「ここが……私のバイキング会場ですのね」
小型船から砂浜に降り立ったメジロマックイーンは、麦わら帽子、耳隠し用加工済み、を押さえながら、目の前に広がる大自然を見渡した。
青い空、透き通る海、そして鬱蒼とした森。普通のタレントなら「綺麗〜!」とか「やってやるぞー!」と言う場面だ。だが、彼女の感想は違った。
(魚影が濃い……。あそこの岩場、絶対にカサゴがいますわ。あの林、山菜の匂いがしますのよ)
その目は、完全にスーパーの鮮魚コーナーと青果コーナーを見る目になっていた。
「それではスタートです!まずは拠点の確保を……」
スタッフが進行しようとした、その時だった。
「拠点?そんなものは後ですわ」
彼女は履いていたスニーカーを脱ぎ捨てた。そして、ジャージの裾をまくり上げる。
「まずは腹ごしらえ……『前菜』をいただきませんと、力が出ませんもの!」
「えっ、マックイーンさん!?ちょっと!?」
制止するスタッフを無視して、マックイーンは海へ向かってダッシュした。砂浜を蹴る脚力が強すぎて、背後に砂煙の爆発が起きる。
ドバシャアアァァッ!!
水しぶきというより、爆雷が落ちたような音がした。そして、一瞬で沖合のポイントへ到達し、そのまま潜行した。どうやら彼女の動体視力は、屈折率の違う水中でも獲物を逃さないようで。
(いた。石鯛。30センチ級。……美味そうですわ!)
確かに魚は素早い。だが、ウマ娘の瞬発力はそれを凌駕する。
岩場を蹴った。水圧を無視した加速だったのだろう。逃げる魚の動きがまるでスローモーションに見える。なにより、一気に手の届く位置に。
「逃がしませんわよ……!」
■
「プハァッ!!」
海に入ってわずか3分。マックイーンは濡れた銀髪と馬の耳をかき上げながら、砂浜に上がる。その右手には、ピチピチと跳ねる立派な石鯛が握られていた。もちろん素手だ。
「と、獲った!?素手で!?」
カメラマンが慌ててズームする。いい取れ高だろう?と一瞬そのカメラに魚を向けるが、とはいえ彼女は待ってくれない。
「活きがいいうちにいただきますわ」
ポケットから、持参した『マイ醤油』を取り出した。そして、支給品のナイフで手際よく身を削ぐ……なんてちんたらやってはいられない。ウロコだけ軽く落とし、醤油をぶっかけていた。
「ガブッといきますわ!」
バリボリッと、いい音が響き渡る。同時に、ぷりぷりとした身の感触が口内を満たしていたのだろう。その顔が笑顔に染まる。
「ひいいいいッ!?ま、マックイーンさん!?」
「な、生でそのまま!?え、あ、ええ!?寄生虫とかその!?」
スタッフが悲鳴を上げた。骨ごと噛み砕く音だ。強靭な顎と歯を持つウマ娘にとって、魚の骨などスナック菓子に等しい。
「んん〜っ!新鮮!身が引き締まっていて最高ですわ!白米が欲しいところですけれど……これはこれで野趣あふれる味!」
口の周りを醤油だらけにした美少女が、ニッコリと微笑む。その足元には、まだ開始5分も経っていないのに、魚の残骸が転がっていた。
「さあ、次は貝ですわ!潜りますわよ!」
「あ、あの……マックイーンさん……画(え)的に、そろそろ家作りを……」
スタッフの懇願も虚しく、彼女は再び海へダイブした。この日、カメラが回っていないところも含めて、魚15匹、サザエ10個を胃袋に収めるのであった。銀色の悪魔の面目躍如である。
■
夕方。ようやく満腹になったマックイーンは、陸に上がった。
「ふぅ……小腹は満たされましたわ」
その言葉に、スタッフたちは、魚の骨の山を見てドン引きしている。
「さて、日が暮れる前に寝床を作りますわよ」
支給された道具は、ロープとブルーシート、そして小さなノコギリのみ。おそらくスタッフは「苦戦しながら時間をかけて家を作る」絵を撮りたかったのだろう。だが、もう時間がない。日没と言う時間が近づいていることもそうだが、彼女はやたらと腹が減るからだ。そして何より、彼女の中身は「建設現場のプロ」だ。
「こんな小さいノコギリじゃ、日が暮れますわ」
何を思ったか彼女は森に入ると同時に、手頃な立ち木(直径20センチほど)を見定めた。
「手頃な建材ですわね」
「いやいや、切るの大変ですよそれ!」
スタッフのツッコミを無視して、マックイーンは木の前に立った。腰を落とす。重心を安定させる。スウェット越しでも分かる、太ももの筋肉が躍動する。
「メジロ流……伐採術!せぇえええええい!」
ズドォォォォンッ!!
鈍い音が森に響き渡った。彼女の右足の脛(すね)が、幹を捉えた音だ。そして次の瞬間、ミシミシッという音と共に、木がへし折れた。
「ええええええええ!?」
「ハイ、次ぃい!」
ドォン! バキィッ! ドォン! メキィッ!
