古の灯火   作:丸亀導師

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絹の進退

1926年 

 

「軍が擬革紙の発注を検討している。」

 

日本主要産業の製糸工業、即ち絹糸産業界でそんな噂が流れた。

 

―――何のために?どうしてだろうか?

 

その答えを知るものは、この当時極わずかな人間しかいなかった。

 

海軍が大中口径砲に使用する焼尽薬莢(蒟蒻糊と柿渋と和紙を使用した薬包)の開発を始めたという情報は、何処からとも無く漏れていた為、外郭のみの情報ではあったが、絹業界に衝撃が走った。

 

この時期の日本の産業構造は、言ってしまえば軽工業中心から重工業にシフトしていく最中。

やっと工業技術も上がり、欧米と肩を並べられるか?と言った段階にまで、昇華した頃である。

 

この世界であっても、日本国は疲弊したフランスと同程度のGDPを持っていたに過ぎない。

未だ、決定的アドバンテージを持つ技術は、まだ少数に限られていた。

 

その中で、生糸・絹織物産業は長らく日本の主要輸出品であり、主要産業の一つだった。

 

欧米からは「良質で美しい」と評価されながらも、軍需向け供給品は常に安く買い叩かれていた。

絹袋に収められた大口径砲弾の火薬包、薬莢の内張り、航空機の燃料タンク内張り――どれも多量の絹を必要とする一方で、軍からの単価は低く抑えられていた。

 

たとえ二級品・三級品であっても絹は絹である。

それが軍需品として大量に消費される事実は、業界にとって安定した大口需要ではあったが、決して好ましいものではなかった。

 

「軍に買い叩かれるのはシャクだ」という声は、問屋筋や工場主の間では公然の不満としてくすぶっていたが、安定した買い手であるが故に、表立って文句を言う者はほとんどいなかった。

 

しかし、1926年、この状況に変化の兆しが見え始めた。

 

最初に異変に気づいたのは、長野県岡谷の絹織物問屋だった。

陸軍輜重科からの発注が、突如として「絹袋」の数量を大幅に削減し、代わりに「擬革紙製内張り」の試験発注が入ったという情報が入ってきたのだ。

 

「軍が絹を使わなくなる? そんな馬鹿な……」

 

しかしそんな言葉とは裏腹に、問屋の帳簿に示された数字は嘘をつかない。

軍による絹の発注が、見るからに減ってきているのだ。

 

「コレは……えらいことになるぞ。」

 

問屋の主人は直ぐ様立ち上がると、周囲の人間にこの事を知らせに走った。

 

これらを聞いた製糸業界の重鎮たちは、慌てて東京・日本橋の問屋街に集まった。

彼らの顔には、困惑と焦りが色濃く浮かんでいた。

 

「こんな事になったら…、軍需が無くなったら輸出だけでは持たないぞ!!」

 

その言葉の先にあったものは、一つの業界誌であった。

 

『陸軍輜重科、擬革紙による弾薬保存容器の試験採用を決定』

 

皆がそれを気にして、現実から目を逸らしたかった。

 

「軍が本気で動いているのなら…、どうする。」

 

その言葉に、皆沈黙する他なかった。皆理解していたのだ。絹はどうしても高価である。そして、蚕という昆虫を相手にしているだけに、大量生産には不向きな産業だ。

対して、擬革紙はどうか?

江戸期から連綿と続いてきた、革の代替品。当時ですら安値で取引されていた、工芸品である。

 

つまり、工場で生産ラインを構築できれば簡単に作ることが出来るのだ。

 

どうしても、太刀打ちは困難である。

 

しかも、材料は蒟蒻糊と和紙と柿渋等でこんな物は腐るほどあるのだから、ソレこそ高い訳がない。

軍が本気で切り替えるなら、製糸業界の軍需依存は一気に崩壊する。

 

だが、そんな話の中で唯一の救いがあった。

 

「空軍からの落下傘の発注が増えている。」

 

この一点だけだった。

勿論、日本国内だけではない諸外国から其れ等の発注は日に日に増えているのだ。ただやはり、薬包分の需要の目減りは明らかに影響を与えると、誰もが思っていた。

 

