RE:異世界から帰ったら江戸なのである~女天狗昔物語~   作:左高例

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18話『天狗と忍び連中』

 

「こりゃいかんわ」

 

 天ぷらを売り出した翌日の早朝。九子は降って湧いた繁盛に焦りながら仕入れに出向く。

 思ったよりも売れていて、材料も人手もとにかく足らないのだ。初日での好評もあって、翌日は噂が広まり更に客が来る可能性が高い。

 流行り物は真似をされる。数日も経てば別の店も天ぷらを出して客が分散するかもしれないが、昨日の今日でいきなり天ぷらに舵を切る店は少ないはずだ。つまり、今日も独占企業のように九子の店に客は集まってしまう。

 

 一日で一ヶ月分以上の儲けが出るのは素晴らしいことだ。

 極論、半月もこの調子で営業すれば残り一年遊んで暮らせるのだから。

 それにしたって、忙しすぎて休まる暇が無い。足早に近所の店を回りつつボヤく。

 

 

「こんなことならもっと準備してから始めるのだった……」

 

 後悔先に立たず。客たちは既に、この店で食べられる桑の葉天ぷらを求めて暴徒のように押しかけてくるので、それを捌かねばならない。

 天ぷらの仕入れは九子が担当していたので、財布を握って右へ左へ走り回ることになった油屋に行き、

 

「うちの店にゴマ油を三斗ぐらい運んでおいてくれ」

 

 と注文し、粉屋では、

 

「うどん粉一斗頼む」

 

 そうやって材料を調達する。すっかり天ぷらを出していると噂が広まっているので、

 

「天ぷらならうどん粉より、少々値は張りますが浮き粉もありますが……」

「味にこだわっておる場合ではないのだ」

 

 九子はそう言って断った。いっそ不味くて客が離れてくれないかとも思ったのだが、客の反応は上々で庶民どころか武士まで食べに来ている。

 それからすぐに甚八丸の農家へ向かう。手土産に、天ぷらを重箱に入れて持っていった。

 

「おーい! 生きておるかー! 甚八丸~!」

 

 表から呼びかけると、家族で朝飯を食べていた甚八丸は呻く。

 

「うげっ……昨日の今日で来やがった……」

 

 体中にミイラめいて巻いた包帯で塞いでいる傷が疼くように傷む。

 

「父さん、誰だ?」

 

 朝食の席に座っている甚八丸の娘小唄(こうた)が、嫌そうにしている父にそう聞いたら彼はブルブルと頭を振った。

 

「なんでもねェよ……ひっ! 晴海(はるみ)! そんな目で見るな!」

 

 晴海と呼ばれた彼の嫁から剣呑な表情で見られて甚八丸は身を震わせた。無口な嫁は立ち上がって、表にいる九子に対応しようと出ていく。

 

「待て待て待て待ってください晴海さん。せめてその包丁を置いていけって! な?」

 

 甚八丸が慌てて止めて、晴海は仕方なく包丁を置いた。

 彼女が出ていって少しの間があり、重箱を持って朝食の場に戻ってきた。

 

「母さん? それは?」

「天ぷら」

「へえ! わたし、初めて食べるぞ!」

 

 飯と味噌汁、漬物にタニシの佃煮だけであった朝食が一気に豪華になるので、甚八丸の嫁も娘も目を輝かせた。天ぷらなんて滅多に食べられるものではない。

 胡散臭い、ひょっとしたら浮気でもしている女なのではないかと警戒していたのだが九子の口八丁と天ぷらで警戒心を解かれたのだ。ついでに冷静に考えたら、こんな夫になびく女はほぼ居ないということを晴海は認識した。

 ちらりと晴海は甚八丸を目で追いやる。話を聞いてこいということらしい。

 

「俺様の分、残しておいてくれよ……」

「美味しい! 父さん凄く美味しいよこれ!」

「むしゃむしゃ」

「頼むから残しておいてくれよ!?」

 

 後ろ髪引かれる思いで表にいる九子のところへ甚八丸は向かう。

 

「おう。昨日は悪かったのう。ところでまたちょっといいかえ?」

「なんだ? また卵か? あと今度は絶対揉まねーからな!」

「いや別になんも言っておらんが」

「次揉んだら手首を切り落とすとか脅された」

「怖……」

 

 それはそうと、商談に入る。

 

