一九四四年春。
ユーラシア大陸を南回りし、地中海を抜けて大西洋へと突入した大日本帝国・第一連合艦隊。
戦艦六隻、新鋭の翔鶴型四姉妹を含む正規空母八隻、そして多数の巡洋艦と駆逐艦からなるこの巨大な鋼鉄の群れは、アメリカ東海岸へ直接向かうことはなかった。
彼らが針路を向けたのは、北大西洋のほぼ中央、北極圏の入り口に位置する極寒の島、**「アイスランド」**であった。
かつてイギリス軍、そしてアメリカ軍が進駐していたこの島は、大英帝国の降伏とアメリカの補給途絶により、完全な孤立状態にあった。
そこへ、水平線を埋め尽くす日本の大艦隊が姿を現したのである。
島の守備隊(わずかなアメリカ軍と地元警察)は、レイキャビクの沖合に錨を下ろした『大和』と『武蔵』の巨大な四六センチ砲塔がこちらを向いた瞬間、一発の小銃すら撃つことなく白旗を掲げた。
「上陸部隊、展開。直ちに飛行場とレーダーサイトを構築せよ」
艦隊司令長官の命により、輸送船から降ろされた工兵部隊が、凍てつく大地にMBF(特級硬化繊維素材)のパネルを敷き詰めていく。
アイスランドは「火と氷の島」と呼ばれるほど地熱資源が豊富だった。日本の技術陣はただちに島の地熱をSTEL(蒸気タービン・電気駆動)のシステムと直結させ、無尽蔵の電力を確保。
わずか数週間のうちに、アイスランドは**「大西洋のど真ん中に浮かぶ、暖房完備の巨大な不沈空母(電磁波要塞)」**へと作り替えられたのである。
「これで盤面は完成した。……我々はここから一歩も動く必要はない。ただ『座っている』だけでいいのだ」
大和の艦橋から、極北の海を睥睨する長官は冷笑した。
ここアイスランドからアメリカ東海岸(ニューヨークやワシントンDC)までは、超重爆撃機『連山』や大型飛行艇『蒼海』の航続距離にすっぽりと収まる。
第一連合艦隊は、アメリカ合衆国の喉元に、いつでも振り下ろせる「ダモクレスの剣」を突きつけたのだ。
その頃、アメリカ東海岸、バージニア州ノーフォーク海軍基地。
アメリカ海軍『大西洋艦隊』の司令部は、極限の緊張と絶望の真っ只中にあった。
「日本艦隊、アイスランドを完全占領! 戦艦六、空母八……! 奴ら、いつでも東海岸を火の海にできる位置に居座りやがりました!」
「クソッ! カナダ政府は完全に沈黙している! このままでは東海岸の都市がすべて日本の艦砲射撃と空襲の的になるぞ!」
暗闇に包まれた作戦室で、将校たちが怒鳴り合う。
須号潜水艦の爆撃によって東海岸の電力がピーク時の二割にまで落ち込んでいる今、大西洋艦隊の艦艇は十分な整備も受けられず、港に繋がれたまま赤錆を浮かせ始めていた。
「司令長官! 出撃命令を! このまま港で座して死を待つくらいなら、大西洋の真ん中へ討って出て、日本の空母を一隻でも道連れにするのが我々海軍の義務です!」
血気盛んな若手将校が、涙ながらに訴える。
彼らの戦力は、旧式戦艦三隻と新鋭戦艦一隻、空母二隻、護衛空母四隻。
数の上でも、質(レーダーや艦載機の性能)においても、日本の第一連合艦隊には遠く及ばない。それでも、アメリカ海軍の矜持が「戦わずに負けること」を許さなかった。
だが、大西洋艦隊司令長官は、重い口をゆっくりと開いた。
「……出撃は、許可しない」
「な、なぜですか! 長官!」
「討って出たところで、我々はアイスランドに近づくことすらできないからだ」
長官は、海図の上に引かれた絶望的な「円」を指差した。
「日本軍はすでにアイスランドに巨大な電探(レーダー)網を構築している。我々がノーフォークを出た瞬間から、彼らは我々の動きを完全に把握するだろう。そして……大西洋のど真ん中で、彼らの新鋭空母(翔鶴型)から発進した数百機の雷撃機に、一方的に撫で斬りにされる」
「しかし……! このままでは……!」
「それに、だ」
長官は、乾いた笑いを漏らした。
