メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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17 親友/コミケに降臨するブラックホール

 季節は師走。

 

 始球式での興奮も冷めやらぬある日の午後。俺、メジロマックイーン(中身:佐藤・38歳)は、コタツで丸くなっていた。

 

 テーブルの上には、みかんの皮の山と、通販で買った「干し芋(箱買い)」が鎮座している。

 

「はぁ……冬はこれに限りますわね……」

 

 テレビでは年末の特番が流れている。平和だ。SASUKEの賞金も尽きかけだが、まあ、配信のおかげで収入はなんとかなる算段が付いている。と、少しのんびりとしていたその時、玄関のチャイムが鳴った。

 

『ピンポーン』

 

「あら、アマゾンかしら?思ったより早かったですわね」

 

 俺は注文していた「激辛ラーメン1ケース」だと思い込み、油断しきっていた。なにせ、ここに来る宅配のあんちゃんも、公然の秘密を守る俺のファン。

 

 ニット帽?被っていない。

 スウェット?上下グレーのヨレヨレだ。

 

 尻尾?完全に外に出して、ブンブン振っている。

 

「はーい、ご苦労様ですわー。今開けますわー」

 

 ガチャリ。チェーンもかけずにドアを開けた。そこに立っていたのは、配達員ではなかった。

 

「……え?」

 

 立っていたのは、30年来の幼馴染であり、腐れ縁の親友・タカシだった。

 

 手にはコンビニの袋を提げ、険しい顔をしている。だが、その表情は俺を見た瞬間に凍りついた。

 

「……誰?」

 

 

「……あ、た。タカシッ!?し、しまっ……!?」

 

 俺は慌ててドアを閉めようとした。だが、タカシの革靴がドアの隙間にねじ込まれた。

 

「待て!待て待て待て!お前誰だ!?佐藤は!?佐藤の部屋だよなここ!?」

「ち、違いますわ!私は妹の……!」

「妹なんていねえだろ佐藤には!!嘘つくんじゃねえ!!」

 

 タカシは強引にドアをこじ開けて侵入してきた。そして、玄関で俺と対峙する。銀髪、ウマ耳、尻尾。そして部屋の奥に転がる酒瓶と干し芋の箱。

 

「お前……ネットで騒がれてる『マックイーン』とかいうYouTuberか?なんで佐藤の部屋にいる?まさか、あいつに何かしたんじゃ……」

 

 タカシの目がマジだった。こいつは昔から情に厚く、そして勘が鋭い。同窓会での「妹」騒動も、タカシだけは欠席していて助かったと思っていたが、逆に怪しまれて突撃されたらしい。

 

「い、居候ですわ!佐藤さんは今、海外へ……」

「嘘をつくな!!」

 

 タカシが大声を上げた。

 

「俺は佐藤の親友だぞ!あいつのことは何でも知ってる!そんな予定はねぇんだよ!お前は誰だ!?」

 

 ……これは、誤魔化しきれそうにない。正直に、言うべきだろう。信じてもらえるかは別だが。

 

「あの……タカシ。信じられないかもしれませんが、わたくしが、佐藤なのです」

「は!?何馬鹿を言ってんだ!?んな事信じられるかよ!」

「馬鹿な事を言っているのは十分承知しております!ですが、ですが!わたくしだって!わたくしだって!いきなりの事で混乱しているのです!」

 

 自然と涙が出る。ああ、そうだ。なんだかんだ佐藤の体であれば、苦労はしていたが友人もいたし稼げてもいた。だが、この体になってからは友人なんてものとは会えもしない。と、俺の言葉を聞いて黙っていたタカシが、真剣な目をしながら、口を開いた。

 

「……いいか、今から質問する。佐藤なら即答できるはずのことだ。もし答えられなかったら、警察に通報する」

 

 

 タカシはスマホを取り出し、110番の画面を表示しながら俺を睨みつけた。

 

「質問その1。佐藤が高校2年の時、なけなしのバイト代で買ったけど、サイズを間違えて一回も着られなかった革ジャンの背中に刺繍されていた『英単語』は?」

 

 俺は頭を抱えた。黒歴史だ。あの恥ずかしい記憶が蘇る。だが、答えないと通報される。

 

「……『Freedom(自由)』……ですわ」

「……正解だ」

 

 タカシの眉がピクリと動く。

 

「質問その2。佐藤が『死ぬ前に一度は食いたい』と言っていた、地元の商店街の裏メニュー。今はもう店が潰れて存在しない幻のラーメンの名前は?」

 

 食い物のことなら忘れるはずがない。俺の胃袋が記憶している。

 

「『大将の気まぐれスタミナ地獄担々麺・全部乗せ』……ニンニク増し増しですわ」

「……正解だ」

 

 タカシの手が震え始めた。目の前の美少女が、なぜおっさんの黒歴史と味覚を知っているのか。混乱していることが良く判る。だが、俺だって同じ気持ちだ。

 

「最後の質問だ。……これが答えられたら、お前を佐藤だと認める」

 

 タカシは俺の目を真っ直ぐに見た。

 

