1960年代から1979年にかけての20年間は、三極冷戦が「物理的な領土拡張」から「宇宙空間と情報(サイバー)空間における技術覇権の奪い合い」へと完全にシフトした時代です。
この時代、大日本帝国は「総力戦研究所」の冷徹なグランドデザインのもと、軍事力ではなく「圧倒的な物流・エネルギー・情報のインフラ」によって共栄圏を支配するシステムを完成させます。一方でEUは超科学を追求し、ソ連は内向きの要塞化を極めていきます。
その血なまぐさくも高度に洗練された20年間の詳細なタイムラインを展開します。
第一期:宇宙への階梯と、核の淵(1960年〜1964年)
1961年:ソビエト連邦「内なる要塞化」宣言と農業機械化の完成
* 宇宙開発を完全に放棄したソ連は、その莫大な予算を国内の重工業と農業プラントに全振りします。T-54/55戦車の生産ラインと互換性を持たせた巨大トラクターがウクライナからシベリアの農地を埋め尽くし、食糧の完全自給を達成。西側(日本・EU)のハイテク兵器に対する彼らの答えは、「どれほど焦土にされても無限に畑を耕し、無限に戦車を吐き出す絶対的な泥臭さ」でした。
1962年:カリブ海・フロリダ危機(核戦争の臨界点)
* 旧米国南部を支配する親EU国家「南部連合(CSA)」のフロリダ半島に、EU(ドイツ)が新型の中距離弾道ミサイルを極秘配備したことが発覚。これに対し、日本は直ちにカリブ海へ原子力潜水艦隊とジェット空母部隊を展開し、完全な海上封鎖(キューバ危機の代替)を実施します。
* 三極のホットラインが火を噴き、世界は数日間にわたり相互確証破壊(核の冬)の恐怖に凍りつきました。結果的にEU側がミサイルを撤去し、日本側も旧米中西部の干渉を一部譲歩することで妥協。この事件を機に、大国間における「直接的な核の恫喝は割に合わない」という認識が完全に固定化されます。
1964年:赤道宇宙基地の稼働と、超大型ロケット『岩戸(イワト)型』の打ち上げ
* ナチス・ドイツの「一番乗り」から11年。日本はインドネシアの赤道直下に建設した巨大宇宙基地から、独自の超大型ロケット『岩戸』の打ち上げに成功します。
* EUのロケットが「洗練された軍事技術の延長」であったのに対し、日本のロケットは特級硬化繊維素材(MBF)による極限の軽量化と、圧倒的なペイロード(積載量)に特化した「宇宙への輸送トラック」でした。これにより、宇宙開発の主導権(ロジスティクス)は完全に日本の手に渡ります。東京オリンピックの熱狂の裏で、空の覇権が逆転した年です。
第二期:境界線の凍結と、月面への到達(1965年〜1969年)
1965年:アフリカ・インド洋防衛線の再編
* マッド・ジャックら旧英軍残党を利用した南アフリカでの代理戦争が泥沼化の末に沈静化。日本は深入りを避け、マダガスカル島からケニア沿岸部にかけての「インド洋シーレーン絶対防衛線」を構築。高効率のSTEL(蒸気タービン・電気駆動)機関を搭載した巨大輸送船団が、安全圏からアフリカのレアメタルを吸い上げるシステムを確立します。
1968年:中国大陸「三分割」停戦協定
* 終わりの見えなかった中国大陸の内戦が、ついに固定化されます。
* 北部:ソ連の強力な支援を受ける親ソ共産政権。
* 中部・南部: 大日本帝国がテコ入れし、莫大な資本を投下した親日政権(楚公などの緩衝国家群)。
* 西部: どの勢力も手を出さない非武装緩衝地帯。
これにより、ユーラシア大陸における日ソの直接的な「領土の奪い合い」は完全に終結し、両国の国境線はコンクリートと鉄条網で分断されました。
1969年:月面到達と「静かなる領土分割」
EUと日本がほぼ同時期に有人月面着陸を達成。しかし、両者は月面で国旗を立てて争うような真似はしませんでした。暗黙の了解のもと、月面における「東半球のクレーター群は日本、西半球の海はEU」というように、極めて事務的かつ冷徹に宇宙の分割統治が始まります。
第三期:エネルギー革命と、見えざるネットワーク(1970年〜1974年)
1971年:ソビエト連邦「シベリア・バム鉄道(第2シベリア鉄道)」全面開通
* ソ連の国内要塞化の集大成。永久凍土を貫くこの巨大な鉄の動脈により、ソ連はユーラシア内陸部に「外部からの攻撃が絶対に届かない、自己完結型の巨大経済・軍事ブロック」を完成させます。
1973年:第一次エネルギー独立宣言(オイル・リダクション)
* 中東の産油国がEUと日本に対して原油価格の引き上げ(史実のオイルショック)を画策します。しかし、総力戦研究所はこれを予測していました。
* 日本は、すでに国内全域をカバーしていた原子力発電網と、水素・STEL機関への急速な転換を盾に、中東からの原油輸入を計画的に激減させる**「兵糧攻めの逆照射」**を実行。需要を絶たれた中東諸国は経済的に疲弊し、結局は大国(日本とEU)の管理下に完全に屈服することになります。石油という弱点を克服した帝国は、さらなる完全体へと近づきました。
第四期:情報空間(サイバー)の黎明と壁の建設(1975年〜1979年)
1975年:総力戦研究所による「大東亜電算機統制局」の設立
