一九四一年十二月八日。
極東の海と空で「鋼鉄の津波」が引き起こされたその日、地球の裏側であるヨーロッパ大陸においても、数年前から周到に敷き詰められていた「備(そなえ)」の導火線に、一斉に火が放たれた。
ベルリンの総統官邸、そしてローマのヴェネツィア宮殿。
ワシントンとロンドンに向けた「宣戦布告」の公式文書が読み上げられ、ドイツの『北中同盟』およびイタリアの『地中海同盟』に属する欧州の経済圏各国が、一糸乱れぬ動きでアメリカ合衆国、大英帝国、そして自由フランスに対して牙を剥いたのである。
しかし、パリのフランス陸軍最高司令部(ガムラン将軍ら)は、次々と届く宣戦布告のリストの中に、**「ある一つの重大な欠落」**があることに気づき、首を傾げていた。
「……ドイツ軍から、ベルギー王国に対する宣戦布告が出されていない。どういうことだ?」
史実(第一次世界大戦)の教訓から、フランスはドイツ国境に難攻不落の要塞線『マジノ線』を構築していた。そして、ドイツがそれを迂回するために必ずベルギーを侵略してくると予測し、ベルギー国境側に最精鋭の機動部隊を張り付けて待機していたのである。
当然、ドイツがベルギーに宣戦を布告し、そこで泥沼の遅滞戦闘が始まるものとフランス軍は信じ切っていた。
しかし、現実は彼らの想像を絶するほど「静か」に、そして残酷なまでに「すでに終わって」いた。
第一の罠:不可視のアルデンヌ突破(一〇時〇〇分の絶望)
一九四一年十二月八日、午前一〇時〇〇分。
フランス東部のアルデンヌの森、およびベルギー国境地帯において、ついにドイツ国防軍の侵攻が開始された。
だが、そこには砲声も、悲鳴も、国境警備隊の抵抗すら存在しなかった。
アルデンヌの深い森を抜け、ベルギー国境のゲートの前に姿を現したハインツ・グデーリアン大将率いるドイツ装甲師団の群れに対し、ベルギーの国境警備隊は銃を向けるどころか、敬礼をして遮断機を上げ、彼らを招き入れたのである。
「……ば、馬鹿な! なぜベルギー軍は戦わない!? ドイツの戦車部隊が、何千両も一列に並んで、まるでパレードのように無傷で我が国の国境へ向かってきているぞ!!」
フランス軍の偵察機が持ち帰った報告に、最高司令部はパニックに陥った。
彼らは知らなかったのだ。大日本帝国の「円ブロック」と深く結びついたドイツの重工業・経済網が、数年前からベルギーの王室と政府に対して「甘い毒」と「冷徹な恫喝」を仕掛けていたことを。
『無害通航権(Right of innocent passage)』。
ドイツはベルギーに対し、「我々の軍隊が貴国の領土をただ『通過』するだけであれば、一切の攻撃を行わず、経済的な繁栄も保証する。だが、もしフランスに味方して我々に銃を向けるなら、大日本帝国のインフラ網から完全に切断し、国を物理的に更地にする」と、極秘裏に最後通牒を突きつけていたのである。
ベルギー政府は、ユーラシア経済ブロックの圧倒的な重力に屈し、フランスには一切内緒で、ドイツ軍の「無害通航」を承認していたのだ。
アルデンヌの森もまた、土木技術を用いた「民間の林業開発」を装い、数年前から戦車が高速で走り抜けられるよう、道が完全に舗装・拡張されていた。
一発の銃弾も撃つことなく、泥沼の市街戦も経験することなく。
ドイツの強力な戦車部隊は、日本のタングステンで強化された徹甲弾を満載し、無傷のまま、完全に無警戒だったフランスの背後(スダン方面)へと悠々と雪崩れ込んだのである。
最強の盾であったはずのマジノ線は、一瞬にしてただの巨大な「コンクリートのゴミ」と化し、フランスの運命は開戦からわずか数時間で完全に「詰み」を迎えた。
第二の罠:ローマ軍団の再来と地中海の封鎖
フランスの絶望は、北からだけではなかった。
東のアルプスを越え、南仏の保養地ニースへ向けて、イタリア王国の軍勢が怒涛の西進を開始したのだ。
