神武天皇の幼馴染   作:橿原

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淕 月詠神殿

 

 夢を見た。知るはずのない、遠い過去の夢だ。

 

「ヨミ様」

 

 初老の男が横たわる老人に声をかける。

 老人は身じろぎをするにも苦労する様子で、それでも声だけははっきりと言葉を出す。

 

「……昔、転生の話をしたね」

「はい」

 

 転生。ヨミの知識の源泉。男がまだ何者でもない子供だったころ、ヨミにその話をされたことがあった。自分は遥か未来の記憶を持って生まれたのだと。

 

「私の書いた手稿はどう扱ってくれても構わないんだ。でも日記がね」

 

 そして一度あった事だから二度目もあるかもしれないという話だった。老人が心配しているのはその場合のことだろう。

 日記をあまり余人に読まれたくはないかも、と気恥ずかしそうにいう老人。

 

「君たちが日記を処分してくれるならいいんだけど」

「しません。日記も含め貴方の事績を処分できるものなどこの世におりませんよ」

 

 事績なんてたいそうなものじゃないんだけどなあ。そう笑う老人の姿に男は泣きそうになる。

 きっとそろそろなのだ、別れが。

 

 その様子に困ったような顔で、男を慰めるように老人は言う。

 

「……大丈夫。悲しむことはない。一度あったんだ、きっと二度目もあるよ。それがいつになるかはわからないけど。日記も読み返したいしねえ……。また会いに来るから━━」

 

 ━━その時は面白い話を聞かせておくれ。

 

 忘れるな。石に刻め。我らの原点。我らの悲願。最も大切な約束を。

 

 場面が移る。

 

 男はかつてのヨミのように老人となって神殿を取り仕切る立場となっていた。

 その男の前に立派な服を着た、男よりも歳上の威風堂々とした老人が尋ねてきた。

 宮の主人。カムヤマトイワレビコ。ヨミにサノと呼ばれていたこの国を統べる者。

 男よりも遥か歳上のはずなのに、矍鑠とした様は流石といえる。

 普段であれば平伏するところであるが、この度はそれどころではなかった。

 

「なぜですか……!」

 

 男は怒りに震えながら声を上げる。

 老人の要求が問題だった。老人の立場を思えば逆らう事のできない命令だ。

 

『ヨミの知識をみだりに使うな』

『ヨミの手稿などを閲覧できるのは天皇かもしくは月詠神殿首脳陣のみ』

『主導権を握るのは月詠神殿側であり、不必要であると判断した場合相手が天皇であっても知識を開示しなくて良い』

 

 言葉の上ではヨミの知識の濫用を避けろという至極真っ当なもの。そこには男も否はない。

 しかし老人の態度は、表情は、言外にヨミの知識を広めるなと言っていた。

 

 男はかつてヨミが「これが皆の役に立つといいねぇ」などと言いながら様々な事柄を書き留めている姿を見ていた。

 それを、1番知っているはずの方が。なかった事にしろと言うのか。

 

「……遥か、未来」

 

 老人が何かを思い出すかのように訥々と語る。

 

「奴が言っていた。遥か未来の我が国は戦争も貧困も少なく人々は平和に過ごしているのだと」

 

 語る老人は天皇などではなかった。きっと支配者として君臨する前の、サノという、友人の語る胡散臭い話を聞き流して笑っていたただの人だ。

 

「平和のため。奴の知識はあまりにも有用がすぎる」

 

 老人にとってもその命は本意ではないのかもしれない。

 男にはもう、老人を天皇とは見ることができなかった。ここにいるのは共通の知人を持ち、懐古する老人だ。

 しかし。

 

 男は平伏し命を受けた。

 

 きっと平和を祈る気持ちは老人も、男も、ヨミも一緒だ。

 

 

 場面が移る。

 

 

「ええ? いや先代からダメだと厳命されているんですが!?」

 

 人物はそれぞれ次代へと変わる。

 月詠神殿を取り仕切る神殿長は話を持ってきた二代目の天皇に声を上げた。

 

 天皇は人を食ったような笑みで言う。

 

「おやじ殿は頭が固いんだよ。大体ヨミ殿のことを省いて歴史書なんざ書けるわけないだろ」

「それはそうなんですが」

 

 何せ神武天皇の即位前、生まれた時から友人として側に仕えていた人物だ。また現在広く使われる表記法を整備して広めた人物であり、記録官としての活動もしていた。

 その人物の記述を除いて歴史書? 不可能だ。

 

