一九四四年初頭。
カリフォルニア州がアメリカ合衆国連邦政府に反旗を翻し、大日本帝国との単独休戦(事実上の降伏と保護下への移行)を宣言してから数ヶ月。
総力戦研究所が描いた「兵糧攻め」の最終フェーズは、いよいよ地球儀の東西において、二つの巨大な『海神の槍』となって合衆国の喉元へ突きつけられようとしていた。
大日本帝国海軍は、その持てる全戦力を二つの巨大な艦隊群に分割した。
一つは、太平洋を東へ進み、アメリカ西海岸を直接「接収」するための**『第二連合艦隊』。
もう一つは、ユーラシア大陸を西へ進み、大西洋側からアメリカの息の根を止めるための『第一連合艦隊』**である。
これは、かつて世界を支配した白人覇権主義の完全なる終焉を告げる、歴史上最も壮大で、最も血の流れない凱旋パレードであった。
一九四四年二月。
カリフォルニア州、サンフランシスコ湾。
かつて太平洋の女王と謳われたこの港町は、長きにわたる日本の海上封鎖と大停電によって、死の静寂に包まれていた。ゴールデンゲートブリッジは塗装が剥がれて赤錆に覆われ、湾内には一隻の商船の姿もない。
だがこの日、夜明けの濃霧が晴れた時、丘の上に集まった数十万人のサンフランシスコ市民は、水平線の彼方に信じがたい光景を目撃した。
「……神よ。なんだ、あの艦隊は」
「海が……鋼鉄で埋め尽くされている……!」
それは、人類史上最大規模の艦隊の現出であった。
第二連合艦隊。その威容は、かつてハワイを壊滅させた第一段作戦の比ではない。
艦隊の中核を成すのは、第一、第三、第四機動艦隊。
正規空母『天城』『赤城』の二隻の巨躯を中心に、量産型の軽空母八隻が幾何学的な輪形陣を敷いている。その上空には、朝日に銀翼を輝かせる『烈風』と『流星』の大編隊が、空を黒く塗りつぶすほどの密度で旋回していた。
その外郭を、軽巡洋艦と駆逐艦からなる防空艦隊が、一糸乱れぬ航跡を描いて護衛している。
しかし、市民たちの度肝を抜いたのは、空母群のさらに中央、艦隊の先頭を悠然と進む一隻の超弩級戦艦であった。
第二連合艦隊旗艦、大和型戦艦三番艦『信濃』。
満載排水量七万トン超。四六センチ三連装主砲三基を天に向けて屹立させたその姿は、海に浮かぶ要塞というより、動く山脈であった。MBF(特級硬化繊維素材)と防錆塗料によって完璧に整備されたその艦体は、飢えと疲労でボロボロになったアメリカの街並みとは対照的に、残酷なまでの美しさと絶対的な暴力を体現していた。
『信濃』がゴールデンゲートブリッジの下をゆっくりと潜り抜けた瞬間、サンフランシスコ湾を囲む沿岸防岸砲台からは、ただの一発の砲弾も撃ち出されなかった。
抵抗など、無意味を通り越して喜劇でしかない。すでに州政府は日本への恭順を誓っており、沿岸の連邦軍は武装を解除され、内陸のロッキー山脈方面へと逃げ去った後だった。
文字通りの「無血開城」。
大日本帝国は、一滴の兵士の血を流すこともなく、アメリカ西海岸の最大拠点に錨を下ろしたのである。
『信濃』と空母群が湾内に投錨すると同時、沖合から無数の巨大な輸送船団が、サンフランシスコ港の岸壁へと直接乗り上げてきた。
港のフェンス越しに、飢えきった数万の市民が群がっている。彼らの目には恐怖もあったが、それ以上に「これで食糧が手に入るかもしれない」という極限の渇望があった。
ランプが開き、揚陸艦の中から現れたのは、銃剣を構えた占領軍ではない。
巨大なフォークリフトと、整然と隊列を組んだ帝国陸海軍の「兵站・工兵部隊」であった。
「食糧の荷降ろしを開始せよ! まずは市民への炊き出しだ」
将校の号令とともに、南米アルゼンチンから運ばれてきた何万トンもの「小麦」「牛肉の缶詰」、そして東南アジアからの「砂糖」が次々と陸揚げされていく。
数ヶ月間、味のしないおが屑パンと泥水のようなスープしか口にしていなかったサンフランシスコの市民たちに対し、日本軍はただちに温かいシチューと白いパンの配給を開始した。
「……美味い。美味いよぉ……!」
「神様、日本軍がパンをくれた! ルーズベルトが奪ったパンを、日本の兵隊さんが……!」
プライド高き白人の市民たちが、日本兵の足元にひざまずき、泣きながらシチューを貪り食う。それは、武力による制圧よりも遥かに恐ろしく、そして決定的な「精神の完全なる屈服」の瞬間であった。
