古の灯火   作:丸亀導師

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共栄圏

1931年 春 外務大臣官邸・小客間

 

分厚いビロードのカーテンが外光を遮り、琥珀色のランプだけが、黒革のソファと暗褐色の壁をぼんやりと浮かび上がらせる小部屋。

そこに2人の男が座っていた。

 

一方はこの日本国を代表する外務大臣である幣原 喜重郎。

対面に座る招待客であるエチオピア外交官のテクレ・ハワリアットである。

2人は静かに互いに紅茶を口にしながら、静かな時間を過ごしていた。

 

カチャ……、テクレがカップを皿に起き、口を開いた。

 

「帰国の支援には我々一同、非常に深く感謝しています。

特にあの、砂漠の熱にも耐え、腐食を知らぬその新しい建材……そして、飢えを知らぬ軍隊。それこそが、我らエチオピアが必要としているものです。

我が皇帝は、貴国の『奇跡』に強い関心を抱いておられる。」

 

その『奇跡』と言うものは、日本国が独自に開発した建材である。

 

『フライアッシュ』

 

その建材は、当時産業廃棄物とされていた灰より創り出されたものであった。

他にも、様々な独自の技術が彼ら大日本帝国を支えていた。

エチオピアは、そんな西洋ともまた違うこの国の特色を、大変気に入っていたのだ。

 

アジア・アフリカに多く存在する欧米植民地。

その中にある、数えるほどしか存在しない有色人種が起こした完全な独立国…。

エチオピア、ベルシア、シャム、トルコ、中華民国……そして、大日本帝国である。

 

トルコは先の大戦によって四分五裂となり、四肢をもがれ今や全盛期のような、欧米に対抗する力すら持たない

 

中華民国という名を名乗る中華は、今は軍閥に別れ戦国時代に突入し、やはり欧米の好きにやられている始末。

 

この中で唯一、欧米列強と真正面から戦える国は、大日本帝国しか存在していなかった。

時代にあった政策を進め、欧米を追い越すべく爪を研ぎ、そして今や仏を事実上に抜き去った。

ロシア革命を生き延びた、ロマノフ朝を傘下に加えつつ、今や西太平洋の殆どを支配下に置いていると言っても過言ではない、経済大国でもある。

 

だが、出る杭は打たれる。欧米の警戒感は日に日に増していくばかりであり、益々大日本帝国は孤立を深めていた。

しかし、大日本帝国はそんな中で、自らが孤立する事を良しとしなかった。シャムやペルシア、そしてエチオピア等の非欧米系独立国に、技術支援と軍需品を安値で取引し、国家の安定と統治の方法を、彼等に享受している。

 

「しかし、欧米による我が国に対する圧力は日に日に強まるばかりである。我々には、抗う力を欲してもその手を握るための、腕が無いのです。」

 

「それは……、やはりそうでしょうなぁ。」

 

1931年この時のエチオピアをひとことで表すならば

 

『四面楚歌』

 

この言葉に尽きるだろう。

 

四方を英仏伊等の植民地宗主国に囲まれ、挙句の果てにはエチオピアには港がない。

外と自由貿易をしようにも、船が出せない。

出そうとすれば、必ずこれらの国々に頭を下げ高い関税を払って、物を買わなければならない。

 

どれだけ、大日本帝国が支援を増やそうとも、それが大きく彼らの首を絞めていた。

 

幣原は、琥珀色のランプに照らされた紅茶の液面をじっと見つめていた。室内の静寂は、壁に埋め込まれたフライアッシュの層が外界の喧騒を完璧に吸い取っている証左だった。

 

「公使、貴国が抱える『喉元の棘』……港の問題は、我々も痛いほど理解しております」

 

幣原は静かにカップを置いた。その動作には、かつての軟弱な協和外交とは異なる、裏打ちされた力強い響きがあった。

 