「また卵が欲しいのだが、今度はあるだけ買っていく。店が忙しすぎて足らんのだ」

「ほう。なら近所からも集めておくか? 卵」

「それは助かるのう。あと桑が欲しいのだ」

「桑?」

「雷騒動があったろう。うちの店では天神様から身を守る、桑の葉天ぷらを売り出したら大売れでのう。己れが山に取りに行く分ではどうしようもない。蚕の餌もあるだろうが、売れる分は売ってくれぬか」

 

 もはや金を出してでも自分以外に集めて貰う方がいいとして九子は甚八丸にそう頼んだ。原価率は上がるが、増えた客数で十二分にお釣りがくる。

 

「ほう……桑畑は余分に作っているから売る分はいいんだけどよ」

 

 養蚕のためだけでなくとも桑は有用な植物である。葉は食用、枝は焚き付け、幹は木材。赤い果実は食べても酒に漬けても美味く、また全ての部位が漢方薬の材料になる。

 難点としては虫が付きやすいことだが、甚八丸はその虫を集めて鶏の餌にしていた。そして鶏の糞を肥料にする。農家にとって鶏はシナジー効果の高い家畜だ。

 

「それにしても昨日の今日で大変じゃねえか。どんぐれえ売れたんだ?」

「正確に計測もできんかったが、まあ八百人は食いに来ただろう。一つの店では対応できぬ」

「はっぴゃっ……!?」

 

 さすがに江戸の繁盛店でもそれだけ客が来るのは、それこそ一日に千両の金が動く日本橋界隈ぐらいにしかない。店の前に出店という形でテイクアウトさせて売ったので、キャパシティを越えてでも客数が増えたのだ。

 前に計算した通り、九子の店でも日に三十人から四十人程度客が来れば黒字になるのだ。それが二十倍も押し寄せたのだから大変さは非常なものがあった。

 甚八丸が腕を組んで考えを巡らせ、九子に提案する。

 

「うちで世話してる若ぇのが何人か、屋台やってるんだが給料払ってくれるんなら良いように使ってくれてもいいぜぇ」

「本当か? それは助かる。是非頼みたいのう」

 

 甚八丸の家近くには掘っ立て小屋のような長屋が何軒か建っており、そこでは彼の手下とも言うべき若い独身労働者が住み込んでいた。

 他所の土地から江戸にやってきたものの縁もゆかりもないため、僅かな繋がりで甚八丸を頼った者たちだ。彼らは甚八丸を親分だとか、頭領だとか言って慕っている。

 農作業ならば甚八丸の田畑で仕事の手伝いがあるのだが、そもそも実家で農業の奴隷みたいな扱いが嫌になって飛び出してきた連中なので別の仕事を探している。それでも甚八丸の支援すらない普通の無宿人ならば、仕事も家もなく炊き出しだけで食いつないで悲惨な暮らしをしているものも少なくないので、彼らは感謝しているのだ。

 

「とりあえず呼んでみるか……佐助(サスケ)ェ! 才蔵(さいぞう)! 来い!」

 

 甚八丸が野太い声で叫んだかと思うと、間髪入れずに返事が返ってきた。

 

「はっ! 頭領! イヤーッ!」

「とう! ハァーッ!」

 

 掛け声と同時に家の屋根から二人の男が飛び降りて、独特のポーズを決めながら着地した。

 男たちは変哲もない野良着を着ているのだが、甚八丸と同じく頭だけは覆面で隠している。

 

【挿絵表示】

 

「見ましたか頭領! 今の格好いい着地姿勢!」

「これで女の子にモテモテって寸法ですよ!」

「馬鹿野郎共! てめえらより俺様の方が百倍かっけえ着地決められるわ! 見てろ!」

「登るな登るな」

 

 対抗心をあらわにした甚八丸が屋根に登ろうとしているのを九子は止める。

 

「……というかてめえらなんで俺様の家の屋根にいるんだ?」

「定期的に雨漏りが無いか点検するだけで頭領のおかみさんがお小遣いくれるもので……」

「六郎のやつは点検を怠ってるのがバレておかみさんに包丁投げられてたんですが」

 

 三人が話し合っているのを見て、九子は「ふむ」と面白げに笑みを浮かべた。

 

「なんか覆面が集まっておると忍びの集団みたいだのう」

「しししし、忍び!? ハハハそんなわけないじゃないですか」

「そうですよ! 忍びなんて草双紙の物語にしか出てきませんよ!」

「非現実的だ! 現実に存在するわきゃねえ!」

 

 慌てて首を振る三人である。

 