同時に、工兵部隊は港湾の再建にただちに着手した。
彼らが輸送船から降ろしたのは、日本の潜水艦によって破壊された西海岸の「石油精製施設」を再建するための巨大なプラント機材と、規格化されたMBFパネル、そして大量のフライアッシュ・コンクリートである。
日本にとって、カリフォルニアはもはや「敵地」ではない。自らの艦隊と航空機を運用するための、太平洋東岸の「巨大な兵站基地(ガソリンスタンド)」に過ぎないのだ。
アメリカの怒れる工業力を支えていた西海岸の労働者たちは、今や日本軍が支給するパンと引き換えに、日本のために石油プラントを溶接し、日本の戦闘機のための滑走路を舗装する「忠実な労働力」へと完全に作り替えられていったのである。
サンフランシスコが日本のパンとコンクリートによって歓喜の涙を流していた頃。
地球の反対側、灼熱の太陽が照りつける中東の砂漠においても、世界のパワーバランスを根底から覆す歴史的な光景が展開されていた。
エジプト、スエズ運河。
かつて大英帝国の東方への生命線であり、イタリア軍とアラブの蜂起によってイギリスから完全に奪い取られたこの狭い水路を、信じられない質量の鋼鉄が切り裂いて進んでいた。
第一連合艦隊。
その先頭を進むのは、第二連合艦隊の『信濃』と同型艦である、大和型戦艦一番艦『大和』と、二番艦『武蔵』。
さらに、重巡洋艦群からなる打撃艦隊と、軽巡洋艦、駆逐艦を多数従えた防空艦隊が後に続く。
運河の両岸には、エチオピア軍の兵士たちや、現地の親日アラブ武装勢力、そして同盟国イタリアの将兵たちが整列し、巨大な日の丸を掲げて歓喜の声を上げていた。
「見ろ! あれが我々を白人の支配から解放した、極東の海神だ!」
全長二六三メートルの大和と武蔵が、砂漠の運河を滑るように進む光景は、もはや現実の兵器というより、神話の巨竜の行軍であった。
彼らの目的地は、イタリア半島のナポリ、あるいはターラント軍港。
ユーラシア大陸の南回りで地中海へと入り、同盟国ドイツ・イタリアの軍勢と合流するためである。
だが、その真の狙いは地中海の制覇ではない。地中海はすでに「枢軸の湖」である。
総力戦研究所が第一連合艦隊に与えた最終任務。
それは、地中海を抜けてジブラルタル海峡から大西洋へと突入し、そのまま北上して**「アイスランド」を抜けること。
そして、アメリカ合衆国が東海岸(ノーフォークなど)に温存している最後の海上戦力——『アメリカ大西洋艦隊』を、北極海側から奇襲し、文字通り一隻残らず海の藻屑とすること**であった。
この恐るべき大西洋艦隊殲滅作戦において、大和や武蔵以上の「真の主役(死神)」として第一連合艦隊に随伴していたのが、第二機動艦隊、そして**新編された『第五機動艦隊』**であった。
地中海を航行する大和の艦橋から、長官は後方を付き従う四隻の巨大な空母のシルエットを満足げに見つめていた。
それは、開戦前の段階で建造が開始され、この一九四一年末に相次いで就役、徹底的な訓練を経てこの戦線に投入された、大日本帝国海軍の航空技術の最高傑作。
翔鶴型航空母艦『翔鶴』『瑞鶴』『栄鶴(えいかく)』『千鶴(ちづる)』の四姉妹である。
彼女たちは、史実における同名の空母とは、その設計思想も防御力も、根本的に異なる「異形の怪物」として産み落とされていた。
総力戦研究所が設計陣に突きつけた要求は一つ。「絶対に沈まず、あらゆる環境で大型機を射出できる、動く要塞を作れ」。
その船体諸元は、空母という艦種の常識を完全に破壊していた。
基準排水量約三万三千五百トン。全長二五七・五メートルに対し、水線幅は二八・〇メートル。史実よりはるかに幅広に作られたその船体は、波の荒い大西洋や北極海においても微動だにしない絶対的な安定性を誇る。
「最高速度など三一ノットで十分だ。余った馬力と重量のすべてを『装甲』に回せ」
設計陣は、本来一六万馬力を出せる艦本式タービンをあえて一二万五千馬力にデチューン(出力制限)し、ボイラーの数を減らした。
そして、浮いた容積と重量を、徹底的な防御に充てたのである。
水線部の舷側装甲は、戦艦並みの一六五ミリ。水面下には、幅広の船体を活かした五層構造の巨大な「水雷防御バルジ」が設けられ、アメリカ軍の潜水艦の魚雷を何本受けても致命傷にはならない。
