!」

 

南島部隊のアメリカ製高射砲が虚しく空を切る中、完全与圧キャビンの中で快適に照準器を覗き込む『連山』の爆撃手たちは、電磁式シーケンサーの計算に従って、冷徹に投弾スイッチを押した。

 

ヒューーーーーーーッ……!!

 

何十トンもの航空爆弾とクラスター焼夷弾が、クック海峡の南岸に構築された米英の砲兵陣地や、南島臨時政府の拠点であるクライストチャーチの軍事施設へと、雨霰と降り注ぐ。

圧倒的な破壊力が、大地をえぐり、トーチカを粉砕し、白人至上主義にしがみついた保守派の民兵たちを容赦なく吹き飛ばしていく。

 

これまで散発的な「歩兵戦」しか知らなかったニュージーランドの地に、初めてもたらされた「戦略爆撃」という絶対的な暴力。

南半球の美しい島は、日本の戦略空軍による一方的な空爆によって、抵抗の意志ごと物理的にすり潰されていった。

 

 

第四の決壊:沈黙のカンガルー(オーストラリアの絶望と中立)

これらすべての惨劇(アメリカ・イギリスにとっての)を、最も近くで、最も震え上がりながら見つめていた国家があった。

オーストラリア連邦である。

 

首都キャンベラの首相官邸。

オーストラリア首相は、広げられた太平洋の巨大な海図を前に、文字通りへたり込んでいた。

海図の上には、絶望的な赤い矢印が書き込まれている。

 

「真珠湾壊滅……。フィリピン上陸……。マレー半島突破……。蘭印の油田陥落……。そして、お隣のニュージーランド南島は、日本の重爆撃機によって現在進行形で更地にされている……」

 

国防相が、幽鬼のような声で報告を読み上げた。

 

「ロンドンのチャーチル首相からは、『大英帝国の威信に懸けて、全豪州軍をニューギニアへ派遣し、日本の南下を食い止めよ』との厳命が下っています。……どうしますか、首相」

 

「……どうしろと言うのだ!!」

 

首相は海図を力任せに叩きつけた。

 

「ハワイの太平洋艦隊が消滅した今、我々を海の向こうから守ってくれる白人の大国などどこにも存在しない! シンガポールの東洋艦隊など、日本の機動部隊の前では紙切れ同然だ!」

 

彼らは一九三五年の時点で、日本の強襲揚陸艦(特一等輸送艦)の電撃的な上陸能力を分析し、恐怖していた。それが今、現実にフィリピンで米軍を数時間で粉砕しているのだ。

 

もしオーストラリアがイギリスの命令に従って宣戦布告すれば、明日の朝にはダーウィンの海岸に日本の戦車が上陸し、キャンベラの空から『連山』の爆弾が降ってくる。

 

「……それに、忘れるな。我が国の経済は、日本に羊毛と鉄鉱石を買ってもらわなければ、一ヶ月で完全に崩壊するのだ」

 

首相は両手で顔を覆い、血を吐くような決断を下した。

 

「……ロンドンへ打電しろ。本国には申し訳ないが、我が豪州に大英帝国と心中する義理はない。そして、ニューギニア島(委任統治領)に展開している守備隊に対し、直ちに武器を捨てて本土へ撤退するよう命じろ」

 

「し、しかし首相! それは事実上の降伏……!」

 

「降伏ではない! **『中立』**だ!!」

 

首相は血走った目で国防相を睨みつけた。

 

「我が国は、大英帝国を離脱し、この太平洋戦争において完全な『中立』を宣言する! 日本軍に対して一切の敵対行動をとらず、これまで通り羊毛と鉄鉱石の輸出(円・ポンドのバーター取引)を継続する。……そうしなければ、この国は物理的に焦土となるか、経済的に餓死するかの二択しかないのだ!!」

 

一九四一年十二月九日(開戦翌日)。

 

オーストラリア政府は、全世界に向けて「太平洋戦争における絶対中立」と「ニューギニア島からの完全撤退」を公式に宣言した。

大日本帝国が数年前から仕掛けていた「生かさず殺さずの甘い毒(経済的依存)」。

 

その毒は、恐怖という最高の触媒を得て、見事にオーストラリアの喉笛を内部から麻痺させたのである。

イギリスが太平洋・インド洋の防衛の要として頼みにしていた広大な大陸は、一発の銃弾を交えることもなく、日本の「物理的・経済的重力」の前に屈服し、盤面から完全に消え去った。

 

ハワイ、フィリピン、マレー、蘭印、ニュージーランド、そしてオーストラリア。

一九四一年十二月八日というたった一日の間に、大日本帝国が弾き鳴らした破滅の交響曲は、数百年続いた白人至上主義と欧米の植民地支配という古い城壁を、文字通りドミノ倒しのように完全に叩き崩したのであった。

 

あとはただ一つ。

この絶望の連鎖からアメリカ合衆国が立ち直るための最後の希望、大西洋と太平洋を結ぶ「大動脈」を物理的に切断することだけが残されていた。

 

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