メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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16 聖地・甲子園と、涙のサブマリン

 そのメールが届いた時、俺は部屋でカップ焼きそば(大盛)の湯切りをしていた。

 

『件名:【始球式のご依頼】阪〇タイガース球団本部』

 

「あちっ!?」

 

 俺はシンクに焼きそばをぶちまけそうになった。震える手でスマホを握りしめる。あの、〇神タイガースから?この俺に?

 

「ゆ、夢じゃありませんわよね……?頬をつねってみますわ」

 

 つねった。痛い。ウマ娘の握力なので激痛だ。涙が滲む。だが、それは痛みのせいだけじゃない。

 

「出ます……!出させていただきますわ!ギャラなんて要りません!むしろ払わせていただきますわーーッ!!」

 

 ―――今まで金(食費)にしか興味を示さなかった「銀髪の悪魔」が、初めて金銭度外視で即答した瞬間だった。

 

 そして、背番号の希望を聞かれ、俺は迷わずキーを叩いた。

 

『背番号はもちろん『85』でお願い致します!』

 

 1985年。伝説の日本一。そして、最強助っ人バースの番号。俺の信仰心の表れだ。

 

 

 試合当日。甲子園球場。360度を埋め尽くす観客。浜風の匂い。カクテル光線の輝き。ウグイス嬢のアナウンスが響く。

 

『本日の始球式を務めますのは……動画配信者、生粋の阪神ファン!そして、今話題の超人コスプレイヤーの、メジロマックイーンさんです!』

 

「うおおおおおおお!!」

「マックイーーーン!!」

「出たな銀髪の悪魔!!」

「六甲おろし歌ってくれー!!」

 

 地鳴りのような歓声の中、俺はベンチを出た。

 

 ユニフォームは伝統の縦縞。背中には『McQueen 85』

 

 下はいつものスウェットではなく、球団から用意されたショートパンツ。鍛え上げられた(というか種族値が高い)太ももが露わになっているせいだろうか、観客席がどよめく。

 

 だが、俺の心境はそれどころではなかった。

 

(ここが……マウンド……)

 

 一歩踏みしめるたびに、土の感触が足裏に伝わる。子供の頃からの憧れ。テレビ越しに応援し続け、時には現地に赴き、ヤジを飛ばし、涙を流した聖地。

 

 30数年の人生が走馬灯のように駆け巡る。

 

「……うっ……ううっ……」

 

 マウンドに立った瞬間、俺の目から大粒の涙が溢れ出した。美しい顔がくしゃくしゃに歪む。

 

「いけませんわ……感無量ですわ……死んでもいい……」

 

「えっ、泣いてる?」

「ガチ泣きじゃん」

「緊張してるのか?」

「違う、あれは「聖地に立てた喜び」で泣くファンの顔だ」

 

 

 キャッチャーミットを構えるのは、正捕手。バッターボックスには、相手チームの強打者。俺は涙を袖で乱暴に拭い、ロージンバッグを手に取った。

 

 ――パフパフ。白い粉が舞う。

 

「ふぅーっ……」

 

 大きく深呼吸。俺はセットポジションに入った。観客が固唾を飲んで見守る。SASU〇Eで見せた身体能力が脳裏にあるのだろう。彼らの視線一つ一つが物語っている。

 

 豪速球か?それとも暴投か?

 

 期待を背に、俺は体を沈み込ませた。深く、深く。地面スレスレまで。

 

「……え、アンダースロー?」

 

 解説席の掛〇さんが声を上げた。

 

「あの低い姿勢……往年の小林繁投手を彷彿とさせますねえ」

 

 そう、俺が選んだのはサブマリン投法。なぜか?

 

 単純に「かっこいいから」だ。そして、ウマ娘の強靭な足腰と背筋があれば、下から投げ上げる方が遠心力を最大化できると本能が告げていた。

 

 

「いきますわよ……!」

 

 俺は気合を入れて、地面を這うように踏み込んだ。右手が地面を擦りそうな位置から、ムチのようにしなる。リリースの瞬間、指先に全ての体重とバネを乗せた。

 

ドォォォォンッ!!

 

 爆発音のようなリリース音。ボールは地を這うような軌道から、物理法則を無視してホップした。重力に逆らい、唸りを上げて浮き上がる「火の玉ストレート」だ。

 

 バッターは腰が引けて手が出ないようだ。俺の目から見えるキャッチャー、彼の目が恐怖で見開かれる。

 

ズバァァァァァァァンッ!!!

 

 捕球音というより、破裂音。ミットにボールが収まった……いや、めり込んだ音が球場全体に響き渡った。

 

 球場が静まり返った。そして、スコアボードに球速が表示される。

 

『163km/h』

 

「「「うわああああああああああ!?」」」

 

 どよめきが爆発に変わった。キャッチャーが手をブラブラと振って痛がっている。そして、ウマ娘の耳には、その小さな囁きが聞こえてきた。

 

「い、痛ってぇ……鉛玉かよ……」

「よ、よく捕れましたね。全く手が出なかった……え?彼女、コスプレイヤーだよね?」

「らしいですよ……イテェ……」

 

 

 解説席の〇布さんが、興奮してマイクを握りしめていた。

 

「いやあ、すごいですねえ!下からあの軌道で、あのスピード。全盛期の藤川球児君をアンダースローにしたような、まさに魔球ですよ!」

 

 その実況がスピーカーから聞こえた俺は、マウンドでガッツポーズをした後、深々とお辞儀をした。そして、ある事をするために、その場にしゃがみ込んだ。

 

「……持って帰りますわ」

 

 ポケットからジップロック(持参)を取り出し、マウンドの土を詰め始めた。甲子園球児がやるやつだ。だって、記念だもの。こんなの望んでもできないもん。

 

「おいおい、ジップロック持ってるぞ」

「用意周到すぎるなぁ……生粋のファンだな、ありゃあ」

「土食べてない?大丈夫?」

「はー。彼女、伝説作ったなぁ」

 

 俺は土の入った袋を宝物のように抱きしめ、スタンドに向かって手を振った。

 

「皆さま!感謝いたしますわあああああああ!!タイガース優勝してくださいましいいいいい!!」

 

 マイクを通していないのに、スタンド上段まで届く絶叫。それは「メジロマックイーン」の声ではなく、完全に「一人の野球好きおじさん」の魂の叫びだった。

 

 

 そして、出番を終えた俺は、ベンチ裏で球団関係者に囲まれていた。

 

「スカウトの方々が話を聞きたいと……」

「メジャーリーグの代理人が……」

「来季のローテーションに入れませんか?」

 

 名刺の山を前に、俺はきっぱりと断った。

 

「お断りしますわ。私はあくまで一介のファン。……それに」

 

 俺は用意された弁当(選手用特注弁当・3個)を開けながら言った。

 

「プロ野球選手になったら、シーズン中は好きなものが食べられませんもの。それに、タイガースを応援できなくなってしまいますわ!そんなの耐えられません!!」

 

 そう言って唐揚げを放り込む銀髪の美女。

 

 その「剛腕」と「食欲」は、またしても新たな伝説として語り継がれることになった。

 

 なお、その日の試合は、俺の始球式のインパクトが強すぎて、試合内容を誰も覚えていないという事態になったらしい。

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