「販路を拡大しよう。価格競争には太刀打ち出来ないが、我々は共同で戦う術はある。」

 

その言葉に、震える声で言い返す者がいた。

 

「共同で戦う術……それは、あの『人造』と手を組むということかね?」

 

誰かが恐る恐る口にした言葉に、会議室の空気が一瞬凍りついた。

 

「人造絹糸(レーヨン)」。

 

当時、帝国人造絹糸(現・帝人)や東洋レーヨン(現・東レ)が設立され、本格的な国産化が始まろうとしていた新素材である。しかし、伝統ある製糸業者たちにとって、それは蚕の命を紡ぐ神聖な営みを冒涜する「偽物」であり、忌むべき商売敵と見なされていた。

 

「馬鹿な! あんなパルプを溶かして固めただけの紛い物と!」

 

「そうだ、絹の誇りを捨てる気か!」

 

怒号が飛び交う中、発議者である初老の問屋主は、静かに、しかし力強く机を叩いた。

 

「誇りで飯が食えるなら苦労はない! 軍が『紙』を選んだ理由を考えろ!」

 

その一喝に、場が静まり返る。

 

「軍は、絹の『美しさ』や『手触り』など求めていない。求めているのは『均質さ』と『安さ』、そして『量』だ。だからこそ、工場で管理でき、無尽蔵にある植物由来の擬革紙へと流れた。……これは、人造絹糸とて同じ理屈だ」

 

彼は続けた。

軍が大砲の薬包に絹を使わなくなるのは、もはや止めようがない。擬革紙技術(コンニャク糊と柿渋によるバイオプラスチック化)による焼尽薬包は、絹製薬包よりも燃えカスが出ず、湿気に強く、何より圧倒的に安い。合理性の塊だ。

 

「だが、落下傘は違う。あれは命を預けるものだ。強靭さ、軽さ、そして何より信頼性。今の擬革紙や、出始めの人造絹糸にあの強度は出せん。軍は『使い捨ての火薬包』には紙を使うが、『命綱』には必ず最高級の絹を求める」

 

つまり、市場は真っ二つに割れるのだ。

消耗品という底なしの泥沼は「擬革紙」が担う。

極限性能が求められる航空宇宙(空挺)分野は「天然絹」が担う。つまり、軍は絹に一定の評価を示しつつも、金によって絹を手放したのだ。

 

「では、その中間はどうする? 一般庶民の着物や洋服だ」

 

こここそが、絹業界が最も恐れる戦場だった。軍需を失った絹が民間に溢れれば価格は暴落する。かといって高級路線を維持すれば、安価な綿や羊毛、そして輸入されるレーヨンに市場を奪われる。八方塞がりではないか?と

 

「だからこそ、我々が『人造』を飲み込むのだ。敵にするのではなく、我々の販路と資本で育て上げ、使い分ける」

 

製糸業者が持つ莫大な資本と、全国に張り巡らされた販売網。これを新興のレーヨン産業に提供し、技術提携を行う。

高級品と落下傘には「本絹」を。

大衆向けの安価な量産衣料には、製糸業者のブランドで保証された「人造絹」を。

そして、軍の消耗品は「擬革紙」にくれてやる。

 

「『軍需依存からの脱却』と『総合繊維産業への脱皮』……生き残る道はこれしかない」

 

1926年、この決断は早すぎると言われるかもしれなかった。しかし、擬革紙という「黒船」の衝撃は、保守的な製糸業界の尻に火をつけるには十分すぎる熱量を持っていた。

 

「……やりましょう」

 

「軍にソッポを向かれたまま、野垂れ死ぬのは御免だ」

 

渋々ながらも、重鎮たちは頷き始めた。

皮肉なことに、軍が「絹を見限って紙(擬革紙)を選んだ」という事実は、日本の繊維産業を、ただの「糸売り」から、天然・人造・合成繊維を複合的に扱う「化学素材産業」へと、史実よりも10年以上早く進化させる起爆剤となったのである。

 

 

 

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