「我が艦隊の燃料タンクには、もはや『大西洋を横断して戦闘を行い、帰ってくるだけの重油』が存在しないのだよ。西海岸の精製所が破壊され、石油の供給網が完全に切断されている今、我々にできるのは『港に浮かぶ鉄の城』として、威張って見せることだけだ」
戦いたくても、燃料がない。電気がなくて弾薬の積み込みすらままならない。
アメリカ大西洋艦隊は、日本の艦隊がアイスランドに「ただ居座っている」という圧倒的なプレッシャーの前に、港から一歩も出ることなく、その戦略的価値を完全に無効化されたのである。
アイスランドの第一連合艦隊は、アメリカを挑発するかのように、悠然とした振る舞いを続けた。
彼らは時折、大和と武蔵をグリーンランド沖まで進出させ、氷山を標的にして四六センチ砲の『演習射撃』を行った。
その凄まじい砲撃の衝撃波は、海と大気を伝わり、遠くアメリカ東海岸の地震計の針を不気味に揺らした。
「……日本艦隊が動いた! 東海岸へ向かっているぞ!」
その度に、ワシントンDCやボストンには空襲警報が鳴り響き、市民はパニックを起こして防空壕へ逃げ込んだ。
大西洋艦隊の乗組員たちは、寝不足の赤い目で対空砲の銃座につき、来ない敵を待ち続けた。
しかし、数日すると、日本の偵察機がパラパラと空から「投降勧告のビラ」を撒いていくだけで、大艦隊は再びアイスランドの港へと引き返していくのだ。
「奴ら……我々をからかっているのか!」
この「生殺し」の状態が数ヶ月続いたことで、アメリカ軍の士気は完全に崩壊した。
常に極限の緊張状態を強いられ、少しでもレーダーに鳥の群れが映ればパニックになって高射砲を撃ち上げる。燃料も食糧も乏しい中での終わりのない徒労感は、大西洋艦隊の将兵たちから「戦う意志」を根こそぎ奪い去った。
『百戦百勝は善の善なるものにあらず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』
まさに、孫子の兵法の極致であった。
日本軍は、ただの一発の砲弾もアメリカの艦隊に撃ち込むことなく、ただ「そこに存在する」という絶望的な地政学的暴力によって、アメリカ最後の艦隊を『港の中で精神的に餓死』させたのである。
一九四四年、夏。
西海岸は日本と単独講和を結んで離反し、東海岸はアイスランドからの「見えない刃」に怯えて完全に麻痺した。
カナダは恐怖のあまり国境を封鎖し、南米は枢軸の庭となった。
ワシントンDCから内陸部へ事実上避難していたルーズベルト大統領は、執務室の窓を黒いカーテンで閉ざし、暗闇の中で車椅子に深く沈み込んでいた。
「……海軍は、もうダメです。大西洋艦隊は、一歩も動けません」
報告に上がった海軍作戦部長の声は、死人のように虚ろだった。
「日本軍は、我々が勝手に飢えて死ぬのを待っています。これ以上、通常兵器で彼らに立ち向かう手段は、我が合衆国には存在しません」
ルーズベルトの震える手が、車椅子の肘掛けを強く握りしめた。
「……グローヴス将軍を呼べ」
「大統領?」
「ロスアラモスのグローヴスだ!! あの『計画』は、どうなっている! まだ爆弾はできないのか!!」
もう、まともな戦争(艦隊決戦や航空戦)など成立しない。
日本軍は賢すぎる。彼らはアメリカと殴り合うことなく、アメリカという巨人を檻に閉じ込め、外から鍵をかけてしまった。
この鍵を内側からぶち破るには、もはや戦術や戦略の枠を超えた「理不尽な超兵器」の力にすがるしかない。
「奴らが……カリフォルニアを占領し、東へ向かって陸軍を進めてくる前に……。我が国の領土に足を踏み入れたその瞬間に、奴らを、地獄の業火で焼き払うのだ……!」
ルーズベルトの目には、もはや政治家としての理性はなく、追い詰められた獣の狂気だけが宿っていた。
アイスランドに居座る日本の大艦隊が、アメリカの通常戦力を無力化したからこそ。
アメリカは、その絶望の反動として、いよいよ**「自国の領土(ロックハウンド州立公園)に、原子爆弾を地雷として埋め込む」**という、人類史上最悪の自爆・待ち伏せ作戦へと、躊躇うことなく踏み切ることになる。