「それに命じた内容を考えてみろ。みだりに使うのがダメなんだ。この国がどこからきておやじ殿がどうやって国を作って何をしてたかっつう歴史書は必要だろ?」

「それも、そうなんですが」

 

 いやー納得してくれて助かった。あと頼んだ。

 そう軽い足取りで立ち去る天皇を見送ると神殿長はこれから自分に降りかかる仕事量を思って憂鬱になった。神武天皇の命でヨミの手稿を扱えるのは神殿側の人間だけだ。どうしたって神話と歴史書の編纂は神殿の仕事になる。

 部下たちに怒られるなぁ。

 神殿長はなんと言って部下たちに協力させるか頭を悩ませた。

 

 

 場面が移る。

 

 

 時代が下り、時は天正11年。

 

 体を起こした老人は水で口を湿らせた。

 

「そういうわけで、我らは端から貴方が本能寺で討たれることを知っていたのですよ」

「で、あるか」

 

 とはいえヨミの時代から少しずつ歴史は変わっていた。大きな変化はなかったが、明智光秀が謀反を起こすかどうかが確定していたわけではない。そのため14年前の占いではっきりしたことを言うのは憚られた。

 

 信長は何かを思案し、口を開く。

 

「神武天皇の命は良いのか?」

「2000年は概ね守ってきたのです。義理は果たしたでしょう」

 

 それに帝もあの有様ですし。

 そうぼやく前宗主の言に信長も思わず同意する。将軍もそうだが帝がしっかりしておけばもう少し楽に済んだ事柄は多いのだ。

 

 しかし、未来の知識か。

 

 信長は立ち上がると前宗主に訪ねた。

 

「いや、面白い話だった。ところで悲願とやらは果たせそうか?」

 

 前宗主はにやりと笑うと答えた。

 

「なに、これからですよ」

 

 以後、月詠神殿は総力を上げ織田政権に協力を始めることとなる。

 

 

 場面が移る。時代が降る。

 

 

 場面が━━目が覚めた。

 

 

 体を起こすと宗主は妙に体の調子が良いことに気がついた。

 歳をとると中々体調が万全という日はない。それが起きた時、体の内側から力が溢れるような、そんな調子だった。

 珍しい事だと思い、軽い体をちょっとした体操でほぐしてから着替える。

 朝食は茶漬けで軽く済ます。

 

 今日の予定は神殿の細々とした仕事をこなした後、金城教授の教え子の対応だ。

 金城智教授は大和史の大家であり、その専門分野以外でも造詣が深く、各界にコネを持つ。若くして教授になった美貌の才媛だ。

 月詠神殿として彼女の研究に協力したこともあるが、神殿の活動に協力してもらったことも多々ある。無下にすることはできなかった。

 

 お昼過ぎ、待っていた青年が訪ねてきた。

 朴訥とした雰囲気だが、話してみると会話の調子も良いし知識も深い。これはコネとして今後も長くお付き合いしたいものだと、あまり広まっていない歴史のこぼれ話をする。受けが良いのでついつい話し込んでしまった。

 程々のところで、彼が本題を切り出してくる。彼の目的はヨミの手稿。神武天皇の禁はとうの昔に破っているが、蔑ろにしていいわけでもない。

 断ると彼も受け入れられるとは考えていなかったのか、すぐに納得してくれた。

 

 彼が残った茶を飲み干す。そろそろいい時間だ。もう帰るのだろう。そう考えた矢先、

 

 

「ああ、そうだ━━"私"の日記はどこかな」

 

 

 息が、止まった。あれだけ調子の良かった体が動かない。瞠目する。

 彼は、なんだ?

 先程までの、歴史のこぼれ話に目を輝かせ、金城教授の無茶振りに愚痴をこぼす若者ではない。

 態度そのものは変わらない。しかし、これは。

 

 宗主は昔読んだ石碑を思い出す。

 月詠神殿の次期宗主と決まった時点で読むことが義務付けられている石碑と、初代宗主の記録。

 

 忘れるな、約束を。いずれまた来たる我らの父に、面白い話をするのだ。

 忘れるな、我らの悲願を。

 

 忘れるな。

 

「……さて、」

 

 宗主は震える声で言葉を返す。

 

「日記は全て燃やしてしまった故」

 

「んー? それならそれはそれで良かったんだけどねぇ。や、そうか。そういえばそんな話してたね。"嘘をつくな小僧!" ……ねえ、これやめない? こんな変な合言葉やっぱやだよ私」

