海想ふ   作:うずつるぎ

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第2話

 

 人を魔物に変えてしまう土地がある。

 

 そんな噂話を商人伝いから聞いたのは、一体、いつ頃のことだったか。

 

 名をアラリヤ村と言う。

 大陸中央部の南西、主要な街道から外れた連峰付近に位置し、大した特産品もない寒村だ。

 しかし、魔王の手先に侵略されることも、大陸を襲った大飢饉に喘ぐこともなく、安定した営みが育まれていた。

 

 そんな絵にかいたような清貧なる村には、いつからか、魔物が朝毎に現れるようになった。

 

 村人たちは首を傾げながらも、その原因には気が付かない。

 いや、気が付かない振りをしないと、とても生きていけなかったのかもしれない。

 

 

 なにせ、『夜な夜な隣人が呻き声を上げ、寝具を飛び出して床をのた打ち回り、やがてはその身を魔へ落としていた』のだから。

 

 

 一夜経るたびに、また一人、また一人と村人は魔物に変貌する。

 よもや、今度は自分たちが魔物に変じるかもしれない。

 元より人の訪れぬ辺境だ。魔物狩りを得意とする冒険者さえからも嫌煙され、瞬く間に廃村となった。

 

 その一部始終を目撃した行商の話を以て、『魔の憑く土地』という言葉が流布することになったのだろう。

 

 

 それが、人を魔物に変えてしまう土地の、噂話に過ぎない歴史である。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 魔女がせせら笑いが響くような深い森に、人影が二つ落ちる。

 

 林冠は暗雲のように厚く、まだ真昼だというのに周囲は薄暗い。

 噎せ返るほどの緑の匂いを浴びて、草葉を踏み分ける足音が、ただ響く。

 

「これも必要かな。あぁ、それならあれも……」 

 

 と、幌馬車も通れぬほど荒れてしまった小道を前に、いつもの優柔不断さを発揮していたところを彼女に手早く荷物をまとめられて、現在。

 イレーゾ達は、繁茂した草木をかき分けながら、森のけもの道を進んでいた。

 

「あぁ、不安だ不安。もう少しぐらい持ち物を増やしても良かったんじゃ……」

「やめた方が良い。荷物が多いと、それだけ身体に負荷がかかる」

 

 と答えるのは、ヨベルさん……先の自己紹介で判明した彼女の名前……である。

 イレーゾと違って瞬く間に荷物をまとめたあの技量は、やはり、己の体一つで動く冒険者といったところだ。身軽なのは羨ましいものである。

 

 イレーゾに彼女に先立って視界を覆う緑を切り払っていると、ふと、彼女の声が背後から聞こえる。

 

「森を進む足取りに迷いがない。イレーゾさんは随分と、この辺りを歩き慣れてるんだな」

 

 思わず次に繰り出す足が止まる。

 全く、冒険者とだけあって目敏い少女だ。

 

「もう、数年前のことになるけどね。昔は僕も、行商としてアラリヤ村を訪れていたんだ」

 

 ヨベル君は顎に手を当てて、抜き足差し足に声を洩らす。

 

「となると……イレーゾさんは、」

「そういうことだよ」

 

「旧知の弔いに、ね」

 

 黄金の瞳が、夕陽が草原へ沈むみたいにゆっくりと伏せた。

 

「そう……か……」

「或いは、けじめを付けに来たのか」

 

 彼女の耳には聞こえぬよう、イレーゾはそっと、口の上で転がす。

 

 そうだ。

 僕はようやく、一つの決断を下す気になったのだ。

 どんな形であれ、この出来事に一つの終止符を打たねばならないのだ。

 

 心の内で何度も繰り返す。

 そうでもしないと、イレーゾはこの場に及んでなお、何かと理由を付けて選択することから逃げ出してしまいそうだった。

 

「そう言えば……ヨベルさんの方こそ、どうしてアラリヤ村に?」

「アラリヤ村に向かいたい理由、なぁ」

 

 魔王のせいで、魔物なぞ大陸にごまんといる世の中。

 先の化け物を一閃で仕留めた様子からして、相当に腕の立つ彼女が、あえてこんな辺境を訪れる理由が見当も付かない。

 

 聞くと、ヨベルさんはふと足を止め、徐に左手を握ったり開いたりした。

 

「ここにお目当ての奴がいるかもしれないから、だね」

「お目当て? 探し人かい?」

「いや、人というよりは、クソったれの聖剣だけれど」

 

「……は?」

 

 ぽかんと、イレーゾは大きく口を開いた。

 

「……せ、聖剣だって? いやぁ、ヨベルさん。それじゃあまるで勇者──」

「──さて、イレーゾさん」

 

 彼女は深緑の外套を揺らして、洞穴の出口みたく森の切れ目に垣間見える光を浴びる。

 そして、指先に到着点を示す。

 

「どうやらあれが、噂の村みたいだな」

 

 言われて現実を思い出し──イレーゾは、重く頷いた。

 

「……あぁ」

 

 かつて幼い少女と過ごした、懐かしい村。

 

 目的の場所は、もうすぐそこだった。

 

 

 

【相談】『未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない』を読んでくださっている読者の皆様へ。どちらの文体の方が読みやすいですか。次回作の文体の参考にしたいと思っていますので、良ければご協力いただきたいです。よろしくお願いします。

  • 未来視で幼馴染のことが分かるんだが
  • 海想ふ
  • ちょっと固めなこっちも悪くはない
  • やはり文体は軽さ……軽さこそが至高……!
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