神武天皇の幼馴染 作:橿原
「教授」
「なんだい?」
「なんで俺花瑠瑠にいるんすかね」
「そりゃあ僕がこの辺りで開催されるカンファレンスに出席するからだね」
「俺それに出られないっすよね」
「今回のは出られないね。ものによっちゃ誰でもウェルカムみたいなのもあったりするけど、今回はダメ」
「……なんで俺こんな」
花瑠瑠国際空港。羽合州にある国際空港。太平洋のヘソ的な位置にある為大和帝国内のハブ空港という立ち位置だ。また太平洋を横断するなら意図しなくても寄ることが多い都市である。
私は修士も修了間近となり、いい加減やらねばと重い腰をあげ職安に通い出した。
その矢先。教授に太平洋のど真ん中に連れ出されていた。目的を明かしてくれせめて。
「用事はカンファレンスが終わった後だからそれまで遊んどくといい」
教授はそう言い、ポケットから紙幣を出すと私に握らせてきた。結構な額だ。小遣いということだろう。
手をひらひらと振りながら会場に向かう教授を見送ると、私は時間を潰せるものを探しに散歩を始めるのだった。
夜。都市の中心からやや外れた位置の豪邸に私と教授は招待されていた。
『やあ、智。さっきぶり』
『ジェイムズ。さっきぶり。今日はご招待ありがとう。こっちは僕の教え子の橿原だ』
『橿原ヨミです。本日はよろしくお願いします』
流暢なブリティッシュアクセントの英語を話す西洋人。ジェイムズ・ロバートソンと名乗った男は花瑠瑠帝国大学の教授をしているらしい。そして私がわざわざ本州から羽合州まで飛ぶことになった原因である。
『いや本当に流暢な英語だね。助かったよ、ちょっと今日は専門的な話もしたいと思ってるんだけど、大和語だとどうもね』
英国出身のロバートソン教授は大和語も流暢に話すのだが、どうしても込み入った話になってくるとワンテンポ遅れてしまうらしい。それがもどかしくなるので、今日は英語の方が都合が良かったとのこと。
私も気持ちはわかる。何故なら現代語に20数年親しんでなお、違和感を抱えたままなのだ。何せ前世は享年100歳。ノッブと一緒だぜ。
そもそも現代語が大和帝国内の各地域の言語とピジン化というかクレオール化みたいなのが少々進んでおり、また借用語も多々あるのでだいぶ古代から変化している。前前世とも前世とも違うのだ。私が国語を苦手とする理由である。
そういうわけで今に至るまで下手すると英語の方が違和感なく喋れたりする。
『君の論文は幾つか読ませてもらった。そこでちょっと聞きたいことがあってね。智に聞いたら近くで用事があるから連れて来るって言ってくれたんだ。今日は本当にありがとう』
『いえ、こちらこそ』
聞いてないんですけど金城教授!??