彼女はムエタイ選手も裸足で逃げ出すローキックの連打で、次々と木を「伐採」していった。斧もチェーンソーも要らない。この脚こそが重機だと言わんばかりに。
「はぁ……はぁ……。よし、これだけあれば十分ですわね」
10分後。そこにはきれいに揃えられた丸太の山ができていた。マックイーンの脛?もちろん、無傷だ。ウマ娘の骨密度を舐めてはいけない。
■
ここからは、中のおっさんの本領発揮だ。
「基礎が大事ですのよ。湿気を防ぐために高床式にしますわ」
彼女は丸太をハンマー代わりの拳で地面に突き刺し、そして、ロープワークで瞬く間に組み上げていく。
その手際は、完全に職人のそれだった。
「あ、そこのADさん。ちょっとそこ押さえててくださる?」
「は、はい!」
「水平器がありませんけれど……まあ、目視で十分ですわ」
そうして、日が沈む直前。そこには、ブルーシートを屋根にした、頑丈すぎるログハウス風の拠点が完成していた。
「で、できた……」
ディレクターが呆然と呟く。
「半日もかかっていないのに……しかも一人で……?」
彼女は額の汗を拭うと、満足げに家を見上げた。
「これが『メジロ建設』のいい仕事ですわ。……さて、働いたら腹が減りましたわね」
マックイーンはギラついた目で、再び海を見た。
「夜釣り……行きますわよ」
スタッフは全員、『もうやめてくれ』という顔で首を横に振っていた。
■
翌日。番組の目玉である、共演者との合流があった。相手は、「獲ったどー!」でお馴染みの伝説のサバイバル芸人、H口さんだ。
「おお!君が噂のマックイーンちゃんか!すげぇ家作ったなぁ!」
真っ黒に日焼けしたH口さんが、マックイーンのログハウスを見て目を丸くしている。
「ごきげんよう、大先輩。……今日はご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしてよろしいかしら?(意訳:美味しい獲物の場所を教えなさい)」
「おう!任せとけ!今日はあっちの岩場でデカいのが獲れるはずや!」
二人は並んで岩場へ向かった。H口さんはモリを手に潜る。マックイーンは素手で潜る。異色のサバイバルコンビだ。
■
2人が潜水してからしばらくして、まず先に浮上したのはH口さんだ。
「獲ったどー!カワハギや!」
さすがの手際だった。その迫力と、表情にカメラが盛り上がる。だがその直後。少し離れた場所で、水面が激しく波打った。
バシャバシャバシャッ!!
見る人が見れば、それはまるで怪獣映画のような水飛沫だった。
「な、なんや!?サメか!?」
H口さんが警戒して身構える。だが、水面に顔を出したのは、メジロマックイーンだった。しかもその手には、自身の背丈ほどもある、巨大でグロテスクな蛇のような生き物が巻き付いていた。
ウツボだ。しかもヌシ級の。
「シャアアアアッ!」
ウツボが威嚇してマックイーンの腕に噛みつこうとする。だが、当のマックイーンの表情は真顔だった。
「往生際が悪いですわよ……この、長いタンパク質が!」
彼女はそう叫びながら、ウツボの首根っこを万力のような握力で締め上げる。さらに、暴れる胴体を小脇に抱え、強引に陸へと引きずり上げた。
「ちょ、ちょ待てマックイーンちゃん!?それウツボやぞ!危ない危ない!」
H口さんが叫ぶ。だが、そんなことはお構いなしに、微笑みを浮かべるマックイーン。
「大丈夫ですわ先輩。……蒲焼きにしたら美味そうですもの」
そう言いながら彼女は浜辺にウツボを叩きつけると、手刀を一閃。ドスッという音と共に、ウツボは静かになった。
■
その日の夕方。ログハウス前で熾した焚き火の前。
H口さんは、マックイーンがウツボを捌く手際の良さを見て、引きつった笑みを浮かべていた。
「お前……アイドルちゃうんか?やってること、漁師やで?」
「趣味の釣……いえ、メジロ家の嗜みですわ」
そうして、じっくりと焚火で焼き上がったウツボの白身が2人の前に置かれる。
「「命に感謝を!頂きます!」」
2人はそう叫ぶと、ウツボの塩焼きを豪快に頬張った。
「んん〜っ!脂が乗ってて美味ですわ〜!!これなら何匹でもいけますわね!」
「ほんまやな!マックイーンちゃんには感謝やで!」
和気あいあいと食事を始めた2人。だが、そこから先は、H口さんが引くレベルの暴食ショーだった。H口さんが獲った魚も
「先輩、それ食べないなら貰いますわよ?」
とマックイーンが横取りし、海の幸が食い終われば、島の木の実をデザートに食い荒らす。
「お前……その調子で喰ってたら……この島の生態系、壊れるで……?」
レジェンド芸人が、本気で心配そうな顔で呟いた。
その予想は結果的に的中し、最終的に、2泊3日のロケで、普通は体重を減らして帰るところ、マックイーンは体重を2キロ増やして帰還するに至る。
後日放送された番組では、彼女の紹介テロップに【無人島に舞い降りた災害(ハザード)】という文字が躍り、お茶の間を爆笑と、食欲の恐怖の渦に叩き込んだのだった。