古の灯火   作:丸亀導師

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空軍創設 2

 

 

海軍軍令部

 

憲法改正と施行によって空軍の創設が急がれる10月の秋のこと。

海軍軍令部の長にして、研究会でも重要な役割を担ってきた男、秋山真之の目の前にして一つの署名が突きつけられていた。

 

軍令部長の椅子に座り、やりたくもない机仕事を前にしながら、真之は困った顔をしてそれを突き付けた男の顔を見ていた。

 

「まさか君が、私にこれを直接渡しに来るとは思わなかった。」

 

彼の目の前にしているのは、彼の良く知っている研究会のメンバーにして、海軍の今後を背負うはずの一人の若手将校……、山本五十六中佐の姿であった。

 

封書に、書かれている内容は、

海軍より空軍への移籍願いである。

 

五十六は海軍出身の航空隊研究隊に、長い間その身を起き、海軍大学にいた間もその席を置き続け、ていた。愛着があるといえばそうなのだろうが、彼の思惑は全く別の方向であった。

 

「理由を聞こうか?」

 

真之は真剣な顔をしていた。五十六の真意を測っていた。

 

「海軍と空軍の橋渡しには、誰かが向こうに移籍しなければなりません。

何より、私は向こうに顔が利きますし、ここ数年の間、彼らと共に過ごしたのです。

それに……、向こうの士官は陸軍出身者が相対的に、多くなる事でしょう。

バランス感覚というのは……、大切なのでしょう?」

 

真之はその言葉に少し思案すると、満足そうに笑みを浮かべ、願書を引き裂いた。

 

五十六はそれを見てギョッと目をひん剥くが、真之が直ぐに別の紙へと一筆書き始めた。

 

「こういう物は、君から出すのではなく、私から出したほうが良いに決まっているだろう?

未だ空軍は士官が少ない、君は階級を2つ上げ准将とするよう、私からこれを預けよう。」

 

真之はそれを書いた後、笑いながら五十六に預けた。

真之のその行動に対して、五十六は驚きつつも感謝の念を持って言った。

 

「ありがとうございます!」

 

「行って良し!」

 

その言葉と共に、五十六は深く深く礼を取ると部屋を出る。

それを見送った真之は、深々と息を吐くと椅子の上でだらけた。

 

部屋を出た五十六の姿を、同期であり友人でもある堀悌吉が待っていた。

 

「おう、空軍に行くんだってな?それは…、部長からの一筆か?」

 

「ああそうだ、これで俺も海軍から離れる…。頼んだぞ?」

 

それを聞いた堀は、手を前に出し握手を求める。

五十六は手を取り、堀そのままの流れで左手で五十六の肩を叩いた。

 

 

11月初旬

 

空軍の創設メンバーが、一堂に会すのは航空研究隊の中核を成す施設。所沢航空学校であった。

 

総勢約3,000名(陸軍転属約70%、海軍転属約20%、民間登用約10%)と言う人数の少なさと、その規模の小ささからこれが軍隊であるとは誰も思わないだろう。

 

大学の校庭とも思える程に、ただ広いその場所に全員が並んでいる。

中央の正面の壇上に、主犯格と思われる3人の姿があった。

 

非電気式メガフォンを前にして、3人のうち中央に立つのはまだ鮮やかな藍色の新しい軍服に身を包んだ、准将の徽章を着けた男。

山本五十六であった。

 

「皆…良く集まってくれた。

私は、初代参謀長に就任した山本五十六である。これより、我々はここを中心に空軍の創設を行う。

全てが一からの始まりであるが、皆の手を取り陸海の垣根を越え、それぞれの問題を解決して行こう。」

 

彼の訓示は短くも、内容はわかりやすい。誰もが目指すのはこの国を護るための新たなる盾と矛となる事である。

それを胸に秘めていない物は、この場にはいない。

次に、同じような軍服に身を包んだ男が、彼と代わってメガフォンの前に立つ。

 

「私は初代副統合参謀長に就任した、徳川好敏准将である。陸海軍それぞれから来たもの、民間から来たものもいるだろう。

互いに世俗の違いがあるだろうが、それぞれがそれぞれを受け入れてこそ、空というものは輝くのだろうと、私は思う。

互いに意見の食い違いもあるだろうが、我々は空軍である。決して、陸海どちらかに従属することのないよう、努めていく所存である。」

 

その訓示が終わると、また一人変わる。

 

 

「私は、開発・教育部門長に就任した、日野熊蔵大佐である。これより読み上げる人事に、それぞれ新たに整列を組み替える!!