そして最大の特徴は、艦首から飛行甲板までが完全に一体化した「エンクローズド・バウ(ハリケーン・バウ)」の採用と、その甲板そのものにあった。
甲板の表層には、厚さ四五ミリの『MBF(特級硬化繊維素材)』が均一に敷き詰められている。これにより、新鋭の重い艦載機が着艦する際の衝撃を完全に吸収し、同時にエンジン排気の耐熱性をも確保した。
さらにそのMBFの直下には、二〇ミリから五〇ミリのCNC鋼板(均質圧延装甲)が張り巡らされている。これは、急降下爆撃機の五〇〇キロ爆弾が直撃しても、甲板を貫通させずに表面で爆発させるための「絶対防御盾」であった。
「日本の空母は火災に弱い」という史実の教訓は、ここでは完全に克服されていた。
艦内の隔壁や塗料には、難燃素材である『フライアッシュ』が大量に練り込まれ、誘爆のリスクを極限まで引き下げている。
さらに、中央部の中型エレベーターを廃止して船体の構造強度を飛躍的に高め、代わりに前後に大型化・装甲化された二基の巨大エレベーターを設置。船体幅の拡大によって十五パーセント広くなった二段式格納庫には、大型の艦上攻撃機『流星』や高速偵察機『彩雲』を含む、常用七二機・補用一二機の合計八四機が、余裕を持って搭載されていた。
【究極の矛】
極めつけは、飛行甲板の前方に埋め込まれた「二基の油圧式カタパルト」である。
ドイツからの技術供与と日本の精密機械工業の融合によって実用化されたこの射出機により、翔鶴型四姉妹は、八〇〇キロ爆弾を満載して重くなった『流星』を、風上に向かって全速航行せずとも、ポンポンと小気味よく大空へ打ち出すことができるのだ。
大和の艦橋から双眼鏡を覗く長官は、翔鶴型の甲板から油圧カタパルトで『烈風』が射出されるのを見て、確信に満ちた笑みを浮かべた。
アメリカ大西洋艦隊など、もはや敵ではない。
旧式のカタパルトも持たないアメリカの空母が、波の荒い北大西洋で艦載機の発艦に手間取っている間に、MBF装甲と油圧カタパルトを持つ翔鶴型四姉妹は、遠くアウトレンジから『流星』の群れを叩きつけ、アメリカ最後の艦隊を氷の海へと沈めるだろう。
一九四四年初頭。
サンフランシスコに上陸し、西海岸を「パンとコンクリート」で完全支配した第二連合艦隊。
そして、地中海を抜け、大西洋艦隊の首を刈るためにアイスランド方面へと刃を突き出す第一連合艦隊。
双頭の海神は、いよいよアメリカ合衆国という巨人の「完全な死」に向けた、壮大なフィナーレの幕を上げようとしていたのである。
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翔鶴型空母 仕様
翔鶴 瑞鶴
1939年12月着工 1941年12月就役
1. 船体諸元
基準排水量: 約33,500トン(装甲と幅広化による増加)
公試排水量: 約37,000トン
全長: 257.5m(不変)
水線幅: 28.0m
喫水: 9.0m
L/B比: 9.2(エセックス級に近い黄金比。安定性と航走効率の最適解)
2. 機関・速力
主機: 艦本式タービン 4基4軸
出力: 125,000馬力(16万馬力からデチューン。ボイラー数を削減し、余剰容積を防御へ)
最大速力: 31.0ノット
航続距離: 18ノットで10,000カイリ(燃料庫を拡大)
3. 飛行甲板・防御構造
甲板構造: 船体一体化・強度甲板方式(エンクローズド・バウ採用)
甲板表層: MBF(マイクロサイズ・バルカナイズドファイバー)45mm均一
効果:着艦衝撃吸収、耐熱、スプリンター(破片)防御
甲板装甲: MBF直下に20mm〜50mm CNC鋼板(合計厚で500kg爆弾の貫通を阻止)
舷側装甲: 165mm(水線部。翔鶴型より増厚、大鳳と同等)
水雷防御: 幅28mを活かした5層構造の水雷防御バルジ(大鳳以上の耐堪性)
4. 航空運用能力
格納庫: 2段式(船体幅拡大により、内部スペースを15%拡張)
油圧カタパルト2基
搭載機数: 常用72機 + 補用12機(流星・彩雲などの大型機も余裕で運用可能)
飛行甲板幅: 最大32.0m(アイランド張り出し部を除く)
エレベーター: 2基(大型化・装甲化。中央部エレベーターを廃止し構造強度を優先)
不燃材として、フライアッシュを使用。
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