1stステージを蹂躙した俺は、2ndステージもまた、ただの「通過点」として駆け抜けてしまっていた。
『サーモンラダー(バーを懸垂で上げていく難関)』では、バーを上げるのが面倒で、バーを持ったままジャンプして最上段にフックした。
「……すんげぇなあの子」
「コスプレイヤー……枠だよな?いや、なんだあれ」
筋肉質のアスリートたちがそうやって呟くのを、俺は少しだけ誇らしげに聞いていた。
『バックストリーム(逆流プール)』では、バタフライのつもりで泳いたのだが……我ながら、凄まじい水飛沫を上げる、暴力的な泳ぎで、水流をねじ伏せていた。
「ハァ……ハァ……腹が……減りましたわ……」
クリアタイムは歴代最速。迫力においても歴代最強。美少女がマッスル男女たちを差し置いてクリアしていくギャップも良いのだろう。観客席から聞こえる歓声は、最高潮だった。
だが………この時、俺の血糖値はレッドゾーンに突入していた。思考が鈍る。視界が白む。
簡単に言ってしまえば、目の前の景色が、すべて食べ物に見えてくる危険な状態だった。
■
そして迎えた3rdステージ。
指先の力だけが頼りの極悪エリア『クリフハンガーディメンション』。数センチの突起にぶら下がり、横へと移動していく最難関ステージの一つだ。
もちろん、俺は軽々と飛び移った。指の力は正直余裕だ。ウマ娘の握力は万力を超えるようで、がっちりと体重を支えている。
だが、どちらかといえば問題はそこではなかった。
(……あら?この突起……)
俺の虚ろな目が、茶色く塗装された突起を捉える。―――四角い。茶色い。
(……チョコレート、ですわよね?)
空腹による幻覚だ。俺の脳内で、無機質なセットが『高級な板チョコ』に変換された。
「……いただきます」
俺は突起にぶら下がったまま、顔を近づけた。そして、あろうことか「ガリッ!」と思い切り噛み付いた。
「え!?」
「噛んだ!?」
「お嬢様、それセット!建材!!」
「お腹空きすぎて幻覚見てるぞwww」
マッスル男女たち、観客たちの驚きが耳に届いたが、俺にとってはどうでもいい。
口の中に広がるのは、甘いカカオではなく、塗料と樹脂の苦い味。
「……ッ!?苦いですわーッ!!カカオ99%ですの!?」
俺は激怒した。
「甘くないなら用はありませんわ!」
その怒りをパワーに変え、残りの突起を猿のような速度で渡りきり、対岸へ着地した。実況アナウンサーが絶叫する。
「前代未聞!セットを『味見』してクリアしました!!」
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あっという間にファイナルステージ。目の前にそびえるのは、かの有名な綱登り。
頂上のボタンを押せば、賞金200万円だ。
……だが、この時の俺の目には、頂上の赤いボタンが『焼肉屋の呼び出しボタン』に見えていた。
「あそこを押せば……店員さんが肉を持ってきてくれますのね……!!」
「では、これが最終ステージです!ここまで人を逸脱した実力を見せてきた銀髪のアスリート!この最終ステージでどんな実力を見せてくれるのか!では……いよいよスタートです!」
スタートのブザーと同時に、俺は綱を登った。
いや、冷静に考えると、これは登るというより、綱を掴んで空へ落ちていくような速度だった。結局は15秒……いや、10秒もかかっていない。
「焼肉うぅうううう!!」
バンッ!!
頂上のボタンを拳で殴打。大量の紙吹雪が舞う中、俺は夜空に向かって叫んだ。
「カルビ一丁ォォォォォッ!!!」
(※テレビ放送などの媒体では「完全制覇ァァァ!」とテロップが出たようだが、マイクは正直だった)
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生放送の数時間後。
俺はいつもの焼肉屋(牛〇)にいた。
テーブルの上には、番組プロデューサーから手渡しで受け取った現金200万円の札束。そして、山のような肉。
「ふ、ふふ。やりましたわ」
スマホを立てかけ、緊急配信を開始する。
タイトル:『【完全制覇】賞金200万で祝勝会ですわ!』
同接は25万人を超えていた。
「見ましたか皆様!これがメジロの力、そして肉への執念ですわ!」
俺は上機嫌で特上カルビを口に運ぶ。現金200万。これだけあれば、しばらくは食うに困らない。独身時代の貯金など微々たるものだった俺にとって、これは大金だ。
「ふふふ、これで一生遊んで暮らせますわね……。毎日焼肉でもお釣りが来ますわ!」
俺が高らかに宣言したその時だ。コメント欄に、冷静な指摘が流れた。
『おめでとう!でも一生は無理じゃね?』
『今のペースで食ってるとすぐなくなるぞ』
『計算してみた』
一人の視聴者(赤スパチャ)が、残酷な計算式を投下した。
『スパチャ:¥10,000』
『メッセージ:完全制覇おめでとう。でも、冷静に計算してみてほしいんだ。一食4万円×1日3食=1日12万円。200万円÷12万円=約16日。今の食生活だと、その賞金、半月持ちませんよ』
「……んぐっ?」
俺は飲み込みかけたカルビを喉に詰まらせそうになった。
箸が止まる。
思考が停止する。
「……え?16……日?」
震える手でスマホの電卓を起動する。
40000×3=120000。2000000÷120000=16.666...
「嘘……嘘ですわ……」
顔面蒼白になる俺。一生遊んで暮らすどころか、来月の家賃すら危うい。やっぱりこの体は、燃費が悪すぎる。アメ車か?戦車なのか?
「に、200万が……半月で消える……?私の命の輝き(賞金)が……?」
『気付いてしまったか』
『燃費が悪すぎるんだよw』
『食費エンゲル係数100%』
『もっと稼がないとな!』
『次は格闘技だ!』
『ハリウッド行こうぜ』
俺は目の前の札束と、焼き網の上で焦げ始めた肉を交互に見た。
そして、天を仰いで絶叫した。
「足りませんわーーッ!!世の中、金、金、金!もっと……もっと稼がないと、私は餓死してしまいますのーーッ!!」
■
涙目になりながら肉を頬張る美少女。その悲壮感と食べっぷりの良さが、さらにスパチャを加速させる。
チャリン、チャリンと音が鳴るたびに、マックイーンは「あざます!」と頭を下げていた。
「こうなったら……やってやりますわ!格闘技でも、無人島サバイバルでも、なんでも持ってきなさい!この胃袋を満たすためなら、悪魔にでもなってやりますわよ!!」
焼肉の煙の向こうで、銀髪の悪魔が覚醒した。
食欲という名のエンジンを搭載した暴走機関車は、もう止まらない。次はどんなステージで、その伝説と醜態を晒すのか。
視聴者たちは固唾を飲んで、そして爆笑しながら彼女を見守るのだった。