「俺たちが中3の夏、神社の裏で埋めた『タイムカプセル』。……その中に入れた、佐藤の『未来の自分への手紙』の書き出しは?」

 

 

 俺は天井を仰いだ。思い出したくもない。だが、鮮明に覚えている。あの日、夕焼けの中で誓った、痛々しくも純粋な夢。

 

 俺は観念して、小さく呟いた。

 

「……『拝啓、未来の俺。お前は今頃、ガンダムのパイロットになって宇宙(そら)を飛んでいますか?』……ですわ」

 

 沈黙が流れた。タカシはスマホを下ろし、その場にへたり込んだ。

 

「マジかよ……。お前、本当に佐藤なのか……?」

「信じられないでしょうけれど……そうですわ。本当に、本当に、本当に……、ある朝起きたら、こうなっていましたの」

 

 俺はスウェットの尻尾を情けなく垂れ下げて見せた。タカシはしばらく呆然としていたが、やがて俺の頭(ウマ耳の間)をわしゃわしゃと撫で回した。

 

「ははっ……!あはははは!なんだよそれ!傑作すぎるだろ!ウマ娘になった!?佐藤が!?しかもメジロマックイーン!?」

「ちょ、やめてくださいまし!髪が乱れますわ!」

「すげぇなオイ!ニュースで見た『銀髪の悪魔』がお前だったとはな!お前、中身おっさんのくせに可愛すぎるだろ!」

 

 タカシは爆笑し、そして涙を拭って言った。

 

「生きててよかったよ、バカ野郎。連絡付かねぇし。ったくよー!心配させやがって」

 

 その言葉に、俺も少しだけ目頭が熱くなった。やはり持つべきものは、黒歴史を共有した友だ。

 

「……で、タカシ。それはそうとしまして……そこにあるコンビニ袋、肉まんですか?お腹が空きましたわ」

「お前なぁ……感動の再会だぞ?ま、いいけどよ」

 

 こうして、俺は現実世界で初めて、心を許せる「共犯者」を得たのだった。

 

 

 肉まん(5個)を瞬殺した俺を見て、タカシがニヤリと笑った。

 

「なあ佐藤。放送見てるから知ってるけどさ、お前、今金に困ってるんだろ?」

「ええ。燃費が悪すぎて、自転車操業ですわ。幸い今は投げ銭で食いつないでおりますが」

「だったらよ……今度の『冬コミ』、俺のサークル手伝えよ」

 

 この男、タカシは同人サークルをやっている。ジャンルは確か、ミリタリーと重機だ。

 

「売り子ですか?別にいいですけれど……」

「ただの売り子じゃない。……『マックイーン』が売り場に立つんだ。伝説になるぞ。分け前は黒字分の5割。半分でどうだ」

「半分……」

「ああ、いつもは売り上げは20冊も出りゃあいい。だが、お前なら…下手すりゃ100部……いや、その10倍ははけるかもしれねぇ」

 

 タカシの目が、商売人のそれに変わっていた。そのあとも、日程の調整や、実際の売る物を紹介された。服装は、タカシがマックイーンのコスプレ用品を用意してくれるらしい。

 

「ま、気楽にやろうや、佐藤」

「わかりましたわ。タカシ!」

「……マックイーンに言われっとなんかグッと来るわぁ……俺死んでもいいわ」

 

 そして最後に、ボソッと言い足した。

 

「あ、そうそう。俺、来週お前の実家行ってくるわ。おばちゃん(俺の母)に野菜もらいに」

「えっ」

「安心しろ、正体はまだ言わねえよ。『佐藤は元気でやってる』って俺から伝えとく。……ただ、いつまでも隠し通せると思うなよ?」

 

 その言葉は、俺の胸に重く、そして温かく響いた。

 

 

 12月30日。東京ビッグサイト。オタクたちの聖戦、冬のコミックマーケット。早朝の寒空の下、俺はタカシのサークルスペースに座っていた。

 

「寒くありませんの?」

「カイロ貼ってるから大丈夫だ。それよりお前、その格好で寒くないのか?」

 

 俺の服装は、タカシが用意した「マックイーンのコスプレ」のみ。

 

「ウマ娘は体温が高いんですのよ。これくらいが丁度いいですわ」

 

 俺たちのサークル『重機浪漫』の配置は、いわゆる「島中」。壁際の有名サークルではない。出す本は『コマツ・PC200型油圧ショベルの変遷と愛』という、極めてニッチな新刊だ。

 

 普段なら50部売れればよく売れた、と宴会を開くほどだという。

 

 だが、今日は違った。

 

 

 開場のアナウンスが流れる。人の波が押し寄せてくる。最初は素通りしていた参加者たちが、ふと俺を見て足を止める。

 

「えっ……?」

「あの子、マックイーンじゃね?」

「うそ、本物?」

「コスプレエリアじゃなくて、なんで一般ブースに?」

 

 ざわめきが波紋のように広がる。銀髪をポニーテールにし、シャツの袖から伸びる白い腕。そして、椅子に座っているため、机の下で退屈そうに揺れる尻尾。その「圧倒的本物感」に、ガチの一般参加者たちが集まり始めた。