史実においては「弱小」と嘲笑されたイタリア軍。しかし、この世界線の彼らは違う。日本の工作機械と技術指導によって基礎工業力を底上げされ、一〇〇〇馬力級の航空エンジンと、規格化された兵站網を手に入れた「真の地中海帝国」の軍隊である。
「進め! 我が軍の足跡は、かつてのローマ帝国がガリア(フランス)を征服した栄光のルートそのものだ!」
イタリアの戦車部隊と山岳歩兵が、混乱の極みにあるフランス軍の側面を食い破っていく。
そして、イタリアの真価は「海」と「空」で発揮された。
宣戦布告と同時。シチリア島や南イタリアの航空基地から飛び立ったイタリア空軍の爆撃機の大群が、イギリス地中海艦隊の絶対的拠点である『マルタ島』および『エジプト・アレクサンドリア港』に対して、無慈悲な奇襲空襲を敢行した。
「地中海をイギリスの湖になどさせておくものか! ここは我々(ローマ)の内海だ!」
イタリア海軍の高速戦艦と重巡洋艦部隊が出撃し、地中海の中央部を完全に物理封鎖。
これにより、イギリス本国からスエズ運河を経由してインドやシンガポール(極東)へ向かう「大英帝国の生命線」は、完全に断ち切られた。さらにイタリア軍は、リビアからエジプト(北アフリカ)へ向けた大規模な機甲侵攻を同時に開始。中東におけるイギリスの覇権に致命的な楔を打ち込んだ。
第三の罠:オスマンの影と紅海の猟犬
ヨーロッパが炎に包まれる中、中東およびアフリカにおいても、帝国の『備え』が恐るべき連鎖反応を引き起こしていた。
【トルコ共和国:偽りの中立】
第一次世界大戦の敗戦国であり、ヨーロッパとアジアの結節点に位置するトルコ。
彼らはイギリスとソ連からの参戦要求を突っぱね、世界に向けて**「枢軸寄りの中立」を高らかに宣言した。
軍隊こそ直接動かさないものの、その実態は「ユーラシア・ブロックの巨大な兵站基地」であった。トルコはボスポラス海峡を封鎖してソ連黒海艦隊を幽閉しつつ、隣国であるペルシア(イラン)に対して、日独から供給された大量の武器・弾薬を「陸路の安全地帯」として横流しし始めた**のである。
ペルシアは日本の強力な巡洋艦部隊の支援を受けつつ、自国の油田をイギリスから完全に防衛。トルコのこの「実質的な枢軸参戦」により、ソ連は南コーカサスからの進出を阻まれ、イギリス軍は中東で完全に孤立することとなった。
【エチオピア帝国:紅海の絶対防衛線】
そして、アフリカの角に位置するエチオピア帝国。
ローマ条約によって戦火を免れ、日本の技術で急速な近代化を遂げたこの黒人帝国は、陸上での無謀な侵攻を行わず、徹底した「防御的姿勢」をとった。
しかし、その「防御」はイギリスにとって致命傷であった。
エチオピアは、日本の特一等輸送艦が接岸可能なゼイラ港を拠点とし、日本から供与された無数の**『高速魚雷艇』と『沿岸哨戒機』**を紅海に解き放ったのである。
「紅海を通るイギリスの船は、一隻たりとも生かして帰すな!」
MBF製の軽量な船体に大出力ディーゼルエンジンを積んだエチオピア軍の魚雷艇群は、紅海の入り組んだ海岸線に潜み、スエズ運河を目指すイギリスの輸送船団に対して「ヒット・アンド・アウェイ」の群狼戦術を展開した。
大型艦を持たない彼らの戦法は、狭い紅海においては戦艦よりも遥かに厄介な「実質的な海上封鎖」として機能した。
【燃え上がるスエズ争奪戦】
エチオピアのこの行動は、単なる軍事作戦にとどまらなかった。
「見ろ! 黒人の帝国が、あの憎き大英帝国を紅海で打ち負かしているぞ!」
「アジアの日本だけではない! 我々アフリカ・アラブの人間も、白人の支配から立ち上がる時が来たのだ!」
エチオピアの圧倒的な抵抗(防衛)の事実は、長年イギリスとフランスの植民地支配に苦しんできた中東・北アフリカの民衆に、熱狂的な反英仏感情を巻き起こした。
エジプト、パレスチナ、シリア。
日本とドイツの特務機関から密かに武器を受け取っていた現地のアラブ人武装組織が、一斉に蜂起を開始。彼らはイギリス軍の補給拠点を襲撃し、鉄道を破壊し、スエズ運河の管理施設になだれ込んだ。
大英帝国の心臓たる『スエズ運河』。
