メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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開けました。おめでとうございます。
今年もどうか一年、よろしくお願い致します。


9 事情聴取とバズる防犯カメラ、そして筋肉への誘い

「……で、お名前は?」

 

 パイプ椅子に座らされた俺の目の前には、ベテラン刑事と若手刑事が座っていた。

場所は交番の奥の部屋。カツ丼は出てこない。さっき焼肉を食ったばかりだから要らないけど。

 

「えーと……」

 

 俺は冷や汗をかいた。本名は「佐藤」だ。30代男性。

 

 だが、今の見た目で「佐藤(38歳男性)」と言って、誰が信じる?免許証を見せれば解決するが、生憎と財布に入っている免許証は「おっさんの写真」だ。

 

「これ私です」

 

 とか言ったら、公文書偽造か何かの罪に問われるか、精神鑑定病院行きだろう。

 

「……名前、言えないの?家出少女?」

「ち、違いますわ!私は……その……」

 

 とっさに口をついて出たのは、配信で使っている、そして今の肉体の名前だった。

 

「メ、メジロ……マックイーン、ですわ」

 

 刑事がペンを止めた。

 

「……は?競走馬?」

「い、いえ、芸名ですわ!私は動画配信者をやっておりまして、これは活動名ですの!」

「ああ、YouTuberってやつか……。で、本名は?」

「……事務所の意向で、非公開とさせていただいております」

 

 苦し紛れの大嘘だ。事務所なんてない。

 

 だが、俺の服装(ジャージ)と、この浮世離れした美貌が、逆に「売れない地下アイドルか何かの設定厳守キャラ」という感じで誤解を生んだらしい。

 

「まあいいや。被害者のお婆さんも感謝してるし、今回はお手柄だからな。……にしても嬢ちゃん、あんなスピードで走って、足痛くないの?」

 

 刑事は不思議そうに俺の足を見た。俺はふんと鼻を鳴らし、尻尾が椅子に押し付けられてムズムズするのを堪えながら答えた。

 

「焼肉を食べた直後でしたので。カロリーが爆発しましたの」

 

 

 翌朝。

 

 解放されて泥のように眠った俺は、スマホのアラーム音で叩き起こされた。寝ぼけ眼のままでテレビをつける。どうやら、ワイドショーの時間らしい。昨日起こった事件や、ほんわかニュースなどが流れていた。

 

『昨夜未明、〇〇市内でひったくり事件が発生し、逃走するバイクを女性が走って追いかけ、確保するという事案がありました』

 

 そうやって、アナウンサーが言うと同時に画面に映し出されたのは、街頭の防犯カメラ映像だ。

 

「……うげっ」

 

 画質は粗いが、はっきりと映っていた。フルスロットルで逃げるスクーター。

 

 その横に、残像を残して現れる「銀髪の影」。そして、無表情(真顔)で並走し、涼しい顔で荷台を掴む瞬間。

 

『専門家によりますと、この時のバイクの速度はおよそ時速50キロ。この女性は、人類最速のウサイン・ボルト選手を超える速度で、しかもサンダル履きで走っていたことになります』

 

 スタジオのアナウンサーが口をあんぐりと開けている。コメンテーターが

 

「これは合成映像では?」

「いや、現代の忍者だ」

 

 と真面目に議論している。

 

「終わりましたわ……」

 

 俺は頭を抱えた。顔にはモザイクがかかっていたが、あの銀髪とジャージ姿。昨日の配信を見ていた視聴者なら一発で特定できてしまうものだったからだ。

 

 

 案の定、SNSは祭り状態だった。

 

『昨日のニュースのバイク並走女、マックイーンじゃね?』

『服装が完全に一致』

『焼肉配信の直後だし、場所も合ってる』

『時速50キロで走るお嬢様www』

『物理演算バグってるだろ』

 

 あだ名は「銀髪の悪魔」から進化し、「ターボババア(美少女版)」や「首都高の亡霊」など、ひどいことになっていた。

 喜ばしい事に登録者数は、このニュース効果で15万人を突破していた。

 

「食うに困ることは……無くなりそうですが……」

 

 呆然としながらテレビを見ていたが、それはそうとして腹が減る。いつもの帽子を被って、商店街へと繰り出した。

 

 

 その日の午後。

 

 配信を始めた際に作った、俺の公開しているビジネス用メールアドレスに、信じられない件数のメールが届き始めた。

 

『件名:【出演依頼】T〇S「SAS〇KE」制作委員会です』

『本文:突然のご連絡失礼いたします。昨夜のニュース映像を拝見し、貴殿の並外れた身体能力に感銘を受けました。つきましては、次回の大会に「謎の銀髪美女枠」として出場していただけないでしょうか?今回は生中継を予定しておりまして、賞金は、200万円を予定しております』

 

「昨日の感じから言いますと……そり立つ壁なんて、歩いて登れてしまいますわよ……」

 

 次を開く。

 

『件名:【緊急オファー】格闘技イベント「Breaking 〇own」運営』

『本文:1分間で最強を決めませんか?武器の使用は禁止ですが、バイクを止める腕力があれば問題ありません。対戦相手には、元プロレスラーを用意します』

 

「駄目ですわ!?私相手に!?そんなの絶対に死人が出ますわ!!私がやったら相手がミンチになりかねませんのよ!?」

 

 さらに次。

 

『件名:陸上連盟ですが』

『本文:一度、正式な記録会に参加しませんか?オリンピックも夢ではありません』

 

「DNAレベルのドーピング検査で引っかかりますわ!!」

 

 

 俺はベッドに突っ伏して足をバタバタさせた。布団の中で尻尾が荒ぶっている。

 

「どうしてこうなりましたの……!私はただ、美味しいものを食べて、野球を見て、たまにゲームをして暮らしたいだけなんですのに!」

 

 俺の願いは解り易く言えば「平穏な隠居生活」だ。

 

 なのに、体は「走れ」と叫び、世間は「戦え」と煽ってくる。しかも、この体は燃費が悪すぎて、働かないと食っていけない。

 

 SASU〇Eの賞金……200万?焼肉50回分か……。

 

「……ぐぬぬ。背に腹は代えられませんわね」

 

 俺は起き上がり、決意の表情、客観的に見ればマックイーンのキリッとした顔、でプロテインをシェイクした。

 

 中身は30代のおっさんだが、やるしかない。この最強のフィジカルを使って、資本主義社会というレースを勝ち抜くのだ。

 

「いいでしょう!来るなら来なさい!全部ネタにして、再生回数に変えてやりますわーーッ!!」

 

 こうして、伝説の配信者「マックイーン(中身はおっさん)」は、インドア派の心を持ちながら、アウトドア(物理)の最前線へと引きずり出されていくのだった。

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