* コンピューター(電子計算機)の小型化・高性能化に伴い、日本は帝国全土および共栄圏の行政・物流・金融データを一元管理するシステム構築を開始します。かつてリアムが指摘した「空気とコミュニティによる統治」が、デジタル・データによる「冷徹なアルゴリズム統治」へとアップグレードされ始めます。
1978年:大東亜情報通信網(TJN)の敷設開始
* 東京をハブとして、シンガポール、ジャカルタ、そしてカスカディアのサンフランシスコを結ぶ、巨大な太平洋海底光ファイバーケーブルの敷設が開始されます。
* 圏内のコンピューター言語および商取引のプロトコルは、すべて「商用日本語(漢字・カナ・アルファベット混じり)」に統一されました。日本語の複雑な文字コードを処理するための独自のOSが開発され、これが後に世界のシステムの過半数を支配することになります。
1979年:ソビエト連邦の「赤い盾(クラースヌイ・シト)」政策(OGAS稼働)
* 日本とEUの急速な情報化(IT革命)に対し、ソ連指導部は「資本主義のネットワーク接続は、我が国に対する深刻な思想的・経済的汚染(ウイルス)である」と断定。
* 外部のインターネットから物理的にケーブルを完全に切断し、ソ連国内の計画経済と軍事演算だけを行う巨大な閉鎖型イントラネット**『OGAS(オガス)』**を稼働させます。この「情報鎖国(デジタル・アイアンカーテン)」により、ソ連はサイバー攻撃に対して無敵の耐性を得ると同時に、独自のガラパゴス的な進化を遂げていくことになります。
1970年代の終わり。世界は「武力による威嚇」から、「エネルギー供給網」と「電子ネットワーク」の規格を誰が握るかという、高度で目に見えない戦争へと移行しました。
ピックアップ
岩戸型ロケットと人員輸送船宇宙往還機『アメノトリフネ』
『イワト(岩戸)』型 超大型輸送ロケット
『天の岩戸を開くもの』という意味を込めて『イワト』型と命名された。
以後の改良型は「イワト弐型」「イワト参型」とナンバリングされていく。
開発コンセプト:宇宙の大型輸送トラック
スマートさや美しさは一切排除され、「いかに巨大な質量の物体(ペイロード)を、最も安価かつ確実に軌道上へ放り投げるか」という一点のみに特化して設計されている。帝国が宇宙ステーションの居住モジュールや、月面基地の建材を運搬するための「力技の結晶」である。
構造と素材:MBFの極限活用
史実のサターンVロケットを凌駕する巨体を持ちながら、第一段・第二段の推進剤タンクおよび外郭構造の大部分に、航空機開発で培われた大日本帝国特許の『特級硬化繊維素材』を採用。これにより、金属製のロケットよりも劇的な軽量化を実現し、推進剤の積載割合を極限まで高めている。
推進機関:クラスター化された暴力
巨大な単一エンジンを開発するリスクを避け、信頼性の高い中型液体燃料エンジンを第一段に数十基束ねる「クラスター方式」を採用(史実のソ連N1ロケットの概念に近いが、日本の高度な電子制御技術により各エンジンの推力同調を完全に掌握している)。
運用思想:完全使い捨て
再利用を考慮せず、大気圏への再突入による燃え尽きを前提とした徹底的なコストダウンが図られている。イワト型は「荷物を宇宙に届ける空の貨物列車」である。
宇宙往還機『アメノトリフネ(天鳥船)』型
イワト型が巨大な資材を運ぶ「貨物船」であるならば、このアメノトリフネ型は、軌道上の宇宙ステーションと地上を往復するためだけに特化した「人員輸送用フェリー」である。
開発コンセプト:生存性と経済性の両立
史実のアメリカが開発したスペースシャトルのような「人員も巨大な貨物も同時に積める万能機」という非効率な幻想を、総力戦研究所は「中途半端で高コストな愚策」として一蹴。荷物はイワト型に任せ、アメノトリフネは「宇宙飛行士の安全な輸送と帰還」のみに設計の主眼が置かれた。
構造と装甲:ステンレスと耐熱タイルのハイブリッド
機体の骨格および外装には、加工が容易で安価、かつ熱変形に強い「ステンレス鋼」を採用。大気圏再突入時に極度の高温となる機体下面と前縁部にのみ、特殊なセラミック製耐熱タイルをびっしりと貼り付けている。この設計により、製造コストと帰還後のメンテナンス費用を劇的に削減している。
推進機関:ブラン・アーキテクチャの先取り
史実のソ連製シャトル『ブラン』と同様の設計思想を持つ。機体後部には、大気圏外へ脱出するための巨大なメインエンジンを持たない。打ち上げ時はイワト型の派生型ロケットの推力に完全に依存して軌道まで運ばれる。
アメノトリフネ自体に搭載されているのは、軌道上での姿勢制御用スラスターと、大気圏再突入時の「逆噴射(デオービット・バーン)」を行うための小型エンジンのみである。これにより、機体後部のデッドウェイト(重く高価なメインエンジン)を削り落とし、乗員の生存スペースと安全装置の拡充に成功している。
飛行プロファイル
赤道宇宙基地から打ち上げられ、軌道上の宇宙ステーションにドッキング。任務を終えた宇宙飛行士を乗せ、ステンレスの機体を真っ赤に熱しながら大気圏を滑空し、共栄圏内の指定飛行場に飛行機として自力で着陸する。