 

 それは初代宗主とヨミが戯れで決めた合言葉だった。転生したヨミに子供の頃のようにまた叱って欲しいという初代宗主。ヨミは拗らせてんなこいつと苦笑したという。

 

 宗主しか知らない合言葉。

 そもそも日記の存在も代々の宗主しか知らない。他所から漏れるわけもない。

 

 ああ。

 

「……いかがでしたでしょうか、この国は」

「ああ、うん」

 

 青年は話の切り替えに一瞬きょとんとする。

 そして「んー」と少し考えるそぶりをすると答えた。

 

「めっっっちゃ面白い事になってるね! いやよく頑張ったねえ。流石私の子。自慢の子達だよ」

 

 ああ。ああ! 

 

 我らの悲願は、果たされたのだ。

 2600年を超える我らの活動は、代々宗主の想いは無駄ではなかったのだ。

 我らはきっと、この時のために。

 

 

 中々話し終えない青年と宗主を迎えにきた神官が目にしたのは、年甲斐もなく咽び泣く宗主とどう泣き止ませようかとおろおろする青年の姿だったという。

 

 

※※※

 

 

「おーおかえり。どうだった?」

「全面協力してくれるそうです」

「は?」

 

 大学の研究室に顔を出し、奈良の手土産を教授に渡す。

 教授は呆気に取られて言葉もないようだった。毎回振り回されるばかりだったので少し嬉しい。

 

 あの後。なんとか宗主を泣き止ませると、もう遅い時間だからと神殿に泊めてもらった。

 そしてヨミの日記や手稿などの禁書が保管された部屋へと通された。

 驚くほど状態がよく残っており、歴代宗主の苦労が偲ばれる。

 サノが晩年に命じた禁により、史料に関われる人員がごく少数の為中々進まないが、一部電子化も進めているらしい。すごい。

 

 そしてある鍵を渡された。

 

「なんだいこれ?」

「これ見せたら全国の月詠神殿の史料見放題らしいです」

「うっそだろ」

 

 教授は驚きっぱなしである。私も正直ここまで協力してくれるとは思わなかった。

 この鍵は具体的にどこの扉の鍵というわけではなく、将来私が転生してきたら渡して月詠神殿の全てを自由に扱えるようにする為に作った鍵だという。

 各地の神殿長や神官はその資格を得る際の試験でこの鍵について学ぶので、見せれば協力してくれるらしい。

 

「いやしかし、こんな偽造簡単な鍵でそんなこと」

「鍵だけじゃなくて、宗主からの指示が同時に来て初めて効力があるとかなんとかですね」

「なるほど?」

 

 鍵と宗主の指示。それでも偽造というか、神殿関係者を騙くらかすことは可能そうだが、禁じられているのはヨミの手稿や日記だけで各地の記録は別にそこまで厳密に外に出すことを禁じているわけではないらしい。

 割と権力者に不都合な記録もしっかり残しているので、その辺りを気にして史料の閲覧を制限しているだけとのこと。

 

「なるほど、なるほど、なるほど」

「……教授?」

 

 教授の顔が驚愕から疑念、そして満面の笑みへと変わっていく。

 ちょっとこわい。

 

「橿原君」

「はい」

 

 教授ががっしりと私の肩を掴む。

 

「全国旅行しようか!」

 

 月詠神殿巡りツアーですね。でしょうね。

 

 なんとなく思っていたが、もう就職は無理だな。

 にっこにこで今にも踊り出しそうな教授を傍目に、私は自分の将来に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 橿原ヨミ(かしはら よみ、xxxx年4月20日-)は大和帝国の歴史学者。専門は大和帝国古代史。特に神武天皇時代に詳しい。大和帝国大学准教授。花瑠瑠帝国大学客員准教授。

 

 大和帝国史において、数々の新事実を発表している。月詠神殿と親交が深く、秘密主義と批判される神殿としては異例にも禁書扱いの史料の閲覧が許されている。

 金城智教授とは師弟の仲で、共同発表した論文「織田政権の環太平洋支配における月詠神殿の活動」は学会のみならず世界に衝撃を与えた。

 

経歴

 xxxx年4月20日、東京府に生まれる。

 xxxx年大和帝国大学へ進学。学部時代から金城智教授の元で古事記研究を進めていた。

 xxxx年博士号を取得。同年大和帝国大学の准教授に着任する。これは異例のことであったが、異論は出なかったという。

 

エピソード

…………

……

 

 

【了】

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