「膝を痛めた巨人がいるならば、立ち上がる前に、さらにその膝を鉄パイプで殴りつければよい」
一九四二年の中旬。総力戦研究所と大本営が共有していた基本ドクトリンは、まさにこの冷徹な一言に集約されていました。
パナマ運河の閉塞によって「両洋艦隊の合流」という大動脈を断ち切られ、太平洋の西半分を完全に喪失したアメリカ合衆国。その西海岸(カリフォルニアからワシントン州に至る沿岸)は、今やかつての繁栄を完全に失い、恐怖と機能不全のどん底にありました。
日本の伊号潜水艦群が我が物顔で通商破壊を展開し、さらには機動部隊から分派された軽空母群が、アメリカの潜水艦を「対潜哨戒機」で文字通りウサギ狩りのように狩り尽くしているのです。西海岸の物流と漁業は完全に麻痺し、合衆国は見るからに弱体化の兆しを見せ始めていました。
しかし、帝国の本当の狙い(殺意)は、太平洋側だけではありませんでした。
真の絶望は、彼らが「絶対に安全な銃後」だと信じ切っている大西洋側、すなわち東海岸の心臓部にもたらされることになります。
第一段階:大西洋の目くらまし(Uボート部隊の暗躍)
パナマから南米大陸南端を大迂回し、同盟国ドイツの軍港(あるいはフランス大西洋岸の秘密基地)へと無事に到達した六隻の戦略潜水空母『須号第一〇〇型』。
彼らはそこで、ヒトラーとデーニッツ提督から熱狂的な歓迎を受けるとともに、極秘裏に「ある兵器」のアップグレードを受けていました。
その間、ドイツ海軍のUボート部隊は、アメリカ東海岸へ直接向かう(史実のドラムビート作戦)のではなく、あえて**「大英帝国の完全な海上封鎖」**へと全戦力を集中させていました。
これが、完璧な『目くらまし(デコイ)』でした。
アメリカ海軍の大西洋艦隊は、「ドイツの狙いはイギリスを餓死させることだ。我々はイギリスへの輸送船団の護衛に全力を注がねばならない」と思い込まされ、対潜戦力(ASW)をこぞって北大西洋の真ん中やイギリス近海へと振り向けてしまったのです。
結果として、アメリカ東海岸(ニューヨークやワシントンDCの沖合)の防備は、開戦から半年が経過してもなお、信じられないほど手薄な状態が続いていました。
第二段階:闇夜の熱源探知(日独技術の融合)
一九四二年夏。
防備の手薄なアメリカ東海岸、ニューヨーク州ロングアイランド沖の一〇〇海里。
再び浮上した六隻の『須号』の格納筒から、一八機の特殊攻撃機『晴嵐』が漆黒の大西洋へと射出されました。
彼らの今回の任務は、軍事基地の爆撃ではありません。
標的は、ニューヨーク市ブロンクス区イースト川沿いにそびえ立つ、世界最大級の火力発電『ヘルゲート発電所 (Hell Gate Station)』
或いは、近郊の各発電所であった。
合衆国の巨大な工業力と、眠らない大都会ニューヨークの電力を支える、まさに「巨人の心臓」です。
しかし、灯火管制が敷かれた真夜中の大都会で、たった一つの発電所を空からピンポイントで見つけ出すのは至難の業です。レーダーを使えば、逆にアメリカ側の逆探知網に引っかかる危険がありました。
そこで真価を発揮したのが、ドイツから技術提供を受けた**『パッシブ式・赤外線感知器(暗視装置)』**でした。
今回の出撃に合わせ、日本の技術陣が持ち込んだ機材とドイツの基礎技術を融合させて『晴嵐』の機首に急遽組み込まれたこの光学機器は、自ら電波や光を出すことなく、目標が発する「熱(赤外線)」だけを受動的(パッシブ)に捉えることができます。
(※今回の初撃は日本製ですが、これ以降の量産・改良型はドイツの精密光学メーカーが生産を担当し、ユーラシア・ブロック内で供給される手はずが整えられていました)
第三段階:摩天楼の完全停電(ブラックアウト)
「……目標の熱源、探知。ヘルゲート発電所の巨大ボイラー群だ。暗闇の中で、まるで太陽のように光って見えるぞ」
高度三〇〇〇メートル。
『晴嵐』の風防越しに赤外線スコープを覗き込んだ操縦員は、冷笑を浮かべました。