 

「あ、あの!マックイーンさんですか!?」

 

 勇気ある一人が声をかけてきた。俺はニッコリと営業スマイル(おっさんスマイル)を向けた。

 

「ええ、お手伝いですわ。……新刊、いかがですか?重機の油圧シリンダーの美しさについて語ってますのよ」

「か、買います!!」

 

 

 そこからは早かった。『重機浪漫』の前に、島を分断するほどの大行列ができた。最後尾札が出る騒ぎだ。

 

「新刊一部!」

「はい、500円ですわ!」

「三部ください!」

「保存用と布教用ですわね、ありがとうございます!」

 

 我ながら、俺の手捌きは神速だった。金の受け渡し、本の梱包、お釣りの計算。元・現場作業員のマルチタスク能力と、ウマ娘の動体視力が融合し、レジ打ちマシーンと化していた。

 

 だが、意外な問題が発生する。それは、「差し入れ」だった。

 

「マックイーンちゃん!これ差し入れです!どら焼き!」

「ありがとうございます!」

 

 パクッ。ゴクリ。受け取った瞬間、包装を剥いて一口で吸い込んだ。

 

「えっ」

 

 差し入れたファンが引いている。

 

「次の方!あら、サンドイッチ?気が利きますわね!」

 

 パクッ。ムシャムシャ。ゴクリ。

 

「こっちはおにぎりです!」

「海苔がパリパリで最高ですわ!」

 

 バクゥッ!

 

 

 俺は売り子をしながら、途切れることなく食べ続けた。本を渡す手と、食べ物を口に運ぶ手が、それぞれ別の生き物のように動いている。

 

「すげぇ……」

「本を買うと、マックイーンに餌付けできるぞ!」

「もはや『重機の本』じゃなくて『餌やりチケット』だ!」

 

 どうやら、噂がSNSで拡散されたようで。

 

「おい佐藤。なんかトレンドに上がってんぞ見てみろ」

「え?見せていただいても?」

 

『【速報】東〇ホールに銀髪の悪魔降臨。差し入れを無限に吸い込むブラックホール発生中』

 

「……ブラックホール……」

「言い得て妙だな。確かにすげぇ速度で喰ってるもんお前」

 

 タカシと俺がボヤく中でも、行列はさらに伸びた。重機に興味のない人たちが、コンビニ袋いっぱいの食料を持って並び始めたのだ。

 

「タカシ!在庫が足りませんわ!既刊も出しなさい!」

「もうねえよ!用意した500部全部売り切れだ!畜生!日和らず1000部刷ってくりゃあよかった!」

「じゃあ、あんたが着てるそのTシャツも売りなさい!」

「鬼かお前は!!」

 

 

 午後3時。閉会。俺たちのスペースには、一冊の本も残っていなかった。

 

 サークル史上、初めての完売。しかも部数は500部越え。

 

 そして、俺の足元には、山のような空き容器と包装紙のゴミ袋(分別済み)が積み上がっていた。

 

「……食ったなぁお前」

 

 タカシが呆れたように言った。

 

「佐藤、今日だけで何キロカロリー摂取したんだ?」

「さあ?……でも、まだ晩御飯が入るスペースはありますわよ」

 

 俺はケロリと言ってのけた。タカシは「化け物め」と笑いながら、売上の詰まった手提げ金庫を叩いた。

 

「過去最高益だ。……約束通り、ギャラは弾むぞ。まずは焼肉でいいか?」

「叙々苑でお願いしますわ」

「……まあ、いいだろう。今日は大盤振る舞いだ!」

 

 俺とタカシはハイタッチ、つっても俺の力が強すぎてタカシが悶絶してしまったが、を交わした。

 

 

 その夜。焼肉屋でたらふく食べた後、タカシがふと真面目な顔で言った。

 

「そういや佐藤。……今日、コミケ会場に来る前、おばちゃん(佐藤の母)から電話あったぞ」

「えっ?お母さまから?」

 

 タカシはスマホを取り出し、言いにくそうに告げた。

 

「『最近、息子と連絡が取れない。夢見が悪い気がする』って心配してた。……あと、『あの子、昔から変なことに巻き込まれやすいから』って」

 

 俺は箸を止めた。母の勘。それは時に、どんな超能力よりも鋭い。特に俺の母親は。

 

 俺がこうして「マックイーン」になっていることを、母はまだ知らない。だが、何かが起きていることは察知しているようだった。

 

「……そうですか」

「近いうちに、顔見せに行けよ。……どんな姿でも、親子は親子だろ。俺もついて行ってやるからさ」

 

 タカシの言葉が胸に刺さった。俺はウーロン茶を飲み干し、小さく頷いた。

 

「ええ。はやいうちに、覚悟を決めないといけませんわね」

 

 冬の夜空の下。

 

 満腹の腹と、少しの切なさを抱えて、俺とタカシは帰路についた。

 

 だが、その「再会」の日が、予想もしない形で、しかも全国放送のテレビ番組を通じて訪れることになるとは、この時の俺はまだ知らなかったのだ。

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