まず!」

 

空軍は、そんな一日から始まった。

 

 

 

 

帝国空軍創設時の主要人事

 

創設時期: 1915年10月1日施行の憲法改正により即時発効。

兵部省の下に独立軍種として設置され、航空力学研究所を基盤に組織化。

 

初期指導層:

 

統合参謀長: 山本五十六准将(海軍出身、初代)。

海軍側の人員が少ない初期段階で、海軍派のバランスを取るため、山本が就任。

彼の研究会での活躍と秋山真之の推薦が決定打となりました。

 

副統合参謀長: 徳川好敏准将(陸軍出身)。

 

日本初の軍用航空機操縦者として、陸軍側の象徴。

 

陸上偵察・観測機の開発を主導し、陸軍派の信頼を確保。

 

開発・教育部門長: 日野熊蔵大佐(陸軍出身)。

 

ドイツ訓練経験を活かし、エンジン・機体開発を統括。 

 

民間技術者との連携を推進し、国産化を加速。

 

参謀長の交代制度

 

制度の概要:

 

創設時から、統合参謀長は陸軍派と海軍派が通年で交代する形を採用。

 

初代は海軍側の人員不足を考慮し、山本五十六准将(海軍派)が就任。

 

次年度(1916年)以降は徳川好敏准将(陸軍派)と交代し、以降毎年輪番。

 

この制度は、陸海の対立を緩和し、連携を強化する目的で、研究会の上申に基づきました。 

 

影響:

交代制により、空軍は陸海のバランスを保ち、偵察機(陸上主体)と艦載機(海上主体)の開発が並行。

山本の海軍視点が初期の艦載運用を、徳川の陸軍視点が陸上支援をそれぞれ強化しました。

 

創設時の全体状況

人員構成: 総約3,000名(陸軍転属約70%、海軍転属約20%、民間登用約10%)。

海軍側の少なさを補うため、山本の参謀長就任がバランスを取る形となりました。 

 

開発優先: 日野熊蔵大佐の指導で、エンジン出力向上と前引き式移行を急ぎ、1916年に初期戦闘機を実用化。

 

この人事設定は、空軍の独立と陸海協調を象徴し、総力戦準備の基盤を形成しました。

徳川好敏准将と日野熊蔵大佐の役割が、陸軍側の積極参加を促し、山本五十六准将とのトリオが空軍の初期発展を支えました。

 

 

 

施設

 

創設初期の主要施設(1915〜1916年) 

 

所沢航空学校(埼玉県所沢)

 

役割: 空軍の中央教育・訓練拠点。操縦士・観測士の養成を主眼。

特徴: 共同研究部隊の本拠地を継承し、陸上偵察機の試験飛行場として整備。

滑走路拡張と格納庫増設が進み、初年度で約50機の運用が可能に。

徳川好敏准将が初代校長として配置され、陸軍派の教育を主導。

 

横須賀航空基地(神奈川県横須賀)

役割: 海軍連携の水上機・艦載機訓練拠点。

特徴: 海軍の水上偵察機開発を引き継ぎ、山本五十六准将(初代参謀長)が海軍派のバランスを取る形で運用。

港湾施設を活用し、水上機の発艦・回収訓練を強化。 

 

航空力学研究所(東京近郊)

役割: 機体・エンジン開発の研究拠点。民間企業との連携窓口。

特徴: 日野熊蔵大佐が開発部門を統括し、国産エンジンの出力向上と前引き式プロペラ試験を推進。

 

帝国航空士官学校(1916年設立)

場所: 所沢飛行場近郊(陸海共同研究部隊の施設を拡張)。

役割: 空軍士官候補生の初等教育(操縦基礎、航空理論、共同戦術)。

卒業後、陸海空各軍の専門課程へ分派。

 

 

 

採用制度の概要

 

完全志願制の原則:

帝国空軍は、陸軍・海軍からの転属者、民間からの直接志願者、全国の志願者を対象に、志願のみで入隊を許可しました。

徴兵制(陸軍の主力補充方式)は適用されず、志願者の身体・学力・適性検査のみで選抜。

初年度(1915〜1916年)の志願者は約5,000名で、合格率約20〜30%(約1,000〜1,500名採用)。

 

理由:

航空機運用は高度な技術・判断力と身体能力を要求するため、志願制が適すると判断されました。

研究会影響の質的優位追求が、強制徴兵ではなく自発的志願を優先。

創設時の人員不足を補うため、全国募集と軍内部転属志願を併用。

 

 

 

 

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