「なんでそう必死に否定するのだ……そういえば江戸でも覆面の男が何人かおったが、流行りなのかえ?」

 

 九子は、利悟や端右衛門についていた小者たちの姿を思い出してそう聞いた。彼らも町中だというのに覆面を付けて、目立ちそうなものだが地味な佇まいをしていた。

 実のところ、彼らは忍びのような集団ではあった。

 かつて戦国時代に忍び働きをしていた者たちは太平の世になって仕事の場を失い、多くは農民に戻ったり盗賊になったりした。

 その中でも農民をやりながらいずれまた忍びが必要な世になるかもしれない……と、考えて忍びの技だけは伝えていた者たちも居た。

 

 だが江戸時代になってもう百年以上。どう考えても忍びの活躍する場は出て来ない上に、毎日厳しい鍛錬を積む生活に疑問を持った男たち……特に財産も嫁も期待が持てない農家の次男三男らは、嫌気が差して無駄に鍛えた身体能力で村を飛び出してなにか仕事と遊びを探して江戸にやってきた。

 ところが当然ながら江戸でも忍びの仕事など盗賊紛いのことしかない。そんな度胸もなく、都会での生活力もない忍び崩れの男たちは同じような元忍びの家系で江戸近辺では元忍びの顔役的立場だった甚八丸を頼って、彼が身元引受人としてどうにか生活していたのだ。

 とはいえ今どき忍びなんて名乗っても恥ずかしいだけでモテる要素はないため、普段は隠している。忍びの立場を隠さないのは仲間で集まってささやかな飲み会をする時ぐらいである。

 なので彼らは九子の指摘を適当に誤魔化していた。

 

「そうそう。流行り流行り」

「こいつらブサイクでチンチンもちっさそうな顔してるから隠してるんだ」

「頭領! 勝手に人のチンチンを判断しないで頂きたい!」

「女の子の前ではしたない! 誤解を招くようなこと言わないでください!」

「うるせぇ! 文句があるならチンチンの小さい方からかかってこい!」

 

 甚八丸の啖呵を受けて、佐助と才蔵はピタリと動きを止めてお互いに渋い眼差しでにらみ合う。

 

「……佐助、先に行っていいぞ」

「いや待てなんでオレが先なんだよ! 自分のチンチンの方がおっきいつもりか⁉」

「……っていうか普通におれの方がそこは大きいだろうし……」

「なんだとォ……! 許さねえ……!」

「くくく……もっと仲間割れしろぉ……雑魚どもがぁ……」

「楽しそうなところ悪いのだが、割りと急ぎの仕事だぞ」

 

 九子が半眼で見ると、佐助と才蔵は背筋を伸ばして向き直った。

 それからヒソヒソと甚八丸に話しかける。

 

「頭領、どこでこんな可愛い女の子と知り合ったんですか? ずるい!」

「頭領ばっかり嫁さんもいるのに!」

「仁徳ってやつよ。もしくは筋肉だ。筋肉つけろてめえら」

「はいはい、話を聞く」

 

 九子がまた手を叩いて無駄話を止めた。

 

「ともかく人手がいる。簡単な調理もさせるが、手順は店に来た時に説明をしよう。お主らは屋台道具と卵、桑の葉を集められるだけ荷車にでも積んで持ってきてくれ」

「了解!」

「それにしてもお姐さん、おれらみたいな何処の馬の骨かわからない男たち雇って大丈夫なの? いや真面目に働くけどさ」

「はっはっは。天神様の祟りに遭わぬための縁起物を売っておるのだぞ? 良からぬことを仕出かす輩は雷に打たれるに違いない」

「怖い!」

 

 実際、身元も不明な男たちであり、甚八丸が保証しているというだけだ。それに甚八丸とも昨日出会ったばかりであった。普通ならば信頼はまだできないだろう。

しかしなんにしても人手が足らないし吟味している時間が無い。それに、最低限甚八丸は土地屋敷を持つ身だ。自分の信用問題もあるので、こそ泥を斡旋するなどしないと信じたい。

 

「それで店の場所は……なんていうんだったかのう? あの店の場所」

「おいおい!」

 

 九子も江戸に来たばかりで地名にはあまり詳しくないのだが、

 

「町中で『天ぷらの店』と聞けばわかる。今日も忙しいからのう。甚八丸や、これは手付金だ。急いで材料を集めておくれ」

 

 九子が甚八丸に一両を渡すと、他の二人も「おお!」と目を輝かせた。

 