アメリカの防空レーダーは、海面スレスレから急上昇してきたMBF(特級硬化繊維素材)製の機体を捉えきれていません。サーチライトも虚しく明後日の方向を照らしています。
「全機、突入。巨人の膝を粉砕しろ」
3機の『晴嵐』が、無音の闇夜から一斉に急降下を開始。
赤外線感知器に誘導された彼らの照準は、寸分の狂いもありませんでした。機体から切り離された八〇〇キロ徹甲爆弾が、ヘルゲート発電所の分厚い建屋の屋根を紙切れのように貫通し、内部の巨大な蒸気タービンと超高温のボイラー群に直接突き刺さります。
ドグォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい大爆発が、イースト川の水を震わせ、ブロンクスの夜空をオレンジ色に染め上げました。
数万トンの石炭と超高圧の蒸気が一瞬にして連鎖爆発を起こし、世界最大を誇った発電ユニットが完全に蒸発します。
その直後でした。
マンハッタンの摩天楼、ブルックリンの海軍工廠、そしてクイーンズの軍需工場群。
ニューヨークを不夜城たらしめていた無数の光が、まるで巨大なスイッチを切られたかのように、一瞬にしてフッと消え去ったのです。
完全なブラックアウト(大停電)。
「おい! 何が起きた!? なぜ電気が消える!」
「爆発だ! ブロンクスの方角だぞ! ドイツ軍の爆撃機か!?」
「馬鹿な、大西洋を越えて爆撃機が飛んでこられるわけがない!」
パニックに陥るニューヨーク市民とアメリカ軍の頭上を、爆弾を投棄して身軽になった『晴嵐』の編隊が、嘲笑うかのようにエンジン音を轟かせて飛び去っていきます。彼らは再び大西洋上の指定海域で胴体着水を行い、須号にパイロットだけを回収させて、悠々とドイツの軍港へと帰投していきました。
この一夜の出来事は、アメリカ合衆国に、真珠湾をも上回るほどの「根源的な恐怖と絶望」を植え付けました。
西海岸では日本の空母と潜水艦がうろつき、物流が血を流している。
そして絶対の安全圏であった東海岸(ニューヨーク)すらも、謎の潜水空母からの正確無比なピンポイント爆撃によって、発電所という「都市の急所」を真っ暗闇にされたのです。
電力が止まれば、アメリカが誇る巨大な軍需工場の生産ライン(兵器の再建)も、完全にストップせざるを得ません。
「太平洋ばかりが戦争ではない」
大日本帝国の頭脳(上の連中)は、地球儀を回しながら、アメリカという巨人の「両膝」を同時に叩き割りました。
西海岸の通商破壊と、東海岸の戦略インフラ破壊。
更にこの日、同時に攻撃された此等の発電所によって賄われていた電力を損失した合衆国は
ヘルゲート発電所 (Hell Gate Station)
ハドソン・アベニュー発電所 (Hudson Avenue Station)
カーニー発電所 (Kearny Generating)
エセックス発電所 (Essex Generating Station)
ウォーターサイド発電所 (Waterside Station)
ロングアイランド・シティ発電所 (Long Island City Power Station)
工業力指数120を誇るアメリカは、その力を発揮するための「血(海運)」と「神経(電力)」を同時に断ち切られ、立ち上がることすらできないまま、国内の政治的・経済的な大混乱へと転げ落ちていくことになります。
「民間インフラの破壊」や「通商破壊」が、当時の戦時国際法(一九四〇年代の基準)に照らし合わせて合法だったのか、あるいは戦争犯罪(ルール違反)だったのか。
結論から言うと、この作戦は**「当時の戦時国際法のグレーゾーンを完璧に突いた、極めて合法(正当な軍事作戦)に近い行為」**と解釈されます。
第二次世界大戦当時の国際法(主に一九〇七年のハーグ陸戦条約や、未発効だった一九二三年のハーグ空戦規則案など)をベースに、総力戦研究所がどのように法的な「言い訳」を計算していたか、事実に基づいて解説します。
一、 発電所への爆撃は合法か?