「いくら良質なフライアッシュのレンガや、鋼紙製の野戦病院を送り届けようとしても、英仏の港を通るたびに不当な『検疫』と『関税』という名の略奪に遭う。これでは、砂漠に水を撒くようなものですな」 

 

テクレ・ハワリアットは深く頷いた。彼の黒い瞳には、自国の未来に対する切実な焦燥が滲んでいた。エチオピアが真の独立を維持するためには、欧米列強の慈悲を乞うのではなく、自前の「呼吸孔」が必要だった。

 

「……そうです。我々には出口がない。大日本帝国がどれほど慈悲深くとも、その手が届く前に、狼たちが門を塞いでしまうのです。幣原大臣、貴国はこの状況を打開する『鍵』をお持ちなのですか?」

 

幣原はその言葉に口角を上げて、ニヤリと笑った。

 

「我々の埋め立て技術は、かなり高度な分野となります。まずは1年で、ゼイラに…港湾を造り上げて見せましょう。」

 

「ゼイラ……ですと?だが、あそこは英国領です。」

 

そこに幣原は、目を瞑りながら深く深く首肯する。

 

「実のところ、我々は貴国がこのように来るのを待っていたのです。」

 

「それはどういうことか?」

 

幣原は、徐に立ち上がると棚に収められた封筒の中から一つを取り出し、そこから十何枚かの紙を取り出すとテクレの前に並べ出す。

そのどれもコレもが、契約書であった。

テクレはそれをスルスルと読み上げていくと…、大きく目を見開いていた。

 

「コレは…、領地の割譲書ではないか!!貴国は既に!!」

 

「そうです。我々はソマリランドはゼイラ、並びにルーガヤ一帯の地域を…、開発と管理を勝ち取りました。」

 

世界恐慌の波によって、英国は疲弊し…各地の植民地の運営に支障をきたしていた。

大日本帝国は、それを知っていて英国に話を持ちかけたのだ…。

 

貴国の運営する、負債を抱える土地を我々が管理しようではないか?と。

見返りとして、英国への配当を約束し…。

 

あまりにもの力技である。そんな事をして、国際社会には混乱が生じないか?誰もがそう思う中、日本はそれをするだけの旨味があったのだろう。

 

「我々はこれを……、貴国に譲渡しようと考えています。」

 

「我が国に…ですと?しかし、それでは不履行に!」

 

その言葉も最もである。実際、英国との契約ギリギリの行いであるのは、承知の上であった。

 

「ええ、あくまでも我々が所有する。しかし、その港湾の権利並びに関税権は、貴国にある。

港も鉄道も、我々が整備し貴国に繋げましょう。」

 

テクレは唖然としていた…声が出なかった。これが列強、これが唯一の有色人種国の力…。その言葉に、感動を覚えていたのだ。

 

だが決して違えてはならない、この大日本帝国の行動もすべて、列強と真正面から戦うことを想定した、大戦略の内の一つなのだと。

 

「まずは最初の1年、洋上にフロートを連結し小規模な港湾を整備します。そこから更に、我々の新技術であるフライアッシュ工法を用いて…、港を拡張しかの土地を不毛の大地から生まれ変わらせましょう。」

 

「貴国にメリットがあまりにも無さすぎる。何故そこまでするのか!!」

 

エチオピアから見れば、その行動は不気味そのものであった。

大日本帝国のメリットが見えてこないのである。

 

「我々は、植民地主義を眺めてきた。来る日も来る日も、多くの国が、彼らの食い物にされてきた。多くの血が、涙が流れてきた。

そこで思い立ったのです。ならば、我々はその古き秩序に挑戦してみようと…。

コレは、植民地等ではない共栄圏なのです。」

 

「共栄圏…?」

 

幣原の物言いは、妙に芝居がかっていたがそれを気づくことは、この時のテクレには出来なかった。

彼に見えていたのは、この大日本帝国がまるで大地を照らす太陽に見えていたことだろう。

 

「さよう…、共栄圏です。

我々は決して差別せず、拒まず、共に歩む事を選ぶ。

我々の共栄圏に是非とも入ってくださいませんか?」

 

彼のその言葉は、遅効性の毒となってテクレを蝕む。

 

全ての開発は円借款で行われ、その完済期間は非常に長いスパンを見て行われる。大凡百年程かけて、その港を整備しつつ貿易黒字の何%かを、返済に充てるのだ。

 

大日本帝国のこの手法は、それこそエチオピアだけでなくその他の国々でも行われていた。

 

 

 

 

例えば…、1931年現在において地域大国となろうとしていたシャムであろうか?