「よし! てめえら、長屋で暇なやつ叩き起こして来い! 桑の若葉を取りまくれ! 俺様は卵集めてくる!」

「頭領、そんなに桑取って大丈夫なんですか!? お蚕様の分は!」 

「足りなくなったら山から桑取ってくりゃいいんだよ! 商機を逃すな! (さん)ッ!」

 

 そう甚八丸が合図すると、覆面二人は消えるような速度で急いで走り出した。

 

「それでは頼んだぞ。己れは店で準備をしておくからのう」

「任せろい! ……あと天ぷら、また持ってきてくれよな。絶対俺様の分無くなってるから」

「はいよ」

 

 甚八丸も材料の確保に走り出した。どちらにせよ卵も桑の葉も量が多くなれば、九子が飛んで運ぶにも限界があるので働き手と一緒に運んできて貰えればありがたい。

 お房と石燕はあまり体力的に無理させられない。そもそも、儲けてお房にも楽をさせようと思っていたというのに、急に客が増えて忙しすぎることになってしまった。

 九子もあまり積極的に働きたい方ではないのだが、落ち着くまでは彼女が店を回さねばならない。材料の手配も人手の確保も、六科では無理な話だった。

 自業自得とはいえ、九子は忙しさにため息もついた。

 

「次は鍋屋でデカい揚げ鍋を買いにいくか……屋台で揚げさせるには炭もいるのう……」

 

 次から次に手配が必要になり、あまり儲けすぎるのも面倒だと今更後悔するのであった。

 

 ******

 

 それから店を開く準備を大急ぎで整える。

 

 長屋の女房衆を雇って、裏長屋の竈で店に出す飯や味噌汁を炊いてもらい、お(ひつ)まで借りてそれに大量の飯を詰め込んで用意した。店で天丼を頼む客も多く、いつもの量では足りない上に天ぷらに店の竈を使っていると追加で炊飯ができないためだ。

 店の竈はすべて天ぷら用にして、鍋も大きなものに変更した。六科とお雪は変わらず揚げ係だ。下手に作り慣れていない者にやらせると火事になるかもしれない。

 桶一杯にもなる量の衣液を作った。途中で作り直すのが面倒なため、余ってもいいから大量に用意しておく。

 

 朝方に頼んだというのに驚きの早さで千駄ヶ谷から荷車を引いて四人の覆面男が加勢に来たので、彼らにも調理の流れを説明する。

 といっても、店の外で天ぷらを揚げて売るだけだ。材料が尽きたら路地から店の裏手に行って材料を受け取る。

 幸いなことに覆面の男連中はそれなりに愛想が良いし、手先は器用で要領の理解もすぐにできたため、臨時雇いにしては十分の戦力になるだろう。

 

 お房と石燕は会計係だ。人がごちゃごちゃと入り乱れる中では食い逃げや誤魔化しがあるかもしれないので、しっかり確認しなくてはならない。他の仕事と兼任させてはどうしても疎かになるし、銭の管理は身内がした方が問題も少ないためそうなった。

 九子は状況に応じて仕事をしつつ全体の指示を出し、トラブル解決を行う役目である。

 明確な開店時間など決まっていないのだが、既に店の前に行列ができているのに九子はプレッシャーを感じながら全員に気合を入れる。

 

「今日は皆の者、よろしく頼むぞ」

「応!」

 

 どう見ても店長が九子である。六科も後方から見守る先代店主のような顔つきで文句は言わない。

 

「仕事の前金だ。頑張れば追加ボーナスがあるからのう」

「棒茄子?」

「うわ金貨だ! 銭以外初めて手にした!」

「今日はお赤飯だ!」

 

 九子が覆面も長屋の女房も、全員にとりあえず前金で仕事代一朱金を渡してやる気を出させる。

 一朱は銭にして三百十二文。この時点で天秤売りが一日働いた並の給料であり、長屋の家賃半分ほどなので皆は大喜びだ。

 なお手伝いに支払う給金として、覆面四人に女房三人へそれぞれ払ったので、人件費が二千百八十四文。本来の店は一日の利益五百文で計算していたので、四日分の利益を一日の人件費に回すぐらいの動員だ。

 とはいえそれでも昨日の売上からすれば全員を雇っても二両以上は店が儲ける計算になるので問題はないはずだった。

 

「さあ、始めるぞ!」

 

 九子が腕まくりをして、店を開いた。

 

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