【判定:合法(正当な軍事目標の破壊)】
現代の感覚では「民間の発電所を爆撃して大都会を停電させる」のは民間人への無差別攻撃に思えますが、当時の国際法では以下の理由から**「完全に適法な軍事作戦」**と見なされます。
* 「防守都市」と「軍事目標」の原則:
一九〇七年のハーグ陸戦条約第二十五条では「防守されていない都市、村落への砲爆撃」は禁止されていました。しかし、ニューヨークは防空網や軍施設が存在する「防守都市」です。
* デュアルユース(軍民両用)インフラの概念:
ヘルゲート発電所は一般市民に電気を供給していますが、同時に**「ブルックリン海軍工廠(造船所)」や「クイーンズの軍需工場」という、戦争遂行に不可欠な施設へも電力を供給**しています。このように軍と民間で共有されているインフラは「正当な軍事目標」とみなされます。
* 無差別爆撃の回避(ピンポイント爆撃):
史実の絨毯爆撃(都市そのものを焼き払う行為)は当時から国際法違反の議論がありましたが、今回『晴嵐』が行ったのは「発電所のボイラーだけを狙った精密爆撃」です。民間人の居住区を意図的に狙っていないため、人道的な観点からも「極めてクリーンな軍事作戦」として国際社会(特に中立国)にアピールできます。
二、 西海岸での潜水艦による通商破壊は合法か?
【判定:条件付きで合法(限りなくブラックに近いグレー)】
潜水艦による民間商船の撃沈は、当時の国際法において最も揉めていたポイントです。
* 一九三六年 ロンドン潜水艦議定書(日本も署名):
当時の国際ルールでは、「潜水艦であっても、民間商船を沈める前には必ず浮上して警告し、乗組員の安全(救命ボート等での避難)を確保してから撃沈しなければならない(巡洋艦ルール)」と定められていました。無警告での撃沈(無制限潜水艦戦)は明確な国際法違反です。
* アメリカ側の「ルール違反」を利用した合法化:
しかし、戦争が始まると、イギリスやアメリカは自国の商船に「大砲(武装)」を積み、さらに「敵の潜水艦を見つけたら無線で軍に報告しろ、あるいは体当たりしろ」という命令を出しました。
国際法上、「武装した商船」や「軍の指揮下に入った商船」は、もはや保護されるべき民間船ではなく『軍艦(交戦資格者)』と同じ扱いになります。
* 帝国の法解釈:
したがって、日本の伊号潜水艦が西海岸のアメリカ輸送船を無警告で沈めたとしても、日本側は「あの船は武装していた(あるいは軍需物資を運ぶ海軍の補助艦艇であった)ため、適法な撃沈である」と堂々と主張できます。
三、 宣戦布告のタイミング
【判定:完全合法】
一九〇七年の開戦条約により、戦争状態に入る前には「宣戦布告」または「条件付き宣戦布告を含む最後通牒」が必要です。
この世界線では、真珠湾や仏印への攻撃が始まる「直前」に、ワシントンの野村大使からコーデル・ハル国務長官へ『帝国政府最終覚書(ハワイの非武装化などを求める最後通牒)』が手渡され、交渉が決裂しています。
ヘルゲート発電所爆撃や西海岸の通商破壊が行われた一九四二年の中旬には、すでに日米は正式な戦争状態にあるため、手続き上の瑕疵(だまし討ち)は一切ありません。
総力戦研究所の恐ろしいところは、ただ暴力を振るうだけでなく、**「戦後の講和会議、あるいは中立国(南米諸国など)からの視線」**まで計算して戦争を行っている点です。
「我々はアメリカの軍需インフラと軍事輸送網を的確に破壊しているだけであり、アメリカのように民間人を狙った無差別爆撃は行っていない。すべては戦時国際法に則った文明的な自衛戦争である」
こう堂々と主張できる戦い方を徹底することで、大義名分を常に自国の側に置き続けることができます。膝を砕きながらも、決して無法者のそぶりは見せない。これぞ、真の覇権国の戦い方です。