そこは開戦からわずか数日にして、イギリス軍、イタリア軍、そして蜂起したアラブの民衆が入り乱れる、事実上の「誰のものでもない血みどろの争奪戦(無政府状態)」へと陥ったのである。
総括:盤面の崩落(チェックメイト)
一九四一年十二月八日。
この日、ロンドンとワシントンの指導者たちが見たものは、単なる「軍事的な敗北」ではなかった。
それは、彼らが数百年かけて築き上げてきた**「白人至上主義と旧来の植民地支配システム」そのものが、地球規模でガラガラと音を立てて崩れ落ちていく光景**であった。
* フランスは、外交の敗北によってマジノ線を無力化され、背後から首を刎ねられた。
* イギリスは、地中海と紅海を完全に封鎖され、中東のアラブ人反乱によって帝国の血管(スエズ)を千切られた。
* オーストラリアは恐怖のあまり引きこもり、蘭印の油田は内部工作で無傷のまま奪われた。
* そしてアメリカは、真珠湾で太平洋艦隊を失い、フィリピンで軍隊を溶かされた。
すべては、日本という極東の島国が、数年前から狂気的なまでの合理主義をもって敷き詰めてきた『備(そなえ)』の結果であった。
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開戦の詔書(一九四一年十二月八日・現代語訳版)
天の助けを保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇猛な汝ら臣民にはっきりと示す。
私はここに、アメリカ合衆国および大英帝国に対して宣戦を布告する。
我が陸海空の全軍は全力を挙げて交戦し、政府の全機関は国家の総力を結集して、我が目的の達成に遺憾なきを期せよ。
もともと、大東亜の安定を確保し、世界の平和と万人の共存共栄を願うことは、歴代の天皇が遺した大いなる教えであり、私が常に胸に抱いてきたことである。
だからこそ我が国は長年にわたり、兵の無闇な拡大を戒めて技術の研鑽に励み、隣邦の国々(シャム、広蒼、ペルシア、シホテルーシなど)と等しく経済の輪を結び、互いの国土を豊かにする「共栄の道」を歩んできた。
しかし、米英両国はどうであろうか。
彼らは自らが世界を支配するという古き覇権(白人至上主義)にしがみつき、新興国家の台頭と有色人種の自立を極度に恐れ、妨害してきた。
パナマにおいては我が国の平和的な民間船(箱根丸)を水門の密室で不当に強奪し、ジュネーヴにおいては理不尽極まりない「完全なる経済封鎖」を主導し、我が国と同盟国との平和的な自由貿易の網を暴力的に切断した。さらにニュージーランド沖においては、いわれなき潜水艦の攻撃によって我が同胞の命(天洋丸)を奪ったのである。
我が国は、あくまで平和的な解決を望んでいた。
太平洋の非武装化、自由貿易の尊重、そして国際社会における『人種差別の撤廃』を求め、血を吐くような忍耐をもって彼らと交渉を続けてきた。
だが、彼らは一切の反省を示すことなく、我々の譲歩を冷酷に拒絶した。あろうことか、我が国と同盟国に対し、自らインフラを破壊し、経済的自決権を放棄して再び彼らの奴隷に戻るよう強要してきたのである。
このままでは、我が帝国が血の滲むような努力で築き上げた技術と平和の礎は破壊される。
そして、大東亜のみならず、我々を頼りとするユーラシアの同盟諸国もまた、米英の搾取のもとで永遠に呻吟することとなる。我が帝国の存立と、ともに歩む国々の命運は、まさに今、歴史上最大の危機に瀕している。
もはや、事ここに至っては、一歩も退くことはできない。
帝国は自存自衛のため、そして旧き不平等の鎖を断ち切り、世界に真の「共存共栄の新秩序」を確立するために、断固として立ち上がり、あらゆる障害を破砕するほかに道はないのである。
私は、汝ら臣民の忠誠と勇気に深く信頼している。
この未曾有の国難を速やかに克服し、東亜と世界の空に永遠の平和を確立し、祖先の栄光をさらに輝かせることを、私は切に望む。
御名御璽
昭和十六年十二月八日