読んだのってどの論文だよ。最近もう苦し紛れの論文しか書いてないから深く突っ込まれても困るぞ。
苦情の気持ちを込めて教授を睨むと、教授はロバートソン夫人と何やら和やかに食事と会話をしていた。後で聞いた話だがロバートソン夫人は金城教授が英国に留学した際に同じ学舎で学んだ学友だったらしい。そのつながりでロバートソン教授との親交があるとかなんとか。
いやそれはともかく連れて来る前に私に事情を話しておいてくれ。いつも唐突だなこの人。
『それで、聞きたいこととは一体』
『ああそうだ、この、これなんだけどね』
ロバートソン教授はラップトップをスリープ状態から起こすと、ある論文を映した。
《大和神話における唯一神信仰とその受容》
割と最近書いた論文だ。ありがちなテーマにありがちなタイトル。もはや何番煎じかわからないものだが、古代大和語ネイティブが当時の資料と当時の記憶を頼りに書けばあら不思議。それなりの論文に早変わりである。
金城教授が何故か論文をひっきりなしに書かせようとけつを叩いて来るのでもうネタ切れしているのだ。その為最近書く論文は全部前世におんぶにだっこな感じである。
『この論文の中で君はヨミが……君もヨミだったね』
『ややこしいので俺のことは橿原で』
『それはそれでややこしくないかい?』
月詠神殿があるのが橿原市なのでややこしいのはその通り。しかし本当に詳しいなこの人。
『それでこの論文の中でヨミがイエスやムハンマドの登場を自明のものとしていたとある。キリスト教やイスラム教ではなくイエスとムハンマドという預言者についてだ。そのことについての出典もあったのだが、ちょっと難しくてね』
『ああ、なるほど』
それはヨミが未来を知ってたからですね。その話を子供達にくっちゃべってた頃はなんも考えずに聞かれるがまま何でもかんでも答えてたからですね。出典も当時の子供達からまた聞きしたという貴族達の日記ですね。
などと歴史の真実を語るわけにはいかない。なんとかして誤魔化さねば。
こほん、と一息つきながら少しでも時間を稼ぎ、それっぽい言い訳を話し出す。
『えっと、そもそもヨミが世界各地の神話や伝承を知っていた、という前提があります。どうして知っていたかは分かりません。どこから来た知識なのかといった事柄についてはこれっぽっちも、何の資料も残ってないのでそういうものとして扱います』
サノと子供達には転生して未来知ってるよー、というのを何も隠していなかったので記録そのものはあるはずなのだが、かけらも世に出ていなかった。おそらく皇室と月詠神殿が徹底的に隠しているのだろう。どう言った意図かは知らないが、彼らの努力を無下にする意味もないので私も論文ではそういうものとして扱っている。
『その上で、これが当時ヨミと直接の関係があった貴族の日記です。こちらには━━』
メシア信仰のあるユダヤ教で本当に救世主が現れるなら、その人はユダヤのみならず必ず隣人を救い出すのではないか、みたいなことを複数の資料を出典につらつらと書き連ねてるだけである。
そもそも前前世において私は緩いサブカル趣味の人間だった。宗教や神話、伝承についても広く浅く、ゲームやアニメなどを楽しむ為の教養として軽く調べて知っていただけ。何故か前世ではその前前世の記憶を完璧に思い出せたのでそれを子供達に話していただけの男がヨミである。
なのでユダヤ教やキリスト教、イスラム教についてなんて本当に大したことは知らなかった。
それはそれとして、ヨミが直接話したという記録が月詠神殿から出てこない以上、また聞きやまた聞きのまた聞きで書き残された資料を引っ張り出して、まとめた論文がこれだった。
また聞きの記録なので何やらヨミがとんでもない賢者のように書かれていたりするのが少々気恥ずかしかった。
『よくわかったよ! いや、しかしよくこんな資料を見つけてこられたね』
『橿原はそういうのが得意なんだよ。大和では中々飛び級は認定されないが、もしアメリカに生まれてたらとっくに教授になってるだろうよこいつは』
『ははは』
ご冗談を。やってることは当時の人間の墓を暴くようなものだ。日記を暴かれて論文に引用されるとか私だったら憤死ものである。私ではない人の日記なので容赦なく論文に使うが。
『まあそろそろ博士課程はこのまま上がれそうだし、何なら教授までストレートになれるだろうな。論文も溜まってきたし』
はあ!!? いや就職活動してるんですけど???
私が呆気に取られている間も教授陣は和やかに話を続けている。
ていうか妙に論文書かせるなと思ったら博士課程に進ませるためかよ。
『その時は花瑠瑠に来るといい。私も一緒に研究したいな』
『やらんよジェイムズには』
まず金城教授のものでもないんですが?
言葉が出ない私は何となく、頭のどこかでこのまま金城教授のいう進路に進んでしまうのだろうなという予感がしているのだった。
だってしてはいるけど正直上手くいってないからね、就職活動。