 

この国は、経済的には確かに地域大国の仲間入りを果たそうとしていた一方で、世界恐慌の波を諸に受けていた。

 

彼の国を挟む、仏英の経済状況は日に日に悪化しており、中央に位置するシャムの通行は滞る一方であった。

メナム川の流れは濁り、バンコクの街には不穏な静寂が満ちていた。

 

英領ビルマと仏領インドシナに挟まれたこの国は、列強による「緩衝地帯」としての均衡を保つことで独立を維持してきたが、世界恐慌はその均衡を暴力的に破壊していた。

シャムの王宮、チャクリー宮殿の一室。

そこでも、幣原がテクレに手渡したものと同じような、厚い封筒がテーブルに置かれていた。

 

「……英国の通貨ポンドはもはや信頼に足りません。フランスのフランも同様です」

 

シャムの王族、並びに官僚たちを前にして、日本の特使は静かに、しかし断定的に告げた。

特使が示したのは、円建てによる大規模な鉄道建設と、**クラ地峡(Kra Isthmus)**の運河開発、あるいは陸上輸送路の整備計画であった。

 

「英仏は自国の経済再建に汲々としており、もはや貴国の発展を支える余力はありません。ですが、我が国は違います」

 

日本は、シャムが抱える莫大なコメの余剰を買い叩くのではなく、それをサイロで長期保存させ、さらには肥料生産の技術を供与することで、農業の工業化を提案した。

シャムにとって、それは英仏の経済的支配から脱する唯一の蜘蛛の糸に見えた。

 

だが、その代償は明白だった。

シャムは物理的に、そして経済的に、大日本帝国の「共栄圏」という名の巨大な兵站線の一部に組み込まれる。

 

更に、その行動は海軍にまで及んだ。

 

この頃シャムは海軍の増強に力を入れていたが、大型船舶の造船能力というものは皆無であった。

そこで発注先として選定したのが、大日本帝国であったのだ。

 

仕様はシンプルに、現在のシャムの経済状況に良くあった艦艇。海防戦艦では、少し物足りない。それでは英仏の護衛艦隊にやられかねない。

しかし、超弩級戦艦を運用するには国力が足りない…。

 

そこで、大日本帝国側が提示したのは至ってシンプルな解答であった。

 

「前後面に、30.5センチ3連装砲を搭載した船などどうでしょう?」

 

つまりはポケット戦艦の建造を打診したのだ。

シャム海軍はそれに飛びついた。史実よりも進んでいた海軍の増強の果て、彼らは大日本帝国の装備を持つ軍艦を装備する。

 

欧米からの脱却の名のもとに行われる。共栄圏への参画の一つの形ともいえた。

 

ペルシアもまた同様に、経済的支援と軍事的支援を行われ強化されていった。

 

大日本帝国は、総力戦の果て自国が戦争に負けない為に四方八方と、その食指を伸ばして必死に足掻いていた。

 

1931年。

世界が不況に喘ぎ、内向きになる中で、大日本帝国だけが、地球規模の巨大なチェス盤を書き換えていた。

エチオピアに港ができ、シャムに戦艦が浮き、ペルシアに鉄道が走る。

 

それは、来るべき「大戦」において、日本が孤立無援で戦うのではなく、数多の「共栄国」を盾に、あるいは矛にして戦うための、静かなる布石であった。

 

 

 

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